「アストレアちゃん、呼び出した理由は?」
「貴様、アストレア様を“ちゃん”づけなど、不敬だぞ!」
「ふふ、構わないわ、輝夜。少し恥ずかしいけど、新鮮だもの」
女神の微笑みが、荒ぶる正義の騎士を静める。まるで春風が嵐をなだめるように。
「で、用件は? 通信機はこのために渡したんじゃないけど?」
ナナシの行動を追跡できないよう設計された、ゴーレム型の通信機――それでもアストレアが「用事があるから来て」と伝言を送ったため、彼はしぶしぶやって来た。
しかも、朝に呼びかけてきたくせに到着はお昼過ぎ。
「時間指定がないのが悪い」と逆ギレしてきたナナシに、輝夜が軽くキレたのは、ついさっきのこと。
「まず訊くけど、ナナシ。鍛冶系のファミリアって、知ってるかしら?」
「ヘファイストスとか、ゴブニュとか? 街でよく見る看板のやつなら、まあ」
「あらよかった。あなた、武器や防具には興味がないって聞いていたから、話が通じないかと……」
「興味はないよ。生身こそ最強が男のロマン」
「……イカれた思想は理解できん」
輝夜が吐き捨てるように呟くが、ナナシはにっこり笑うだけ。
「先日の
「
「神々が数か月に一度、情報交換をする集まりだ。冒険者の二つ名もそこで決められる」
「ふーん。……同窓会ね。“無駄に金使って経済回す”っていう点では、悪くない。ただ、末端に金が落ちないのが惜しいかな。各ファミリアから『炊き出し基金』として徴収すれば? 神の慈悲って名目でさ。貧民街の食費になるよ? プライドが高そうな人が多そうだし」
「それ、面白いわね♪ 知り合いに提案してみようかしら」
アストレアが本気で嬉しそうに微笑んだ。
“正義の女神”にも、ちゃっかりとした一面はある。
「で? どうして“僕”の話題が出たの?」
「神々は退屈しているのよ。少しでも面白そうな子がいれば、すぐ話題になるの。あ、もちろん口の堅い友神にしか話していないわ」
「内輪の宴会で喋ったなら、普通に漏れるよね? 面倒ごとが起きたら、アストレア・ファミリアに全部押しつけるから。知らないヤツが門の前で倒れてても、僕のせいじゃないからね?」
「戯け。犯人が自白している時点で、捕縛の対象だ」
「おおっと? 正義のファミリアが冤罪を? 現行犯じゃなくて妄言で逮捕? オラリオの治安が心配な時に、さらに悪化に加担するとは、世も末だね」
「ナナシのような幼子に世も末なんて言わせるなんて……まだまだオラリオの治安は回復していないのね」
「ぐっ……」
アストレアの言葉がクリティカルヒットし、輝夜が言葉を詰まらせる。
輝夜は気づいていないが、ナナシはしっかり見ていた。
この“間”を楽しんでいるのだ。
「……というわけで、特に用がないなら帰るね。貴重な迷宮ピクニックの時間が削られる」
「ちょっと待って。実は、ヘファイトスが貴方の装備に興味を持ったの」
「装備なんてないけど?」
「それがいいのよ。彼女、言ってたの。装備がなくて強いのなら、強さを引き出す“何か”があるはずだって」
「あるよ?」
「え?」
「僕が強いのは、僕が強いから。以上」
「答えになってないわね……」
「まあ、でも……ね?」
ナナシは、意味ありげに指を一本立てて、アストレアにだけ聞こえる声で囁いた。
「鍛冶師たちが力の拡張を求めるなら、僕は力の再現を求める」
「――再現?」
「うん。人の力を観察して、魔力で再現する。それが僕の技術研究の方向性だから」
「魔力による……模倣と再現……」
女神は目を細めた。
――それは、鍛冶や鍛錬とは全く異なる、“概念工学”に近い。
ナナシが「んじゃ、そろそろ帰ろ」と腰を浮かせた、その瞬間だった。
コンコン。
ドアがノックされる。
何かを予感していたかのように、アストレアは軽やかに「はーい」と答え、どうぞと促した。
「アストレア、連絡ありがとう。ライラを連絡役に寄こしてくれて助かったわ」
現れたのは、顔の右半分を眼帯で隠した紅髪の麗人。
アリーゼのような燃える赤が印象的だが、半分しか見えぬ顔ですらその美貌は隠しきれず、女神の風格がそこには漂っていた。
白いシャツの前をざっくり開け、なのにいやらしさは皆無。
袖を無造作にまくり、手首から肘までは黒のロンググローブ。
職人のような風体と、洗練された色気を同時にまとったその姿に、ナナシはひとこと。
「……親子?」
その後ろに控えるのは、刀を下げた褐色の女。こちらも眼帯。まさかのペアルック。
ナナシの脳内に、母と娘の仲良しコーデが浮かぶ。
「貴方が噂の子ね? 聞いていたより、ずっと幼いじゃない。あと、答えとしては、本当の親子じゃないわ。椿は私の眷属、うちの団長よ。血はつながっていないけど、私の子供ではあるわね」
「主神さまよ、自己紹介くらい自分でやらせて欲しいぞ。神アストレア、
「喧しい人ですね、相変わらず……」
と、輝夜が肩を落としながらため息をついた。
「輝夜の猫かぶり。切り替え早っ。てか、大和竜胆? 意味わからんけど、語感カッコよすぎでしょ。輝夜、やるじゃん」
「……二つ名は神様が決めるもので、私に言われても困ります」
「極東を“大和”って呼ぶ神もいるのよ。竜胆はリンドウの花のこと。輝夜の着物も極東のものだし、リンドウみたいに気高くて綺麗でしょ? ピッタリの名だと思ってるわ」
「美人だなんて、お世辞を真に受けるほど愚かではありません」
「いやいや、輝夜は美人だよ。性格がクソなだけで。……見た目は完璧、見た目はね」
ナナシの毒にも薬にもならない(いや、毒寄り)コメントに、紅髪の麗人はぽかんと口を開け、椿は腹を抱えて笑い転げる。
「き~さ~ま~!!」
瞬間、輝夜がブチ切れて刀を抜いた。だがその動きは――
止められ、顎を軽く撃たれ、ソファへご招待。いつものルーチンだ。
しかも今回は、アストレアの膝枕というフルオプション付き。
「あらあら、輝夜ったら甘えんぼうね」
「ち、ちが……っ!」
否定しようにも、脳が揺れた衝撃と膝の柔らかさに言葉が出ない。
輝夜は無言で“慈悲の膝”を噛み締めるしかなかった。
「え? 美人って……誉め言葉だよね?」
周囲に確認するナナシ。原因がまるでわかっていない。
「性格がクソ、のあたりが問題なのよ……。私はヘファイストス。鍛冶系のファミリアの主神をしてるわ。よろしくね」
名乗りながら、ヘファイストスはナナシをじぃっと観察する。
「……ショタコン枠か。僕の周囲ってなんでこう変態多いの」
「違いますぅ!」
即座にヘファイストスが否定した。
「輝夜はレベル4の冒険者よ! それをあんな簡単に倒すなんて、そりゃ気になるわよ!」
「主神さま、恥じることなどござらん! カッカッカ!」
「椿! 話をややこしくしないでよね!」
ヘファイストスがわたわたと訂正を試みるが、椿は「わかってる、わかってる」とニヤニヤするばかり。
「性癖カミングアウト大会は続けてどうぞ。僕は帰るから」
立ち上がろうとしたナナシを、椿がぴしっと制す。
「待て。それは困る。手前はお主に聞きたいことがあるのだ」
「私も同じく」
「さっきの動き、レベル5の手前でもまるで見えなかった。……それでお主、
「ううん、授かってるよ。アストレアちゃんがくれた。めっちゃ優しく、なでなでしながら」
「嘘ね。貴方は知らないかもしれないけど、神はね、下界の子の嘘を見抜けるのよ」
「え、それチートじゃん。完全に歩くうそ発見器じゃん」
冗談めかして返すナナシを横目に、椿の表情は真剣そのもの。
「主神さまの言葉が真であれば……これはただ事ではないな」
ただし、当の本人はと言えば、面倒くさそうに、ふぅと溜め息をひとつ。
ああ、また話がややこしくなる――そんな顔だった。
「気にしない方向で。みんな違って、みんないい」
ナナシが軽く手を振って済ませようとするが、椿の表情は真剣そのものだった。
「そうも言っておられん。実を申せば、最近……手前たちの鍛冶の腕が、どうにも停滞気味でな」
椿が腕を組み、うんうんと唸るように言葉を続けた。
「神の力など借りぬまま、高ランクの冒険者を圧倒する者がいると聞いては……それが新たな打開策になるやもしれんと、そう思ってしまうのだ」
「うん。そういう“他力本願”な軟弱思考をしてるから、自分の腕に疑問持つんだよ」
ズバッと切り込むナナシ。まさに無慈悲。
「俺の座右の銘は、“神は敬うものにあらず、呪うもの”。力が欲しいなら、神を呪え、だね」
どの口が言うのか。この場に神が二柱もいるというのに。
だがナナシの表情は涼しい顔そのもの。微塵も悪びれた様子がない。もはや信念の域である。
「神を……呪え、ねぇ?」
ヘファイストスが眉をひそめるが、ナナシはすっと手のひらを上げる。
「まあまあ、あくまで僕の考え。他人に押しつける気はないよ、自称神たちにもね」
と、ここで。
「スキあり!」
背後から飛びかかる影。復活した輝夜だった。
「ないよ」
ナナシは振り向きもせず、一歩すっとずれて攻撃を回避。
そのまま輝夜の足を払って、宙に浮かせる。
「ほい、どーん」
綺麗な放物線を描いて床に落下する輝夜。が、問題はその途中だ。
ナナシの手が偶然掴んでしまったのは……双子山。
「輝夜ってお馬鹿さん? 何度やっても無理だからね」
「くっ……!」
倒れた輝夜の背に、ナナシは容赦なく腰を下ろす。もはや定位置だ。
「これでレベルなしとは冗談としか思えん……」
椿が呆れたように言う。だがナナシは肩をすくめる。
「てかさ、鍛冶に戦闘力って関係ある? もっと鍛冶らしいことに集中した方がよくない?」
「鍛冶らしいこと、とは?」
「上手い人のマネをするとか、素材にこだわるとか……当たり前でしょ?」
ナナシは当然のように口にするが、その“当たり前”が、椿にとっては意外だった。
オラリオでも屈指の名工である椿。人の手による鍛冶において、もはや頂点に限りなく近い。
「……自慢するようで悪いが、手前以上の腕前など、そうそうおらん。主神様や、同じ神のゴブニュ様のような化け物でもなければ……」
「じゃあ、聞けばよくない?」
ナナシがヘファイストスに視線を向ける。
「神を名乗るなら、自分の子供たちに技術教えるくらいするでしょ?」
「当然、基礎は教えるわよ。作ったものも見せてるし」
ヘファイストスはむっとしたように返した。
「じゃあ、その工程を録画とかしないの? 映像に残して、何度も見返して、どこが違うのか研究するとか。グループで映像見ながら、“ここの鎚の打ち方、なんか意味ある?”とか語り合えばいいじゃん」
ナナシは完全に「効率厨」だ。手本があるのに活かさない理由が理解できない。
「映像……ね。私たち神は、下界に降りる際、神の力を封印しているの。
ヘファイストスが説明を加える。
神々はその戦いを、神の力であらゆる場所に立体映像として映し出す。
「いやいや、魔道具使えばよくない? 映像記録用のやつ、探せばあるでしょ?」
ナナシが眉をひそめる。
「まさかとは思うけど、一度見てあとは盗め的な? さすが似非神。鬼教官の鑑だね。技術を奪われたくないのは分かるけど、神を名乗るなら、それくらいの器の広さはあってもいいと思う」
「……すごくバカにされてる気がするのだけど?」
「だって、アストレア・ファミリアだって根性論だったし」
ナナシが真顔で言った瞬間、数名の胸元がズキリと痛んだ。
「え、オラリオって脳筋しかいないの? 人間がモンスターより優れてるのって“考える力”だと思うんだけど……」
そう呟くナナシを、輝夜は地面から眺めるしかなかった。
彼の毒舌と正論の嵐に、戦士たちの精神は少しずつ削られていくのだった。
◆
「……熱い」
「当然だろう! ここは鍛冶場なのだからな!」
椿の脇に荷物のように抱えられているナナシ。
脳筋連中には付き合いきれんと脱出を図った矢先、肩をひょいとつかまれ、気がつけばこの有様だった。
逃げようと思えば逃げられるが、
「特別に私の鍛冶を見せてあげるわ」
ヘファイストスのその一言に、興味をそそられてしまった。
というわけで、ナナシは「観察モード」に突入。黙って搬送されてきたのである。
教えることに含みがあるのならともかく、ナナシ相手に隠すほどのものでもなかったらしい。
アストレアや輝夜は別派閥ゆえ同行していないが。
鍛冶場の中心、ヘファイストスが金床の前に立つ。軽く汗をにじませながら、手際よくショートソードを打ち上げるその姿は、まさに“神の職人”。
「こんな感じよ。どうかしら? 鍛冶に興味があるなら歓迎するわよ」
「……興味はない。でも、なんとなく分かった。あとで映像見直せば、ほぼ100%再現できると思う」
ナナシの手に握られているのは、記録用の魔道具。
光と音の両方を収める、録画&録音対応の高性能機器だ。
最初は何のつもりだ?と椿も不思議そうに眺めていたが、ヘファイストスが鎚を振るう段階に入ると、視線は魔道具ではなく、鍛冶そのものに釘付けになっていた。
出来上がった剣は、どう見ても“適当に打った”とは思えない。
上位の鍛冶スキルを持つ人間が真剣に挑んで、三本中一本できれば御の字という代物。
悔しげに唇をかむ椿の脇で、ナナシのさらりとした一言が響く。
「9割近くで良いなら、今でも可能」
ぽろり。
椿はナナシをその場で落とした。
「再現……可能だと?」
「うん。ハンマー貸して」
ヘファイストスは壁の道具を一瞥しながら、言う。
「そっちにあるのは予備だから、好きに使っていいわ」
ナナシは手近なハンマーを選び、手に取って感触を確かめると、
さっそく、先ほどと同じ素材でショートソードの制作を始めた。
最初、椿は「素人が何を」と鼻で笑いかけたが、それは一瞬で吹き飛んだ。
(この動き……この音……まさか……)
見ているはずなのに、ナナシの姿が次第にヘファイストスと重なって見える。
幻覚ではない。再現度が異常なのだ。
打ち終え、冷却。
引き抜く。
完成したそれは、先ほどのヘファイストス製と寸分違わぬ剣だった。
「うーん、85点……これは僕の癖かもね」
「……完璧とは言えないけど、確かに私の剣と同じね。冗談だと思ってたのに、本当に再現したなんて……」
「まあ似て非なるものだよ。さすがに本職には敵わない」
「貴方、鍛冶の経験は……?」
「ないよ」
「……でしょうね。剣を再現したんじゃなくて、私の“動き”を再現したんだわ」
ヘファイストスが呟く。
自分でも気づかぬほどの細部まで、模倣してみせた少年。
「まあ僕が天才すぎるからね。けど、たぶん輝夜でも同じことできると思うよ?」
「はっ?」
ヘファイストスの目が見開かれる。冗談にしても度が過ぎている。
「輝夜は戦士よ? 刀の手入れはできても、鍛冶なんて……」
「うん、少し訓練すればの話。“動きを真似る”ってのは、自分の想像と現実の動作を一致させる作業だよ。想像は映像で補完すればいい。で、あとはその通りに動くだけ」
「……普通は、それが一番難しいのだけど?」
ヘファイストスが真っ当な疑問を投げかける。
だがナナシはさらりと――
「自分の意識で体が動かせないなら、体を操って動かせばいいだけ。“そういう風”にすればいい」
「“すればいい”って、あなたね……」
呆れを通り越して、絶句するヘファイストス。
その時、黙って聞いていた椿が、ぽつりと呟いた。
「……スキルか?」
「いや、魔力による身体制御の応用。身体操作の技術。スキルじゃないよ。脳筋が“同じ力で、同じ動きを繰り返す”練習するでしょ? それを自動化してるだけ」
ぽかんとするヘファイストスを尻目に――
「ぶっはははははっ!! なんということだっ! お主みたいなやつが、ほんとにおったとはなぁっ!」
椿が笑い出した。
だがナナシは、そんな椿を「うわぁ、痛い子だ」とでも言いたげな目で見つめる。
「努力に努力する脳筋って、脳筋だよね。なんていうか、もう治らない」
「言わんとすることは分かるけど、相当ひどい言葉ね?」
「主神様よ! 手前がまさにそれだなっ!」
「笑ってる場合じゃないわよ椿。自動化って、良いことばかりじゃないのよ?」
「分かっておるさ。結局は“使いどころ”だろう?」
「うん。これは決まった行動を正確に再現するって点では優秀だけど、応用力はないからね。だから技術を真似るなら有効ってだけ。椿には……まあ、意味ないかな」
「その通りだ! はっはっはっ!」
椿が豪快に笑いながら、ナナシの背中を思いきり叩いた。
ドゴォ。
地響きのような音とともに、ナナシの顔がわずかにひしゃげたのは、たぶん誰の気のせいでもない。
「こういうやり方もあるよってだけ。僕ならこうするし」
そう言ってナナシは、鍛冶場の片隅に置かれた余り素材を手に取る。
次の瞬間、その体から溢れる魔力に、ヘファイストスと椿の眉が跳ね上がった。
「ちょ、待ちなさ……!」
「ほい」
制止よりも早く、ナナシは魔力を素材に注ぎ込み、目の前で“何か”を創り上げた。
そして、そっと差し出すように一振りの剣を掲げる。
それは――
「……」
「……」
二人が声を失うほどの出来栄えだった。
先ほど鍛冶で打ち上げた剣より、はるかに精緻で、洗練されている。
いや、それどころか――ヘファイストスが打った剣すら超えているかもしれない。
「鍛冶じゃなくて錬金。いや、正確には“造形”かな。そしてこれが錬金」
さらりと説明しながら、ナナシが手にした剣の色が徐々に変化していく。
金属特有の冷たい輝きが、深く、濃く、青黒く染まり……椿が息を呑んだ。
「これ……
椿とヘファイストスの視線が釘付けになる。
アダマンタイト。ダンジョンの深層でのみ得られる、極めて希少な超金属。
それを一瞬で造り出すなど、常識ではありえない。
「さっき鍛冶を見て思ったんだけど、あれって要は属性の付与でしょ? 火の魔剣とかさ。じゃあ鉄そのものに干渉して性質を変えれば、それって“錬金”だよね。ロマンでしょ?」
ナナシは得意げに胸を張り、片手を腰に当ててドヤ顔をキメる。
「ふっふーん。あ、今、アリーゼが降りてきた」
「はっ、はっはっはっはっは! これはもう参った! 神のいる世界だ、不思議の一つや二つ、そりゃあると思っていたが、まさかこんな神秘を見せられるとはなっ!」
「しかもこの純度……普通に製錬するより良質だわ。どういう……いや、考えるだけ無駄ね、これは」
椿とヘファイストスの驚きは最高潮に達し、次第に興奮へと変わっていった。
「未知なる金属って、胸が躍るよね。素材の掛け合わせとか、すごく楽しい」
「おうとも! ただしそれは鍛冶師の永遠の課題だ。配合を間違えれば、ゴミしかできん!」
「素材の見極めもまた、鍛冶師の実力ってわけね」
料理の味付け、薬の調合、そして鍛冶。
そこには膨大な試行錯誤とセンスが求められる世界がある。
「だからさ、僕みたいな天才が、凡人の苦労をちょっと軽減してあげるのは、まあ、優しさってことで」
なんともまあ傲慢な発言である。
だが、女神と名工は、否定よりもむしろ――次にナナシが何を出すのかに夢中だった。
「じゃーん、鑑定眼鏡。凡人は発狂する」
いつの間にか取り出していた眼鏡を、ナナシが椿に手渡す。
首を傾げながらかけた椿は、周囲を見回し――
「うほぉおおおーーーっ!!」
乙女とは思えぬ野太い歓声が鍛冶場に響き渡った。
「本当に発狂するとは思わなかった……」
椿は金属の塊を片っ端から手に取り、光る眼鏡で片っ端から分析しはじめた。
「鑑定ね……素材限定なのかしら?」
「そ。恩恵と似たようなもん。人間のステータスが見えるなら、素材だって見えるはず」
「……ところで、なぜ恩恵の仕組みをそんなに理解してるのかしら?」
「え? 戦場なら検体いくらでもいたし、似非神の中でも飛び抜けてクズな奴がいたから、ボコボコにして実験した。途中で血が足りなくなって、光の柱出して逃げられたけど。まあやりたいことはやったし?」
「……それって、送還……?」
ヘファイストスが青ざめる。
神が天界に送還される――“光の柱”。それは禁忌の“神殺し”に等しい行為。
なのにこの少年、罰を受けた様子が微塵もない。
(……もしかして、この子、神の天敵じゃ……)
ヘファイストスの脳裏に、妙な不安がよぎる。
アストレア曰く“善性の少年”とのことだったが、今この場にいるのは――神にとって不穏すぎる存在。
「で、どうだろ?」
「……何が?」
「鑑定眼鏡。これって、才能の“平等化”になると思わない? 目利きで得をしてた人たちは困るだろうけどね」
「驚いた……そういうことを貴方が気にするなんて」
ヘファイストスがぽつりと呟く。
「僕は天才だけど、凡人の努力をバカにするつもりはないよ。凡人が何かを得ようとしたら、運がなければ努力するしかない」
「……でも、伝説の武具を作った者が、必ずしも天才だったとは限らないわ。鎚を振り続けて、奇跡を生み出した者だっている。私はそれを……知っている」
神は永遠を生きる。人間の可能性も、奇跡も、幾度も見てきたのだ。
「ふーん。まあ、椿のご要望には応えたし、それ以上は自由にどうぞって感じだけど」
「期待してるわ。損をする者がいても、それ以上に得をする者が出るなら――私は進む」
ヘファイストスが自信に満ちた笑顔をナナシに見せる。
きっと、ファミリアはもっと成長できる――そう信じて。
「じゃ、現実的な話をしよう。あれ、どうする? 無料貸し出しはやってないよ?」
「……交渉しましょうか」
「鑑定部門とか作れば、技術も進歩しそうだし? 明確な数値が出れば、ファミリアランキングなんてイベントも楽しくなる。さ、いかが?」
「……ほんっと、悪魔のような提案するわね……」
神でさえ頭を抱える。
鍛冶師以外も喉から手が出るマジックアイテム。
その後、不動産数件と引き換えに、ホクホク顔で帰る準備を整えていたのだった。