優神を許さないのは何も間違っていない   作:生物産業

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第9話 例外的な存在

「クソだね」

「端的に人の心をえぐってるよ~」

「おミャー、ふざけんなニャー!」

「そうだ、そうだー!」

 

 アーディ、クロエ、ルノアの三人が声を揃えて、ナナシに牙をむく――が、牙は毛抜き程度の存在感しかない。

 なにせ、三人はそれぞれナナシに借りがある。言い返しても、根っこでは逆らえない。

 

 とくにクロエは、ほんの少し前まで強気だったが――

 

「夜道には気を付けてね。襲った人は、いつか“襲われる”ものだから」

 

 ナナシの軽い笑みに、背筋が凍るような寒気を感じたのか、即座に「ミャー♪ 喜んで手伝うニャ!」と土下座で協力宣言。

 お調子者に見えて、意外と命を大切にするタイプである。

 

 そうして連れてこられたのは、オラリオの外壁沿い。人気もなく、広大な空間が広がっている。

 少し騒いだ程度では問題にならない。まさに実験にはうってつけの場所だった。

 

 今回の実験は――魔力の直接操作による影響範囲の確認。

 

 魔法とは、魔力と詠唱、そして術式によって成立する。

 魔力というエネルギーを、構築した術式に流し、詠唱という起動装置を通じて発現させるのだ。

 

 再現される現象は、風、雷、強化、変身、果ては空間操作のような幻想まで多岐にわたる。

 だが、その全ての根源は――魔力。

 

 しかし、世の中のほとんどの冒険者は、魔法を発現しない限り、魔力を扱うことができない。

 

 それが“常識”だった。

 

 “精霊との契約”などというおとぎ話のような例外を除いて。

 

「アーディ、突風くらい出してよ。それ、ただのそよ風。精霊もあくびしてるよ」

「くっ……! 集中してるんだけど~!」

 

 ナナシのダメ出しに、アーディの口がへの字に曲がる。

 

「クロエ、雷をまとって駆けるってのは、アルゴノート読んだ子供の夢なんだ。今の君はただの静電気」

「ミャー!? 毛が逆立つだけで終わってるニャ!?」

 

 パチパチと髪を逆立てたクロエが、困った顔で自分の頭を撫でる。

 

「ルノア。身体強化で肉体無双、それは男子の浪漫だ。だが……今の君は、ただの乱暴者。美しさが足りない」

「くっそ、ムカつくほど正論……!」

 

 ステゴロ一本で生きてきたルノアの拳が、小さく震えた。

 

 だが、ナナシはどこ吹く風。

 

「全くもってクソだね。せっかく新しい魔法の原型を教えてあげてるのに」

「これ、制御しにくいんだってば~! 下手に魔力込めると、魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が起きるし!」

「そうニャ、そうニャ! 精神力がごっそり削られるニャ! 燃費悪すぎニャ!」

「変に身体が軽くなると、逆にズレる。強化って難しいのよ、ほんと」

 

 三者三様に文句を垂れるが、相手はナナシである。

 庶民の声など、調整ノートの余白ほどにも聞いていない。

 

「よきよき。発展には犠牲が付きもの。それにこれは、僕が“調整”しただけで、まだまだ完成度は低い。君たちは、実験台としても大いに役立っているよ?」

「絶対いつか復讐してやるニャ!」

「その意気や良し。では――その“機会”を与えてあげよう」

「「へ?」」

 

 ナナシの口元が、にぃと吊り上がる。

 唐突に空気が変わった。

 今まで小馬鹿にしていたような調子は消え、背筋を走る冷気のような“威圧”が、三人を飲み込む。

 

「ちょっと、冗談だよね?」

 

 アーディが、無意識に一歩下がる。

 ナナシは淡々と言った。

 

「殴らせてあげよう。あ、もちろん紫電は纏ってね? 少しは効果あるはずだから。耐久テストだよ」

 

 ナナシが当然のように笑ってそう言った瞬間、空気がぴたりと張り詰める。

 

「な、何を考えているニャ……? 少年は、そんな善性を持ち合わせてないニャ……」

「私の印象だと、普通に私たちの誰かを“素材”として耐久テストに使うよね……?」

 

 クロエとルノアが顔をしかめるのも無理はない。ナナシの笑顔ほど信用できないものはない。

 

「意味があることなんだよね?」

 

 それでもアーディは一歩踏み込み、問いかけた。

 

 彼女だけは、何となく――ナナシの“意図”に気づいていた。

 

「当然でしょ? 無意味と無駄は、僕の嫌いな言葉だよ」

 

 即答するナナシに、アーディは小さくうなずいた。

 

「どっちにしろ、そっちは僕を殴れる。こっちはデータが取れる。お互いWINWINだよね?」

「WIN……なんだって?」

「どっちも得するってこと。あ、分かりやすく言い直すね。黙って攻撃してこい、クソ雑魚ども♪」

 

 ――余計だった。

 

「ミャーの何かが、ぶっちーんと切れたニャ!」

 

 クロエが静電気を纏いながら突撃態勢に入る。

 ちゃっかり後ろで身体強化の準備をしているルノアも、拳を握りしめながら気配を消していた。

 ……女の恥じらい? 何それ美味しいの?

 

「ライラに変な実験に巻き込まれた恨みを晴らすニャ!」

「輝夜にボコられた怨み、倍返しにしてやる!」

 

 ――どちらもナナシに直接関係はない。が、そんな理屈が通じる相手ではない。

 

 要するにこの二人、性格が悪い。

 ただ、そういう者のほうがオラリオでは長生きする。善人は死ぬ。

 

「ナナシぃっ!」

 

 クロエの怒りの右拳、ルノアの理不尽な左拳。

 紫電と魔力を纏った鉄槌が、ナナシの腹を容赦なく打ち抜いた。

 

 ズシャアアア――ッ!

 

 地面を転がっていくナナシの身体。衝撃音と土煙が上がる。

 

「ナ、ナナシ!?」

 

 アーディが駆け寄ろうとするが、それより早く――

 土煙の中から、スッと立ち上がる人影があった。

 ナナシだった。

 

 さっきまで吹き飛ばされたはずの体勢から、綺麗に足で地面を蹴って宙返りし、まるで舞うように着地していた。

 服にかすれもなく、ただ右手だけが、淡く光を帯びている。

 

「ふむふむ、なるほどね。最初の試作としては上出来だ」

 

 涼しい顔で、ナナシは呟く。

 クロエとルノアはぽかんと口を開けたまま動けなかった。

 彼女たちの拳は、確かに当たった。全力だった。レベル4の冒険者としての技量も魔力も乗せた一撃だった。

 

 ――なのに、目の前の少年は、まるで“何もなかったかのように”立っていた。

 

「あ、あの~、ナナシさん?」

 

 意を決してアーディが口を開く。

 

「はい、なんでしょう?」

「怪我は……してないよね?」

「してたけど、もう治ったよ」

「……え?」

「いや、普通に考えておかしいと思わない? 僕、まだ十一歳だよ? そんな子供が迷宮でピクニックして、それなりの冒険者相手に遊べるなんて、何かあるとは思わない?」

 

 ――その通りだ。

 

 皆が、うすうす感じてはいた。

 だが、ナナシの軽薄な態度と、底の見えなさに、うやむやになっていた。

 

「僕が“絶望”を知ったあの時、神を心から呪った。その時、得たんだよ。神の恩恵じゃない――悪魔の祝福をね」

 

 おとぎ話は実在した。

 

「ご、ごくり……」

「アーディ、別に緊張感の演出はいらない」

 

 ナナシは右腕を空に向ける。

 

「疲労、痛み、飢え、眠気――すべての“負荷”を攻撃に変換し、ダメージを受ければ、それを糧に身体が再構築される。こんな感じ」

 

 放たれた光。

 

 眩い閃光が、天を裂く。

 まるで高位魔法が直撃したかのような衝撃が空気を震わせ、雲が切り裂かれていく。

 

「回復っていうより、進化だね。ダメージを“修復”するんじゃなくて、“その攻撃を耐えうる構造”に肉体が更新される。ランクアップに似てるけど、もっと実戦的で、もっと……効率的」

 

 淡々と語るナナシ。けれど、その内容は――あまりにも異常だった。

 

「つまり、僕はダメージを受けるたび、強くなる。君たちの攻撃は雑魚すぎて、あまり変化しなかったけどね」

 

 このスキル、もし“ファルナ”として記録されていれば、

 オラリオ中の神々が血相を変えてスカウトに走るだろう。

 

 傷を進化に変える少年――ナナシ。

 その存在は、もはや“異端児”ではなく、“異質な力”そのものだった。

 

「そんなの……ずる過ぎるニャ……」

「ちょっと、冗談でしょ……」

「ちなみに、受けた魔法には耐性がつくし、うまくすれば“再現”も可能」

「魔法使えないって、前にリオンたちに言ってたよね?」

「言ったっけ?」

 

 ――この男、嘘をつくことに何の罪悪感もない。

 

 眉をしかめるアーディ。ナナシと長く付き合ってきたとはいえ、やはりこいつは油断ならない。

 

「というかね、この力の恩恵を一番受けてるの、アーディだから」

「……え?」

「最初に出会ったとき、君、死にかけっていうか、死にたてホヤホヤって感じだったでしょ?」

 

 確かに、あの時アーディは虫の息だった。いや、それどころか、内臓が露出していたくらいで、「息」すらなかったかもしれない。

 

 けれど今は――健康そのものだ。

 

「君を“僕の身体の一部”と考えて力を使ったんだ。だから、再構築できた。副作用で体が動かなくなったのはその反動だけど、まあ、生きてるんだから問題ないよね?」

「うん……それは感謝してる。でも、あれ……? 私の借金の治療って……薬を使ったからじゃ……?」

 

 アーディの頭の中に、借用書と請求額がちらつく。

 

「うんうん。僕の能力だよ。治療院で魔法受けたら金取られるのと同じ理屈。僕にとっては“実験”だったし、強化と副産物も得られたから損はしてない。君が生き返ったって価値もあるし、請求としてはむしろ妥当かなって」

「た、確かに……」

 

 納得しかけたが、やはり釈然としない顔のアーディ。そんな様子を見て、クロエが呆れた声を漏らす。

 

「もしミャーなら、イケメン少年を助けて一生侍らせる額を請求するニャ」

「クロエの“黒猫”って二つ名、“クズ猫”に改名しよう……」

 

 クロエ以外が黙って頷く。

 

「では、検証は終了。それ、返して」

「ちっ、どさくさに紛れて売ってやろうと思ったのにニャ……」

 

 ナナシは三人に装着させていたガントレットを回収する。

 魔道具にしてはシンプルすぎる外見だったが、術式が刻まれている時点でただの装備品ではない。

 

「アストレアちゃんに言われてるかもしれないけど、これからは、こっちのも鍛えた方が良いよ。元は君のなんだから。あでゅー」

 

 そう言い残し、ナナシはふっと笑って、霞のように――消えた。

 

「え? ……今、消えた?」

「し、少年が……天に召されたニャ……?」

 

 クロエとルノアが呆然と空を見上げる。

 まるで幻だったかのように、そこにはナナシの気配すら残っていなかった。

 

 だがアーディは、その背中に確かな“痕跡”を感じていた。

 

(魔法の再現が可能……)

 

 以前、アストレアから恩恵を刻みなおしてもらったとき――彼女はこう言っていた。

 

『アーディ。この能力は、あなたを救うかもしれない。けれど、同時に……あなたに不幸をもたらすかもしれない。

使い方と、使いどころには気をつけなさい』

 

 だから、アーディはこれまで“人前で使う”ことは避けてきた。

 けれど、ナナシの強さとその根源を目にして、そうも言っていられなくなった。

 

(今のナナシになるまで、どれだけの痛み(・・)を受けたんだろう)

 

 強くなる破格のスキル。

 しかし、代償はけして軽いものではない。

 

「私もちゃんとしないと」

 

 アーディが呟いたその声に、クロエが敏感に反応した。

 

「どしたのニャ? まさか美少年の尻でも追いたくなったニャ?」

「それはあんただけでしょ」

 

 冷静なツッコミを入れるルノア。

 

「アーディ、精神力(マインド)使いすぎたなら言ってね。倒れられても困るから」

「うん、大丈夫。ありがとう、ルノア」

 

 アーディは微笑んで、そう返した。

 ナナシの“本気”を目の当たりにして、彼女の中で何かが変わり始めていた。

 そして三人は、いつものように、騒がしく談笑しながらホームへと戻っていく。

 

 

 アーディ・ヴァルマ

 

 Lv.3

 

 力:A823

 耐久:S937

 器用:D549

 敏捷:A821

 魔力:S966

 

 狩人:G

 耐異常:G

 剣士:H

 

『スキル』

 

 守人血統(ガナバディ・ブラッド)

 ・群集主の加護。能力の小補正。

 

 正義巡継(ダルマス・アルゴ)

 ・発現者の一定範囲内に存在する眷族へ、能力加算する常時発動スキル。

 

『魔法』

 

 ガーナ・アヴィムサ

 ・対象を高確率で強制停止し、全能力値下降の効力を付与する。

 

 ディア・カウムディ

 ・回復魔法。さらに一定時間、効果対象の能力を上昇させる。

 

 ヴィータ・ディストラム

 ・転移魔法。詠唱を破棄し、魔力に比例して転移距離が伸びる。

 

 

 転移魔法。オラリオの歴史上初めて発現した魔法で、アーディを死地から救った魔法でもある。

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