鍛冶師志望のTS幼狐 作:黒幼狐
新たな武器を手に入れた僕は、いくつもの難局を乗り越え、自らが強くなっている実感を強く感じていた。
━━だから、もう一歩先へ進めるはずだ。
僕はそんな軽い気持ちで足を進めた。
階段を下り、辿り着いたのは第九階層。初めて訪れたその場所は、空気そのものが張り詰めているようで、どこか息苦しさを覚えたのだ。
━━何かが、違う……?
心臓の鼓動が速くなる。周囲の壁の影が、まるで獣の眼のように自分を狙っている気がしてならなかった。
そんな時だった。遠くから、腹の底を揺らすような轟音が響いた。空気そのものが震え、土埃がぱらぱらと落ちてくる。
「……な、何だ?」
そちらへと視線をむけた次の瞬間、獣じみた咆哮が通路を突き抜けたのだ。
耳を劈くほどの大音声に、全身の毛穴が一斉に逆立つ。血の匂いまで漂ってくるようで、足が自然に止まってしまった。
しかし僕は、恐怖と好奇心に突き動かされ、声のした方へとむかってしまったのだ。
━━果たしてそこには、赤黒い巨躯がいた。
全身が鎧のような分厚い筋肉に覆われた、片角のミノタウロス。その手には長大な大剣が握られ、振るっただけで大気が唸りを上げる。
あれは、今の僕なら一太刀浴びせる前に叩き潰される。理解するよりも先に、膝が震えていた。
━━だが、その怪物に立ち向かっている者がいたのだ。
白い髪の少年。年は僕より少し上だろうか。冒険者としては小柄な体格で、全身が血に濡れ、呼吸も荒い。
それでも彼は、何度地面に叩き伏せられたとしても立ち上がる。
「な、なんで……?」
声が漏れた。僕なら逃げている。いや、逃げるしかない。あんなのに立ち向かうなんて、無謀としか言いようがない。
それなのに少年は、大剣の軌跡に掠りながらも必死に短剣を振るっていた。
骨を砕かれそうな一撃を受けても、地を這ってでも、彼は再び立ち上がる。
「まだ……だっ!」
震えた声が、咆哮にかき消されることなく響いた。その瞬間、胸の奥が強く揺さぶられた。
━━なぜ、あんなにも必死に? なぜ、命を投げ出すように戦える?
僕は鍛冶師になるため、強くなるために戦っている。武器を打つ力を磨き、神様に認められるために。それが僕の理由だ。
だけど、あの少年の理由はもっと切実で、もっと熱い。
生き様そのものが、刃よりも鋭く突き刺さってくる。
巨体が再び襲いかかり、少年が地面を転がる。
もうダメだと思った時、黄金の光が差し込むように一人の少女が現れた。
長い金髪を揺らし、澄んだ瞳でミノタウロスを見据える。
僕も見た事がある、あれはロキ・ファミリアの冒険者、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだ。
彼女は吹き飛ばされた少年を庇うように立ち塞がり、怪物の動きを制していた。
けれど、白髪の少年は震える足で前に踏み出したのだ『もう守られるわけにはいかないんだ!』、と━━
その背中には、折れない意志が宿っていた。僕は思わず胸を握りしめる。助けてもらえば楽だろう。けれど、彼はそれを拒んだ。立つことを、自ら選んだのだ。
少年の刃が、段々とミノタウロスを捉え始める。
だが分厚い筋肉に阻まれて、決定打には至らない。
しかし唐突に、終わりの瞬間が訪れた。
少年はその手に持つナイフをミノタウロスの胸へ突き立て、魔法を放ったのだ。
━━「ファイアボルトォッ!!」
少年の放った魔法が炸裂し、爆炎がミノタウロスを内側から焼いた。
巨体がのけぞり、断末魔の咆哮を上げる。その体内に再び炎雷が放たれる。
そしてついには、ミノタウロスは爆散したのだ。
地響きと共に、静寂が訪れた。
少年はその場で立ちすくんでいる。その姿は傷だらけで、しかしその背中からは、折れない芯のようなものを感じられた。
ロキ・ファミリアとおぼしき面々が、遠巻きにその戦いを見届けていた。助けに入ることもできたはずだ。僕も願った、あの人を助けてほしいと。けれど彼らは、彼の覚悟を尊重して見守る選択をしたのだ。
「……強い……」
思わず呟く。違う、強いだけじゃない。折れそうになりながら、それでも立ち続ける。あれこそ、本物の冒険者だ。
僕は壁に背を押し付けたまま、拳を強く握りしめる。
僕もあんなふうに、自分の信じるもののために立ち続けたい。鍛冶師として、冒険者として、まだまだ未熟だけれど。
子狐丸を見下ろしてみる。
その刃に映った自分の顔は、恐怖に引き攣りながら震えていた。けれど、瞳の奥に揺れる光は消えてはいない。
「……負けてられないな」
遠くで白髪の少年が運ばれていく気配を感じながら、僕は静かに誓ったのだ。
━━この刀と共に、もっと強くなる。あの人のように、何度でも立ち上がれる様に……!
白髪の少年、一体何クラネルなんだ……。