「伝えることが出来ても、彼らに……いや、正確にはそのころの私たちに絶望を与えるだけだよ。逃げることのできない、かといって抗うことも出来ない、最悪の災厄から」
ヒガナは嘘など言っていなかった。ただ冷酷に事実を告げただけ。
だけれど、俺はそれが嫌だった。
「……そろそろ上に向かおうか」
「上……」
この上は最上階、屋上だ。
この先に何が待ち構えているのか。
今の俺には、何も解らなかった。
もう夜になっていた。
空にはシシコ座流星群の時期で、流星が何度も空を走っていく。
「…………ほら、シガナ。見たいって言っていたよね、シシコ座流星群。空に輝くたくさんの星が、これから降り始めるんだよ」
屋上は、祭壇のようになっていた。
しかしこう見てみると……この塔は三角形をしているんだな。ほんとうに。
まるで――
「デルタ、だろう?」
ヒガナが俺の心を読んだように、そう言った。
「ここがデルタへと至る道……その終点、竜召の祭壇だよ。もう私が何をしようとしているのか、解ってもらえたよね」
その言葉に、俺は小さく頷く。
「レックウザを現世に召喚し、ここホウエンめがけてやってくる隕石をなんとか破壊する。それが私たち……流星の民の使命。そして、私が生まれた世界を救うための、私の使命でもある」
それはすなわち。
それが終わるとヒガナも俺も消えてしまう――そういうことなのだ。
それがこの世界にとっても、俺の世界にとっても、ハッピーエンドなんだ――。
「……小さい頃から空を見上げるようにしているんだ。不安が いっぱいで心が押し潰されそうな気がしてさ。悲しくて、寂しくて、心が折れそうなときも、絶対、涙を流さないように……。ユウキ、君はそういうときってある?」
「そりゃ人間だからな。それくらいあるさ」
それを聞いたヒガナは笑みを浮かべる。
太陽のように輝いた笑顔だった。
「ありがとう。そう言ってくれるのはもはや君くらいだよ。まあ、それは私が全部悪いんだけれどね……。すべてあの世界を救うために、私がした行為。それはいつかすべて私に跳ね返ってくるのは解っている。でも、私はあの世界を救わなくてはならない」
俺は答えない。
「こうやってよく星を見ていた……シガナとも。楽しいときも、悲しいときも、いつも一緒だった……。大好きだった。心から 愛していた。でもいなくなっちゃった……」
「戻ってきたら、ポケモンになってしまっていた……ってことか」
ヒガナは頷く。
彼女は気持ちがあふれてしまって、涙が出そうになっていた。
「そう、シガナはゴニョニョになってしまった。でも、シガナはシガナなんだよ。私はもとのシガナに戻したい。もとのシガナと一緒に暮したい。……そのためにも、私は隕石を……」
「それも、シガナの『じくうのさけび』にあったのか?」
「そうだよ。そして、シガナはこの未来以降、何も見えなくなった。それはすなわち、これによって私たちは行動しなくてはならないということなんだよ。元の世界を救うために、この世界で隕石を破壊するということを」
「……ヒガナがそうするのなら、俺は別に構わないよ。俺もその選択をする」
俺の決意はそれだけだった。
だがヒガナにはそれだけで充分だった。
「ありがとう、ユウキ。君のおかげでここまでやってこられたよ。……儀式は明日行う。だから、まずは眠っていいよ。君にももしかしたら手伝ってもらうかもしれないし」
俺はその好意に甘えることにした。それを断ることが出来ないくらい眠気があったからだ。
俺は横になり、携帯していた毛布をかける。
――眠る直前、俺はヒガナが空を見て泣いているのを見た。
シガナに関することを呟きながら、泣いていた。
俺はそれを見なかったふりをして――目を瞑った。