【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
草木も眠る丑三つ時。アイギスは男子寮脇の草むらに、ウィズ、シアと共に隠れていた。
目的はもちろん、姉ヴィーによるテクトの拉致の阻止である。
昼休みの話の後、放課後に時間を取って、危機感のないテクトに入念に聞き込みを行ない、作戦を立てたのだ。
まず、テクトを今回攫おうと考える姉、ヴィーについての情報を聞き出した。
『五ねぇの戦闘スペック? んー……試合形式なら、この三人で負ける奴はいないくらい低いかな。ウチの姉妹でも一番弱かったし。ただ』
テクトは、真剣な顔でこう続けた。
『舐めない方がいい。特にこういう野戦は特に。五ねぇは
弱い、という情報が先行して、ウィズ、シアはそれ以上気にする様子はなかった。アイギスも基本はそうだったが、どこか不気味さを感じていた。
そこから、作戦を立てることにした。男子寮の近くに陣取って侵入を阻止する、という手はシアから持ち上がったが、アイギスは却下した。
『テクトを抱えさせて、言い逃れできないようにしてから叩いた方がいいわ。それでなくとも、テクトっていう大荷物は戦力ダウンになるから、持たせた方がいい』
そういう話の運びで、敵の侵入後、テクトを抱えての脱出を押さえることとなった。
それで今、アイギスたちは草むらで待機していた。仮眠は取ったものの、みんなあくび交じりで待っている。
本当に今日来るかは分からない、とテクトは言った。だが、テクトの睡眠の深さを聞くに、機を待つ理由が向こうにはない。ならば、今日来るとアイギスは踏んだ。
「でも、来ませんね……」
息を潜めて、ウィズが囁く。
「来るとしたら、多分今頃って話でしたよね……。怪しい人影とかありました……?」
「ないわよ……。でも、警戒して……。人影が現れて、男子寮に入ったらそれは見逃す……。で、出てきたところを叩く……。覚えてるわね……?」
アイギスが囁き声で告げると、ウィズは頷いた。そこで、シアが男子寮を見上げる。
「テクトの部屋は、あの辺りでしたわよね……?」
「ええ、あの、窓の当たりよ……。気付きやすいように、明かりは一晩中点してくれるって話だったけど……」
「……。ッ、アイギス」
シアが緊迫した声で指をさす。言われてアイギス、ウィズの順にテクトの部屋の窓を見る。
人影。テクトはこの時間寝ているはずなのに。
そう思った瞬間、窓からその人影が、ひょいと乗り出した。恐らく、今から脱出するのだ。
「――――ッ! すでに侵入されてたわ! 全員、掛かるわよ!」
「嘘っ! わ、私たちずっと見てましたよね! いつの間に!?」
「分かりませんが、やることは決まっています!」
シアが懐からハンドベルを取り出す。揺らし、鳴らしながら、唱える。
「殲滅なさい、幻影騎士団」
現れるは以前見た幻影の騎士団長。シアの意図を汲んで、素早く駆けていく。
続いて、シア本人も腰の剣を抜き放つ。
「では、わたくしは作戦の通り、デルフィアさんの護衛に回ります! アイギスは騎士団長と組んで前衛を! デルフィアさんは二人の援護をお願いいたします!」
「は、はい! 私も行きます! 啜れ、滴れ。そして花開け。
ウィズが胸元から抜き放った薔薇の杖を強く掴み、手のひらから血を流す。落ちた血から小さな魔法陣が浮かび、それが地面を滑るようにして移動する。
「最初の発動を、離れていても出来るように改良したんです! 援護は任せてください!」
「元々凶悪だったものをさらに……。今回は心強いけどね! じゃあ行ってくるわ!」
アイギスは頷いて、幻影騎士団長に追いつくように駆け出した。同時、影が跳躍する。
接近。宙を落下する影はどうやら二人分で、片方を背負っているのが分かった。アイギスが走りながら目を細めると、月明かりが影を照らす。
背負われているのは、予想通りテクトだった。すやすやと暢気に、安らかな顔で眠っている。同時、背負う側の顔も明らかとなる。
亜麻色の髪を淑やかに結った少女。穏やかそうで、町娘と言われれば信じてしまいそうな柔和な顔立ちの少女だった。そんな少女が、木を伝って地面に降り立つ。
「ああ、思い出したわ。確かに居た。ガーランド十姉妹の列に!」
記憶が蘇るのを感じながら、アイギスは指輪に触れる。
姉妹でも、一番目立たない少女だった。テクト以外の姉に紹介されたときは、一言、『まだまだ未熟です』とだけ。恐らく、当時から弱かったのだろう。
そんな相手に、テクトを渡してなるものか。
「例え姉だろうと、今更テクトを攫わせたりしないわ。だってテクトはアタシのものなんだから―――来なさい、リトルフォートレス!」
アイギスの全身に、岩鎧がまとわりつく。
そこでテクトの姉、ヴィーがアイギスたちに反応した。さぁ、ここからが勝負だ。
通常の敵なら、つまり殺して良い相手なら、アイギスもハンマーを用いる。だが今回は、ヴィーはテクトを背負っているため使えない。万一にも、テクトを危険に晒さないため。
よってアイギスの取った手は、追いついた幻影騎士を抱えて、投げることだった。
「作戦はイリューシアから伝わってるわね!」
アイギスが言うと、脛と足元から持ち上げられた幻影騎士団長は、ただ頷いた。
そしてアイギスは、投擲体勢に入る。
「行くわよッ! とりゃぁああああああッ!」
振りかぶる。ぶん投げる。タイミングを合わせて、騎士団長が跳躍する。
人が人をぶん投げる、という絵面は、魔力による身体強化を受けた女だらけのこの世界でも、中々見ないインパクトあるもの。怯ませるにはうってつけの手だ。
あとは騎士団長が上手く詰め、さらにアイギスが抑え込めば完璧。テクトが『直接相対したのなら弱い』と言った以上、この手で行けるはず―――!
それを、テクトを抱える姉ヴィーが怯んだのを見て、確信した次の瞬間。
ヴィーは道脇の街路樹の後ろに隠れ、直後に立ち消えた。
「はっ?」
先んじて着地した騎士団長が、剣の振るう先を見失って、キョロキョロと見回す。木の後ろも確認しているが、見つかっていない様子だ。
「なっ、何で? 今、逃げるような隙はなかったわよね? どこに行っ」
たの? とアイギスが言い切るちょうどそのタイミング。木の上から降ってきたヴィーが、騎士団長の頭上より、刀を振り下ろした。
反応する間はなかった。騎士団長がヴィーに、肩へと着地され、そのまま首を刀で掻き切られて倒れる姿を、アイギスはただ見ていることしかできなかった。
騎士団長の打倒に続き、ヴィーは着地。次いで、アイギスに振り返る。遅れて、アイギスの背中に怖気が立ち昇る。
「――――ッ、アンタ!」
「アレ? お姫様じゃないですか。ってことは、これは調査した王女様の幻影……なるほど」
ヴィーは事態を理解したようで、冷めた目で、薄ら笑いを浮かべる。
「テッ君は、あなたたちにとって、よっぽど都合のいい男だったんですね。こんな深夜に張り込んで守るほど……許せない。全員、この場で後悔させてあげる」
ゆら、とヴィーが揺れる。その死角から、ウィズの魔法陣が忍び寄る。
アイギスは、言った。
「気持ちは分かるけどね、アタシたちは本気でテクトに惚れこんでるし、それをアンタに認めさせるためにここに居るのよ。―――陰キャ! 今よ!」
「はい! ちびっこ!」
「ッ?」
ヴィーの足元を捕らえた赤い魔法陣から、茨が立ち上る。ヴィーの足が確かに茨に捕らえられ、血が出るほどの攻撃性を持って拘束する。
あとはアイギスが畳みかければ、普通の敵なら勝ち確定。
だが、ヴィーは違った。
「アース」
短い汎用魔法の詠唱。からヴィーが手を振ると、近距離にいたアイギスの目を潰すように、細かい土が飛んできた。鎧越しに飛んできた砂塵が、アイギスを一時盲目にする。
「くっ」
アイギスは顔鎧を上げて土を拭う。そして拭った腕をどけた時には、すでに拘束していた茨はバラバラに切り払われ、ヴィーはアイギスに肉薄していた。
「ッ! 舐めるなッ!」
アイギスは出の早い体当たりで、これに対処する。しかしヴィーは、そんなアイギスに蹴りをかましたと思った瞬間、アイギスを
茨で足から血が流れているのを、気にも留めない。血の軌跡を描いて、ヴィーは駆けた。
「!? 嘘でしょ―――二人とも、そっち行ったわ!」
テクトを背負うヴィーの背中を目で追いながら、アイギスは叫ぶ。二人はちゃんと警戒していたようで、すぐ様に戦闘態勢に入る。
「ウィズ、下がっていてください! わたくしが前に出ますので、援護を!」
「はっ、はい! 王女様!」
剣を構えて、シアが前に出る。シアはアイギスの記憶通りなら、剣の成績でも上位に入る程度には優秀だったはず。そこにウィズが魔法で援護するなら、盤面としては固い。
「まず私が先手を取ります! ファイアボール!」
ウィズが手のひらから火の球を放つ。基本のファイアボール。そこに後駆けで、シアが剣を振りかぶりながら肉薄する。隙のない戦術だ。
だが、ヴィーはこれに、難なく対応した。
「ウォーター」
「っ?」
短い詠唱の直後、ヴィーはファイアボールに、水をぶつけた。
発生するは大量の霧。ヴィーとシアが、同時に霧に包まれる。
「くっ、これでは前が見えな、きゃあっ!」
シアの悲鳴。「王女様!?」とウィズが声を上げた直後、木の上から降ってきたヴィーが、刀の峰で強かにウィズを打ち据えた。
霧が晴れる。そこには、気絶したシアの姿。ウィズも同様に地面に倒れ、動けない。
「――――ッ」
アイギスは歯噛みする。それから、ヴィーの肩から見えるテクトの顔を睨む。
何が『試合形式なら、アイギスたち三人で負ける者はいない』だ。ガーランド家仕込みの戦闘巧者。三体一でも、アイギスたちが手玉に取られている!
「……違う。テクトは、嘘を吐いてないわ。ヴィーは、とことん身を潜めるのが上手い。隠形と奇襲を細かく繰り返すから、こんなに強いのよ」
試合形式だったら、高速木登りからの奇襲はなくなる。自発的にできるのは魔法で生み出した土を投げての目潰しくらいのもの。そうなれば確かに、試合での負けはない。
だが、今は違う。街路樹が周囲に林立し、そもそも闇夜が視界を抑制する。アイギスたちよりも強い騎士団長が、あんなに簡単に倒されたのも、そういうこと。
ルールが違うのだ。そう思う。思いながら、ゆらりと立つヴィーと相対する。
「姫様、降参しません?」
ヴィーが、アイギスに口を開いた。彼女は、こう続ける。
「姫様の性根は知ってます。豪快でまっすぐ。だから、悪いお友達に毒されてるんですよね。わたしがしばらくテッ君を匿うので、その間に反省してください」
「お生憎様。アタシはテクトと清い交際しかしてないわよ」
「嘘です。じゃなきゃ、何でテッ君をめぐって取り合いなんて起こるんですか。あんなくんずほぐれつの争いに、可愛くて純粋なテッ君をま、巻き込んで……!」
ヴィーはブルブルと震えて、怒りをあらわにする。なるほど、あのもみくちゃの一騒動を、そう受け取ったか、とアイギスは苦笑い。
しかし、ここからどうしたものか、とアイギスは考える。巨大ハンマーの使えないアイギスは、攻撃手段が徒手空拳しかない。しかも鎧が重く鈍重。守りは固いが攻撃が鈍い。
となれば……起死回生の一手に賭けるしかないか。アイギスは、ふ、と笑う。
「分かった分かった。御託は良いわ。後悔させてくれるんでしょ? 掛かってきなさいよ」
アイギスは構えを取る。そして、敬意を払い名乗りを上げる。
「『小さな要塞』が次代次席、アイギス・グロリア・アラゴニア」
「……ガーランド十姉妹が五女。『最弱』のヴィー」
お互いに見合う。深く呼吸を交わし、風の流れる音に緊張を張り詰める。
そして、その時が来た。
「―――姫様に諫言申し上げるべく、推して参る」
弾けるように、ヴィーがアイギスに向かって駆け出した。かと思いきや、街路樹の背後に差し掛かり、ふっ、と消える。
「そう来るわよね。アンタは、アタシと直接ぶつかるなんて愚は侵さない」
直接対決においては、アイギスの圧勝だ。だからヴィーは、そうしない。
風の音か、あるいはヴィーが木の上を渡る音か。ザアザアと夜風を受けて木々がざわめく。
アイギスは、ただ待った。程よい緊張を保ち、奇襲に来るその時を。そして、好機を。
頭上から、縄が降ってくる。
「縄っ?」
アイギスの首に縄がかかる。と思った直後縄の端を持ったヴィーが木の上から落下してきて、アイギスが僅かに首をくくられて持ち上がる。
「っ! 姫様、重すぎですよ! ダイエットしては!?」
「ぐ、ごの、おもざは、いわ、よろいよぉ゛……!」
もがく。幸いにして、岩鎧が致命的に重くて、アイギスが首つりに宙を浮くことはなかった。ただし、それはスタンしていないことにはならない。
降りてきたヴィーが、片腕に縄を握って、ドロップキックを仕掛けてくる。呼吸を奪われていたアイギスは、衝撃に耐えきれずよろめき、倒れる。
そこにヴィーが詰めてきた。アイギスの頭鎧を蹴り飛ばして外させ、刀を振りかぶる。
「これで終わりです。これからは、もっとテッ君を大切にしてくださいね」
事実上の勝利宣言。ヴィーが刀を振り下ろす。
これこそが。アイギスの狙った好機だった。
「―――らぁっ!」
最後の力を振り絞り、アイギスは上体を起こして、それを握った。
それ。つまり、ヴィーの背負うテクトの足を。
「ん、んお……?」
今までの戦闘ですでに眠りが浅くなっていたのか、テクトのまぶたがびくりと動く。
「ッ!」
ヴィーの判断は、早かった。
今まで守るようにしていたテクトを背負い、一本背負いにして投げ出した。ヴィーはテクトを、アイギス以上に早々に無力化しなければならないと評価したのだ。
そしてその評価は正しかった。テクトは投げ出されながら、パチリと目を開けた。
強いて一つ間違いを指摘するのであれば―――この判断でも、テクトの無力化には遅かったことだろう。
「ああ、今、そういう感じ?」
投げ出されながら、テクトは捕まれていない右腕を振りかぶった。ガシャコン、と機械音が響く。テクトはニヤリと笑って言う。
「夜の戦闘お疲れさん。今明るくするからな。―――パイルッ、バンカァァアアアアア!」
パゴォォォオオオオオン! という音と共に、炎が、轟音が、閃光が、弾ける。
アイギスは、ただ腕で、目を焼く閃光から身を守ることしかできなかった。轟音と炎の華が空に咲く中で、耐えるばかり。
そうしてパイルバンカーが放った火が消え、アイギスがスタンから解放された時には―――テクトの手により、ヴィーが縄でぐるぐる巻きにされて拘束されていた。
「ふぅ、寝起きからハードだな。でも、完全に拘束されての起床よりはずっとマシだった」
テクトはアイギスに近寄ってきて、手を差し出してくる。それから、ニカッと朗らかに笑うのだ。
「助けてくれて、ありがとな。五ねぇに勝つとは、やるじゃんアイギス」
「そりゃ、テクトの為だもの。むしろ、独力で勝てなかった自分が恥ずかしいわ」
アイギスはテクトの手を取って立ち上がる。それから岩鎧を魔法で収納して「疲れたからぎゅってして」とテクトにねだる。