「アーディのファミリア加入を祝して、かんぱーいっ!」
「「かんぱーいっ!!」」
杯が打ち鳴らされ、賑やかな歓声がアストレア・ファミリアのホーム──《星屑の庭》に響き渡った。星光が降るような美しい庭で、アーディの歓迎会が盛大に行われていた。
この中で唯一“部外者”と呼べる存在は、アーディの姉であるシャクティ・ヴァルマだった。本来ならばガネーシャ・ファミリアに戻るべき立場だが、二年ぶりの再会をすぐに切り上げるのも忍びないとアリーゼが気を遣い、アストレアも快くそれを受け入れた。そして、主神ガネーシャの「構わんぞー!」という豪快なひと言で、シャクティの歓迎会参加が決定したのだった。
「ありがとう。……一時的な滞在なのが申し訳ないけれど」
「気にしない、気にしない♪ 知らない仲じゃないし!」
「あはは、アリーゼ、ありがとうね」
アーディはどこか居心地悪そうにしながらも、周囲の好意を受け止めようとしていた。
「……本当に、アーディが生きていてよかった」
リューが、杯を静かに伏せながら呟いた。その声音には、さまざまな想いが込められている。彼女の声を聞いた者たちは、誰もが無言で頷いた。
「しかし、あの状況からどのようにして生き残ったのでございましょう? 爆発に巻き込まれ、瓦礫の下敷きになったはずですが……」
輝夜が冷静な口調で現実的な疑問を口にした。
「うーん、ナナシと出会った経緯はよく覚えてないんだよね。あの頃は意識もなかったし。目を覚ましたときは、“ここどこ?”って状態だったし、身体も動かなくて、正直パニックだった。でも、ナナシがそばに居てくれたから……なんとかなった、って感じかな。感謝、感謝、だよ」
あのとき、目覚めたアーディはまるで異国に放り出されたようだった。身体は動かず、声も出ず、眼前にいたのは見知らぬ“子供”──正体不明の存在。ただ、その子供が異常なまでに有能で、あまりにも普通ではなかったことが、唯一の救いだった。
「ナナシと言ったか。見た目通り子供のようだが、言動の端々に年齢不相応なものを感じる。輝夜を一瞬で沈めたという話にも、驚かされた」
シャクティが、さきほどの出来事を思い返すように言うと──リューの口元がぴくりと動いた。満足そうに、ほんの少しだけ笑ったのは、輝夜があっさりやられたことが、少々愉快だったからだろう。
「あらあら、街の治安を預かるファミリアの団長様は、わたくしのような非才が子供に敗れたことを、嘲笑なさっているのですか?」
にこやかに、しかし確実に圧を込めた笑みを浮かべながら、輝夜が切り返す。
「からむな。侮蔑する意図はない。ただ単に、アストレア・ファミリア随一の剣士であるお前を、いともたやすく退けた少年に、興味が湧いただけだ」
「ふふーん! 倒されただけなら、私やライラも一瞬よっ!」
「おい、そこは誇るところじゃないだろ、バカ団長!」
アリーゼらしい発言に、周囲から失笑が漏れる。ああ、この人は本当に変わらない。
「アリーゼが元気なのはいつものこととして……アーディ、ナナシってどんな人間なんだ?」
ライラが酒を口に含みながら問いかけると、アーディは少しだけ考えてから答えた。
「うーん、どうって……うん、子供のままって感じ? 強さとか知識は私なんかじゃ比べ物にならないけど、性格は……普通にわがまま。正直、悪いと思う」
「む?」
「旅の途中で立ち寄った街とかで、働く人たちを見ながら、“下々がせわしなく働く姿を眺めながら紅茶と菓子を味わう僕……うーん、素敵”とか、堂々と言ってたからね」
「……性格、酷いですね」
リューの断言に、皆が無言で頷く。
「でも、私の身体が動かなかった頃、ずっと世話してくれたのもナナシだよ。こうしてここまで連れてきてくれたし、根は悪い子じゃないと思う」
「……まあ、確かにそうだな」
ライラが静かに同意を示す。見知らぬ少女に手を差し伸べ、長い旅の間世話をし続けたという事実。それだけで、彼がただの“性格が悪い少年”では済まされないことは明白だった。
「それにしても、あの歳にしてあの実力……一体どれだけの修練を積めば、あの域に至るのだろうか……」
リューが目を伏せながら、真剣な声で呟いた。彼女はナナシの強さそのものに、強い興味を抱いていた。
「アーディ、何か知ってる?」
「……うん」
アリーゼの問いに、アーディは即答したものの、少しだけ言葉を選ぶような、曖昧な顔を見せた。
「もしかして、話せない系?」
「いや、口止めされてるわけじゃないよ。ナナシと一緒にいたら、そのうち自分で語ると思う。でも、聞いた人によって感想が違うというか……」
「なんだか要領を得ませんねぇ」
輝夜が首をかしげる。だが、そこにいた全員が「続きが気になる」という視線を向けていた。
「うーん……みんなはさ、男の人同士が──ピー──すること、どう思う?」
アーディが頬を朱に染めながら、まるで相談でもするかのように切り出した。その瞬間、リューの顔が一気に真っ赤になり、即座に叫び声を上げる。
「アーディっ!」
「おいおい、それってアレか? 男のアレを、別の男の尻に──」
「ライラっ!」
「あらあら~? 今、何のご想像を? 潔癖で高潔で下ネタなど無縁だとすまし顔をしているエルフ様とあろうものがぁ?」
「か、輝夜、貴様っ……!」
ふしゃー、と本当にそんな擬音が聞こえてきそうな勢いでリューが威嚇を始める。いつものように輝夜の挑発に乗ってしまうのは、もはや彼女の習性と言ってよかった。
騒がしさが頂点に達しかけたそのとき、アリーゼが手を打ち鳴らす。
「はいはい、二人が仲良しなのはよーく分かったから、そろそろ話の続きを聞きましょう!」
「……アリーゼ、なぜ少しだけ楽しそうなんですか?」
「興味がないとは言ってないし?」
「あ、アリーゼ……!」
リューが「裏切られた」とでも言いたげな顔をする。しかし、彼女を除く他の面々は──程度の差こそあれ、興味津々な様子だった。すまし顔をしていたシャクティも、明らかに耳だけは会話に集中している。
「……アーディ、続きをどうぞ」
アリーゼが静かに促すと、アーディは頷いて話を再開した。
「えっと、じゃあ……便宜上、さっきの内容は“聖戦”って呼ぶね。ナナシは、戦災孤児だったんだって。自分の親も知らないって。気づいたら、ある島国に連れてこられていたらしい」
戦乱で記憶を失うことは、この世界では決して珍しい話ではなかった。
「その島国は“アベ”っていう神様が治めている、国家型ファミリアで──ナナシの言葉を借りるなら、“修羅の国”だったって」
アストレアが、ここでわずかに反応を見せた。彼女の神気が一瞬揺れたように見えたが、口を挟むことはせず、黙って続きを促す。思い出したくない何かが、そこにあったのかもしれなかった。
「でね、連れてこられた孤児たちは最初に“聖戦”を見せられるんだって。見せられた子どもたちは、なんとも言えない顔になるらしくて……精神が弱い子から順に、その聖戦に参加してしまうらしい。人様にお見せできない顔になるのもこの時だって。そして参加した後、主神からファルナ──神の恩恵を受けるらしいよ」
説明の中で“恍惚”という単語を避けたのは、アーディなりの配慮だったのかもしれない。
数名のメンバーがふんふんと妙な熱を帯びた表情で頷いていた。
「驚くことにね、自分より格上の相手と聖戦すると、ランクアップするんだって」
「格上って……何基準だ? ……あれのデカさか?」
ライラがぽつりと呟き、女子たちから小さな悲鳴と笑い声が起きる。
「そこはよく分かんない。ナナシも人から聞いただけらしいし」
「となると、ナナシの強さはその“聖戦”で鍛えられたわけではないのか?」
輝夜の問いかけに、アーディははっきりと頷いた。
「うん。もともと“同志”だった子たちが、聖戦を繰り返す中で敵になっていくんだって。それが辛くて、ある日ナナシは“祈るのをやめて、呪うことにした”って。強くなりたければ神を呪え──それが、ナナシの座右の銘みたい」
「……神を、呪え……」
その言葉に、場が静まり返る。
この世界において、神は恩恵を与える者であり、英雄を導く存在だ。神の存在なしに、冒険者はレベルアップすらできない。
──その神を呪え。
アストレアは静かに目を閉じた。理解できる。だが、胸の奥に鈍い痛みが走る。
(
「それで、ナナシは聖戦を退けて島を脱出したんだって。その途中で、私が──突然、現れたの。それで今に至るってわけ。ナナシと一緒に脱出した仲間のお爺さんが居たらしいんだけど……」
アーディが困ったように笑う。
「そのお爺さんに色々と教わったんだって。けど、すぐ“ヤバそうな女の人”に連れて行かれたらしい。ナナシ、今でもそのことだけは後悔してて……その女の人、すっごく血走った目で“男の園に放り込めば矯正されると思ったのに、まさかショタコンになって帰ってくるとは! キィィー!!”って叫んでたらしいよ。あまりの錯乱っぷりに同志を置いて逃げてしまったって、神を信じていないのにそれだけは時折懺悔してる」
全員、沈黙。
「……アストレア様?」
眉間にしわを寄せて考え込んでいる主神に、アリーゼが心配そうに声をかける。
「たぶん……知り合いだと思うの。そのお爺さんと、ヤバそうな女性……心当たりがありすぎる」
((ってことは……やっぱり神様!? 発狂する女神って、怖すぎるんですけど!!))
ファミリアメンバーたちの内心が、見事に一致した瞬間だった。
「それと──みんなにも覚えておいてほしいんだけど、ナナシを“男島”に連れて行った神様……もしオラリオにいたら、たぶん確実に送還される。ナナシを止めるのは不可能だから」
アーディがはっきりと念を押した。
「……少しだけ少年から話を聞いたが──その神、ほぼ間違いなく“神ヘルメス”だろうな。特徴が一致しすぎてる」
輝夜が、普段の猫を脱いだ声で告げる。
「基本はオラリオ外で活動してるけど、たまに戻ってくることがある。……そのとき、ナナシと出会わないことを祈るばかりだ」
神殺し──それは禁忌中の禁忌。下界にいる者であれば、誰もがそれを知っている。
だが、ナナシは“普通”ではない。
それを知る者たち──アリーゼ、輝夜、アーディ──は、彼が“やる”だろうという確信を、既に持っていた。
「ヘルメス・ファミリアにはナナシの存在を伏せた上で、事情だけ伝えるべきかもしれないわね」
「アンドロメダ……また胃を痛めそうですね……」
リューが肩を落としながら、旧友の健康を心配した。
──そしてそこからは、話題は自然とアーディとナナシの関係へと移行していき、女子だけのファミリアらしく“恋バナ”に突入。
羞恥と突っ込みと疑惑の応酬が続き、アーディが床に沈むまで追い詰められるのは、時間の問題だった。
◆
「さて、どうしようか――埋めるか」
「「やめてっ!!」」
絶叫とともに転がるのは、ヒューマンの少女と
……話は少しさかのぼる。
ナナシがオラリオに到着した直後──所持金ゼロ。財布もゼロ。希望もゼロ。
つまり、こうなる。
――即金。合法(ナナシ基準)な即金稼ぎ。
手順はシンプル極まりない。ちょっといい服を着て、危ない路地をうろつく。すると、どこからともなく「お、カモだ」とばかりに悪党が現れる。ナナシ的には「ようこそ、狩場へ」だ。
あとは返り討ちにして、金目の物を回収。人数が多ければコンボボーナス発動。気づけばリッチな日々。
かつてはアーディを囮にしていたが、当の本人は爆睡していたので気づいていない。寝てる美少女なんて、盗賊ホイホイ以外の何物でもない。
下っ端を釣り上げて、バックにいるボスから金を根こそぎ奪うスタイル。捕らえた奴はボッコボコにして転がしておけば、あとはモンスターか別の盗賊が片付けてくれるというエコ設計。
そんなサバイバル術でナナシはちゃっかり資産を構築してきた。なのにアーディに借金を取り立てるのは、「お金? あるに越したことないでしょ」という、それだけの理由だった。
――が。
そういうことをしていれば、当然“恨まれる”。
ナナシが狩った相手の中に、よりにもよって
当然、報復が来る。
で、現在。その報復の“刺客”たちが、こうして簀巻きにされて転がっているわけである。
「で、何の用? 幼気な少年を襲ってくる変態に、心当たりはないんだけど?」
「変態じゃないっ!」
「そうニャっ! ミャーは美少年のお尻にしか興味ないニャ!」
「…………」
「…………」
ナナシとヒューマン少女、見事に揃った侮蔑の眼差しで猫娘を射抜いた。
「……未来の少年たちの尻を守るためにも、やっぱり埋めよう」
「私は関係ないっ!」
「や、やめるニャっ!」
必死に抵抗を試みるも、二人とも簀巻き状態。まったく意味がない。
「でも君ら、殺し屋なんでしょ? お金もらって“なんでもやります”な感じの。あ、別に否定してるわけじゃないよ? 世の中、需要と供給だしね。稼ぎ方は人それぞれ。でもさ、リターンが大きい仕事って、当然リスクも大きいわけで。ここはいさぎよく来世に旅立つのが――」
「思わないっ!」
「思わないニャっ!」
即答。命の火、まだ消える気配なし。
もちろん、少女たちにも事情はあるのだろう。けれど、ナナシにとってはどうでもいいことだった。襲ってきたから返り討ちにした。ただそれだけの話。
「別に逃がしてもいいけどさ、僕って善良な市民じゃん? 悪党は滅せよって、心が……囁くんだよね」
「アンタは小人族で、商会の商品盗んで、従業員にまで手をかけたんでしょ!」
「そうニャ! 慈善団体の倉庫に忍び込んで、か弱い少年たちの希望を奪った悪党ニャッ!」
「ふーん? まあ、僕ヒューマンだし、見た目どおりの年齢だよ? 騙されたんだね。うん、お馬鹿さんは賢い人に騙されるもの。これ、人生の常識。いい勉強になったね? 来世では気をつけよう!」
ここに善悪なんてない。あるのは、ナナシの論理。ぶっちゃけ理屈が通っているのが、タチが悪い。
「ちなみにさ、手足を動けなくして娼館に提供するって手もあるけど……どう?」
「……それなら死んだほうがマシ」
「ミャーもニャ……」
「いや、君ら美人だからさ。きっと人気出ると思うよ?」
「……お金は欲しいけど、その手段は取りたくない。だったら賞金稼ぎやってない」
「そうニャ! これは尊厳の問題ニャ!」
「うん、分かる。でもね、それ娼館の人に超失礼だから」
「「うっ……」」
ナナシの正論パンチ。思わず沈黙するふたり。刺客としては不意打ちの直撃だった。
「でもまあ、分かるよ。譲れないものってあるよね。『泥水すすってでも生きろ』とか『体売ってでも生き延びろ』とか言う人もいるけど、それができない人もいる。自分を自分たらしめている一線、それを超えるくらいなら、死んだ方がマシって人もね」
ナナシにも、譲れないものがあった。
それを守るために、誰かを切ったこともある。助けられたかもしれない誰かを、助けなかったこともある。
──それでも。
その“信念”がなければ、彼はとうに潰れていただろう。
「他人の信念を否定する気はないよ? 信念を貫いた結果、地面に転がってるだけなんだから。だからこの場合、潔く死すべし」
「それとこれとは話が別ーッ! 人は対話ができる生き物ですッ!」
「話し合いは人が人であるための条件ニャッ!」
「問答無用で襲いかかってきた畜生が、なにか言ってますが?」
地面に転がる簀巻き娘たちの必死の叫びに、ナナシの冷淡なツッコミがズバズバ刺さる。
「わかったニャッ! そっちの脳筋を少年の好きにしていいニャ! 良い体してるニャ!」
「は!? 私を差し出すなっ! 少年っ! 大人のお姉さんに手を出すのは早い! ツルペタの
「誰がツルペタニャ! ミャーはスレンダーなだけニャッ!」
「そっちこそ、誰が脳筋よ! 私は殴るのが得意なだけ!」
「「脳筋じゃん(ニャ)」」
被害者と加害者の意見が珍しく一致した瞬間だった。
なお、ツルペタ発言でちょっとした乱闘が始まりかけたが、全員簀巻きなのでただの転がるコントになっていた。もはやギャグ。
そんなわちゃわちゃの中、いきなり声が響いた。
「ナナシ~! アーディお姉さんが遊びに来たよ♪」
元・囮(無自覚)こと、アーディが登場。
本来ならアストレア・ファミリアで警邏の仕事をしているはずなのだが、なぜか居場所を突き止めて遊びに来るあたり、ストーカー力が高い。
「おっ、ちょうどいいところに。ねぇ、この二人引き取ってくれない? 賞金稼ぎか殺し屋か知らないけど、返り討ちにしたった」
「状況だけ見ると、君が悪役に見えるんだけど……?」
転がる簀巻き×2と、それを見下ろすニッコリ少年。
――うん、悪者にしか見えない。
「お姉たまに突き出して晒し首にするか、輝夜に差し出して試し斬りにするか、お好きにどうぞ」
「ちょっと! 人の姉と仲間を、合法的殺人鬼みたいに言わないでくれるかな!?」
さすがのアーディも暴言にツッコまざるを得ない。
「えー、でもさ。アリーゼや輝夜と同じくらいの実力なんだよ? ちゃんと処理しないと、僕みたいな一般人、危ないってば」
「嘘だっ! 一般人は人の顔掴んで地面に叩きつけたりしない!」
「そうニャそうニャ! ミャーの美顔が崩れたらどう責任とるニャっ! ポーションかけてくれてありがとうニャっ!」
「感謝と恨みが混ざってて感情が忙しいね……」
「気にしない。とりあえず、引き取って。アリーゼならなんとかしてくれるっしょ。僕はね、アリーゼが“やれば出来る子”だってこと、認めてるから。……八割くらい、うるさくて可哀想な子かなという疑念がぬぐえないけど」
「それ、“出来る子”って思ってないよね!? ねぇ、思ってないよね!?」
全力で抗議するアーディを華麗に無視して、ナナシはうんうんと深く頷く。
「ま、彼女たちも今の生活にモヤモヤしてる感じあるし。アリーゼの前向きな性格に毒されて、多少はマシな方向に転がるかもね。“こんなことやってていいのかな……”とか、“もう殺しは嫌ニャ……”とか、言い出すことも少なくなるさ」
「……なんで少年に心の中、覗かれてるのかな……」
「……憲兵呼んでほしいニャっ! うら若き乙女の心が盗まれてるニャっ!」
「“うら若き乙女”じゃなくて“美尻好き変態”の間違いじゃない?」
「ぐさっ!」
もはや殺し屋より芸人向きである。
「じゃ、アストレア様のところに連れて行くから、ナナシも運ぶの手伝って」
「僕は紳士だから軽い方を担当するね。自他ともに認める“スレンダーさん”を運ぶよ」
「私は重くないっ!」
「ミャーはぺったんこじゃないニャっ!」
「うるさい」
ぴしゅっ。
ナナシのデコピンが的確に炸裂し、二人とも意識を失った。
「……最初からこうしておけばよかったな」
反省の色ゼロで、ナナシは涼しい顔。
「2名様、ご案内~♪」
どこかズレたテンションで、アーディが案内役を買って出た。
こうして、二人の殺し屋(?)は、アストレア・ファミリアの教育的指導を受けることになったのである。
◆
「……我が家を預かり所か何かと勘違いしているのでございますね」
苛立ちを滲ませた声音で、輝夜がナナシに問いただした。
彼女にしてみれば、面倒事は剣より重い。正義を司る神の娘たる彼女は、秩序の維持には尽力するが、持ち込まれる厄介事までは引き受けたくない。
「迷える子羊に手を差し伸べよ――と、確かアリーゼの親戚の友達の妹が声をかけた門番が、そんな感じのことを言ってた気がする」
「どこをどう辿ってもアリーゼ関係ねぇだろ」
ライラがすかさずツッコミを入れる。言われた本人がここにいたら、
「え? でも結局みんな私に繋がってるってこと? つまり私、世界の中心?」
なんてドヤ顔で語り出したことだろう。
「ま、とりあえずね。彼女たち、ちょっとした厄介者なんで処理よろしく。それと雇い主には報復しとくから、事後対応もよろしくね。はい、あとは頼んだ」
軽い調子で言い残し、さっさと立ち去ろうとするナナシの腕を、輝夜が笑顔――という名の圧力を込めて掴んだ。
「少年。その『雇い主』とやら、どこの誰かご存じなんでしょう? 詳しく、教えてもらえますよねぇ?」
「輝夜、ステイ。人を斬りたい衝動は分かるけど、まずは僕の心を癒すのが先」
「……すてい?」
「“お座り”の意。つまり、黙ってお茶でも飲んでなさいって意味」
にっこりと挑発的に笑いかけるナナシに、輝夜は剣呑な目を向けるが、当の本人は気にも留めない。
「ていうかさ、街の治安を守ってるんでしょ? 敵の情報くらい把握してないの? まさかとは思うけど、人海戦術で情報集めてるとか言わないよね?」
ナナシの視線を受けて、輝夜とライラは顔を見合わせ、揃って首をかしげた。
「他に何か方法があるのか?」
「口伝えの情報網、馬鹿にできないでございましょう?」
「いや、確かにそうだけどさ、効率悪いよね? え、マジで……まさかとは思ってたけど、君たちもアリーゼ級?」
「「それは失礼すぎだろ!!」」
二人の声が見事にハモる。
ちなみにアリーゼは見た目こそ脳天気だが、実際は勘と知性的な思考の持ち主である。賢さを見せる機会がすくないため、周囲からは“アホの子だけど冴える時だけすごい”という認識を持たれていた。
だからこそ同列扱いは、さすがに屈辱だった。
「でもさ、手段は結局、人力でしょ? 脳筋じゃん」
「ああん? お前さんは人力以外に何か方法があるってのかよ」
「あるよ? 凡人ライラとは違って、僕は天才だからね。はい、これ」
そう言ってナナシが取り出したのは、手のひらサイズの漆黒の箱。それと蜘蛛を模ったゴーレム。
ライラが訝しげに受け取る。
「なんだこりゃ?」
「魔道具ですか?」
「お、輝夜正解。100点」
ナナシの答えに、ライラの目の色が変わる。興味のスイッチが音を立てて入ったのがわかる。
「これはね、小型の蜘蛛型ゴーレムの位置を把握できる“転写視晶板”って道具。この蜘蛛が見た映像や聞いた音をこの板に映せるってわけ。あと遠隔操作も可能」
「……ちょ、ちょっと待って。アタシの時代、ついに来たーーーっ!!」
突然叫び出すライラ。どうやらこの魔道具で、色々あくどい遊びができると妄想を始めたらしい。
「やはり変態か」
ナナシが冷ややかに呟くが、もはやライラには届かない。
「いや、変態ではない。ただ思考回路が一般人と異なるだけだ。……ちょっとだけ」
輝夜が額を押さえながら呟くフォローは、もはやフォローの体を成していなかった。普段の口調が崩れ、荒くなっているのは、猫を被ることを忘れるほどの状況だからだろう。
「ちなみにこの箱と、もう一体の蜘蛛型ゴーレムを組み合わせれば――ほら、離れた場所でもやりとりできるんだ。声も映像も、ほぼ遅延なしでね」
ナナシが得意げに胸を張ると、ライラが目を輝かせ、輝夜は呆れ半分で小さく感嘆の息を漏らした。
「……魔道具まで開発するとは。貴様には驚かされてばかりだ」
「いやいや、開発自体は誰にでもできるよ? ただ、君たちは魔力を“魔法”としてしか使えない凡人だから、そういう方面が弱いだけ」
悪気はない――はずなのに、言葉のナイフは刺さる。ぐさりと。
「……魔法以外に、魔力の使い道があると?」
「あるよ? 繊細な操作をすれば、魔力は熱にも、光にも、動きにも変換できる。要は意識の向け方の問題。まあ、その辺は気にしなくていいよ。“僕が天才で凄い”って認識で大丈夫だから」
「…………」
輝夜の口元がピクリと引きつる。どうにも言い返したそうな雰囲気だったが――
「おーいナナシ! これどうやって動かすんだよ!」
ライラが遠くでゴーレムを逆さにして騒いでいる声が届き、ナナシはそちらへスキップ気味に向かってしまった。残された輝夜は「くっ……」と唇を噛んで悔しさを滲ませる。
──が、その数分後。
「……なるほどな。しっかし、おめえが裏の連中に関わってたとは思わなかったぜ」
使い方のレクチャーを受けたライラが、思わず感心したように呟いた。というのも、ゴーレム開発の裏には、ナナシのちょっと黒い金策事情が絡んでいたらしい。
「キャッチ&リリース方式。犯罪者は適度にお金をむしって、泳がせて、また貯めた頃に再徴収。悪党からは何をしてもいいっていう、都合の良いルールを活用してるわけ」
「……そんなルール、存在しねぇからな。つうか盗んだ金品は返せよ」
「僕が持っているという証拠があるならね?」
「おい、今、自白しただろ!?」
「でも証拠はないでしょ? だから僕は潔白。ほら、無罪確定。すばらしき法の抜け道」
「……マジで証拠残してなさそうだからムカつくなぁ……。まあ、でもこれを貸してくれるなら、十分元は取れるか」
悪党じみた笑みを浮かべるライラに、ナナシは一歩後ずさった。いや、君、正義のファミリアだよね? と、無言の視線を輝夜に向けるも、そっぽを向かれてしまった。
──その後。
ライラは新たな“オモチャ”を手にした子どものように、意気揚々とゴーレムを操作し、路地裏など、通常の巡回では行き届かない区域に潜入させた。結果、
得られた情報を元に、アストレア・ファミリアとガネーシャ・ファミリアが連携して一斉摘発。闇と繋がる商会もろとも、見事にオラリオから一掃されたのだった。
──図らずも、ナナシのおかげで。
本人は「一時の金策と実験材料にしただけ」と言っていたが、結果的には都市の治安が向上し、周囲からは英雄のように讃えられる……ことはなく、ライラに魔道具の使い方を延々尋問され続ける羽目になった。