【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
リーフィはリンドホルム家にて、五女として生を受けた。
当たり前だが、五女ということは、四人の姉がいるということだ。
通常、貴族の姉妹は仲良くならない。何故かと言えば、その大抵は母が異なり、そして母が異なるということは、それぞれ正妃か非正妃かで序列と扱いの差が生まれるからだ。
しかし、リンドホルム家ではその差は生まれなかった。
幸か不幸か、男児が生まれなかったためである。
男児が生まれないということは、この男女比1:30の激烈に男性の少ない世界においては、よくあることだ。
こういう場合、責任はすべて女に着せられ、男産まぬ女たちは娘たちの存在があるにもかかわらず
しかしだからこそ、序列のない異なる母を持つ五人の娘たちは、仲違いせずに育った。
『リーフィは素直で可愛いわねぇ』『本当にねぇ。魔法の扱いも上手だし』『将来は筆頭宮廷魔術師になっちゃったりして!』
『えへへっ、お姉さまたちだーいすき!』
しかもリーフィ以外の姉は少し年が離れていたのもあって、リーフィは猫可愛がりをされて育った。通常男がされるような、蝶よ花よという扱いを受けたのだ。
だからリーフィは、四人の姉を愛し、四人の姉に愛されて、まっすぐに育った。
―――唯一、ただ一点を除けば。
『……それでみんな、婚活の方はどう?』
そんな問いが挙がる度に、四人の姉は揃って顔を曇らせた。
『ダメ、もう散々。婿養子みたいな話をした時点で、「は?」って顔されるし』
『それならまだマシよ。あいつら「ああ、つぶれる家なら領地ごと貰ってあげようか?」とか平然と言うのよ!?』
『ホントよ! 人の家のこと、何だと思ってるのよ! それでなくとも、人格がみんな終わってるし……!』
『そうよねぇ……。正直、上手くいく気がしないわ、私。もう男自体嫌いになっちゃった』
普段温厚な姉たちが、揃って男への怨嗟を口にする光景は、強烈な記憶として刻まれた。
生まれてこの方、父親以外の男性と接することのない成育環境。しかもその父親すら、傲慢で身勝手で、母たちを罵倒している姿ばかり見て育ったのだ。
『お姉さまたち、気にしないでくださいませ! 男なんてワタクシたちには要らないのです! 女性は女性らしく、自由に、強く生きればいいのですよ!』
自然、リーフィはほとんど知りもしない男を、伝聞だけで憎み、嫌悪するようになった。
そんなリーフィを見て、姉たちは素朴に『リーフィはいい子ねぇ』『そうよ! 男なんて要らないわ!』『ああ、リーフィとずっと一緒にいられればいいのに』と持て囃した。
そして幼き日のリーフィは、それを純朴に真に受けた。
男を嫌い、男を排除し、女だけの人間関係を良いことと学習したのだ。
事実、それで困ったことはなかった。多くの女は男にトラウマがあったし、同性愛のケはさほどなくても、見目麗しい高位の貴族女性たちと仲良くするのは楽しかった。
特に、イリューシア第三王女は、リーフィにとって特別だった。
学園では、何をするにも卒なく、欠点のない完璧な存在。それがリーフィにとってのイリューシア・ファラーチェ・コンスタンティンという人物だった。
リーフィは自然とイリューシアに憧れた。学業も、訓練も、人格面でも完璧なイリューシア様。まるで姉たちのような、その文武両道ぶりに心酔した。
イリューシアも、取り巻きの一人としてだが、リーフィを可愛がってくれた。お茶会に誘ってくれたり、一緒に昼食を取ったりと、男のいない日々を楽しく過ごしていた。
蜜月の日々だったのだ。リーフィはイリューシアを深く慕っていて、イリューシアもそれに応えてくれていた。リーフィはそんなイリューシアに、添い遂げるつもりでいた。
陰りが見えたのは、イリューシアに相談があるとして、とある男子が現れた時だ。
忘れもしない。プロテクルス・ガーランド。奴がイリューシアの前に現れた時、まるで女子のように洗練された所作でもって、イリューシアを誘惑したのだ。
普段あれだけ驕り高ぶった男子が礼儀作法を取るということが、どれだけ凶悪なのかを、リーフィはその日知った。
あれは、騎士の礼だった。片膝をつき跪くその姿。それだけでリーフィの心はざわついた。あり得ないものを見ている、という気持ちにさせられた。
そしてその礼を捧げられたイリューシアは、明らかに取るに足らないはずの騎士の息子に、強い興味を示していた。
あれよあれよという間に、ガーランドがイリューシアの傍にいるのが当たり前になった。
その後もガーランドは時と場合を選ばず、上級貴族クラスに現れた。クラスの男子にケンカを売って、騒動を起こすことすらあった。
イリューシアの傍にいるのなら遠ざけたかった。だがテクトは気付けば、リーフィも招かれたことがない個人寮にすら招かれていた。リーフィよりも、イリューシアの近くにいた。
だからリーフィは、ガーランドが、テクトが嫌いだった。
それは、通常の女性が言う「男が嫌い」という言葉よりも、ずっと軽い意味だった。
通常の女性は、直接男からひどい扱いを受け、トラウマと共にそう口にする。しかしリーフィの場合は、伝聞で知るばかりで、直接の被害は自ら男を遠ざけ、受けずに済んだ。
だからうなされた。
無人島。ともに昼を過ごして、楽しく焚き木を囲んで大きな魚を一緒に食べ、お互いに寝静まった夜のことだった。
「……。んん……」
リーフィは伯爵令嬢で、可愛がって育てられた。だからこんなみすぼらしい寝床で寝たことなんてなくて、当然のように寝られなかった。
それで、夜中にのそりと起き上がった。テクトはどうしているのか、と思ってみれば、よだれを垂らして元気に爆睡している。
「……たくましいのは良いことですけど」
寝起きのショボショボした目で睨んで、リーフィはテクトに近づいた。
夏だからという理由で、テクトは海パン一つのままで、上半身を投げ出して眠っている。
リーフィがつい見入ってしまうのは、その大胸筋、胸板、割れに割れたシックスパック。
「……ごくり」
思わず唾をのむ。何となく、そっとそのバキバキの腹部に手を伸ばす。
「あ……力を入れてないと、やわらかい……」
ぷにぷにと、テクトの筋肉を押す。するとテクトは夢を見たのか、腹筋に力を入れる。
すると腹部がバキバキに固く割れ、リーフィは「わ……」と呟いた。
「……良い体してますよねぇ……」
半分寝ぼけながら言う。それから、「でも」と続けた。
「力はワタクシの方が強いんですよね……」
その、ほとんど無意識の言葉が、リーフィの意識を急激に覚醒させた。
「……っ!?」
バッ、と手を放す。ドクン、と心臓が強く跳ねる。
「な、なに、何を考えてるんですか、ワタクシはッ。お、男にそんな、あ、あり得ないですッ! あり得ないんですけど!」
リーフィの脳裏によぎるのは、この無人島というシチュエーション。
普段ならそんな気はまったく起こらない。何故なら男はクソな上に、もし手を出そうものなら、無数の女がリーフィを断罪しようと迫ってくるからだ。
だが、無人島ではそうならない。
何故ならリーフィとテクト以外に、この場に誰もいない。もしリーフィが強引に迫っても、テクトは抵抗できない。そして―――
テクトは、リーフィが唯一知る、クソではないかもしれない男で。
「う、うぅぅぅぅう……! あり得ないんですけど、最悪なんですけど……!」
リーフィは元の寝床に戻って、テクトに背を向けて寝ころび、唸る。
その夜、リーフィは一睡もできずに、夜を明かしたのだった。