【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
その日から、五ねぇがいつものメンツに加わることとなった。
喫緊の拉致問題は解決したから、という事らしい。拉致される前はあれだけ慌てふためいていていたのに、みんなも事が終われば寛容だよなぁ、なんて思う今日この頃。
とはいえそれは、仲良く五人組になった、という意味では決してない。
自分を認めさせたい三人娘と、誰も認めるつもりのない五ねぇの熾烈な戦いという構図で、みんなの関係性は固まりつつあるようで……。
―――昼休み、偶々シアが取り巻きたちと昼食をとり、アイギスが血統関連で席を外し、俺とウィズの二人きりで、ベンチで並んで昼食を摂っていた時のことだった。
「そういえば、暗視ゴーグルの開発は順調ですか?」
久しぶりの二人きり! とご機嫌なウィズが俺に聞いてきたので、俺は頷いた。
「ああ、結構目途が付いてきた」
「どんな風に作るんですか? 取り入れた光を増幅させるのか、はたまた熱情報を視覚化するのか」
「今回は赤外線を照射して、それを感知する仕組みにしようかと思ってな」
「なるほど。確かに、それだと比較的リーズナブルに済みそうですねっ」
俺の簡単な説明でこれだけ伝わるのだから、ウィズも賢いよなぁなんてことを思う。
詳しい説明は省くが、暗視ゴーグルの作り方は大体三通りある。目に見えないほど小さな光(星明りなど)を増幅してみる方法。熱を感知するサーマルビジョン。
そして今回俺が考える、人の目には映らない赤外線を照射し、それを視覚情報に取り込むことで、闇の中でも俺だけが見えるようにしてくれる、赤外線式だ。
「となると、魔力で光るタイプの素材と、可視光線をカットするタイプの素材が要りますよね。あと、赤外線を視覚化してくれる素材も!」
「そうそう。でさ、ウィズに相談なんだけど―――」
そう、俺が持ちかけようとしたその時だった。
「その相談、お姉ちゃんが乗ってあげるよ!」
横並びに座って飯を食べながら話す俺たちの前に、五ねぇが胸を張って現れた。
「……出ましたね、お姉様」
「ウィズちゃん、君にお姉様と呼ばれる筋合いはないよ!」
初手からバチバチで睨み合うウィズと五ねぇである。
俺は半眼で、五ねぇに言う。
「でも五ねぇ、こういうガジェットの仕組み分かんないじゃん」
「わ、分かるもん! テッ君がしっかり説明してくれれば、頑張って理解するもん!」
「でもウィズは詳しく説明しなくても分かってくれるぞ」
「そんなぁ~……! お姉ちゃんにも教えてよテッ君~!」
ヘロヘロになって涙目で俺に縋りついてくる五ねぇ。
それにウィズは、珍しく勝ち誇る。
「ふふっ、この手の技術ばかりは、私は誰にも負けませんからね! テクト君の技術的な相談を受けられるのは、私だけなんです!」
「ウィズはちゃんと知識も経験もあるから、マジで助かるんだよな」
「えへへっ、えへへへへっ、そうですか~?♡ いやぁ照れちゃいますよぉ~♡」
デレデレで照れるウィズ。そこまで喜んでくれると褒め甲斐があるな、と思っていると、五ねぇがブスッとした顔で言う。
「テッ君の手一つ握れない癖に」
「っ!?」
「五ねぇは何言ってんだ?」
突如妙なことを言い出した五ねぇに、ウィズが動揺する。俺はあきれ顔。
しかし五ねぇは、効果ありと見たか、ニヤと笑って更に畳みかけていく。
「わたし知ってるよ。ウィズちゃんは超奥手で、テッ君と一番接触時間が長い癖に、スキンシップ一つ取れてないって」
「にゃっ、にゃにゃにゃにゃにゃ、にゃにを!」
「アイギス姫様は気軽に抱き着くし、シア王女は日頃お世話されてる。けどウィズちゃんは全然進展ないもんね。なさすぎて夢小説書こうとして、全然書けなくてキレ散らか」
「ちょっ! なっ、何で! 何でそのことを知ってるんですか! はぁ!?」
顔を真っ赤にして抗議するウィズ。夢小説? 何の話? と俺は困惑だ。
一方勝ち誇るのが五ねぇだ。
「その点わたしはお姉ちゃんだから、テッ君とのスキンシップはたくさん! 思い出の一つ一つがもはや夢小説! これは完全にわたしの勝ち!」
「あぁぁあああああああああ!」
ウィズが脳破壊されてひっくり返る。ウィズは何かよく分からないけど、ずっと負けてるイメージがあるな。何の勝負か分からんけど。
「ということで~」
五ねぇが俺の隣に座る。淑やかに結った亜麻色の髪が、たおやかに揺れる。
「テ~ッ君♡ そこの寝取られウィズちゃんは放っといて、わたしとイチャイチャしよ♡」
「寝取られとか何言ってんだよ五ねぇ。そもそもウィズとはそういう関係じゃないって」
「ァッ」
「今テッ君が一番重い一撃でトドメさしたね」
「何が?」
「何も~?♡」
言いながら、五ねぇが俺の腕をぎゅっと抱きしめる。俺はため息を吐きながら、実家からの癖で、その頭を何となく撫でてしまう。
「そろそろ弟離れした方がよくないか? 五ねぇも旦那さん候補とかいないの?」
「わたしにはテッ君がいるも~ん! っていうかテッ君と比べると他の男は見劣りし過ぎて、本格的に婚活は諦めムードというか」
「血の繋がった弟に何言ってんだ」
そのまま俺は、五ねぇと軽い調子で会話を交わす。
その様子を見ながら、「あ、あぁ……腕組み、頭撫で、あ、あぁぁぁあ……!」とウィズが亡霊のような顔で、俺たちに震える手を伸ばしていた。
五ねぇが暴れた例は、これに留まらない。
ある日の放課後、ウィズが血統の課題製作でてんてこ舞い、シアが公務で居なくて、アイギスと二人で鍛冶屋に赴いていた。
作るのは変わらず暗視ゴーグルだ。ウィズと相談して、素材のピックアップと正確な設計図は出来ていたので、あとは実際に作ってどうなるか、という段階に差し掛かっていた。
「テクト~? 買いたいもの選んだ?」
「ああ。魔力で光るサラマンダーの尾骨に、可視光線をカットするサラマンダーの逆鱗。んで赤外線を視覚化する太陽石。んでフレーム製作用の鉄類な」
「へー、闇の中を見通すだけでも、結構複雑なことやるのね」
「いや、これでも想定よりずっと簡略化されてるぞ。日本で同じことしようとしたら、太陽石の部分はカメラを改造しなきゃならないし」
「ん? ニホン? 何それ」
「あ、えーと……そこは噛んだだけだから気にしないでくれ」
「ふ~ん?」
うっかり前世の話をしてしまった。特に話す必要がないので、適当に誤魔化しておく。
「じゃ、テクト。暗視ゴーグルの素材代、アタシが支払っておくわね」
俺が素材を入れたカゴをアイギスは持ち上げ、軽い足取りで会計へと向かう。
それを見る度に、俺はうっ、となってしまう。この手の支払いは男の仕事、という前世の常識が邪魔して、女の子に払わせていると思うと罪悪感がすごい。
「あ、アイギス……、支払った分は出世払いさせてもらうので、額覚えといてくれ……」
「え? 嫌よ面倒くさい。っていうかお金は別に要らないし。お返しならデートしてよねっ」
にかっ、と笑って、アイギスは金貨袋を取り出す。アイギスには頭が下がりっぱなしだ。
そしてアイギスが、支払いをしようとした瞬間だった。
ガシャンと硬質な音がして、アイギスよりも先に、金貨袋を支払い台に置いた者が現れた。
我が不肖の姉、五ねぇことヴィーである。
「ふふーん! 姫様! 残念ですがここの支払いは私が払っちゃいましたからね!」
「出たわねヴィー!」
「何やってんの五ねぇ?」
警戒の構えをとるアイギスに、淑やかに結った亜麻色の髪を揺らしてドヤ顔する五ねぇ。んで相変わらず呆れている俺。
五ねぇは今回、アイギスに勝負を挑む構えらしい。俺が何を言っても聞かないので、腕を組んで渋面で静観する。
五ねぇは言う。
「支払いした者にテッ君はお返しをしてくれる……なので今回は、姫様じゃなくてわたしがテッ君とデートします! 仲良し姉弟デートです!」
「なっ、何ですって!? アタシが漕ぎつけたチャンスを横取りするつもり!?」
「だから前から言ってるけど、デートなんて奢られなくてもするから……」
俺が言うが、二人は聞いていない。こいつら。
そこで俺は、不意に気になって、「っていうか五ねぇ」と問いかける。
「今払ってもらった素材だけどさ、サラマンダー周りって結構高価じゃなかったか?」
「えっ? そうなの?」
みんなの視線が、会計台に移動した鍛冶屋の主、ロリドワーフのアイラの下に集まる。
アイラは素早くソロバンで勘定し、言った。
「ま、ざっとこんなもんだね」
「………………っ!」
五ねぇが唇を引き締め、冷や汗を掻く。
その様子を見て、アイギスが勝ち誇る。
「あっれぇ~~~? ヴィー、この程度も軽く払えないのぉ~~~? テクトはこう見えてお金のかかる可愛いところがあるから、そんな甲斐性じゃダメよねぇ~~~?」
「アレ……? 俺、貞操逆転フィルターに掛けると、金のかかる彼女ポジなのか……?」
自分の立ち位置に俺が愕然としていると、五ねぇが震えながらも笑みを作る。
「こっ、ここここここっ、この程度! 頼れるお姉ちゃんのわたしには、余裕なのでっ」
「本当にぃ? 足腰に来てるわよ、ヴィー。無理しない方がいいんじゃないのぉ?」
ニヤニヤと五ねぇに問いかけるアイギス。それに五ねぇは、足をガクガク震わせながらも言い張った。
「それでもっ! テッ君のお支払いをするのはわたしですからっ! テッ君はたった一人の、大切な弟なんだもん!」
「絶対そんな感動的なセリフ言う場面じゃない」
俺は眉間にしわを寄せて、ブルブルと首を横に振る。
だがアイギスはそれに、ふっ、と笑って踵を返した。
「いいわ。今回は勝負を譲ってあげる。その虚勢、いつまで続くのか見せてもらうわよ」
アイギスはゆったりとした足取りで、鍛冶屋を後にした。残された五ねぇに、俺は近づく。
「何で妙な意地を張ったんだよ五ねぇ……」
「テッ君に、教えて、あげる……。女にはね、負けられない戦いが、あるん、だよ……」
ガク、と五ねぇはその場に崩れ落ちる。俺は咄嗟にそれを支えると、五ねぇは言い残す。
「テッ君……。わたしが学園に来てから、依頼をこなして稼いだ全財産、大切に使って、ね……」
「何やってんだ!? 全財産!? マジで何考えてんだ五ねぇ!」
俺は五ねぇの肩を激しく揺するが、五ねぇはメンタルを使い切ったようで、安らかな顔で目を閉じて反応しない。
「テクト! ほら、買った素材だよ! まったく、アイギス様に自分の姉まで誑かして、罪の男だよ」
ロリドワーフ鍛冶師、アイラから素材を受け取りながら、俺は五ねぇに言う。
「えぇ……? じゃあデート、するか……? 飯代とかは俺が持つし……」
「するぅ!」
五ねぇは、目をキラキラさせて起き上がった。
「あのねあのね? わたし行きたい店があってね?」
そして元気いっぱいにデートの提案をする五ねぇ。俺はそれを見て、五ねぇにつける薬はないかもしれないと思った。
そして放課後に五ねぇとのデートを控えた日の早朝。俺はいつも通り、訓練を済ませてからシアの個人寮に訪れていた。
メイド長のヘッダさんに挨拶を済ませて、シアの部屋へ。俺は普段同様に、シアを起こしに掛かろうとする。
するとそこには、五ねぇがいた。
何故かメイドの姿をして。
「何故いる」
「テッ君にお寝坊王女様のお世話なんて、エッチな本の導入みたいな真似はさせられないよ! ここはわたしに任せて!」
「人の仕事になんてひどいこと言うんだ五ねぇは」
最初は俺も同じようなこと思ったけど。今じゃ可愛い赤ちゃんのお世話という感覚だが。
「いや、だとしてもそのメイド服は何だよ」
俺が問うと、五ねぇは「ふっふっふ……」と思わせぶりに笑い、答えた。
「テッ君には感謝してるよ……。金欠のわたしに、ぴったりのバイトだったからね!」
「ヘッダさーん! 五ねぇ雇ったんですか!? このポンコツ姉を!?」
俺が大声を下の階に投げかけると「テクトさんの姉妹なら信用できると思いましてー!」と声が返ってくる。くっ、俺の信用が仇になったか。
「というワケで、王女様のお世話は任せて! 起こせばいいんでしょ? 楽勝楽勝!」
「その様子だと、ヘッダさんから許可とかもらってないだろ。ダメだダメ。仮にも一国の王女だぞシアは。大人しく一階に戻って、ヘッダさんと働け」
「ヤダ! ヘッダさんから母さんと似た雰囲気を感じたから! しばき回されそう!」
チッ、勘のいい。不器用な五ねぇを見れば、すぐにヘッダさんはクビにするだろうに。
「じゃ、早速お寝坊王女様を起こしにかかるよ! とりあえず、洗面台に連れて行ってお顔洗えば目が覚めるよね? よいしょっと」
「あっ、ちょっ!」
五ねぇは女性特有の魔力で補正のかかった怪力を披露して、軽々とシアを持ち上げた。それから俺の横を素早くすり抜け、洗面台へと向かう。
「いっ、五ねぇ! シアをいきなり洗面台に立たせるな! シアは着替えさせながら徐々に目覚めさせないと、洗面台で――――」
俺は慌てて追いかける。そして一拍遅れて追いつくと、
「ぼががががががががが」
「ひっ、ひぃ~ん! てっ、テッ君どうしよう! 王女様が洗面台で溺れちゃったよぉ!」
「だから言っただろ! いいから引き上げて! 洗面台で溺れ死ぬぞ!」
急いでシアにしがみつく。だがシアはパニクっていて、洗面台に頭を突っ込んだまま大暴れしていて近づけない。
くっ、普通の女の子がただ暴れてるだけなら、強行突破で洗面台から引き抜けばいいだけなのに! 魔力で強くなっているから、下手に手を出せない!
「テッ君! 王女様、力が強くて近づけないよ! どうしよう!」
「こ、こんな時は……。ドロップキックだ! 感電した人を助ける要領と同じだ!」
「感電はよく分かんないけど、ドロップキックだね! いくよっ!」
五ねぇが助走をつけ、シアにドロップキックをぶちかます。すると暴れる腕をものともせず、シアを強制的に洗面台から助け出すことに成功した。
「ぷはぁっ! はっ、はぁっ、ひゃっ、う、びぇぇええええ……!」
頭から肩にかけてびしょ濡れになったシアが、地面にへたり込む。それから、幼児のように激しく泣き始めた。
「ああっ、王女様泣いちゃった!」
「五ねぇ退いて! あーはいよしよし! 怖かったな~! もう大丈夫だからな~!」
俺は泣き出してしまったシアを抱きしめて、全力であやし始める。
「テクトぉ……! ひぐっ、こわ、怖かったですぅ……! い、息できなくて、死ぬかと思いましたぁ……!」
「うんうん、そうだな、ごめんな乱暴な起こし方して。本当はいつも通りに起こして上げたかったんだけどな」
俺はキッと五ねぇを睨む。五ねぇはびくりと震えて背筋を正し、目を泳がせる。
「え、えっと、あの、わ、わたしもまさか、こんなことになるなんて思ってなくて」
「で?」
「だから、あの、その、何ていうか」
「おう」
「……ごめんなさいでした、王女様。テッ君も、余計なことして、ごめんね……」
「だって。シア、どうする?」
俺はこの場の裁定権はシアにあると判断して、問いを投げかける。シアはまだしゃくりあげながらも、努めて冷静に言葉を紡いだ。
「ひぐ……。昨日採用になった、テクトのお姉様、ですわよね……」
「は、はい」
「……テクトのご家族ですので、罪には問いません。が、あなたのような人は、近くには置いておけません」
「……じゃあ」
シアはズズっと鼻をすすって、涙目で目を細めて、言った。
「今日付けで、暇を出しますわ」
「はい……」
五ねぇがしょぼくれて、この場を去っていく。うん、まぁ、良かったよ。五ねぇ単独でこのやらかしだったら、ちゃんと罪になってたんじゃないだろうか。
「テクト、寒いです……」
と、そこで震えるシアが俺の袖を引いたので、俺は「ああ、すぐお湯を沸かすよ。風呂で温まろうな」と、さっと湯舟を準備しつつ、手早く目隠しをして服を脱がせてタオルを巻く。
それから目隠しをしたまま湯舟の調子を見ていると、シアが言った。
「……ずっと思っていたのですが、何故目隠しを……? 女は、少し裸を見られた程度では何も思いませんよ?」
「い、いや、まぁ、シアは王女様だしさ、良くないかなーって」
「それにわたくしの肉体は客観的にもかなり整っていますので、見られて恥ずかしいものではありません。テクトの気にし過ぎです」
「すっげぇ自信」
シアは確かにすごいプロポーションだが、男に変換するならボディビルダー的な感覚なのだろうか。確かに全身バキバキなら、ほぼ全裸でも恥はないだろうが。
そうこうしていると風呂が沸く。シアが湯船に浸かる傍で待機していると、シアは言った。
「にしても、お姉様は……何というか、必死な方なのですね」
「え、必死?」
「ええ。テクト相手に限らず、自分の存在価値を認めさせるために必死というか……」
そこまで言って、シアは複雑そうな声色で続ける。
「気持ちは、分からなくはないですけれどね。弱い女は、無価値ですから」
ちゃぷ、と水音がする。―――目隠しを取って、シアが今どんな表情をしているのか知りたい。俺は、そんな欲求を押し殺す。