優神を許さないのは何も間違っていない   作:生物産業

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第15話 うちの野菜たちは元気なんで

 試験農場が設置されたのは、それから二日後のことだった。

 

 デメテル・ファミリアの敷地内にある、元々放置されていた小さな畑。その周囲をナナシが持ち込んだ魔道具で囲い、仮想ダンジョンとしての環境を作り上げる。

 

 空間の魔力密度を調整する石柱、気流の循環を行う風導盤、そして環境変動を定期的に与えるための光反射板。

 一見すると、かなり大掛かりな魔導設備だが、ナナシはそれを片手で持ち運び、簡単に設置してしまった。

 

 それを見ていたデメテル・ファミリアの若手たちは、一様にぽかんと口を開けていた。

 

「……あの子、本当に何者なの?」

「神様二人を連れて、まるで悪びれもしないし……」

 

 そんな声も耳に入っているのかいないのか、ナナシは一人ご機嫌に作業を進めていく。

 

「第一段階、魔力供給テスト。既存土壌への魔力付与率……ふむ、上々。地中魔力循環、成功。変異係数、三段階目で安定。うん、いける」

 

 呟きながら、菜園に自ら持ち込んだ種を植え始める。用意されたのは、にんじん、大根、キャベツなど、ごく普通の野菜たち。だが、育てる場所が普通でない。

 

 そして三日目。

 

「発芽から開花まで確認。通常の十倍速。茎の太さ、平均の1.8倍。……風に頼らず茎を揺らす。魔力の影響が自力活動に影響を与えることを確認」

 

 ナナシの顔が嬉々として輝く。デメテルの眷属たちは引きつった笑顔で見守る。

 

「このままいけば、一週間で収穫可能。もしかすると、自走する前兆が出るかも。……楽しみだね」

「じ、自走……?」

 

 呟きを拾ってしまった一人が、恐る恐る問い返すが、ナナシは軽く微笑んだだけで答えなかった。

 

 そして七日後。

 

 畑は、もはや畑ではなかった。

 

 キャベツは膨張し、転がる速度を得ていた。大根は地面から飛び出して回転しながら跳ね回り、にんじんは前傾姿勢で地を蹴る。

 

 野菜たちが……走っている。

 

「野菜が……走ってる!? ねぇ、これ、夢じゃないよね!?」

 

 その場にいた者すべてが、目を疑いながらも現実を直視せざるを得なかった。

 

 ナナシはそれを見て、満面の笑みで腕を組む。

 

「よし、第一段階クリア。『野菜が走る』を現実にした。次は収穫試験だ」

 

 その言葉を皮切りに、へファイストスへ連絡が入る。

 試し切りの依頼として。

 

 そして駆り出されたのは、一人の鍛冶師。ただその実力はレベル5とオラリオでも上位だ。

 

「椿、やってみて」

「手前の武器は包丁ではないのだがなあ」

 

 テスターとして呼び出された椿が小さく嘆く。

 

「その点は問題ないよ。別に硬さがあるわけじゃない。ただ、このスーパー野菜たちは、収穫時に旨味成分をたっぷり生み出すように調整している。よりうまく切ることで、最高の出来に仕上がるのさ」

「よくわからん」

「要は椿の作った武器の簡単な評価が出来るってこと。武器の切れ味によって味が変化するから食べれば出来が分かる」

 

 デメテル・ファミリアの有志によって、野菜の調理の準備はすでに整っている。

 審査員を務めるのはデメテルとヘファイストス。

 最高の切れ味であれば、神をも唸らせることが可能だ。

 

「さらに言えば、冒険者にとっても有用な場なんだ。同じ道具でも使い手によって、結果に大きく影響を与える。単純なレベルでの優劣ではなく、技量を可視化するという点でも貢献できる」

 

 この試験農場は、鍛冶師と冒険者、両方の進化の場となる。

 農場とは?

 

「なるほど。つまりより良い武器は、よりうまい味を引き出すということだな? そしてより優れた冒険者が使えば、さらにうまい味になると」

 

 面白い!

 椿はこの場に持ってきた武器をデメテル・ファミリアの数名に渡し、自分と比較することにした。

 武器ごとの差、使い手による差。

 それを味で理解するというものおかしな話だが、分かりやすい比較が出来るのはありがたい。

 

 そうして、試し切りを行い、2柱の神の評価を聞く。彼女たちのから得られた感想と、自分が作った時の自信の度合いにズレはなく、切れ味と野菜の旨味が連動することを確信した。

 それからは試し切りだ。鍛冶師にとっても冒険者にとっても、実力を測るという意味では十分すぎる環境だ。

 

 オラリオの未来は、今まさに畑の上で暴走していた。

 女神のお腹に痛烈なダメージを与え、デメテル・ファミリアの若手たちに今までにない疲労を与えて実験の第一段階は終了した。

 

 野菜たちが暴走してから三日後、試験農場はある意味“落ち着いて”いた。

 キャベツはネットで囲い、大根は杭で押さえ、にんじんには小型モンスター用ハーネス。

 農業とは、つまり管理の戦いである――と、デメテルの眷属たちが悟りを得る頃。

 

 その畑に、一人の少女が姿を現した。

 

「……これは、なんと言えばいいのでしょうか」

 

 肩まで伸びた銀髪と、治療系ファミリアを現すナース帽をかぶった少女。アミッド・テアサナーレ。ディアンケヒト・ファミリア所属のヒューマンであり、次代の聖女と名高い高位治療師である。

 

「おつー。どう? 期待に応えられたかな?」

 

 ナナシとアミッドの出会いは偶然だった。ダンジョンで手に入れた素材を元に、治療系ファミリアから薬草の種を入手しようと画策したときに、受付をしていたアミッドと交渉したのが始まりだ。

 

 そのうち農場の話になり、ナナシの「うちの野菜は活きがいい」という話を聞いて、薬草の栽培に興味を持っていたアミッドが畑を見せてくれないかと頼んだのが、彼女がこの場にいる理由だ。

 

「活きがいいって、こういう意味だったのですね」

 

 動き回る野菜を見て、アミッドは少し遠い目をしていた。

 そんな彼女の状態を気にせず、畑の端にある簡易実験区画を指差す。

 そこには、魔導器具と見られる円盤や箱型装置がいくつも立てられ、魔力が微かに漏れていた。

 

「土壌に魔力を加えて作物の成長を促進しようという試み。安全性、効率性ともに高く、オラリオの食料供給の未来に僕が貢献したと自負しているよ」

 

 すでに説明トーンが胡散臭い。

 

「……ええ。確かに、貴方の異様なまでに細かい報告書に記載がありました。問題は、その薬草の変化です」

 

 アミッドは、片手に持った試験管を掲げる。中には、どこか輝いて見える青緑色の葉が収められていた。

 

「こちら、貴方から受け取った治癒草です。私の栽培したものと比べて大きさは4倍以上。しかも、薬効は三倍以上に跳ね上がっています」

「腕が違いますから」

 

 お前はいつから農家になったというのか。

 輝夜がいればそうツッコミをいれていたことだろう。

 

「ですが、副作用の報告も出始めています。煎じて使うと、妙に気分が高揚する事象が報告されています。服用した同僚の中には、2日ほど徹夜で作業し、そのまま意識を飛ばしてしまいました。1日ほど眠って、現在は正常に戻っていますが」

「……それはたぶん、調合者の技量のせい。御覧の通り、うちの野菜たちは元気なんで、その影響が効能となって出るみたい。努力不足だね。がんば」

「治療師が冷静さを失うと、非常に危険です」

 

 冷ややかに突っ込むアミッドの視線を、ナナシは全力でスルーしながら小屋に入る。

 

「ともあれ、改良型の育成剤をご覧にいれましょう。今回は薬効と副作用を抑えつつ、土壌への影響も最小限に。あと、収穫時期のコントロールも可能にしました」

 

 そして、取り出されたのは……黒い液体が入った小瓶だった。

 

「色が完全にアウトですね」

「見た目は気にしない方向で」

「匂いもアウトですね。モンスターの返り血を浴びたまま、洗わずにやってくる冒険者様と同じような匂いです」

「効能重視で開発してますので」

 

 怪しすぎる。しかし、確認せずにはいられない。

 アミッドはプロである。治療師としての職務を果たすため、無言で薬草プランターの一つに育成剤を注ぎ、数分観察した。

 

「……うわ、めっちゃ芽吹いてる」

 

 見ていたルノアが思わず声を漏らす。

 

 なぜ関係のないはずの彼女がこの場にいるのかというと、アストレアファミリアに入る前、賞金稼ぎをしていた時、ルノアはデメテルから神の恩恵をもらっていた。

 デメテルの眷属というわけではなく、恩恵の力だけを貰うそんな関係。

 

 ただ荒んでいたルノアの気持ちを温かいものにしてくれたのはデメテルであり、改宗後も頭が上がらない存在だ。

 ナナシがデメテル・ファミリアで何かしているとアーディから聞いて、デメテルの迷惑になっていないかと監視に来たのが運の尽き。

 

 暇でしょ、とナナシに捕まりダンジョンのモンスターのような野菜たち相手に無双していたところだ。

 デメテル畑の拳聖。ルノアの活躍を見た若手団員がそんな異名を彼女に付けていた。

 

 ダサすぎる。畑に拳聖とは?

 

「ねぇナナシ、これってマジで量産できるの?」

「可能だよ。ただし、環境管理が必須。魔力濃度を一定に保たないと、暴走する可能性が」

「暴走って……?」

「具体的には、葉が巨大化して地面を這い始めたり、花が常に開花状態になって花粉をまき散らしたり」

「それ、もう植物というよりモンスターじゃない?」

「ふふ、私の畑でこんなイキイキとした野菜たちが見れるなんて」

 

 物騒な会話の横でデメテルはうっとりと育成剤の効果を見守っていた。

 いつの間にかいる。これは神がデフォルトで備えている神出鬼没スキルだ。

 

「ナナシくん……あなたの魔道具と育成剤、うちの農地に正式採用してもいいかしら?」

「まだ検証中。実験を引きつぐ人も必要だし、もう少し範囲を広げてみて影響範囲を調べないと。下手をすると、オラリオが野菜たちに蹂躙されることもある」

「野菜に蹂躙されるオラリオ……」

 

 薬草の様子を見ながら話を聞いていたアミッドが嫌な未来を想像してしまった。

 

 そしてその翌日。

 

「ほーい、これが収穫第一号の超治癒草です」

 

 ナナシが持ち込んだ新型のカゴには、異様に艶のある薬草がずらりと並んでいた。

 ただし、よく見ると――微かにぴくぴくと震えていた。

 

「……これ、生きていませんか?」

「気のせいです。多分、風とかですね」

「風はないですね、室内なので」

「気のせいです」

 

 どうにか目を逸らすナナシに、アミッドは顔を近づけて囁いた。

 

「大丈夫でしょうか?」

「そこはそっちの努力次第。質は保証するよ、質は」

 

 薬草は治療院の倉庫に納入された――が、数時間後、調合室から爆音と共に緑の煙が噴き出し、何人かが軽い目眩を訴えたらしい。

 

 だが、アミッドは静かに言った。

 

「……効果は十分。あとは濃度調整と、調合指示書の改訂で対応可能です」

 

 アミッド・テアサナーレ。彼女もまた医療に命をかける修羅を行くもの。

 患者の命が守られるなら……多少の被害には目をつむる。

 

 オラリオの未来は、また一歩前進した(たぶん)。

 

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