優神を許さないのは何も間違っていない   作:生物産業

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第16話 汎用型戦闘漁船

「何ニャ、ナナシの奴。いつか絶対、仕返ししてやるニャ」

 

 それは、オラリオの中央市場でのことだった。

 

「……あれ? クロエか?」

「――ニャッ!?」

 

 露店の軒先で干物をひっくり返していた黒猫獣人が、声にビクリと振り返る。

 

 その視線の先にいたのは、漁師のような逞しい体格に、上着を首に巻いて裸を晒している長身の男――海の神ニョルズ。陽焼けした肌と、豪胆さと知性を感じさせる目元は、相変わらずのイケメンだった。

 

「やっぱりクロエだな。変わらないな、お前」

「ミャーの美しさは陰ることを知らないからニャ……」

 

 耳を伏せ、尻尾をそっと巻き込むクロエ。

 彼女は、アストレアの眷属になる前、“殺し屋”という生き方に迷っていた頃、この神――ニョルズに恩恵を刻まれ、力を維持していた。

 

 戦う理由も、生きる意味も分からなかったあの頃。

 それでも、海神はクロエを拒まず、「必要なら、ここにいろ」と言ってくれた。

 

「元気そうで何よりだ」

「相変わらず良い神ニャ。これで美少年なら――」

 

 アストレアに拾われてから、精神的に落ち着いたのか彼女の思考はすでに危ない領域に達していた。

 

 不安定の頃の方が良かったかもしれない。

 

「大丈夫か? 実は精神的に追い詰められているとか……」

 

 心配になったニョルズが真顔で尋ねてしまう。

 

「失礼ニャっ! ミャーは正常ニャっ!」

 

 憤慨しながらも、表情は砕けていた。

 クロエは自然に嬉しそうに尻尾を揺らしていた。これは彼女が暗殺者をしていた時にはできなかったことだ。

 そんなクロエの変化を嬉しく感じるも、その背後で、ニョルズがふと真剣な顔になる。

 

「……実はな。漁の状況が、あまりよろしくない」

「……モンスター?」

「そうだ。海域に出没する頻度が増え、漁場を荒らされている。数年前まではいなかったような魔物まで現れる」

 

 その言葉に、クロエの耳がぴんと立った。

 

「まさか……闇派閥(イヴィルス)が絡んでるニャ?」

「……実を言えば、取引の打診があった。『指定海域から魔物を排除する代わりに、利益の一部を』というな」

「それ、絶対にダメなやつニャ!!」

 

 珍しく語気を強めたクロエに、ニョルズは苦笑いを浮かべる。

 

「分かっている。だが、現場は切実でな……それで、噂を耳にしたんで、少し調べに来たんだ」

「……?」

「“ナナシ”という名だ。お前がさっき、呟いていたな」

「う、うにゃっ!? き、気のせいニャ!」

「デメテルに聞いてな。彼は結界魔道具の使い手だと聞いた。海に適応できれば、我が漁場を守る希望になるかもしれん。もし知り合いなら、会わせてくれないか? デメテルに頼んで見たが、いい返事はもらえなかったんだ」

 

 デメテルから打診もあったが、男神からの誘いという時点ですぐに断った。彼のトラウマが反応した結果だろう。

 

「そ、それは……まぁ……やってみるニャ……」

 

(……ニョルズ様のお願い、断れないニャ……)

 

 尻尾をへにゃりと垂らしながら、クロエは決意する。

 だが、この後、全身ずぶ濡れで泡を吹く羽目になるとは、この時まだ知らなかった。

 

 ◆ 

 

「――嫌」

「そこをニャんとか!」

 

 ナナシの研究小屋。クロエは猫耳をピンと立てて懇願していた。

 

「海は塩分が高い。魔導器具が錆びる。湿気で髪が広がる。潮の匂いが服に移る。何よりムサイ男がいっぱいいる。絶対無理」

「ニャにげに女子力高いこと言ってるニャね!? しかも最後は非常にでりけーとな問題ニャ」

 

 ナナシの過去をアーディたちから聞いているクロエは、どちらかと言えば男くさい集団であるニョルズ・ファミリアの構成員を思い出して、何とも言えない表情になる。

 

「そもそも漁業に興味ないし、食料供給ルートも僕の畑とは別筋だし、現地調査はしたくない。というか、濡れるのがイヤ」

「でも、このクロエが“お願い”してるニャ」

「君にどれだけの価値があるの?」

「真顔で聞き返す……こ、これが乙女の尊厳を平気で傷つける、ナナシの高等技術。アストレア・ファミリアの女傑たちを葬ってきた最終奥義」

「奥義って、むしろ入門編だよね」

「やっぱり悪魔ニャ……」

 

 難攻不落の要塞。

 提供できるものなどクロエにはなく、自分の美を売りにしたところで相手は子供。そもそも自分と同等、いやそれ以上の人間がいるアストレア・ファミリアと交流があって、顔を赤らめるどころか、女性として認識してないのではと思うことが多々見られるナナシに、そっち方面を引き合いに出しても自分が傷つくだけだった。

 

「……あ」

 

 何かを思いついたナナシ。子供がそんな顔をするのかと邪悪な笑みを浮かべる。

 

「……なんか不穏な顔ニャ」

 

 クロエに降りかかる災難はこの時生まれるのだった。

 

 ◆

 

 港。

 

「無理ニャ! 息できるけどニャ! これ絶対、水中魔道具じゃないニャ!」

「大丈夫、水深30メートルまでなら死なないから。あとそのスーツ、高圧で筋肉が勝手に鍛えられる設定にした」

「水中訓練ってレベルじゃないニャァァ!!」

 

 水中に沈められたクロエは、ナナシの開発した“水中適応型強化服”の試作機を着せられ、海に投下されていた。

 

 ナナシが魔導端末で計測しながら呟く。

 

「ふむ……水圧耐性は想定より上。魔力循環も安定してる。これなら27階層のアンフィス・バエナ対策にも応用可能だね」

「おぉ……!? このクロエは海のために生き、海のために沈むニャ……!!」

「脳に酸素足りてないかも」

 

 まさか、年端も行かない少年に、第一級の冒険者が拷問されている。

 そんな姿を見たニョルズは、思考が停止しかけていたが、さすがにまずいと止めに入る。

 

「クロエが死ぬからやめてやってくれ」

「何をおっしゃいなさる? 自ら鍛えたいと志願したんだ。その覚悟に死ぬまで答えてやるのが僕の務め」

「ふざけんニャっーー!!」

 

 魔力の応用で水中に足場を作り、一般人に不可能な脚力をもって跳躍。

 ナナシたちの居る桟橋に上がろうとしたクロエ。

 だが、悪魔がそれを許さない。

 

「まだ確認中」

 

 飛び上がってきたクロエを蹴り返し、海にたたきつける。

 意識を失わないように加減しているが、傍からみたら殺しにかかっているようにしか見えない。

 

「クロエ……すまん」

 

 自分に出来ることは何もない。

 ニョルズは自分が相談したことで、地獄に突き落とされてしまったクロエを見ながらただ、謝ることしか出来なかった。

 

 ◆

 

 クロエを使っての水中訓練の確認がいったん完了し、本来の話に戻る。現在、クロエはニョルズ・ファミリアが用意した特上の海鮮料理を食べながら生気を取り戻しているところだ。

 ナナシに何度も海に落とされ、むしろ海に潜っている方が安全と理解し、1時間ほど水中活動をさせられ、目から光が失われた頃に、ようやく検証完了の合図がきた。

 

 すでに遅かったが。

 

「それで漁船の方はどう? 一応、クロエ伝えで話を聞いて、よさそうなものを持ってきて取り付けてみたけど」

 

 ナナシの開発と改造により、ある“船”が完成した。

 

「これが……ナナシ式魔導結界搭載・汎用型戦闘漁船……」

 

 ニョルズは改造された自分の所有する船を見ながら小さく呟く。

 船体は木造船。外見はごく普通。

 だがその内部には――

 

「自律式魔力レーダーと、魚雷風魔道具、さらに自動反応式の結界装置を搭載してる。魚群と魔物を魔力パターンで識別して、特定反応で魔導魚雷が発射される」

「ふむ、つまり」

「モンスターが近づいたら、爆発します」

「爆発……!」

「ナナシ……それ、普通の船じゃないニャ…」

 

 生気が戻ったクロエが素直な感想を貰す。

 

「見た目が普通なら、問題なし。爆発はロマンって同志も言っていたし」

「中身バケモノだニャ!」

「水中で爆破って、船体が揺れないか?」

「その点の対処はしてる。自動で傾きを直すようになってる。仮に大津波が起こって転覆してもすぐに元に戻るよ」

「それ、下界の技術で可能なのか?」

 

 天界でなら普通だ。神の中には無駄に凝った船を作るものもいる。それこそ陸上どころか、空を飛ぶ船だってある。

 

 だがここは下界だ。

 神の力が封じられる世界で、そんなことが可能なのかとニョルズは本気で思った。

 

「目の前の現実を見て。ちなみに原型は魔道王国の禁書庫にあった。それをちょっと改造しただけ」

「さらっと国の中枢に侵入した事実を語っているニャ。頭おかしいニャ」

「ん? クロエは水中訓練をまだしたいの? あ、モンスターと戦ってなかったね。この船で確かめようと思っていたけど、露払いは必要だよね」

「ナナシ様、生意気言って申し訳ありませんでしたっーー!!」

「スライディング土下座。神々の中でも体得している奴は、なかなかいない情けなさの代名詞。レベル5にランクが上がったと聞いていたが、まさかこれをお目にするとは……語尾も普通に戻ってるし」

 

 ニョルズが戦慄する。

 酷い言いようだ。

 

「とりあえず船の動作確認を。もしモンスターに効かなかった場合に備えて、クロエを生贄にしよう。クロエを信じて船に乗る勇者を募ろうか」

 

 レベル5。

 オラリオでは第一級の冒険者として、数々の尊敬を集める存在。

 ただ、今までのナナシとのやり取りをみて、自分の命を託すには少し頼りないと、失礼ながらニョルズ・ファミリアの面々は思ってしまうのだった。

 

 ◆

 

 その日の夜。

 ぐったりしたクロエとそんな彼女の介護をしながら、眷属たちの笑顔を見守るニョルズ。

 日中の検証結果を淡々とまとめるナナシ。

 宴会に近い騒ぎだというのに、この席だけは異様に静かだった。

 

「絶対泣かすニャ。人を何だと思ってるニャ。これで美少年ならまだ許せるのに」

「変態が極まると、ここまで来るんだね。僕はごめんだよ。人は実験動物にならないんだ」

「どの口が言ってるのニャっ!!」

「怒りは分かるが、落ち着けクロエ」

 

 この場の良心、ニョルズがクロエを落ち着かせるために奮闘している。

 

「クロエを先行させて、モンスターを釣る方針に頷いたのはニョルズ・ファミリア。皆同罪」

「頷く前にお前が蹴り飛ばしたんだがな。結界の効果が強すぎて、魔物がよってこれなかったから、武器の検証が出来ないといって、クロエを突き落としたんだろ?」

「誰も助けていない。つまり了承したと同じ」

 

 なお、テスト射撃により、近海に出没していた小型モンスターは消し飛び、周辺漁場の安全性は急上昇した。

 

「ナナシ、人の心を持つニャ」

「元人殺しに何を言われても……ねぇ? 被害にあった人や、その家族も同じことを思っているよ」

「ぎゃー! 正論の返しは心に突き刺さるのニャー!!」

「フォローってわけじゃないが、クロエが対象にしていたのは、基本死んでも仕方ない奴だぞ」

 

 ニョルズがそう言うが、

 

「僕襲われたけど? しかも嘘を信じて襲ってきたから、普通に勘違い。このことから過去にも罪なき人を殺めた可能性は高い。恥を知れ恥を」

「ぐぉおお~、心が、心がナイフで抉られるニャ~!!」

 

 下調べをしたので、その可能性はないと言いたいクロエだったが、実際ナナシは白。下調べの証拠が捏造されている可能性もあるので、ナナシの言ったことがないわけではない。

 その点がクロエを追い詰めている。

 

「そんなわけで世のため、人のために命を懸ける。うん、良かったじゃない。真っ当なお仕事につけて」

「ぐぬぬ……まあ、そうなんだけどニャ」

 

 人を殺して喜ばれるより、人を救って喜ばれる方が気持ちはずっといい。

 アストレア・ファミリアの活動にぐちぐち言いながらも、逃げようとしないのはそういう気持ちがあるからかもしれない。

 

「友達ができないなんて、悩んでいた奴が、なんだかんだで楽しんでるんだな」

 

 娘の成長を見守る父。いや兄のようなニョルズにクロエは顔を赤らめながら、キッと睨みつける。

 

「アストレア・ファミリアは基本ぶっ飛んでいるからね。輝夜は人切りだし、ライラは爆弾魔。ポンコツエルフはやりすぎってしまった病にかかっていて、老若男女問わず投げ飛ばす鬼畜っぷり。団長の底抜けの明るさが、逆に狂気じみて見える。確かアストレアちゃんも、慈愛の神って呼ばれながら実は武闘派って、輝夜をボコってるアーディが言っていた気が……」

「やべぇな、アストレア・ファミリア。ちなみにアストレアは普通に武闘派だ。俺なんかより全然強い」

 

 正義の味方が犯罪集団のような言われようだ。

 

「酷い風評被害だニャ。ニョルズ様には恩があるから手伝ったのに……アストレア様に汚されたって報告してやるニャ」

「待て待て! 止めろ、止めろ。冤罪は良くないぞ」

「海中に沈むクロエに、頑張れと応援する精神。頑張ってる奴にそれ以上頑張れとか鬼畜の所業。クロエが汚されたと思うのも分からなくない。うん、冤罪じゃない」

「嘘だろ!?」

 

 ナナシに突き落とされて絶望しているクロエに、ただ声をかけただけだが、ここに心の清らかなものはいない。

 誤解が真実となる。

 ニョルズ・ファミリアの評判は地の底まで落ちてしまうだろう。

 

「ふふ、弱みを握ってやったニャ」

「俺の弱みを握ってどうする!? ナナシに仕返ししようとしていただろ!」

「そうだったニャ!」

「クロエって本当に元暗殺者だったのか、疑問に思うほどお馬鹿だよね。普通暗殺者ってそこそこ知能が高くない出来ないと思うけど。お馬鹿だとすぐ死ぬだろうし」

「その所為で捕まりましたけど、何か!?」

 

 語尾が壊れるほど、クロエが現状を吐露する。

 捕まえた人が捕まった人をなじる。加害者と被害者の関係は逆なところが面白い。

 

「まあ、クロエで実験したし、あとはアーディを使って耐久テストかな。輝夜あたりを言いくるめれば、水中訓練名目で実験対象が増えそう」

 

 邪悪な笑みを浮かべるナナシに、二人はドン引きしていた。

 

「というわけで、次は――バーベキュー大会」

「なんでニャ!?」

「実験の成果報告会だよ。アストレア・ファミリアも呼んで、漁港で試験運用と……海水浴?」

「ミャーは不参加を表明するニャっ!」

 

 それが通るとは限らない。

 ただ話を遠くで聞いていたニョルズ・ファミリアの男たちは、

 

((美人がいっぱい。いろんなものがいっぱい))

 

 ぐへへと、それこそ闇派閥(イヴィルス)ような笑みを浮かべて、美少女たちの来訪を想像するのだった。

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