今日は仕事がオフです。と、いうより白祇重工も年中工事をしているわけでもなく、一度現場を終わらせた後、長い休みを取り、それから再び現場へと向かう。これだけ聞くとカニ漁船みたいな感じだね?
「んー……」
私は今、六分街に来ている。ルミナスクエアと違い、生活感溢れるこの場所には様々な店がある。CDショップに、ゲームセンター、百貨店にコーヒー店。ラーメン屋もある。統一感がないラインナップだが、これがここの特徴なのだろう。
まずは腹ごしらえとラーメン屋の席に座ってみたはいいものの、メニューが多くてどれにしようか迷っている。
「醤油……いや味噌?」
どれも捨てがたい。うーん。私は今何腹なのか。メニューを見て迷うのは自分の中で確固たるこれといった拘りがないから、だろうか?
「大将、いつものをちょうだい」
そんな時だ。横の席に座ったお客さんが慣れた様子で大将に注文しているのが聞こえた。常連さんだろうか。チラリと横目で見ると、ゴーグルをつけた白髪の少女だ。背負った機械が物々しく、その雰囲気が整った顔つきをワイルドに仕立てている。軍人さんのようだ。
「貴方、何処かで会ったかしら」
「え?」
そんな事を考えていたら、向こうからこちらに話しかけてきた。ゴーグル越しに見据えられるその目は鋭く、私は訳もなくドキリとした。
「貴方の顔、何処かで見た覚えがあるわ」
「ええと……初めまして、ですよね?」
少なくとも、私は見た事がない。しかし向こうも、確信があるわけではないようで、こうしてこちらの反応を見て気のせいかと結論つけたようだ。
「貴方この店は初めて?なら私のおすすめを教えてあげるわ」
ラーメンの話になった途端、キリッとした目の中にキラキラとした熱意が宿った気がする。
「ここのラーメンは美味しいわ。その中でも今私が頼んだものは特に」
「え、じゃあ私もそれで──」
そう控えめに注文すれば、厨房から大将の気前のいい返事が返ってくる。常連さんの言うことなら間違いはないだろう。そこまで言われるラーメンがどんなものなのか、私はワクワクしながら待つことにする。
「……やっぱり、貴方会った事があるわ。つい最近」
暫しの沈黙の後、そう話す常連さん。しかし、こちらに面識がある訳もなく、これが初対面である筈だ。
「貴方、最近衛非地区に居なかった?」
「え?あぁ、最近確かに行きましたね」
「ならそこね、そこで貴方を見た」
歩いている私の姿をそこで見た、とかなのだろうか。
「衛非地区は先日の騒動で大変だったの。貴方もそこに?」
心なしか、常連さんの言葉が鋭くなってきた気がする。
「ううん、私はあそこには住んでないからね。たまたま足を運ぶ事があったくらい」
「……そう」
他人の空似、というものかしら。と独りごちた所に、大将が注文のラーメンを運んできた。
「あいよ、お待ちどう!」
運ばれてきたラーメンを覗き込む。それは醤油や味噌というには、あまりにも赤く、紅く、そして大雑把すぎる朱だった。
「あ、あいえええ!?」
ラーメンとは!?赤すぎて麺が見えないんですけど!?なんかグツグツ言ってるし!
「……?どうしたの?」
しかし、そんな事を気にした様子もなく、常連さんはズルズルと啜っている。い、いや、疑うのは良くない。こうして食べてる以上これはラーメンだ。
しかし、どんぶりから伝わる熱気でじわりと額に汗が伝う。私の体が叫んでいる。これは──ヤバい。それはもう邪気がヤバい。これを食したが最後。私の体は……
「食べないの?」
じっとラーメン、ラーメン……?を見つめる私を不思議そうな顔で見る常連さん。よく見ればすでに半分を食い終えているじゃないか。いや、実はこの赤さは見かけだけで、大した事がないのではないか?事実、隣の常連さんは顔色ひとつ変えず食べているではないか。ごくりと、無意識に喉が鳴る。ええい!ままよ!
「──!!!!???」
パクリ、ズルズルと赤の中に沈む麺を啜る。いや、啜っていた途中で、口の中が爆発したかのように痛みを発していた。
「〜〜〜!!!」
言葉も出ない、とはまさにこの事。しかし、一度自分で注文したものを残すという選択肢は最初から無い。それはこの店に対して失礼だからだ。エーテリアスと戦う時より死を覚悟しながら私は無我夢中で食べ進め、完食した頃には立ち上がることもできず椅子から滑り落ち、片膝で顔を俯かせるばかりであった。
「11号」
「え?」
そんな私を見ながら、空になった丼を置き椅子から立ち上がる少女は言った。
「私の名前よ。貴方は?」
「……ユキ」
「そう、また会いましょう。ユキ」
そう言って少女は何処かへと行ってしまった。表情があまり変わらなかったが、もしかして、楽しんでいたのだろうか。しかし、今の私にそんな事を考える余裕などなく、この後一週間寝込み、白祇重工のみんなを心配させてしまった。
ツカツカと歩く少女は、防衛軍が設営する拠点へと入っていく。彼女を待っていたのは、頭に二対の角があり、機械の尻尾を持つ少女だった。
「お帰りなさい、であります!」
ビシッと敬礼するオルペウス。それに続くのは、尻尾から聞こえる声だ。
『随分と長い「偵察」だったな、11号』
「ええ、少し」
皮肉げにも聞こえてくる『鬼火』隊長の言葉には慣れたもので、こちらを責めるつもりがない事は分かっていた。
「あれ、11号〜。なんか嬉しそうだねぇ〜」
そんな私を見て間延びした声をあげるのはシードだ。そのつもりはなかったが、彼女にはそう見えたらしい。
「……そうかもしれないわね」
あの店で、私と同じラーメンを食べる人なんて見た事がなかったから。