【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
朝の授業を二コマ終えた中休みで、俺は水を飲みに教室を出ていた。
廊下を歩きながら考えるのは、最近の悩み事のこと。
例えば次の発明品。作りたいものリストはあるが、さてどれに取り掛かろうか、とか。
例えば前途多難な婚活のこと。仲良しの女の子が全員、俺には身分が高すぎる、とか。
女の子を守れる男になる、というこの貞操逆転世界に逆行する、俺の目標を達成するための小目標のそれこれについてを考える。
だが、最後にはいつも、予想される喫緊の問題のことになるのだ。
―――つまり、姉について。俺と三人の一悶着を見た、五ねぇのこと。
数日前。腹黒赤ちゃん王女様ことシアの付き人をやり、腕に刻まれた呪いを解いてもらった日の翌日。暴走したウィズ、アイギス、シアの三人が俺をめぐって騒動を起こした。
その騒動は最終的に、俺が全員を叱りつけて事なきを得たのだが、騒動の過程で五ねぇが遠巻きに、俺たちの様子をお目々ガン開きで見ていたのを発見したのだ。
それで、五ねぇが何か動き出しそうだな、と思っていたのだが……。
「あのあと数日警戒してたけど、来なかったからなぁ。杞憂だったか?」
大前提の話だが、俺の姉妹たちは全員、俺に対してブラコンのケがある。何故か。
で、そんなブラコン姉な五ねぇが、俺をめぐって争う女の子三人を見て暴走しないとは思い難い……というか過去に前科が何回もあるので、今回もそうだと思ったのだが。
「まぁ、学園に入って大人になった、のかね。いや、だとしても、顔を合わせた以上一回も会いに来ないのは不気味、」
そう呟いた瞬間だった。
「テ~っ君♡」
階段下の物陰。そこから気配もなく声をかけられて、俺はピタリと足を止めた。
「……声をかけるときは気配を殺さないのが、ガーランド家のマナーだったはずだけど」
「うふふっ、ごめんごめん。そんなに怒らないで?」
俺が顔を向けた先、影から現れたのは、亜麻色の髪を淑やかに結った柔和な少女だった。
ヴィー。ヴィー・ガーランド。ガーランド十姉妹の五番目。通称五ねぇ。
五ねぇは、柔らかな微笑みを湛えて俺に近づき、俺の両手をそっと手で包んでくる。
「久しぶりっ。会いたかったんだよ~! 何でもっと早く会いに来てくれなかったの? 母さんからの命令で、わたしたちからテッ君には会いに行けないのに~!」
「まずは学校に馴染むのが最優先だったんだから、仕方ないだろ。先に五ねぇたちに会いに行ったら友達とかできなさそうだし」
「え~!? そんなことないよ~!」
「でも初日に会いに行ったら、確実に毎休み俺のクラスに遊びに来ただろ?」
「それはそうだけど~!」
じゃあ一旦置きにいくので正しかったらしい。俺、ナイス判断。
が、そうなってくると、疑問として当然上がってくるのは、『何故会いに来るのに期間が空いたのか』ということだ。
「ええと、これは確認なんだけどさ」
「? うんっ」
「俺に会いに来たってことは、あの時目が合ったからってことだよな? つまり、数日前に」
俺が確認で問いかけようとすると、五ねぇは遮るようにこう言った。
「ところでテッ君。あの女の子たち、何?」
びく、と俺は硬直し、五ねぇを見る。
表情は微笑んでいる。だが、目が笑っていない。
俺は、いぶかしみつつ答える。
「……ただの友達だよ」
「でも、身分差がありすぎない? アイギス姫様は母さんが従者だから仕方ないにしろ、王族に子爵でしょ?」
俺は、それを聞いて顔を強張らせる。
「そうか。会いに来るのに時間が空いたのは、みんなを調べてたからか」
「驚いたよ~。テッ君を囲う女の中に、王族がいるだなんて! しかも一番下の身分でも子爵でしょ? しかも全員二つ名持ちの血統! ね、テッ君」
そこで五ねぇが、表情を変える。心配そうに目じりを下げ、まっすぐな目で見る。
「何か、騙されてたりしない? お姫様は昔からの付き合いだからある程度信用できるけど、他二人はどうなの? 将来結婚してあげるとか言われて、良いように使われてない?」
「ない。そもそもみんな友達だし、そういうのは本当にない」
「ね、テッ君」
五ねぇは俺の両手をさらに強く握って、顔を近づけてくる。ふわりと良い匂いが香る一方で、俺の両手を包む手は、少し力を入れるくらいではビクともしない。
「わたしには、本当のこと言っていいんだよ? 家族なんだから。何があっても、わたしはテッ君の力になるから。例えテッ君が汚されたとしても」
「だーかーらー!」
俺は包まれる両手を強引に抜き、五ねぇの肩を押しのける。
「みんな友達だし、そういう色っぽい話もないって! 大体何だよ男が汚されるって! 男の童貞に価値なんぞないわ!」
「テッ君! 昔からそんな自分を大切にしない物言いして! もっと自分を大切にして!」
「俺は何も自暴自棄じゃないし、みんな優しくしてくれてるし、まずもって童貞じゃあ!」
何が悲しくて姉に童貞宣言しなくちゃならんのだ、と俺は五ねぇに言い聞かせる。
「五ねぇ! いや、五ねぇに限らず姉妹全員だけど、過保護! 俺は俺で上手くやってるから! 友達も出来たし、婚活、は、ちょうどいい相手は全然見つかってないが、ともかく!」
俺は五ねぇに人差し指を突きつける。
「俺は俺で頑張るから、好きにさせてくれ! あと弟の童貞気にすんのは結構キモいぞ!」
「――――っ!」
衝撃を受けたように大口を開けて硬直する五ねぇ。俺はふぅと息を吐く。
「まぁ、過保護じゃない範囲なら付き合うからさ、あんまり暴走せず、普通に仲良く」
そう、俺が最後にフォローを入れようとすると、五ねぇは俯いて言った。
「……そっか……。テッ君、あいつらに誑かされちゃったんだね……。ってことは、お姫様もグルってこと……?」
「……五ねぇ?」
何だか怪しいことを言い出す五ねぇ。頭を抱えて、ブツブツと何か言いだす。
「じゃ、じゃなきゃ、テッ君がこんなにひどいこというワケないもんね……? キモいとか、お姉ちゃんに向かって、そんなこと……」
「いや、弟に汚されても云々とか言うからだろ」
貞操逆転フィルターに掛けてもキモい言動だ。妹の処女を気にする兄と同じだぞ。
……いや、下級貴族の純朴な妹が、王族や上級貴族たちと付き合ってたら、遊ばれてひどい目に合ってるんじゃ、みたいなこと、か……? それなら、分からんでも、ううん?
俺が五ねぇの心情を推しはかろうとする間にも、五ねぇの考えは加速する。
「そうか……あいつらが悪いんだ……。騎士の息子なんていう、貴族学校じゃ一番弱い立場の男の子をたぶらかして、好き勝手弄んでるんだ……。それで最後には、テッ君が……!」
「あの、五ねぇ? おーい? 聞こえてるかー?」
「テッ君!」
「うぉ」
バッと顔を上げて、五ねぇは俺に訴えかけてくる。
「テッ君のことは、わたしが守るからね! 目もちゃんと覚まさせてあげるから!」
「まず五ねぇの目が一番曇って、あっ! ちょっ、どこいく五ねぇ!」
宣言だけして、五ねぇは俺の元から走り去っていく。
その背中を目で追いながら、俺は渋面で呟いた。
「……ああ、これは、アレだな」
確実に来るな。拉致りに。夜。