鍛冶師志望のTS幼狐 作:黒幼狐
━━あの少年が、立ち続ける姿を見た。
ボロボロにされても、血にまみれても、それでも剣を握り、決して折れない。
そんな彼の姿が、胸に焼き付いて離れなかった。
だから僕は決めたのだ、守られるだけの自分にはならないと。
逃げない、退かない━━あの少年の様に立ち続けるのだと。
それを自身の心に証明するため、僕は十階層に足を踏み入れたのだ。
薄い霧が立ち込めていた。
視界はぼやけ、思う様に索敵でにない。湿った空気が重く、耳に届く音すら不明瞭に感じる。
恐怖はあった……でも、昨日までの僕と違う。心臓は速く打っているけれど、それで立ち止まる事はない。
あの背中が、まだ胸の奥で燃えているから。
霧を裂くように飛び出してきたのは三体のインプ。
その歪んだ顔で、爪を振りかざし迫ってくる。
「はあッ!」
咄嗟に腰を落とし、子狐丸で頭上を薙ぎ払う。
手応えとともに赤い飛沫が散り、飛び込んできたインプ達の身体が墜落していく。
数の不利があろうとも、僕は立ち向かう。
(僕にも……できる!)
胸の奥に微かな高揚が生まれた瞬間、大地が揺れた。
「……ッ!?」
巨体が霧の向こうから迫ってきた……オークだ。
更にインプの群れ。頭上ではコウモリの羽音。
怪物の宴(モンスターパーティー)━━一度に群れで湧き出す現象。
霧で視界を奪われたまま、数で押されては持ち堪えるのは難しい。
「不味いか……」
囲まれない様にと強行突破をしようとした次の瞬間、耳を裂く衝撃が頭を貫いた。
「うあぁっ!?」
バッドバットの怪音波だ。
脳みそを直接揺らされたかの様な不快感と、鼓膜を針で刺されてた様な激痛。
敏感な狐耳には鋭すぎて、立っていられない。
「━━ぐ、う……!」
片耳を押さえ、思わず膝をついたその瞬間、巨大な拳が身体を打った。
横合いから叩きつけられ、骨が軋む。
転がり、石床を擦り、壁にぶつかる。
息が、詰まった。
「「ギャギャギャ!」」
モンスターたちが笑うよう鳴きながら迫ってくる。
怖い。
怖い怖い怖い。
霧に包まれ、敵に囲まれ、姿は見えず。
耳が痛い、身体中が痛む。
もう、逃げたい。
生きて帰りたい。
もう諦めてしまえばいいだろう? すぐに楽になれる、それでいいじゃないか━━
━━違うだろ!
胸の中で、あの少年が叫んでいる。
立て、折れるな、と。
自分で道を切り拓かなきゃいけないんだと!
「……僕は……!」
震える手が、刀を強く握っていた。
僕はまだ戦える、立ち上がれるんだ……!
「来いよ……!」
声は震えていた。でも、剣先は揺らがない。
僕はインプの群れへと突っ込んでいく。
振り下ろし、薙ぎ払い、血しぶきを浴びても目を逸らさない。
一体、二体と数を減らしていく。
耳鳴りに耐えながら棒手裏剣を抜き、霧の中、羽音を追って投げ放つ。
直線を描く鋼の閃光が、バッドバットの胸を撃ち抜いた。
翼を痙攣させ、墜ちていく。
「……あと、一体!」
残るはオーク。
怒り狂った巨体が迫り、両手の拳が振り下ろされた。
身を捻ってそれを避け、返す刃で腕を断つ。
痛みに怯んだオークに更に畳み掛けていく。
踏み込み、押し込み、肉を裂く。
そして相手の防御をこじ開け、ついに僕はヤツの胸へと刃を突き立てた。
分厚い筋肉に阻まれ、思う様に刺さっていかないが、僕はもう退いたりなんてしない!
「グァアアアッ!?」
「いい加減、倒れろッ!」
巨体が呻き声を残し、崩れ落ちた。
霧の中に、僕一人だけが立っていた。
子狐丸の刀身に霧の滴が伝い、血が洗われていく。
僕は肩で呼吸を繰り返す。
「……逃げなかった」
口の中が乾いて、声はかすれていた。
怖かった。膝も震えている。
でも、退かなかった。この足で立ち続けたんだ。
胸の奥には熱い炎が灯っている。
━━それは誇りだ。
あの少年に背中を押されて、ようやく芽生えた小さな誇りた。
◆ ◆ ◆
地上に戻った僕を、神様は腕を組んで待っていた。
苦笑いしながら「危うく死ぬところでした」と言えば、こつんと額を小突かれる。
次いで神様の大きな手が、そっと僕の頭を撫でた。
━━その温もりが、霧の中で凍えてしまってい僕の心を溶かしていった。