優神を許さないのは何も間違っていない   作:生物産業

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第7話 アリーゼとリューは……致命的かもね

 アストレア・ファミリアの庭に案内されたナナシたちを見て、なぜか自然と人が集まってきた。

 どうやら“ナナシの実験”という単語が、不穏な好奇心を呼び寄せたらしい。

 

 その中でも一際ズカズカと歩いてきたのは、いつもの顔――ライラだった。

 

「なぁナナシ、あのゴーレム通信機さ。量産できねぇ? いや、して? オラリオ全域にばら撒きたいの」

「最後アリーゼっぽく言ってるけど、気持ち悪いよ。それと嫌。決まってるじゃん。量産なんてしたら、敵の手に渡る可能性があるでしょ。監視機ってのは隠してナンボ。僕はオラリオの平和になんて興味ないし、ライラたちに貸してるのは善意の範囲。……で、たかってくるなら返して?」

 

 ナナシが無言で手を差し出す。

 

「ちっ……悪かったよ。今使ってるやつで我慢する」

 

 ライラは舌打ちしながら顔を背けた。

 治安維持のため、街中に設置できればどれほど便利か……。

 だが、ナナシの言葉はもっともだった。力も関係も足りない今、自分はあれを強要できる立場にない。

 

「ま、バラして模造品作るって手もあるけど? 壊れても文句言うなよ?」

「それは構わないけど、次の支給は無いよ。研究されて類似品ができないとは思ってないけど、わざわざ環境を与えるほど僕は善人じゃない。発展は人類の本能だけど、バカが多い方が都合がいいこともあるしね」

「……ムカつく思考しやがって。それがアタシと近いってのが、さらにムカつくわ」

「絶対的強者は、油断も慢心もするけど、自ら他者に成長機会を与えたりはしないんだよ」

「同意見だよ、クソ野郎!!」

 

 そう叫んで、ライラは悪態を残しながら去っていった。

 

 そして――ナナシのテンションが一気に跳ね上がる。

 

「さーてっ! “アーディを瀕死に追い込むまで実験”が、はじまるよー!」

「始まらないでっ!! 誰も望んでないからっ!!」

 

 アーディが全力で拒否するも、ナナシは完全に無視。

 

「どんな実験をするの?」

 

 アーディの横にいたアリーゼがにっこりと尋ねる。

 本人は完全に他人事の笑顔。

 

「まずはこれを、アーディに食べさせます」

 

 ナナシが懐から取り出したのは、紙に包まれた何か。

 無言でアーディに手渡し、「食え」の一言。

 

「……これ、まさか毒じゃないよね?」

「違うよ。たぶん」

「“たぶん”じゃ困るのっ!」

 

 とはいえ、ナナシに対してそれなりの信頼があるアーディは、少しだけ警戒しつつ包みを開く。

 

「……サンドイッチ?」

「そ。さっさと食べて」

 

 最初はおそるおそるだったが、一口食べてみると――

 

「……! おいしい……」

 

 目を見開くアーディ。そのまま口いっぱいに頬張っていき、あっという間に完食してしまった。

 

「ふー、ごちそうさま。普通においしかった……」

「よし。アリーゼ、アーディに何か変化は見える?」

「うーん……あ、ちょっとふっくらしたかも?」

「え?」

 

 自分の頬や二の腕を、慌ててペタペタと触るアーディ。

 その様子を見て、すかさずリューが“死の宣告”を下した。

 

「も、問題ない範囲です。少し、です、少しだけ」

「リオォォン!!」

 

 全力で否定してほしかったアーディに突き刺さる、残酷な現実。

 少女は絶望した。

 

「アーディが打ちひしがれてるのは後回しにして。次、魔力を扱えるようになって」

「わーお、根性論……」

「アーディは元々魔法を使ってたから大丈夫! アストレア様に恩恵も刻み直してもらったんだし、いけるいける♪」

「アリーゼ、前向きなのは良いですが、今回はそんな甘いものでは……」

 

 リューの冷静なツッコミも、アリーゼには通じない。

 

「……仕方ない。凡人たるアーディにこれを貸そう」

 

 再びナナシが懐を漁り、今度は腕輪のような魔道具を取り出した。

 

「魔道具?」

「そう。恩恵を解析して、部分的に“起動”できるようにした。さっきのサンドイッチの効果も相乗するようになってる。凄いよ?」

 

 何がどう“すごい”のかまったく分からないまま、アーディは腕輪を装着した。

 

 ――その瞬間。

 

「っ……!」

 

 全身が熱くなる感覚に襲われる。

 血流が加速し、内側から魔力の波が噴き出すような、そんな衝撃。

 

「な、なにこれっ!? 体が……熱い……!」

「ふふふ、ようこそ実験パート2へ。さあ、次のステージだ!」

 

 ――その笑顔は、完全に“研究者”のそれだった。

 

(私……今日、生きて帰れるかな……)

 

 空を仰いだアーディの目に、真っ青な空がどこまでも広がっていた。

 

「――あ、そうそう。言い忘れてたけど、魔力の制御に失敗すると、全身の脂肪が燃焼されるから。究極のダイエットってやつ。……ただし、大事な部分、たとえば胸とかもきれいさっぱり無くなるよ」

 

 さらりと、とんでもないことを口にしたナナシは、アーディの胸元をチラ見しつつ続けた。

 

「アーディはそこそこあるから余裕あるけど――アリーゼとリューは……致命的かもね」

「「ぐはっ!!」」

 

 それはまさに精神的クリティカルヒット。

 血を吐く勢いで、二人の乙女が膝から崩れ落ちた。

 リューに至っては本日二度目のダウンである。乙女の尊厳はいつも風前の灯火。

 

「サンドイッチを食べてなかったら、不健康なレベルまで痩せ細ってたかもね。良かったね?」

「良くないよ! な、なにこれ!? これどうすればいいの!?」

 

 アーディが半泣きで叫ぶ。

 

「考えるな、感じろ。アストレア・ファミリアってそういう場所――って、君たちの団長が言ってた」

「アリーゼっ!!!」

 

 友人に文句を言いたいがそれどころではない。

 アーディは必死だった。

 全身が燃えるような熱さ。汗が噴き出し、喉が渇き、視界がチカチカする。

 けれど、ただの熱中症とは明らかに違う。これは――体内の“魔力”が暴れている。

 

(お腹の奥から、全身に広がるように熱が……まずはここを抑えないと)

 

 アーディは目を閉じ、体の内側に意識を集中させた。

 

 彼女は凡人ではない。

 ナナシ基準では“普通”とされても、それは「ナナシにとって」の話である。

 現実には、レベル3の第二級冒険者。しかも上澄み。ランクアップ目前とも言われていた少女。

 わずか15歳でそこまで上り詰めた天才は、2年のブランクで朽ちるものではなかった。

 

 才能は、努力すら超えていく。

 

「アーディのくせに……生意気」

「えぇ~……褒めてよ~、素直に~」

 

 全身を襲っていた熱が、少しずつ穏やかになっていく。

 アーディは額の汗を拭いながら、はあっと息をついた。

 

「なんというか……変な感覚。でも、嫌いじゃない」

「なれれば気にならないよ。ちなみに、試しに腕輪を外してみて?」

 

 ナナシの指示で腕輪を外した瞬間――全身からスーッと力が引いていくのを感じた。

 

「……あ、熱が消えた」

「魔力を引っ張り出すのが難しいんだね。恩恵の弊害かも。本来は自分で覚えるものだし。ある日突然なんて、おかしすぎるでしょ」

「目に見えないものを感じるって、難しいね。魔法も詠唱しないと発動できないし。使ってるときの感覚も全然違うし……」

「それもおかしい話だよね。“声に出さないと発現しない力”って何さ。呪文はロマンだけど、非効率だ。おそらく詠唱しないと使えないって思い込んでるだけで、魔力をひねり出す感覚が身につけば、無詠唱でいけると思うよ」

「「本当(ですか)!?」」

 

 ナナシの一言に、二人の少女――アリーゼとリューが顔を上げた。

 片や傷心真っ只中、片や2ダウン目の衝撃から復帰中。だがその目は輝いていた。

 

「無詠唱って……それって、魔法戦闘が大きく変わるんじゃない?」

「威力次第ですが、実戦で使えるならそうかもしれません」

 

 いつの間にか、乙女の危機はどうでもよくなっていた。

 アーディの頬はちょっとふっくらしたままだが、本人は気にしていない(ことにした)。

 

 ナナシの実験は、今日も誰かを追い詰め、誰かに希望を与える。

 

「たぶんだけどね。僕は魔力は扱えても、魔法は扱えないから、あんまり偉そうなことは言えない。魔法“っぽい”ことはできるけどね」

 

 そう言ってナナシは手のひらを上げ、誰もいない方向にぴっと向ける。

 

 皆の視線がその先に集まった、次の瞬間――

 

 ズバァンッ!

 

 白光のような閃光が一直線に発射され、庭の奥で爆発が起こった。

 

「こんな感じ。威力は……だいぶ抑えたけど」

 

 と、さらっと言ってのけるナナシの横顔は、いたって平常運転だった。

 

「詠唱……なしで……魔法……?」

 

 リューが驚愕のあまり、フリーズしたように口をぱくぱくさせる。

 

「いやいや、魔法じゃないよ。魔力をそのまま固めて飛ばしただけ。属性付与まではしてないし。これに火とか風とかの属性が加われば、ようやく“魔法”って呼べる代物だね」

「ナナシ~~っ!!」

 

 そこへ、満面の笑みとともにアリーゼが叫ぶ。両手を前に出し、まるで“私にも撃たせて!”とでも言いたげだ。

 

「いや、やめておいた方がいいよ。なくなるよ? 微乳が無乳になるけど?」

 

 ナナシの冷静なコメントに、アリーゼは本能的に胸元をガードした。

 

「ナナシっ、えっちなのはいけないと思います! めっ!」

「いやいや、お姉さんぶっても、ないものはないんだよ。ネーゼみたいに爆乳になってから出直してきな。せめて、輝夜くらいあればね」

「輝夜って……あの服装、サイズ分かりづらいじゃない! 大きいのは知ってるけど!」

 

 ネーゼは露出の多い衣装で、彼女のボリューム感は一目瞭然。

 だが輝夜は極東の着物姿。帯でしっかり巻かれているため、判別は困難なはず。

 

「見れば大体わかるでしょ?」

「ナナシって……小さくても男の子ってことね!」

「アリーゼの胸ほど小さくないけど?」

「ぐはぁっ!」

 

 またしても胸にクリティカルヒットを受け、アリーゼが倒れる。

 まるで胸という単語がアリーゼのHPバーと連動しているかのような減り具合である。

 

「アリーゼ、今のは……私でも予想できました」

 

 冷静に墓穴の深さを指摘するリュー。もはや日常。

 

「それはそうとナナシ、魔力を扱えるようになると、結局どうなるの? 詠唱不要ってだけでも、すごく有用だと思うけど」

 

 アリーゼがようやく真面目なトーンで尋ねると、ナナシは頷いた。

 

「今のアーディ程度じゃ大した効果はないけど……よく考えてみて。魔力が与える一番の影響って何?」

「……魔法?」

「それもあるけど、もっと原始的な部分。物理的に“ありえない力”を引き出す要因だよ。たとえば普通の殴打じゃ出せない破壊力。それは魔力による補助があるから。魔石で動いてるモンスターと同じ理屈だね。うまく魔力を制御できれば、身体能力も跳ね上がる。つまり、“強靭な肉体”を手に入れるのと同じだよ」

「へぇ~……」

 

 三人が揃って頷く。けれど、それをどう実現するのかが問題だ。

 

 そこでナナシは、おもむろに次の手を打った。

 

「アーディ、ちょっとライラのとこまでダッシュして。さっきの爆発で文句言いたそうだから。『庭にちょっと穴が空いただけで怒るな』って説明してきて」

「え? いやいやいや、さっきの光線で怒らない方がどうかして――」

 

 ぶつぶつ言っていたアーディだったが、次の瞬間にはダッシュ。

 

 それはもはや“走る”というより、“突撃”。

 

「お、おい待てって、アーディ――」

 

 ドゴォッ!!

 

 着弾。

 

 ライラの腹部に、見事なまでのタックルが炸裂した。

 

「……気絶した?」

「身体強化。魔力操作を極めれば、あれくらいは朝飯前。魔石を解析して、僕なりに術式を作ってみた。エンチャントと同じ原理」

「いや、ライラが白目剥いてるんですけど!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 治療行ってきます!」

 

 リューが駆け出す――が、レベル4の俊足をもってしても、アーディの全力疾走には及ばなかった。

 

 それほど、魔力による身体強化の影響は大きいのだ。

 

「魔力を扱えるようになると、私たちでも……強くなれるの?」

 

 アリーゼがぽつりと問いかける。

 

「たぶんね。まあ、力を得たとしても、それを使いこなせなければ意味はないけど」

「ふむふむ……」

 

 アリーゼが真面目な顔で考え込むその横で――

 

「ひ、酷い目に遭った……」

 

 よろよろとライラが這い戻ってきた。

 

「それはアタシのセリフだ」

 

 アーディがむすっとして言い返すが、ライラはぼろ雑巾のようで説得力がない。

 

「身体強化の効果も上々みたいだね。アーディは無傷、ライラは満身創痍。検証としては十分かな」

 

 ナナシがうんうんと頷く。

 

「アーディのやせ具合も確認できたし、ダイエット器具としても応用できそうだ。いや、でも魔力操作が市場に出るのはリスク高いな……体力変換モードだけ搭載すれば――」

 

 ぶつぶつと独り言を始め、もはや別の世界に旅立っている。

 

 その異様な集中モードに、アーディやアリーゼたちが顔を見合わせ、苦笑い。

 

「やりすぎると死んじゃうしな。そこはアーディを使って微調整して――」

「今、“使って”って言いましたよね? 頼んでとかじゃなく」

「アーディ、早く借金返した方が良い。そうでないと、本当に命が消費されるかもしれません」

「が、がんばります……!」

 

 リューの静かな圧に、アーディが小さくなってうなずいた。

 

 と、そこへ――

 

「まったく、人が汗水たらして街の治安を守ってきたというのに、庭ではバカ騒ぎ……。のんきなものですねぇ」

 

 帰還した輝夜が、扇子をぱたぱたしながら呆れ声で現れた。

 

「おつー」

 

 軽く手を上げるナナシ。

 

「…………」

 

 嫌味が一切通じない相手に、嫌味を言う無意味さを、輝夜はようやく理解したようだ。

 

「あ、そう言えばさ。あの、輝夜に預けた二人、どうなった? もう斬っちゃった?」

「人を殺人鬼のように。心配しなくても、アストレア様がよしなにやってくれましたよ。うちで引き取ってます。今はイスカやセルティに付いて仕事を学んでます」

「なるほど、とりあえずボコしてから、無理やり眷属にいれたわけね。輝夜らしい」

「話聞いてたか?」

「お、急に口調が荒くなる。輝夜、下品」

「ぬかせ、小僧。お前が人の話を聞かんからだ」

「いや聞いたよ。実際、うだうだ言ってる二人をきっちりしつけたんでしょ? 清濁併せ持つ、リューにはできないことだし、ライラでは実力が足りない。こういう時輝夜が適任だと思うよ」

「そういう問題では――」

 

 ぐっと口を噤む輝夜。

 

 だが、ナナシの指摘は、まさに図星。

 

 彼女たちの手は綺麗ではない。それを分かったうえで正義を語ることに、二人は抵抗を感じていた。

 かつての輝夜自身と、よく似ていた。

 

 結果、輝夜は――ブチギレて叩き潰した。

 

 勝者に敗者は従うのみ。

 そうやって、アストレア・ファミリアへと引きずり込んだわけだ。

 

「――でさ、輝夜。お願いがあるんだけど?」

「まあまあ、自称・天才様が私ごときに? 何を仰いますやら」

 

 どこか楽しげに、ナナシをあおる。

 

「アーディで実験した“魔力操作”。それを輝夜でも試してみたくてさ。ちょっと違う方法を試してみたいんだ」

 

 その提案に、輝夜の視線がちらりと周囲を流れる。

 

 アーディは眉をひそめ、アリーゼは謎の自信満々でサムズアップ。

 リューは、絶対やめた方がいいという表情を隠さない。

 

「なぜ私だ?」

「急に変わるのやめようよ――いや、単純に輝夜が一番効果がありそう。アーディは現状制御が出来ず、次は瀕死になる可能性が高い」

「本当に殺されそう」

 

 アーディが生死の在りかをナナシに握られているリスクをようやく実感し始めた。

 

「アリーゼは炎のエンチャントを使えるらしいし観察したい内容と違う。ライラはセンスがない」

「ひでぇ言われようだ。お前にアタシの何が分かるんだよ」

「クレープ屋でデコピンした時、一人だけ反応が遅すぎた。以上」

「ちくしょうッ!」

 

 当時は3人とも気絶したのだが、それでも反応の差は微妙に出る。

 戦闘センスをライラからは感じ取れなかったようだ。

 まあ、彼女としてもセンスを活かした戦いなどしないのだが。

 

「輝夜ならそこそこ動けるんじゃないかなと思って」 

「……報酬は?」

「むしろ、何が欲しい?」

 

 ナナシにそう問われて、輝夜が熟考する。

 それから少し経って、

 

「ライラに貸し出している通信機とゴーレム、あれをファミリアの人数分」

「さすがにぼったくり過ぎかな。すでに貸し出しているという事実を忘れないでほしい」

「……3人分」

「アリーゼと輝夜用の二つだね」

「交渉成立だ」

 

 輝夜からすれば十分すぎるほどの成果だ。通信が出来るだけでも破格なのに、それに加えて調査機能も持っている。

 下手な隠密よりすぐれているそれを、2機も手に入れられたのだから、うまくやったと自分を褒めたいくらいだった。

 

(まあ充電式で、僕が魔力を込めないと動かなくなるけどね。リピーター、あざまーす)

 

 本体を安く、別のサービスで稼ぐ。どこぞの胡散臭い爺さんから教わった安定的財源である。

 

「「(得した!)」」

 

 本質的には近い二人だった。

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