優神を許さないのは何も間違っていない   作:生物産業

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第19話 魅力だけは勝てる気がしない

「ナナシじゃない! こんなところでなにしてんの!」

 

 朝の喧騒も落ち着いた昼下がり。華やかな市場の一角で、あてもなく歩いていたナナシは、突然背後から飛びつかれるような勢いで声をかけられた。

 

 振り返れば、そこにいたのは真っ赤な髪と、子犬のような笑顔を浮かべた少女――アリーゼだった。

 

「アリーゼ……そのテンションで呼ばれると、うざい」

「さ、さすがナナシ。出会って数秒で美少女の乙女心に傷をつけるなんて」

 

 青天の霹靂だわと、アリーゼが驚愕する。

 

「何か用?」

 

 用がないという返答を期待したナナシだったが、アリーゼはそんな甘い女ではない。

 

「もーいいじゃない。偶然でしょ? 偶然の出会いは運命って言うし!」

「誰が言ったのそれ」

「私!」

 

 さすがというべきか。アリーゼのドヤ顔にナナシは、呆れよりも賞賛の気持ちが強くなった。

 

「で? 偶然の出会いからデートでもしたいの? クロエって呼ぶよ」

 

 美少年のお尻を愛してやまない変態と同類扱いすると宣言する。

 

「違うよー。……って言いたいところだけど、そうしよっか!」

「え?」

 

 まさか、変態と呼ばれたい願望があるとは思わなかったナナシは、一瞬だが思考が停止した。

 

「あたし、今日はお休みなの。ナナシもヒマそうだし、一緒にごはんでも行きましょう!」

 

 ヒマそう、とは失礼な。とはいえ、特に予定がないのは事実だ。

 変態などではなく、ただ暇つぶしをしたいだけと分かり少しだけほっとする。

 アリーゼはアストレア・ファミリアの良心。ちょっとお馬鹿さんだけど、ここが崩れたら大変なことになると、ナナシはひそかに思っていた。

 

「まあ、いいけど……他の人たちは?」

「アーディはホームで事務作業、ライラは……なんか“裏工作”とか言って出かけてった。輝夜やリオンは訓練。クロエやルノアは、見回りかな。サボってそうだけど」

「ライラだけが正義のファミリアから外れている気がする」

 

 自分が同じ立場なら同じことをしていたかも。ナナシの頭にそんな考えがよぎったのは彼以外知らないことだ。

 

 ◆

 

 そうして、街をぶらぶらと散歩した後、アリーゼが提案したのは、とある食事処だった。

 

「ここね、ドワーフの人たちがよく来るの。質より量がドワーフの醍醐味だけど、ここはちゃんと味も美味しいんだから。最近、野菜を使った料理のレベルが上がったって評判なの!」

 

 嬉しそうにアリーゼが語る。レベルが上がった要因に目の前の少年が絡んでいるとは思うまい。

 ここの野菜は文字通り、活きがいいのだ。

 

「アリーゼってドワーフ好きなの?」

「そうなの! 私生まれ変われるならドワーフになりたかった!」

「アスタがアリーゼに絡まれてそうで不憫。今度から優しくしよう」

 

 ファミリア唯一のドワーフの少女に黙とうをささげるナナシ。

 

「なんじゃ、随分甲高い声が聞こえると思っておったら、お主じゃったか」

 

 ガチャリと扉を開ければ、そこにいたのはロキ・ファミリアの重鎮――

 

 オラリオ最強の一角に数えられる冒険者。

 

「おじ様ー!」

 

 ロキ・ファミリアの幹部、ドワーフのガレス・ランドロック。ごつい体格に濃い髭、だがその口調は穏やかで、アリーゼとのやり取りにも柔らかさがにじんでいた。

 

「相変わらず喧しい娘じゃ。ただなぜか元気になるのが不思議じゃ」

「まさかの精神攻撃を受けていた模様。治療院に行くことをお勧めする」

 

 アリーゼとガレスは他派閥の人間同士でしかないが、アリーゼがドワーフにあこがれているのもあって、ガレスを見つけるたびに絡みにいくので、そんな縁で仲良くなった関係だ。手のかかる孫を相手する祖父といった感じに近いが。

 

 アリーゼに視線が行き、そのまま対面に座っていたナナシに視線が向く。

 

「この子、ナナシっていうの。変な子だけど、なんか色々すごいの」

「かなり失礼。アストレア・ファミリアに変人扱いされるのは納得いかない」

「お主ら、仲が悪いのか?」

 

 ガレスが二人の関係を不思議に思う。

 

 その後、酒と料理を囲んでの歓談がひとしきり続いたあと、アリーゼがふと立ち上がる。ナナシは自分特製野菜ジュースを勝手に用意して飲んでいる。

 

「ね、おじ様。今日も勝負したいわ!」

「またか。今度は何を賭けるんだ」

 

 アリーゼがガレスに絡む際のやり取りの一つ。

 

「ドワーフの名をいただくわ!」

「そんなもん、賭けに使うものではないが……まあ、いい。望み通りにしてやろう」

 

 机の上に肘をつき、構える二人。周囲が見守る中、合図とともに腕相撲が始まった――瞬間。

 

「せいっ!」

 

 ゴン。

 鈍い音とともに、ガレスの腕が机に叩きつけられた。

 

「な……っ!」

 

 驚きの声が漏れる。

 

「ふふーん! これが日々の筋トレと美少女としての研鑽の成果ね!」

 

(実際は魔力で一瞬だけ力を増加させただけ。相手が油断していなかったら、持ちこたえられて逆転されそう)

 

 アリーゼの魔力変化を見抜いたナナシが、アリーゼの勝因を分析する。

 

「お主、少し前にランクアップしたと聞いておったが、まさかレベル6になったとかいわんよな?」

「実は――って言いたいけど、残念♪ まだレベル5よ。それでもおじ様に勝ってしまうなんて。ああ、私が美少女だから仕方ないわ」

「意味がわからん」

「激しく同意」

 

 腕相撲の勝利と美少女を結べ付けるのはアリーゼ以外に居ないであろう。

 

「お主、魔力を変化させたな? 新しく魔法でも発現させたか?」

「ふふーん♪ それはおじ様でも教えてあげないわ。美少女は秘密が増えるほど、美しくなるの」

「またまた訳が分からん」

 

 ナナシから教わった魔力コントロールを勝手にもらさないあたり、曲者揃いのアストレア・ファミリアで団長を務めるだけはある。

 ちらりとナナシを見て、言わない方が良いと判断したのだ。

 だが、そんな気遣いを台無しにするのがナナシという男だ。

 

「美少女うんぬんはさておき、オラリオ野菜検定2級の僕が、力の何たるかを教えてしんぜよう」

「野菜検定?」

「全く訳が分からん」

 

 本人も良く分かっていない。

 そんな二人を無視して、ナナシは静かに席を立ち、ガレスに対面するように向き直させる。

 

「じい様、これが野菜検定5級の力だ」

「さっきと変わってる!?」

 

 ナナシはガレスの額、その中心にすっと指を伸ばす。そして、ほんのりと触れるか触れないかのところで、ぴたりと止めた。

 

「……なにを――」

「立ってみて?」

 

 ガレスが立ち上がろうとするが、何故か腰が浮かない。むしろ、重く沈むような錯覚さえある。

 

「う、うお……? な、なぜだ……!?」

「わかる? これが高速回転するキャベツを静止させる技だよ。これが出来て、デメテル・ファミリアでは入門が許される」

 

 デメテル・ファミリアは道場でもないし、そんな試験もない。

 口から出まかせを言わせればナナシの右に出る者はそうはいないだろう。

 

「ぐぬぬ!」

「まだ爆走するキャロット封じの残像の左と飛翔するレタスを無力化する見えざる右があるんだけど」

 

 ただ左手で押さえつけて、右手で掴むだけ。ナナシレベルが行うと早すぎるため、見えないか残像が見えるだけなのだ。

 

 ガレスはしばし沈黙し――やがて、小さく肩を揺らす。

 

「……なぜじゃ?」

「これが極めるということ。野菜検定12級をとって出直すんだね」

「むしろ何級あるの?」

 

 ナナシは満足そうに笑い、店から出て行った。

 意味深なことを言って強キャラ感を演出し消えるのがロマン。そんな馬鹿なことを考えて。

 去り際に、お金を払うのを忘れないのは、彼がアホなことを考えても常識人だからだろう。

 

 ◆

 

 夕暮れ時。街路を並んで歩くアリーゼとナナシ。

 

「ねえ、さっきのってどういうこと?」

「ご想像にお任せするよ」

「も~、ずるい!」

 

 アリーゼは笑いながら跳ねるように歩き、ナナシはその後ろを少し距離を置いてついていく。

 

「でも、なんか不思議だね。おじ様が本気で驚いてたの、初めて見たかも」

「まあ、座ってる人間の額を押さえれば立ち上がれないだけなんだけどね。重心移動が出来ないから。それでも、僕クラスになれば余裕で動けるけど」

「え? そうなの? 帰ったらリオンに試してみましょう♪」

 

 絶対に驚くわと楽しそうに笑うアリーゼ。

 

「君の何をやっても楽しそうなの、ホント凄いよ。知力も武力も財力も僕の方が上だろうけど、魅力だけは勝てる気がしないな」

「さらっと自分凄いです発言が聞こえたけど、私は気にしない。そう、ナナシが負けを認めたんですもの!」

「たぶん、魅力という1点で君に叶う人はいないとおもう。綺麗とかそういうのじゃなくて、単純に人を引き付けるよね。バカだけど、そこだけは尊敬に値するよ」

 

 そう言って笑うナナシの横顔に、アリーゼはふっと微笑む。

 

「生意気よ♪ それに私はバカじゃないの、直感にすぐれているの」

「その能天気さが凄いのかもね。鬼畜外道の輝夜や老若男女投げ飛ばしのリューが慕うのもそんなところなのかも」

「待って、私の愛する仲間に聞き捨てならない言葉がついたわ!」

 

 静かに日が沈むオラリオの空の下、二人の影が長く伸びていった。

 こんなバカなやり取りをするくらいには、オラリオは平和になってきているのだった。

 

 ◆

 

 アストレア・ファミリアのホーム。

 

「リオン、ちょっとここに座って?」

「……何を企んでいるのですか?」

 

 アリーゼの笑顔すら疑いだしたリュー。ナナシと関るようになって、アリーゼの善性を信じられなくなってしまったらしい。

 ナナシと関って以来、彼女はマイナスの成長を遂げてしまった。

 

「ううん、ただの実験。ね? ナナシがね、面白いことを言ってたの」

 

 不安そうな顔をしつつも、渋々ソファに腰を下ろすリュー。

 

「じゃあ、行くわ♪」

 

 アリーゼはにっこりと笑って、リューの額に指をちょん、と当てる。

 

「立ち上がってみて」

「…………ん?」

 

 リューが立ち上がろうとする。

 が、なぜか身体が動かない。

 

「え? ……えっ?」

「うわ、本当に動けてない! ねえリオン、どう? どう? 驚いたでしょ!」

「な、何を……これは一体……!」

 

 アリーゼはリューの驚愕の表情に大満足で、ケラケラと笑っていた。

 

「ナナシ曰く、私の腕力はウダイオス級になったらしいわ。今日、ナナシに改造してもらったの♪」

「なんてことを!?」

 

 アリーゼの冗談を真に受ける森の純真妖精。輝夜とライラはそんな二人をみて腹を抱えて笑っている。

 ナナシならやれるかもと、アーディは苦笑していた。

 

 なぜ、自分が笑われているのかわからないリューは、ただただ困惑する。

 少し後で、アストレアが種明かしをしたことで、恥ずかしくなったリューがアリーゼに襲い掛かったのは、普段とは違う日常であった。

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