その衝突は天災かと見紛うほどの衝撃波と炸裂音を響かせた。無言のまま攻め立てる儀玄と、それを必死にいなすクライン。
「何故だ、私は今完全な力を手にしたはずだ」
今の私は『虚狩り』と遜色ない実力がある筈だ。奴に劣るはずがない。奴に負けるという事は、全ての前提が崩れてしまう。『虚狩り』に届かない力ならば全てを救うなど不可能なのだから。現実を否定したくて、剣を握る手に力が籠る。乱暴に剣を振るう。
「何故──ッ!」
こちらのエーテルを操作した斬撃は避けられ、弾かれていく。ならばとエーテルをブラックホールの如く引力を持つ球体として放てば、奴の操る鳥の鉤爪が引き裂いていくではないか。
そうして、辛うじて戦いを成立させていたその均衡はすぐに崩れる。稲妻の如く鋭い踏み込みでこちらに迫る儀玄は、掌底をこちらの腹に叩き込む。一撃で体が揺れる。胃液が口から漏れる。
「ぐっ──ッ!」
しかし、やられてばかりではない。クラインもまた返す刃でもって反撃を試みるも、それは全て相手の防御に阻まれる。何故、こうも遠いのだ。『虚狩り』とは、それほどまでに遠いというのか──
「何も解ってないな」
鋭い蹴りが、クラインの股に直撃する。ゴリゴリ、ベチャリと潰れるような感触がする。その痛みに悶絶するよりも先に、儀玄の握り拳が頬を突き刺し、そのまま後方へと吹き飛ばす。
「その力を誰よりも理解しているのは私だ。そんなものに、頼らなくてもいい道を探していたからな」
来る日も来る日も、青溟剣を使わなくてもいい糸口を探し続けた。それが必ず誰かの助けになると信じて。探して探して探して、そうして辿り着いたのが今儀玄が振るう力の正体である。
青溟剣の力を術法で再現し、それを自らが振るうのでは無く、間接的に振るう事でリスクを無くしたもの。それがいつも儀玄が操る鳥の正体。その名を『青溟鳥』と言う。儀玄の余りある才能と、血の滲むような研鑽の果てに辿り着いた境地。
「肝心な時に間に合わなかったこの力を恨みもしたが、今となっては感謝している」
こうして、あの日に間に合わせてくれたのだから。
「ふざけるな……ッ!そんなものに、私が負けて……!」
クラインは立ち上がる。負けられない。負けてはならない。何のためにあの日があったのか。あの時に失った仲間たちは、その果てに平和があると信じたからだ。西風が吹く穏やかな日常が必ず訪れると思ったからだ。託された想いに応えられるのは、私だけ。
「トドメだ」
どろりと墨のようなエーテルを手に集め始める儀玄。ふらりと震える手で、剣を構えるクライン。そこへ──
『クライン大佐!』
クラインの視線がそちらに向く。儀降を治療する人々の中で、鬼火だけがこちらを見ていた。
『……もういい!今なら間に合うんだ!』
帰ってこい、と。鬼火は叫んだ。しかし、クラインは首を横に振った。帰る場所など、最初からない。あの日からずっと、失ったまま。結末が壊滅で終わるとしても、諦める訳にはいかなかった。走って走って、後ろなど振り返る暇もなかった。今更止まれるわけがない。
「来い──儀玄ッ!」
「……もはや命数は尽きた」
『──クラインッ!』
鬼火の声が届くより先に、この事件で一番といっていい大きな揺れと衝突があった。そうして立ち昇る土煙が晴れた時、倒れ伏すクラインの姿があった。
「う……ッ!」
もはやぴくりとも動けないようで、倒れた体を動かそうとしても震えるばかり。ここに決着はついた。今度こそトドメと、術符を構える儀玄だったが──
バシュッ!
空気の抜けたような音と共に、倒れ伏すクライン大佐の体に何かが刺さる。何かと儀玄はよく見れば、それは注射針だ。容器の中身は、とてもドロドロした紫色。
音のした方を見れば、物陰から銃を構えていた男がいた。痩せ型で白衣に身を包む男。クラインに協力していた讃頌会の研究者であり、戦いが始まると共に最初から物陰に隠れていた男だ。
「うぅガァァアア!!?」
何かを注入されたクラインが、バタバタとその場で暴れ始める。全身の血管が浮き出て、その色を紫へと変えていた。目は充血し、とても正気ではない。
「チッ、目障りな儀玄を狙ったのに」
様子を伺っていた研究者の男は、もはや目的は果たせないと判断し、今後のために儀玄をここで消そうと考えたのだ。しかし、弾は外れた。
「まぁいい。役立たずだったクラインもこれで少しはマシになるだろう」
エーテリアスとなったクラインなら、この場を逃げるだけの余裕は作れる。そう判断して、男はその場を走り去る。儀玄もそれを追おうとして、姿を変えつつあるクラインを見る。
既に体の半分が異形となっており、もはや命は無いだろう。
「仕方ない」
まずはこれから片付けるとしよう。
ふわふわとした浮遊感の中で、私は目を覚ました。体を起こすと、そこは地平線まで白一色の世界だった。
「また、ここに」
またあの剣が私に何かを見せようとしているのか。もう見るものはない筈だ。私の事は全て知った、今更──
その時だった。白一色だった世界は、突如として色付き始め、私の前に現れたのは荘厳な神殿のような、或いは何かを祀る神社のような。とにかく厳かな雰囲気のある建物だった。立ち上がって、重そうな扉に手をかけて、力強く開けた。
中は薄暗く、何かの匂いが鼻についた。ふわりと煙が漂う。香が焚かれた部屋のようだ。恐る恐る先に進む。私が歩くたび鈴の軽やかな、シャン……と音が響いた。そうして進んだ先は行き止まりで、誰かがそこに鎮座していた。
「誰?」
『我が名は雲嶽山初代宗主○○。』
名前だけが文字化けしたみたいに聞き取れなかった。薄暗くてその姿は見えない。だけど、敵じゃない事は分かった。
「貴方は──」
『青溟剣を振う者よ、何の為に振るう。何の為に過去を捨て去る』
尋ねるよりも先に、尋ねられた。逡巡する事なく私は答える。
「守る為に。家族を、皆を。そして私を」
過去よりも、私は未来が欲しい。過去が消えていくなら、私は未来が欲しい。消えていく過去よりも楽しくて、温かい未来で埋め尽くしたい。
『ならば我ら雲嶽山は汝を一切の憂慮から守らん』
シャンッ!と一際大きい鈴の音色が響いた。その時になって私は気がついた。目の前にいる人だけではない。よく見れば、私の周りには色んな人がいた。誰も顔は見えなかったけど、皆同じような服装をしていた。
何かを言う前に、目も眩むほどの光が体を包んで私の意識は途絶えた。
「ここは危険だよ、一旦離れたほうが──」
「ダメだ、この人が」
強力なエーテリアスと化したクラインを見てシードが言う。それをアキラが止める。今儀降は危険な状態だ。動かすのは良くないことになるかもしれない。
「しかし余波から守れるかどうかは……」
「五分五分、と言ったところでありますね……」
冷静に、軍人らしい判断を下すトリガーとオルペウス。どうすれば良い、とアキラは悩んだ。が、しかしそれよりも倒れていた儀降の手が、アキラの腕を掴んだ。
「ッ!?目が覚めたのか!?」
「……最高とは言えないけど、まぁ悪くない、よ」
グググと、体を起こそうとする儀降に、皆が止めようとする。だがそれを拒む儀降。
「まだ、やらなきゃならないことが残ってる。説教はその後にして欲しい」
手当したとは言え、瀕死の重症だ。安静にするべきだ。そんな言葉は聞いてもらえなかった。立ち上がって、一歩、一歩と儀玄の元へ歩く儀降。
「──」
言葉なく手を横に差し出せば、何処からともなく飛来する剣が儀降の手に収まった。青溟剣。対価と引き換えに力を齎す呪いのような剣は、まるであるべき場所へと戻ったかのような輝きを放っていた。
「儀玄」
「姉様……!?」
言葉は要らない。これを倒す。もう下がって、とは言わないよ。
「今度は2人で」
「……あぁ!」
あの日並んで立てなかった姉妹は、今度こそ2人並んで立つ。
「──雲嶽山12代目宗主儀降」
「──雲嶽山13代目宗主儀玄」
いざ、参る。
どんな結末が見たい?
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主人公も皆も無事のハッピー
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……バッドエンド
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欲張りに両方欲しい!