鍛冶師志望のTS幼狐   作:黒幼狐

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9話 霧の中で立つ者

 

 

━━あの少年が、立ち続ける姿を見た。

 

ボロボロにされても、血にまみれても、それでも剣を握り、決して折れない。

そんな彼の姿が、胸に焼き付いて離れなかった。

 

だから僕は決めたのだ、守られるだけの自分にはならないと。

 

逃げない、退かない━━あの少年の様に立ち続けるのだと。

 

 

それを自身の心に証明するため、僕は十階層に足を踏み入れたのだ。

 

 

 

薄い霧が立ち込めていた。

視界はぼやけ、思う様に索敵でにない。湿った空気が重く、耳に届く音すら不明瞭に感じる。

 

恐怖はあった……でも、昨日までの僕と違う。心臓は速く打っているけれど、それで立ち止まる事はない。

あの背中が、まだ胸の奥で燃えているから。

 

 

 

 

霧を裂くように飛び出してきたのは三体のインプ。

その歪んだ顔で、爪を振りかざし迫ってくる。

 

「はあッ!」

 

咄嗟に腰を落とし、子狐丸で頭上を薙ぎ払う。

手応えとともに赤い飛沫が散り、飛び込んできたインプ達の身体が墜落していく。

 

数の不利があろうとも、僕は立ち向かう。

 

(僕にも……できる!)

 

胸の奥に微かな高揚が生まれた瞬間、大地が揺れた。

 

 

「……ッ!?」

 

巨体が霧の向こうから迫ってきた……オークだ。

更にインプの群れ。頭上ではコウモリの羽音。

 

怪物の宴(モンスターパーティー)━━一度に群れで湧き出す現象。

 

霧で視界を奪われたまま、数で押されては持ち堪えるのは難しい。

 

「不味いか……」

 

囲まれない様にと強行突破をしようとした次の瞬間、耳を裂く衝撃が頭を貫いた。

 

「うあぁっ!?」

 

バッドバットの怪音波だ。

脳みそを直接揺らされたかの様な不快感と、鼓膜を針で刺されてた様な激痛。

敏感な狐耳には鋭すぎて、立っていられない。

 

「━━ぐ、う……!」

 

片耳を押さえ、思わず膝をついたその瞬間、巨大な拳が身体を打った。

横合いから叩きつけられ、骨が軋む。

 

転がり、石床を擦り、壁にぶつかる。

息が、詰まった。

 

「「ギャギャギャ!」」

 

モンスターたちが笑うよう鳴きながら迫ってくる。

 

 

怖い。

怖い怖い怖い。

 

霧に包まれ、敵に囲まれ、姿は見えず。

耳が痛い、身体中が痛む。

 

もう、逃げたい。

生きて帰りたい。

 

もう諦めてしまえばいいだろう? すぐに楽になれる、それでいいじゃないか━━

 

━━違うだろ!

 

胸の中で、あの少年が叫んでいる。

 

立て、折れるな、と。

 

自分で道を切り拓かなきゃいけないんだと!

 

「……僕は……!」

 

震える手が、刀を強く握っていた。

僕はまだ戦える、立ち上がれるんだ……!

 

 

 

「来いよ……!」

 

声は震えていた。でも、剣先は揺らがない。

 

僕はインプの群れへと突っ込んでいく。

振り下ろし、薙ぎ払い、血しぶきを浴びても目を逸らさない。

 

一体、二体と数を減らしていく。

 

耳鳴りに耐えながら棒手裏剣を抜き、霧の中、羽音を追って投げ放つ。

 

直線を描く鋼の閃光が、バッドバットの胸を撃ち抜いた。

翼を痙攣させ、墜ちていく。

 

「……あと、一体!」

 

残るはオーク。

怒り狂った巨体が迫り、両手の拳が振り下ろされた。

 

身を捻ってそれを避け、返す刃で腕を断つ。

 

痛みに怯んだオークに更に畳み掛けていく。

 

踏み込み、押し込み、肉を裂く。

 

そして相手の防御をこじ開け、ついに僕はヤツの胸へと刃を突き立てた。

 

分厚い筋肉に阻まれ、思う様に刺さっていかないが、僕はもう退いたりなんてしない!

 

 

「グァアアアッ!?」

「いい加減、倒れろッ!」

 

 

巨体が呻き声を残し、崩れ落ちた。

 

 

 

霧の中に、僕一人だけが立っていた。

子狐丸の刀身に霧の滴が伝い、血が洗われていく。

 

僕は肩で呼吸を繰り返す。

 

「……逃げなかった」

 

口の中が乾いて、声はかすれていた。

怖かった。膝も震えている。

 

でも、退かなかった。この足で立ち続けたんだ。

 

胸の奥には熱い炎が灯っている。

 

━━それは誇りだ。

 

あの少年に背中を押されて、ようやく芽生えた小さな誇りた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

地上に戻った僕を、神様は腕を組んで待っていた。

苦笑いしながら「危うく死ぬところでした」と言えば、こつんと額を小突かれる。

次いで神様の大きな手が、そっと僕の頭を撫でた。

 

 

━━その温もりが、霧の中で凍えてしまってい僕の心を溶かしていった。

 

 

 

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