【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた   作:一森 一輝

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セラフィの福音

 まぶたの裏には、嫌な光景が広がっていた。

 

「っ」

 

 セラフィはそれに気付いて、咄嗟に目を開けてしまう。だが、それでも立ち向かわなければならないのだと、再び目をつむった。

 

「セラフィ、大丈夫か?」

 

 セラフィを守ってバイクを走らせるテクトの声が、頭上から響く。セラフィは「だ、大丈夫、なので……っ」と強がりを言う。

 

 そして目をつむり、再びその()()()()に挑むのだ。

 

『やーいチービ! 女の癖に男にイジメられる弱虫~!』

『ホントセラフィって情けないよな~! 他の女の子とは大違いだぜ!』

 

『うぇええええ……! やめてよぉ……!』

 

 それは、男の子にイジメられる、幼き日のセラフィの姿だった。

 

 何も、大丈夫などではなかった。かつてないほど克明に、トラウマがセラフィの目の前に蘇っている。これも試練がもたらしたものなのか。セラフィの顔が苦み走る。

 

 その光景は、確か、セラフィが男を嫌いになった日の記憶。

 

 だがセラフィは、イジメられたから男を嫌いになったのではない。

 

 思い出の幼きセラフィが立ち上がる。泣きながら家に帰る。そうだ。と思いながら、今のセラフィはその後を追う。

 

 家で幼きセラフィを待っていたのは、父親の叱責だった。

 

『あのっ、あのねっ、男の子たちがねっ』

 

『セラフィ! また男の子にイジメられたのか!? 情けない。女なんだから、もっとシャキッとしろ!』

 

 ―――これだ。セラフィが、男を嫌いになった決定的な出来事。

 

 ズルい、とセラフィは思った。公平じゃない。イジメておきながら、それを叱られもしない。イジメられても守ってもらえない女とは違い、男はイジメても守られる。

 

 セラフィの人生は、こんなことばかりだ。家族と無理やり引き離され、望みもしない聖女への道を歩まされ、いくら禁欲してもセラフィの体は男を求めている。

 

 努力なんて意味がない。やっても幸せにはなれない。よく分からない聖魔法とかいうのが強くなって、好きでも何でもない聖教会の人々が喜ぶだけ。

 

 だって、見てよ。セラフィは強張った顔で、次に蘇る光景を睨む。

 

 それは、つい先ほどの記憶だ。プライダスがセラフィに冤罪を着せて告発し、セラフィがみっともなく逃げ出した光景。聖魔法の道に邁進した結果が、これなのだ。

 

「嫌い」

 

 トラウマを直視しながら、セラフィは呟く。

 

「ぼくは、この世界が嫌い。こんな世界に生まれたくなかった。男が嫌い。男を求めるこの体が嫌い。ぼくに苦難を強いる運命が嫌い。そのすべてをぼくにもたらす、主が嫌い」

 

 でも、と思う。目を開く。身体の感覚が蘇る。するとセラフィは、確かなぬくもりに抱かれ、セラフィを守る人がいると実感する。

 

「やらせるかよッ!」

 

 セラフィを守って戦うのは、テクトだった。バイクを駆り、マシンクロスボウを放ち、迫りくる追手を必死に追い払ってくれている。

 

「……」

 

 だから、再びセラフィは目を閉ざす。蘇るトラウマたちを目の当たりにする。みっともない自分の姿を、味方のいない自分の姿を見て、呟く。

 

「ねぇ、主。何でぼくをテクトさんと会わせてくれたの? 不幸なだけの人生じゃなかったの? あなたの考えが、ぼくにはまだ、分からなくて……」

 

 でも、とセラフィは続ける。

 

「あなたは、敵じゃないのかもしれないって、ちょっと、分かったかも、なので」

 

 

 

「ッ! セラフィ! やったな! 急に道が分かるようになった!」

 

 

 

 テクトの声が聞こえる。セラフィはそれにまばたきをしてテクトの顔を見てから、「そっか」と呟く。

 

「『不惑』が何を指すのか、ちょっと、分かった気がする」

 

 テクトがハンドルを切って、細い路地に入る。追手の馬車を置きざりにし、そのまま道を進む。

 

「アレ? て、テクトさん? こ、この道、階段があったんじゃ」

 

「何言ってんだ、セラフィ」

 

 テクトが、ニヤリと笑う。

 

「このバイクが、階段くらい走破できないとでも?」

 

「ひっ、てっ、テクトさん! テクトさんッ! さっきもだけど、テクトさんの運転荒すぎな、っのでぇぇええええええええ!?」

 

 話している最中に階段を下られ始め、セラフィは絶叫しながら、両手でテクトの腕にしがみつく。

 

 幸いセラフィはテクトの腕の中にいるので、振り落とされるようなことはない。ないが、心臓が持たない。激しく動悸しながら、セラフィは「も、もう!」と言う。

 

「てっ、テクトさんは、もっと安全運転を心掛けるべきなので!」

 

「はははっ、悪いな。追手の度肝を抜くような運転じゃないと、逃げ切れないと思ってさ」

 

 爽やかに笑うテクトに、セラフィは「うぅ……」と頬を赤らめる。

 

 ズルい。そんな顔で笑いかけられては、女前すぎて女でも惚れてしまう。

 

 しかしすぐにテクトは表情を引き締め、「けど、これでも不足みたいだぜ。敵さんは中々やり手らしい」と言う。

 

 セラフィが見ると、背後に再び馬車が現れていた。数こそ減っているが……。

 

「埒が明かないな。このまま聖教会へ向かう。そこからは、セラフィ任せだ。頼めるか?」

 

 問われ、セラフィは硬直する。

 

 期待が重い。ごくりとツバを飲んでしまう。セラフィは通常の聖魔法すら、手錠の魔法拘束具で封じられている。

 

 でも。それでも。これだけ助けてくれたテクトに、『できない』なんて言えない。

 

「……ま、任せて欲しい、ので」

 

「ああ、任せる。俺たちには、もうそれしかない」

 

 テクトは雨の中、不安定な地面の上、それでもギリギリまで速度を上げる。

 

 セラフィは、手を組む。目をつむる。トラウマが再び、姿を現す。

 

 いつ見ても、嫌な光景だった。何もできずに泣くばかりの無力なセラフィ。裏切られるセラフィ。惨めなばかりのセラフィ。

 

 セラフィは、主を思う。主は全知。主は全能。ならば何故主はセラフィに苦難をもたらす。

 

「今までぼくは、主の性格が悪いからだと思ってた。ぼくをイジメて笑ってるんだって。だから主が嫌いだった。でも」

 

 それでは、理屈が通らないことが、いくつかある。

 

「主は、聖魔法をぼくに惜しまない。主は、ぼくにテクトさんを会わせてくれた。ぼくが嫌いでイジメてるなら、そんなことしないので。……ねぇ、主」

 

 セラフィは、僅かによぎった予感に問う。

 

「あなたは、テクトさんに出会う時、ぼくがテクトさんにふさわしい人になれるように、試練を課したの?」

 

 パキ、と手元で音が鳴った。セラフィは目を開ける。セラフィを拘束する手錠が、劣化しヒビが入っている。

 

「……そっか」

 

 セラフィは目を閉じ、すべてのトラウマを直視する。

 

「全部、そうだったんだ。ぼくに起こった酷いことは、全部テクトさんのためだったんだ」

 

 ならば、セラフィに迷いはない。

 

 ―――主よ。

 

「ぼくはあなたのことが嫌いです。世界は変わらず嫌いなままです。でもぼくは、ぼくが好きなたった一つのために、祈ります」

 

 一呼吸。微笑みと共に、セラフィは呟く。

 

「理解してもらって、好きになってもらえると思った? そんな都合のいいこと、起こらないので。ぼくはあなたを信じてもいいけど、好きになったりはしないもん」

 

 だって。

 

「ぼくが好きなのは、テクトさんだけなので」

 

 急ブレーキ。セラフィは目を開ける。気付けば夜はひどく暗く、暁は日の出を待っている。

 

 テクトは車体を横に滑らせて強引に停止し、聖教会の目の前にバイクを付けた。

 

「到着だ! セラフィ、行くぞ!」

 

「うんっ! この試練も、冤罪騒ぎも、全部終わりにするので!」

 

 二人でバイクから降りる。聖教会の扉をあけ放ち、中に入る。

 

 身廊。左右に整列した椅子が並び、祭壇へとつながる廊下。司祭が説教を行ない、教徒が聞き入る大きな部屋。

 

 セラフィは聖教会に、試練の到達点に至って、直観した。

 

 この身廊を駆け抜けた先。祭壇に触れた瞬間、試練が達成されるのだと。

 

 だが、ここに至っても、邪魔者は現れる。

 

「追い詰めたぞッ、セラフィ・ミゼリコルディア! オレが手ずからひっ捕らえてくれる!」

 

「は?」「あぁ?」

 

 セラフィは呆気にとられ、テクトは若干ドスを利かせて、振り返る。

 

 そこには、衛兵の女たちを連れて立つ、プライダスの姿があった。恐らくまともに使えないだろう豪奢な大剣を携え、セラフィたちを睨みつけている。

 

 それに前に出たのは、テクトだ。

 

「セラフィ、行け! ここは俺が食い止める!」

 

「っ、で、でも、テクトさん!」

 

「安心しろ。俺が強いのは知ってるだろ? 敵は人間だから、派手な手は使えないがな」

 

 テクトはバイクの鍵を刀に変形させ、峰打ちに構える。それから表情を引き締め、更に一歩前に出る。

 

 嗤うのは衛兵たちだ。

 

「はっ! 男がこの場を食い止めるだなどと、妄言を!」

「さっさとこのオスガキもろとも、聖女候補をひっ捕らえろ!」

 

 衛兵たちがこぞってテクトに飛び掛かる。セラフィは咄嗟に手を組むが、聖魔法はまだまともに使えない。

 

 しかし、やはり、当たり前に―――テクトは、強かった。

 

 剣閃が、走る。一拍おいて、衛兵たちが吹っ飛ばされ、気を失う。プライダスが唸る。

 

「っ! 貴様ぁぁあああ……! 下級貴族風情がぁぁああああ!」

 

「セラフィ! 早く!」

 

「う、うん!」

 

 テクトの強さを見て、セラフィは駆け出す。あともう少し。祭壇まで普通なら十秒とか駆らない距離だ。

 

 だが、何故かいくら走ってもセラフィは祭壇に辿り着けない。椅子で挟まれた中央の道、身廊はどこまで走っても前に進めず、セラフィを祭壇から遠ざける。

 

「なっ、何で、どうして……ッ!」

 

 口ではそう言うが、その答えをセラフィは知っていた。

 

 きっとまだ試練は終わっていないのだ。セラフィは本当の不惑に辿り着いていないのだ。

 

 だって、セラフィはどうしても、テクトが心配で振り返ってしまう―――

 

「この、痴れ者どもがぁぁああああああ!」

 

 プライダスが大剣を振りかぶる。テクトが冷静にそれを刀で受け流そうとする。

 

 だが、寸前でプライダスは、剣筋を変えた。

 

「っ? ぐぅっ……!?」

 

「テクトさんっ!?」

 

 テクトは大剣を受け流せず、衝撃を正面から受けてしまう。手を痺れさせて飛びのく。

 

 そこに、プライダスが詰めた。大剣を巧みに操り、テクトをたった一人で追い詰めだす。

 

「下級貴族! 貴様がすべての原因なのだ! オレに屈辱を味わわせ、セラフィの心をオレから引き剥がした! 貴様がすべて、すべて悪いのだぁああああ!」

 

「はっ、おま、クソっ! は、ホント、これだから才能ってのは……!」

 

 セラフィは、テクトの強さを知っている。イリューシア王女からも聞いていた。

 

 テクトは何をさせても天才的。女に生まれたなら天下を取りうる才覚の持ち主だと。だから特殊な武器があるだけで、魔法を使い魔力に守られる女と対等に渡り合うのだと。

 

 だから、それを追い詰めるプライダスもまた、そうというだけの話。

 

 プライダスの生まれ、フェラーラ公爵家は、元を辿れば国庫を管理する税務官の家系。戦争に携わったことはなく、プライダス自身もまともな訓練はしていないと聞く。

 

 だから、プライダスの強さには、何の根拠もなく、何の脈絡もない。偶然的に、災厄的に、ただ、プライダスというこの悪辣な男には―――

 

「往生しろ! 下賤どもがぁぁああああああ!」

 

 ―――剣の、才能があった。

 

「殺して良いなら、テメェなんか敵じゃねぇってのによぉ!」

 

 テクトがギリギリで大剣を受け流し、しかし勢いを殺しきれずに後退する。捌いてはいるものの防戦一方。セラフィは、思わず立ち尽くしてしまう。

 

 助けに行きたい。だがセラフィには何もできない。魔力を封じられ、聖魔法すらまともに扱えない今のセラフィは、男未満の役立たず。

 

 だから、ただセラフィは祭壇を目指して走るしかないのだ。

 

 だが、それでは、いつか万が一、プライダスがテクトを傷つけるかもしれない。

 

「……っ!」

 

 セラフィは、歯噛みする。無力な自分に、惨めな自分に、役立たずな自分に。

 

 どうすればいい。セラフィは迷う。答えは明白でも、気持ちがついて来ない。

 

 どれだけ道を進んでも、いつ祭壇に辿り着けるかは分からない。いいや。セラフィには分かっている。迷いを捨てなければ、いつまで経っても祭壇にはたどり着けない。

 

 だが、無力な自分がテクトとプライダスの戦いに割り込んでも、斬られて終わるだけ。テクトを困らせてしまうだけ。

 

 どうすればいい。どうすればいい! セラフィは頭を抱える。泣きたいくらいの閉塞感にうずくまり、目をつむる。

 

 見えるのはやはり過去のトラウマ。無力だったセラフィ。どうしようもなかったセラフィ。

 

 セラフィは呻く。

 

「ぼくは、ぼくはずっとこうなの? ずっとダメ。ずっと幸せになれない。テクトさんとの出会いも、ぼくにより深い絶望を与えるため?」

 

 嫌だ。そんな嫌だ。

 

 セラフィは世界が嫌いだ。運命が嫌いだ。主が嫌いだ。でも、テクトだけは好きになったのだ。好きになれたのだ。

 

 テクトを失いたくない。テクトの傍に居たい。テクトを守りたい。

 

 今もテクトは、プライダスと戦っている。プライダスと戦い、この街と戦い、セラフィを守るためだけに身を粉にしてくれている。

 

 こんな男の子いない。こんな人には、もう一生涯出会えない。ここで立ち上がらなきゃ、女じゃない!

 

 セラフィは目を開ける。テクトは変わらず戦っている。戦いながら、時折こちらを心配そうに見て、叫ぶ。

 

「セラフィ、頑張れ!」

 

 テクトは、プライダスの剣戟を躱しながら、必死に続ける。

 

「お前ならいける! お前なら乗り越えられる!」

 

 戦いに息を切らしながら、

 

「俺はお前の努力を知ってる! 楽しいことなんかなくて、義務ばっかりで、それでも努力してきたセラフィの頑張りを知ってる!」

 

 それでも言葉を重ねて、

 

「だから頑張れ! 頑張ってくれ! 力不足でゴメン! 救ってやれなくてごめん!」

 

 全力でセラフィを応援している。

 

「でも! お前を救えるのは、もうお前だけなんだ! お前自身だけなんだよ、セラフィ!」

 

 セラフィはそれを聞いて、涙を一筋流して、首を振る。

 

「ううん……。テクトさん、それは、違うので」

 

 立ち上がる。そして、テクトに背を向ける。

 

「ぼくは―――十分、テクトさんに、救われたッ!」

 

 そして、駆け出した。

 

 道が伸びる。どこまでも伸びる。だが、だから何だ。関係ない。道がどれほど遠くとも、終わらない道だとしても、それは足を止める理由にはならない!

 

「主よ! 意地悪な主よ! ぼくが大っ嫌いな主よ! 運命よ! この世界よ!」

 

 セラフィは走る。足を滑らせ転ぶ。それでも立ち上がる。痛みに涙がこぼれても、膝や鼻から血が流れても、それでもセラフィは走り続ける。

 

「ぼくはもう迷わない! 全部、全部テクトさんのために捧げる! お前なんかのためには祈らない! ぼくの祈りは、全部テクトさんのためにある!」

 

 セラフィは主に傅かない。

 

「それでお前がどんな試練を課そうとも! ぼくは全部乗り越える! どんなに辛い苦難でも! どんなに厳しい試練でも!」

 

 地を這い、泥を啜り、それでもセラフィは目を光らせ、ただ前へ、前へ!

 

「だから! お前がぼくに傅け! 媚びておもねり、力をもたらせ!」

 

 セラフィは前に手を伸ばす。セラフィの力を封じる手錠の魔道具が朽ち、砕け始める。

 

 ―――主よ。

 

「ぼくに! テクトさんを守れるだけのッ!」

 

 セラフィの体が、前に進む。段差を乗り越え、手を伸ばす。

 

「力をッ、寄越せぇぇええええええええええ!」

 

 そして、セラフィの手が、祭壇に触れた。

 

 

 

 シン、と。不思議なくらいの静寂が、訪れる。

 

 

 

「……。……?」

 

 セラフィは、それに戸惑う。今まで聞こえてきた騒がしさが、喧騒が消えている。

 

 振り返ると、あらゆる全員が動きを止め、戦慄と共にこちらを見つめていた。テクトも、プライダスも、目を剥いてただ、セラフィを見つめている。

 

「……ああ、そうか」

 

 もう、すべて終わったのだ。だから、みんなそれを知って、セラフィの宣言を待っているのだ。セラフィは自然と、そんな風に思った。

 

 なら、終わらせよう。セラフィは鼻血を拭い、乱れた衣服をさっと整えて、手を合わせる。セラフィの拘束具が完全に砕けて地に落ちる。

 

 そして、言うのだ。

 

「―――主よ、福音をもたらしたまえ」

 

 日が、昇る。

 

 セラフィの頭の、天使の輪、ヘイローめいた魔法陣が、光を強めて広がった。セラフィの背中に幻影の真っ白な翼が広がり、周囲に羽を散らす。

 

 ゴ―――――――ン、ゴ―――――――ン、と高らかに鐘の音が鳴り、ステンドグラスを通過した色鮮やかな輝きが、何もかもを彩っている。

 

 その光景を目の当たりにして、衛兵たちのすべてが、目を剥いて泣き出した。おお、おお、という唸り声が、渦を巻いてどよめく。

 

「わ、私たちは、なんて、なんて罪深いことを」「お許しを、主よ。お許しを、どうか、どうか……!」「主に、平伏します。どうかわたしを、お裁きください」

 

 聖魔法は他者を傷つけない。ただセラフィにとってより善いように()()する。

 

 衛兵たちは、セラフィにとって致命的だった。だから致命的なまでに、聖魔法によって改善されたのだろう。もはや彼女たちは、セラフィには抗えない。

 

 その様子に、プライダスは愕然としている。ガチガチと歯を鳴らし、顔を蒼白に、まるで生まれたての小鹿のように足を震わせている。

 

「な、なん、何だ、これは。この感情は。知らない。怖い。何だ、何なのだァッ!」

 

「知らねぇけどさ」

 

 テクトが、プライダスに刀の切っ先を向ける。

 

「お前は、結局どうすんだ? 降参すんのか? それとも、掛かってくんのかよ」

 

「――――オレがっ、負けるワケが、ないだろうがぁぁぁあああああ!」

 

 テクトの挑発に乗り、プライダスは大剣で切りかかる。それにテクトは、先んじて一歩前に出て、プライダスの懐に飛び込んだ。

 

「ある程度癖も掴んだ上に、そのぎこちない足取り」

 

「ぐ、ぅ、ぇ……!」

 

「そんなお前に、負けるワケがないよな」

 

 みぞおちに刀の柄が深く突き刺さり、プライダスは崩れ落ちる。

 

 そしてプライダスは、聖魔法がさらに深く浸透したか、頭を抱え、ボロボロと泣き始めた。

 

 セラフィの冷たい目に気付くと、「す、すま、すまない、すまない……!」と顔を隠す。

 

 終わりだ。プライダスもまた、完全に聖魔法に屈服した。冤罪は自ら撤回され、無かったことになるに違いない。

 

 テクトは、そんなプライダスに気味の悪そうな目を向けてから、おずおずとした足取りで、セラフィの下に歩いてくる。

 

「あの、さ。……本当にセラフィ、だよ、な?」

 

「……テクトさんにまでそんな風に言われるのは、心外なので」

 

 セラフィが組む手をほどくと、魔法陣のヘイローが消え、他のすべても空気に溶けた。普段通りの姿になったセラフィに、テクトが明らかにホッとする。

 

 とはいえ朝日が昇ったのは変わらない。セラフィは、テクトに向けて微笑みかけた。

 

「テクトさん。ここまで連れてきてくれて、ありがとう」

 

「え? ああ、気にすんな。俺たちは友達なんだ。なら、ピンチにくらい駆けつけるさ」

 

 テクトはそう言って、朗らかに笑う。朝焼けが、その笑顔を煌々と照らす。

 

 そんなテクトの笑みに、セラフィは自らの選択を確信するのだった。

 

 

 

 

 

 ―――テクトに、すべてを捧げるという、己の選択の正しさを。




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