【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた   作:一森 一輝

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メイが恐れるもの

 メイはがむしゃらに森の中を駆けながら、必死で首を振っていた。

 

「違う、違う。嘘。そんなはずない。わた、ワタシは聖剣。聖剣なの」

 

 そんな走り方では当然、体勢に無理が出て、転ぶ。腹を思い切り打って絶息し、ご主人に買ってもらったお気に入りの浴衣が汚れて、ジワ、と涙が目に滲む。

 

「わ、わた、ワタシは、聖剣。だから、だから、泣かない。泣かないもん……!」

 

 メイは立ち上がる。そしてまた走り出す。だが、分かっていた。

 

 ナルシス・オルヴィエートが語った言葉は、真実だった。最初に嘘が分かったように、その口が真実を語ったことも当然分かった。

 

 だから、メイは聖剣などではなく――――

 

「違うもんっ! メイは、聖剣だもんっ」

 

 顔をぐしゃぐしゃにして、メイは走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実のところ、メイには過去の記憶というものがある。

 

 そしてそれは、剣になる前にも及んでいた。

 

『はぁ……大旦那さまにも困ったものです。家がこんなに困窮しているのに、メイドを孕ませるとは……』

 

 メイはオルヴィエート家という貴族の、庶子として生まれた。

 

 ある、美しいメイドとの子だったという。だがメイドは、子を産むことでオルヴィエート家の政争に巻き込まれ、メイが物心つく前に死んだ。

 

 だから、メイは姉妹やメイドに、イジメられて育った。

 

『消えて!』『あっち行ってよ!』『知ってるわよ! アンタ汚れた子なんでしょ?』

 

『女が見目ばかり美しくてもねぇ……』『あの女も外見ばかりでしたわよね』『アハハッ』

 

 メイはいつも、家では一人で過ごした。外に出ればイジメられるから。誰とも話さず、与えられる僅かなパンの切れ端だけを食べて、他の時間はずっと静かにしていた。

 

 その頃は、メイは寂しいという感情を知らなかった。ただ、一人でいると、胸がきゅうと締め付けられるような感覚が、時折訪れることだけを知っていた。

 

 転機が訪れたのは、とある鍛冶師が現れた時だった。

 

『このガキが例の?』

 

『ああ、お前が所望するものだ』

 

 よく分からないままに、メイはとある鍛冶師に手を取られ、オルヴィエート家から連れ出された。鍛冶師であるという粗暴な女は、メイに笑いかけた。

 

『短い間だけどよ、よろしくな』

 

 メイはその時、人生で初めて頭を撫でられた。その時に感じた温かさを、いまだに忘れられないでいる。

 

 それ以来メイは、鍛冶師と共に過ごすようになった。鍛冶師はとにかく鍛冶に憑かれたような類の人間で、メイの世話もほどほどに、ずっと鉄を打っていた。

 

 だがそれでも、食事の際はメイと共に過ごしてくれた。メイは人の話を聞いて、人に話すということが、とにかく楽しくてうれしかった。

 

『あの、あのね。今日ね』

 

『んん、おうおう。そうか』

 

 鍛冶師は、特にメイになど興味がなかったのだと思う。だが食事中の雑音にはちょうど良かったのだろう。適当な相槌だけは打ってくれた。

 

 一方で、鍛冶師もメイによく話しかけた。

 

『ガキ。お前はな、聖剣になるんだぜ』

 

『聖剣……?』

 

『ああ、そうとも。王を選び、王に握られる聖剣になるんだ。あいつらはごちゃごちゃ言ってたが、あたしはお前を聖剣にする。だから、良い剣になれよ』

 

 剣になれ、という意味はよく分からなかったが、初めて鍛冶師が自分に向けた期待が嬉しくて、メイはただ『うんっ』と頷いた。

 

 そして、鍛冶師はメイで剣を作った。

 

 過程はあえて思い出すまい。痛くて、辛くて、それでもメイは聖剣になるのだから、耐えられた。それだけが重要だった。

 

 そしてメイは、見事な剣となって、オルヴィエート家に戻った。

 

 鍛冶師は凄腕らしく、剣となったメイには、意識があった。もっとも、それを伝える手立てはなかったけれど。

 

『おお、すさまじい剣を打ちましたね……! これがあの娘一人で作られたのか……』

 

『ああ、満足のいく出来になった。あとは好きにしてくれ。どうせそれは、王を選ぶ』

 

 そう言い残して、鍛冶師は去った。オルヴィエート家の人間は、『では早速、鏡の中に安置しましょう』と口々に言い合った。

 

 そうしてメイは、鏡の迷宮の台座に刺しこまれた。

 

 最初は、何とも思わなかった。迷宮の外、鏡が動いたりすることが当初はあったが、すぐにそれもなくなり、メイはただ放置された。

 

 半年が経つまでは、メイはふと鍛冶師を思い出すことが多かった。鍛冶師はメイを何とも思っていなかったが、少なくとも価値あるモノとして扱ってくれた。

 

 一年経つと、自分をイジメていた家族やメイドたちと、また会ったらどんなことを話すのかな、なんてことを考えるようになった。人間だった頃は会いたくもなかったのに。

 

 五年が経つと、誰かの声が聞きたくて堪らなくなっていた。孤独。メイは何でこうなったんだろうとずっと考えていた。でもメイにはどうすることもできなかった。

 

 十年経ったとき、メイは発狂していた。だがメイは剣だったから、それは世界に何ら影響を及ぼさなかった。ただ時折、鏡の迷宮の中で、剣が震えることがあっただけだった。

 

 二十年が経った頃、メイはふと、自分が何であるのかを思い出した。

 

『そうだ。ワタシ、聖剣だった』

 

 聖剣は狂ったりしない。孤独の中に泣きわめいたりしない。強く、毅然として、ただ使い手を待つのだと思った。

 

 だから、それ以来メイは、ただ静かに時を待っていた。メイの心はとっくに壊れていたけれど、自分は聖剣なのだからと言い聞かせて、悠久の時を待った。

 

 そして、ついにメイの前に、一人の少年が現れた。

 

 少年は興味深そうな手つきで、メイを引き抜いた。引き抜かれた時妙な声と呪いが振りまかれたが、そんなことはメイにとっては些事だった。

 

 だって、メイの前に、やっと、やっとやっと、やっとやっとやっとやっと、やっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっと! 主が現れたのだから。

 

 だが、それでも、メイの孤独は癒えなかった。

 

 ご主人とお話したい。もっと使って欲しい。他の武器なんて使わないで欲しい。自分だけを使って欲しい。自分の方が優れているから。自分の方が強い武器だから。

 

 何でもするから抱きしめて欲しい。ぎゅっとして頭を撫でて欲しい。でもメイには撫でられる頭がなかった。剣だから。ご主人の望む刀にはなれても、人間にはなれないから。

 

 でも、どういうワケか、メイは人間の姿に戻ることができるようになった。

 

 だから、メイは信じられないほど嬉しかったのだ。ご主人と、ウィズとお話するのが。頭を撫でてもらえるのが。抱き合って眠れるのが。

 

 メイはそれが、自分が聖剣であるからだと信じていた。聖剣だから大切にしてもらえる。聖剣だから使ってもらえる。聖剣だからご主人の近くに居られる。

 

 だから。だから。だから。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 メイは、自分が聖剣ではなく紛い物であるという事実を、受け入れることができなかった。

 

 だって、だってメイは、聖剣だからあの孤独を耐えられたのだ。狂っていたのに、正気に戻ることができたのだ。

 

 あの、あの努力は、聖剣だから出来たのだ。聖剣じゃなきゃできない。だってそれは、ただの弱い貴族の庶子でしかないから。無力な自分にはそんな力はない。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァ……ッ!」

 

 それだけじゃない。メイが聖剣でなければ、ご主人の隣に居られない。

 

 だって、メイがご主人の隣にいるのは、聖剣だからだ。ご主人を王に導く力があるからだ。それがないと分かれば、ご主人はメイを捨ててしまう。

 

「ヤ、ヤダ、ヤダ、ヤダヤダヤダヤダッ!」

 

 メイはご主人が好きだ。長い孤独から救い出してくれた人。孤独を癒してくれる人。優しくしてくれる人。一緒に居てくれる人。メイのご主人様。

 

 メイはもはや、ご主人なしでは生きられない。

 

「ヤ―――あだっ」

 

 再びメイは転び、地面に手をついた。

 

 体は気付かぬ間に小さな傷がたくさんつき、足元は泥に汚れていた。メイは荒い息を吐きながら、ようやく冷静になって周囲を見る。

 

 周囲の様相は、一変していた。明るい森の憩いの場から離れ、暗く鬱蒼とした森の中に、無数の魔物の息遣いが感じられる。

 

「ここ、どこ……」

 

 一気にメイに、不安が押し寄せてくる。

 

 メイは刀だ。だが人間の姿で攻撃されれば傷を負うし、刀の姿で折られれば死んでしまう。

 

 だからこの状況は、シンプルにまずかった。ワケも分からず飛び込んで良い場所ではない。

 

「ご、ご主人……ご主人、どこ……?」

 

 わたわたとメイは周囲を見回す。周囲の森では、キョーキョー、とよく分からない鳥の甲高い声が上がっている。

 

 その時だった。

 

「「「キャーキャーキャー!」」」

 

「っ! やっ、やめっ」

 

 木々の中から、バサバサと大量の巨大な怪鳥たちが、一斉にメイに襲い掛かった。羽ばたきながらメイをもみくちゃにし、その後また離れて行く。

 

「な、何……?」

 

 メイは羽まみれになりながら、咄嗟に閉じていた目を開ける。

 

 そして、瞠目した。

 

「……え?」

 

 そこにいたのは、一見すれば、巨大な鷲だった。

 

 だが、胴体は獅子のそれ。手足はやはり鷲のそれ。一般常識のないメイでも、知っていた。

 

「グリ、フォン……」

 

「グルルルルル……」

 

 メイは思わず、一歩後じさる。すると空いた距離の分だけ詰めるように、グリフォンが前に一歩近づいてくる。

 

 グリフォンは強力な魔物だ。この森の主。見かけたら戦わず通達するように、とすら言われていたような強敵。

 

 メイ一人では、どうしようもない。そもそもメイは戦闘など知らない。メイは武器だから。メイが戦うのではない。メイを使って戦うのだ。

 

 しかし、この状況では、そんなことを言っている余裕など。

 

「た、たす、たすけ」

 

 ぽろ、とメイの目から、涙がこぼれる。恐怖に耐えられるほど、メイは大人ではない。

 

 メイは永遠に子供のままだ。幼少期に剣に打ち直されてから、折れるその日まで、ずっと。

 

「助けて、ご主人……!」

 

 メイは顔をくしゃくしゃにして、涙をにじませる。それを隙と取ったか、グリフォンが一気に距離を詰めてきて―――

 

 

 

 そこに、飛び込んでくる影があった。

 

 

 

「俺の愛刀に何してんだクソ鳥がッ! パイルッ、バンカーァァアアアア!」

 

 パゴォォオオオオン! と軽快な金属音と共に、メイの眼前に炎の華が咲いた。

 

 グリフォンが跳び退る。炎が立ち消え、「大丈夫かッ!」とご主人が振り返る。

 

「ご、ご主人、何で。わ、わた、ワタシ、せい、聖剣じゃない、のに」

 

「何の話してんだ!? いいから逃げるぞ! 手間かけさせるぜお転婆娘が!」

 

 ご主人が、メイを素早く抱えて走り出す。その背を追うように、グリフォンが羽ばたいた。

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