TS転生ヴィランロリ、疲れ切ったヒーローを拾う 作:蓋然性生存戦略
それは、難儀な存在である。
人を否み、疎み、憎み、嫌っている。
だが、同時に人の努力を、希望を、奇跡を、誰よりも願っている。
未来永劫許すことはない。
人の愚鈍さを、悪意を、その短慮を。
忘れ去ることができない。
人の懸命さを、善意を、その思慮を。
その矛盾の中に苦悩はない。
必要に応じて、在り方を変えるだけである。
時に厄災として、時に救世主として。
人々の見せる姿に、鏡ように、山彦のように返す。
悪意には悪意を。
善意には善意を。
決意には決意を。
厄災として君臨してから、それは常にそうしてきた。
「それにな、前々から気になってたんだ。私はソイツを従えたが、お前はソイツに認められた。似ているようだがまるで異なる。見せてくれよ、私では引き出せなかった、輝きをさ」
故に。
それは今日も矛盾の螺旋を歩み続ける。
「じゃないとお前、勇敢なる姫君は、玉砕しちまうぞ?」
それの視線の先には、死人のような青白さでテーブルに倒れ伏す、エソラの姿があった。
一瞬だけ、空白に穴が開いた。
たった一瞬、60分の1秒程度の、かすかな時間。
だが、もうそれだけで十分だった。
見えたのならば、理解できる。
それが私の力であり、全て。
見えたのならば、神を引き摺り下ろす。
その算段は付いた。
「ハァイ、《テリトリア》。良い話があるのだけれど」
『幻楼院リンネッ!!貴様このようなことしてただで済むt』
「はいはい、常套句はどうでも良いのよ。本当に業腹なことだけど、お前と、ヒイラギ=オークニーと、私の孫娘の力が必要なの。どれか一つでも欠けてはダメ。そういう手合いを、今私は相手にしているのよ」
『……事実である証拠は』
「ふふ、勝った後に敗者へ策を弄するバカがどこにいて?」
『クソが……必要なのは私だけか?』
「《ガーディアンズ》からは貴女だけで良いわ」
『《ブレイディア》は?』
「あの女は美味しいとこだけ掻っ攫って行くだけよ。ほっといても問題ないわ、どうせ来るもの」
『クソ、何もかも情報が足りない……!!』
必要なのは、あの空白を引き摺り下ろす鎖。
私が捕捉して、孫が生み出して、《テリトリア》が最大限補強する。
引き摺り下ろしてしまえば、あとはヒイラギ=オークニーがどうとでもする。
「そういう算段よね、もう一人の孫娘」
『今なんといった?』
「いいえ、こっちの話よ。旧オート郊外に来なさい。揃い次第やるわ」
さ、あの腹立つ上から目線の猫に、目に物見せてやりましょうか。
勝負は一瞬だった。
あの日の焼き増し。
エソラが負けて、私が勝つ。
それだけだ。
「キィィィィィイイ!ぐや”じい”!!!!」
「では、私が諦めることを諦めてくれるな?」
「くすんくすん……あきらめます……やしなって……」
「構わんぞ」
「ぐすっ……存在の格が違い過ぎるよ……もうお前ひとりで何とかなるんじゃないの?」
「ならん。所詮私は剣士でしかない。そら、いつまでもいじけてないで動くぞ」
「へぇい」
「《
「遠足前の忘れ物チェックみたいに言わないでくれる?」
納得済みの喧嘩に負ければ素直に従う。
それがエソラだ。
今回はエソラから誘った以上、エソラに文句など言えるはずもなく。
「あら、思ったより早かったわね。半日はかかると思っていたのだけれど」
「私にとっては現時点での手札は見切れているのでな」
「クソがよ」
「もう一人来るわ。その間に、そうね。《グレイプニル》でも用立ててくれるかしら」
……なるほど。
確かに、《グレイプニル》ならばチャンスはあるが……。
いや、エソラが生み出している時点で無理ではないか?
「待て、なんでそれを知っているんだ」
「見たわ。それだけね」
「クソがよ」
……エソラが不憫になって来たな。
どこかで埋め合わせしなければとは思うが。
「《ブレイディア》!!今までどこをほっつき歩いていた!!」
どうやら待ち人が来た以上、今はその暇がなさそうだ。
「この子のところで居候していただけだが」
「その子供は?」
「私の孫娘よ」
「断じて違う」
「私の今一番大切な子だ」
「お前も違うだろ」
「《ブレイディア》……ロリコンだったのか……」
「ねえこのクソボケ空間でまともなのボクだけ?ねえ?」
怒涛のツッコミをしている間にも、エソラの手は動いている。
この分では鎖も簡単に用立てられるだろう。
「《テリトリア》。そこの孫は本質的には道具よ。気合であなたの異能で書き換えてちょうだい」
「は?」
「そうね、純粋なスペック上昇で良いわ」
「待て待て待て、私の能力の干渉対象は無機物に限られ」
「だから、本質的には道具なのよ。やりなさい」
「認識をいきなり変えろって言われても難しいだろお前それ」
「《テリトリア》は真っ当な人間として完成しているからな、さもありなん」
「なあ、おかしいのは私なのか?」
「やりなさい」
「それとボクの承諾は?ねえ?クソババア聞いてる?完成した《グレイプニル》にじゃダメなん?」
「これが一番早いと思うわ」
「「クソッタレ」」
凄いな、倫理観が皆無だ。
流石のリンネと言ったところか。
「私は何かすべきことはあるか?」
「コンディションでも整えていなさいな。あなたの仕事は私たちが汗水流して整えた舞台で美味しい所だけ掻っ攫って行くことよ」
「もう少し言い方はなかったのか」
「お互い、そんな気遣いする仲でもないでしょう?」
「……そうさな」
私は愛剣を抜き、瞑想に入る。
斬る事だけに集中する。
そうしてしばし待つ。
「さぁさぁ楽しくなってきたわね。世界を覆う空白を……墜とすわ!!」
準備はできたのだろう。
リンネがそう高らかに宣言した。
故に、私は斬った。
「《
「もう限界だろ。諦めたって良い。お前の努力は実を結ばなかったが、お前はお前なりに私から時間を奪い取った。それは紛れもない偉業だ、私が認めよう」
うるさい。
まだ負けてねえ。
「だがお前はこれ以上何を賭ける。四肢の主導権を失い、視力を失い、嗅覚を失い、聴力を失い、味覚を失い、触覚を失い、声を失い、もう命や心しか残ってはいまい」
うるせえ。
だったらよ、お前。
「次こそ、お前は死ぬぞ。それで構わないか?」
バーカ。
もうそういう段階はとうに過ぎてんだよ。
「ならばコール、オールインだ」
はは、気前がいいね。
「……ふん。某冒険の第三部にでも触発されたか?だがその場合、お前はブタで、私はキングのフォアカードだ」
ボクがいつ、ブタを揃えたなんて言ったよ。
キングのフォアカード?
笑わせんな。
それだけでも勝てるが……万全を期して、あとは
「ジョーカー、か。お前の因果にそれはあるのか?」
いーや、あるね。
お前はありえないと切り捨てた。
お前がよく知っているはずなのにな。
その確信をした瞬間、テーブルのあるこの空間は、崩れ始めた。
「……何をした」
いーやなにも。
ただボクはここに在っただけさ。
ビーコンとしてね。
見せた、時は来た、そして勝った。
カエサルだってこの勝利を手放しに称賛するだろう。
ヒイラギの容赦ない斬撃が、ここまで届いた。
一刀を以て結合は崩壊し、天に張り巡らされたテクスチャは剥がれ落ちる。
落ちる。
そして墜ちる。
空白の空は暴かれ、蒼穹は正しくテクスチャを張り始めた。
ならばこそ、ボクがここまで賭けてきた全てが戻って来る。
それどころかおつりが来るぜ!!
「ハーッハッハァ!!
「お前のジョーカーは奴か……だが奴にそこまでの力は」
静止軌道からの自由落下。
あまり長くはない時間の中、相対するキャスパリーグは考え込んでいる。
ああ、そうだろうとも、お前は侮った。
あの天才を侮った。
そうなるようにボクは仕向けた。
看破されれば全てを失う一点賭け!!
だがボクは勝った!!
全てを手にした!!
「馬鹿が、あの女のことを最も正しく理解しているのはボクだ。ボクだけが正しくあの女を恐怖している。お前は相対したことがない、ヒイラギはフィジカルで潰せるから認識がズレてる。当時のボクは若くて気付いてない、シキは政争でしか奴と争ったことがない」
「それがどうした」
「アイツの天才性をぜんっぜん理解してない。天才なんだよ、アイツは。そうさ、馬鹿だけど比類なき天才だ、ハイエンドだ、視れば全てを理解する解析の怪物だ」
視てしまえるのなら、全て干渉できる。
大言壮語と笑えぬその事実をこそ、ボクは恐怖した。
神秘が力を失う時、それは当然、秘密を暴かれた時だ。
ああ、全く、ボクには天敵が多過ぎる。
「……」
「とはいえ、それでも人類である以上、お前の権能からは逃れられない。だからボクの仕事は、ここでビーコンとして在ること。そして、お前から賭けの代価として権能を封じること。
どうすればキャスなら乗るか。
それを考えに考え抜いて因果律ポーカーとかいう意味の分からんギャンブルをする羽目になった。
死ぬかと思ったマジで。
「……ハッ、やってくれる。だがいいのか?ヒイラギがあそこにいるのは、もとはと言えば人間の不始末だぞ?」
「分かってるよ。馬鹿な科学者が作った不出来なタイムマシンの暴走事故を止めるために顕現したらこのザマだ。バカみたいな規模の時空揺れは防いだけど、ヒイラギは記憶の一部を失って過去に漂流だもんね。しかもサルベージも上手くいかないと来た。思うところはそりゃあるさ」
ホンマにどうしてくれようかあの馬鹿ども。
こちとらもうひと月以上ヒイラギと夜のターン制バトルしてないから溜まってるんですけど?
「ならば」
「ナメるなよ。
「……」
「大人しく調伏されて来い、キャス。アルトリウスだってこんなこと望んじゃねーだろ」
「……あーくそ!負けだ負け!!まぁた負けだ!!肝心なところでいっつも勝てねえ!!」
お互い、ひとしきり笑って。
「あんがとね、
「そんなんじゃねーよ、自惚れんな」
さーて、ヒイラギに事情説明しないとなんだけど。
「ごめん、キャス。ボクもう無理」
「は?」
「一応ボクさっきまで死ぬ半歩手前で……」
「うっそだろお前、私このままじゃヒイラギに殺されるんだが。その前に地面のシミになって死ぬんだが」
「……がんばって!!」
「おおおおぉぉぉぉぉい!!」
ふぁぁ……ねむ……すやぴ……。
なにか、落ちてくる。
違う。
誰かが落ちてくる。
何千kmも先、目視できるかも怪しい上空に、ああ、いた。
私のエソラが、そしておそらく主犯であろうキャスが。
仲良く落ちている。
「少し回収して来る」
「ええ、行ってらっしゃいな」
「何が見えてるんだ」
「うへ、なんか寒気が」
地面にクレーターを創り上げ、上空へ飛翔する。
何度か中空を蹴り、落ちて来たエソラを勢いを殺しながら抱え、キャスは放r「すまん、今魔力が使えん。助けて?」仕方がないので助けてやることにした。
そして無理のない速度に抑えながら、また地上へ戻る。
「さて……キャス。説明してもらおうか?」
私のあずかり知らぬところで事が動いていたのだ、説明義務があるだろう。
冷静に、努めて冷静に笑顔で、私は圧をかける。
「ッス……誠心誠意、説明させてもらいまッス……」
Q:本編エソラ何してたん?
A:とある事件でブチッとなったキャスの人類滅亡カウントダウンを文字通り命張って止めてたし、調伏までの算段組み立ててた。
Q:リンネ何したん?
A:実は本編エソラが気合でチラ見せしてたキャスと本編エソラの所在を突き止めて外伝エソラと《テリトリア》を働かせて引き摺り下ろした。引き摺り下ろすだけならヒイラギいなくてもできる、問題はその後ヒイラギがいないとボコられるから必要。
Q:《テリトリア》と外伝エソラ……。
A:リンネとヒイラギが揃ってパワープレイかますから力関係のせいでこんなことに……。