走る。走る。ついでに蹴飛ばしながら更に走る。ここはホロウ内。エーテリアス蔓延る魑魅魍魎の中を走っている。
「グレースさん、方向合ってる?」
「ああ、キャロットを見る限りこの方向で間違いない」
私はホロウへと足を運んでいた。というのも、何やら工事中にトラブルが発生したらしく、その為専門家を、この場合はグレースさんか。とにかくグレースさんを連れてホロウへと来ていたのだ。
「ほっ!」
道すがらこちらに襲いかかるエーテリアスを素早い身のこなしで流しつつ手足を使った打撃で倒していく。グレースさんもまた、手持ちの工具やらで撃退していく。
「しかし、また家出ですか。これで何回目でしたっけ?」
「もう数えてないかな……」
もはや恒例行事と化した白祇重工に所属する重機、もとい知能構造体の家出騒動。その製作者はグレースさんなのだが、彼女曰く、可愛いからモーマンタイ、だそうな。そもそもそんな癖のある性格にしたのは何故なのだろうか。
「だけどユキ、君も随分と場慣れしてるというか。エーテリアスとの戦闘に慣れてるね」
会話しながらエーテリアスを蹴散らす中で、グレースさんはこちらの動きを見てそう言った。
「そうですか?特に意識してないんですけど。動きやすいように何となくでやってるだけで」
「そうかな?なんというか、舞を踊ってるみたいな、流れの中に動きを置いてる感じがするんだよね」
そうなのだろうか?
「もしかしたら、記憶を失う前はそんな風に体を動かす事をしてたんじゃないかな?」
「そうですかねぇ……何も覚えてないんですけど」
そもそも、覚えていないのだから思い出すものもない。引っ張り出す記憶がないのだから。
「なにも、思い出せるものだけが記憶じゃないだろう?体の動かし方というのは無意識に出るものだ。慣れ親しんだ動きは特にね」
ふーむ、よく分からない感覚だ。そんなこんなで重機を見つけ、いつものようにグレースさんが説得して問題なくホロウを脱出しようとした時だ。
「た、助けて……」
ホロウ内はエーテリアス達が山ほどいる。それに伴い破壊音が絶えない場所だ。その中で微かに拾った声に、私は無意識で反射的に体を動かして、トン、トンと建物を駆け上り高い所まで登る。
「今聞こえたのは……」
一体何処だ?その出所を探る為、目を細くし、耳を澄ませる。
「ユキ!?どうしたんだい!?」
グレースさんが声を張ってこちらに尋ねてくる。
「子供の声がした!ちょっと助けてくる!」
「なんだって!?なら私も──」
だが、グレースさんもホロウ内での活動限界が近い筈だ。元々それを計算してホロウに入っていたのだから、こんな想定外が起こればこうなるのは必然だった。だが、私にはまだ余裕がある。私のエーテル耐性は人より優れている、らしいので。
「後で戻る!」
再び微かな声を捉えて、一気に建物を駆け下り、その勢いのまま疾走する。そうして間一髪、エーテリアスが振り下ろす鎌のような鋭利な刃物を横からの蹴りで砕き、襲われそうになった子供を守った。
「大丈夫?」
努めて穏やかに、安心するよう微笑んだ。その女の子は、ぬいぐるみを抱えて座り込んでいた。目尻に涙を溜め、震えていた。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫、私に任せて儀玄」
ハッ、と私は自分の口から出た言葉に驚き口に触る。今、一体私は何を言った?呆然と困惑。その二つが心のうちにあった。
再びこちらに襲いかかるエーテリアス達に気を取り直してそのまま蹴りや掌底で薙ぎ倒し、鎮圧した。
「立てる?」
手を差し出す。エーテリアスを倒したが、まだここは安全ではない。速やかに離れる必要がある。こちらの言葉に女の子は首を振る。よくみれば、足に怪我をしているようで、歩けないらしい。私は女の子を抱き抱えて再び走り、その道中に現れた一際でかい四本腕のエーテリアスを蹴り飛ばしホロウを脱出できた。
ホロウは何処につながるか分からない迷路のような場所だ。脱出出来たとしても、場所が一定とは限らないのだ。
「ここは……衛非地区か」
白祇重工の現場から随分と離れてしまった。しかしまぁ、今は。この子供が優先だ。おんぶしながら道すがら事情を聞けば、親と逸れて迷子になってしまい、そのままホロウに迷い込んだようだった。親がいないという事実にじわじわと涙が溜まっていくので、なんとか宥められないかと焦る私は、ふと目についたお店に売っていた肉まんをその場で買った。
「ほら、お腹空いてるでしょ?」
「うん……」
店に備えられた席に向かい合って座り、モグモグと一口食べて、その美味しさに笑顔になった女の子は、それをニコニコと見る私の顔を見て、肉まんを二つに分けて私に手渡すのだ。
「私?」
「お姉ちゃんも、ん!」
君にあげたものなんだから、と遠慮する私に、頑なに肉まんを差し出す手を下ろそうとしない。
「一緒に食べた方が、もっと美味しい!」
「そ、そうかな?」
仕方なしに、その片割れを受け取り一口。うん、中にチャーシューが入ってて、とても美味しい。思わず笑みが出る私と、女の子の目が合って、2人してふふふ、と笑った。
「あぁ!やっと見つけた!」
肉まんを2人で食べ終わる頃に、そう声をかけてきた男の人がこちらに駆け寄る。
「パパ!」
女の子も両手を広げ、2人で抱きしめ合った。どうやら親のようだ。
「ありがとうございます!もうダメかと……!」
「気にしなくていいよ、たまたまだったから」
しきりに頭を下げる男の人にあははと愛想笑いする。そんなこんなで、女の子との別れはすぐだった
「お姉ちゃん!また会おうね!」
「もう迷子になるんじゃないぞ」
お互い手を振って、別れた。いい事をすると、気分が良くなるね。しかしまぁ……このポケットでひっきりなしに鳴り続ける携帯を手に取るのがすごく憂鬱なんだけどね。また怒られそうだ。
適当観に居候する事になって暫く時間が経った。今では朝早い時間に起きる事も慣れたもので、六分街での生活がいかに体に悪かったかを自覚した。
──あれはあれで悪くないんだけどな。
朝日がこれでもかと主張する朝、部屋を出て外に出ると、師匠が誰かに頭をペコペコと下げられていた。
それなりに付き合いも長くなった今は分かる。表情が変わらないように見えて、実は困っている、と。助けが必要かと思った時には、その男の人は帰って行った。
「どうしたんだい師匠」
「あぁ、アキラか」
話を聞くと、助けてもらったお礼がしたいと、適当観に訪れたようだ。それだけ聞くといつもの事か、と思う。師匠はいつもその鍛えられた術で誰かを助けている。お礼を言われている姿を見慣れている。しかし、師匠を見る限り今回はそうではないようだ。
「私に覚えのない感謝をされる事が最近増えてな……」
「なるほど……?」
どうやら、自分の居ない知らない時に助けられた、という話が増えているらしいのだ。決して悪いことではないのだが……
「だがこうも続くと何かあるのでは、と疑いたくもなる」
悪い事が起きてるわけでもなし、急いで解決しなくてはならないトラブルではない。そう結論つけて師匠はため息を吐いた。
「まぁ、有名になった代償とでも考えておくさ」
とても師匠らしい、とアキラは思った。