優神を許さないのは何も間違っていない   作:生物産業

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第12話  宴だぁっ!※食事をするとは限りません

「ねぇ? アストレア・ファミリアって暇なの?」

 

 現在、ダンジョン深層の入り口である37階層に、ナナシとアストレア・ファミリアはやってきていた。

 ナナシは金策、アストレア・ファミリアは金策を含めたギルドの強制ミッションの達成が目的だ。

 ダンジョン探索系のファミリアの場合は派閥の等級がD以上になると遠征の強制ミッションが課せられる。

 アストレア・ファミリアのランクはB。治安維持が主な仕事だが、ギルドとしては探索系のファミリアとして認識されている。というより、生産、治療系以外は探索系なのだ。

 

「たわけ!」

 

 即座に返してきたのは輝夜だった。口調は鋭く、語気には怒気すら含まれる。

 

闇派閥(イヴィルス)が衰退したとはいえ、脅威がなくなったわけではない。またあの大抗争のような悲劇を繰り返さぬためにも、我々は強くあらねばならんのだ」

 

 ナナシの軽口に、輝夜の怒りが炸裂する。

 彼女はファミリア内で二番目に魔力制御を会得しており、道中ではモンスターを紙のように一刀両断してきた。

 その様子を引き気味で見ていたのが、加入間もないクロエとルノア。言葉が出ないのも無理はない。

 

 ちなみに、魔力制御において一番なのはアリーゼだ。

 

「でも、それと僕の後をつけてきたの、どう関係あるの?」

「そりゃあな、荒稼ぎできる場所があるって聞けば、気になるのは当然だろうよ」

 

 と、ライラが気だるげに武器を担ぎながら答えた。

 

「稼げるのは事実だけど……死ぬと思うよ?」

「ダンジョンだもの。死はいつだって隣にいるのよ♪」

 

 アリーゼが微笑みながら言うが、その目は一切笑っていない。

 面々も軽口を叩いているようで、周囲の気配には神経を研ぎ澄ませていた。

 

 ここは深層。

 レベル5以上であっても油断すれば瞬殺される、第一級の危険領域。

 以前、ナナシとリューが階層主ウダイオスを討伐に訪れたが、そこも本来なら命知らずの行為だ。

 

「ナナシ、金策って言ってたけど、何をするつもりなの? また階層主を倒すとか?」

 

 アーディが、もっともな疑問を投げかけた。

 

「あの骨のボスね。一度倒すと再出現まで時間かかるから、効率悪いんだよね」

「深層の階層主をソロで倒したみたいな発言ニャ。気でも狂ったニャ?」

「クロエ。ナナシは実際、ソロでウダイオスを討伐しています。しかも戦闘直前に、ゴライアス以上の魔石をウダイオスに食べさせ、強化した上での討伐です。この目で見ましたが……正直、今でも夢だったんじゃないかって思うほどです」

「「ええっ!?」」

 

 遠い目をしたリューの証言に、クロエとルノアが叫ぶ。

 

((それって……都市最強クラスじゃない!?))

 

 二人の思考が、そこで一致した。

 

「骨大将の話は置いておいて。効率が悪いから、他に何かないかって探してたわけ。んで、この階層だけ妙に広いでしょ? 何かあると思ってね」

 

 命がけで探すような内容じゃない。

 クロエは、ナナシを危険人物(再認定)として登録し直した。

 ※元殺し屋のおまいう。

 

「で、見つけたのがこの先の大空洞。骨大将の間と似たような広さで、障害物がない。ただ、モンスターが湧く。それだけ」

「……それって、他と何が違ぇんだ?」

 

 ライラが眉をひそめると、ナナシが即答する。

 

「モンスターしかいないんだよ?」

「……怪物の宴(モンスター・パーティー)か」

 

 ライラが答えを口にする。

 ナナシの目がキラリと光った。

 

「そう。それも無限湧き。効率最高だよ? しかもモンスター同士で戦ってたりして、もうコロシアム状態。ダンジョンが最強の戦士でも育てようとしてるのかと思ったね」

 

 ナナシの笑顔が、ファミリア全員の背筋を凍らせた。

 怪物の宴。突発的に起きる異常発生現象。

 遭遇すれば、全滅も珍しくない。

 それを自分から踏みに行くとは、一体どんな脳構造なのか。

 

「あ、アーディ、クロエ、ルノアは強制参加ね。魔石の回収よろしく。色々と襲い掛かられるから、気を抜くと死ぬよ? ここまでついてこなければ巻き込まれなかったのにね」

「笑顔で言わないでよ……」

「ふざけんなニャッ!!」

「そうだよっ!!」

 

 アーディは諦め顔だが、クロエとルノアは全力で抗議する。

 

「元犯罪者が何言ってんの。縛って撒き餌にされなかっただけマシだよ。こんなところまで来た己の愚行を悔やみながら、魔石拾い頑張ってね?」

「あ、悪魔ニャ……!」

闇派閥(イヴィルス)より闇派閥(イヴィルス)らしい……」

「でも僕、優しいから。死ななければ回復してあげるよ?」

 

 彼の回復能力――ダメージを攻撃に変換し、その副作用で肉体を回復するという、実質“戦闘特化進化スキル”。

 

 同じ攻撃は二度通らない。

 ナナシの前に立つ敵は、一回きりのチャンスしかないのだ。

 

「他の皆もどう? モンスター無限湧きだよ? 横取りの心配もなし、むしろ3日3晩でも余裕」

「いや、飽きるって。つーか、死ぬって」

 

 ライラが冷静に突っ込む。

 

「でも、ナナシの回復があれば、命がけの戦闘を繰り返せるのは貴重です」

「そうだな……死ななければ、の話だが」

 

 リューと輝夜が、不敵に笑った。

 

「ただし、首ちょんぱとか一瞬での即死は、さすがに無理。死ななければ回復できるけど、死んだらアウト。アーディの時みたいに、数年昏睡する覚悟があるならやれなくはないけど、保証はしない。回復できるのは、腹ぶち抜き~四肢切断あたりまでだね」

 

 ナナシがあっさりと修復可能な致命傷リストを読み上げた。

 

 全員、静かに青ざめた。

 

「本当は、命を担保にするような戦いは良くないんだけど……」

 

 そう前置きして、アリーゼは仲間たちを見渡した。

 

「これから先、もっと強い敵が現れないとも限らない。後悔を二度としないように、今、自分にできる最善を尽くしましょう!」

 

 団長の言葉が、ファミリア全体に響く。

 常識的に見れば狂人の発言。だが、彼女の言葉には不思議な力があった。

 不安を抱える心に、確かな希望を灯す“何か”があるのだ。

 

 文句を言ったのは、案の定クロエとルノアだけだった。

 だが、それすらも戦場の空気を和らげる一端になっていた。

 

「さあ、宴を始めよう!」

 

 ナナシが満面の笑みで、地獄の扉を蹴り開ける。

 こうして、一行は生き地獄へと足を踏み入れた。

 

 腹を貫かれ、腕を飛ばされ、内臓が見えるような重傷を負いながらも――

 彼女らは、地獄から生還した。五体満足で。

 

 若干名、精神が壊れかけたのは……まあ、誤差だろう。

 

 それは二日間にわたる、激闘だった。

 

 休む暇もなく、モンスターが次から次へと襲い来る。

 体力が尽きかければナナシによって回復され、空腹も、睡魔も、強制的にリセットされる。

 

 眠る間も、倒れる余裕も与えられない。

 ナナシの進化スキルによって、戦える体に戻されるのだ。

 

 それは回復ではなく、改造に近かった。

 

「地獄だ……ああ、地獄だ……」

 

 そんな泣き言を繰り返しながらも、アストレア・ファミリアは――生き残った。

 

 そして後日、地上へ帰還した彼女らは、オラリオ中を震撼させることになる。

 

 アストレア・ファミリア、全員ランクアップ。

 

 まさに大抗争時の再現だった。

 都市に衝撃が走り、神々は「どんなチートを使ったんだ!?」と騒ぎ立て、

 神会(デナトゥス)ではアストレアが延々と問い詰められる羽目に。

 

 もちろん、彼女は無関係である。

 

 ……たぶん。

 

 数日後。ナナシの拠点にて。

 

「ナナシ、今回の件で、さすがに借金は返済できたよね? 確か、二十億以上の稼ぎが出たって……私も頑張ったし、二億くらい――」

 

 アーディが、やや期待混じりに問う。

 

「うん。治療費だけで、それくらい飛んだね」

 

 ナナシはあっさり言った。

 

「これだからアーディは……。倒した数の歩合制って話だったでしょ? ライラはすごい喜んでたし、武具の損耗を差し引いても黒字のはずだよ?」

 

 そこまでは良かった。これで話を終えればお互いにハッピー。

 しかし、アーディが要らぬ質問をしたのだ。

 それが、不要な発言だと知らずに。

 

「それなのに、まだ借金が残ってるとか言い出すとか、何様? 借金増やしたいの? 望むなら増やしてあげるよ? 人様の治療行為を無下にして?」

 

 地獄の提案である。

 

「……生意気言ってすみませんでしたッ!」

 

 アーディが流れるような動作で土下座した。

 

 完璧な極東流の謝罪。

 教えたのは、もちろん輝夜である。

 

 こうして少女の借金生活は、まだまだ続くのだった。

 

 ◆

 

「今回の遠征は、助かった」

 

 アストレア・ファミリアの副団長、輝夜が深々と頭を下げる。

 珍しい光景だったが、彼女なりの礼なのだろう。

 

 その傍らで、団長アリーゼは腕を組んでどや顔を決め込んでいる。

 どうやら、念願のレベル5到達が相当に嬉しかったらしい。

 

「気にしないで。魔石もドロップ品も十分確保できたし、帰り際に薬草や鉱石の採取も手伝ってもらったし。お互い様でしょ?」

 

 ナナシはあっさりと言った。

 

「ふふーん! ナナシ! ナナシの治療の対価には、ほんっっっと全然足りてないんだからね! 私なんてお腹に風穴が空いたのに、今ピンピンしてるのよ!? ありがとう!」

 

 何をどうしたらそんなテンションになるのか。

 その情緒不安定な感謝に、ナナシは一歩下がり気味。

 

「バカ団長。……だが、治療費の件は本当だ」

 

 輝夜がフォローとも毒ともつかぬ言い回しで話を続ける。

 

「分け前は討伐数の割合に応じて3割ほどをもらっているが、あくまで戦果だけの話だ。治療に関しては……完全に無料だな。礼にすらなっていない」

「まあまあ。料理と同じだよ。作るのは楽しいけど、後片付けが面倒でしょ? モンスターを倒すのは爽快だけど、魔石の回収とか細々した作業は億劫なんだ。その点で言えば、回復も自分の“攻撃力”が上がるし、スカッとするから問題ない。こう、すべて解放して自由になる感じ」

 

 おそらく本人は本気で言っている。

 だがその“すべてを解放した感じ”という表現に、輝夜がやや眉をひそめた。それでモンスターが一掃されたのだから。

 

「それにね、輝夜や他のみんなの魔力の使い方もよく観察できた。魔力と精神力――マインドの違いも、はっきり分かったし」

「え? あれって違うものなの? 私は同じだと思ってたわ」

 

 アリーゼが首をかしげる。

 

「さっきので例えるなら――料理ができる能力が魔力で、料理をする気になることがマインド。いくら能力があっても、やる気がなければ料理はできないし、気分が乗らなければ不味いものになる」

「なるほど。つまり、魔力は単なる力の源。で、それを引き出す意志がマインド。極端な話、魔力がSでもマインドがゼロなら、何もできない。精神疲労で倒れるのも、魔力が切れたんじゃなく、気力が尽きたということか」

 

 輝夜が深く頷く。

 

「言われてみれば、納得かも。魔法を使いすぎると倒れるって、今までちょっと不思議だったのよ。魔力って、別に生命維持には関係ないはずなのにって」

「うん。体力と同じだよね。限界まで走れば倒れる。何もする気が起きなくなる。つまり、戦いは気合。英雄譚の中でも精神論で戦いを語っている場面はいくつかあるしね」

「……それの本当の意味は、違うと思うがな」

 

 武に生きる者として、輝夜なりに異論はあったが、方向性としては一致しているようだった。

 

「クロエみたいなガッツのない子は、すぐに音を上げるからね。何度回復したことか。輝夜、ちゃんと鍛えてあげてよ」

「リオンが定期的に手合わせしている。不器用と根性なし……いい鍛練になる」

「二人とも笑顔が怖いってば! なんでそんな満面の笑みで“鍛える”とか言うのよ、邪悪すぎる!」

 

 アリーゼの素直な感想に、輝夜がうっすらと眉を寄せた。

 正義の神の眷属たる面目は、いったいどこへやら。

 

「それにしても……アリーゼが炎を纏いながら空を翔るとは思わなかったよ」

 

 ナナシがふと、思い出したように呟く。

 

「ちょっと綺麗だったから、石でも投げようかと思った。ちくせう」

「なんで!?」

 

 全力のツッコミがホームに響き渡った。

 綺麗と褒められたにも関わらず、命の危機にさらされそうになる。

 ナナシの剛速球が飛んでくれば、例えレベル5の団長であっても、瀕死は免れない。

 

「あらあら、ナナシは団長にご執心でございますか?」

 

 そんな空気を読まぬまま、輝夜がにこやかに口を挟む。相手を煽る時に口調が変わるのも彼女らしい。

 

「美意識と好意は別だと思うよ? 輝夜やリューも普通に美人さんだし。性格がクソなだけで、黙っていれば顔だけで生きていけると思う」

「……全く褒められている気がしないのは、なぜでございましょう?」

 

 輝夜の視線がジトりとナナシに向けられる。

 その理由は簡単、美人に続く形容が余計すぎるのだ。

 

「そういえば、どこの国か忘れたけど、美の女神を詐称してたアフロなんとかってのがいたね。確かに見た目は文句なしに美人だった。容姿だけで言えば、一番好み。惜しむらくは……アリーゼの倍以上のうざさかな」

「流れ弾すぎる!? でも意外ねぇ。女神フレイヤに会ったことがあるのに、そっちは評価しないんだ?」

 

 アリーゼが首をかしげる。

 

「アストレア様に聞いたわ。女神フレイヤって美の象徴らしいじゃない? 下界の子を見つめるだけで簡単に虜にできるって」

「アフロちゃんもそうだったよ。美形男子侍らせてたし。でもね、僕には効かない。というか、痴女様は美というより嫌悪。どんなに旨そうな料理でも『汚物で作りました』って言われたら無理でしょ? それと同じ」

「フレイヤ・ファミリアに言ってくれるな……主神を“汚物扱い”されたって聞いたら、全力で報復に来るぞ」

 

 輝夜が怒り狂った美の眷属を想像し、顔を右手で押さえる。

 

「返り討ちで」

 

 事実、フレイヤ・ファミリア最強の男を一蹴したナナシの発言でなければ、場が凍りついていたところだ。

 

「さて、そろそろ帰るよ。じゃ」

「夕食くらい食べていけ」

 

 輝夜なりの、ささやかな気遣い。

 しかし、それを全力で踏みにじる男が一人。

 

「僕が作った方がうまい」

 

 言った瞬間、アリーゼと輝夜が無言で胸を押さえた。

 戦士として生きる彼女たちであっても、乙女心というものは確かに存在する。

 十一歳の少年に料理の腕で敗北するなど、魂が砕ける感覚すらあるのだ。

 

「乙女のプライドを粉砕していいなら、作るけど? 二度と立ち直れなくなるかも」

 

 数十分後――

 アストレア・ファミリアの食卓には、普段ではまず見られない、丁寧に盛り付けられた料理が並んだ。

 

 決して高級料理ではない。だが、ひと口食べれば分かる。

 ただただ「美味い」。

 調味料も火加減も、技術も心も、全部が整っている料理。

 

 自分たちでは到底到達できないその味に、彼女たちは沈黙したまま箸を進める。

 下手なプライドはとうに捨てた。今はただ、腹を満たすことが最優先。

 

 そして、全員の心に一つの言葉が浮かぶ。

 

「「私たちは正義を守る存在。料理人じゃない……!」」

 

 そう。餅は餅屋。料理人は雇えばいい。

 正義の剣にフライパンは似合わない。

 

 そう自分に言い聞かせながら、彼女たちはナナシの作ったスープを飲み干した。

 口に広がる出汁の味と共に、自分の料理への敗北感を、そっと噛みしめながら。

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