頭に袋を被せられ、何も見えない中で強引に何かに座らされ、袋が取られた。突然明るくなる視界に目が眩む。よくよく見れば、ここは何処かの研究室だった。手足を椅子に固定され、身動きが取れない。ガチャガチャと動かしても取れる気配はない。
「──ようこそ私の研究室へ。手荒い歓迎になってしまって申し訳ないが」
悪意のある目がこちらをみる。その手に握られているのは、注射器だ。その中身はとても禍々しい紫色のそれ。何の用途なのか、なんてすぐに察しがつく。
「何をするつもり……!」
「なに、君の体が必要でね。少々実験に付き合ってもらおうと考えていた」
大仰な仕草でそう話す男。その曇った眼鏡と張り付いたような笑みは男の邪悪さをより引き立たせていた。暴れる私の腕に、男はゆっくりと注射器を刺し、中身を注入する。その変化はすぐにあった。カッと体が熱くなって、すぐに痛みに変わる。
「ああぁぁあぁッ!?」
ガタガタと体を暴れさせて痛みから逃げようともがく。
「ふむ、エーテル耐性は高いな。サクリファイスにするのも考えたが……これでは難しいか」
「お前……何をするつもりなんだ……!?」
今も苛む痛みを堪えながら必死に尋ねる。何故こんな事をするのか。何故私なのか。
「気がついていないのか?いや、そもそも気づく為のものがないのか」
「何……?」
自分に無いもの。それは記憶だ。ぽっかりと空いた穴。
「かつて雲嶽山当主だった──儀降。お前は儀降だよ」
儀降。そう言われても、何も心当たりがなかった。何故だ。何故私は何も分からない?
「旧都陥落……あの時、私は見た。かつてのお前が振るうあの力を。アレを我が物にする。それが目的さ」
ブリンガーの奴は失敗したが、同じ事にはならん、と男は続けた。
「その後遺症で、お前は全てを失った。しかしお前は今も生きている。そこにヒントが隠されている筈なんだ」
そう話す男に、荒い呼吸しか返せない私は、体の中で暴れ回る痛みに耐えかねて、そこで意識を失った。
「時間はたっぷりある。必ず解明してやるぞ」
気を失ったユキを前に、不敵な笑みを浮かべた男。
儀玄は傷を負ったアンドーを連れて、白祇重工へと向かった。本来なら病院にでも連れて行くべきなのだが、本人がそれを嫌がったのだ。
──この程度、なんでもねぇ!それより早くユキを!
そう言われてしまえば、儀玄も強くは言えなかった。そんな2人をみた白祇重工の皆は何事かと集まり出した。口々に何があったのか、と聞こうとし、収集がつかなくなりそうだった。
「お前らは仕事に戻れ!ここは私が聞く!」
そんな人々を、一際若い社長。クレタが一喝。案内されたプレハブ事務所の一室で、その場にはクレタ、グレース、ベンが向かいに座り、事のあらましをアンドーが話す。
「ユキが連れ去られただと!?」
ガタッと机を揺らしながら立ち上がるクレタ。顎に手を置き、考え込むグレースに慌てるベンと、多種多様の反応があった。
「お前さんらには悪いが、ここは私に任せてもらう」
儀玄がそうハッキリと宣言した。その言葉に到底納得できないのは、クレタだ。いや、言葉にこそしないがこの場にいる者たちは納得していないだろう。
「向こうの奴らが装備していたものからして、そこらのホロウレイダーの比じゃない。どう甘く見てもこの街の根深い所から来ている」
一企業の人間が、厳しい言い方をすれば一般人が関わるべきでは無い、そう儀玄は告げた。最悪の場合命を落とす。そうはなりたく無いだろう?
「──ふざけんなッ!!」
怒髪天。クレタは吼えた。
「見過ごせ、なんて真似できるわけがねぇ!」
「そうだね。おチビちゃんの言う通りだ」
同意を示すグレースの目にも、同じ色があった。
「──お前さんらにとって、ねえ──ユキは、どういう存在なんだ?」
テコでも動かないと感じた儀玄は、問う。命を賭けるまでする事なのか、と。餅は餅屋という言葉がある。そういった専門家に任せることは罪では無いし、むしろ賢明な判断だ。それを殴り捨ててまでする事か?と。
「現場じゃドジやらかして失敗もする。天然でドジな奴だ。その癖何かありゃ助けようと庇う様な優しい奴だ……あいつは、ウチの社員だ!家族も同然だ!それを守りたいと思って何が悪ぃ!」
その啖呵に、儀玄は一度目を瞑る。
──姉様は、ここでも姉様だったのか。
あの頃と変わらない。誰かの為に。いや、家族の為に動く人だった。ここにお互いの目的は定まった。家族の為に動くと。
話は纏まった。私はどうしても気になって、姉様。いやユキのこれまでを聞いた。本人にその記憶はないようだった。何か手掛かりが無いかと理由をつけて、彼女の部屋を案内してもらった。
──ここが、姉様の。
ふんわりと香る部屋の匂いは、雲嶽山で2人修行したあの頃と変わらなかった。まるで、あの時に戻ったと錯覚したほどに。
「あぁ……」
儀降は死んだ。私の目の前で。今存在するユキにその記憶の全てがないのであれば、それは死人と変わらない。別人だ。なのに……だと言うのに。
「どうして今も──」
ぽたりと、頬から雫が床に落ちる。
──あの頃と変わらないんだ、姉様。