優神を許さないのは何も間違っていない   作:生物産業

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第24話 良かったね

 ――リオン、ちょっと酒場で情報収集してこい。あ? 理由? んなもん、お前がおこちゃまで、堅物だからだ。冒険者の情報を集めるのに、酒場はうってつけだぜ?

 

 ライラの命令で、リューはしぶしぶ《豊饒の女主人》へ足を運んでいた。

 その背には、姉代わりのように気を配るアーディが付いている。

 

「はぁ~」

「ため息つくと幸せが逃げるって、アリーゼがどこかの神様に聞いたって言っていたような気がする」

「それ“気がする”だけですよね?」

「えへへ……」

「アーディ……」

 

 アーディの相変わらずな調子に、リューは小さく苦笑した。

 真面目すぎる自分には、こういう無邪気さが少し羨ましくもある。

 

「リオン、お酒得意じゃないもんね」

「酒場で酒を飲まないというのはどうなんでしょうね」

「別に問題ないんじゃない? 食事メインの人もいるだろうし」

 

 一抹の不安を抱えて、酒場を目指している二人。

 目の前に現れたのは、男冒険者で賑わう酒場――《豊饒の女主人》。

 看板娘たちの可憐な笑顔が目当てで常に混み合う場所だ。

 

「あ、ナナシじゃん」

 

 やっほーとアーディが一人駆け寄る。リューはそんなアーディに苦笑しながら、その後を追った。

 

「アーディとリュー。今日は休み?」

「休みのような仕事」

「リュー、アーディの頭が悪いようだよ。治療院に行った方が良い。言語能力に著しい低下が見られる」

「ちょっとっ!」

「もう手遅れだけどね。もともと、悲しい子だとは思ってはいた」

 

 ナナシの悪意なき毒舌に、アーディが頬を膨らませる。

 リューは、二人が仲良くじゃれ合っているようにしか見えず、ため息をついた。

 

「今日は情報収集を兼ねて、酒場で食事をとるところです。闇派閥(イヴィルス)の情報が出るとは思いませんが、遠からずの可能性のある情報を得られるかもしれないので」

「人選を間違えている。ライラか輝夜の指示だろうけど、なぜこの二人なのか?」

「ナナシ、貴方は私達のことをバカにし過ぎではありませんか? 情報収集くらい――」

「酔っ払いに絡まれて、リューが投げ飛ばす未来しか見えない」

「そこは私も否定できないかな」

「あ、アーディっ!」

 

 自分の厄介な性質を指摘されてしまい、リューが顔を赤くする。

 友人のアーディにすら、そのように認識されているため、否定はできないのだが。

 

「あ、ナナシも食事どう? お姉さんたちと楽しくお話しようよ♪」

「言うほどお姉さんでもないけどね。背だって、大体同じくらいになったし」

「おお~そう言えばそうだね。でもリオンの方がまだ背が高いからお姉さんだね」

「知能レベルが段違いだから、一切敬わないけどね」

 

 ぐふっと二人の美少女がクリティカルなダメージを受ける。

 ナナシより賢いとは口が裂けても言えないらしい。

 

「というか二人と食事したら、絶対に絡まれるよね? ……なるほど、さては自分たちが美人であることを示して、悦に浸りたいわけか――なんて性悪な」

「いやいやいや、どういう解釈してるの!?」

「言いがかりが酷い」

 

 ナナシのあれな思考に、二人が驚愕する。

 

「まあ、絡んできたら財布を奪って、僕の懐は潤うし、良いよ。そういう意味では二人はうってつけだね!」

「人をなんだと思っているの?」

「アーディ、彼に普通を期待しても無駄です」

 

 諦める。ナナシの突飛な発想に対応する、一番いい方法だ。

 よし行くべと、ナナシの合図で3人は酒場の中に入っていくのだった。

 

 ◆

 

 三人が《豊饒の女主人》の扉を押し開けると、賑わいと香ばしい料理の匂いが一気に押し寄せた。

 中は笑い声と酒気で満ちており、看板娘たちが忙しなくテーブルを回っている。

 

「いらっしゃいませ」

 

 振り返った看板娘のシルが、柔らかく笑みを浮かべて出迎える。

 その瞬間だった。

 

「ひっ……!」

 

 ナナシが思わず肩をすくめる。

 アーディとリューが不思議そうに振り返った。

 

「ど、どうしたの?」

「……寒気がした」

 

 ほんの一瞬。シルの瞳がナナシを値踏みするように射抜いた。

 敵意ではない。だが、背筋を凍らせるほどの“格”をまとった視線。

 人間ではない何か――理屈ではなく、直感が告げていた。

 

(……やばい。普通じゃない。この人、痴女様と愉快な仲間たちと同類――変態か!)

 

 ナナシは笑顔を装いながらも、冷や汗を拭う。

 シルもまた、ほんの刹那だけ目を細め――すぐにいつもの看板娘の顔に戻った。

 

 互いに何も言葉にしない。

 ただ、確かに“察して”いた。

 

 そんな妄想の世界は誰にも知られず、店員に促されて、ナナシ、リュー、アーディは隅の席に座り、料理を頼んだ。

 アーディは肉料理を頬張り、リューは水を啜る。ナナシは果実水を片手に退屈そうに机を指で叩いていた。

 

「……何か考え事ですか?」

「絡まれないぞ」

「しょうもないことを考えているのが良く分かりました」

 

 リューは呆れながらも、周囲の声に耳を傾ける。

 絡まれない原因は、ナナシが無意識に発している魔力の揺らぎが、並みの冒険者を威圧しているからなのだが。

 

「……聞いたか? この前、夜の大通りで――誰も乗ってないホウキが勝手に飛んでいたって話だぜ!」

「ははっ、酒飲みすぎだろう!」

「いや、本当なんだって! 商人が馬車の上をかすめて、もうちょっとで事故になるとこだったらしい!」

 

 リューの耳がぴくりと動いた。

 

「……無人のホウキ? 魔道具暴走の可能性がありますね。放置できません」

 

 リューは正義のファミリアとして、調査をしようと考えていた。

 一方で、状況をなんとなく察したのか、事件の黒幕をこの場で一番知るアーディの視線が、当人に突き刺さる。

 それをかわすかのように、ナナシは料理について語りだした。

 

「……お、この果実水、絶対デメテル産だな。味の深みが違う」

 

 そんなあからさまな行動をとれば、森の妖精も気づくわけで、

 

「ナナシ」

「なに?」

「あなたですね」

「何の話? アーディの恥ずかしい話を広めろって話なら、全然やるけど?」

「やめてください、お願いします」

 

 アーディが必死に頭を下げる。

 

「そんな話ではない。無人のホウキの話だ。事故しかけたとはどういうことですか!」

「性能は十分だったんだよ。ただ乗る人がいなかっただけ。人類の進歩のために犠牲はつきもの。ホウキに乗って空を飛ぶ、魔法少女になりたいという小さな乙女たちの夢をかなえようと思って。ママさんの井戸端会議に参加したら、そんな夢があったって聞いてね」

 

 真顔でそう言うナナシに、アーディがずっこけた。

 

「事故を起こすのはやめてください」

 

 諭すのは無理とリューは注意程度にとどめる。

 次に飛び込んできたのは、別の冒険者たちの会話だった。

 

「おい聞いたか? 最近市場で売ってる“学習できる枕”の話」

「寝ると知らない語学が頭に入るとかいうやつだろ。買った奴が、毎晩悪夢でうなされてるって噂だ」

「俺の知り合いも買ったんだがな……昨日なんて『オーク語で告白された夢』見たって震えてたぞ」

 

 リューが眉をひそめる。

 

「……これは危険です。精神を侵す魔道具など、存在しては――」

 

 またしてもナナシが視線を逸らす。

 

「ま、まさか……」

「ちゃうねん。あれは教育革命の礎なんだよ。以前、大型のカエル風アマゾネスに出会ってね。会話が全く通じなかったんだ。その反省を活かして、未知の生物との会話の事前訓練をね。寝てる間に知識をインプット、学習効率95%! ちゃんと使えば、子供の教育に良いんだよ! 今回は不幸な事故」

「悪夢を見る副作用がある時点で、実用不可です!」

「でもオーク語をマスターできるチャンスなんだよ?」

「誰が使うんですかそんなもの!」

 

 リューが机を叩き、酒場の客が驚いてこちらを見た。

 視線が自分に集まっていることに気づいたリューはペコペコと周りに頭を下げる。

 

 そんな中、さらに奥の席からは、料理人らしき男たちの話が聞こえてきた。

 

「この前さ、路地裏で勝手にシチュー煮込んでる鍋を見たんだよ!」

「なにそれ」

「いやマジで! ぐつぐつ勝手に煮込んで、完成した瞬間に鍋が移動したんだ!」

「……幽霊鍋?」

 

 リューが冷たい視線を隣に向ける。

 

「ナナシ」

「僕だよ」

「即答!」

 

 潔し。犯人が自白する。

 

「普通に便利じゃん。世のママ様の労働の3分の1は減らせるし。材料放り込むだけで勝手に煮込んでくれる夢の魔道具だよ!? これが普及すれば主婦は泣いて喜ぶ!」

「一般人が路地裏で見たら恐怖に震えるだけです」

「まあ味は微妙なんだけどね」

「致命的ですね」

「リューが作るよりは美味いよ」

「ぐふっ」

 

 ナナシが一つ一つ弁解(?)するたびに、リューの頭痛が増していく。

 アーディは「もう慣れた」と言わんばかりに笑って肉を頬張っていた。

 

「……あなたのせいで、オラリオが混乱しているのではありませんか?」

「違うよリュー。僕はただ、未来のために研究しているだけ」

「未来のため、ですか」

「そう。人々の生活が便利に、豊かに、楽しく――なるかどうかは二の次だけどね」

「二の次なんですか!?」

 

 酒場のあちこちから漏れ聞こえる噂は、どれも彼の“成果”の残骸。

 それでもナナシは悪びれることなく、果実水を飲み干した。

 

「リュー。諦めるのも時には大事なんだよ。ナナシに何かを言って聞き入れられると思う?」

「……そうでした。我々では彼を説得するだけの何かを持ち合わせていない」

 

 財力にしろ、武力にしろ、ナナシにはかなわない。

 リュー本人は考えていないが、美人しかいないアストレア・ファミリアの団員が、ちょっとエッチなお願いをしてみても全く通じない。

 むしろ、乙女たちのプライドが粉々に砕ける未来しかない。

 

 アーディの言うように、諦めるしかないのだ。

 

闇派閥(イヴィルス)以上に厄介とか、どんな冗談ですか」

 

 自分たちの命の恩人が、面倒ごとの塊であることに、リューは改めて実感するのだった。

 

 ◆

 

 《豊饒の女主人》を出ると、夜のオラリオはまだ賑やかだった。

 行き交う冒険者たちの笑い声、露店の呼び込み、遠くから響く楽器の音。

 けれど、リューは深く息を吸い込み、喧騒の裏にある夜風の涼しさを感じ取った。

 

「ふぅ……」

「お、リューがため息? 珍しい」

「あなたのせいです」

 

 真顔で即答するリューに、ナナシはケラケラ笑う。

 その横でアーディは「仲良いなぁ」とのんきに伸びをしていた。

 

「……ナナシ」

「なに?」

「あなたはどうして、そうまで自由に生きられるのですか」

 

 リューの声は静かだったが、ほんの少しの憧れが滲んでいた。

 ナナシは一瞬きょとんとし、それから肩をすくめる。

 

「だって楽しいから。縛られるのも、正しい答えを探すのも、面倒くさいじゃん」

「……面倒、ですか」

「うん。性能を上げて、便利にして、好き勝手やって――その結果が誰かの役に立ったなら“良かったね”。そういう生き方」

 

 ナナシは軽い調子で言った。けれど、その目はどこか遠くを見ていた。

 

「……私にはできません」

「真面目だからね。まあ、それがリューの良さだと思うけど」

「そうかもしれません。でも……少しだけ、羨ましい」

 

 自分にできない生き方。

 理屈もなく、自分の思うままに歩む姿。

 それを目の前の少年は当然のように体現している。

 

 リューは口元をほんの少しだけほころばせた。

 

「羨ましいなんて言うと、明日からリューも僕と一緒に悪巧みしてくれるの?」

「絶対にしません」

「即答だ」

「即答です」

 

 二人の軽口に、アーディが「随分と仲良くなったねぇ」とくすくす笑う。

 

 夜空には月が浮かんでいた。

 オラリオの喧騒の中、三人の影は並んで伸びて――その一歩一歩は、少しだけ心を軽くしてくれるようだった。

 




次回で最終話になります。
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