優神を許さないのは何も間違っていない   作:生物産業

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第10話 本当に発狂するとは思わなかった……

「アストレアちゃん、呼び出した理由は?」

「貴様、アストレア様を“ちゃん”づけなど、不敬だぞ!」

「ふふ、構わないわ、輝夜。少し恥ずかしいけど、新鮮だもの」

 

 女神の微笑みが、荒ぶる正義の騎士を静める。まるで春風が嵐をなだめるように。

 

「で、用件は? 通信機はこのために渡したんじゃないけど?」

 

 ナナシの行動を追跡できないよう設計された、ゴーレム型の通信機――それでもアストレアが「用事があるから来て」と伝言を送ったため、彼はしぶしぶやって来た。

 しかも、朝に呼びかけてきたくせに到着はお昼過ぎ。

 「時間指定がないのが悪い」と逆ギレしてきたナナシに、輝夜が軽くキレたのは、ついさっきのこと。

 

「まず訊くけど、ナナシ。鍛冶系のファミリアって、知ってるかしら?」

「ヘファイストスとか、ゴブニュとか? 街でよく見る看板のやつなら、まあ」

「あらよかった。あなた、武器や防具には興味がないって聞いていたから、話が通じないかと……」

「興味はないよ。生身こそ最強が男のロマン」

「……イカれた思想は理解できん」

 

 輝夜が吐き捨てるように呟くが、ナナシはにっこり笑うだけ。

 

「先日の神会(デナトゥス)で、ちょっとした話題にしたの。そしたら――ヘファイストスが興味を持ってくれて」

 

神会(デナトゥス)?」

「神々が数か月に一度、情報交換をする集まりだ。冒険者の二つ名もそこで決められる」

「ふーん。……同窓会ね。“無駄に金使って経済回す”っていう点では、悪くない。ただ、末端に金が落ちないのが惜しいかな。各ファミリアから『炊き出し基金』として徴収すれば? 神の慈悲って名目でさ。貧民街の食費になるよ? プライドが高そうな人が多そうだし」

「それ、面白いわね♪ 知り合いに提案してみようかしら」

 

 アストレアが本気で嬉しそうに微笑んだ。

 “正義の女神”にも、ちゃっかりとした一面はある。

 

「で? どうして“僕”の話題が出たの?」

「神々は退屈しているのよ。少しでも面白そうな子がいれば、すぐ話題になるの。あ、もちろん口の堅い友神にしか話していないわ」

「内輪の宴会で喋ったなら、普通に漏れるよね? 面倒ごとが起きたら、アストレア・ファミリアに全部押しつけるから。知らないヤツが門の前で倒れてても、僕のせいじゃないからね?」

「戯け。犯人が自白している時点で、捕縛の対象だ」

「おおっと? 正義のファミリアが冤罪を? 現行犯じゃなくて妄言で逮捕? オラリオの治安が心配な時に、さらに悪化に加担するとは、世も末だね」

「ナナシのような幼子に世も末なんて言わせるなんて……まだまだオラリオの治安は回復していないのね」

「ぐっ……」

 

 アストレアの言葉がクリティカルヒットし、輝夜が言葉を詰まらせる。

 輝夜は気づいていないが、ナナシはしっかり見ていた。

 この“間”を楽しんでいるのだ。

 

「……というわけで、特に用がないなら帰るね。貴重な迷宮ピクニックの時間が削られる」

「ちょっと待って。実は、ヘファイトスが貴方の装備に興味を持ったの」

「装備なんてないけど?」

「それがいいのよ。彼女、言ってたの。装備がなくて強いのなら、強さを引き出す“何か”があるはずだって」

「あるよ?」

「え?」

「僕が強いのは、僕が強いから。以上」

「答えになってないわね……」

「まあ、でも……ね?」

 

 ナナシは、意味ありげに指を一本立てて、アストレアにだけ聞こえる声で囁いた。

 

「鍛冶師たちが力の拡張を求めるなら、僕は力の再現を求める」

「――再現?」

「うん。人の力を観察して、魔力で再現する。それが僕の技術研究の方向性だから」

「魔力による……模倣と再現……」

 

 女神は目を細めた。

 ――それは、鍛冶や鍛錬とは全く異なる、“概念工学”に近い。

 

 ナナシが「んじゃ、そろそろ帰ろ」と腰を浮かせた、その瞬間だった。

 

 コンコン。

 

 ドアがノックされる。

 何かを予感していたかのように、アストレアは軽やかに「はーい」と答え、どうぞと促した。

 

「アストレア、連絡ありがとう。ライラを連絡役に寄こしてくれて助かったわ」

 

 現れたのは、顔の右半分を眼帯で隠した紅髪の麗人。

 アリーゼのような燃える赤が印象的だが、半分しか見えぬ顔ですらその美貌は隠しきれず、女神の風格がそこには漂っていた。

 

 白いシャツの前をざっくり開け、なのにいやらしさは皆無。

 袖を無造作にまくり、手首から肘までは黒のロンググローブ。

 職人のような風体と、洗練された色気を同時にまとったその姿に、ナナシはひとこと。

 

「……親子?」

 

 その後ろに控えるのは、刀を下げた褐色の女。こちらも眼帯。まさかのペアルック。

 ナナシの脳内に、母と娘の仲良しコーデが浮かぶ。

 

「貴方が噂の子ね? 聞いていたより、ずっと幼いじゃない。あと、答えとしては、本当の親子じゃないわ。椿は私の眷属、うちの団長よ。血はつながっていないけど、私の子供ではあるわね」

「主神さまよ、自己紹介くらい自分でやらせて欲しいぞ。神アストレア、大和竜胆(やまとりんどう)、健やかなる日々を。んで、そこの小僧、手前が椿・コルブランド! 以後、よろしく!」

「喧しい人ですね、相変わらず……」

 

 と、輝夜が肩を落としながらため息をついた。

 

「輝夜の猫かぶり。切り替え早っ。てか、大和竜胆? 意味わからんけど、語感カッコよすぎでしょ。輝夜、やるじゃん」

「……二つ名は神様が決めるもので、私に言われても困ります」

「極東を“大和”って呼ぶ神もいるのよ。竜胆はリンドウの花のこと。輝夜の着物も極東のものだし、リンドウみたいに気高くて綺麗でしょ? ピッタリの名だと思ってるわ」

「美人だなんて、お世辞を真に受けるほど愚かではありません」

「いやいや、輝夜は美人だよ。性格がクソなだけで。……見た目は完璧、見た目はね」

 

 ナナシの毒にも薬にもならない(いや、毒寄り)コメントに、紅髪の麗人はぽかんと口を開け、椿は腹を抱えて笑い転げる。

 

「き~さ~ま~!!」

 

 瞬間、輝夜がブチ切れて刀を抜いた。だがその動きは――

 

 止められ、顎を軽く撃たれ、ソファへご招待。いつものルーチンだ。

 しかも今回は、アストレアの膝枕というフルオプション付き。

 

「あらあら、輝夜ったら甘えんぼうね」

「ち、ちが……っ!」

 

 否定しようにも、脳が揺れた衝撃と膝の柔らかさに言葉が出ない。

 輝夜は無言で“慈悲の膝”を噛み締めるしかなかった。

 

「え? 美人って……誉め言葉だよね?」

 

 周囲に確認するナナシ。原因がまるでわかっていない。

 

「性格がクソ、のあたりが問題なのよ……。私はヘファイストス。鍛冶系のファミリアの主神をしてるわ。よろしくね」

 

 名乗りながら、ヘファイストスはナナシをじぃっと観察する。

 

「……ショタコン枠か。僕の周囲ってなんでこう変態多いの」

「違いますぅ!」

 

 即座にヘファイストスが否定した。

 

「輝夜はレベル4の冒険者よ! それをあんな簡単に倒すなんて、そりゃ気になるわよ!」

「主神さま、恥じることなどござらん! カッカッカ!」

「椿! 話をややこしくしないでよね!」

 

 ヘファイストスがわたわたと訂正を試みるが、椿は「わかってる、わかってる」とニヤニヤするばかり。

 

「性癖カミングアウト大会は続けてどうぞ。僕は帰るから」

 

 立ち上がろうとしたナナシを、椿がぴしっと制す。

 

「待て。それは困る。手前はお主に聞きたいことがあるのだ」

「私も同じく」

「さっきの動き、レベル5の手前でもまるで見えなかった。……それでお主、神の恩恵(ファルナ)を授かっていないと聞くが、まことか?」

「ううん、授かってるよ。アストレアちゃんがくれた。めっちゃ優しく、なでなでしながら」

「嘘ね。貴方は知らないかもしれないけど、神はね、下界の子の嘘を見抜けるのよ」

「え、それチートじゃん。完全に歩くうそ発見器じゃん」

 

 冗談めかして返すナナシを横目に、椿の表情は真剣そのもの。

 

「主神さまの言葉が真であれば……これはただ事ではないな」

 

 ただし、当の本人はと言えば、面倒くさそうに、ふぅと溜め息をひとつ。

 

 ああ、また話がややこしくなる――そんな顔だった。

 

「気にしない方向で。みんな違って、みんないい」

 

 ナナシが軽く手を振って済ませようとするが、椿の表情は真剣そのものだった。

 

「そうも言っておられん。実を申せば、最近……手前たちの鍛冶の腕が、どうにも停滞気味でな」

 

 椿が腕を組み、うんうんと唸るように言葉を続けた。

 

「神の力など借りぬまま、高ランクの冒険者を圧倒する者がいると聞いては……それが新たな打開策になるやもしれんと、そう思ってしまうのだ」

「うん。そういう“他力本願”な軟弱思考をしてるから、自分の腕に疑問持つんだよ」

 

 ズバッと切り込むナナシ。まさに無慈悲。

 

「俺の座右の銘は、“神は敬うものにあらず、呪うもの”。力が欲しいなら、神を呪え、だね」

 

 どの口が言うのか。この場に神が二柱もいるというのに。

 だがナナシの表情は涼しい顔そのもの。微塵も悪びれた様子がない。もはや信念の域である。

 

「神を……呪え、ねぇ?」

 

 ヘファイストスが眉をひそめるが、ナナシはすっと手のひらを上げる。

 

「まあまあ、あくまで僕の考え。他人に押しつける気はないよ、自称神たちにもね」

 

 と、ここで。

 

「スキあり!」

 

 背後から飛びかかる影。復活した輝夜だった。

 

「ないよ」

 

 ナナシは振り向きもせず、一歩すっとずれて攻撃を回避。

 そのまま輝夜の足を払って、宙に浮かせる。

 

「ほい、どーん」

 

 綺麗な放物線を描いて床に落下する輝夜。が、問題はその途中だ。

 ナナシの手が偶然掴んでしまったのは……双子山。

 

「輝夜ってお馬鹿さん? 何度やっても無理だからね」

「くっ……!」

 

 倒れた輝夜の背に、ナナシは容赦なく腰を下ろす。もはや定位置だ。

 

「これでレベルなしとは冗談としか思えん……」

 

 椿が呆れたように言う。だがナナシは肩をすくめる。

 

「てかさ、鍛冶に戦闘力って関係ある? もっと鍛冶らしいことに集中した方がよくない?」

「鍛冶らしいこと、とは?」

「上手い人のマネをするとか、素材にこだわるとか……当たり前でしょ?」

 

 ナナシは当然のように口にするが、その“当たり前”が、椿にとっては意外だった。

 オラリオでも屈指の名工である椿。人の手による鍛冶において、もはや頂点に限りなく近い。

 

「……自慢するようで悪いが、手前以上の腕前など、そうそうおらん。主神様や、同じ神のゴブニュ様のような化け物でもなければ……」

「じゃあ、聞けばよくない?」

 

 ナナシがヘファイストスに視線を向ける。

 

「神を名乗るなら、自分の子供たちに技術教えるくらいするでしょ?」

「当然、基礎は教えるわよ。作ったものも見せてるし」

 

 ヘファイストスはむっとしたように返した。

 

「じゃあ、その工程を録画とかしないの? 映像に残して、何度も見返して、どこが違うのか研究するとか。グループで映像見ながら、“ここの鎚の打ち方、なんか意味ある?”とか語り合えばいいじゃん」

 

 ナナシは完全に「効率厨」だ。手本があるのに活かさない理由が理解できない。

 

「映像……ね。私たち神は、下界に降りる際、神の力を封印しているの。戦争遊戯(ウォーゲーム)みたいな特別な娯楽でもない限り、そうそう神の力は使えないわ」

 

 ヘファイストスが説明を加える。戦争遊戯(ウォーゲーム)――ファミリア同士の全面対決。街の戦力低下を避けるため原則禁止だが、それを娯楽として例外的に許されたもの。

 神々はその戦いを、神の力であらゆる場所に立体映像として映し出す。

 

「いやいや、魔道具使えばよくない? 映像記録用のやつ、探せばあるでしょ?」

 

 ナナシが眉をひそめる。

 

「まさかとは思うけど、一度見てあとは盗め的な? さすが似非神。鬼教官の鑑だね。技術を奪われたくないのは分かるけど、神を名乗るなら、それくらいの器の広さはあってもいいと思う」

「……すごくバカにされてる気がするのだけど?」

「だって、アストレア・ファミリアだって根性論だったし」

 

 ナナシが真顔で言った瞬間、数名の胸元がズキリと痛んだ。

 

「え、オラリオって脳筋しかいないの? 人間がモンスターより優れてるのって“考える力”だと思うんだけど……」

 

 そう呟くナナシを、輝夜は地面から眺めるしかなかった。

 彼の毒舌と正論の嵐に、戦士たちの精神は少しずつ削られていくのだった。

 

 ◆

 

「……熱い」

「当然だろう! ここは鍛冶場なのだからな!」

 

 椿の脇に荷物のように抱えられているナナシ。

 脳筋連中には付き合いきれんと脱出を図った矢先、肩をひょいとつかまれ、気がつけばこの有様だった。

 

 逃げようと思えば逃げられるが、

 

「特別に私の鍛冶を見せてあげるわ」

 

 ヘファイストスのその一言に、興味をそそられてしまった。

 というわけで、ナナシは「観察モード」に突入。黙って搬送されてきたのである。

 教えることに含みがあるのならともかく、ナナシ相手に隠すほどのものでもなかったらしい。

 アストレアや輝夜は別派閥ゆえ同行していないが。

 

 鍛冶場の中心、ヘファイストスが金床の前に立つ。軽く汗をにじませながら、手際よくショートソードを打ち上げるその姿は、まさに“神の職人”。

 

「こんな感じよ。どうかしら? 鍛冶に興味があるなら歓迎するわよ」

「……興味はない。でも、なんとなく分かった。あとで映像見直せば、ほぼ100%再現できると思う」

 

 ナナシの手に握られているのは、記録用の魔道具。

 光と音の両方を収める、録画&録音対応の高性能機器だ。

 

 最初は何のつもりだ?と椿も不思議そうに眺めていたが、ヘファイストスが鎚を振るう段階に入ると、視線は魔道具ではなく、鍛冶そのものに釘付けになっていた。

 

 出来上がった剣は、どう見ても“適当に打った”とは思えない。

 上位の鍛冶スキルを持つ人間が真剣に挑んで、三本中一本できれば御の字という代物。

 悔しげに唇をかむ椿の脇で、ナナシのさらりとした一言が響く。

 

「9割近くで良いなら、今でも可能」

 

 ぽろり。

 

 椿はナナシをその場で落とした。

 

「再現……可能だと?」

「うん。ハンマー貸して」

 

 ヘファイストスは壁の道具を一瞥しながら、言う。

 

「そっちにあるのは予備だから、好きに使っていいわ」

 

 ナナシは手近なハンマーを選び、手に取って感触を確かめると、

 さっそく、先ほどと同じ素材でショートソードの制作を始めた。

 

 最初、椿は「素人が何を」と鼻で笑いかけたが、それは一瞬で吹き飛んだ。

 

(この動き……この音……まさか……)

 

 見ているはずなのに、ナナシの姿が次第にヘファイストスと重なって見える。

 幻覚ではない。再現度が異常なのだ。

 

 打ち終え、冷却。

 引き抜く。

 

 完成したそれは、先ほどのヘファイストス製と寸分違わぬ剣だった。

 

「うーん、85点……これは僕の癖かもね」

「……完璧とは言えないけど、確かに私の剣と同じね。冗談だと思ってたのに、本当に再現したなんて……」

「まあ似て非なるものだよ。さすがに本職には敵わない」

「貴方、鍛冶の経験は……?」

「ないよ」

「……でしょうね。剣を再現したんじゃなくて、私の“動き”を再現したんだわ」

 

 ヘファイストスが呟く。

 自分でも気づかぬほどの細部まで、模倣してみせた少年。

 

「まあ僕が天才すぎるからね。けど、たぶん輝夜でも同じことできると思うよ?」

「はっ?」

 

 ヘファイストスの目が見開かれる。冗談にしても度が過ぎている。

 

「輝夜は戦士よ? 刀の手入れはできても、鍛冶なんて……」

「うん、少し訓練すればの話。“動きを真似る”ってのは、自分の想像と現実の動作を一致させる作業だよ。想像は映像で補完すればいい。で、あとはその通りに動くだけ」

「……普通は、それが一番難しいのだけど?」

 

 ヘファイストスが真っ当な疑問を投げかける。

 だがナナシはさらりと――

 

「自分の意識で体が動かせないなら、体を操って動かせばいいだけ。“そういう風”にすればいい」

「“すればいい”って、あなたね……」

 

 呆れを通り越して、絶句するヘファイストス。

 その時、黙って聞いていた椿が、ぽつりと呟いた。

 

「……スキルか?」

「いや、魔力による身体制御の応用。身体操作の技術。スキルじゃないよ。脳筋が“同じ力で、同じ動きを繰り返す”練習するでしょ? それを自動化してるだけ」

 

 ぽかんとするヘファイストスを尻目に――

 

「ぶっはははははっ!! なんということだっ! お主みたいなやつが、ほんとにおったとはなぁっ!」

 

 椿が笑い出した。

 

 だがナナシは、そんな椿を「うわぁ、痛い子だ」とでも言いたげな目で見つめる。

 

「努力に努力する脳筋って、脳筋だよね。なんていうか、もう治らない」

「言わんとすることは分かるけど、相当ひどい言葉ね?」

「主神様よ! 手前がまさにそれだなっ!」

「笑ってる場合じゃないわよ椿。自動化って、良いことばかりじゃないのよ?」

「分かっておるさ。結局は“使いどころ”だろう?」

「うん。これは決まった行動を正確に再現するって点では優秀だけど、応用力はないからね。だから技術を真似るなら有効ってだけ。椿には……まあ、意味ないかな」

「その通りだ! はっはっはっ!」

 

 椿が豪快に笑いながら、ナナシの背中を思いきり叩いた。

 

 ドゴォ。

 

 地響きのような音とともに、ナナシの顔がわずかにひしゃげたのは、たぶん誰の気のせいでもない。

 

「こういうやり方もあるよってだけ。僕ならこうするし」

 

 そう言ってナナシは、鍛冶場の片隅に置かれた余り素材を手に取る。

 次の瞬間、その体から溢れる魔力に、ヘファイストスと椿の眉が跳ね上がった。

 

「ちょ、待ちなさ……!」

「ほい」

 

 制止よりも早く、ナナシは魔力を素材に注ぎ込み、目の前で“何か”を創り上げた。

 そして、そっと差し出すように一振りの剣を掲げる。

 それは――

 

「……」

「……」

 

 二人が声を失うほどの出来栄えだった。

 先ほど鍛冶で打ち上げた剣より、はるかに精緻で、洗練されている。

 いや、それどころか――ヘファイストスが打った剣すら超えているかもしれない。

 

「鍛冶じゃなくて錬金。いや、正確には“造形”かな。そしてこれが錬金」

 

 さらりと説明しながら、ナナシが手にした剣の色が徐々に変化していく。

 

 金属特有の冷たい輝きが、深く、濃く、青黒く染まり……椿が息を呑んだ。

 

「これ……超硬金属(アダマンタイト)……!?」

 

 椿とヘファイストスの視線が釘付けになる。

 

 アダマンタイト。ダンジョンの深層でのみ得られる、極めて希少な超金属。

 それを一瞬で造り出すなど、常識ではありえない。

 

「さっき鍛冶を見て思ったんだけど、あれって要は属性の付与でしょ? 火の魔剣とかさ。じゃあ鉄そのものに干渉して性質を変えれば、それって“錬金”だよね。ロマンでしょ?」

 

 ナナシは得意げに胸を張り、片手を腰に当ててドヤ顔をキメる。

 

「ふっふーん。あ、今、アリーゼが降りてきた」

「はっ、はっはっはっはっは! これはもう参った! 神のいる世界だ、不思議の一つや二つ、そりゃあると思っていたが、まさかこんな神秘を見せられるとはなっ!」

「しかもこの純度……普通に製錬するより良質だわ。どういう……いや、考えるだけ無駄ね、これは」

 

 椿とヘファイストスの驚きは最高潮に達し、次第に興奮へと変わっていった。

 

「未知なる金属って、胸が躍るよね。素材の掛け合わせとか、すごく楽しい」

「おうとも! ただしそれは鍛冶師の永遠の課題だ。配合を間違えれば、ゴミしかできん!」

「素材の見極めもまた、鍛冶師の実力ってわけね」

 

 料理の味付け、薬の調合、そして鍛冶。

 そこには膨大な試行錯誤とセンスが求められる世界がある。

 

「だからさ、僕みたいな天才が、凡人の苦労をちょっと軽減してあげるのは、まあ、優しさってことで」

 

 なんともまあ傲慢な発言である。

 だが、女神と名工は、否定よりもむしろ――次にナナシが何を出すのかに夢中だった。

 

「じゃーん、鑑定眼鏡。凡人は発狂する」

 

 いつの間にか取り出していた眼鏡を、ナナシが椿に手渡す。

 首を傾げながらかけた椿は、周囲を見回し――

 

「うほぉおおおーーーっ!!」

 

 乙女とは思えぬ野太い歓声が鍛冶場に響き渡った。

 

「本当に発狂するとは思わなかった……」

 

 椿は金属の塊を片っ端から手に取り、光る眼鏡で片っ端から分析しはじめた。

 

「鑑定ね……素材限定なのかしら?」

「そ。恩恵と似たようなもん。人間のステータスが見えるなら、素材だって見えるはず」

「……ところで、なぜ恩恵の仕組みをそんなに理解してるのかしら?」

「え? 戦場なら検体いくらでもいたし、似非神の中でも飛び抜けてクズな奴がいたから、ボコボコにして実験した。途中で血が足りなくなって、光の柱出して逃げられたけど。まあやりたいことはやったし?」

「……それって、送還……?」

 

 ヘファイストスが青ざめる。

 神が天界に送還される――“光の柱”。それは禁忌の“神殺し”に等しい行為。

 

 なのにこの少年、罰を受けた様子が微塵もない。

 

(……もしかして、この子、神の天敵じゃ……)

 

 ヘファイストスの脳裏に、妙な不安がよぎる。

 アストレア曰く“善性の少年”とのことだったが、今この場にいるのは――神にとって不穏すぎる存在。

 

「で、どうだろ?」

「……何が?」

「鑑定眼鏡。これって、才能の“平等化”になると思わない? 目利きで得をしてた人たちは困るだろうけどね」

「驚いた……そういうことを貴方が気にするなんて」

 

 ヘファイストスがぽつりと呟く。

 

「僕は天才だけど、凡人の努力をバカにするつもりはないよ。凡人が何かを得ようとしたら、運がなければ努力するしかない」

「……でも、伝説の武具を作った者が、必ずしも天才だったとは限らないわ。鎚を振り続けて、奇跡を生み出した者だっている。私はそれを……知っている」

 

 神は永遠を生きる。人間の可能性も、奇跡も、幾度も見てきたのだ。

 

「ふーん。まあ、椿のご要望には応えたし、それ以上は自由にどうぞって感じだけど」

「期待してるわ。損をする者がいても、それ以上に得をする者が出るなら――私は進む」

 

 ヘファイストスが自信に満ちた笑顔をナナシに見せる。

 きっと、ファミリアはもっと成長できる――そう信じて。

 

「じゃ、現実的な話をしよう。あれ、どうする? 無料貸し出しはやってないよ?」

「……交渉しましょうか」

「鑑定部門とか作れば、技術も進歩しそうだし? 明確な数値が出れば、ファミリアランキングなんてイベントも楽しくなる。さ、いかが?」

「……ほんっと、悪魔のような提案するわね……」

 

 神でさえ頭を抱える。

 鍛冶師以外も喉から手が出るマジックアイテム。

 

 その後、不動産数件と引き換えに、ホクホク顔で帰る準備を整えていたのだった。

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