鍛冶師志望のTS幼狐 作:黒幼狐
ダンジョン十二階層。
あれから僕は、幾度となくダンジョンに潜り続けていた。
あの時に少年の戦いを目の当たりにして以来、ただ強くなるだけじゃなく、その心から強く在りたいと願うようになっていた。
名実ともにそうなるために、僕は中層を目指す下積みを重ねていた。
いつものようにモンスターを狩りながら進んでいた時だった。奥から悲鳴が響いてきたのだ。
「くそっ、剣が折れた!」
「盾じゃ防ぎきれねぇぞ!?」
その声を聞いた瞬間、気付けば僕は駆け出していた。
戦闘音のする方へ進むと、三人の冒険者が壁際に追い詰められていた。
その前に立ち塞がるのは━━小竜《インファント・ドラゴン》
幼く、竜種の中では小さいと言われる存在。しかし人間にとっては、絶望を形にしたような巨体だった。
赤みを帯びた鱗は、ダンジョンの光によって紫がかっている。
そいつは燃えるような双眸で彼らを見据えていたのだ。
喉奥で低く唸り、鼻息は砂塵を舞い上げる。やつが咆哮を放てば、周囲に灼熱の空気が一気に広がっていく。
「くっ……!」
「ひぃっ……」
冒険者の一人が腰を抜かした。
あの調子ではもう持ち堪えられそうにない。
正直、僕を加えてみんなで挑んだとしても、勝率は低いだろう。戦っても無駄死にになるだろう。
僕だって死にたくはない。
命が惜しいのならば、見なかった事にして逃げればいい。
そう、理性が訴えかけてくる━━けど僕は、あの時の少年の様に強く在りたかったのだ。
、
「僕が、やるッ!」
子狐丸を抜き放ち、正面へと飛び込む。
不意打ちで顔を斬りつけると、小竜は怒りに咆哮を轟かせた。
耳を裂く衝撃に身体が硬直する━━次の瞬間、爪が迫ってきた。
「ぐっ……!」
子狐丸で受けるも衝撃は重く、僕は岩壁へと叩きつけられた。
肺の空気が強制的に吐き出され、視界が歪む。
しかし敵は待ってくれない。僕が倒れたの好機とみたのか、薙ぎ払う様に強靭な尾が叩きつけられた。
それをなんとかしゃがんで避けたが、躱しきれなかったのか背に熱が走った。
浅い一撃ですら致命傷になり得そうだ。それに━━
(硬い……刃が通らない……!)
何度も切り込むが、手に伝わるのは弾かれる感触ばかり。鱗の壁が絶望を叩きつけてきた。
「だ、だめだ……あの子まで死んじまう!」
冒険者の悲鳴が耳に刺さる。
できればさっさと逃げて欲しいのだが……。
「っ!?」
別の事に気を取られたのがいけなかった。気付けば小竜の巨体が目の前に迫っていた。それはただの巨体にまかせた体当たり。しかし━━
(デカいくせに、速い……!)
咄嗟に身を屈め、腹下を滑り抜けざまに斬りつける。しかし鱗が数枚剥がれる程度。あの巨体相手では焼け石に水だ。
無力感が心を抉る。だが、手にした子狐丸を見た瞬間、再び熱が胸に灯った。
僕の初めての武器。命を分け合い、共にここまで歩んできた相棒。
「僕も、お前も……ここで折れたりなんてしないっ!」
全身の筋肉を捻り上げ、踏み込む。
スキル【鍛魂一如】が火焔のように駆け巡り、刃と心をひとつに繋ぐ。
子狐丸が槌音を打つように脈打ち、僕の鼓動と重なった。
小竜の大仰に顎を開き、それと同時に灼熱の奔流が通路を赤く染め上げた。
迫る火炎に皮膚が焼けるその寸前、僕は叫んだ。
「はああああッ!」
刃を振りかぶり、炎を斬り裂いて突き進む。
吐き終わり硬直した瞬間を逃さず、僕は口腔へと飛び込み━━口蓋へと子狐丸を突き立てた。
肉を裂き、骨を穿つ感触。熱い血潮が弾け、腕が悲鳴を上げても刃は止まらない。
脳底へ届くまで、全力で押し込んでいく。
「うぉおおお!!」
「グオオオオォォッ!?」
絶叫とともに巨体が暴れ狂う。だが、その動きはどこか鈍い。
苦し紛れに喉奥から漏れる炎が、僕の全身を焼き焦がす。それでも刃を離しはしない。
━━鍛冶師が炎を恐れてどうする!
握る刀に力を込めて、傷口を更に斬り進んでいく。
やがて小竜は絶叫を最後に崩れ落ち、地を揺らす轟音とともに沈黙した。
勝ったのだ……!
「はぁ……はぁ……」
膝をつき、肩で荒く息をする。肺は焼け、全身は砕けたように痛む。
子狐丸もひび割れ、今にも折れそうだった。それでも最後まで戦い抜いてくれた。
「生きてる……」
呟けば、全身が重い疲労に侵されていた。耐えられずに石畳に身を投げ出せば、意識が泥のように沈んでいく。
「お、おい……本当に……やったのか……?」
「すげぇ……一人で竜を……」
「助かった……!」
襲われていた冒険者たちの声が聞こえてくる。
でも僕の耳には遠く響く様に不明瞭で、意味も理解できない。
(戦いに巻き込まれて無ければいいんだけど……)
身体の芯がぐらぐらと揺れている。血の気が引いていく様な感覚は久しぶりだ。
「……お、おい!?」
誰かが駆け寄ってきて、僕を支えた。
「しっかりしろ! ここからは俺たちが何とかするから!」
「絶対に地上まで連れて帰るからな!」
(ごめん、何言ってるのか分からないよ……)
僕の頼りないほど軽い身体が、冒険者たちに抱きかかえられる。
視界が揺れ、石の天井が遠ざかっていく。
スミカさんとは違う居心地の悪い腕の中、僕の意識は深い闇に沈み込んでいったのだった……。
そして次に目を覚ました時、僕はファミリアの自室にいた。
柔らかな布団の上で、瞼を開けた僕の視界に、最初に飛び込んできたのは神様の顔。
「……目を覚ましたか、お主」
神様の声はいつになく低く、瞳はじっと僕を見据えている。
その奥に、確かな安堵がにじんでいた。
「どれほど無茶をすれば気が済むのだ。小竜など本来ならばパーティーで挑むべき相手だぞ」
枕元に座る神様の隻眼が鋭く光る。
けれど、その叱責の言葉は震えていた。
「……ごめんなさい。でも、助けなきゃって……」
声を出した瞬間、僕の目に涙がにじんだ。
それは恐怖からか、安堵からか、自分でもよく分からなかった。もしかしたら、神様を心配させてしまったという不甲斐無さからかもしれない。
神様は深く息を吐き、僕の額に大きな手を置いた。
「馬鹿者め……だが、よくぞ帰ってきた」
神様の後ろにはスミカさんが腰に手を当て立っていた。
「全く!まだ子供なのに無茶しすぎよ! あたしらがどれだけ心配したと思ってんの!?」
ぷんすか怒鳴りながらも、目尻は潤んでいる。
その光景に、胸の奥がじんわりと温まっていく。
━━あぁ、僕はちゃんと帰ってこられたんだ。
僕は側に置いてあった子狐丸を抱きしめた。
ひび割れた刀身は痛々しかったが、それでも確かに最後まで共に戦ってくれた相棒だ。
「……ありがとう。次はもっと強くなろうね」
黄金の瞳に誓いを込め、僕は再び眠りについたのだった。