【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
ウィズ・デルフィアという少女は、デルフィア子爵家の次女である。
気質は気弱で引っ込み思案。他者に強くモノを言えないが、勉学や魔法に長ける。
そんなウィズは、学園への出立の日、母にこう言われていた。
「ウィズ。学園では必ず、伯爵家以上の家格の家に、嫁に行くのよ」
「……」
ウィズは、母親の命に無言を返した。だが、母親は当然、それを看過しない。
「ウィズ! 分かるでしょう!? あなたは我が血統で最も優秀な子! であるなら、他家の実権争いに勝つ必要がある立場なのよ!?」
この世界における貴族の実権争いの形式は、中々に難解だ。
例えば家督は男が継ぐ。だから貴族は、必ず男をもうけることを要求される。
だが、男というのは出生率が極めて低い存在だ。そう易々と生まれる存在ではないし、その性質上どうしても替えが利かない。
だから逆説的に、家督を継ぐのは男だが、実権を握るのは女になる。
何故なら、実権を握る者がいなければ、その家がつぶれるからだ。実権を握るという事は、多かれ少なかれ狙われるという事。替えが利かない男にはさせられない。
では、実権を握るために、何をすべきなのか。
―――家督を継ぐ男に嫁ぎ、その息子を産む。
それこそが、実権を握るために女がすべきこととなる。
だから貴族の女は婚活で熾烈な戦いをすることになるし、結婚後も実権を握るためにハーレムの他の女たちを出し抜くことを求められる。
それがこの貞操逆転世界における、男系貴族の『家』の概念及び、女系貴族の『血統』の概念であった。
「いい? ウィズ。あなたは我が『魔導博士』の血統で、最も優秀な子。血統の価値を高めるのは、あなたの義務なのだから」
「……はい」
抵抗してもキリがない、と諦め、ウィズは頷いた。
母親は頷き、「よし、じゃあいい男を捕まえてくるのよ!」とウィズの背中を叩いた。「痛……」と文句を言いつつ、ウィズは馬車に乗った。
デルフィア子爵家は下級貴族の中では一番上にあたる、ほどほどの家格を持つ貴族だ。しかしその財力は、異母姉妹の長女や、異母兄弟の長男に注がれる。
結果、子爵家にもかかわらず、ウィズが乗ったのは粗雑な相乗りの馬車だった。
「……」
周りの乗客たちも、半分くらいは貴族の子女なのだろう。ウィズ同様に、みんなフードを目深にかぶって、顔を隠している。
女はこういうものだ。男よりも多く、頑丈だから雑に扱われる。
……まぁ、別にいいのだけれど。男はか弱いし。数も少ないし。
「はぁ……」
ため息とともに、ウィズの長く辛い、共同馬車の旅が始まった。
それから数日間の馬車の旅は、それはもう厳しいものだった。
まず、春だからって
だから風の吹きすさぶ日や、雨が降る日もじっと耐えるしかなかった。もうやたら寒いやら熱いやらが、全部直撃した。
多分乗ってるのが女だけだからだろう。男は体調をやられるが、女はこの程度じゃへこたれない。
が、それはそれとして、とんでもなく不快なのも事実。
そんな野ざらし同然の待遇をじっと耐えて数日。とうとう学園が見えて、ウィズは顔を晴れさせた。
「ついに……! ついにこの地獄が終わる……!」
馬車がきつすぎて、実家でも中々しないような笑顔になるウィズだ。
その辺りで、御者の女が言った。
「最後の休憩を取ります。花を摘みたい方はご自由に」
そう言って、御者は帽子を顔に被せて寝てしまった。
ウィズは少し催していたので、一人立ち上がり馬車を降りた。他に降りる人はいなくて、気まずい思いをしなくて済むな、とほっとした。
森に向かい、木陰に隠れて考えるのは、学園のこと。
ウィズはこの通り引っ込み思案な性質なので、婚活もそうだが、まず友達作りからして心配だった。
快活な妹の一人から、『でもウィズ姉陰キャじゃ~んw』とからかわれたことをよく覚えている。異母姉妹じゃなかったら魔法でしばいてやったのに。
そんなだから、友達と呼べる存在を、生涯でまだ得たことがない。
それが明日から学園生活だ。全寮制の。
「……家に帰りたい……。あんな家でも学園よりマシ……」
本気で嫌になるウィズである。
そう頭を悩ませながらも、ウィズは小用を終えて木陰から出る。
すると、馬車がなかった。
「……えっ」
馬車がない。ウィズは激しく左右を見る。だがない。
サッと血の気が引く想いになりながら、呟く。
「……置いてかれた……?」
学園の方を見る。馬車は見えない。思考がぐるぐるとめぐる。
まず、荷物だ。重い荷物だから、馬車に積みっぱなし。魔法のかかったカバンに詰めたから、勝手に開けられることはないけど、それでも手元にはない。
そして、学園までの距離。粗雑な馬車でも、ウィズの小走りよりもずっと速い。今から必死に走っても、追いつくことはないだろう。
つまり、詰み。
ウィズは情けないことに、学園到着前に人生に詰んでしまった。
「……もぉおお~~~! やだぁ~~~!」
踏んだり蹴ったりの人生に、半泣きで暴れる少女の図である。
だが誰も助けてはくれない。それが無価値な女の運命である。
とはいえあまりにもショックだったウィズは、よろよろと木陰に隠れて、うずくまった。
「ぐすん……! ほんと、ほんとやだ……! 学園もやだし、婚活もやだし……! 私に友達なんかできるワケないのに……! 結婚なんてなおさらだよ……!」
実家で魔法の研究だけしていたい人生だった。魔導博士の血統に恥じないのはそれだけだ。他に貴族らしい、人間らしいことは、ウィズには向いていないのだ。
そんな風に不貞腐れていると、不意に、ウィズは自分を覗き込む影に気付いた。
「……アレ?」
見上げる。木陰に暗くなったシルエットに、理解が遅れる。
それで、一拍おいて気付いた。
この人、男の子だ。
「あの、大丈夫ですか? 困ってそうに見えたので」
「ひゃっ! おおおお、男の子!? あっ、あのあのあの、ち、違くて、怪しいものじゃないんです!」
「疑ってないですよ。俺と同じ新入生でしょ?」
男の子は明るい笑みを浮かべる。
陰キャのウィズは、もう慌てるしかない。
何? 何!? おっ、男の子が、男の子が自分に話しかけてる!?
父親以外に男と接したことのないウィズは、免疫なんて皆無で、パニック寸前だ。
だが、そんなみっともないウィズが落ち着くのを、男の子は笑顔で待ってくれた。
「そのっ、きょ、共同馬車で学園に向かってて、最後の小休止でトイレしてたら、忘れられちゃったのか置いてかれてしまって……!」
過呼吸を起こす寸前のテンションで、ウィズはそう説明する。
すると男の子は、「あー、そうなんですね。確かにそれは困るな。歩きだとまだまだ距離あるし」と考えこみ、一拍おいてパッと晴れやかな笑みで言った。
「じゃあ、俺の馬車乗ってきます?」
「え……? あ、えと、あの、い、いいんです、か……?」
「もちろん。助け合い、大事ですから」
お互い名乗り合いながら、ウィズはテクトという男の子に手を取られ、馬車に招き入れられた。
走り出す馬車の揺れ。ガラガラと揺れる座席。
馬車の窓で、景色が流れていく。
腰を落ち着けながら、ウィズは硬直して、自分の膝頭を見つめた。
思うのは、話が違う、ということ。
自分の知る限り、男というのは実に横柄で、傍若無人な存在のはずだった。
例えば父がそうだ。気まぐれで十人の母たちを翻弄して、罪悪感なんて欠片も持ち合わせていない。数十人の娘の大半を平気で忘れている。
年の離れた弟も、わがまま放題という噂だった。男に絶望していたウィズは、異母兄弟なことをこれ幸いと、近寄りもしなかったが。
しかし、この男の子――――テクトはどうか。
同じ女からも忘れられるようなウィズを、わざわざ見つけ出して助けてくれる、ものすごく優しい男の子。
こんな男の子が存在するのか。と思って少し顔を上げると、テクトはじっとウィズを見つめていることに気付いて、慌ててウィズは顔を下げた。
「あっ、あのあのあの。な、なん、なんでこ、こっち、みて」
「え? ああ、ごめん。嫌だった?」
「あっ、いやあの、い、嫌ってわけじゃないんですけどあのその」
一拍おいて、ウィズはこう続けた。
「わ、私、ブサイク、でしょ……?」
言って、後悔ではないが、げんなりする。
ウィズは、長い前髪で人の視線を避け、猫背でずっと研究三昧でいる生活だったから、実家でそれはもう
それはもう動かせない事実だが、それでも自分の口から自虐に逃げてしまう言葉が出ると、ため息を吐きたくなってしまう。
それに、ほら。男の子は驚いたように目を開き、こんな卑屈な自分に嫌気がさして―――
「えっ!? いや、明らかに美少女でしょデルフィアさん!」
「えっ……?」
今度キョトンとしたのは、ウィズの方だった。
テクトは「ちょっと待って!」と言って、手荷物を探り出す。それから、髪止めと櫛、手鏡を取り出して、ウィズに近づいてきた。
「ひゃっ、あ、あの、な、なに―――」
「ちょっとごめんな、動かないでくれ」
「ひゃっ、ひゃい」
ウィズはテクトに真剣な目で見られて、停止する。
心臓が爆音を全身に響かせている。ウィズは怯えるようにぎゅっと目をつむる。
感じるのは、額の辺りの手の感触。男の子特有の、少し肉厚な感触。
それがじわじわと髪全体に降りてきて、髪をすかれている? と目を作りながら察する。
そんな奇妙な時間が数分。テクトの声が、まぶたの裏の暗闇に響いた。
「これでよし。ほら、見て」
「ふぇ……?」
目を開ける。テクトが自信満々でかざす手鏡を見る。
そして、驚いた。
そこにいたのは――――長い黒髪の整った、自分とは思えない少女だったから。
「え、あ、え、これ、私……?」
「いやぁ驚いたよ。前髪から透けて見える目の感じで察してたけど、思った以上に正統派美少女じゃんデルフィアさん」
「そっ、そんなこと、ないです……! わ、私、なんて」
それでも現実が信じられずに否定すると、テクトは言った。
「いや、めちゃくちゃ正統派美少女でしょ。小顔だし目もぱっちりしてるし、髪も少し整えるだけでこんなキューティクルだし、スタイルも抜群だし」
「あ、わ、わ、わ……!」
男の子からこんな怒涛のように褒められたことがなくて、ウィズは目を回してしまう。
渡されるがままに、ウィズは手鏡を受け取る。そこで気付いて、前髪を上げる髪止めに触れる。
「あ、それ? 俺、姉と妹がやたらいてさ。その世話でこういう小道具持ち歩いてたんだ」
テクトはそういって、ニカッと笑った。
その笑みは、陰キャのウィズには劇薬だった。
顔が熱い。心臓が、さっきよりもずっと早鐘を打っている。
え、え? 男の子ってこんな優しいの? 聞いてない。男なんて、女のことを人とも思っていないような連中だと思っていたのに。
女からもこんなに優しくされたことがなかったウィズは体を細かく振るわせながら、何だか輝くように見えるテクトを見つめる。
それが少女、ウィズ・デルフィアに訪れた、初めての恋だった。