鍛冶師志望のTS幼狐   作:黒幼狐

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10話 死闘

 

 

ダンジョン十二階層。

あれから僕は、幾度となくダンジョンに潜り続けていた。

 

あの時に少年の戦いを目の当たりにして以来、ただ強くなるだけじゃなく、その心から強く在りたいと願うようになっていた。

 

名実ともにそうなるために、僕は中層を目指す下積みを重ねていた。

 

 

 

いつものようにモンスターを狩りながら進んでいた時だった。奥から悲鳴が響いてきたのだ。

 

「くそっ、剣が折れた!」

「盾じゃ防ぎきれねぇぞ!?」

 

その声を聞いた瞬間、気付けば僕は駆け出していた。

 

戦闘音のする方へ進むと、三人の冒険者が壁際に追い詰められていた。

その前に立ち塞がるのは━━小竜《インファント・ドラゴン》

 

幼く、竜種の中では小さいと言われる存在。しかし人間にとっては、絶望を形にしたような巨体だった。

 

赤みを帯びた鱗は、ダンジョンの光によって紫がかっている。

そいつは燃えるような双眸で彼らを見据えていたのだ。

 

喉奥で低く唸り、鼻息は砂塵を舞い上げる。やつが咆哮を放てば、周囲に灼熱の空気が一気に広がっていく。

 

「くっ……!」

「ひぃっ……」

 

冒険者の一人が腰を抜かした。

あの調子ではもう持ち堪えられそうにない。

正直、僕を加えてみんなで挑んだとしても、勝率は低いだろう。戦っても無駄死にになるだろう。

 

僕だって死にたくはない。

命が惜しいのならば、見なかった事にして逃げればいい。

 

そう、理性が訴えかけてくる━━けど僕は、あの時の少年の様に強く在りたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「僕が、やるッ!」

 

子狐丸を抜き放ち、正面へと飛び込む。

不意打ちで顔を斬りつけると、小竜は怒りに咆哮を轟かせた。

 

耳を裂く衝撃に身体が硬直する━━次の瞬間、爪が迫ってきた。

 

「ぐっ……!」

 

子狐丸で受けるも衝撃は重く、僕は岩壁へと叩きつけられた。

肺の空気が強制的に吐き出され、視界が歪む。

しかし敵は待ってくれない。僕が倒れたの好機とみたのか、薙ぎ払う様に強靭な尾が叩きつけられた。

それをなんとかしゃがんで避けたが、躱しきれなかったのか背に熱が走った。

浅い一撃ですら致命傷になり得そうだ。それに━━

 

(硬い……刃が通らない……!)

 

何度も切り込むが、手に伝わるのは弾かれる感触ばかり。鱗の壁が絶望を叩きつけてきた。

 

「だ、だめだ……あの子まで死んじまう!」

 

冒険者の悲鳴が耳に刺さる。

できればさっさと逃げて欲しいのだが……。

 

「っ!?」

 

別の事に気を取られたのがいけなかった。気付けば小竜の巨体が目の前に迫っていた。それはただの巨体にまかせた体当たり。しかし━━

 

(デカいくせに、速い……!)

 

咄嗟に身を屈め、腹下を滑り抜けざまに斬りつける。しかし鱗が数枚剥がれる程度。あの巨体相手では焼け石に水だ。

 

無力感が心を抉る。だが、手にした子狐丸を見た瞬間、再び熱が胸に灯った。

 

僕の初めての武器。命を分け合い、共にここまで歩んできた相棒。

 

「僕も、お前も……ここで折れたりなんてしないっ!」

 

全身の筋肉を捻り上げ、踏み込む。

スキル【鍛魂一如】が火焔のように駆け巡り、刃と心をひとつに繋ぐ。

子狐丸が槌音を打つように脈打ち、僕の鼓動と重なった。

 

小竜の大仰に顎を開き、それと同時に灼熱の奔流が通路を赤く染め上げた。

迫る火炎に皮膚が焼けるその寸前、僕は叫んだ。

 

「はああああッ!」

 

刃を振りかぶり、炎を斬り裂いて突き進む。

吐き終わり硬直した瞬間を逃さず、僕は口腔へと飛び込み━━口蓋へと子狐丸を突き立てた。

 

肉を裂き、骨を穿つ感触。熱い血潮が弾け、腕が悲鳴を上げても刃は止まらない。

脳底へ届くまで、全力で押し込んでいく。

 

「うぉおおお!!」

「グオオオオォォッ!?」

 

絶叫とともに巨体が暴れ狂う。だが、その動きはどこか鈍い。

苦し紛れに喉奥から漏れる炎が、僕の全身を焼き焦がす。それでも刃を離しはしない。

 

━━鍛冶師が炎を恐れてどうする!

 

握る刀に力を込めて、傷口を更に斬り進んでいく。

 

やがて小竜は絶叫を最後に崩れ落ち、地を揺らす轟音とともに沈黙した。

 

勝ったのだ……!

 

「はぁ……はぁ……」

 

膝をつき、肩で荒く息をする。肺は焼け、全身は砕けたように痛む。

子狐丸もひび割れ、今にも折れそうだった。それでも最後まで戦い抜いてくれた。

 

「生きてる……」

 

呟けば、全身が重い疲労に侵されていた。耐えられずに石畳に身を投げ出せば、意識が泥のように沈んでいく。

 

「お、おい……本当に……やったのか……?」

「すげぇ……一人で竜を……」

「助かった……!」

 

襲われていた冒険者たちの声が聞こえてくる。

でも僕の耳には遠く響く様に不明瞭で、意味も理解できない。

 

(戦いに巻き込まれて無ければいいんだけど……)

 

身体の芯がぐらぐらと揺れている。血の気が引いていく様な感覚は久しぶりだ。

 

 

「……お、おい!?」

 

誰かが駆け寄ってきて、僕を支えた。

 

「しっかりしろ! ここからは俺たちが何とかするから!」

「絶対に地上まで連れて帰るからな!」

 

(ごめん、何言ってるのか分からないよ……)

 

僕の頼りないほど軽い身体が、冒険者たちに抱きかかえられる。

視界が揺れ、石の天井が遠ざかっていく。

スミカさんとは違う居心地の悪い腕の中、僕の意識は深い闇に沈み込んでいったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

そして次に目を覚ました時、僕はファミリアの自室にいた。

 

柔らかな布団の上で、瞼を開けた僕の視界に、最初に飛び込んできたのは神様の顔。

 

「……目を覚ましたか、お主」

 

神様の声はいつになく低く、瞳はじっと僕を見据えている。

その奥に、確かな安堵がにじんでいた。

 

「どれほど無茶をすれば気が済むのだ。小竜など本来ならばパーティーで挑むべき相手だぞ」

 

枕元に座る神様の隻眼が鋭く光る。

けれど、その叱責の言葉は震えていた。

 

「……ごめんなさい。でも、助けなきゃって……」

 

声を出した瞬間、僕の目に涙がにじんだ。

それは恐怖からか、安堵からか、自分でもよく分からなかった。もしかしたら、神様を心配させてしまったという不甲斐無さからかもしれない。

 

 

神様は深く息を吐き、僕の額に大きな手を置いた。

 

「馬鹿者め……だが、よくぞ帰ってきた」

 

神様の後ろにはスミカさんが腰に手を当て立っていた。

 

「全く!まだ子供なのに無茶しすぎよ! あたしらがどれだけ心配したと思ってんの!?」

 

ぷんすか怒鳴りながらも、目尻は潤んでいる。

 

その光景に、胸の奥がじんわりと温まっていく。

 

━━あぁ、僕はちゃんと帰ってこられたんだ。

 

僕は側に置いてあった子狐丸を抱きしめた。

ひび割れた刀身は痛々しかったが、それでも確かに最後まで共に戦ってくれた相棒だ。

 

「……ありがとう。次はもっと強くなろうね」

 

 

黄金の瞳に誓いを込め、僕は再び眠りについたのだった。

 

 

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