三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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うん、またなんですよ。またほのぼの話なんですよ。
原作がバトル系なのにこの内容……戦闘シーンを期待している方は申し訳ありません。

ですがちゃんと其処へ至る香り程度は仄めかし始めている心算なので、もう少し御付き合い願います。
色々と至らないかと思いますが(主に文章力的な意味で)、宜しく御願いします。



何処ぞの済まぬさんの気分じゃ……済まぬ…


第十七話 三日月と虚無と旗と…

 ノイトラは自室のベッドで仰向けになりながら、只管に真っ白な天井を眺め続けていた。

 寝起きらしく、元から細い右目は更に細まっており、彼の事を余り知らない者にとって、その姿は只不機嫌そうだという形にしか見えない。

 だが寝起きの割には不思議な程意識は鮮明で、先程まで夢に見ていた光景をもう一度振り返った。

 

 ―――久々に見た。

 憑依前のノイトラ持っていた過去の記憶。それが夢へと姿を変えて現れたのはこれが初めてではない。

 内容は主に彼にとって強烈で印象的だったらしい部分で占められ、中にはネリエルへ決闘を挑んで敗北したにも関わらず、未だ勝負は付いていないと往生際の悪い態度を取る場面も、珍しく冷静な様子で、彼女へ対して自身の渇望を淡々と語る場面もしっかりと入っていた。

 憑依して間もない間は頻繁に見ていたものだが、時間の経過と共に回数が減って行き、最近では殆ど無くなっていた。

 

 

「…朝っぱらから鬱スタートかよ、勘弁しろってんだ」

 

 

 始まりは虚夜宮の入口付近。藍染からの任務より帰還した直後だ。

 その日、ノイトラは何時も通りにその任務内にて一人で勝手極まりない無茶な行動を取り、それをネリエルに諭されていた。

 自分よりも実力が上の者からの有難い助言だ。普通なら全てとは言わずとも、ある程度は耳を傾けるぐらいするだろう。

 だがノイトラは一蹴した。一向に聞き入れないどころか、剰え鼻で笑っていた。

 

 そんな事をしても本当の意味で強くはなれない。明確な意思を持たずに獣の如く暴れ回っても、遠くない未来で行き詰るだけだと。

 対する返答は真っ向からの否定。

 如何なる形であろうが、強さというものは戦いの中でしか得られない。余計な口出しをするなと。

 

 ネリエルは溜息を吐いた。これ以上言っても無駄だと理解したのだろう。

 にも拘らず、口を噤む事はせずに尚も食い下がった。

 元々面倒見が良く、責任感も強い彼女の事だ。自分の意志でノイトラに関わろうと決めたのだから、途中で投げ出すような真似は出来無いとでも考えているのかもしれない。

 

 肉体や霊力だけが強さの全てでは無い。真の意味で強くなりたくば、自身の精神を律し、仲間を受け入れろ。

 貴方の身近には既にそれが存在している。そうすれば自ずと願いは叶うと。

 だがそんなネリエルの粘り強い説得も、ノイトラには無価値以外の何物でも無かった。

 仲間を集めて群れるなぞ、弱者の証明だ。強くなるどころか、弱点に過ぎない。

 そんなものは自分に不要だと、ノイトラは即座に切り捨てた。

 

 一切の進歩無く、平行線を辿る議論。

 遂にネリエルは諦めた。今日のところは、という説明が前に付くだろうが。

 そしてノイトラにとっての禁句を零しながら、踵を返した。

 ―――相変わらず、子供なのね。

 決して聞き流す事の出来無い言葉へ含まれた、憐みの情。

 野性的本能に秀でているノイトラだからこそ、余計にそれを強く感じ取った。

 

 ネリエルの背中に向けて激昂し、吠え立てる。

 だが彼女は一度も振り向く事無く、虚夜宮の中へと消えて行った。

 

 

「…マジやってらんねぇ」

 

 

 その直後にノイトラの目が覚めた。

 ―――決めた、今日は絶対時間を作って鍛錬する。

 言葉で言い表せぬモヤモヤとした心中をそのままに、自らの額に手を当てると、再び目を閉じる。

 

 今一度考えてみると、確かにネリエルとノイトラの相性は最悪だった。

 時間を掛けて縮める事も叶わない、絶望的なまでに遠く離れた心の距離。

 しかも道中に多数の行き止まりやら、橋を掛けずには通れない巨大な地割れが点在している。

 始めから他者が通る事など一切考慮されていない、劣悪な環境だった。

 

 普通ならそんな道、進む等考えずに早期に諦めている。

 だがネリエルは時折立ち止まる時は有っても、道を進む事を諦めなかった。

 ノイトラは思った。案外、彼女はテスラと同類なのかもしれないと。

 例えテスラがネリエルの立場であったとしても、恐らくは同じ行動を取る姿が容易に想像出来た。

 そして過去のノイトラも同様に反応を示し、行き着く先は変わらなかっただろう。

 

 

「…ん?」

 

 

 不意に部屋の外から何処か聞き慣れた音が聞こえる。

 厳密に言えば多少異なるが、憑依前に街中で良く聞いた、建築中の建物の中から聞こえて来る音だ。

 

 そういえば先日、通路で擦違ったビエホから報告を受けていたのを思い出す。

 ついでに藍染の褒美の件に対する小言を十言二十言程度頂いたのは一先ず置いといて―――第5十刃と第4十刃の拠点の宮の間に、また新たに小さな宮を設ける事が決まったと。

 その指示を出したのは他ならぬ藍染。彼曰く一人用だそうで、出来る限りストレスの感じない快適な空間を作って遣ってくれと。

 

 ―――よもやこれが藍染様に要求した褒美ではありますまいな。

 説明を受けた直後にビエホからそう勘繰られたが、即答で否定させてもらった。

 自ら墓穴を掘るどころか地雷原へと素っ裸で飛び込む様な真似、出来る訳が無い。

 実際にそうしてみろ。監視レベルが最大なのは確実で、他に一体何が仕掛けられているのか想像すら付かないし、したくもない。

 

 ノイトラは後にその宮の意味を即座に悟った。誘拐した織姫の軟禁用だと。

 だが特に気にも留めていなかった。

 それはそうだろう。本来の展開であれば、織姫の管理を任されるのは直接彼女を誘拐したウルキオラだ。

 宮の建設場所が近いのが気に掛かるが、恐らく自分が関わる事は無いだろう。

 

 ―――何も無ければ、の話だが。

 先程のモヤモヤと一緒に、妙な違和感が生まれる。

 ノイトラはそれを払拭するかの様に一気にベッドから跳ね起きると、テキパキと近くに置いていた替えの白装束を身に纏う。

 そして久々に本格的な鍛錬をすべく、室外の通路へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍛錬場所から疲労困憊のチルッチを背負いながら帰還し、セフィーロに治療兼回復させて貰い、また無茶な鍛錬を行った事を注意された後、拠点の宮へ戻ったノイトラを待っていたのは、藍染からの突然の招集だった。

 ちなみに伝達に来たのは何故かまたメノリ。最近やたらと此処に伝達をしに来ている様な気がする。

 まあ一応彼女も雑務係なので、その行動は何処もおかしく無いのだが、一々褒めて褒めてオーラを撒き散らすのは勘弁だった。

 

 何やかんや言いつつ、しっかり褒めて遣るノイトラだったが、一つだけ気掛かりな部分が有った。

 ロリである。何時も一緒に居た筈の存在が単独で動く事が多くなった今、彼女は完全に一人で置いてきぼりな状態であった。

 ―――嫌な予感って、結構的中率高いのな。

 今頃は藍染の事でも考えて寂しさを紛らわしているのだろうか。

 そんな随分と勝手な想像をしながら、ノイトラは宮の留守をチルッチに任せると、“覚醒の間”へと移動を始めた。

 

 覚醒の間とは藍染が破面化を行う際に用いる小さな部屋の事である。

 室内の中心に虚を置き、それに対して藍染が崩玉を用いて破面化を行うのが正規の流れだ。

 正確に言えば、崩玉と一時的に融合した藍染の力によって―――だが。

 

 崩玉とは本来、死神と虚の領域の境を取り除くという機能を持つ物とされ、互いに相反する魂の壁を取り払う事で、魂が本来持ち得る限界強度を超えた強さを手に入れる事が出来る。

 だが実際はそれとは別の能力も有している事を、後に藍染が語っている。

 

 まず前提として言えるのは、崩玉には意思が有るという事だ。

 そしてそれの持つ本来の力は、自らが周囲にいる者の心を取り込み、それが願った事を自身の意思によって具現化する。そんな神に等しき力なのである。

 崩玉が魂の境を取り除く力を持つ様になったのも、喜助がそう考えたが所以。

 そして只の高校生であった一護が非日常の世界に足を踏み入れ、死神の力を手に入れ、更なる戦いの渦中へと飛び込んだのも。彼の仲間である織姫に泰虎が能力に目覚めたのも、彼等の成長から辿り着いた結末から全てが具現化された結果なのだ。

 

 全く以て有り得ないぶっ飛んだ設定である。

 もしも藍染がノイトラの心の内を知りたいと崩玉に願ったとすれば、もはや対処不可能だろう。

 ―――無理ゲー此処に極まれり。

 ノイトラはつくづく思った。

 もし自分が崩玉の意思の制御下に在るとすれば、間違い無く自身の目的の事も御見通しだろう。ネリエルにもう一度直接会って謝罪する事、そして死に行く仲間達を少しでも救おうとしている事も―――全てが。

 前者は未だしも、後者はいざ実行に移せば藍染が動く可能性が高まる。

 彼にとって十刃とは所詮は敵対勢力にぶつける為の駒の一つに過ぎない。消耗品と言っても良いのかもしれない。

 敵を退けられればそれで良し。後は他の用途に用いて使い潰すだけだ。

 共倒れになれば尚良し。何と言っても切り捨てる手間が省けるのだから。

 役目を終えた道具はもはや不要。それを態々拾い上げる様な真似を、藍染がそう易々と見逃すとは思えない。遅かれ早かれ諸共始末されるに決まっている。

 

 だがノイトラは何としてもそれは諦めたくなかった。

 優先順位としてはテスラが一番だが、他にもハリベルやスタークといった信頼出来る仲間を見捨てる等という行為は、ノイトラ自身の持つ信念が許さない。

 候補をセフィーロ等といった身内だけに固め、他に手を伸ばさなければより生き残る可能性が高まるが、それは犠牲の元に成り立つ未来に過ぎない。

 仲間という何よりも代え難い存在。その骸の上で食う飯が美味い訳が無い。

 

 

「…ホント、頭悪ぃな」

 

 

 憑依したばかりの頃はネリエルの件だけで頭が一杯だった。だが時が経つに連れ、他にも目を向けるべき点が次々と浮上していった。

 目先の事ばかりに囚われ、未来の事を失念していたのである。

 物語の中で若き勇者が魔王を倒しても、現実的に考えれば其処ではい全て終わりですとは行かないのと同じだ。

 勇者は予測しなければならない。世界を揺るがす存在であった魔王を打倒した己の力。向け先を失ったそれを、人々はどう感じるのかを。

 勇者は努力しなければならない。今後、戦いから離れて平穏な生活を送るにしても、勇者という形以外の身の振り方を構築しなければ、この先食って行けない。

 物語は物語の中だからこそ、魔王を倒した時点でスッキリ終われるのだ。

 そして現実には現実的な考えを持って行動せねば、先で如何転ぶか判断出来無い。

 

 ノイトラの考えの中には藍染と直接対峙するという選択肢は一切無い。

 寧ろ最初から最後まで部下として振る舞い、その限られた範囲の中で行動し、目的を達成するのが狙いだ。

 藍染と直接対峙する役割を持つのは一護のみ。自分は不要でしかない。

 彼等が激闘を繰り広げている間、自分達は視界に入らない程度に隅にでも隠れ、戦いの終息を静かに待てば良いと。

 

 だがやはり唯一のネックは、やはり藍染の目論見だった。

 既に目を付けられている現状を考慮しても、一体如何なる流れになるのか想像も付かない。

 少なくとも今後の展開を何ら問題無い形へ持って行く為に必要なのは、その藍染のノイトラに対する認識を変える事だ。

 ノイトラの成そうとしている事は些事に過ぎず、一々目を向ける必要性すら皆無であると。

 一見簡単そうに見えて、非常に困難な課題だ。だからと言って他に対処法が有るとすれば、それこそ藍染を直接打倒する事しか手が無い。

 

 だがこれにも落とし穴は有る。

 余りに凡人として振る舞い過ぎた結果、存在する価値も無いとして始末されるかもしれない事だ。

 理想としては、藍染が興味を失ったノイトラを無視し、元来通りに一護の観察を中心に行う形に収まる事だが、それでも成功と失敗の可能性は五分五分。

 只、興味云々以前に今迄のノイトラ自身の行動が知らぬ間に藍染の思惑の中に組込まれている可能性を考慮すると、全てが無駄という結果に終わるのだが―――。

 

 考えれば考える程、不安ばかりが募った。何時までも続けているとやがては身動き一つ取れなくなりそうだった。

 ―――今更何をとやかく言おうが、出来る事をするしか無い。

 幾ら考えても結果は見えて来ない。ならば今は徹底して自分のスタンスを守るだけだと、ノイトラは開き直った。

 所詮自分は小市民。取るに足らない有象無象。物語に干渉するには役不足。だが表面上ではそれを押し出し過ぎない様に留め、程良くバランスを調整をせねばならない。

 

 今迄通りに自分は自分のすべき事を成し、他はこの世界の主人公に丸投げすれば良いのだ。

 とは言え、ノイトラとしては間接的に細々とした御膳立て位はしてやる考えだが、それだけだ。

 

 だがそんな浅い考えを持つノイトラとて、今後起こり得るであろう展開全てに対し、最悪の事態という想定もしている。

 藍染の思考回路と行動は、尽く常人の予測の範疇を容易く越えるものだ。何時どのタイミングで此方の想定を引っ繰り返されても何らおかしくは無い。

 

 その為にノイトラは自らに過酷な鍛錬を課し、過剰なまでに力を求めたのだ。

 幸い、その必死さに応えるかの様に実力は伸び続けた。

 準備は万全―――とは御世辞にも言い難いが、最低最悪の事態に遭遇した場合に取るべき行動は実行に移せそうだ。

 只、ノイトラとしてはこの最終手段の内容は誰にも話していない。無論、共に計画立てをしているセフィーロにもだ。

 何せこれは彼女のみならず、自分に信頼を寄せてくれる仲間達を裏切る行為に他ならないのだから。

 

 

「……チッ…」

 

 

 ノイトラは短絡的な考えしか浮かばない自分自身の低能さに嫌気が差した。

 彼はこんな時、何時も思う事が有る。

 ―――憑依対象がザエルアポロだったら、一体如何なったか。

 藍染や喜助に劣るとは言え、傍から見れば十分過ぎる程に優れた頭脳の持ち主である彼なら、幾らでも手段を講じる事が出来ただろう。

 無論、現在のノイトラの様に、以前までの記憶や経験を引き継いだ形での憑依であれば、の話だが。

 藍染の前では恐らくその内九割は失敗に終わるだろうが、先程までのノイトラの欠陥塗れの考察よりかはマシだろう。

 命の予備が利くという保険も有る上、とことん逃げに徹すれば物語に干渉せずに生き残れる可能性は高い。

 

 

「まあ…ボッチは確定だよなぁ…」

 

 

 ザエルアポロの仲間関係は非常に劣悪と言って良い。史実のドルドーニとチルッチにした様に、過去に傷付いた仲間を回収して研究材料にした例も少なくない。

 そんな最低な男が心機一転して行動したとしても、そう簡単に改善まで行き着けるとは思えない。

 他者と心から通じ合える関係を構築するには長期間の付き合いが必要だ。それを考えると、ザエルアポロでそれを成すには圧倒的に信用と時間が足らな過ぎた。

 ノイトラとてそれと同等ではあったが、気に食わない相手に対して積極的に干渉する様な真似は少なかった為か、行動等を改めただけで今の状態が有る。

 それ故にザエルアポロとして取るべき手段は、裏から手を回す程度でしか仲間を助ける事は不可能だし、例えそれが成功した上で藍染と一護の決着が付くまで自分も生き残る事が出来たとしても、恐らく虚夜宮には戻れない。居場所が無いのだから当然だ。

 

 全てを成し遂げた後に待ち構えているのは孤独な逃亡生活。つまり家無し金無しコネ無しの、全てゼロの状態からスタートしなければならない。

 生活環境については得意の発明品等で如何にか出来たとしても、やはり孤独というのは耐え難い。

 それを紛らわす為、過去に手掛けた改造虚の破面である従属官を連れて行こうと思えば可能だろうが、如何せん知能が低すぎる。会話すら満足に成立するか怪しい上、何をやらかすか判ったものでは無い。

 何より自分の性格上、そういった形に作り上げたのは自分ではないかという怒りと、彼等の命を弄んだという罪悪感に押し潰されるに決まっている。

 

 新たに始めた生活が上手く軌道に乗ったとしても、自分の事を知る者や死神に気付かれれば一巻の終わりだ。目撃者抹殺による証拠隠滅か、一切の痕跡も残さずにその場から即座に逃亡するかの二択しか無い。

 御先真っ暗とは正にこの事か。憑依するタイミングにもよるが、総合的に考えるとノイトラとどっこいどっこいである。

 

 そして余談だが、ノイトラは宝くじの一等及び前後賞含むに当選する可能性にも満たないであろう、ミジンコ以下の大きさの希望も持っていたりする。

 それは他ならぬ崩玉の力だ。

 周囲の心を取り込んで具現化するのであれば、一番近い場所に居る藍染のみならず、自分自身の心も具現化してくれるのではないかという―――余りにも儚い希望を。

 

 だが何事にも可能性は有る。ノイトラは憑依前から基本現実的な思考を持つ反面、そういった理想論も同時に持ち合わせていた。

 なので彼はコッソリだが、鍛錬時にとある思いを強く心の内で願いながら斬魄刀を振るっている。

 ―――力が欲しい。ネリエルに会いたい。仲間を助けたい。平和な生活がしたい。

 祈りというものは本来、その主となる思い以外は一切の雑念が存在しない一色の状態で行うものだというのが、ノイトラの持論だった。

 只、彼の場合はその主となる思いが複数で、既にその持論から外れているのだが、本人はそれ等全てで一つという無理矢理過ぎる考えを持っていた。

 

 

「…ん?」

 

 

 ノイトラは通路を曲がった途端、進行方向に存在する感じ慣れた霊圧を感じた。

 思考を中断すると、視界の先にその霊圧から特定した通りの人物の背中を確認した後、声を掛けた。

 

 

「よう」

 

「…ノイトラか」

 

 

 背中の持ち主であるウルキオラはその声に反応し、足を止めて振り返る。

 緑色に煌く無機質な瞳、表情筋が完全硬直しているかの様な顔。無感情に無表情と、相変わらず無い無い尽くしの何時も通りな佇まい。

 だが以前とは違い、何処と無く付き合い易い印象を抱ける様になったと、ノイトラは感じていた。

 

 

「一人か?」

 

「…正直言えば、本来ならヤミーも連れて行く予定だったのだが―――」

 

 

 時期とタイミングから、藍染の招集の意味を察していたノイトラは、確認の意味も込めて気になった事をウルキオラに問い掛けた。

 本来なら腕の治療を終えたヤミーを引き連れて覚醒の間へと訪れる筈のウルキオラ。

 だが今の彼は一人だけで、同行者は居ない。それが疑問だった。

 

 

「身体中が痛い、怠い、動きたくないとばかり抜かして、幾ら呼び掛けても自室から出ようとしなかったのでな。置いてきた」

 

「へ、へぇ…ソイツは大変そうだな…」

 

 

 ―――どう考えても昨日の鍛錬の影響です本当に。

 原因を作った張本人であるノイトラは思わず吹き出しそうになるも、顔を逸らして必死に堪えた。

 

 

「…心当りでも有るのか?」

 

「知らねぇな。日頃の不摂生が祟ったんじゃねぇのか?」

 

 

 その反応を見てやや首を傾げながら、ウルキオラは問う。

 ノイトラは表情を何とか引き締めると、白々しく自分は存じ上げていませんと言わんばかりに返答する。

 

 腑に落ちない妙な感覚を覚えながらも、ウルキオラはそれ以上追及しなかった。

 顔を進行方向へ向けると、再び歩み始め、ノイトラもそんな彼に続いた。

 

 通路に響き渡る二人の足音。片方はゆったりとした間隔で鳴るのだが、もう片方はその半分の間隔で鳴っている為に回数が多い。

 長身故に足が長く、一歩一歩の歩行距離が大きいノイトラ。そんな彼が普通に歩けば、他の者等容易く追い抜いてしまうのは自明の理。

 だがウルキオラはノイトラが横を通り抜けそうになった瞬間、さり気無くその移動速度に合わせて足を倍に動かし始めたのだ。

 

 ―――生後間も無いアヒルかコイツは。

 並列する二人。傍から見れば正に凸凹コンビだ。

 内心でやや呆れつつ、何となく悪い気はしないノイトラは何も口を出す事はしなかった。

 

 

「…一ヶ月前、藍染様より指令を下された」

 

「ん?」

 

 

 暫くの間会話も無くそうしていると、ふとウルキオラが口を開いた。

 ノイトラは即座に悟った。

 ―――タイミング的に考えると、井上織姫の誘拐か。

 それは空座町に存在する戦力―――死神達に一護、そして喜助の陽動を行っている内に、断界を護衛二名と移動中の織姫を直接誘拐する方に分かれて行う任務の事だ。

 

 

「で、俺も来いと?」

 

 

 二人きりのこの状況で言い出すとすれば、何となくそういう事か。

 そう考えたノイトラは先手を打つ意味合いで問い掛けた。

 事前に覚悟を決めて置けば、以前の様に動揺する事も無いだろうと。

 

 

「…いや、今回は同行者の話までは出ていない」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。藍染様が仰るには、任務中に現世の敵勢力と尸魂界の注目を逸らす為の陽動…その選定も既に済んでいるそうだ」

 

 

 気遣いは無用だと、ウルキオラはノイトラの問い掛けをやんわりと否定する。

 ―――別にそんな気は無いのだが。

 どうやら彼は何時の間にやら、此方の意見は好意的に取る方向性を持ってしまったらしい。

 

 

「それに俺の任務内容も、陽動中に人間の女一人を虚夜宮(此処)に連れて来るだけだ。造作も無い」

 

 

 打てば響く様にして説明を返してくれるウルキオラに、ノイトラはふと思った。

 ―――これは機密事項ではなかろうか。

 史実にて織姫の誘拐が成功した後、玉座の間に集合した際のルピの発言から、彼はこの任務の目的について一切知らされていなかった事が窺える。

 恐らく知っていれば知っていたで、こんな女如きを捉えるだけの為に自分が動くかと、参加を拒否する可能性も考慮されていたかもしれないが。

 それを任務前に、当事者ですら無い者に易々と話して良いとは到底思えない。

 自分になら話しても問題無いと信頼してくれているのかもしれないが、それにしても想定を超える態度を見せるウルキオラに、ノイトラは内心で頭を抱えた。

 

 恐らく現在、喜助に戦力外通告を受けた織姫はルキアに連れられ、瀞霊廷へと赴いている筈だ。

 その間、十刃含めた数名の破面達が空座町へと襲撃を仕掛け、一護達を追い詰めると同時に、護廷十三隊の意識を織姫から完全に逸らす。

 喜助に如何なる言い方をされたとしても、織姫の性格であれば襲撃の件を聞いて大人しくしている筈も無い。必ず現場へと向かうだろう。

 その間に一番警備が手薄になるであろう断界の移動中にウルキオラが彼女の身柄を確保するのがこの任務の目的だ。

 

 相変わらず遥か先を見通す目を持つ藍染に恐れ戦きながら、今回は物語の主要な展開へ関わらずに済む事に、ノイトラはほっと胸を撫で下ろす。

 以前の様に引っ掻き回す様な真似は極力したくないし、何より小心者故に心労が重なって胃に悪い。

 つい最近大ダメージを受けたばかりなのだ。暫くは大人しくしていたい。

 

 

「そう、か…」

 

「…やはり行きたかったのか?お前の意図は判らんでも無いが―――」

 

「いや、そういう理由(わけ)じゃねぇ」

 

 

 寧ろ凄く嬉しいです―――と言える訳が無く、ノイトラは即座に否定する。

 

 ウルキオラが言いたいのは、以前の任務に於ける不完全燃焼についてだろう。

 別にあの時の鬱憤はもう消え失せているので、徒に刺激しない限りは再燃する事は無い。

 

 

「オマエなら問題無ぇとは思うが…油断すんなよ」

 

 

 御人好し故の悪い癖と言うべきか、無意識の内にノイトラは無難な激励をウルキオラに返した。

 実はテスラ以外に同じ様な発言をした事は無いのだと気付かぬまま。

 

 

「………」

 

「…ってオイ、何だその目は」

 

 

 突然足を止めたかと思うと、ウルキオラは静かにじっとノイトラの方を見詰め続ける。

 やや驚愕している様に見受けられるのは気のせいだろうか。

 

 

「やはり…変わったな、ノイトラ」

 

「…もう聞き飽きたぜ、その台詞」

 

 

 ノイトラは何時もスタークがする様に、バツが悪そうな表情を浮かべながら後頭部を掻き毟った。

 直接言われずとも、そういった反応は今迄に何度も向けられていた。現世の任務報告の際にはピークだった。

 だがその反面、大人しくなったが故に余計舐められる様に―――等と言う事は一切無く、それどころか激減した。

 変わったのは表面上の話。内面は変わらずノイトラ・ジルガのままなのだと、ほぼ全ての破面達にそう認識されたのだ。

 

 相変わらず適当な噂を流す者は存在している様だが、それだけだ。

 ある意味ではより厄介になったと言えるノイトラに絡む様な愚行は、流石の馬鹿破面達も取らなかった。

 今度は代わりに無様な失態を演じたヤミーへとその鋒先が向けられ掛けている様だが、想像しただけでも余計に悪い方向へ向かいそうなのは明白だった。

 

 ちなみにこれ等の情報は全てメノリより提供されていた。

 実は最近の彼女はその報酬として齎される軽い労いの言葉と、頭を撫でて貰う事だけを目的に調査していたりする。

 ―――完全に犬である。

 ノイトラはメノリの頭を撫でてやっている最中、メノリの後ろで激しく左右に揺れる尻尾を幻視していた。

 

 

「…ノイトラ」

 

「んだよ」

 

「お前は本当に最強を求めているのか?」

 

 

 そう問うウルキオラの目には純粋な疑問が見て取れた。

 確かにそうだ。最強を目指しているのなら、自分より階級が上の者は皆乗り越えるべき踏み台として考えるのが普通だ。

 一つ一つを踏み越えて行き、やがては頂たる最強に至る。気が短い者であれば他は無視して一気に一番上まで飛び越えんとするかもしれない。

 なのに先程の言葉だ。まるで仲間を気遣っている様にしか見えない。

 

 暫し考える素振りを見せたノイトラだったが、次の瞬間には身に纏う空気を豹変させていた。

 その場に居る者全てを押し潰す様に重厚で、既に全身が無数の刃に貫かれている様な錯覚を覚える濃密な殺意。

 ウルキオラは突然の事に目を見開くと同時に、思わず身構えた。

 

 

「そんなに疑うなら…試してみるか? これでも一番(スターク)に挑戦しても良いぐらいの資格はある心算だぜ?」

 

「っ!!!」

 

 

 一瞬でも気を抜けば間違い無く膝を着いてしまう。まるで藍染の姿を幻視する程に強烈な存在感にウルキオラは絶句した。

 ―――見誤っていた。

 内心でそう零す。

 これまでノイトラが徹底的に隠してきた、その極限まで研がれた牙がこれ程までに凄まじいものだったとは思わなかった。

 

 そして同時に認識を改める。

 彼は最強を目指している状態では決して無い。既に何時その頂に辿り着いても何らおかしく無い場所へ立っているのだと。

 

 

「―――なんてな。無駄話はこの程度にしてさっさと行こうぜ、遅れちまう」

 

 

 ノイトラはふと軽い笑みを浮かべたかと思うと、同時にその空気が霧散した。

 踵を返すと、固まるウルキオラを放置してさっさと先に進んで行く。

 

 

「…ああ、そうだな」

 

 

 一息遅れでウルキオラはそう返すと、先行するノイトラの背中に追従した。

 だがそんな彼の思考回路は複雑に入り組んでいた。

 

 ―――興味深いのは確かだが、現状は放置していて構わない。

 以前、藍染と共にノイトラの映像を見ていた際に言われた言葉だ。

 ある日を境に成長速度が著しく上昇し、その結果、霊力が異常なまでに膨れ上がったノイトラ・ジルガ。

 だが藍染が注目しているのは其処では無い。

 ノイトラが時折見せる、まるで一度見た事の有る光景を見直しているかの様な、摩訶不思議な目。

 流石の藍染も理解が及ばないと零し、何処まで見抜かれているのか少々恐ろしいとまで言わしめた。

 

 故にウルキオラは助言した。必要と有らば消しますが、と。

 即座に断られたが、彼はその時の発言を撤回したい気分であった。

 

 

「………」

 

 

 再びノイトラの横に並びながら、ウルキオラは考える。

 ―――あの時は随分と大きく出たものだ。

 先程の威嚇で理解した。ノイトラを相手取るには、今の自分では到底不可能だと。

 少なくとも、対抗するには帰刃は必須。それも“アレ”を用いねばならないだろう。

 

 だが忘れてはならないのが、自分のみならずノイトラにも帰刃は有るのだと言う事。

 歴代十刃最高硬度と謳われる鋼皮。自分の何倍もの質量を持つ者が相手であろうとも軽々と吹き飛ばしてみせる凄まじい膂力。視覚では追い切れない程の速度を持つ響転。そして十刃落ちの一人から伝授されたらしい洗練された脚技。

 これ等に帰刃の効果が上乗せされるのだ。純粋なスペックだけを考慮しても、通常の帰刃形体の自分を明らかに上回っている。

 

 だがウルキオラは此処まで考えた途端、何故か其処で妙な感覚を覚えた。

 これ以上は無駄だと、不意に思考を打ち切ろうとする己の意思を。

 

 

「…何だ…これは」

 

 

 別に諦めから来ている訳では無く、その必要が無いのだと訴える、理解が及ばないそれに、ウルキオラは頭を振った。

 まるでその機会は永久に来ないと言わんばかりではないか、と。

 藍染の脅威と成り得るありとあらゆる可能性を考慮し、それが僅かであっても対策を打つのが今迄の自分だったではないか。

 

 

「何か言ったか?」

 

「いや…何でも無い」

 

 

 先程の呟きが聞こえたのだろう。問い掛けて来たノイトラに、そう返す。

 このさり気無い気遣いも、違和感は感じるが、何となく悪い気はしない。

 

 そしてウルキオラの中では、先程の妙な感覚の他に、もう一つ浮かんだものが有った。

 だが当人はそれを無かったものとして、頑なに消し去らんと努めていた。

 当たり前だ。自分の存在意義の全ては藍染の為。其処に自分の意思を挟んではならない。

 

 

「どうした? 遅れてんぞ、ウルキオラ」

 

「…今行く」

 

「ったく、結構抜けてんのなオマエ」

 

 

 だからこそ、これは決して在ってはならないのだ。

 ノイトラと本気で対峙した状況を想像した瞬間に浮かんだそれ。

 ―――結果を抜きにしても、ノイトラとは戦いたく無い等という、この愚かしい思いは。

 

 

 




はいはいフラグフラグ。
んでもって何故か最近ホモネタを妄想している影響か、なんかそっち方向に見えてきてしmゲフンゲフン!

そしてつくづく思いますが、百話以上の長編書いてる人って凄いですよね。なんてったってそれだけの相当な文章量を書くというのは、話数を重ねても同じ様な表現を繰り返さない様にしなきゃいけない訳ですから。
私みたいな素人なんて、「この文前に書いたな…」といった部分が出るわ出るわ。
修正している心算ですが、多分未だ有ると思うですます…。





捏造設定纏め
①虚を破面化させる部屋の名前。
・言うまでも無く完全捏造。
・自分のネーミングセンスの無さに絶望した!!
※ちなみに「ええ~、ちゃんとした名前有るからそれ…。ちゃんと調べれば判るだろjk」という方が居られれば御教え頂ければ助かります。他力本願ワロタ…
②マッドさんの評判は地の底。
・今迄の行動を見て勝手に判断。というか人格の元となった生前の姿から見れば、どう考えても他人に慕われる存在じゃないと思います。
・キャーマッドサンステキーダイテー、な光景なぞ無い!
③筋肉痛ゴリラ。
・死神とか虚とかの霊体って、所々良く解らない身体の構造してるので、こういうのもアリかと。
・とっても強い浮竹さんが病気なぐらいだし、喘息持ちとか腰痛持ちとか居そう。
・あれ?そういえば作中の主人公も胃痛…
④織姫誘拐任務についての計画内容。
・藍染様に同行者を連れて行っても良いと許可を得た虚無さんですが、合理的な考えを持つ彼が、新人のルピや産まれたばかりで能力も把握出来ていないワンダーワイスを選ぶとは考えにくかったので。
・多分ゴリラは好き放題暴れてくれるだろうし、陽動には適任だとしてこの任務には選ばれたのかと。


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