【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた   作:一森 一輝

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女でしょ!

 まず、現状を確認しよう。

 

 敵は知性オーク率いるゴブリン軍団。脅威のレベル感は、学生レベルからは外れ、軍隊が動くのが適切な存在となっている。

 

 対する俺たちは、基本戦力は俺一人。ただしその俺は、軍隊式の訓練を年少から積んでいる。

 

 つまりだ。

 

「追え! 追え! クソっ! 何で奴らはあんなに足が速いんだ!」

 

「ハハハハハハッ! 知性モンスターの相手は、歯ごたえがあっていいなぁ! オラッ! もう一発!」

 

「ッ!? くっ、どうしてその動きができる! 救護を要請する! 膝に矢が刺さった!」

 

 俺はウィズを片手で抱え、もう片方の腕で器用に矢をつがえて放つ。両手とは比べ物にならない威力だが、知性モンスター(司令官)を狙えば敵全体の動きが鈍化する。

 

 この戦闘は、軍隊なら勝てる相手である知性オークVS、ワンマンアーミー俺の図だ。中々の強敵だが、やってやれないことはない!

 

「わ、わ、わ。て、テクト君、すご……!」

 

「だろ? もっと褒めてくれていいんだぜ」

 

 ニヤリとウィズに笑いかけると、ウィズは顔を真っ赤にして、手で隠してしまう。

 

 やはり俺は間違っていなかった。『女の子を守れる男になる』大作戦は、大きな効果がある!

 

 そう確信を得ながら走っていると、段々周囲の追手の気配が消えていく。撒いたか、と俺はウィズを下ろして、一息つく。

 

「これで情報戦(かくれんぼ)に仕切り直しだな。ふぅ、慌てた慌てた」

 

「お、お疲れ様、テクト君……! あ、あんな走って息一つ切れてないの、すごいですね」

 

「走り込みは徹底的にしたからな。代わりに魔力がないんだが」

 

「あ、はい……。それは、仕方ないですね……」

 

 男でさえなければお前の天下だった、とは家族みんなの弁である。天は二物を与えないとはこのことか。

 

「じゃ、じゃあ、ここからは息を潜めて逃げないと……。それから、先生に通報して、兵士を出してもらって、ええと」

 

「ん? 何言ってんだ? ウィズ。倒すに決まってるだろ?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 俺たち二人は、見つめ合って首を傾げ合う。

 

 ウィズが、じわじわと顔を青ざめさせながら言った。

 

「……テクト君?」

 

「知性モンスターは、核の魔石が高純度でデカいからな。想定とは違ったが、パイルバンカーの足りないピースにはぴったりだ」

 

 本当なら、もう少し大型だが、非知性モンスターを狙う予定だった。

 

 それでも今よりは楽なほど、知性のあるなしというのは討伐難易度に関わってくるのだ。

 

「あ、あの? だ、ダメですよ? 危険ですよ? 本当に」

 

「このくらいなら実家でもやってたって。いざとなれば、また逃げればいいし」

 

「また逃げきれるか分からないですよね……!?」

 

 ウィズの語気が、少しずつ強くなる。

 

 それに俺は、気付き、反省した。

 

「ごめん、ウィズ。ウィズの気持ちを考えてなかったな」

 

「う、うん。そうです。だから、二人で逃げ―――」

 

 俺はウィズの肩に触れ、その背後に指を差して、告げる。

 

 

 

「向こうに一直線に走れば、多分魔物は居ないはずだ。安全に逃げ切れると思う」

 

 

 

「……え、い、いや、ちが、違くて。私は」

 

「じゃ、俺は行ってくる。巻き込んじゃってごめんな。また明日、クラスで」

 

 俺はウィズに笑いかけ、それから踵を返した。

 

 一人なら、もっと隠密性の高い動きもしやすくなる。連中も中々発見力が高いが、俺の本気の隠密能力を看破できるレベルではない。

 

 確かに女の子の、魔力に支えられた身体能力は心強いが――――ウィズのように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()場合だと、戦力には数えられない。

 

 俺は軽やかに走り出す。そして素早く木に上り、息を潜めて樹上を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィズは、飛び出すテクトを止められなかった。

 

「だっ、ダメっ! テクト、君……」

 

 テクトは瞬く間に木の上に駆け上がり、瞬時に見えなくなってしまった。

 

 木登りが戦闘の手段になるのも驚きなのに、その練度は、詳しくないウィズでも一目で分かるほど。

 

 世間一般で考えられる戦闘能力とは、まったく別の概念で積み重ねられた経験値。

 

 それが背後に見えて、ウィズはごくりと唾を飲み下す。

 

「……テクト君って、ものすごく強い、の……? 男の子、なのに……」

 

 少なくとも、知性モンスターであるオークを手玉に取っていた。そのオークも、ウィズの目には一貫して見えなかった。

 

 透明人間同士の戦い。ウィズが見た先ほどの攻防はそれだ。ウィズは女で、杖を携えていながら、何もできなかった。

 

 しかしだ。

 

「……」

 

 ウィズは、背後を見る。テクトが言った、安全な逃げ道。

 

 向き戻る。正面は、テクトの進んだ道。鬱蒼とした、知性モンスターの率いるオークの群れが蠢く場所。

 

 ウィズは、体が震えているのを感じ取る。

 

 怖い。当然だ。ウィズは『魔導博士』の血統を笠に、戦闘訓練なんてほとんどこなしてこなかった。

 

 例え敵に向かったとて、どの程度戦えるかも分からない。基本的なオークは、ウィズのような一般的な女子と同程度の身体能力らしいが、それでも数が違う。

 

 だが。

 

 テクトはそれに、臆することなく向かっていった。

 

「……私、いいとこなしだ」

 

 杖をぎゅっと握る。

 

「男の子に王子様抱っこされて、安全なところまで逃がしてもらって……」

 

 確かにウィズは陰キャだ。

 

 戦闘なんてほとんど心得がない。実家でも特に引きこもりがちだったから、同世代の女子とケンカしたら全戦全敗だろう。

 

 だが、それでも、男子に守られる女子なんて聞いたことがない。

 

 この世界のどんな物語でも、どんなにひ弱な主人公だったとしても、それでも女は男の子のために立ち上がってきた。

 

「……」

 

 ウィズは、その場に立ち尽くして、考える。

 

 怖い。ウィズには度胸がない。まともな戦闘経験がない。剣も訓練もほとんどさぼってきた。魔法は使えるが、こんな至近距離での使用は想定していない。

 

 なら、逃げるか? このままウィズは、テクトの言う通り、一人おめおめと逃げ帰るか?

 

「……ダメ」

 

 そんなのはダメだ。それだけはダメだ。

 

「怖い、よ。こんなの、怖い。怖いに、決まってる」

 

 オークと力量が対等であると言えば聞こえはいい。

 

 だが、とどのつまり殺し合いだ。そうなったとき、殺しに慣れた魔物と温室育ちのお嬢ちゃんでは格が違う。

 

 一人なら、絶対に逃げる場面だ。立ち向かうなんて無謀だ。殺されるだけだ。

 

 でも、逃げたらどうなる。

 

 ウィズは、男の子を見捨てて逃げた、情けない女になる。

 

 それだけならいい。ウィズが情けないなんて話、ずっと昔からだ。

 

 だがそれで、テクトに何かあったら?

 

 怪我をしたら? それが大怪我だったら? 怪我で済めばマシな方で、明日登校したときテクトが現れなかったら?

 

「――――……っ!」

 

 ウィズは震える。立ち向かうより、逃げ出すことが怖くなる。

 

 一目ぼれだった。

 

 自分みたいなブスの陰キャを、わざわざ時間をかけて身なりを整えて、美少女なんて褒めて微笑んでくれた。

 

 男の子なのに、ウィズの専門である難解な魔法工学に真剣だった。血統以外で話が合う人なんて、初めてだった。男の子なら、なおさらだ。

 

 こんな人いない。テクト君以上の男の子なんて、もうこの先、絶対に現れない。特に、他の男子が見向きもしないような、陰キャのウィズには。

 

 そんな男の子の危険を見過ごすなんて、ウィズにはできない。

 

「テク、トくん。テクト、君……!」

 

 ウィズは下唇を噛む。迷っている時間すら、惜しくなってくる。

 

 テクトはウィズの初恋だ。これをもしオークなんかに奪われたら、ウィズの人生はおかしくなってしまう。

 

 生涯好きな人なんてできなくて、失われたテクトのことをずっとずっと悔いながら、一人寂しく死んでいくのだ。

 

 なら。

 

「なら」

 

 ウィズは、拳を固く固く握りしめ、前に一歩踏み出した。

 

「さっさと動き出してよ、私! こんなでも、女でしょ!」

 

 震える体を叱咤して、ウィズは駆けだした。

 

 テクトが向かった、オークたちの闇へと。

 

「男の子は、女が守るの! テクト君を一人になんかしない!」

 

 非力で臆病なウィズは、自ら死地に飛び込んだ。

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