今回の話には“コイツこんなキャラじゃないだろ(怒)”な要素と、“なん…だと…”な要素が含まれています。
ではどうぞ。
藍染の開幕宣言から早三日。初めは慌ただしかった虚夜宮内も次第に落ち着きを取り戻し、何時も通りの空気が流れ始めた頃。
ノイトラはチルッチに支えられながら、治療室に向かっていた。
何故こうなったのかは想像に難くない。何時も通り鍛錬に力を入れ過ぎただけだ。
しかし只の鍛錬ではこうまではいかない。実は最近習得したばかりの新しい力の追い込みと称して、準備運動もそこそこに、いきなり全力でそれを解放したのだ。
次元の違うその力の激流にアテられたのか、チルッチは全身が弛緩して行動不能となり、彼の鍛錬が終わるまで呆然としていた。
如何に鍛錬慣れしているとは言え、流石に初っ端から全力投球ではそう長持ちする訳が無い。
案の定、ノイトラは意識を失って倒れただけで無く、自動回復が間に合わず、セフィーロの能力を頼って此処に来ている訳だ。
チルッチの鍛錬に文句を言った手前、これである。
「ほんとに馬っっっ鹿じゃないのあんた!? あんな出鱈目な力、遠慮無しにバカスカ使って…普通死ぬわよ!!」
「…め…面目無ぇ……けどよ」
「けどもだっても無いっての! もう今日は大人しくしてろ!!」
チルッチは自身の肩を貸しながら、この無茶苦茶な主に対し、態と耳元で大声で騒ぎ立てていた。
これが普段通りであれば、想い人の身体に密着している事に照れ臭さやら羞恥心やらを覚え、逆上せ上っていただろう。
彼女はこうして鍛錬場所から虚夜宮に戻ってからもすっと罵倒し続けていた。
それでも全く声が枯れた様子を見せない事から、如何に彼女が普段から騒ぎ慣れているのかが判る。
ノイトラの反論を強制的に途中で打ち切り、無理矢理引き摺って行く。
―――しかしまあ、随分と感慨深い。
成すがままにされながらも、ノイトラは思った。
つい最近までは妹の様に思い、色々と面倒を見ていたのが、今こうして逆に世話を焼かれる羽目になるとは。
言っては何だが、ノイトラは普段の行動はしっかりしているのだが、私生活になると途端に緩くなる。部屋の中にはその日着た服を脱ぎ捨てて放置するし、疲れたからと言って食事も取らずに寝ようとする。
ある意味、これはテスラが居た時の弊害だ。彼は男同士という事もあってか、ノイトラの自室に顔を出す事も多く、その度に部屋を掃除したりと献身的に奉仕活動を行っていた。
その結果、やらなくともアイツがやってくれるという感じで、駄目亭主の様な生活習慣が出来上がってしまったのである。
―――これが一人前になって自立した娘を見て物思いに耽る父親の気分か。
ノイトラは本人が聞いたら激怒必至な事を考えながら、優しい笑みをチルッチの横顔に向けていた。
やがて治療室まで残り三つの廊下を切った、その時だった。
「そこで止まれ! ノイトラ・ジルガ!!」
二人を背後から呼び止める声が上がった。その声の主は未だ若い。
振り返って見れば、其処には拳法着のような服を着て髪を三つ編みにし、サーベルタイガーの頭蓋骨を模した仮面の名残を被った中性的な顔立ちの少年。
少年の名はジオ・ヴェガ。
「畏れ多くも我が陛下が貴様を御呼びだ! そのまま待て!」
「…いきなり来て何寝言言ってんだてめえは!!」
相手が第5十刃である事も御構い無しな小生意気な態度に、チルッチも思わず霊圧を放出して怒りを露にする。
今日は鍛錬を行っていないので、彼女の霊力は十二分に溢れており、その霊圧は下位の十刃に匹敵する程だ。
想定外の霊圧量に、ジオは小柄な全身を一瞬跳ねさせると、腰を抜かした様に後ろに座り込んだ。
あ、あ、と言葉にもならない声を漏らしながら、顔面を蒼白に染めている。
「相手が誰だか解って言ってんのか!! この―――」
「…止めろチルッチ」
「ノイトラ!? でも…」
「止めろ」
「っ…チッ…ノイトラに感謝しろこの糞餓鬼!」
だが途中でノイトラが右手をチルッチの眼前へと翳し、制した。
不満気な表情の彼女だったが、渋々霊圧を引っ込める。だがその鋭い目は依然としてジオの事を睨み付けていた。
睨み付ける程度なら構わないかと、妥協したノイトラは支えてもらっていた体勢を解くと、自身の足で立ち上がる。
そしてそのまま当事者の到着を待つ事にした。
「…勘弁しろよな、マジで」
いきなり訪れた面倒事に、ノイトラは久々に深い溜息を吐いた。
気を抜けば倒れそうになる身体に鞭打って、普段通りのノイトラ・ジルガを演じる。
何せこれから相対するのは一筋縄ではいかない相手だ。保有する霊圧も能力も桁違い、対話による政治的駆け引きも経験ではあちらが上ときた。
ノイトラに出来る事は一つだけ―――舐められないことだけだ。
十刃の数字は強さの序列。立場では無い。
其処に座り込んでいるジオの様に、大半の数字持ち達はその意味を勘違いしている事が多い。
十刃同士の間には本来上も下も存在しない。何時でも何処でも、その数字を奪い合うライバルの様な間柄なのだ。
「何を無様な姿を晒しとる、ジオ・ヴェガ」
「ば、バラガン陛下!?」
廊下の奥から五人の従属官を引き連れて現れたバラガン。
その堂々とした佇まい、そして滲み出る風格に、ノイトラとチルッチは霊圧とは別な意味で圧倒された。
王としての在り方であれば、それこそ藍染よりも上だ。
―――成る程、確かに彼程の存在なら並みの数字持ちが心酔するのも頷ける。
こうして対峙してみて初めて解る違いに、ノイトラは納得した。
仲間としては受け入れられないが、王としてなら可能だろう、と。従う気は欠片も無いが。
「…命令の意図も酌まぬ内に先走ったか。馬鹿者が…」
「っ…も…申し訳…御座いません…!」
彼は伝令役として向かわせた筈のジオが座り込んでいるのを見遣ると、一瞬で彼の失態を悟ったのだろう。
冷ややかな視線と同時に鋭い霊圧が、彼目掛けて放たれるのを、ノイトラは確認した。
ジオはそのまま気を失って倒れた。そんな彼を、同じ従属官である、顎に仮面の残骸を残した虚ろな表情をした巨漢が担ぎ上げ、バラガンの後ろへ戻る。
「…謝罪は必要か」
嫌に下に出る。バラガンらしく無い。
恐らくこれは試している。ノイトラは悟った。
呼び止めた事もそうだが、恐らく彼は自分を見極めたいのだろう。
藍染も戻った今、ある意味境目とも言える丁度良いタイミングだ。
それもその筈。実はバラガンは最近のノイトラの強さを見抜いていた。
伊達に虚圏の王を名乗っていない。上限は不明だが、一先ず自身に匹敵するか否かを判断するのは造作も無かった。
バラガンが下したその結論は―――自身と互角。
如何なる手段を用いて其処まで登り詰めたのか、それに対しては微塵も興味が無い。有るのは一つの懸念だけだ。
今後、ノイトラ・ジルガという存在は自身の覇道を阻む存在となるのか否か。
故にこうして行動に移したのだ。
そんなバラガンに対し、ノイトラは現在、自身の脳を全速力で回転させて対応策を検討していた。
此処はノイトラらしく下卑た笑みを浮かべて肯定する事が良いのだろう。
そうすれば恐らくバラガンは自分を今後一切関わる価値も無い小物として認識し、今後は無視を決め込む様になるだろうと。
評価は地に落ちるが、その反面で敵対する可能性は潰れる。
実に平和的な解決法だ―――と思いきや、実は間違いだった。
実際にノイトラがそんな態度を取れば、バラガンは今この場でノイトラを殺す事も厭わない。
例え王で無くとも、力を持った小物の厄介さというものは皆理解出来る。どんな物語でも、こういうキャラは面倒事を起こしたり大事件の引き金を引いたりすると相場は決まっている。
己の振るう力に責任も持たず、只本能や欲求の赴くままに行動して周囲を引っ掻き回す輩を、バラガンが放って置く訳が無い。厄介事の芽は早い内に摘んでおくに限るのだから。
そうとは知らず、地雷を踏み抜こうとしたノイトラだったが―――直前で止めた。
理由は単純。気に食わないからだ。
確かにこの態度を取れば、今後は安全かもしれない。
だがこれは下手すると舐められるよりも屈辱的な結果でもあるではないか、と。
其処でノイトラは挑戦してみる事にした。
小物を演じる必要も無く、それで且つバラガンの障害には成り得ないと理解させる方法を。
こうして図らずも彼は特大級の地雷を回避した。
「いや、久々に面白い奴を見れたからな。これでチャラだ」
「ほう?」
ノイトラは謝罪を要求するのでは無く、その必要が無くなったと返す。
バラガンは意外だと言わんばかりの声を上げた。そしてその理由を促す様に視線を向けて来る。
この反応を見るに、取り敢えず好感触だった様だ。
ノイトラは間髪入れずに更に追い込みを掛ける。
「先が楽しみな餓鬼じゃねぇか。良く見付けたな」
「…儂が直々に引き入れた人材じゃ。其処等の灰塵と一緒にするでない」
「確かに、あんな奴はそうそう居ねぇわな」
一応これは嘘では無く本心だ。
虚夜宮内では十刃を除き、未だにノイトラの姿を見て怖気付かない破面は少ない。
あのハリベルの従属官三人組も、近くに来れば一瞬肩を跳ねさせる仕草を見せる。
だがジオはそんな素振り等一切無く、それどころか真正面から命令して見せたのだ。
見たところ実力もそれなりに、そしてまだまだ伸び代も有る。流石にバラガンが見込んだだけの事は有ると言うべきか。
ノイトラの称賛に、ふん、と鼻を鳴らすバラガン。
未だに駆け引きの内ではあるのだが、その御世辞に少なくとも気を良くした様だ。
あからさまなものでは無く、彼自身が既に行った事を褒めるのはツボだったらしい。
―――意外とチョロい。
ノイトラはバラガンの意外な弱点を見付けて内心でほくそ笑んだ。
「…一つ良いか?」
「何じゃ、発言を許そう」
そろそろ決着を付けねば流石にキツイ。霊圧的にも体力的にも。
なのでノイトラは本題に入る事にした。
真正面から堂々と、バラガンの目を見据え、言い放つ。
「―――アンタはこれまで通り、アンタの道を行けば良い。俺も俺の道を行く。それは金輪際交わる事は無い」
それは一種の賭けでもあった。
始めからバラガンの意図を知っていた事を仄めかし、その上で誠心誠意、嘘偽り無く本心を伝える。
自分は自分の道を行く。アンタの王道には決して干渉しないと。
敵対しない、では無く敵対したくとも出来ない。
地に足を着いて進む者と、空を翔けて進む者。この両者が一体何処でぶつかるというのか。
ノイトラとしてはこの方が楽だった。一度小物を演じてしまえば、以降は一貫して演じ続けねばならなくなる。そんなのは御免だ。
物語の展開が進む今後に於いて、其処まで気を配っている余裕は無いのだから。
「それを信ずる証拠は」
「無い」
バラガンは暫し間を置くと、そう問い返した。
対してノイトラは只一言、即答で返す。
両者は微動だにせず、その睨み合いにも等しい形を保ち続ける。
一分、二分と、時間だけが過ぎて行く。
霊圧は一切出ていない。だがこの場は如何ともし難い重圧が支配していた。
周囲はその推移を息を飲んで見守っている。
「…良かろう。その言葉、忘れるでないぞ、ノイトラ・ジルガ」
「無論だ」
「餓鬼が…一丁前な口を利く様になったものよ。行くぞ」
『御意!』
沈黙を破ったのはバラガン。彼はノイトラにそう言い捨てた後、踵を返すと従属官を引き連れて去って行く。
ジオの件が有ったせいだろう。去り際に睨み付けて来る奴は居なかったが、探る様な視線を向けて来る者が居たのを、ノイトラはしっかり感じ取っていた。
ノイトラはバラガン達の後ろ姿が完全に見えなくなるまで立ち続けると―――やがて後ろに仰向けに倒れた。
その様子に、チルッチが慌てて駆け寄る。
「ちょっと!? 大丈夫!!?」
「…疲れた、寝る」
「さっさと
チルッチの叫びも虚しく、ノイトラの意識はそのまま落ちたのだった。
虚夜宮内では主に重要な会議や会合といった、多人数が集って話し合う場合、主に玉座の間が使われている。
それは藍染が結構な頻度でその部屋を利用している為、元から其処を集合場所と決めておけば色々と楽なのも理由だ。
そして其処は黒腔を開く以外、時に何も無さそうだと思われがちだが、実は早想像以上にハイテクな造りになっていたりする。
虚圏の外部から調達した映像や情報を保存して空間モニターで映し出したり、意識を集中させる事で虚夜宮全体に自らの意志をリンクする事で建物内の殆どの様子を把握したりと、他にも機能は多々有る。
例え長時間過ごしたとしても、決して退屈はしない。藍染にとって玉座の間とはそんな部屋だった。
「…失礼致します」
治療室とは比較にもならない程巨大な扉が自動で開くと、召集を受けたウルキオラが入室する。
彼は藍染の居る高台から丁度真正面の位置まで進み、膝を着いた。
「いらっしゃいウルキオラ。楽にして良いよ」
何時も通りの薄い笑みを浮かべながら、肘を付いた楽な姿勢で藍染は言う。
それに従い、ウルキオラは礼の体勢を解く。
副官二人は変わらず、藍染の左右両側に控えて居た。
「召集の理由は伝わっているかい?」
「…現世に於いての任務が有る、とだけ」
「そうか…要」
藍染は不意に傍らの副官に呼び掛けた。
それに対し、はい、と東仙は一言だけ零すと、カードの様な物を懐から取り出し、近くの黒の支柱へと近付く。
すると突然、支柱の表面の一部がカードリーダーを思わせる装置へと変形する。
東仙がそこにカードを差し込むと、今度は藍染の正面―――玉座の間の入口側の壁に映像が現れた。
「任務内容はとある人物の調査だよ。その対象は彼―――黒崎一護」
ウルキオラはその映像を見ながら、まるでアルバムを見返しているかの様だと感じた。
映像は、只の霊感の強い高校生―――黒崎一護が、ある出来事を切っ掛けに突然死神へと至るところから始まった。
高校生活と死神の役目を何とか両立させながら、やがて一護はその中で様々な者達と出会い、時に戦い、成長して行く。
ある時、死神の力を譲渡してくれた恩人でもある死神―――朽木ルキアが尸魂界へと連れ戻され、自身もその力を失った。
だが厳しい修行の末、一護が本来持つ死神としての力に目覚め、ルキア救出の為に準備を整え始める。
そして遂に仲間とその協力者と共に、尸魂界へと降り立ち、死神達の拠点である瀞霊廷へと侵入を果たす一護達。
其処で沢山の強敵と対峙し、傷付きながらも戦い抜き、遂にルキアの救出を成し遂げる。
「………」
実に王道的で、感動的な心躍るストーリーだ。常人ならばそんな感想を抱いただろう。
だがウルキオラはその内容に何の感情も抱かなかった。
生まれたのは疑念のみ。
―――何故この人間達はこうまでして必死になれるのだ。
仲間、心、絆、どれもこれもが理解し難い。
仲間を持てば強くなるのか。心を持てば如何なる強敵をも打ち倒せるのか。絆とは恐怖や困難に勝る程のものなのか。
考え込みながら、ウルキオラは映像の続きを見遣る。
其処で藍染の大いなる野望が絡み、窮地に陥る一護達。
そしてやがて浦原喜助の製作した崩玉の入手という目的を果たした藍染の前に現れる護廷十三隊の隊長達。
だが難無くその場を切り抜ける藍染。彼は倒れ伏す一護を見下ろしながら、虚圏へと去って行く。
「ふむ、改めて見てみると恥ずかしい気もするね」
「………」
映像が途切れて一呼吸置くと、ウルキオラは疑問に思った。
藍染様は何を考えてこの映像を自分に見せたのか、と。
情報の伝達という意味合いも有るだろうが、常識では計り知れない頭脳を持つ彼の事だ、絶対に他にも何か有る。
“虚無”を司る自分を刺激したいのか、それとももっと別方向の意図か。
心という形を持たないが故に、その在り方が理解出来無い。ウルキオラは理屈でその答えを導き出そうとするが、当然の如く失敗に終わる。
やがてその思考は行き詰り、自分では理解不能だと諦め掛けた時、ふと思った。
奴なら或いは、この藍染様の意図を、そして先程の映像の人間達の心というものを理解出来るだろうか―――と。
次の瞬間、ウルキオラは咄嗟に自身の思考を打ち切る。
何を馬鹿なと、先程までの考えを全て記憶の隅に追い遣る。
自分は物だ。藍染様の手足となり、あらゆる障害を排除する為の道具。
映像内の人間達の持つ心などという無駄極まりないものに思考を割く必要は無いのだから。
「ではウルキオラ、今の映像で黒崎一護という為人は理解出来ただろう。早速だが任務を言い渡そう」
「…はい」
「現世―――
「承知致しました」
ウルキオラは再び膝を着く。
藍染は満足気な笑みを浮かべると、そうだ、と付け加えた。
「後者だった場合、彼の処遇については君の判断に一任する。前者の場合は殺せ」
「…宜しいので?」
「ああ。それと誰か同行者を連れて行っても良い。私の命令だと言えば皆従うさ」
「感謝します」
最後に一礼すると、ウルキオラは踵を返す。
彼が去った後、ひとりでに扉が閉まる。
藍染は全身から脱力し、目を閉じる。
そのまま虚夜宮全体へ一時的にリンクし、ウルキオラの後を追う。
彼が向かった方向に居る存在を確認すると、直ぐにリンクを切った。
「…成る程。彼の変化は周囲にも伝染するのか…」
未だに目を閉じたまま、藍染は静かにそう零す。
「実に興味深いよ…ノイトラ・ジルガ」
その言葉には一体何の意図が有るのか、それは本人にしか解らない。
東仙とは逆側に立つもう一人の副官の視線を横顔に感じながら、藍染は笑みを浮かべた。
玉座の間にてそんな遣り取りがあったとはいざ知らず、所変わって治療室の中は喧騒に支配されていた。
主に騒ぎ立てているのは言わずもがな、チルッチ。煽っているのはセフィーロ。離れた場所ではロカが静かに紅茶の用意をしている。
ノイトラに治療と称して露骨にベタベタと引っ付きながら処置を行うセフィーロに、チルッチは今にも虚閃でもぶっ放しそうな勢いで怒りを露にしていた。
現在、治療室にはこの四人しか居ない。
藍染の計画が動き始めた影響か、虚夜宮内の補強作業などで他の雑務係の破面達は多忙なのだ。
とは言え、治療要員を全く残さない訳にはいかない。
なので治療の能力に優れたセフィーロとロカのみが残されているのだ。
「駄目ですよぉ~、もうこんなに無理しちゃ~。毎回これでは私の身体が持ちません~」
「とか言いつつ何処を触ろうとしてやがる! さっさとノイトラから退けこの淫乱女!!」
「何処って…触診なんですから身体に直接触れるのは当たり前じゃないですか~」
「…尻を触って何を診る御心算なのでしょうか。是非お聞かせ下さいセフィーロ様」
「……えへへ~…」
「笑って誤魔化すんじゃねえ!!」
セフィーロの姿は何時もの白衣では無い。マスク状の仮面は消えて素顔を覗かせ、その全身は裸に薄く柔らかな布が幾重にも巻き付いた様な扇情的な格好で、彼女の周囲には常に大量の布が舞い踊っている。
これは彼女の斬魄刀の帰刃形態。名は
それの持つ能力は正に治療長の座に相応しく、その治癒の効果は絶大の一言。怪我だけでなく、失った霊圧すら回復させるそれに、ノイトラは今までに何度も助けられている。
普段は頑なに秘匿し、解放したとしてもノイトラ以外に決してその力を見せなかったセフィーロだったが、今回は違った。
何時もよりノイトラの消耗が激しかった為、致し方無く彼女はその場で己の斬魄刀を解放して治療に当たったのだ。
彼女曰く、もっと早く来ていれば必要無かったらしい。
それを聞いたノイトラとチルッチは次の瞬間、あのクソジジイが、と二人揃って声を荒げた。
―――その反面、何故かセフィーロは嬉しそうにしていたが。
「ってかもうとっくに完治してるでしょ! あんたも無理矢理にでも退かすなり何なりしろっての!」
「いや…怪我するとマズイだろ」
「本当に紳士的ねこの馬鹿は!!」
チルッチは頭を抱えた。
別にその態度を責めている訳では無い。彼の魅力の一つだし、彼女とて今迄に何度もそういった扱いをされた事が有る。
只単に、それと同じ扱いを他の誰かにされるのが気に入らないという嫉妬だ。
ぶつけ様も無い感情に、チルッチは地団駄を踏んで悔しがった。
「…紅茶です」
「貰う!!」
ロカが横からトレーに乗せたカッブを差し出すと、チルッチは一気に流し込んだ。
見た限り淹れたてだったと思うのだが、実に頑丈な舌だ。
自身の胸元に顔を擦り付けるセフィーロを見ない振りをしつつ、ノイトラはそう思った。
騒がしくも平和的な空気の治療室だったが―――それは突如として終わりを告げる事となる。
「―――っ!?」
ノイトラは此方へ近付いて来る巨大な霊圧を感知した。
遅れてセフィーロもそれに気付いたのか、即座に帰刃形態を解いた。
「これは…!?」
「う…あ…」
「っ、ロカちゃん!? いけない…!」
量だけでなく、何処と無く異質さを感じるこの霊圧を持つのは、この虚夜宮内にて一人しか存在しない。
ノイトラだけでなく、チルッチもその正体に気付いたらしく、焦燥に駆られた様な表情を浮かべている。
厳密には違うが、基本的に力を持たない破面であるロカはその霊圧に耐えられなかったらしい。
手に持ったトレーを床に落とし、今にも崩れ落ちそうだ。
セフィーロはその様子を逸早く察し、直前にロカの身体を支える事に成功した。
「ノイトラさん!」
「…解ってる、早く行け」
「済みません…セフィーロ様…ノイトラ様…」
セフィーロはロカと協力し、自室の壁や扉全てに特殊な処置を施しており、監視カメラや霊圧等の干渉を一切受けない形になっている。
詳細は聞いていないが、二人の能力の相性が良いが故に出来る芸当だそうだ。
二人が自室へ消えるのを確認すると、ノイトラは一気にベッドから起き上がった。
先程まで寝ていた影響で固まった身体を軽いストレッチで解し、大事に備える。
チルッチも彼の直ぐ後ろへと移動。斬魄刀を腰に下げ、何時襲い掛かられても対応出来る様に、重心を落として構える。
「この霊圧…あいつよね」
「ああ」
「…何で?」
そう問われるが、事実、ノイトラとしては全く心当たりが無い。
これからやって来るのが想像通りの人物ならば、逆に此方の方が疑問だ。
彼とは交流らしい交流も無い。寧ろ治療室に来る前に対峙したバラガン以下だ。
治療室に来る以上、怪我をした可能性も捨て切れないとも考えたが、直ぐに有り得ないと切り捨てる。
第4より第1までの数字を持つ十刃達の実力は、それ以外の十刃達のそれとは別次元だ。
それは今のノイトラも当て嵌まるのだが―――一先ずそれは置いておく。
その証拠に、彼等は虚夜宮の天蓋の下での帰刃を藍染から禁じられている。解放時の力が余りに強力過ぎるが故に虚夜宮自体を破壊し兼ねないからだ。
そんな彼が傷を受ける程の事態が起こったとすれば、即座に藍染から各十刃達に召集が掛かっている程だ。直ぐに解る。
だがそれも無いとすれば、本当に彼個人からノイトラに用が有って近付いて来ているという事だ。
気付けばその霊圧は扉の前まで来ていた。
やがて音を立てながら扉が開き始め―――その姿が露呈する。
左頭部の個性的な仮面の名残、そしてその整った顔の造形からも、見間違い様が無い。
第4十刃、ウルキオラ・シファーが其処には居た。
「…此処に居たか、ノイトラ」
相変わらずの肌の白さだ。ノイトラはまず先にそう思った。
緑の両眼の下に、垂直に伸びた緑色の線状の
成る程、確かに“虚無”と言うだけある。ノイトラは百回説得しても彼の表情を変える自信は無いと断言出来る。
これを一護達は自分達の行動で変化させて見せるのだから、本当に驚きだ。
「…何の用だウルキオラ。怪我した訳でも無ぇんだろ?」
内心の焦燥をおくびにも出さず、ノイトラは冷静に問い掛ける。
―――藍染様の命令だ。お前を殺す。
等といった事ではないよな、と最悪の事態を想像しながら。
「…先程、藍染様より現世での任務を仰せ付かった。期日は三週間後だ」
「へぇ…」
予想が外れた事に内心安堵しながら、恐らくそれは現世に於ける初めての任務だろうと、ノイトラはウルキオラが言う任務に当たりを付ける。
現世の空座町に於いて、ウルキオラとヤミーの両名が来訪し、様々な爪痕を残す事となるある意味重要な出来事。
だが次の瞬間、ノイトラの全身に電流が走った。
―――まさかそんな筈は無い、よな。
そう自分に言い聞かせるが、悪寒が止まらない。
右頬を嫌な汗がゆっくりと伝って降りる。
確かに、何となく嫌な予感はしていた。それはウルキオラが来ると知った瞬間からだ。
関わる理由も特に無い今、こうして彼の方からアクションを掛けて来るとは想定外も良いところだ。
今直ぐ逃げ出したくなる足を必死に抑え付け、ノイトラは平静を保ちながら問い返した。
「―――で? その任務が俺と一体何の関係が有る?」
「お前も来い」
刹那―――三人の周囲が静寂に包まれる。否、固まったと言うべきか。
空気が凍るとは正にこの事。
ノイトラは開いた口が塞がらなかった。
その様子にやや首を傾げながらも、ウルキオラは更に追い討ちを掛けた。
「……は…?」
「この任務に於いて、俺には裁量権が与えられている。藍染様の命令でな。…確かに伝えたぞ」
ウルキオラは返事も待たずにその場を去って行く。
まあ藍染の命令とあっては、結局従う他無いのだが。
「…なん……だと…」
残されたノイトラは茫然としたまま、まさか自分は言う事は無いであろうと思っていた―――ネタとしても有名なあの名言を零していた。
その顔は何時ぞやのドルドーニを彷彿とさせるものであった。
「…良く解んないけど、御愁傷様?」
事の重大性を理解していないチルッチは、未だにブツブツと独り言を零し続けるノイトラの背中にそう言った。
これからもこんな感じで部分的原作崩壊を繰り返す予定です。
一応それ以外にもイメージ像は有るので、完全崩壊な展開を書いても良いのですが…私にはそこまでの勇気がありません。