【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた   作:一森 一輝

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幻影妃の血統

 付き人生活を始めて分かったのは、基本的に学校の時間は楽だ、ということだった。

 

 朝と夜はヘッダさんと共に炊事掃除洗濯など多忙だが、登校したら呼び出されない限りほとんど仕事がない。精々一緒に登下校するくらいのもの。

 

 嬉しい点としては、毎日夜にヘッダさんからお給料をもらえることだ。姫様から解呪で報酬はすでに云々と説明したが、その上で押し付けられては仕方がない。

 

 だから俺は朝夜のバイト感覚で、付き人生活をエンジョイすることになった。

 

「テクト、紅茶を淹れてください」

 

「どうぞこちらです」

 

「えっ、もう……?」

 

 シアの喉が渇くタイミングを計算して紅茶を用意しておいたり。

 

「テクト、万年筆が見当たらないので探してください」

 

「ああ、これですね。インクを補充しておきました」

 

「……なるほど。助かります」

 

 明日の授業に備えてあらかじめ準備しておいたり。

 

「テクト、肩を揉んでいただけますか?」

 

「では失礼します。本気で行きますよ」

 

「……あっ、これっ。これすごっ、あっ、あぁ~~~」

 

 本気の肩もみでシアを癒しまくったり。

 

 思ったよりシアは表情豊かで、尽くし甲斐のある主人だった。これで解呪もしてもらえてお金も貰えるなら、良いバイト先だ。

 

 確かに放課後の開発活動が疎かになるのは不満点ではあったが、呪いを解かねば始まらないし、金だっていつまでもアイギスに頼るわけにもいかない。

 

 こういう小さなところからお金稼ぎを覚えていくのだ、と俺は付き人生活に満足し始めていた。

 

 そんなある日の朝、シアはこんなことを俺に言った。

 

「テクト、今日は仕事がありますので、その補佐をお願いできますか?」

 

「仕事?」

 

「はい。生徒会への正式加入はまだですが、いくつか頼まれてしまいまして」

 

 なるほど、そういうのがあるのか、と俺は納得だ。今日は学園でも仕事があるらしい。

 

「分かりました。何をすればいいですか?」

 

「放課後に、この部屋に来てください。内容としては書類整理くらいのものです。あ、でも紅茶を淹れてくれると嬉しいですね」

 

 テクトの紅茶は美味しいので、とシアは笑顔を作る。今日も柔和ながら底知れない、王族らしい笑みだ。

 

「承知しました。茶葉を持っていきますね」

 

 放課後なら、ほとんどいつもの仕事と同じか、と俺は減った紅茶をカップに注ぐ。

 

 

 

 

 

 さて、放課後である。

 

 今日も泣いて寂しがるウィズと、拗ねて壁を破壊するアイギスを宥めつつ、俺は指定された部屋へと一人で向かった。

 

 到着して中を見ると、そこは広めの執務室のような場所だった。開こうとするも、鍵は開いていない。

 

「あら、お早いのですね、テクト」

 

「シア様」

 

 声に振り返ると、そこにはシアが立っている。手には分厚い書類の束とその上に鍵が載っていた。

 

 書類の厚さは、もう少しでシアの顔が隠れてしまいそうなほどだ。

 

「うぉおお……、重たそうですね。持ちましょうか?」

 

「え? ……ぷっ、うふふふっ。男の子に重たいものなんて持たせませんよ。代わりに、鍵を開けてくださる?」

 

 俺は非力扱いされて、遺憾ながら鍵を取って扉を開ける。シアが軽い足取りで中に入った。

 

 シアに続いて、俺は部屋に入る。いくつかの本棚に、大きな一人用テーブル。いかにも執務室といった具合の家具の並びだ。

 

「よいしょっと」

 

 シアは書類を置き、それから懐からハンコを取り出した。

 

 重厚なハンコである。持ち手に厳めしいライオンの彫刻が彫られている。

 

「そういえば、今日の仕事って何なんです?」

 

「学園のイベントで、いくつか王族の許可が必要なものがあるそうなんです。ですので、その許可の印をわたくしが押していく、というものですね」

 

 ド重要な内容だった。っていうか王族の許可が必要な学園行事って何だよ。何をするつもりなんだ学園は。

 

「では、始めましょうか。あまり遅くなっても仕方がありませんし」

 

 言いながら、シアは懐から呼び鈴を取り出した。

 

 ハンドベル、と呼ばれるタイプのものだ。貴族が手に持って振り、家臣を呼びつけるタイプの奴。

 

 しかし、ここは家ではない。鳴らしてもヘッダさんは来ないだろう。俺だって、目の前にいる以上鳴らす意味はない。

 

 だから奇妙に思っていると、シアは構わず呼び鈴を鳴らした。

 

 幻影が、現れる。

 

「っ!?」

 

「ああ、テクトに見せるのは初めてでしたわね。驚かせてしまったらごめんなさい」

 

 シアは悪戯っぽい顔で言う。

 

 現れたのは、幻影の騎士だった。ぼんやりと揺らぐ輪郭に、透ける体。そして、学校の場には似合わないフルアーマー。

 

 佇まいは精悍。俺の武装が剣などの標準装備なら、ほとんど互角の戦いを強いられるような実力を感じさせる。

 

 それが三体。

 

 三体の騎士の幻影に、シアは命ずる。

 

「資料の補佐を」

 

『御意』

 

 命令を受け、一番装飾の多い幻影騎士が、言葉と共に一礼する。それから、幻影の騎士たちは機敏に動き出した。

 

 いくつかの棚を行ったり来たりしながら、本棚から複数の本を取り出していく。

 

 俺が呆気に取られていると、「テクトは、お茶の準備を」と言われて、「かしこまりました」と俺も動き出す。

 

 俺はサクッといつも通り紅茶を用意し、ティーセットを揃えてシアの下に向かった。

 

 シアは席で、書類を確認してはテンポよくハンコを押していく。そんなシアの手元で、俺はお茶を淹れた。

 

「あら、やっぱりテクトは仕事が早いですね。それに内容も丁寧。いい香りです」

 

「恐悦至極に存じます」

 

「うふふっ。そのかしこまった口調も愉快ですけれど、肩の力を抜いても構いませんよ?」

 

 いきなり言われて、俺はキョトンとする。

 

「……というと?」

 

「だってテクト、結局何をさせても完璧なんですもの。無茶な要求で化けの皮を剥がしたら、どんな素が見れるのかって期待していましたのに」

 

 冗談っぽくシアは口を尖らせ、拗ねるように言った。

 

「……はぁ」

 

 忠告は受けていたけど、と俺は半眼になる。

 

 いや、何となく性格悪そうな雰囲気は感じ取っていたが。本人に言うなよそういうの。

 

 ……いや、諦めたからこそ、直接言ってきたのか? よく分からん。

 

 俺が考えていると、シアは続けた。

 

「ですから、今後はもっと緩くしてください。アイギス相手と同じように喋っていただくのでも結構です」

 

「……アイギス相手と同じなら、タメ語になっちゃいますけど」

 

「構いませんわ。だって結局、わたくしたちは同学年のご学友でしょう?」

 

 俺は少しの間目をしばたかせてから「じゃあ、遠慮なく」と敬語をやめる。

 

 それから、気になっていることを聞いた。

 

「で、シア様。この騎士たちは何なんだ?」

 

「わたくしの血統魔法ですわ。『幻影妃』の血統の人間は、幻影の軍隊を操るのです」

 

「ほほー、なるほど」

 

 俺は納得する。

 

「じゃあそこの、唯一返事した装飾の派手なのは」

 

「彼は幻影騎士たちの団長ですね。実戦でも、彼が一番腕が立ちますよ」

 

「ほー……すごいな」

 

 俺は幻影騎士をまじまじ見て、感心してしまう。

 

 揃った足並みは、騎士としての練度を感じさせる。特に今話題に挙がった騎士団長は、更に動きが洗練されている。

 

 鎧の奥の眼光が鋭く、俺は眺めながら、少し思う。

 

「……多分、戦ったら俺より強いな、あいつ」

 

「ぷっ、ふふ。それはそうでしょう。男の子なのに、テクトは血気盛んですね」

 

「……」

 

 中二病患ってるみたいな扱いをされて、大変に遺憾である。

 

 にしても、不思議なのは騎士たちがどう見ても男にしか見えないところだ。女性の鎧、という感じがしない。

 

 だから聞いてみた。

 

「あの騎士たちって、男に見えるんだけど」

 

「ええ、男だそうですよ。遥か昔には、魔力を持った男子も生まれたのだそうです。しかも女子と同じ割合で」

 

 俺はポカンとする。

 

 え? この世界の男女比の狂いとか、貞操逆転とかって、最初からじゃないの?

 

「そんな太古の時代の騎士たちの霊魂を、今もなお『幻影妃』の血統は従え、使役しているのです。お蔭で雑務も大助かりですね」

 

 確かに、と俺は騎士たちを見る。

 

 騎士たちはスムーズに必要文献を取り揃えては、シアの机に置いていく。そして不要になった文献を手に取り、すぐに戻しにかかる。

 

 俺は感心しながら、シアに尋ねた。

 

「騎士たちは、文献のこと全部分かってるのか?」

 

「いいえ? あれらはわたくしの傀儡ですから。わたくしの知識を参照して動いているにすぎませんよ」

 

 言われて、ギョッとする。

 

 え、じゃあ何? シア、必要書類の場所とか諸々、全部覚えてんの?

 

 俺はちょっと考え、聞いてしまう。

 

「俺、要る?」

 

「はい、必要です。テクトほどの紅茶は、わたくしにも、幻影騎士にも淹れられませんので」

 

 トン、トン、トン、とハンコを押してどんどんと書類を捌きながら、シアは俺に笑いかける。

 

「……そうかい」

 

 俺も付き人にはなかなか慣れたつもりだったが、まだまだシアのことは分かっていなかったらしい。

 

 そんな、シアの有能っぷりを垣間見た、放課後なのだった。

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