鍛冶師志望のTS幼狐 作:黒幼狐
火床の炎が、夜の鍛冶場を朱に染めていた。
息が詰まりそうになる熱気によって汗が落ちていくのをそのままに、僕は槌を手にしたまま、じっとその揺らめきを見つめている。
頭から離れないのは、あの羽音。耳の奥から離れない不快な振動。
空から毒の霧を撒き散らし、僕を追い詰めたモンスター、パープル・モス。
刃が届かず、逃げるしかなかったあの瞬間が繰り返される。
悔しさと無力感が、まだ胸の奥に刺さったままだ。
「斬れなかった……僕には空中の敵を斬る手段がない……」
こんな気持ちじゃ良い物なんて造れはしない。
槌を握るが、何かを打つ気にはなれなかった。
剣は僕の誇りだ。だけど、剣だけじゃ届かない世界がある。
━━ならば、遠くに手を伸ばすための道具が必要だ。
弓は大げさだし、矢を携える余裕もない。投石器も悪くはないがな柄じゃない。
もっと、僕の手の延長になるような……単純で、すぐにでも作れるもの。
視線が、足元の端材に落ちた。
そこにあったのは鉄の棒。どこにである、ただの材料。
気付けば手に取り、試しに振りかぶって投げていた。
それはクルクルと飛び、カツンと壁に当たって床に転がる。
「……いや、重心を整えれば、まっすぐ飛ばせるはずだ」
削り、叩き、削り直す。
少しずつ、握りやすい形に整え、先端に重みを持たせてゆく。
火花が散り、手のひらにじんとした熱と痛みが残る。だがそれが心地よい。
細身の鉄を握りやすい長さに切り、端を少し絞って重心を整える。
━━投げる。
スッと空を裂き、棒は壁に突き刺さった。
「……いける!」
子狐丸が僕の魂を映す刃なら、これは僕のもう一つの手。
銘はいらない。飛ばすだけの、簡素な棒。
けれど確かに、僕の弱さを埋めるものだ。
◆ ◆ ◆
数日後━━
ダンジョンの狭い通路で、コボルトが牙をむいた。
今ではもう他愛もない相手だが、狭い通路で沢山の出てこられたらそれなりに厄介だ。
そして今、後方にももう一匹のコボルトがいた。前後から挟まれているのだ。
(試してみるか……)
そう決めた僕は、腰に仕込んだ鉄の棒を取り出した。
手に馴染む冷たい感触。重心の位置も、すでに指先が覚えている。
投げてみれば思った通りに飛んでいき、毛皮を貫き、肉に突き刺さった。
コボルトが悲鳴をあげ、足を止める。
その隙に前の一匹へと踏み込んで、子狐丸で斬り伏せる。そして返す刀で後方で痛みに暴れているもう一匹にとどめをさした。
「よし、いい感じだ……!」
鉄の棒は致命傷にはならなかったけど、牽制には十分だった。
子狐丸と、僕のもう一つの手。
これらがあれば、戦える状況はずっと広がるだろう。
「ありがとう……子狐丸。それとお前も……」
僕は子狐丸を鞘に収め、新たな武器━━棒手裏剣を腰へとしまう。
熱い鉄を打ち鍛えるように、自分もまた鍛えられていく。そう信じられる時間だった。