三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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修正版です。
原作の引用が多過ぎる事を恐れる余り、変に捻ってしまった修正前を元に戻しました。

それでも内容は余り変わっていない部分もあるので、依然として賛否両論あるかと思いますが、御容赦の程を。
後、変更点については描写の中にも追加しておきました。



そして作者は想像以上にメンタルが弱かった…(´・ω・`)


第十一話 三日月と主人公達と…

 眼前に居る、虚とも死神とも取れない謎の存在に対し、茶渡泰虎はそのほぼ二メートルの体格を震わせていた。

 過去にこの空座町で虚が大発生した事件が有り、それが切っ掛けで今の能力を覚醒。そして尸魂界へ訪れた際に積んだ死神達との戦闘経験の御蔭で、自分にはある程度の実力が付いたという自負が有った。

 流石に護廷十三隊の隊長格レベルには及ばないが、あの無駄に刀を振り回していた自信過剰な男は八番隊第三席と名乗っていたし、あの程度の席官レベルならば制圧は容易い。

 

 だが目の前の巨漢は違う。御世辞にも洗練されているとは言えない佇まいだが、無意識の内に身体より漏れ出している霊圧から判断するに、先程言った席官の男など話にならないのは明白。

 下手すれば隊長格。自分の持てる渾身の一撃を埃を払うかの如く片手で打ち払い、通常の刀と小太刀の二刀一対から繰り出す不可視の一閃で呆気無く勝負を終わらせた男。八番隊隊長―――京楽 春水(きょうらく しゅんすい)に匹敵するのでは、と。

 

 ―――やはり井上が、それどころか自分もどうにか出来るレベルではない。

 泰虎は警戒を解かず一瞬だけ背後に視線を移し、自分と同じく奴等の霊圧を察知してやって来た仲間の井上織姫と、同級生である竜貴の様子を確認する。

 此処に到着する前に予め話を付けて置いた御蔭か、織姫は今のところ現在の位置より前に出ようとする意思は見られない。

 ならば彼女には今の内に竜貴を連れて避難させ、一護が此処に来るまで自分が時間稼ぎするのが得策か。泰虎は判断する。

 

 

「…井上。話した通り…有沢を連れて退がってくれ」

 

「うん…。無理しないでね茶渡くん…」

 

 

 一瞬泰虎の身を案ずる様子を見せた後、織姫は竜貴に肩を貸しながら後ろの安全圏へと下がって行く。

 それを確認した泰虎は鎧に覆われた自身の右腕をやや背後へと引き絞り、拳を硬く握って戦闘態勢を取った。

 

 

「ノイトラァ!! 何だこいつは!?」

 

「…俺に聞くな馬鹿。少しは探査神経鍛えとけって馬鹿。そんなんじゃこの先やっていけねぇぞ馬鹿。少し霊圧が有るだけの人間だよ馬鹿」

 

 

 ヤミーは先程までの遣り取りで怒りを蓄積していた影響か、ややドスの利いた声で問い掛けた。

 ノイトラは面倒臭そうに溜息を吐くと、随分な言い回しで返事を返す。

 それが余計にヤミーの怒りを増幅させる原因になろうとも御構い無しに。

 

 ―――奴等は仲間では無いのだろうか。

 泰虎はそんな二人の遣り取りを見て思わずそう思った。

 

 

「オイ!! 馬鹿馬鹿うるせぇんだよてめえ!!」

 

「騒ぐな馬鹿。こっち見てどうすんだ馬鹿。取り敢えず前向け馬鹿。そいつ霊圧高めてんだろ馬鹿」

 

「う…うがあああぁっ!!!」

 

 

 当然の反応と言うべきか、ヤミーは只管に馬鹿と連呼するノイトラに対して更なる憤りを露にする。

 流石にヤミーとて、決して自分の頭が良く無い事は理解している。そしてこの場に於いて最も立場が低く、非が有るのは自分であるとも。

 しかも今は任務が最優先事項であり、流石に仲間割れをする訳にはいかない。我儘で付いて来た上に何度も失態を重ねる事をしてしまえば、帰還後に藍染から一体如何程の罰を受ける羽目になるのか―――想像もしたくも無い。

 故にこの行き場の無い怒りをどうすべきか迷った末、頭上に広がる雲一つ無い澄んだ青色の大空へと向けて咆哮を上げた。

 

 確かに何度も馬鹿呼ばわりさせるのは気分的に良くは無い。だが実際にその発言内容を今一度確認してみると、その馬鹿の部分を除外すれば普通に的確な答えとなっていたりする。

 ―――ノイトラは無意識の内にツンデレ街道を真っ直ぐに進んでいた。

 

 泰虎はそんな二人に対し、戦闘態勢を維持したままで少々困惑していた。

 取り敢えず仲間割れしている様に見受けられる。一応チャンスではあるので、今の内に攻撃を仕掛けた方が良いのだろうか、と。

 コントを思わせる遣り取りに、思わず緊張感が薄れてくるが、ふとその視界に倒れ伏した男達が映った。

 もはや魂が消え失せ、物言わぬ死体と化していたが、泰虎は彼等の姿に見覚えが有った。

 同じ空座第一高等学校に通う生徒であり、その中でも特に全国レベルの実力が有ると有名な空手部、その部員達だ。

 アルバイト等の関係で帰宅部である彼は下校時、普段なら親友の一護と共に帰宅の途に就くのだが、その道中で走り込みしている姿を良く見掛けるからだ。

 

 

「ウルキオラ!! てめえからも何とか言えよ!!」

 

「…喧しいぞバカ」

 

「おまえもかよォォォ!!?」

 

 

 ―――奴等は敵だ。彼等の仇を取らねばならない。

 例え人間味溢れていようとも関係無い。泰虎は緩み掛けた精神を引き締め、右腕全体に全力で霊圧を込める。

 後の事は一切考えていない。相手は紛れも無く強敵だ。長期戦に持ち込まれれば、実力的に劣る此方が瞬く間に不利になる。

 ならば油断している隙に最大火力の技をブチ込み、超短期決戦で勝負を付けるべきだ。

 

 巨大虚程度なら軽く屠り去り、最下級大虚に手傷程度なら与えられるであろう量の霊圧が、その右腕に集束し、固められてゆく。

 泰虎のその変化に気付いたノイトラは、先程まで無関心を貫いていたウルキオラに声を掛けた。

 

 

「ウルキオラ、今から右に二歩移動しろ」

 

「…何?」

 

「調査の一環だ」

 

 

 不審に思いながらも、ウルキオラは言われた通り、右横に二歩程度移動する。

 ノイトラはそれを確認すると、自分も逆側に二歩移動する。

 そして未だに後頭部を盛大に掻き毟って怒りを表現するヤミーの位置と泰虎の位置に脳内で直線を引き、其処に交わる存在が何も無い事を探査神経で確かめる。

 

 

「おいヤミー」

 

「あァ!? 今度はなんだよ!?」

 

「後ろだ」

 

「何…っておおおおォォォ!!!?」

 

 

 ノイトラがヤミーに注意を促すが、時既に遅く、泰虎が右拳を前に突き出した直後だった。 同時に右腕全体から固められた霊圧が放たれ、小型の虚閃を思わせるビームの様な一撃となって前方へと直進する。

 遅れてヤミーが振り向くが、元々動きも反応も鈍い彼だ。回避行動も何も出来ぬまま、その一撃に飲み込まれていった。

 

 

「…何の調査だ?」

 

 

 盛大に砂埃が舞う中、事前に移動していた御蔭で難を逃れたウルキオラがノイトラに問う。

 ノイトラは一見普通に見えて、その実今にも笑い出しそうな顔を必死に抑えながら、こう返した。

 

 

「威力観察。丁度良い肉壁が有るんだ、利用しない手は無ぇだろ」

 

 

 ノイトラは調査と謳った時間稼ぎが順調である事に内心で大いに喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイトラは任務出発の直前、一般人への被害の予防策以外にも立てていた実験的な計画が有る。

 それはイレギュラーたる自身の行動の影響力の調査と、従来の流れに大きな相違が起きない為の対策だ。

 

 これからヤミーの手で重傷を負う羽目になる泰虎。そして唯一の攻撃手段を失う結果となる織姫。

 ノイトラは考えた。ここで時間稼ぎをして展開を遅らせたらどうなるか、と。

 まず泰虎がヤミーの一撃を貰う前に一護が現れ、そのままヤミーとの戦闘に入る。

 親友の意図を汲んだ泰虎は手助けしたい自分の気持ちを抑えながら、織姫と竜貴の護衛の務めを果たす。

 そして途中で一護が内なる虚の妨害で身動きが取れなくなり、一方的にヤミーの反撃を受け続ける状態になったとしても、確実に織姫が飛び出そうとするのを防ぐ。

 ―――逆に織姫の代わりに泰虎自身が飛び出しそうだが。

 

 

「茶渡くん!! しっかりして茶渡くん!!!」

 

 

 だがそんな想像とは異なり、眼前には木を背凭れにしてグッタリと座り込んでいる泰虎に対し、悲鳴にも等しい声で必死に呼び掛ける織姫の姿が有った。

 泰虎の身体は正に満身創痍。右腕は所々がおかしな形に拉げ、関節が二倍以上に増えている。頭部や口元からも大量に血を流しており、素人目に見ても重傷なのは明らか。まあ致命傷まで至っていないのは幸いと言えるが。

 その光景を目の当りにしたノイトラは思わず内心で舌打ちする。

 ―――これが歴史の修正力というやつか。

 

 別にノイトラは何がなんでも史実の通りにせねば、という考えは持っていない。

 只極力その通りの方が良い、というだけだ。

 多少粘った末で崩壊が回避不可能となれば、それはそれで致し方無いとして諦める。後でじっくり対策を考えるだけだ。

 だが自分から崩壊へと向かわせる気は毛頭無い。

 その理由は藍染への対策にも大きく関わっているからだ。

 

 本来辿るべき歴史を根底から覆すメリット、デメリットは何か。

 前者は流れを知っている分行動のタイミングが計り易く、事件等を事前に防げたり、上手く行けば黒幕やラスボス等を一気に退場させられる。

 後者は覆してから先の未来が一切判らないので、今後起こるであろう事態を予測し、対応しなければならない事。下手すればより酷い結果に終わる可能性も有る。

 

 さて、このBLEACHという物語にそれを当て嵌めて考えてみよう。

 実行する行動タイミングは良い。だがほぼ全ての事件の黒幕が藍染である現状、事件の事前解決などまた夢の話で、彼を退場させられる可能性も万が一にも無い。

 つまり道程全て、藍染の退場が前提条件なのだ。

 もし彼の存在を残したまま、物語の流れを崩壊させた場合、彼の行動が全く読めなくなるという事で詰みとなる。

 最終決戦時まで一切自身の目論見を悟らせなかった藍染の事だ。如何なる流れになろうが、何時も通り幾重にも策略を巡らせながら行動するだろう。

 

 未来の記憶というアドバンテージが無くなり、条件が対等となったノイトラに為す術は無い。

 現在所持している戦力では、藍染に一矢報いれるか否か程度のものしか無い。

 ノイトラは決して何処ぞの転生チート能力持ちのオリ主では無いのだ。

 故に本来なら辿るであろう道程を重視しているのである。

 

 例えばの話だが、先程竜貴が絶体絶命の危機に陥っていた時、ノイトラが何もアクションを取らずに傍観していた場合、どうか。

 まず確実に彼女は死ぬだろう。そしてその事実は一護達に激しい動揺を与えるだろう。

 親友たる織姫は冷静でいられる訳が無いし、泰虎はそんな彼女のカバーと同時に、ヤミーを相手取らなければならないという窮地に立たされる。

 そして仲間を誰より大切にしている一護の精神に何も起きないと、または内なる虚が何もしないと思えるだろうか。不可能だ。

 もし其処で一護が虚化して暴走でもすれば―――後は泥沼な展開しか思い浮かばない。

 ノイトラは周囲に聞こえない様、静かに吐き捨てる。

 

 

「…どうすりゃ良いってんだよ」

 

 

 ヤミーが霊圧のビームに飲み込まれた後、ノイトラは再び探査神経を発動し、一護の現在地を確認していた。

 その位置は思いの外近く、彼が瞬歩を連発すれば大凡二分程度で到着するであろうと距離。

 ならば次は如何なる方法で時間を稼ぐか―――そう思った直後だった。

 

 先程の一撃に全力を込めた影響だろう、肩で息をする泰虎の前に、全身を砂塵で汚したヤミーが現れたのだ。

 響転だ。第10十刃の通常時と第0十刃の完全解放時にも一切使用した事の無かったヤミーだが、流石に十刃に入っているだけあるという事か。他の十刃達のそれと比較すれば極めて不出来な代物だったが、泰虎の不意を突くには十分過ぎた。

 当然、その身体には傷は一つも付いておらず、驚愕に目を見開く泰虎目掛け、丸太の如き太さの右腕を振り下ろした。

 瞬歩や響転に反応出来る程では無いが、能力に目覚める前からも場数を踏んできた御蔭で鍛えられた勘が手助けし、即座に右腕を盾にする事に成功した泰虎。

 だがヤミーの一撃は到底その程度の防御力で止められる様な威力では無く、直撃と同時に、彼のその巨体はいとも簡単に吹き飛ばされていた。

 

 泰虎は地面を何度も転がった後、背後の大木へと叩き付けられて停止。

 そして現状へと至る訳だ。

 

 

「あァ~!! 御蔭で服が汚れちまったぜ!! これ新品だったのによォ!!!」

 

 

 ヤミーはそう言いながら、明らかに元からサイズの合っていない上の白装束の左前襟を摘んでヒラヒラと扇ぐ。

 泰虎をノックアウトした事である程度の鬱憤を晴らせたのだろう。その表情は先程までより幾分か緩和されていた。

 敵を蹂躙して高揚した気分をそのままに、ヤミーは次の標的を視界に捉える。

 

 

「ノ…いや、ウールキーオラ~ぁ。この女もゴミか~?」

 

 

 品性の欠片も無い加虐性な笑みを浮かべながら、判り切った事を間延びした口調でウルキオラに問う。

 一瞬ノイトラと言い掛けた様だが、先程の二の舞を踏みたくないのか、ちゃっかり即座に言い直していた。

 

 

「…ああ、ゴミだ」

 

 

 考える事を完全に放棄したヤミーに対し、もはやツッコむ気も失せたのか、ウルキオラは静かに答えると、それ以降は目を閉じて再び我関せずなスタンスへと戻る。

 その隣ではノイトラが任務とは全く関係無い事を考えているのを考慮すると、この場に於いて任務に最も真面目に取り組んでいる者は皮肉にもヤミーだけだった。

 

 

「そうかい!!」

 

 

 御墨付きを貰ったヤミーは、今度は白い歯を剥き出しにして暑苦しい笑みを浮かべる。

 織姫が泰虎よりも小柄の為か、拳では無く人差し指を突き出し、彼女を潰しに掛かった。

 

 ノイトラはその光景を、一挙一動たりとも逃さぬ様観察し続ける。

 このまま何のイレギュラーも無ければ、あのヤミーの攻撃は織姫に傷一つ付ける事は叶わないまま終わる。

 それは彼女の持つ霊能力である盾舜六花(しゅんしゅんりっか)。其々に花の名を冠した妖精のような存在を呼び出して盾を作り、対象に起こったあらゆる事象を拒絶する―――時間や空間の回帰など話にならないレベルの能力。その持てる三つの技の内一つ、三天結盾(さんてんけっしゅん)という防御術で防ぐ筈だ。

 

 だがノイトラにはそうはならないだろうという確信が有った。その理由は、後コンマ数秒でこちらに到着する見込みである一際大きな霊圧が証明している。

 どうやらウルキオラも寸前で気付いたらしい。彼は閉じていた目を見開くと、それが向かって来る方向へと顔を向けた。

 

 

「あ…」

 

「…な…!?」

 

 

 一般的な人の頭部に匹敵する大きさの指が間近へと迫った時、確かに織姫は迷わず三天結盾を発動させんとした。

 死神の斬魄刀と同様、能力の媒介である兄の形見でもある六つの花の形をしたヘアピンより、火無菊(ひなぎく)梅厳(ばいごん)・リリィの三人の妖精が飛び出し、眼前に三角形の盾を形成する―――よりも早く、ヤミーと織姫との間に入り込んだ影が存在した。

 

 咄嗟に能力を解除する織姫と、驚愕の余り声を漏らすヤミー。

 後者の反応は致し方無い。何せ織姫を完全に仕留めたと思った瞬間、鞘も柄も鍔もハバキも何も無い、出刃包丁のような形状の巨大な刀が現れ、その腹に当たる平地(ひらぢ)が自身の指を止めていたのだから。

 只の剥き出しになった刀の刀身、その後端の茎尻(なかごじり)から伸びた晒しが巻き付いた(なかご)を握っている手は一つ。つまり未解放状態とはいえ、ヤミーの一撃を片手で防いだという事に他ならない。

 

 

「何だてめえは…!?」

 

 

 力比べとなれば自分の右に出る者は居ないという自信が容易く崩されたヤミーは、ゆっくりと突き出した手を引くと、表情を驚愕の一色で染めたまま、その影に叫んだ。

 死神である事を証明する黒の死覇装、オレンジ色の髪に茶色い瞳、眉間に常に皺を寄せた二枚目の青年。それがその影の正体だった。

 彼は己の斬魄刀たる巨大な刀身―――斬月(ざんげつ)を防御の形から正眼へと構える。そして僅かに顔を振り返ると、自身の背後の織姫の無事、そして泰虎の容体を確認し、ヤミーを睨み付けた。

 

 

「……黒崎くん…!」

 

「…悪い、遅くなった井上」

 

 

 この物語の主人公―――黒崎一護が其処には居た。

 自分が最も信頼し、そして恋い焦がれる彼の登場に、織姫は安堵すると同時に嬉々とした声を漏らす。

 一護は背を向けたまま、その声に応える。彼の声は平静を保っている様だったが、その顔には到着が遅れた事による後悔らしき感情が滲み出ていた。

 

 ノイトラは高揚する自身の精神を抑えながら、思った。

 ―――こいつは想像以上だ。

 別に一護の実力が想像以上に高かったという訳でも、格好良かった訳でも無い。

 例えるなら一般人がある日突然世界的スーパースターにバッタリ遭遇したというイメージか。

 そうなれば恐らく大半の者が極度の緊張と興奮の余り茫然自失になり、全身を硬直させて動けなくなるだろう。それを抑えているのだ。

 

 ノイトラの中身は健全な若者だ。漫画だってアニメだって、王道的ストーリーは大好きだった。

 その中でもBLEACHという漫画は小さな頃から読んでいた事も有り、愛着の度合は凄まじかった。

 ―――いちごー、おれだー、月牙天衝してくれー。

 馬鹿臭いノリではあるが、藍染の部下という今の立場が無ければ真っ先にしていたかもしれない。ノイトラはそれ程までに感動していた。

 

 

「ごめん…ごめんね黒崎くん……私が…私がもっと強かったら…!」

 

「…謝んねーでくれ、井上」

 

 

 織姫は極限まで張り詰めていた緊張の糸が切れ、地面にへたり込んだ。

 膝の上に握り締めた手を置き、顔を俯かせて己の罪を懺悔するかの様に、そう零し始める。

 そんな彼女の荒んだ心を、ぶっきらぼうな口調だが、誰よりも仲間を思う優しい感情の籠った一護の言葉が癒す。

 

 その直後に膨れ上がる霊圧。ヤミーの様に所構わずぶち撒ける様な雑な代物とはまた異なる、包み込む様な柔らかさを持ちながらも何処か極めて不安定で荒々しい、そんな霊圧が。

 一護は斬月の構えを、今度は突きを放った直後を思わせる、前方に突き出した形へと変える。

 死神の斬魄刀の持つ能力解放と同時に形状を変化させたりもする始解(しかい)。その更に次の段階に存在する―――卍解(ばんかい)だ。

 基本的に始解の強化版と言っても過言では無いそれだが、何とその値は五倍から十倍。

 その強力さ故に斬魄刀戦術の最終奥義とも謳われ、習得するには才有る者でも十年鍛錬が、そして更に使いこなすにはそれ以上の年月を要する。

 

 

「心配すんな」

 

 

 だが主人公補正を味方に付けた黒崎一護にそんな常識は通用しない。

 彼はとある外部協力者が持ち込んだ転心体という霊具の人形を使用した修行により、その卍解習得を三日という極めて短期間で成し遂げたのだ。

 朽木ルキアを救出する目的の最大の障害となる、六番隊隊長であり彼女の兄である、朽木白哉。護廷十三隊の死神の中でも、斬拳走鬼(ざんけんそうき)全ての分野に於いて特に高い実力を持つ彼を、一部を除いて一護はその卍解で見事打倒した。

 その勝利した場面を読んで心躍った読者は数多く居る筈だ。

 

 一護の卍解時の特徴的な動作を確認した刹那、当然と言うべきかノイトラの精神は更なる興奮を覚えた。

 来る、遂に来るのかと、子供の様に燥ぎ出そうとする身体を抑え、この決定的場面を逃すまいと、脳内カメラを最大画質設定で起動する。

 

 

「俺がこいつらを…」

 

 

 一護はヤミーを含めた三人の十刃を全て視界に捉え、叫んだ。

 

 

「…倒して終わりだ!! 卍、解!!!」

 

 

 全身に膨れ上がった霊圧は斬魄刀の刀身にも宿り、一気に爆発した。

 その余波は天高く立ち上り、一護が立っていた周囲には砂塵が立ち込め、その場に居合わせた者全員の視界を塗り潰す。

 

 砂塵が収まり始めると、その中心から先程見たオレンジの髪が真っ先に覗き、やがてその全貌が露になる。

 黒いロングコートに似た独特の死覇装を身に纏い、卍型の鍔と柄頭に途切れた鎖を繋いだ、全てが漆黒に染まった長めの斬魄刀が右手に握られている。

 通常の死神の卍解とは巨大なものなのだが、一護の場合は圧倒的に小型。下手すれば一種の始解だと言っても違和感は余り無いと思える程。

 だが侮るなかれ。その解放された強大な霊力の全てをその小型に凝縮する事で、卍解としての強力な攻撃力を保ったまま超高速の斬撃と移動が出来、小型化による霊圧消費率の低下で長時間の維持を可能にした、正に安くて強いの売り文句を形にした様な卍解なのである。

 

 

「―――“天鎖斬月(てんさざんげつ)”」

 

 

 ―――でもまあ折角のその強力な卍解も、王道ストーリーには欠かせない要素、インフレというもののせいで一気に活躍の場が狭まるのだが。

 ノイトラは残念に思いながらも、この破面篇で唯一と言って良い、一護の卍解の無双シーンを脳内に記録せんと更に集中力を高めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の展開を語るとすれば、大凡はそのままであった。

 調査対象の登場に、ラッキー(スエルテ)と叫んだヤミーは速攻で右腕を振り上げると、何の警戒もしないまま一護に殴り掛かった。

 だが卍解した一護の前ではその攻撃は児戯に等しく、容易く止められる。

 驚愕するヤミーを尻目に、一護は泰虎の怪我の借りを返す意味合いで、次の瞬間には既にヤミーの右腕の上腕二頭筋の中心から先を両断、斬り落とされた部位は宙を舞っていた。

 公式的な情報ではノイトラに次ぐ硬度を持つヤミーの鋼皮。それを物ともせずに腕を斬り裂いて見せた一護の斬魄刀の威力に、ウルキオラは思わず目を見開いた。

 

 鈍重なヤミーは一護の超高機動戦闘に為す術も無く、全身を何か所も斬り刻まれて息も絶え絶えの状態で、止むを得ず最後の手段を選択した。

 

 

「…おい、こんな奴相手に斬魄刀まで使う気か?」

 

「うるせえっつッてんだ!!!」

 

 

 ヤミーはウルキオラの問い掛けを一蹴し、斬魄刀を抜き始める。

 自分をコケにした相手は許さない、徹底的に潰す。そんなグリムジョーを連想させる思考に則って。

 

 その行動を見たウルキオラは、何故かまた隣のノイトラにアイコンタクトを取る。

 ―――意図は何となく理解出来るが、だからと言って何故自分に頼る。

 普段は限り無く優秀だが、人間関係が上手くいかない弟を持った気分を持ちながら、ノイトラはヤミーに忠言した。

 

 

「…解放までは止めとけよ、ヤミー」

 

「言われなくてもわかってるっつーの!!」

 

 

 ウルキオラとノイトラの発言を聞いたのか、一護は目を見開いた。

 ―――やっぱりあれは斬魄刀なのか。

 

 

「てめえ等、一体何者―――っ!!?」

 

 

 問い掛けようとしたその直後、自身の両目と額を左手で覆い隠すと、前のめりになり、只管に何かに耐える様な形で硬直した。

 元々不安定だった霊圧が更にその度合を増し、制御を失って暴れ始める。

 

 

「くそっ…!! 何で…こんな時に…!!」

 

 

 一護は歯を食い縛って必死に念じる。

 ―――消えろ、消えろ、消えろ。

 何度も同じ言葉を繰り返しながら、戦闘に回していた意識も総動員して抑え込む。

 

 一護はこうなった原因を十二分に理解していた。

 それは自分自身が抱えている内なる虚だ。

 

 正体を知らぬまま戦っていた、眼前の死神の様な恰好をした謎の敵達。

 彼等の発言から、死神なのかとも考えたが、そうでは無いと一護は断言する。

 理由は彼等の持つ霊圧の異質さだ。あんな禍々しい霊圧の持ち主がルキア達の仲間だとは到底思えなかった。

 言うなれば、虚の霊圧に死神のそれが混ざったかの様に。

 

 ふと思い出すのは前日に起きた出来事。

 いきなり自分の前に現れた、オカッパ頭で関西弁を喋り、飄々とした態度で振る舞う掴み所の無い男、平子 真子(ひらこ しんじ)

 彼は自分の所属する組織を仮面の軍勢(ヴァイザード)と名乗り、未だ誰にも話していない一護の抱えている虚の事を言い当てた。

 驚愕すると同時に警戒する一護に対し、何と真子は自分自身の手で虚の仮面を出して見せる。そしてそのツタンカーメンを思わせる仮面を弄りながら、直後に組織へ勧誘して来た。

 

 それは今朝になっても変わらず、剰え真子は学校の生徒を偽って一護のクラスに潜り込み、しつこく勧誘を続けた。

 誘いを蹴りはしたが、彼に放たれた言葉が一護の中でしこりとなって残っていた。

 ―――ホンマはもう気ィ付いてんのと違うか。お前自身の内なる虚が、もう手ェつけられんぐらい()かなっとる()う事に。

 

 故に、考えてしまった。同類なのだろうかと。

 この謎の敵達は、真子と―――“(あいつ)”と。

 最後にそう考えた瞬間、内なる虚が体内で暴れ始めた。

 まるで御呼びになりましたか、と言わんばかりに。

 

 容姿は一護本体と瓜二つ。だが白目や歯が黒く、死覇装や斬魄刀の色など何から何まで白黒が反転した奴の姿が脳裏に浮かぶ。

 その顔は、あの他者を嘲笑うかの様な不快な笑みが浮かんでいた。

 

 

「ひゃっはァ!!!」

 

「…ゴ…ッ!!」

 

 

 一護が動けない事を良い事に、ヤミーは斬魄刀を納めると、優々とした表情で蹴りを繰り出した。

 防御も何も無い状態で受けたせいで内臓がやられたのか、一護は黒い血を吐き出す。

 だがヤミーがそれだけで済ます筈も無く、今度は左手で続け様に殴り始める。

 

 状況はこちらの優勢だった筈なのに、一気に不利にまで変貌を遂げた事に織姫は驚愕した。

 一方的に殴られ続け、傷付いて行く一護。

 次の瞬間、彼女は飛び出していた。

 

 

「黒崎くんっ!!!」

 

「…来るな井上っ!!!」

 

 

 一護は咄嗟に叫ぶが、時既に遅し。彼の元へ向かって駆ける織姫の視界を覆い隠したのは、大きな手の甲だった。

 盛大な鞭打の音と共に、何かが盛大に折れる音が周囲に響き渡る。

 見れば織姫の華奢な身体は、一気に十メートル以上先まで吹き飛んでいた。

 

 やがて仰向けに倒れた彼女の頭部からは、鮮血が勢い良く流れ始める。

 咄嗟に防御に使ったのであろう左腕は有り得ない形に拉げていた。

 

 

「井上っ…ガッ!!」

 

「うるせえよ!!!」

 

 

 ヤミーは無抵抗の一護に対し、間髪入れずに追撃を加える。

 一護は内なる虚の妨害によって身動きが一切取れず、為す術も無い。

 

 

「ハッ!!! 何だかしらねえが急に動きが止まりやがった!! 死ねッ!!死ねガキがッ!!!」

 

「グ…アッ!!!」

 

 

 ―――畜生。

 自身の行動を阻む邪魔者に対し、一護は薄れゆく意識の中で思った。

 確かに真子の言う通り、自分の抱える内なる虚(こいつ)の力は白哉と戦った時よりも大きくなっている。

 だが決して表に出す訳には行かない。そうなれば最後、周囲へ無差別に破壊を撒き散らす事となるだろう。

 

 

「終わりだガキ!!! 潰れて消えろ!!!」

 

 

 ヤミーはそう叫びながら、止めの一撃として拳を振り上げる。

 だが一護はそれを察知していながら、何も出来無い。

 

 ―――これで、終わりなのか。

 ヤミーの振り下ろした拳が一護の頭上まで迫った―――その時だった。

 

 

「あ!?」

 

 

 一護の前に、突如として六角形の形をした紅色の盾が張られ、それがヤミーの拳を止めていたのだ。

 

 

「…やれやれ、一皮剥けたかと思いきや、まだまだじゃの」

 

「まぁまぁ、そう言わずに」

 

 

 ヤミーが拳を引くと同時に盾が割れると、その内側から新たに二つの人物が姿を現した。

 

 一人は刑戦装束(けいせんしょうぞく)と呼ばれる機能性を重視した武術タイプの装束を身に纏った、無駄の一切無い抜群のスタイルを持つ褐色の肌をした美女―――四楓院 夜一(しほういん よるいち)

 下半身が黒のロングスパッツの様なものに脚甲が脛の部分に装着されており、彼女のメインとなる戦闘手段が徒手空拳、それも脚技主体である事が窺える。

 

 

「どぉーもー。遅くなっちゃってスイマセンねぇー、黒崎サン」

 

 

 そんな彼女の横には、縦縞模様の帽子で目元を暗く隠し、甚平に下駄という妙な恰好をした男―――浦原 喜助(うらはら きすけ)

 その右手には、何時もは杖に擬態している筈の、柄頭の部分がくの字に折れ曲がり、頭金(かしらがね)が三つ重なった、鍔の無い短めの直刀の形状をした斬魄刀が握られていた。

 

 片や、四大貴族、四楓院家の二十二代目当主にして、“元”隠密機動総司令官及び同第一分隊刑軍総括軍団長、そして“元”護廷十三隊二番隊隊長。

 片や“元”護廷十三隊十二番隊隊長、及び技術開発局創設者兼初代局長。

 現在、空座町に於ける最高戦力と言っても過言では無い二人の登場だった。

 

 

 




他にも意見は多々有ると思いますが、この作品の中ではこうしただけですので御理解の程を。

修正前はこれを含めて二話程、主人公の失敗を書こうと考えていました。
調子に乗ったオリ主がやらかして失敗するのはある意味王道かと思って。
それと全てが上手く行き過ぎてるのは展開的に如何なものかという考えも後押しして書いたのですが、やり方を間違った様です。
不快な思いをされた方々に、重ねて謝罪申し上げます。申し訳御座いません。

よし、頑張るよ( `・ω・´)










※以下長くなります。

修正前と修正後の相違点について追記。
・修正前
①今迄順調に物事が進んでいた事に無意識の内に調子に乗っていた主人公は、現世の任務内にて一般人への犠牲の軽減他、泰虎や織姫の救済を目論む。
②藍染への裏切りと取られない様、主人公なりに考えながら行動するが、御蔭でヤミーの逆切れレベルが高くなってしまい、まさかの反撃を食らう。
③其処で機転を利かし、その報復と表してヤミーの攻撃から偶然を装って織姫を助け、ヤミーをフルボッコにする。
④その後、少々やり過ぎてしまった事に気付いて後悔しつつ、両陣営に勘付かれない様、織姫や一護に対して霊圧による威嚇等をしながら、敵対関係なのだというスタンスを必死に演じる。
⑤その後、店長と黒猫さんが登場するが、それに対しても変わらず敵対行動を取り、適当に任務を切り上げて撤退。
⑥その後は心の内にモヤモヤを抱えながら、必要以上に周囲に気を配り続けるという胃が痛い生活を送る…的な展開。

・修正後
①藍染の事を恐れるが余り、一般人への犠牲の軽減以外、特に何も目論んでいない主人公。
②特に大きな相違も起きぬまま、順調に物事が進む。
③以下は次回へのネタバレになるので省略。

◎修正理由
藍染は例え自身の部下が敵対意思を持っていようとも、積極的に潰そうと動くのでは無く、態と泳がせて最後に全て踏み躙って愉悦に浸るタイプだと思い、序盤で主人公に少々はっちゃけた行動を取らせても問題無いと判断した訳ですが、見る人によってはそれが甘く見過ぎていると取れると思い、修正しました。



もしかしたら完結後にifルートとして書くのも有りか…。
何時になるか判りませんがね(笑

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