「クソだね」
「端的に人の心をえぐってるよ~」
「おミャー、ふざけんなニャー!」
「そうだ、そうだー!」
アーディ、クロエ、ルノアの三人が声を揃えて、ナナシに牙をむく――が、牙は毛抜き程度の存在感しかない。
なにせ、三人はそれぞれナナシに借りがある。言い返しても、根っこでは逆らえない。
とくにクロエは、ほんの少し前まで強気だったが――
「夜道には気を付けてね。襲った人は、いつか“襲われる”ものだから」
ナナシの軽い笑みに、背筋が凍るような寒気を感じたのか、即座に「ミャー♪ 喜んで手伝うニャ!」と土下座で協力宣言。
お調子者に見えて、意外と命を大切にするタイプである。
そうして連れてこられたのは、オラリオの外壁沿い。人気もなく、広大な空間が広がっている。
少し騒いだ程度では問題にならない。まさに実験にはうってつけの場所だった。
今回の実験は――魔力の直接操作による影響範囲の確認。
魔法とは、魔力と詠唱、そして術式によって成立する。
魔力というエネルギーを、構築した術式に流し、詠唱という起動装置を通じて発現させるのだ。
再現される現象は、風、雷、強化、変身、果ては空間操作のような幻想まで多岐にわたる。
だが、その全ての根源は――魔力。
しかし、世の中のほとんどの冒険者は、魔法を発現しない限り、魔力を扱うことができない。
それが“常識”だった。
“精霊との契約”などというおとぎ話のような例外を除いて。
「アーディ、突風くらい出してよ。それ、ただのそよ風。精霊もあくびしてるよ」
「くっ……! 集中してるんだけど~!」
ナナシのダメ出しに、アーディの口がへの字に曲がる。
「クロエ、雷をまとって駆けるってのは、アルゴノート読んだ子供の夢なんだ。今の君はただの静電気」
「ミャー!? 毛が逆立つだけで終わってるニャ!?」
パチパチと髪を逆立てたクロエが、困った顔で自分の頭を撫でる。
「ルノア。身体強化で肉体無双、それは男子の浪漫だ。だが……今の君は、ただの乱暴者。美しさが足りない」
「くっそ、ムカつくほど正論……!」
ステゴロ一本で生きてきたルノアの拳が、小さく震えた。
だが、ナナシはどこ吹く風。
「全くもってクソだね。せっかく新しい魔法の原型を教えてあげてるのに」
「これ、制御しにくいんだってば~! 下手に魔力込めると、
「そうニャ、そうニャ! 精神力がごっそり削られるニャ! 燃費悪すぎニャ!」
「変に身体が軽くなると、逆にズレる。強化って難しいのよ、ほんと」
三者三様に文句を垂れるが、相手はナナシである。
庶民の声など、調整ノートの余白ほどにも聞いていない。
「よきよき。発展には犠牲が付きもの。それにこれは、僕が“調整”しただけで、まだまだ完成度は低い。君たちは、実験台としても大いに役立っているよ?」
「絶対いつか復讐してやるニャ!」
「その意気や良し。では――その“機会”を与えてあげよう」
「「へ?」」
ナナシの口元が、にぃと吊り上がる。
唐突に空気が変わった。
今まで小馬鹿にしていたような調子は消え、背筋を走る冷気のような“威圧”が、三人を飲み込む。
「ちょっと、冗談だよね?」
アーディが、無意識に一歩下がる。
ナナシは淡々と言った。
「殴らせてあげよう。あ、もちろん紫電は纏ってね? 少しは効果あるはずだから。耐久テストだよ」
ナナシが当然のように笑ってそう言った瞬間、空気がぴたりと張り詰める。
「な、何を考えているニャ……? 少年は、そんな善性を持ち合わせてないニャ……」
「私の印象だと、普通に私たちの誰かを“素材”として耐久テストに使うよね……?」
クロエとルノアが顔をしかめるのも無理はない。ナナシの笑顔ほど信用できないものはない。
「意味があることなんだよね?」
それでもアーディは一歩踏み込み、問いかけた。
彼女だけは、何となく――ナナシの“意図”に気づいていた。
「当然でしょ? 無意味と無駄は、僕の嫌いな言葉だよ」
即答するナナシに、アーディは小さくうなずいた。
「どっちにしろ、そっちは僕を殴れる。こっちはデータが取れる。お互いWINWINだよね?」
「WIN……なんだって?」
「どっちも得するってこと。あ、分かりやすく言い直すね。黙って攻撃してこい、クソ雑魚ども♪」
――余計だった。
「ミャーの何かが、ぶっちーんと切れたニャ!」
クロエが静電気を纏いながら突撃態勢に入る。
ちゃっかり後ろで身体強化の準備をしているルノアも、拳を握りしめながら気配を消していた。
……女の恥じらい? 何それ美味しいの?
「ライラに変な実験に巻き込まれた恨みを晴らすニャ!」
「輝夜にボコられた怨み、倍返しにしてやる!」
――どちらもナナシに直接関係はない。が、そんな理屈が通じる相手ではない。
要するにこの二人、性格が悪い。
ただ、そういう者のほうがオラリオでは長生きする。善人は死ぬ。
「ナナシぃっ!」
クロエの怒りの右拳、ルノアの理不尽な左拳。
紫電と魔力を纏った鉄槌が、ナナシの腹を容赦なく打ち抜いた。
ズシャアアア――ッ!
地面を転がっていくナナシの身体。衝撃音と土煙が上がる。
「ナ、ナナシ!?」
アーディが駆け寄ろうとするが、それより早く――
土煙の中から、スッと立ち上がる人影があった。
ナナシだった。
さっきまで吹き飛ばされたはずの体勢から、綺麗に足で地面を蹴って宙返りし、まるで舞うように着地していた。
服にかすれもなく、ただ右手だけが、淡く光を帯びている。
「ふむふむ、なるほどね。最初の試作としては上出来だ」
涼しい顔で、ナナシは呟く。
クロエとルノアはぽかんと口を開けたまま動けなかった。
彼女たちの拳は、確かに当たった。全力だった。レベル4の冒険者としての技量も魔力も乗せた一撃だった。
――なのに、目の前の少年は、まるで“何もなかったかのように”立っていた。
「あ、あの~、ナナシさん?」
意を決してアーディが口を開く。
「はい、なんでしょう?」
「怪我は……してないよね?」
「してたけど、もう治ったよ」
「……え?」
「いや、普通に考えておかしいと思わない? 僕、まだ十一歳だよ? そんな子供が迷宮でピクニックして、それなりの冒険者相手に遊べるなんて、何かあるとは思わない?」
――その通りだ。
皆が、うすうす感じてはいた。
だが、ナナシの軽薄な態度と、底の見えなさに、うやむやになっていた。
「僕が“絶望”を知ったあの時、神を心から呪った。その時、得たんだよ。神の恩恵じゃない――悪魔の祝福をね」
おとぎ話は実在した。
「ご、ごくり……」
「アーディ、別に緊張感の演出はいらない」
ナナシは右腕を空に向ける。
「疲労、痛み、飢え、眠気――すべての“負荷”を攻撃に変換し、ダメージを受ければ、それを糧に身体が再構築される。こんな感じ」
放たれた光。
眩い閃光が、天を裂く。
まるで高位魔法が直撃したかのような衝撃が空気を震わせ、雲が切り裂かれていく。
「回復っていうより、進化だね。ダメージを“修復”するんじゃなくて、“その攻撃を耐えうる構造”に肉体が更新される。ランクアップに似てるけど、もっと実戦的で、もっと……効率的」
淡々と語るナナシ。けれど、その内容は――あまりにも異常だった。
「つまり、僕はダメージを受けるたび、強くなる。君たちの攻撃は雑魚すぎて、あまり変化しなかったけどね」
このスキル、もし“ファルナ”として記録されていれば、
オラリオ中の神々が血相を変えてスカウトに走るだろう。
傷を進化に変える少年――ナナシ。
その存在は、もはや“異端児”ではなく、“異質な力”そのものだった。
「そんなの……ずる過ぎるニャ……」
「ちょっと、冗談でしょ……」
「ちなみに、受けた魔法には耐性がつくし、うまくすれば“再現”も可能」
「魔法使えないって、前にリオンたちに言ってたよね?」
「言ったっけ?」
――この男、嘘をつくことに何の罪悪感もない。
眉をしかめるアーディ。ナナシと長く付き合ってきたとはいえ、やはりこいつは油断ならない。
「というかね、この力の恩恵を一番受けてるの、アーディだから」
「……え?」
「最初に出会ったとき、君、死にかけっていうか、死にたてホヤホヤって感じだったでしょ?」
確かに、あの時アーディは虫の息だった。いや、それどころか、内臓が露出していたくらいで、「息」すらなかったかもしれない。
けれど今は――健康そのものだ。
「君を“僕の身体の一部”と考えて力を使ったんだ。だから、再構築できた。副作用で体が動かなくなったのはその反動だけど、まあ、生きてるんだから問題ないよね?」
「うん……それは感謝してる。でも、あれ……? 私の借金の治療って……薬を使ったからじゃ……?」
アーディの頭の中に、借用書と請求額がちらつく。
「うんうん。僕の能力だよ。治療院で魔法受けたら金取られるのと同じ理屈。僕にとっては“実験”だったし、強化と副産物も得られたから損はしてない。君が生き返ったって価値もあるし、請求としてはむしろ妥当かなって」
「た、確かに……」
納得しかけたが、やはり釈然としない顔のアーディ。そんな様子を見て、クロエが呆れた声を漏らす。
「もしミャーなら、イケメン少年を助けて一生侍らせる額を請求するニャ」
「クロエの“黒猫”って二つ名、“クズ猫”に改名しよう……」
クロエ以外が黙って頷く。
「では、検証は終了。それ、返して」
「ちっ、どさくさに紛れて売ってやろうと思ったのにニャ……」
ナナシは三人に装着させていたガントレットを回収する。
魔道具にしてはシンプルすぎる外見だったが、術式が刻まれている時点でただの装備品ではない。
「アストレアちゃんに言われてるかもしれないけど、これからは、こっちのも鍛えた方が良いよ。元は君のなんだから。あでゅー」
そう言い残し、ナナシはふっと笑って、霞のように――消えた。
「え? ……今、消えた?」
「し、少年が……天に召されたニャ……?」
クロエとルノアが呆然と空を見上げる。
まるで幻だったかのように、そこにはナナシの気配すら残っていなかった。
だがアーディは、その背中に確かな“痕跡”を感じていた。
(魔法の再現が可能……)
以前、アストレアから恩恵を刻みなおしてもらったとき――彼女はこう言っていた。
『アーディ。この能力は、あなたを救うかもしれない。けれど、同時に……あなたに不幸をもたらすかもしれない。
使い方と、使いどころには気をつけなさい』
だから、アーディはこれまで“人前で使う”ことは避けてきた。
けれど、ナナシの強さとその根源を目にして、そうも言っていられなくなった。
(今のナナシになるまで、どれだけの
強くなる破格のスキル。
しかし、代償はけして軽いものではない。
「私もちゃんとしないと」
アーディが呟いたその声に、クロエが敏感に反応した。
「どしたのニャ? まさか美少年の尻でも追いたくなったニャ?」
「それはあんただけでしょ」
冷静なツッコミを入れるルノア。
「アーディ、
「うん、大丈夫。ありがとう、ルノア」
アーディは微笑んで、そう返した。
ナナシの“本気”を目の当たりにして、彼女の中で何かが変わり始めていた。
そして三人は、いつものように、騒がしく談笑しながらホームへと戻っていく。
アーディ・ヴァルマ
Lv.3
力:A823
耐久:S937
器用:D549
敏捷:A821
魔力:S966
狩人:G
耐異常:G
剣士:H
『スキル』
・群集主の加護。能力の小補正。
・発現者の一定範囲内に存在する眷族へ、能力加算する常時発動スキル。
『魔法』
ガーナ・アヴィムサ
・対象を高確率で強制停止し、全能力値下降の効力を付与する。
ディア・カウムディ
・回復魔法。さらに一定時間、効果対象の能力を上昇させる。
ヴィータ・ディストラム
・転移魔法。詠唱を破棄し、魔力に比例して転移距離が伸びる。
転移魔法。オラリオの歴史上初めて発現した魔法で、アーディを死地から救った魔法でもある。