鍛冶師志望のTS幼狐   作:黒幼狐

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5話 届かぬ刃

 

 

ダンジョンの空気は、今日も湿り気を帯びて重かった。

けれど、僕の胸は妙に軽い。

 

ここしばらく潜り続け、敵を倒し続けたことで身体も心も慣れてきた。

子狐丸を手にすれば、刃が自然に動く。以前のように怖じ気づくことも少なくなった。

 

「……僕、ちゃんと強くなってる」

 

小さく呟いたその言葉は、今の僕には確かな実感だった。

ゴブリンの群れを危なげ無く捌き、コボルトを切り倒す。傷だって負わずに済むようになってきた。

スキル【鍛魂一如】の力が確かに働いているのだ。

 

━━だが、その油断が命取りになるとは、このときの僕は知らなかったのだ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

翅音がした。

 

最初は気のせいだと思った。

けれどそれはすぐ、はっきりと僕の耳を打つ羽ばたきに変わった。

 

「……なに?」

 

振り仰いだ暗がりの天井。

そこに貼りつくようにして、紫色の翅を持つ巨大な蛾がいた。

 

━━パープル・モス

 

冒険者の間で忌避される魔物の名が、頭の中で鳴り響いた。

 

次の瞬間、紫の粉がはらはらと舞い落ちる。

 

「━━ッ!?」

 

息を吸った途端、喉が焼けるように痛み、視界がかすむ。

慌てて口を袖で覆ったが、すでに遅い。身体が鉛のように重くなっていく。

 

(毒……!?)

 

刃を振りかざして跳び上がろうとする。しかし、紫蛾は遥か上空。壁を蹴ったところで子狐丸の間合いでは届かない。

その間にも粉は絶え間なく降り注ぐ。

 

「はぁ……く、そっ……!」

 

一歩踏み出すたび、身体が沈む。肺は毒に蝕まれ、息をするたびに痛みが走る。

焦燥と恐怖が混じり合い、鼓動が早鐘のように打ち鳴らされる。

 

「このままじゃ……負ける……!?」

 

心の中で、はっきりとその言葉が浮かんだ。

 

 

(逃げなきゃ……!)

 

頭を振り、脚を踏み出す。

走るたび、身体がぎしぎしと軋んで肺が悲鳴を上げる。

背後からは翅音が追いすがり、毒粉が絶え間なく降ってくる。

 

脚は震え、視界は霞む。

石壁に手をついて必死に支えながら、それでも前へ、前へと進む。

 

『生きて帰れ』

 

神様の声が、脳裏に蘇った。

あの硬い指先で頭を撫でながら告げてくれた言葉。

 

「……絶対に……帰る……!」

 

声にならない声を吐き、最後の力で駆け出す。

 

やがて翅音が遠ざかり、粉の気配が消えていった。

階段を駆け上がり、地上の光を目にした瞬間、僕はその場に崩れ落ちたのだ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

荒い呼吸を繰り返しながら、僕は背中に冷たい石床を感じていた。

身体はまだ重く、手足の痺れは抜けていない。

 

「……勝てなかった」

 

絞り出した声が、やけに弱々しく響いた。

刃は震えている。僕の心と同じように。

 

それでも、子狐丸だけはしっかりと握り締めていた。

この相棒と一緒なら、きっと次は乗り越えられる。

 

そう信じたかった。

震える胸の奥の、小さな炎を守るように……。

 

 

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