鍛冶師志望のTS幼狐 作:黒幼狐
再びダンジョンを訪れた僕の頭上に、紫の羽を震わせるモンスター━━パープル・モスが現れる。
高く、狡猾に。毒の鱗粉を撒き散らしながら、決して地上に降りようとはしない。
「前回は手も足も出なかったけど、今回は違う」
腰や懐、袖口なんかにに忍ばせてある細身の鉄棒。自分の手で打ち上げ、研ぎ、重心を工夫した棒手裏剣だ。
僕は息を整え、狙いをつけた。そして━━
「……いけ!」
空を裂いて真っ直ぐ飛んだそれは、狙い違わずパープル・モスの胴を貫いたのだ。
呻くような悲鳴を上げたモンスターが力無く墜落する。
その姿を見て、前回の悔しさが一瞬で晴れていった。
僕は残った魔石と棒手裏剣を拾いながら、思わず小さく笑ってしまう。
「ふふ……これで僕に届かない相手はいなくなった」
僕は、強くなっている。
今この瞬間、確かに僕は胸を張れる。ちゃんと成長しているのだと。
棒手裏剣の効果を確かめ、地上に戻ってきた僕は、ふとある事が頭を過ぎった。
━━最近、神様やみんなに心配をかけ過ぎていないかな? という考えが。
「というわけでスミカさん。日頃の感謝を込めてみんなに何かしてあげたいんですけど、何かないですか?」
「唐突ね……でもそれなら料理がよさそうね。今日の夕飯の準備を一緒にやりましょう」
◆ ◆ ◆
僕は調理台の上に置かれた銀色の魚をじっと見つめていた。
戦場なら相手を睨み返すところだけど、魚はもちろん何の反応返さない。ただ光りを失った目でこちらを見るだけだ。……なんだかちょっと怖い。
僕の今回の担当はメインのおかずである焼き魚だ。他はスミカさんが何とかしてくれるらしい。
前世も含めて料理の経験は無いが、スミカさんは簡単だと言うし何とかなるだろう。
「カナデ、まずはこの魚の内臓を抜くんだ。腹を開いて、中を取り出して洗えばいい」
スミカさんが隣で他の具材を切りながらこちらに指示を出す。
だけど僕の頭の中には「???」しか浮かんでこない。簡単そうに言うけれど……内臓? 腹を開く? 僕、そういう経験はゼロなんだけど。
とりあえず包丁を握りしめる。武器としては馴染みがある刃物だけど、魚を斬る事は初めてだ。
「えっと……とりあえず首から……」
いつもの感覚で刃を振り下ろそうとした瞬間━━
「まったぁぁぁっ!?」
耳を劈く声が飛んできて、手首をがしっと掴まれた。
「あなた魚を処刑する気!? 腹よ! 腹を切るのよ!」
スミカさんの真剣な剣幕に、思わず背筋が伸びる。処刑……確かに、今の動きは首を狙っていた。
「戦いでは首を落とすのが一番早いので……」
「料理は戦いじゃない!」
きっぱりと言い切られて、僕は思わずしゅんと肩を落とした。
仕方なくスミカさんが魚を手に取り、包丁で腹をすっとなぞって見せた。
「こう浅く、丁寧によ」
僕はごくりと唾を飲み込み、真似をして腹を開く。思った以上に柔らかくて、刃がすっと入っていった。
そこから……赤黒い内臓が見えてきて、思わず顔をしかめる。
「う……モンスターよりグロいかも……」
「慣れなさい、これも料理の一環よ」
スミカさんが笑いながらそう言う。
僕は恐る恐る手を突っ込んで、言われた通り内臓を取り出す。ぐにゃっとした感触に、背筋がぞわっとしたけど……なんとかできた。
「うん、その調子。初めてにしては上出来よ」
「……戦いより難しいかも」
思わず漏れた僕の本音に、スミカさんは「ふふっ」と可笑しそうに笑った。
下処理を終えて、次は焼きの工程に移だ。
「じゃあ、火を起こして網の上に置いてね。コツは強火の遠火で焼く事よ、わかる?」
「……えっと、何となく?」
「ホントに解ってるのかしら……」
僕は言われた通りに火を調整する。
火を使うのは得意だ。いつも鍛冶で火床を調整してるからね。
言われた通りに火を強くしていく。ふいごが無いので少し弱いが、このサイズの竈であればこんなもんだろう。
魚は火に飲まれて良い感じに焼けていっている。
「うわああ!? 火、強すぎってば!」
「あれ? 違ったかな?」
そう思っていたのだが、何故かスミカさんが慌てて火加減を調整しにきた。強火が必要なのでは?
その後も色々あったが、ようやく終わりが見えてきた。
━━料理って大変なんだな……。
それでも、なんとか魚は焼きあがった。見た目は片面がちょっと黒いし、形もいびつだけど……食べられないほどじゃないはずだ。
神様とスミカさん、それにファミリアのみんなで食卓を囲む。僕が焼いた魚はみんなの前に並べられていく。
正直、不安で仕方がない。
「「いただきます」」
神様の号令に合わせて皆が思い思いに箸を伸ばしていく。
僕はそれをドキドキしながら見守った。
神様はもぐもぐと咀嚼してから呟いた。
「見た目はともかく、味は悪くないな。何より、お前の気持ちはちゃんと伝わったぞ」
その言葉に胸がじんわり温かくなる。
「次も一緒に作ろうね」
スミカさんが笑いながらそう言ってくれる。
僕は思わず、ぱたぱたと尻尾を揺らしてしまった。
「……戦うだけじゃなくても、僕はみんなを支えられるんですね」
小さくつぶやくと、神様が穏やかな目で僕を見て頷いた。
「料理でも鍛冶でも、どんな形であれ、お主の努力は無駄にはならん」
その言葉に胸が熱くなる。僕は拳を握り、次こそもっと上手にやろうと、そう心に誓ったのだった……。