カツカツと、足音が響いた。2人の男が振り返る。そこに居たのは、血まみれで、ボロボロの服の女性だ。彼らはそれをよく知っている。
「ほう、まだ生きていたのか」
「エーテリアスになっていると思っていましたが……やはり興味深いですね、その耐性」
防衛軍大佐クラインと、讃頌会研究員の男は口々に呟きながら相手の出方を見る。ここはラマニアンホロウの眼前。偶然という事はない。必ず何らかの意思を持って彼女がここにいる事は察せられる。
「止めに来た」
端的に、鋭い目でこちらを睨む彼女を鼻で嗤ったクライン大佐。既に目論見はほぼ達成したと言っていいこの状況で、一体何を止めようというのか。
「お前が持っているそれは、過ぎた力だ。悲劇の元凶だ」
何を言うかと思えば。悲劇?むしろこの剣は、それを防ぐ盾だろう。それをよく知るのは我々より彼女だ。なにしろ、そうして一度は沢山の悲劇を止めたからだ。
「そうだな……これも最後だ。説明してやろう」
クライン大佐はゆっくりと話し出す。それは悲劇の始まりであり、今を形作る彼の芯。
「かつて旧都陥落の時、私がいた部隊は壊滅状態にあった。仲間は倒れ、誰か1人でもと手遅れな者が盾になる。そんな地獄だった」
もっとも、その地獄を作り出した者は既に死んだが。私の同僚、イゾルデ大佐によって。彼女と違い、私にそれを招いた事による憎しみなど無かった。それよりも鮮烈で、太陽よりも熱く私を灼く光があったからだ。
「青溟剣、雲嶽山に伝わる剣でありお前がかつて振るったもの。あの場に私は居た」
お前が剣を振るう度、目の前にあった地獄は薙ぎ払われていった。これだ、と思った。この力さえあれば、悲劇は終わる。仲間を失わずに済む唯一の道だと私は思った。
「もちろん、防衛軍にもその提案はした。却下されたがね」
助けられた私はその後、その剣を有効活用するべきだと進言したが、却下された。なんでも、リスクが大きすぎると。私には理解できなかった。
「我々は既に多くの犠牲を払ってきた」
旧都を移した今の新エリー都でもそう。人々の生活の裏では、誰かの今を守る為に身を削る者達が大勢いる。犠牲の上で成り立っている。それが1人や2人増えて、何の問題があるのか?1人を犠牲に100人を救えるのであればそれは正義ではないのか?防衛軍とはそういうものではないのか?
「この力を誰もが振るえるようになれば、ホロウの脅威など無くなる。誰もが『虚狩り』になればいい」
そう考えた私は、今日に至るまで青溟剣を研究し、古い文献を漁り、そうして辿り着いた結論。誰もがこの剣を振るうしかない、と判断できるまで犠牲になってもらい、そうして世界を変えるのだ。喉元過ぎれば、という言葉があるように、人々は今ある生活を捨てるという選択肢をまず取れない。しかし今を脅かすものがあるのなら、目の前にある選択肢を選ぶだろう。
そうして世界は変わる。防衛軍の本懐を成し遂げる事ができる。
「どうだ?私の作戦は」
とても素晴らしいだろう?と目で語りかける。彼女は静かにそれを聞いていた。そうして彼女が出した結論は──
「いいね」
「理解してくれたか」
しかし、彼女は首を横に振る。
「きっと、さっきまでの私なら頷いてただろうね」
そうしなくては守れないのなら、そうする。私はそうやって剣を抜いたし、私はそうした。でもね。
「そこには致命的に欠けたものがあるよ」
確かに、そうすれば守れるかもしれない。人々は助かったと、笑うかもしれない。だけどね、その影には必ず誰かが泣いてるんだよ。だから私は私として、ここに居る。
「貴方は私」
違うのは、引き留めてくれた人が私には居て、彼には居なかった事。だから私は止める。
「……平行線か」
「そうだね」
お互いが理解した。私は止める。彼は進む。目の前にいる自分をそのままにしておく事は今までの自らの歩みを否定する事になる。
故に、その衝突は既定路線だった。一直線に飛び込むユキを、振りあげた剣を振り下ろす事で迎撃するクライン。その振りに合わせて黄金のエーテルが地面を引き裂きながらこちらに迫る。
「ッ!」
目前で急停止、勢いを膝を曲げて殺し、そのままバネのように横に跳んで避けた。手に持った術符を指の間に挟み、それを投げ付ける。
それが届くよりも先に、青溟剣の斬撃が飛んでくる。しかし、それは術符へと吸い込まれていく。
「神気集結!」
渦を巻きながら術符へと吸い込まれるエーテルは限界を迎えてその場で爆発する。大きく大気を揺らす爆発の中、クラインは理解した。
「流石青溟剣の前任者!扱い方は理解しているという訳か!」
その術理を解っているのならば、制御するのは造作ない。肌感覚で理解しているユキにとって、放たれたエーテルの緻密な操作は手慣れたもの。自ら振るったものならリスクも伴うが、他者が使っているものならその制御を奪うことも可能だった。しかし──
「これはどうだ!」
四方八方から槍状へと形状を変化させたエーテルがユキを狙う。
「──ッ!」
それは相手も同じ。剣を使ったのは彼女だけではないのだから。間に合うか紙一重だったが、手持ちの術符をばら撒き、全てを逸らしていく。それと同時に再び走り出し、近接戦へと持ち込む。
「遠距離では互角となれば、当然そう来るだろう。だが──!」
こちらの掌底を剣の腹で横から逸らし、鋭い踏み込みから来る蹴りが腹に叩き込まれる。重く響いたそれに、身体をくの字に曲げる。
「忘れては困る。私は前線を離れたとはいえ軍人だ。人並み以上という自覚はあるのだよ」
苦し紛れで地面を蹴って相手の視界を隠す。見えないままに横薙ぎに振るわれる剣を姿勢を低くし避けながら下から上へと跳ね上げるように顎を掌底で打ち抜いた。
「ガッ!?」
苦悶の声がクラインの口から漏れる。しかし、ユキは突如として自分の体に奔る痛みに顔を歪ませる。顔を下に向ければ、剣が──腹に突き刺さっていた。
コポリ、と口から血がポタポタ垂れる。こちらの事などお構いなしに、剣が引き抜かれて膝から力が抜ける。向こうは殴られながらも剣を刺してきたらしい。
「流石は雲嶽山元宗主、だが私の──」
膝をつき顔を俯かせたユキの首筋目掛けて剣を振り下ろす、その直前で剣が上へと弾かれる。一体何が、とクラインが考えるより先に目に飛び込んできたのは、墨のような黒い子鳥。そして全身を襲う衝撃で後方へと吹き飛んだ。
「──ようやく、間に合った」
何が起きたのかと、吹き飛んだ先で立ち上がるクラインは見た。力無くだらりと垂れ下がったユキを抱きかかえ、こちらに背を向ける女性の姿を。クラインが唯一危険視した人物。その名を。
「──儀玄、だとッ!?」
ゆっくりと、ユキの体を案じるように平らな床へとそっと下ろす。既にユキに力は無く、何も言わない。
「だが遅い、今更──」
「黙れ」
黒い小鳥は鷲や鷹のような大鳥へと変化すると、弾丸のように再び飛来しこちらを吹き飛ばす。辛うじて剣でガードはしたものの。ビリビリと手が痺れる。こちらに向き直った儀玄の表情は、無であった。
「私も少々驚いてるんだ、怒りというのは度を過ぎればこうも冷たくなるのかとな」
儀玄は自らに課していた事がある。それは、自身の力を人に向ける事はしない。この力はエーテリアスなどの脅威に向けるべきものであり、決して人に向けてはならないと。
だが、今この時だけはその禁を破る。
「お前、生きて帰れると思うなよ」
儀玄師匠が助けた人を保護し、すぐさま応急手当を小隊の皆が始める。しかし、傷を見る皆の表情は歪む。
「これは……」
オルペウスが悲痛そうに顔を顰め、11号は言葉を失う。最初にホロウ内で出会った時もボロボロだったのに、今ではその比じゃないほどボロボロで、傷がない所がないほどだ。素人のアキラから見ても、どうして生きていられるのかわからないほど。しかし、呼吸はまだある。アキラに出来るのは、必死に呼びかけながら手を握ってやる事だけだった。
ホロウを脱出しようとしていたオボルス小隊とアキラはその中で儀玄師匠と遭遇した。そして、こちらの説明を聞いて顔色を変えた師匠と共にホロウを出た途端、激しい戦闘をしていた2人を見つけたのだ。
『クライン大佐……』
鬼火隊長は、悲しそうに目を伏せた。イゾルデ大佐の影を見ているのだろうか。
どんな結末が見たい?
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主人公も皆も無事のハッピー
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……バッドエンド
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欲張りに両方欲しい!