【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
その昼のことだった。
最近五ねぇが大暴れだなぁ、と唸りながら中庭に辿り着くと、こんな声が聞こえたのだ。
「いち早くお姉様に認めさせて、私たちの邪魔立てをしないようにしましょう」
「乗るわ。どうしばく?」
ウィズの提案に、意気揚々とアイギスが乗る。俺はそれに足を止め、こっそり覗き込んだ。
中庭を見ると、ウィズアイギスシアの三人娘が顔を揃えて、真剣な顔で話し合っている。
そこに具体的な案を持ち込んだのは、シアだった。
「幻影騎士団を復活させるのはいかがですか? 真昼に数にものを言わせれば、そう難しくはないかと」
「いいですね。私も並行して、お姉様対策をした次の発明品の準備を進めておきます」
「アタシも準備しておくわ。リベンジ戦ね。次は容赦なくハンマーを叩きつけてやる」
「……ヤバい」
五ねぇの大暴れに、三人娘からヘイトが溜まってるだろうな、とは思っていた。だが、まさか本格的に計画が練られるほどとは思わず、俺は震えあがる。
「これは、ちょっと良くないな。放っておいたら五ねぇが殺される」
そもそも、真剣勝負は俺同様弱い五ねぇである。俺が言った、「試合形式なら三人が負ける事はない」という話は、本心なのだ。
とはいえ五ねぇもしぶといから、やられるばかりではないとも思うが……。
「五ねぇとのデートは、今日の放課後だったよな。ちょっとこの話もしておくか」
そうと決まれば、あとはこの話を聞かなかったことにするだけ。俺は一時忘れて振りをしながら「う~っす」と声をかけながら三人娘に合流する。
放課後、俺は五ねぇと共に、学生街の端にある公園の、のどかな丘に赴いていた。
初夏の夕方の風が心地よく、周りには昼寝したり読書したりする人が、まばらに居る程度。
そんなのんびりとした場所で、俺たちは草むらの上に腰掛けていた。
「えへへ~、テッ君と二人きりなんて、久しぶりだねっ。何だか照れちゃうな」
顔を赤くして、もじもじする五ねぇ。姉弟で何を言っているのか、と俺は肩を竦める。
「でも、いいのか? 代金持つって言ったのに、こんな公園で」
「弟にお金なんか出させられないよ~。でもわたしも金欠だから、お店はほら、ね?」
目を逸らしながら言う五ねぇにため息を一つ吐いて、俺は持ってきた荷物から、サンドイッチと水筒を取り出した。
「え、テッ君?」
「いつもこの時間になると腹空かしてたろ。軽くつまめるもん作ってきたから、一緒に食おうぜ」
「テッ君~~~!」
パァアアッと表情を輝かせて、五ねぇは俺に抱き着いてくる。俺はその背中をポンポンと叩いてから、引き剥がした。
「も~、テッ君つれない~。家のときみたいにイチャイチャしようよ~」
「アレは人数差のごり押しで、不可抗力で抵抗してなかっただけだぞ」
姉全員、妹全員が同時に来たら、魔力のない俺では抵抗しきれなかった。だから甘んじて適当に流していただけだ。
……家族はなぁ。いくら可愛くても、家族だからなぁ。五ねぇも相当な美少女だが……。
ともかく、俺は五ねぇの横に座り直して、自分用のサンドイッチに口を付ける。
「いただきま~す!」
五ねぇも、大きく口を開けて、パクリと一口。それから「ん~!」と頬を緩める。
「やっぱりテッ君は何しても上手だね~。お店屋さんみたいな美味しさだよ!」
「ご満足みたいで何よりだよ」
「鍛冶は一年前の時点でかなりいい感じだったし、空いた時間で料理やってたの? 花婿修行的な?」
「いや? シアのとこでバイト始めてから料理は覚えたけど」
「一か月足らずでこの美味しさ……?」
五ねぇが怪訝な顔でサンドイッチを見つめる。何だよ。
それから、五ねぇは無表情で草むらに寝っ転がり、ぽつりと俺に言った。
「王女様のとこで、迷惑かけちゃってごめんね」
「……いいよ。まだ気にしてたのか?」
「気にするよ~。王女様とイチャイチャしてるなら邪魔しちゃおうとは思ってたけど、まさか王女様を溺れさせちゃうなんて思わなかったし……」
「正直そんなに気に病むことじゃないけどな」
寝起きとはいえ、洗面台で溺れるシアが半分くらい悪いと思ってるし。
そう思っていると、五ねぇはさらに続ける。
「他の二人も、わたしのこと嫌ってる。いや、アイギス姫様はそうでもないかもだけど……でも、空回ってるよね、わたし」
五ねぇが俺を見て「違う?」と聞いてくる。言うなら、今だろう。
「……空回ってるかどうかは置いといて、五ねぇへの襲撃作戦立ててた、昼」
「あははっ。頑張ってるね~、みんな。テッ君に本気なんだ。妬けちゃうなぁ」
五ねぇは息を吐く。それから目を細めて、ぽつりと言う。
「でも、まだ負けてあげないよ。絶対。わたしは弱いから、誰にも負けられないもん」
頑なな一言。それは三人がどうこう、というよりも、五ねぇ自身の焦燥の言葉に感じた。
「五ねぇ……」
俺が呼ぶと、五ねぇはハッとして「え、えへへ」と笑って誤魔化しながら、寝そべり体勢のまま俺の脇腹を五ねぇは突いてくる。
「にしても、わたしの弟は人気者だ。ね、自覚あります~? テッ君、モッテモテだよ~?」
「やめろって。そもそもみんな、身分差がありすぎるんだよ。仲良しだけど、それだけだ。それ以外の女子は、俺のことを騎士の子だって避けるしさ」
「ふふっ、そんなこと言っちゃって」
「そんなことより、いいのかよ。このままだと五ねぇ、三人にボコボコにされるぞ」
「ん~? お姉ちゃんのこと舐めてくれちゃって。そんなにわたしのこと心配?」
「するだろ。俺より弱いんだから」
「うぐっ! てっ、テッ君は変な武器増やしてるのが悪い! アレがなきゃ絶対勝ってるもん! テッ君は男の子だし、魔法使えないし、身体能力もわたしのが上だし!」
「性差があるんだから武器があってもいいだろ」
「も~~~! ナマイキ弟~~~!」
「うぉおおお揺らすなぁああやめろぉぉおお、おらっ!」
腰を掴んでゆすってきてウザいので、俺は五ねぇの頭を掴んで、俺の膝の上に押しこんだ。
「きゅ……」
ガーランド姉妹の特徴だが、俺に対してうるさい時は、無理やり膝枕すると大体黙る(正座はダルイので、あぐらの膝に乗せる)。五ねぇも例に漏れない。チョロいなこいつら。
「それに」
俺は、重ねるように、本音を紡ぐ。
「家族なんだ。何がなくとも、心配に決ってる」
「―――――」
五ねぇは僅かに目を瞠り、それから体の力を抜いた。しばしの沈黙ののちに、「うん。ありがと」と目を閉じて微笑む。
「ま、どうにかするよ。みんなまだ脇が甘いし。『最弱』は伊達じゃないからね」
「伊達じゃない最弱は誰にも勝てないんだよなぁ」
「うるさいっ。誰よりも弱いからこそ、何でもやって勝ってきたもん! 次も勝つもん!」
「はいはい」
まぁ、本人がこう言っているのならいいだろう。三人が五ねぇ相手にやりすぎるとは、本音では思っていないし。むしろ、五ねぇが気にし過ぎなくらいだ。
あとは静観。そう俺はサンドイッチを食べながら、設計図を取り出した。
「……テッ君それ、前お姉ちゃんが出して上げた暗視ゴーグルの設計図?」
「ああうん、そうだよ。そろそろ完成間近の奴」
「テッ君はすごいよねぇ。本当に何でもできるもんねぇ。男の子でさえなければ、ガーランド家で一番強いのは間違いなくテッ君だったのに」
「俺は女の子を守れる男になれれば、一旦それでいいよ」
「その夢はいまだにわたしたちよく分かってないけどね……。テッ君並みに性格良かったら、ハーレムの義務があってもどうとでもなりそうだし」
俺は五ねぇを適当に撫でながら、設計図と睨めっこする。
「やっぱ、太陽石の石板は必要か……」
「太陽石の石板?」
「暗視ゴーグルに必要なんだよ。大体作ったんだけど、太陽石は欠片の合成じゃ上手く行かなかった。で、天然の石板がいるって状況で」
「よく分かんない。テッ君頭いいよね~」
俺は肩を竦める。
「太陽石そのものはありふれた素材なんだけど、石板サイズとなると一気に貴重になるんだ。しかも基本的に利用されないタイプの素材だから、金を積んでも出回らない」
「採石場に直接行かないと手に入らないんだね」
「そゆこと。だからサクッと行ってこようかと思ってるんだけど、ちょっと遠いんだよな」
俺は地図を地面に広げる。五ねぇが俺の膝から顔を開け、地図を覗き込む。
「学校がここで、採石場はここ。馬に乗っても、往復二日かかる距離だ。休日なら不可能じゃないんだが、翌日に響きそうだからどうしたもんかなってさ」
「……テッ君、それ、何人で行く予定?」
「ん? ああ、元々は明日明後日の休日で行く予定だったんだけどさ。みんな予定合わないみたいだったから、こっそり一人で行こうか、と……」
一人で行くって言ったらみんなうるさいからな、と思ったタイミングで、俺は自分の失言に気付いた。
五ねぇが、顔を青ざめさせて、俺を見上げている。
「テッ君……?」
「い、いや、その」
ぐるん、と五ねぇは回転してスムーズに起き上がり、俺の両肩を掴む。
「ダメだよ。男の子が一人でそんな遠出とか、ダメ」
「……でも、あの」
「ダメったらダメ! 女が数人付いてるのでも、男連れは狙われて危険なんだから! 山賊夜盗盗賊団! モンスターだって狙ってくるんだよ!」
「う、くぅ……!」
俺は歯噛みする。こうなったら厄介なのは、ちょっと前の拉致未遂で証明済みだ。
そして今回は、三人娘も俺の味方をしないだろう。むしろ俺を拘束して止めたというので、五ねぇと和解しかねない。いや、それは良いのだが。俺は遠出できなくて困る。
「うぐ……、わ、わか……」
なので、ここは従うしかない。そう思いつつも、俺は未練たらたらで頷けない。
だって欲しい。太陽石の石板。暗視ゴーグル完成させたい。
人によっては共感を得られないが、暗視ゴーグルはロマンなのだ。何も見えない暗闇がハッキリ見える。それを想像しただけでワクワクする。
それを、多忙なみんなの予定がちょうど合う休日を待つだなんて、待ちきれない。だが、一度約束したなら、それは破れない。
それで「くぅ……!」と渋っていたところだった。
「……そんなに欲しいなら、わたしが取ってきてあげよっか?」
「えっ?」
俺はポカンとして顔を上げる。すると五ねぇが、俺に肩を寄せてくる。
「そういえば入学祝あげてなかったし。どう~? 優しいお姉ちゃんのことが、もっと好きになったでしょ~」
「い、いやいやいや! 女の子を一人で旅させるなんて、それこそ心配だろ!」
「いや、普通のことでしょ。テッ君偶に、謎の過保護出してくるよね」
「……アレ……?」
咄嗟に言ってしまったが、この逆転世界においてはそうだった。まだ馴染んでないな俺は。
俺は逆転フィルターに掛けて判断する。ここは素直に喜んでいい場面……か。うん。
とすると、この申し出は素直に嬉しい。
「ま、マジ? 本当に? いいのか? 結構労力かかるけど」
「大切な弟のためなら、このくらいお茶の子さいさいですよ~!」
「うぉおおおお! 五ねぇ大好き! 最高! ありがとう!」
「う、うん……。テッ君にいざホントに大好きなんて言われちゃうと、照れるね……」
俺が感極まって言うと、五ねぇは頬を赤らめてそっぽを向く。
それから、力強い微笑みで俺に向き直った。
「ま、頼もしいお姉ちゃんに任せなさ~い! 週明けにその太陽石の石板を持って帰ってくるからね!」
五ねぇはドンと胸元を叩く。よく見ると存在感のある胸が震える。
「よぉ~し! そうと決まれば、準備しないと!」
「え、もう行くのか?」
「結構遠い道のりなんでしょ? なら、明日の早朝に発つ感じがいいかなって! テッ君とのデートで力貰ったし、お姉ちゃん頑張っちゃうからね~!」
五ねぇは立ち上がり、俺に笑いかける。
「じゃ、また来週! テッ君!」
「ははっ、ああ。また来週、五ねぇ」
俺もそれに笑い返す。来週、また五ねぇに会えると信じて。
だが翌週、五ねぇは姿を現さなかった。