三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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第十五話 三日月と豹王と新入りと…

 第5十刃への拠点の宮へ続く通路の途中。食事会からの帰りであったノイトラは何度目になるかも解らない自身の不運と迂闊さを嘆いていた。

 時間的に見て、現世は恐らく深夜に入るかといったところだろう。

 ノイトラは眠り扱けるリリネットを背負ったスタークを見送り、酒に酔いつぶれてダウンした連中を一通り運んだ後、一人で帰路に着いた。

 ちなみにチルッチとセフィーロは後者の自室へと纏めて放り込んでいる。ドルドーニと同じく、今迄酔った彼女がロクな事をした覚えが無いからだ。

 

 第6から4の十刃の宮同士の距離は近い。故に通路が所々繋がっている部分が有り、ノイトラがウルキオラやグリムジョーと顔を合わせ易くなるのは自明の理。

 だがノイトラは意図的にそれを避ける為、日頃から探査神経を駆使してその道を進むタイミングを計っていた。

 しかし、今回に限ってそれを忘れていた。先程まで飲んでいた酒が影響して酔っていたせいだというのか。

 憑依前は酒には滅法強い事が自慢で、後には更に酒豪レベルが跳ね上がり、日本酒二升三升程度では全く酔わなくなった筈なのだが。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 ノイトラは眼前で此方を睨み付けて来るグリムジョーの全身を見遣る。

 まず左の上腕の中間から先が無い。左側頭部に盛大な出血痕が残り、胸部には正面から見て右上から左下目掛けて直線状に、何かに抉られた様にも取れる太刀傷が刻まれていた。

 腕の断面には布切れが無造作に巻かれている事から、その部分に関しての軽い処置はしたのだろう。だがそれ以外は止血も何もしていないらしく、先程から布の吸収限界を超えた血液が少しずつ滴り落ちていた。

 

 御蔭で彼の歩いて来たであろう通路の床には血痕が点々と続いている。

 ノイトラは後日にこれを掃除する羽目になるであろう雑務係の破面の事を考えると、思わず同情した。

 

 何故治療室に行かないのか、とノイトラは思ったが、今の時間帯の事を思い出して納得した。

 破面は基本的に人間と同じ生活リズムを持っている。食事に入浴、そして睡眠だってする。

 そして十刃のみならず、雑務係の破面達にも休息は必要だ。特別任務や不測の事態でも発生したのであればそれに備えて待機したりと色々柔軟に対応するのだが、基本的に普段は夜間まで仕事をする事は余り無い。

 

 グリムジョーの怪我の種類と時期を見ると、自ずと詳細は察せた。

 ウルキオラの一護に対して下した判断が気に食わなかった彼は、従属官達を引き連れて独断で現世に侵攻。一護に加え、援軍として来訪していた護廷十三隊の隊長一人を含めた六人と交戦した。

 グリムジョーと従属官達、戦況は彼等に優位のまま進んでいた筈だったが、終盤で思わぬ反撃を食らう。

 結果、従属官達は全滅し、彼自身も一護の攻撃によって負傷。

 自分に傷を付けた事に怒るでもなく、寧ろ仕留め甲斐の有る獲物を見付けた事で上機嫌になるグリムジョー。

 此処からが本番だと言わんばかりに、嬉々とした表情を浮かべながら斬魄刀を抜こうとした瞬間、東仙が現れる。彼から今回の独断行動に対して藍染が怒りを覚えていると聞き、已むを得ず撤退。

 虚夜宮に帰還した後、静観という藍染の命令を無視した事に一切反省の色を見せないグリムジョー。

 それを見た東仙は制裁と表して彼の左腕を斬り落とし、鬼道で消炭にした―――その直後が今の現状だ。

 

 そんなシリアスが繰り広げられていた間、ノイトラ達は酒や肴を片手に騒いでいた訳だ。

 余りに空気の落差が有り過ぎである。

 

 

「…グリムジョー」

 

「……何だ…」

 

 

 任務帰還より一日が経過した本日の夜、グリムジョーが独断で現世に侵攻するのは知っていた。

 だがそれがまさかこれ程まで遅い時間帯だったとは予想外だ。直後にノイトラは思った。

 ―――高校生がこんな時間まで起きてるなんて不摂生だぞ、主人公とその仲間達よ。

 

 実はノイトラが食事会に参加したのにも理由が有った。

 それこそが現世より帰還したグリムジョーと鉢合わせしない為だったのである。

 理想としては彼が腕を無くした後、自らの拠点の宮に引き籠るであろう時間帯。それを見計らって第5十刃の拠点の宮へと帰還する事だ。

 

 一護を仕留め損なった上、東仙から処罰と表して片腕を消された事により、未だ嘗て無い程に殺気立っている状態のグリムジョーと鉢合わせしたい破面は居ないだろう。

 しかもノイトラはチルッチの件を境に目の敵にされている。下手すれば面倒な事になる可能性が高い。

 

 

「オマエ、一体何した?」

 

「てめえには関係ねえ…其処を退け」

 

 

 事情を知っていながらも、ノイトラはそう問い掛ける。

 だがグリムジョーは全く以て取り付く島も無い。

 そして心成しか不機嫌さが増したらしい彼は、そう言い捨てると全身から霊圧を滾らせる。

 どうやら自分から避けて歩こうとは思っていないらしい。さっさと其処から退いて道を譲れという意思の籠った眼光がノイトラに向けられる。

 

 普通、そんな相手に対して態々話し掛ける事はしない。無視してそのまま擦違う様に避けて行った方が良い。

 だがこの二人の場合は少々特殊だった。

 常日頃からそうだが、ノイトラが如何なる態度や対応を取ろうが、グリムジョーはそれに尽くに噛み付く。

 徹底して無視すれば、スカした顔するな、または腰抜けがと罵倒を浴びせる。

 面倒だとは思いつつ、其方を振り向いて視線を合わせると、()んのかてめえと今度は霊圧を高め始める。

 

 ―――普通の状態で既に面倒臭い。

 事情を知らない者が一見すれば、まるでタチの悪いチンピラだと断言するだろう。

 だが当人は挑発が主な目的であり、本気で衝突する気は無いのが唯一の救いか。

 

 

「答えろよ」

 

「………」

 

 

 だが何故か今回に限り、ノイトラは無性にグリムジョーを放って置けなかった。

 幸いにも、この場には従属官のチルッチもセフィーロも存在していない。

 つまり周囲に気を配る必要が無いので、もし小戦闘に発展したとしても鎮圧は容易。

 ―――別に戦闘の余波で建物が壊れたとしてもグリムジョーのせいに出来るからとか、そういった事では無いのだ。

 

 だがグリムジョーは眼光を鋭く尖らせるだけで、一切口を開く様子が無い。

 相変わらずのプライドの高さだ。ノイトラは内心で溜息を吐くと同時に、思う。

 友好的な交流は一切無く、御世辞にも仲が良いとも言えなかった間柄だが、何故か今のグリムジョーを見ていると僅かな心苦しさと寂しさを覚えるのは何故だろう、と。

 視線をふと彼の背後に移す。其処には何時も追従していた筈の忠臣たるシャウロンの姿も、他の個性的な従属官達の姿も全く見られない。

 

 グリムジョーが中級大虚だった頃からの長い付き合いだったろう彼等は、現世での戦いに敗れ、散って行った。この現世への独断侵攻という判断が、藍染の意思に背くものだと理解していながらも、自ら主の事を優先したのだ。

 正にそう考えた途端、ノイトラは理解した。

 ―――ああ、そうか。

 群れる事を嫌う一匹狼な資質を持っていたグリムジョーは、シャウロン達の抱く揺るぎ無い強い意志を理解し、配下として受け入れた。それこそ、憑依後にテスラを受け入れた自分の様に。

 

 只管に前進し続ける一匹の豹。それを自らの王と扇ぎ、追従し続けた五人。

 ―――付いて来るなら好きにしろ。だが途中で力尽きた者は置いて行く。

 そんな数有る王の形の内一つを体現していたグリムジョーを理解する者は、もはや何処にも居ない。

 完全なる孤王。彼は今後、誰にも理解されず、受け入れられる事も無い。だが彼自身は気にも留めず、歩みを止めないのだろう。

 ノイトラにはそれが他ならぬ自分自身にも有り得た未来の一つに見えた。

 

 

「それに…シャウロン達はどうした」

 

 

 本来、死神の持つ斬魄刀には斬り伏せた虚の罪を洗い流し、元の魂魄の形に戻して尸魂界へ送るという特殊な効果を持つ。

 幾百の虚が互いを喰らい続け生まれた最下級大虚。其処から更に共食いを続けて進化した姿である中級大虚。そして到達点たる最上級大虚。

 その中でもある意味派生したとも言える破面が斬られた場合、一体どうなるのか。

 その元となった魂全てが復元されて浄化され、他と同様に尸魂界へと送られる―――のでは無く、消滅だ。

 

 死神に非ず、人の身でありながらも虚と戦える力を持った滅却師と同じだ。彼等の手によって仕留められた虚の魂は霊子へ帰属し、完全に消滅してしまう。

 それは何故か。その疑問は破面の性質を考えれば答えは自ずと浮かんでくる。

 破面とは死神の力を得た虚の進化系、純粋な虚では無い。

 死神が死神を斬っても、斬られた方が死ぬだけ。つまりはそういう事である。

 死んだ者が生きた証が残らないというのは余りに虚しく、悲しい。

 だが存在そのものが業の塊とも言える虚にとって、ある意味相応しい最期だとも取れる。

 

 

「おい、聞いて―――」

 

「いい加減にしやがれ!! 其処を退けっつってんだろうが!!!」

 

 

 ノイトラの執拗な追及に対し、遂に堪忍袋の緒が切れたのか。激昂し、隻腕の状態でありながら斬魄刀に手を掛けるグリムジョー。

 だがノイトラの目に映ったその姿は、まるで自分自身に対して怒りを覚えている様にも見えた。

 それは自分が敵を仕留められなかった事か、それとも自らに忠誠を捧げてくれた従属官達の死を無駄にしてしまった事の不甲斐無さか。

 

 当人にしか解らないが、どちらにせよ今は殺気立っているグリムジョーを止める事が先決だろう。

 だが手負いの獣と化している彼に対し、只止めろと言っても聞かない事は明白。

 ノイトラは然るべき手段を取った。

 

 

「…あんま興奮すんなよ、グリムジョー」

 

「っ!!? ガッ…!!!」

 

「傷に障るだろうが、一先ず落ち着け」

 

 

 何時ぞやの時と同じ様に一瞬だけ本気で霊圧を解放し、正面からぶつける。

 元々消耗していたのだろう。グリムジョーは呆気無く膝を着くと、呻き声を上げた。

 

 翌日には治療室へ訪れて治療を受ける考えだろう。

 それでもノイトラは行動する事にした。

 余計な御世話だと拒絶されそうだが、関わってしまった以上は何もせずには居られなかった。

 

 

「ったく…取り敢えず付いて来い」

 

「…いきなり……何言ってやがる…!」

 

 

 グリムジョーは必死に声を絞り出す。

 殺気も未だ健在だが、ノイトラは気にせず近づいて行く。

 

 

「治療を受けさせてやるって言ってんだよ。良いから来いっての」

 

「なっ!! てめえ放しやがれ!!!」

 

「さて、御一人様御案内だ」

 

「聞けよ!! ってかこれが怪我人に対する扱いかよオイ!!?」

 

 

 セフィーロはダウンしているが、ロカは健在だ。

 彼女は後片付けをした後に就寝すると言っていたので、今なら未だ起きているだろう。

 そう考えたノイトラはグリムジョーの襟を掴むと、そのまま引き摺り始めた。

 霊圧の直撃を受けた影響で全身が弛緩しているグリムジョーは成すがまま。最後の足掻きと言わんばかりに抗議の声を上げるが、所詮は悪足掻きでしか無かった。

 

 幾らグリムジョーの事を放って置けないと思ったとしても、何時ものノイトラであれば此処まで御節介を焼く事は無かっただろう。

 多少心は痛むだろうが、面倒事に関わりたくないとしてスルーしていた筈だ。

 この一連の行動が自分らしくないものであったと気付き、頭を抱える事となるのは翌日。

 やはり少なくとも、ノイトラは酔っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中央に置かれた縦長のテーブル。先端に一つ、そして左右両側に五対の椅子。

 前者は藍染、後者は第1から10の十刃用の指定席である。

 

 此処は主に重要だと思われる事案についての協議、報告等が有る時に用いられる部屋だ。

 既に席は一つを除いて全て埋まっており、十刃達は皆リラックスした様子で藍染の言葉を待って居た。

 

 

「さて、此処に集まってもらったのは他でも無い。昨日発生したとある事案についてだ」

 

 

 雑務係の破面が紅茶の入ったコップを配り終えたと同時に、藍染はそう切り出した。

 現在、彼の視線は空席となっている椅子を向いており、それだけで十刃達は大凡の事態を察した。

 以前にも同じ様な事が有ったからだ。これは決して初めてでは無い。

 

 本来その席に座っているべきなのは第6十刃、グリムジョー・ジャガージャック。

 元々問題児であった彼だ。何時かはこうなっていただろうと、十刃達は其々に彼が一体何をやらかしたのかを想像していた。

 

 

「昨晩、グリムジョーが従属官を率いて独断で現世に侵攻。黒崎一護とその援軍である護廷十三隊の隊長格含む数人と交戦した」

 

 

 藍染の説明が始まると同時に、テーブルの中央が円形に開き、空洞が出来上がる。

 するとその上部の何も無い空間へ、突如として映像が浮かび上がる。

 

 

「結果、従属官は五名全員が全滅。グリムジョー自身も負傷した」

 

 

 映像は戦闘風景の中盤から終盤の様子のみだった。

 一護は既に卍解状態でグリムジョーと交戦。従属官達は護廷十三隊の隊長格三名と席官ニ名全員を其々に圧倒していた。

 

 だがその内一つの戦況が引っ繰り返る。

 従属官の一人のエドラドと交戦し、彼の帰刃形態である火山獣(ボルカニカ)に追い詰められた坊主頭の男―――十一番隊第三席、斑目 一角(まだらめ いっかく)

 肩の関節から両腕にかけての部分が巨大化し、肩の一部に空いた穴から噴出する火炎を纏った拳を、あろう事か背中で受け止めたかと思うと、直後に卍解。

 槍の形状であった斬魄刀は、巨大な鎖で繋がれた其々に刃の形状の異なる巨斧へと姿を変え、今度はエドラドを上回る破壊力を誇る攻撃で終始不利だった戦況を対等まで持ち込むと、最後に放った渾身の一撃で見事勝利を収めた。

 

 それを皮切りに、他の死神達は一斉に限定解除と声を上げると、一角に続く様にして個々の戦況を巻き返す。

 銀髪翡翠眼の小柄な少年―――十番隊隊長、日番谷 冬獅郎(ひつがや とうしろう)と対峙していたシャウロンは、帰刃形態にも拘らず瞬時に片腕を吹き飛ばされ、最後に斬魄刀で喉を貫かれて敗北。

 共に行動していたナキームは、胸元が大きく開いた死覇装が特徴のグラマーな美女―――十番隊副隊長、松本 乱菊(まつもと らんぎく)の斬魄刀の特異な能力により、解放するよりも早く縦に二ヵ所を大きく斬り裂かれて敗北。

 

 所変わって、場所は浦原商店なる喜助の経営する駄菓子屋の上空。

 赤髪で眉毛から額に刺青を入れた男―――六番隊副隊長、阿散井 恋次(あばらい れんじ)と対峙していたイールフォルトは、恋次の卍解である巨大な蛇の骨の口から放たれたレーザーの様な巨大な霊圧の砲弾に飲み込まれると、帰刃形態であるその身に纏った鎧を砕かれ、塵となって敗北した。

 

 死神の中でも特に強大な霊力を有する護廷十三隊の隊長と副隊長。彼等は現世へ訪れる際、現世に不要な影響を及ぼさない様、霊力を本来の二割まで抑制する限定霊印(げんていれいいん)をその身に刻む。

 但しそれは緊急時以外に適用されるものであり、制限状態では不利だと判断した場合、解除出来る。

 虚もそうだが、霊力が戦闘能力に比例する死神。つまり彼等の戦闘能力はその掛け声と同時にそれまでの五倍にまで膨れ上がったのだ。

 従属官の中でも中の上に位置するシャウロン達でも、流石にそれ程の変化には対応し切れなかった。

 

 

「…ん? ……っ!?!?」

 

 

 十刃達に混ざって静かにその映像を眺めていたノイトラだったが、次に視界に映ったものに思わず目を見開く。

 それは一護とグリムジョーの戦闘風景。

 卍解したにも拘らず、その刃は一度も届かず、容易くあしらわれ続ける一護。

 空中戦の最中、振り下ろされた踵落としで地面に叩き付けられ、彼の姿が砂塵に吞まれて消えた。

 

 ノイトラが驚愕したのは、その映像の中で一瞬だけ映った、地面に横たわる人物の状態にあった。

 黒髪のセミロングの小柄な女性―――十三番隊所属で正式な肩書は無いが、実力的に上位席官レベルなのは間違い無い、朽木ルキア。

 涙目で彼女を介抱しているのは、死神が人間に成りすますために用いる仮の肉体である義骸(ぎがい)。正確に言えば、それに入れられた、肉体に入った時のみ擬似人格を持つ魂魄として作用する特殊な道具である義魂丸(ぎこんがん)が、それを成している。

 

 一護と交戦前のグリムジョーの手により、腹部を貫手で貫かれた結果なのだろうと思ったのだが、映像の中ではそうでは無かった。

 俯きに倒れるルキアの出血量を見る限り、確かにその部分は合っていた。

 ―――右腕が捥ぎ取られている事を除いて、だが。

 

 

「…どうかしたか?」

 

「い、いや…」

 

 

 僅かなノイトラの態度の変化を感じ取ったのか、左隣の席のハリベルが小さく声を掛けた。

 それとは反対の右隣に居るスタークも同様らしく、さり気無く横目で様子を窺っている。

 動揺を悟られまいと、ノイトラは一息置いて冷静さを取戻すと、何も問題は無いと返し、再び眼前の映像に集中する。

 

 実力差を理解していながらも必死にグリムジョーへ立ち向かう一護。その表情は想像以上に怒りの形相を浮かべており、刀を握る手に必要以上の力み有る事が見て取れる。

 確かにルキアがあの惨状ではそうなるのも致し方無いだろう。

 だがそれ故に攻撃が単調となり、余計に自身の戦況を不利な方向へと導いてしまっていた。

 

 本来の流れとは異なる事態に、ノイトラは半開き状態になりそうだった自身の口を、開口筋と口輪筋を駆使して完全密閉する。

 恐らくあの怪我でも、織姫ならば治療可能だろう。取り敢えずは誤差の範囲内だ。

 特に問題は無いとは思うが、一応心配なので後で考える事にした。

 

 次の瞬間、一護の黒色の斬魄刀より黒い斬撃が放たれ、油断していたグリムジョーに直撃する。

 刃先から超高密度の霊圧を放出し、斬撃を巨大化させて飛ばすという一護の持つ唯一の技、月牙天衝(げつがてんしょう)だ。

 始解状態で放った場合、あの喜助でも下手すれば片腕を持って行かれていたと零す程の破壊力を誇る。卍解状態で放てば更に上を行くのは想像に難くない。

 だが内なる虚の影響か、霊圧が非常に不安定である現状では余り威力が出せないらしい。

 その証拠に、モロに直撃を受けた筈のグリムジョーはそれ程大きな怪我を負っていなかった。精々鋼皮を超えて皮膚の表面を浅く抉っただけだ。

 

 黒い霊圧の名残が晴れた直後、歓喜の笑い声を響かせながら斬魄刀を抜こうとするグリムジョーを、突如として現れた東仙が彼の肩に手を置いて制止。

 少々言い争いが続いた後、やがて二人は黒腔を開き、帰還して行った。

 

 

「―――で、これがどうした?まさか此れしきの事で奴を“落とした”訳では有るまい、ボスよ」

 

 

 一通りの映像を見た後、バラガンはそう藍染へと語り掛けた。

 その言葉に首を傾げているヤミーを除いた十刃達は皆同意見らしく、藍染に視線を移し、返答を待っている。

 

 この場に於いて、第6十刃専用席が空席になっている時点で、もはや答えを言っているも同然。

 ―――グリムジョー・ジャガージャックは十刃から外された。

 映像を見る限り、確かに勝負は付かなかった。だが黒崎一護の持つ技の情報を得る事が出来た等、寧ろそれなりの功績を齎している。

 ある程度の罰は下されても、十刃から落とすには足りない。

 

 

「その通りだ。実を言えば彼はこの後、要と少々擦れ違いを起こしてしまってね。その結果―――左腕を消失してしまったんだ」

 

 

 ―――その場面に立ち会って居ながら、その東仙を止めもしなかった癖に。

 良くもまあ抜け抜けと言えたものである。

 さも不幸な出来事でしたと言わんばかりの藍染の態度に、ノイトラは内心で吐き捨てた。

 

 

「成る程……それで、その空席は如何様にする御心算です?」

 

 

 そう問うのは、グリムジョーと数字一つ違いのゾマリ。

 相変わらずの冷静沈着さだが、ノイトラは彼の瞳の奥に渦巻く野心の存在を見抜いた。

 

 純粋な疑問も有るだろう。だがその実、僅かに自分がその席へと繰り上げ出来るのではという考えも有るらしい。

 其処で誤認してはいけないのが、ゾマリのそれは別に自分の利益を考えている訳では無いという事だ。

 全ては藍染の為。立場が上になればなる程彼に近付き、そして今迄以上に彼の為に働ける機会が増えるのだから。

 

 

「ふむ、実はそれこそが本題でね―――入りたまえ」

 

 

 藍染は笑みを深めると、椅子を九十度余り回して後ろを振り向き、後ろの扉へと呼び掛けた。

 

 重厚な音を響かせながら扉が開き始める。

 人一人入れるかといった隙間が出来た途端、其処から小柄な人影が飛び出した。

 人影は部屋に入って直ぐの階段を一気に飛び越えて着地。すると更に大きく跳躍し、テーブル越しに藍染と対に位置する場所へと移動した。

 

 

「やっほー! みんな初めまして!」

 

 

 ぐるりと十刃達を見渡すと、長い袖をぶらぶらと振り回して軽々しい声を上げて挨拶したのは―――左側頭部に仮面の名残が付いた、一瞬女かと見間違う程に中性的な容姿をした小柄な男。

 先に述べた長い袖と、腹部中心を除いて両側腹部を露出した奇抜な白装束に、腋に抱える様にして下げられた斬魄刀。

 露出部から覗く肌は男とは思えない白さを持ち、浮かべる笑顔は実に華やかだ。

 

 ―――ドルドーニが見れば即座に勘違いして反応しそうな奴だな。

 最近女に飢えているらしい自らの師匠の事を思い浮かべながら、ノイトラは溜息を吐いた。

 

 

「紹介しよう、彼は新たに第6十刃の席に就いた―――」

 

「ルピ・アンテノールだよ!」

 

 

 登場して早々、笑顔で藍染の発言を遮るという大胆な真似をしたルピ。

 だが何故か許せてしまう。一見すればそんな不思議な雰囲気を持った破面だった。

 

 実際は御喋りで他人を馬鹿にする事が好きという厄介な内面を持っており、ノイトラとしてはその性格を知っているので、普通にウザいと思っていたが。

 

 

「…中々豪胆な性格の持ち主な様で」

 

 

 とは言え、藍染の事を神と等しく信仰しているゾマリにとっては許されざる暴挙であったらしい。

 ルピを見るその瞳が一瞬鋭利に光った事がそれを証明している。

 今にも殺意と同時に愛が溢れ出しそうだ。

 

 藍染の後ろでは、そんなルピの事を話し相手として気に入っているギンが口元を押さえてクスクスと笑い声を漏らしている。

 

 

「…随分と騒がしい奴が来たね。全然そそられないなあ…」

 

 

 不快感を隠しもせず、ザエルアポロは呟いた。

 後者は兎も角として、騒がしいという点については皆同感らしく、無言で肯定を示した。

 

 

「うるせぇな、寝起きの頭に響くだろ…」

 

 

 スタークは後頭部を掻き毟りながら、露骨に顔を顰める。

 仲間が増える事は願ってもないのだろうが、ルピとの相性は余り良く無いらしい。

 考えてみると確かにそうだ。それなりに心を許した結果でそうなる事は構わないのだが、興味を抱いた途端、相手の都合等関係無く無遠慮に踏み込んできそうな雰囲気を持つルピは、重い過去を持つスタークにとって余り好ましいとは言えない相手だ。

 平穏を望み、必要以上に騒がしくなる事も好きでは無いという部分も有るのだろう。

 仲が深まるまでは気を遣って適度な距離を保ちつつ、相手を出来る限り尊重した接し方を心掛けているノイトラとは正反対。

 その反面、リリネットとの相性はそれなりに良さそうだが、果たして格下である彼女をルピが受け入れるか如何か怪しい。

 

 十刃達は其々にルピを観察しながら、今後の付き合い方等を考え始める。この様に、彼が第6十刃へ就任した事に対して特に意見する者は居なかった。

 選ぶだけの根拠が有って藍染がそう決めたのなら致し方無い、と納得しているからである。

 問題行動や反抗的態度が多かったグリムジョーとて、確固たる実力を持っていたからこそ、此れまで許容されてきたのだ。

 ルピが彼に代わっても何の問題も無いと判断されたのであれば、反対理由は無い。

 実力は有るが、プライドが高く好戦的な扱い辛い者。それよりも未だおちゃらけた性格の者の方がマシだとか、そういった考えも有るのだろうが。

 

 

「彼は未だ不慣れな部分も有るだろうが、皆仲良くしてやってくれ」

 

「よろしくねー!」

 

 

 テレビで稀に見るぶりっ子アイドルがする様にして、ルピは両手を顔の横に並べ上体をやや右に傾けると、語尾に星マークが付きそうな口調でそう言った。

 

 

 




虚夜宮の部屋の名前が玉座の間以外見付からない…。
見逃してるだけなのか、小説版見てもそれは変わらず。
リアルの仕事の立場が変わってから取れる時間が減ってしまい、そんなに探せないし。
知ってる人、どうか教えて下さい(´;д;`)

あとルピ君…いや、ちゃんか?まあ良いや。
彼については特に居ても居なくても良いキャラだと考えて下さい。じゃないと後でガッカリしますんで。

…だって生き残らせてもホモ展開にするしか使い道がゲフンゲフン





捏造設定纏め
①各十刃の拠点の宮の位置付け(今更ですが)
・特に明記されていなかったので、数字順に配置されているという形にしました。
・織姫誘拐後、彼女の軟禁部屋から出た虚無さんが数字一つ違いのゲスプーンさんと遭遇した事も考慮。
・上記については、ゲスプーンさんが敢えて待機していた可能性も有りますが…。
②豹王さんの左腕消失後の対応とか破面の生活リズムとか。
・これ等は明らかな捏造。後者と同時に前者の行動も合わせた感じです。
③斬魄刀に斬られた破面の末路。
・老いの力で死んだ大帝さんは別として、塵になった虚無さんとか、剣ちゃんに見下ろされたゲスプーンさんとか、泡みたく消えた最速(笑)さんとか、凍ったままな強欲さんの最期の姿を見て判断。
・上記のメンバーを見ても、消滅速度に個人差はある。
・小説版みたく、マッドさんとかマユリ様とかの研究者みたく処置を施せば、遺体は消滅せずに残る。



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