優神を許さないのは何も間違っていない   作:生物産業

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第13話 ギルドが主催してやるべき

 ダンジョンの薄暗がりに、二人の声が静かに響く。

 

「……なんか久しぶりだね。二人っきりなの」

 

 アーディがそう呟いたのは、少し照れたような、けれどどこか懐かしむような声音だった。だが、その微妙な空気は即座に打ち砕かれる。

 

「アーディ。いくら女性ファミリアに所属しているからって、十一歳……いや、もう十二になるか。そんな年頃の少年に恋心を抱くのはどうかと思う。わかるよ、僕が天才で魅力的だってことは。けどね、そこは大人として線引きしよう?」

「ちがっ!? ただ懐かしいって言っただけで、なんでそんな誤解に!?」

「アーディは美人だから、たぶん誰か貰ってくれるよ……借金さえなければ、ね」

「だから話を聞いて!」

 

 ボケとツッコミの応酬は相変わらずだが、ここは笑って済ませていい場所ではない。本来なら気を抜いた瞬間、命を落としかねない場所――そう、ここはダンジョンだ。

 

 だが、そんな緊張感を忘れたようにふるまえるのは、ひとえにナナシの存在があるからだ。

 

「それにしても、結界魔道具ってすごいもの発明したね。これがなかったら、絶対こんなやり取りできないよ」

「セルティとマリューが結界魔法を展開してたからね。観察してれば、術式の構造なんて自然と見えてくる。あとは再現するだけ」

 

 ナナシが軽く言い放つその発明品――結界魔道具――は、実質、無限地獄への片道切符だった。

 

 名付けて、『無限バトル地獄(ナナシが飽きるまで帰れま10)』。

 

 別にランキングベスト10を当てる神の暇つぶし企画ではない。下手をすると10日間の間、出現し続けるモンスターと殴り合いを続ける地獄の訓練場。体力が尽きても、ケガをしても、倒れても、ナナシが容赦なく回復して再スタート。下手をすれば死ぬよりツライ。避難所として、魔道具で生み出された結界が用意される。休憩できるのだから、安全安心というのがナナシの弁だが、そもそも疲労感すら回復できるナナシがいれば無用の長物だ。

 ナナシが居なければさぞ堅牢な壁となるのだが……。ヒーラーの役割を逸脱しすぎて、防御を放棄させる男である。

 

「これがあればギルドの新人演習会で賞賛の嵐が起こるね」

 

 魔力が尽きて正気を失い、詠唱破棄で意識を飛ばそうとした者すら、すぐさま回復で無効化する。まさに悪魔の所業。倒れません、ナナシが居るまでは。

 

「賞賛より、怒号が飛び交うよ。新人演習会で冒険者を諦めそう」

「いや、チュートリアルにすべき内容だよ。冒険者になる前に絶対的な危機感を体感しておくべき。ギルドが主催してやるべきだね。現状の生ぬるい講義じゃ、オラリオが衰退するのも無理はない」

 

 ナナシの目は冷静だ。歴史を見て、現状を分析し、そして結論する。

 

 十年以上前、ゼウスとヘラという名の二大神に率いられた最強派閥が存在していた。その団長はレベル9、8が。幹部勢にはレベル7や6が複数名いるのだ。現在のオラリオの最高戦力がレベル7であることを思えば、全体の戦力低下は明白だった。

 

 その最強派閥でさえ、ギルドの三大クエストの一つ――隻眼の黒龍討伐に失敗し、壊滅した。

 

 だったら、強くなればいい。

 

 ナナシの結論は、単純かつ合理的だ。だが、それができないのが現実。

 

「命は一つしかないからね。ナナシみたいな回復魔法があるわけじゃないし。噂だとフレイヤ・ファミリアは似たような特訓を日ごろからしてるらしいけど……噂だよね?」

 

 噂ではないのだが。相手が人かモンスターかの違いでしかない。

 

「回復魔法の取得と、安価な回復薬の供給。それを本気で考えなきゃ、いつまで経っても冒険者のレベルは上がらないよ」

 

 その理屈は、誰もがわかっている。だが、それを実行できる者がいない。

 

 ギルドの主神ウラヌスは、ダンジョンの活性化を抑える祈祷をするだけで、ギルド方針には関与しない。職員もファルナを持たぬ一般人。冒険者を指導するどころか、管理すらできていないのが実情だ。

 

「回復要員を量産して、全員ランクアップするまで帰れません。そういう施設作ればいいのに」

「……そう簡単に回復魔法が発現すればね」

「だからこそ、研究するべきでしょ。現状、回復薬だって高すぎて手が出ないし」

「だって、素材がダンジョン産なんだもん。命がけで素材取りに行って、命を救う薬作るって、どう考えても効率悪いよ。誰もやりたがならない」

「だったら、地上で育てればいいじゃん」

「それができたら、とっくにやってるよ。魔素が影響してるせいで、地上じゃ育たないんだって。移植しても、すぐ枯れるし」

 

 実際、オラリオも手をこまねいていたわけではない。過去にはセーフティエリアでの養殖計画もあった。だが、十八階ですら環境は過酷すぎ、幾度となく壊滅・再建を繰り返し、ついには断念された。

 

 地上でもダンジョンでも育たないなら――どうすればいいのか。

 

「魔石があれば、どうとでもなりそうだけど。あー、でも……その分、魔石不足になりそうだね」

「うん。どこまでも堂々巡りだよ」

 

 二人の会話は、どこか他人事のようで、けれど核心を突いていた。オラリオの問題は単純。だが、それを動かせるほどの力を持つ者が、いないのだ。

 

 ――そして、それをやろうとしているのが、他ならぬナナシであった。

 

 ナナシは歩きながら、頭の中で仮想ダンジョンの構築案を練っていた。発想の出発点は薬草の養殖――のはずだったが、既にその原点は彼の脳内から削除されていた。

 

 代わりに浮かぶのは、躍るトマト、走るタマネギ、空飛ぶキャベツといった、明らかに食べ物の域を逸脱したモンスターたち。再現性のある生態系や生存圏の構築ではなく、純粋な"面白さ"を追求した結果だった。

 

「やっぱり首がちぎれても走るトマトって怖いよね。どうやって止めようか……回転を止める? いや、回転するとタネが飛び散って、毒効果とかあると面白いな……」

 

 ナナシは嫌な笑みを浮かべる。研究対象を前にした狂気の研究者の顔だった。

 隣を歩くアーディは、その思考の危険性を嗅ぎ取り、そっと距離を取る。

 

「それで、わざわざ24階層まで来た理由は? 変な食材モンスター探し?」

食糧庫(パントリー)の調査と、レアモンスターの観察が目的だよ。あそこって、いろんな系統のモンスターが入り込むから、データ取るのに最適なんだよね。毒系も多いから、ここで耐毒訓練するのもアリだと思う。輝夜に提案しておいて」

「いやだよ♪」

 

 即答だった。笑顔で。

 

 耐毒訓練――つまり毒を喰らい、自らの力で回復し、耐性をつけるという自傷前提の修行だ。毒消し薬も高価で、そもそも一発で沈む可能性すらある。正直、命を懸けてまでやることではない。

 

 輝夜なら「予算がつけば」とか言いそうで怖いけど、とアーディは内心震える。

 

 そんな会話を交わしているうちに、目の前に煌めく存在が現れた。

 

「お、ラッキー♪」

 

 ナナシが指差した先には、まばゆい光を放つ宝石樹。24階層屈指の財宝ポイントだ。だが、ナナシの「ラッキー」は、それそのものではなかった。

 

 その前に、堂々と鎮座する巨体。

 

 ――グリーンドラゴン。

 

 この階層のボスモンスターとも言える存在。宝石樹に近づく者への最後の関門であり、単独のレベル2・3ではまず歯が立たない強敵。冒険者たちは仲間と連携し、罠や策を用いてようやく倒すほどの難敵だ。

 

 だが、ナナシにとっては――ただの雑魚。

 瞬きする間に、グリーンドラゴンの姿が崩れ落ちる。

 

 まさに、一撃。

 

 咆哮すら許されず、巨体は崩れ、静寂が戻る。

 アーディが武器を抜いた時には、すでに終わっていた。

 

「……私も戦いたかったんだけど」

「早い者勝ちだよ~♪」

 

 憎たらしい笑みを浮かべるナナシに、アーディはちょっとむくれた顔で近づくと、少年の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。

 

「禿げる」

 

 ぱしっと美少女の手を払う。

 払いのけられても、アーディの顔には妙な達成感が残っていた。

 

 彼女にとっては、戦うことよりも、こうしてナナシと掛け合いを続けていられることの方が――何倍も嬉しかったのだ。

 

「さて、それじゃあ本命の食糧庫(パントリー)に行きますか」

 

 ナナシが軽快に歩き出す。その背中には、ダンジョンという名の実験場を前にして胸を高鳴らせる、異常なまでに楽しそうな気配が漂っていた。

 

 アーディは小さくため息をつく。

 

(……絶対、まともな探検にはならない気がする)

 

 それでも足を止めないのは、ナナシの隣が――自分にとって、一番安全な場所だと知っているからだった。

 

 まるで幸運(笑)の神に愛されているかのように――ナナシたちは、異常なまでにレアモンスターに遭遇していった。

 

 まず現れたのは、《モス・ヒュージ》。

 

 苔の巨人モンスターであり、切れば切るほど分裂する厄介な個体。ナナシはというと、わざと斬撃を浅く入れて分裂を誘発し、「どこまで増えるか」をにやにや観察。

 

「分裂の臨界点ってどこだろうね? 胞子量と本体質量の比率で限界が来るはずだけど……うーん」

 

 その間、アーディはと言えば、分裂して逃げ回るモスたちを必死に追いかけ、跳ね、斬り、息を切らせながらも掃討していた。

 

「ちょ、ナナシ!? 一体何体分裂させるつもりなの!?」

「あともう少し。データ取り終わるまでよろしく~。あ、こっち飛んだよ?」

 

 紙にペンを走らせながら、並走してくるその姿は、もはや研究者というより悪魔だった。

 

 アーディの顔は、笑顔とも怒りともつかない――絶妙に微妙な表情になっていた。

 だが、その地獄はまだ序章に過ぎなかった。

 

 続いて遭遇したのは、《ブラッディーハイヴ》。

 

 見た瞬間、ナナシの目が輝いた。目を細めて微笑むだけで、背筋が寒くなる。

 

「あー、来た! 最高のサンプル! しかもデッドリーホーネットの巣にもなってるとか……完璧だね!」

 

 言葉通り、そこからは地獄だった。

 

 飛び交う毒針、無数の蜂、逃げ場のない空間。ナナシが結界魔道具で範囲を封じていたせいで、逃げることすらままならない。

 

 レベル4となったアーディでも、速度差のあるホーネットの攻撃を完全に避けるのは難しく、次第に傷を負い、毒がまわっていく。

 

「っ……うぐっ……! ナナシ、回復、お願い……っ!」

「はーい、どーぞ。っていうか、耐毒値はどの程度上がったのかなー?」

「今それ聞く!?」

 

 毒に侵されては回復し、また刺されては回復するという、半ば拷問じみた実験が延々と繰り返された。

 

 最終的にアーディが怒りに任せて《ブラッディーハイヴ》ごと一帯を吹き飛ばし、戦闘は強制終了。だが、ナナシは残骸を見つめながら、心底つまらなさそうに呟いた。

 

「……惜しいなぁ。もう少し観察したかったのに」

「もう許して……!」

 

 それでも結果は出た。結界魔道具の防護範囲内なら、この階層程度のモンスターなら十分対処可能。運用の実用性も確認できた。

 

「ふぅ~、助かったよ。途中で毒にも慣れてきたし、なんとかなったね」

「慣れる前に刺されてるのが問題なんだけど。……まあ、これで簡易セーフティエリアのプロトタイプは組めそうだね。負傷者を隔離して、安心して回復させる環境ができれば、大分マシになる」

 

 そう言いながら、アーディは蜂の残骸を片っ端から袋に詰めていく。

 そう、ドロップ品の回収係は、基本的にアーディの仕事である。

 ようやくすべての作業が終わったころ、ナナシが一言。

 

「さて、戻ろっか。アーディ、よろ」

「いやいや、ナナシだって自分の魔法で帰れるよね!?」

「それはそれ、これはこれ。元々はアーディの帰還魔法だし、それに、運送料として借金が減るやん?」

「……そこはちょっとありがたいけど!」

 

 ふと、ナナシが自嘲気味に笑う。

 

「でもさ、アーディの転移魔法、やっぱり羨ましいよ。僕のは、あらかじめ登録された場所にしか跳べないんだ。しかも人数制限つき。君のは、目的地の位置がだいたいわかるらしいじゃん? それ、ホントに便利だと思う」

「でもナナシの方が、飛べる距離はずっと上でしょ?」

「魔力量の差だね。移動先が地震とかで潰れてたら使えないってのが、地味に怖いんだよ。……いやほんと、隣の魔法は青く見えるってやつ」

 

 初めてアーディと出会った際に、ナナシが見て経験した魔法だ。それ以来、アーディが魔法を使うことができなかったため、不完全に再現されたものであるが、最近、その再現性も上がってきている。

 

 彼女から魔法を受けた(・・・)から。

 

 そして、互いに羨ましがりながらも、どこか楽しげに微笑み合い――二人はダンジョンからの帰還を果たした。

 そしてその晩、ホームでステータスを更新したアーディは、思わず目を疑うことになる。

 

 毒耐性スキル、急上昇。

 

 図らずとも参加させられた地獄の訓練の成果は、確かに刻まれていたのだった。

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