【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた   作:一森 一輝

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信仰

 セラフィは聖教会に連れ去られる前の幼少期、近所の男子にイジメられていた。

 

『やーいチービ! 女の癖に男にイジメられる弱虫~!』

『ホントセラフィって情けないよな~! 他の女の子とは大違いだぜ!』

 

『うぇええええ……! やめてよぉ……!』

 

 泥団子を投げつけられる、水を掛けられる、蹴飛ばされる。セラフィにとって、男とはそういう事をしてくる存在だった。

 

 理不尽なのは、そんなセラフィを誰も守ろうとはしなかったこと。

 

『あのっ、あのねっ、男の子たちがねっ』

 

『セラフィ! また男の子にイジメられたのか!? 情けない。女なんだから、もっとシャキッとしろ!』

 

 父親からそう一喝されて、セラフィはひどく悲しい気持ちになったのを覚えている。

 

 だからセラフィは、男が嫌いだった。酷いことをされても、みんな男の味方をするから。

 

 だが『男が嫌い』で済めば、そんな簡単なことはない。

 

 ―――セラフィは聖教会に引き取られてからは、修道院で厳しい戒律の下で育った。

 

 聖教会は禁欲で有名だ。贅沢、怠惰、惰眠を徹底的に戒められて育った。セラフィは、元々怠け者気質だったから、早起きも粗食も本当に苦労させられた。

 

 だが引き取られたのが幼少期だったから、性的な欲求はほとんど知覚せずに居られた。偶に股間がもぞもぞする程度。それもよく分からなければ、気にならなかった。

 

 転機が訪れたのは、聖教会で聖女候補に選ばれた頃だった。

 

 セラフィは聖魔法に大きな才覚があるとして、爵位ある聖教会の聖職者に引き取られることが決まっていた。ロザリンド・ミゼリコルディアという司祭の下に行くのだと。

 

 だから修道院から出ることも決まっていて、荷物をまとめるためにパタパタとあちこちを走り回っていた時のことだった。

 

 シスターたちが、藪の中に数人集まっていたのだ。それを見つけて、セラフィは近寄った。

 

『……何してるの』

 

『あっ、セラフィ! ほら、あそこあそこ! 静かにね……!』

 

『えぇ? 何……。面倒ごとは嫌なので』

 

『いいからいいから! 良いものが見れるよ……っ』

 

 数人集まっていたシスターたちの言う通りに、セラフィは渋々、息を潜めてその先を見た。

 

 そこには、水浴びをする成人した僧侶たちがいた。ほとんど関わりのない、男の全裸。

 

『ッ!?』

 

 あの時の衝撃を、セラフィは今も鮮明に覚えている。

 

 初めて見る、男の肢体。それに腹の奥がうずき、股が濡れた。目が離せなかった。元々男嫌いで僧侶とも接しないようにしていたのに、セラフィはそれどころではなくなった。

 

『ねっ、ねっ!? すごいでしょ! さっきこの穴場を見つけたの……っ! あ、でもセラフィ、もういなくなっちゃうんだよね……』

 

 シスターたちが、可哀想なものを見る目でセラフィを見る。それにセラフィは、強がった。

 

『べっ、別にっ!? そ、そもそも聖教会はそういうのダメなのでっ! ぼく、わたくしはそんなの見たくないのでっ!』

 

 慌ててセラフィはその場を離れた。だが、荷物整理の時も、馬車の移動時も、引き取り手のロザリンド司祭の教会でも、男の裸が目に焼き付いて離れなかった。

 

 コンスタンティン王立学園の学生街チャペルで、セラフィは人生初めての個室を貰った。

 

 それはもう酷いことになった。思春期の女である。セラフィは猿になった。

 

 セラフィは聖教会の戒律に慣れているので、どうすれば司祭の目を掻い潜れるかはすぐに掴んだ。だから空いた時間は、行為に没頭した。没頭し過ぎた。

 

 男なんて嫌いなのに、体がどうしようもなく男を求めた。

 

 街の裏路地にある玩具も秘密裏に買い漁り、どんどんとサイズが大きくなった。それに比例するように胸も大きくなった。身長はほとんど伸びなかったのに。

 

『嫌いっ、嫌いぃ……っ! 男なんて、男なんてぇ……っ』

 

 歯を食いしばり、しきりにそう呟きながら、セラフィは行為にふけった。

 

 それでも、いざ学園に入学すれば、やはり男はクソだった。特にセラフィは聖女候補として上級貴族クラスになったから、最悪だった。

 

『お前が聖女候補筆頭の……何だその体は、気味が悪い』

 

 プライダス・ディ・フェラーラ。公爵家嫡男。聖教会に多額の献金をするフェラーラ公爵の一人息子。司祭に挨拶しろと言われたから挨拶したのに、開口一番これだった。

 

『だが、まぁいい。聖女候補筆頭ともなれば、無下にはしないとも。仲良くやろう。無論、お前が聖女にならないのなら、話は別だが―――』

 

 そう傲慢に言うプライダスの手を、セラフィは跳ねのけた。

 

『しょ、初対面で敬意に欠ける方とは、接したくありませんので。では、わたくしはこれで』

 

 確かにプライダスは容姿に優れていた。顔は整い、背も高く筋肉質。女なら誰もがよだれを垂らすようなプロポーション。

 

 だからこそ、セラフィは我慢ならなかった。

 

 女を本能的にここまで惹き付ける魅力でもって、男は女を誑かして生きている。オナ猿生活を送っているセラフィだからこそ、聖教会の禁欲は正しかったのだと確信した。

 

『なっ……貴様』

 

 こちらを睨みつけてくるプライダスを放って、セラフィはその場を去った。

 

 やはり、セラフィは男が嫌いだ。

 

 男を求めてやまないこの体が嫌い。厳しい聖教会が嫌い。自分を売った家族が嫌い。聖教会に行くことになった才能も、こんな運命をセラフィにもたらす主も嫌い。

 

 だから。

 

「えーと……、と、ともかく先に進もう。なっ」

 

 何故か自分に優しく接するテクトも、同様に嫌いだった。

 

「……うん」

 

 セラフィは頷き、テクトに手を引かれ、ついていく。その、自分の手を掴むテクトの手にも、セラフィは『嫌いだ』と思う。

 

 だってセラフィは、たったそれだけのことで悶々としてしまう。性欲にまみれた体が反応する。嫌いな男に触れられているだけで、高ぶってしまう身体が。

 

 思えば、テクトはずっとこうだった。

 

 功績を譲るとか、よく分からないロザばぁの思惑で知り合ったが、ずっと何なのだろうと思っていた。男子がグリフォンを狩れるワケがないし、じゃあ何故来たのか、と。

 

 イリューシア王女が連れてきたのを考えるに、王女が差し向けた恋人兼美人局のようなものだろう。それがセラフィの推測だ。

 

 だってそうでもなければ、テクトは魅力的すぎる。

 

 女に助けられて、泣いて喜ぶような男の子なんていない。手料理を振る舞ってくれる男の子なんていないし、オナ事情に配慮してくれる男の子なんてありえない。

 

 今もそうだ。王女の采配で、セラフィの手を取っているだけ。全部計算づくだ。それが分かっているから、セラフィはテクトを嫌いで居られる。

 

 ただ思うのは、シア王女を背負いながらも平然としているのは、ちょっとすごいな、というくらいのこと。見かけによらず鍛えているのかな、なんて思ったり。

 

 そう考えて、少し濡れて、やっぱり性欲に支配される自分が、セラフィは嫌いだった。

 

「ん、んぅ……テクトぉ……」

 

「お、シア? 起きたか?」

 

「あーんして……ください……あーん……」

 

「寝言だわこれ。よーしよーし。まだ寝てろー」

 

 そして、シア王女と仲睦まじくしているテクトも、やっぱり嫌い。セラフィは無言で、前を進む背中を見つめる。

 

 自分を好きになってくれる男の子なんていない。自分でも、この体はどうかと思っている。華奢な体躯の癖に、胸ばかり大きくて、変だって。

 

 だから、さっきテクトが話した言葉も、きっと嘘なのだ。何もかも嫌いな中で、それでも頑張るセラフィは偉いだなんて。……そんなこと、微塵も思っていないのだ。

 

 だって、テクトは最初からずっと嘘吐きだった。その最たる例がグリフォン狩りだろう。見せられるのなら、見せて欲しいものだ。グリフォンを狩る、男の子の姿を。

 

「ストップ」

 

 そこで、自分の内側に思考がもぐっていたセラフィを、テクトが制止した。

 

 顔を上げる。細い道が終わり、広がった空間に出たと気付く。

 

「……これ、は……」

 

「ま、十中八九ボス部屋って奴だろうな。セラフィ、魔力を水晶にやられてからしばらく経ったけど、戦闘用に聖魔法を展開しなおせるか?」

 

 聞かれ、思案する。今展開している魔力保持の『福音』は、セラフィの魔力回復量よりも消耗が少ない。だから多少は回復しているが……。

 

「……不可能じゃない、けど。でも、集中する時間が欲しい、ので」

 

「分かった。じゃあその時間は、俺が稼ぐ」

 

「はっ? い、いや、テクトさんは、だって、男の子で―――」

 

「来るぞ」

 

 セラフィがテクトの無茶に物申そうとしたところで、広い空間の奥から、震えが伝わってきた。

 

 水晶の壁が、一部砕ける。地上三メートルにわたって、ガラゴロと。それは振動の所為だと思った。しかし違った。

 

「……水晶、ゴーレム……!」

 

 壁を水晶のゴーレムが破壊して、這い出てきたのだ。魔力散らしの水晶ゴーレム。存在するだけで近くの女から魔力を奪う強敵。

 

 しかも最悪なことに、砕けた水晶の塊は、羽ばたく蝙蝠のゴーレムとして、水晶ゴーレムの周囲を飛び回りだした。本体の先駆けとして、こちらを削る目的だろう。

 

 こんな狭い空間においては、絶望的な敵だった。戦力の女が無条件で無力化され、男はそもそも戦力外。最悪、死人が出かねないような試練。

 

 セラフィは焦る。素早く集中できなければ、誰かが死ぬ。だから、まだ回復も足りないのに、セラフィは「主よ―――」と再詠唱しようとする。

 

 その肩に、テクトが触れた。

 

「セラフィ、焦らなくていい。俺が時間を稼ぐって言ったろ? あ、シアだけ頼む」

 

「え……い、いや、そんな、そんなこと言ってる場合じゃ」

 

 この期に及んでまさか、嘘を吐き通すだなんて思っていなくて、セラフィは動揺する。

 

 だって、今は生き死にがかかった場面だ。嘘を吐いているようでは、生きて帰れない。男ならなおのことだろう。戦うことができないのだから――――

 

 なのに、テクトはセラフィの横にシアを寝かせ、悠々と前に出る。

 

「てっ、テクトさんッ!? なっ、何考えてるのっ!? 戻って! じゃなきゃ」

 

「メイ、マシンクロスボウの装填、いつでも行けるように頼むぜ。さぁ―――」

 

 そして、獰猛に笑うのだ。

 

「まずは一撃、ブチかます」

 

 パシュッ、とテクトの左腕から、紐のようなものが放たれる。それが水晶ゴーレムに突き刺さったと同時、テクトの姿が掻き消えた。

 

 違う。テクトは瞬時に紐で、水晶ゴーレムの頭上に飛び上がったのだ。

 

「なっ、な、な、な」

 

 何それ、という簡単な言葉すら、セラフィは満足に紡げない。気付けば水晶ゴーレムの頭上へと落下するテクトは、火花を散らしながら右腕を振りかぶる。

 

「パイルッ、バンカーァァアアアア!」

 

 豪炎の華が、咲き乱れた。

 

 全長三メートルもある絶望、水晶ゴーレムがバラバラに砕ける。水晶で覆われた部屋に放たれた閃光が乱反射し、セラフィの目を焼く。

 

 何だそれは。何だそれは! セラフィは理解が及ばない。男なんて、魔力も持たず、ひ弱なはずなのに。なのに!

 

「へぇ、この程度じゃ死にませんってか!」

 

 テクトは左腕から射出する紐で再び着地しながら、勇ましく言う。見れば、砕けた水晶ゴーレムの破片が、無数の水晶蝙蝠へと変化している。

 

 水晶蝙蝠は、テクト目がけて襲い掛かる。鋭い飛翔は、肉を容易く裂くだろう。

 

 だがそれを、テクトは抜き放った剣閃一つで切り伏せた。

 

「数匹程度なら、敵にもならねぇな」

 

「――――ッ」

 

 水晶を刀で切り伏せるだなんて、そんな使い手をセラフィは知らない。そもそも鉄よりも水晶の方が固いのではないのか、と思う。

 

「だが、数が多い。メイ、マシンクロスボウ行くぞ」

 

 テクトは右腕を振り、ガシャコン、と音を立てる。見れば火の魔導回路の紋様が、氷の魔導回路のそれに変化している。

 

 直後、激しい打弦音と共に、無数のボルトがテクトの右腕から放たれた。

 

 水晶蝙蝠が、またたく間に落ちて行く。テクトの放つボルトに砕かれ、地面に落ちて破片となる。

 

「まだまだァ!」

 

 テクトは笑いながらボルトを放つ。無数の水晶蝙蝠が、あっさりと落とされていく。

 

 すさまじい勢いだった。水晶蝙蝠や水晶ゴーレムは無数に壁から現れるのに、それを一人でどうにかしてしまうのではないかと疑ってしまうほど、猛々しい戦いぶりだった。

 

 その姿を見て、セラフィは理解してしまう。

 

「……え、テクトさん、本当にグリフォン、狩ったの……?」

 

 想像できる。想像してしまう。今のように勇猛果敢にグリフォンに挑み、あっさりと勝利してしまうテクトの姿を。

 

 そして思うのだ。つまり、テクトは嘘吐きじゃなかった。嘘つきじゃないなら、今までテクトがセラフィに言ったことも、全部本当のことになるワケで。

 

「え……」

 

 じゃあ、とセラフィは思う。

 

 バイクなる遺物を直した時に泣いて喜んだのも、手作りのお菓子を作ってくれたのも、自慰に配慮してくれたのも、そして―――頑張って偉いと言ってくれたのも。

 

「全部、本音だったって、こと?」

 

 どくん、と心臓が高鳴る。全身に熱が帯びる。腹の奥がうずく。頬が紅潮するのが分かる。

 

 セラフィはこの世界の何もかもが嫌いだ。でも、テクトは、テクトだけは、違うのかもしれない。テクトはだって、本心からセラフィを励まして、喜んで、認めてくれて。

 

 心臓がバクンバクンと激しくなる。組み続ける手に汗がにじむ。好きになってはいけないと抑制していた『嫌い』の蓋がなくなって、感情があふれ出す。

 

 セラフィは、初めて本心から手を組んだ。祈りを捧げる。今まで恨んできた主を思う。

 

 ―――主よ。ずっとずっとあなたが嫌いでした。嫌な思いも、苦しい思いも、ずっとずっとしてきました。聖魔法の才能が嫌いでした。あなたに導かれる運命が嫌いでした。

 

 でも、それだけの人生じゃなかったのなら。テクトに会えるような幸運が、まだこの人生に、この世界にあるのなら。

 

「主よ」

 

 セラフィは、再び現れた水晶ゴーレムの攻撃を躱すテクトに魅入りながら、呟いた。

 

「福音を、もたらしたまえ」

 

 強く、強く、鐘の音が鳴った。

 

 ゴ――――――ン、ゴ――――――ンと音が響く。カッ、とかつてないほどの光が差して、水晶ゴーレムが、水晶蝙蝠が、力を失って地面に崩れた。

 

「おお、終わった。セラフィ、流石の聖魔法だな」

 

 色っぽく汗を掻きながら、爽やかな笑みを浮かべてテクトが戻ってくる。それに、熱に浮かされたセラフィは、心の底から微笑み返す。

 

「ううん。テクトさんが、時間を稼いでくれたので」

 

 セラフィは、この世界が嫌いだ。男は嫌い。男に反応してしまう身体が嫌い。聖魔法も、聖教会も、主もやっぱり、嫌い。

 

 でも今日、一つだけ、好きなものができた。

 

 だからその、たった一つのために、心から祈ってもいいと、そんな風に思っていた。

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