私は人間である。名前はまだない。気がついた時には何も分からない、記憶もないままホロウを彷徨っていた根無草だ。
「おーい、そっちのメガネ持ってこーい!」
「あ、はい社長ー。ただいまー」
トンテンカンと、騒がしい音が響くここは工事現場。ぼーっとしていたら怒られてしまう。急いで指示された工具を持っていく。
「ユキおせぇぞ!」
「すいません」
目の前の自分より背丈の小さい社長に怒られてしまった。名前をクレタ・ベロボーグ、ホロウにいた私をたまたま見つけて拾ってくれた恩人である。背丈が小さく眼帯をつけた姿には威圧感を覚えるが、接してみれば姉御肌というか、頼りになる人である。なお身長の事は禁句だ。年齢を考えたら普通だと私は思うが本人はとても気にしてる。
「……?ユキ、何ぼーっとしてんだ?」
「ああいや……ちょっと社長と出会った時を思い出しちゃって」
「あぁ……」
ホロウを彷徨い歩く私には、社長曰く何も無かったらしい。無色透明。その長い白髪に、金色の瞳。その姿はまるで亡霊だった。意識すら、その時の私には無いに等しかった。
そんな私を、社長が拾って、社長が持っている会社。『白祇重工』が暖かく迎えてくれた。名前を贈られて私は私になったのだ。
「相変わらず、記憶は戻らないんだろ?」
ぶっきらぼうに言う社長だが、此方を見る瞳には案じる色があった。私は笑って誤魔化しながら首を横に振る。
「全く。これ一つとして思い出せません。何か見た時に心に引っ掛かるようなものもないですし」
「そうか……」
だが、話によるとホロウでそう言った話はありふれたものらしい。エーテルに長く浸食された結果起こる症状に記憶喪失がある。その為、この新エリー都で暮らすにあたって身分も簡単に作れた。全て社長達が保証してくれたからこそだ。何から何まで頭が上がらない。
「何かヒントになりそうなもんでもありゃあなぁ……」
「大丈夫ですよ、社長」
白いツナギの袖を捲り、悩ましげに眉を寄せる社長を安心させるように笑って頭を撫でた。
「だけどいつまでもこのままって訳にも━━ってガキ扱いしてんじゃねぇ!」
「あれ?つい無意識に━━ってあいたぁ!?」
その俊敏な動きで私の尻に蹴りを入れられ、タタラを踏みながら蹴られたお尻を労るように撫でる。
「おら、だったら早く仕事に戻れ!納期迫ってんだぞ!」
「ひぃ、すいませーん!」
これは、言うつもりがない。実は心の何処かで、記憶なんて戻らなくてもいいんじゃないかって思ってるなんて。私にとってここは家だ。そして社長達は私の家族のようなもの。ずっと、このままでも良いと考えている私がいるのだ。
しかし、私が私である限り、その望みは叶わないのだと後々理解することになる。
誰なんでしょうなぁ……