三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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俺tueeeは一旦お休み。次話に持越しです。
他の視点からの描写が少ないと、周囲の状況が判らず展開が飛び飛びになると思うので。



後、今更ですが注意書きを…。

・前提としてこの作品の内容はネタであり、シリアスの様で実はシリアルな場面が多いです。
・主人公は抜け目が多い―――所謂要領の悪い凡人系です。精神も弱いので、色々と思考と行動がブレたり浮き沈みがあったりと、問題点が多々あります。
・他の名だたる名作の主人公達の様に鋭い機転、優れた行動力、精神の屈強さ等は無いので、そういったものを求める方々には合わないと思います。
・余りに目立つ誤表現、設定の矛盾点、キャラの不自然さ等は出来る限り修正したいと思いますので、御教え頂ける際には出来る限り具体的に言って頂ければ助かります。(例 ○○○が悪い、おかしい、なので○○○みたくすれば良いと思う等)

どうぞ宜しく御願い致します。


第二十二話 店長と黒猫と、三日月と胸騒ぎと

 以前と同じ、複数の破面の霊圧を感じた恋次は、何やら慌ただしい様子で動き回り始めた。

 その傍らには岩盤に背中を持たれ掛けながら寝息を立てる泰虎が居た。

 そんな彼を横目に見ながら、汗を拭い取りつつ水分を補給し、先程ダメージを負った自身の斬魄刀に軽い刃禅にて語り掛けてコンディションの確認を取る。

 明らかな戦支度だ。

 

 

「…良し。今行くぜお前等」

 

 

 帯を締め直し、斬魄刀を腰に差せば、その準備は全て完了だ。

 そしていざ出発といった瞬間、恋次を制止する声が投げ掛けられた。

 

 

「貴方が出る必要は有りませんよ、阿散井サン」

 

「はあ!? あんたこの状況で何言ってんだ!!?」

 

 

 恋次の言う事は尤もだ。

 彼は本来こういった状況に陥った時の為の戦力として、この空座町に存在している。

 今行かずして何時行くというのか。

 

 

「今の阿散井サンは消耗している。今彼等に加勢したとしても、大した戦力にはなれないでしょう」

 

「………」

 

 

 抗議の声に乗って来た怒気を受け流しつつ、喜助は淡々と答える

 その様子は何時もの飄々としたものでは無い。帽子の影から覗く眼は鋭く、表情も至って真面目。

 

 全く以て正論だ。恋次はぐうの音も出ない。

 ―――それもこれも、コイツがタフ過ぎたからだ。

 破面達の持つこの異質な霊圧が圧し掛かっている状況下、穏やかな表情で眠り扱ける泰虎に対し、内心で文句を垂れた。

 だが直後に反省する。実はそう言いつつ恋次もこの鍛錬を結構楽しんでいたのだから。

 それこそ、自分の消耗度合を忘れてしまう程に。

 

 この鍛錬は泰虎がメインだったが、恋次にも恩恵は有った。 

 それは卍解の操作技能の向上だ。

 恋次の卍解はその巨大さ故に、扱いが非常に困難だ。それは自身の所属する六番隊隊長である白哉にも指摘されている。

 しかも霊圧の燃費も悪い。例えるなら、始解が軽自動車で、卍解が大型特殊車両といった感じか。

 

 だがこの鍛錬の御蔭で、それも一気に解決まで近付いた。

 泰虎は上位席官レベルまで渡り合える実力が有るとは言え、魂の強さは人間の範疇を遥かに超えている訳でも無い。つまり耐久力は死神の観点から見ても、それ程でも無いという事だ。

 そんな彼に本気で卍解をぶつけ様ものなら、瞬く間に肉片へと変えてしまうだろう。その威力はあのイールフォルトに対し、帰刃形態のその外皮の鎧を砕き、中身を焼き尽くす程。

 恋次は頭が良い方では無い。どちらかと言えば身体で覚える肉体派だ。

 故に鍛錬時は卍解の力を制限し、泰虎にある一定以上のダメージを与える事が無い様に精密な操作をする必要が有った。

 

 口で言うのは簡単だが、それは非常に困難な課題だった。

 考えてもみろ。巨大な機械を操縦していて、メートル単位なら未だしもセンチ単位の操作を行うとなれば神業の域だ。それを初心者が遣らねばならないとなると、どれ程無茶な事か理解出来る筈だ。

 だが恋次とて伊達に副隊長を名乗っていない。常に思考を止めず、過酷な修行を重ねてきた。倒れた事も一度や二度では無い。そんな彼が難しいからと言って諦める訳が無かった。

 

 始めは失敗の連続。程度が解らず泰虎を盛大に吹き飛ばしたのは両手でも数え切れない。

 だが泰虎自身も戦闘に関しては天性の感覚を持っていた御蔭か、吹き飛ばされる直前、咄嗟に後方へと跳んだりして直撃の威力を弱め、どれも大事には至らなかったのは幸いだった。

 やがて鍛錬が終盤まで差し掛かった頃、恋次は遂にその精密操作をモノにした。

 消耗が激しかったせいで加減を誤り、最後の最後でミスを遣らかしたが、危機的状況に陥った御蔭か泰虎も能力が進化した様だし、結果オーライだ。

 卍解の影に隠れていた為に何が如何なったのかは不明だが、どうせ後で教えてもらえば良いだろうと恋次は全く気にしていなかった。

 

 

「アタシが出ます」

 

 

 何時の間にやら解放済みの斬魄刀を右手に、喜助はそう宣言した。 

 その声の真剣さから、冗談で言っている訳では無いは明白。

 

 

「…そうかよ」

 

 

 恋次は渋々といった様子で引き下がった。

 少なくとも喜助が代わりに行くとなれば、代役としては十分過ぎる程だと理解していたからだ。例え自分が消耗していなくとも、御釣が来て余りある。

 その場で一気に腰を下ろすと、そのまま後ろに倒れて仰向けになり、目を閉じた。

 

 現世は尸魂界より霊子が薄い。体力は戻っても、霊力が戻るまでにはより多くの時間が必要となる。

 それを理解していた恋次は、今の自分に必要なのは戦いよりも休息だと判断したのだ。

 この冷静さこそ、似た様な性格を持つ一護には無い、明確な違いであった。

 

 喜助はその様子をみて安心したのか、勉強部屋を後にした。

 店内に戻ると、必要な発明品を幾つか見繕い、懐へと仕舞ってゆく。

 視界を潰す等して敵を欺く物。身代わり等、攻撃を受けた場合の対策品。万が一の時の為の退却用。

 そのほぼ全てが、尸魂界には一切情報を流していない試作品。というか使い物になるか如何かも怪しい品ばかりだった。

 だが天才を舐めるなかれ。例えそれがデメリットが残っている欠陥品であろうが、作戦に組み込む程度は容易だった。

 

 そして喜助は先程感じた霊圧から気付いていた。

 今回の襲撃には、以前来ていたあの左目に眼帯を付けた長身細見の破面―――ノイトラという男が居るという事に。

 ―――明らかに加減していた。

 左足の治療を受けている夜一が零した言葉だ。それと彼の本来の得物が長物であるという事も。

 

 喜助とて気付いてはいた。

 斬魄刀を所持していない時点で大凡は察せたが、完全とは言えない。もしかすれば元々斬魄刀を持ち得ない破面の可能性だって有る。

 だが実際に打ち合った者の意見も聞き、確信へと至った。

 加えてそれは武術の達人たる夜一の読みだ。間違い無いだろう。

 

 

「…最悪は、使いますかね」

 

 

 一通り準備を終えた喜助は、ぼそりと呟いた。

 彼が何の事を言っているのか、説明を受けるまでも無いだろう。

 ―――卍解だ。

 だがあくまで最後の手段としての話だ。

 あんな卍解、使わないに越した事は無いのだから。

 

 

「…さてと、少し本気出しましょうかねー」

 

 

 憂鬱な気分を払拭するかの様に、声のトーンを何時通りに戻す。

 そして開きっ放しの店内入口へと歩を進めた―――その時だった。

 

 

「待たんか、馬鹿者」

 

 

 喜助の背中に、聞き慣れた声が投げ掛けられた。

 彼は即座に後ろを振り向くと、思わず息を飲んだ。

 

 

「夜一サン…しかもソレは―――!!」

 

「あの破面も来ておるのだろう?儂も連れて行け」

 

 

 護廷十三隊とは別口の組織であり、同胞の処刑から情報伝令、敵地へのスパイ活動まであらゆる裏の仕事を担う部隊、隠密機動(おんみつきどう)

 その第一分隊、刑軍(けいぐん)。その部隊特有の刑戦装束、それも以前とは違って両肩及び背が剥き出しとなった特別製のものを身に纏った夜一。

 特筆すべきはその手足。見るからに硬質で、相当な重量が有りそうな手甲に脚甲が装着されていた。

 

 

「りべんじ、というやつじゃな」

 

 

 口を半開きにしたまま固まる喜助。

 それはそうだ。先程懐に仕舞った物とは異なり、夜一が身に付けているそれは未だ試作段階。完成までは程遠い代物だ。

 恐らく喜助の部屋から勝手に持ち出したのだろう。

 彼の腕を信頼しているのか、それとも只考え無しに勢いで使おうと試みたのかは不明。

 硬直する喜助を余所に、夜一は普段余り見せる事が無い好戦的な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイトラはその場にリラックスした状態で立ちながら、ルピの戦いの様子を眺めていた。

 場面が移り変わるに連れ、その表情は心なしか険しくなってゆく。

 終いには腕を組み、何かを考え始めた。

 

 参加メンバーが異なるのもそうだが、本来居る筈の無いチルッチが冬獅郎の相手をし、同様にノイトラが一角を早々に退場させたりと、様々なイレギュラーを起こしている現状。

 だがそれに伴う変化等は今の所見られていない。

 その証拠が、今視界の先に広がる光景だ。

 

 ルピが斬魄刀を抜刀し、解放せんとした瞬間、チルッチと対峙していた筈の冬獅郎が急激に方向転換すると、卍解―――大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)を解き放った。

 シャウロンとの経験から、破面特有の帰刃の持つ強大さを理解しているのだろう。それを阻止せんと、巨大な翼を持つ氷の龍をその身に纏い、瞬歩で一気にルピ目掛けて駆ける。

 だが一足遅く、ルピは既にその姿を帰刃形態―――蔦嬢(トレパドーラ)のものへと変化させていた。

 頭部と上半身の一部が骨の鎧に覆われ、背中の円盤からは八本の触手。

 解放を許してしまった冬獅郎は、直後に放たれた一本の触手による牽制攻撃を防いだは良いが、残る七本の一斉攻撃によって氷を砕かれ、地面へ落下していった。

 

 ノイトラはすかさず探査神経を発動。冬獅郎の落下地点を中心に探りを入れる。

 やはり想像した通り、その霊圧は未だ健在。

 意図的に抑えているのか、確かに反応は微弱だ。ルピが死んだと誤認するのも致し方無いだろう。

 一角については言わずもがな。一応は生きているとは言え、霊圧の殆どが生命維持に使用されているのか、全身から放出されている量は殆ど無い。

 

 敵対している立場上致し方無い行動だったとは言え、ノイトラは仄かに罪悪感を感じていたが、それだけだ。

 始めからスペック差を全面に出してゴリ押しすれば直ぐに勝負は付いていた。だがそれをしなかったのは、経験を積むという目的の他にも意図が在った。

 同じ武人として相対する事で、一角に対してノイトラなりに敬意を示したのだ。

 ちなみに止めに用いた百拳も、全力では無いが本気ではあった。

 

 斬魄刀を抜かなかったのは、一角の斬魄刀を破壊してしまい、満足に斬り合える事すら出来無くなる可能性が在ったからだ。

 ―――それでも彼は戦いそうだが。

 帰刃形態のエドラドの拳の一振りで容易にへし折れたそれ。ノイトラであれば例え未解放であっても同様の結果になっても何ら不思議では無い。

 もし一角が秘匿せずに卍解を使用していたとすれば、ノイトラも間違い無く斬魄刀を抜いていただろう。

 

 

「アウー…」

 

「…んだよ、御代わりか?」

 

 

 ノイトラは不意に、後ろから白装束の袖を控え目に引っ張られるのを感じた。

 首だけで振り返って確認すると、其処には上目使いで此方の様子を窺っているワンダーワイスが。

 別な方向へと意識が向いているノイトラは、先程までの子供の面倒を見る優しい父親の様な態度は見せず、難しい顔をしながらぶっきら棒にそう問い掛ける。

 だがその問いに対して首を傾げたところを見ると、どうやらそうでは無いらしい。

 ワンダーワイスは知能や言語を失っているとは言え、感情は有るし、赤子レベルだが思考能力も持ち合わせている。

 史実でも純粋な性格の持ち主である東仙に懐いていた事から、この人は良い人だと判断出来る程度には学習能力が有ると推測出来る。

 

 怯えられても何ら不思議では無い態度を見せたにも拘らず、頻りにノイトラの袖をクイクイと引っ張り続けるワンダーワイス。

 譫言の様な声を漏らす度、その口元からは果実の甘い香りが漂って来ている。

 ―――もしかして、自分の事を気遣っているのか。

 恐らく本人にはその気は一切無いのだろう。本当に何となく、自分の様子がおかしいと感じたが故に、こうして構っているのかもしれない。

 まるで懐いたばかりの子犬だ。

 その様子に幾分か緊張が解かれたノイトラは、フッ、と鼻で笑うと、再びワンダーワイスの頭を撫で始めた。

 

 

「…悪ぃな」

 

「ウ…ウー…」

 

 

 やや力加減を誤ったのか、グリグリと撫でられる度に目を閉じるワンダーワイスだったが、その表情に不快感は無かった。

 

 

「なーに二人してほのぼのしてんのよ」

 

「別に良いじゃねぇか」

 

 

 今度は前方から声が掛けられた。

 ルピによって冬獅郎との戦闘を中断させられたチルッチだ。

 眉間には常に深い皺が寄っており、明らかに不機嫌丸出しだ。

 

 尚もワンダーワイスを撫で続けるノイトラに溜息を吐くと、彼の横に霊子の足場を作り出すと、そのまま腰掛けた。

 

 

「んで…どうだった、護廷十三隊の隊長は。つっても、早い内に終わっちまったけどな」

 

「…強かったわよ」

 

 

 ノイトラのその問いに、チルッチは頬を膨らませながら顔を背けつつ、渋々と答えた。

 彼女の全身には所々に浅い切傷が見られ、多少汗も流した後が有る。

 

 傍から見れば優勢に見えたかもしれない戦況だったが、実を言えば結構な接戦であった。

 スペックだけ見れば確かにチルッチが勝っていた。それを生かすための戦法や鍛錬も積んできたし、そう易々と不利になる様な事は無いという自負も有った。

 だが以前より鍛錬の中でノイトラも何度か指摘していたチルッチの弱点―――攻撃の後の隙を早々に見破られ、次々に的確な反撃をされるとは予想外だった。

 見た目通り経験も浅いのかと思いきや、その観察眼の凄まじさは圧巻。幾つか死角からの不意討ちを食らわせても、二度目からは決して通用しない。

 それに勘も鋭い様で、ワイヤーを巧みに操って作り出した不規則な軌道を描くチャクラムの攻撃も、後半には直接視認せずとも見切られる様になっていた。

 

 

「あんた…あの餓鬼の事知ってたでしょ」

 

「さて…な」

 

 

 チルッチは横目でノイトラを見ながら、そう問う。

 恐らく自分が対峙したあの日番谷冬獅郎という少年は、所謂天才に属する存在。

 鍛錬のみならず、実戦の中でもふとした拍子で目覚ましい進化を遂げる様な、そんな理不尽極まりないタイプだ。

 成る程、確かに戦闘経験を積むという名目ではこれ以上無い相手だ。下手すれば此方が負ける可能性も有るが、生き残る事が出来れば今後自分にとっても良い刺激になる。

 

 正直言えば、解放さえすれば苦戦せずに十分対処出来た。

 現状の斬魄刀の様に多彩な遠距離攻撃が出来無くなるというデメリットは有るが、その分防御や接近戦への対応がし易くなり、何より殺傷能力が跳ね上がる。

 ネックであった燃費の悪さや動きの鈍さも、ノイトラのスパルタ鍛錬の御蔭である程度は解消しているので、何の問題も無かった。

 

 

「んな事より、こうして五体満足で済んだんだ、万々歳じゃねぇか」

 

 

 だがそれでは駄目だ。直ぐに帰刃に頼る有様では、彼の隣に立つ者としては不適格。

 その証拠に、対峙したスキンヘッドの厳つい顔付きをした死神を、一切得物を抜く事無く素手で圧倒して見せたではないか。

 それを見ていた冬獅郎は信じられないといった様子で唖然としていたし、恐らくその男は隊長が目を掛ける程の実力者―――少なくとも副隊長クラスであると断定出来る。

 

 時折横目で見ていたが、あの鋭い槍捌きは自分では躱し切れない。

 只、槍に内包された霊圧から判断するに、殺傷能力は鋼皮を斬り裂く程では無いのは明らかだった。

 だがあの鍛錬馬鹿のノイトラの事だ。受けるのでは無く敢えて躱し切る事で、より自分を高めようと画策していたのだろう。

 それにあの男が地面に叩き付けられた直後、それに続いて落下して行った、男の手を離れた槍が三節棍へと変化していた事も考えるに、かなりトリッキーな戦法を取る技巧派でも在ったのが判る。

 つまり自分があの男を相手にした場合、接近戦ではまず分が悪い。終始遠距離から攻め続けるという戦法しか取れないだろう。

 ―――つくづく規格外な男だ。

 チルッチは改めて認識した。

 

 

「ま…そういう事にしとくわよ」

 

 

 幾分か不機嫌が収まったチルッチは、今度は凄まじく気落ちした。

 それは任務前に話し合って決めた条件。それ等全てを守った場合に齎される褒美が駄目になった事だ。

 ―――折角色々考えていたのに。

 チルッチは更にモチベーションが低下して行くのを感じた。

 只でさえ私生活ではセフィーロに一歩も二歩もリードされているのだ。立場は対等とは言え、此処で如何にか差を縮めなければ、一向に離され続ける羽目になる。

 

 

「はぁ~…」

 

「…一体どうしたよ、オマエ」

 

 

 突然溜息を吐き始めた自身の従属官に、ノイトラは不審そうな表情を浮かべながら問う。

 途中で戦闘が中断した事で不機嫌になったのは察していたが、今の溜息はそれとは全く別物だ。

 早朝、目覚めると同時に、裸でベッドに潜り込んでいたセフィーロを発見し、元気な自慢の倅に見て見ぬフリをしつつ鋼の精神でスルーしてシャワーを浴びに行き、そのまま戻って来た際に彼女が見せたそれと同等。

 もはや状況としては慣れっこなので、流される事は察していただろう。では何故そんな態度を取ったのか、それについては未だに解っていない。

 候補としては二つ。そのまま襲ってほしかったのか、または反応が思ったより普通過ぎてつまらなかったのか。

 多分前者が一番近いかと考えたノイトラは、残念だったなと自信満々に言い放ったが、更に同じ様な溜息を吐かれた。

 スルーするにしてもそれは、朝チュンが、いっそ眠ったままでも、等と零し始めたセフィーロに、ノイトラは何となく背筋に悪寒を感じたのを覚えている。

 

 如何にノイトラは鈍感では無いとは言え、女心の細かな挙動までは解らない。

 頭を傾げる彼に、何となく腹が立ったチルッチは声を荒げてソッポを向いた。

 

 

「なんでもない!!」

 

「お、おう…」

 

「アウー?」

 

 

 離れたところで死闘が繰り広げられていたにも関わらず、ほのぼのの次にラブコメ風といった空気を作り出す彼等だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死神達の退場者はこれで二人。恋次を除けば、半分まで人数を減らした事になる。

 

 

「“旋腕陣(ラ・ヘリーセ)”」

 

 

 ルピが上体を前屈みの姿勢へと移す。すると背中の円盤が回転し始め、それに伴って数倍の速度で八本の触手が動き回る。

 不意討ちに近いとは言え、冬獅郎ですら一瞬で退けた相手に、弓親と乱菊の二人だけで対応出来る筈が無い。

 案の定、二人はその触手の目まぐるしい動きに接近する事も許されず、一方的に殴られ続けていた。

 

 

「っ…“唸れ、灰猫”!!」

 

 

 其処で変化が起きた。本来なら呆気無く触手に囚われて無力化されてしまう筈の乱菊だったが咄嗟に始解したのだ。

 いきなり彼女の斬魄刀が灰の様に霧散した事に、ルピは思わず首を傾げた。

 

 

「あれェ? 一体どーなってんの?その斬魄刀―――ッ!!」

 

 

 自分の方向へと向かって来たその灰を何と無く一本の触手で振り払った瞬間、乱菊が刀身の無い斬魄刀の柄を振るった。

 すると次の瞬間、その灰がやや付着した触手に深々とした斬り傷が刻まれた。

 一応それも肉体の一部らしく、傷口より鮮血が舞う。

 おまけに痛覚も通っているのか、本人はやや眉を潜めている。

 

 これぞ灰猫の能力。刀身を灰と化し、その灰が降り掛かった場所を柄の一振りで斬り刻む。

 一矢報いたと感じたのか、乱菊は頭部から血を流しながらも、得意げな笑みを浮かべた。

 

 

「油断したわね? 副隊長を舐めないでくれるかしら」

 

 

 その挑発染みた発言に、ルピは目を細める。

 どうやら癪に触ったらしい。

 終始うねり狂っていた触手全てが、突如として動きを止める。

 見ればそれ等の先端は全て乱菊の方を向いており、先程冬獅郎にした様に刺突を繰り出す魂胆なのは容易に察しが付いた。

 

 乱菊は咄嗟に刀身の消えた斬魄刀の柄を振るう。

 するとルピの背後に漂っていた灰が更に拡散。そのまま風に乗る様にして彼の背中目掛けて向かって行く。

 

 

「それはコッチの台詞さ。十刃を舐めないでよね」

 

 

 ルピは後ろ向きのまま、右手を背中の触手の隙間を擦り抜ける形で伸ばし切ると、その袖先に霊圧が集中させ始める。

 直後に放たれたのは虚閃。灰状に変化する以外、何か特別な性質を持っている訳では無いそれは瞬く間に吹き飛ばされてしまった。

 

 離れで観察に集中していたノイトラは即座に気付いた。その虚閃は威力よりも範囲に重点が置かれており、それに合わせて霊圧が絞られていたりと、意外と細かい工夫が凝らされていると。

 流石に第10から第7の既存の十刃を差し置いて第6に選ばれただけはある、納得の芸当であった。

 

 

「キミも、ね」

 

「っ!? グェッ…ア…!!!」

 

 

 ルピが虚閃を放った右手を戻すと、触手の一本が大きく後方を横薙ぎに振るわれる。

 直後に響き渡る鈍い音と、蛙が潰れたかの様な声。

 その発生源は、虚閃発射後は油断していると踏んだのか、背後から奇襲を仕掛けんとしていた弓親だ。

 交戦直後の腕による鞭打とは異なり、帰刃形態による一撃だ。威力も段違いである為、その序盤の一撃のみでノックアウトされ掛かっていた弓親に耐え切れるとは思えない。

 

 このまま彼も退場かと思いきや、意外にもそうはならなかった。

 弓親は歯を食い縛って意識を失う事を避けると、霊子で作り出した足場を踏み締め、三十メートル程吹き飛ばされた地点で停止する。

 すかさず瞬歩を使用し、再び乱菊の横へと移動する。

 とは言え、明らかにダメージが蓄積されているのか、少しでも気を抜けば倒れそうな程に全身をふら付かせている。

 

 

「話にならないなァ、キミたちホントに護廷十三隊の席官?」

 

 

 肩を竦めつつ、ルピは気怠そうな声でそう零す。

 周囲では触手が忙しなく動き回っている。

 

 

「つまーんないっ」

 

 

 次の瞬間、触手に新たな動きが見られた。

 先程までは鞭打や刺突による攻撃が殆どだったが、今度は相手の懐に潜り込む様にして伸ばされたのだ。

 

 

「ッあっ!!」

 

「クッ!!」

 

 

 突然の変化に対応し切れず、まず乱菊が全身に触手を巻き付かれて拘束される。

 彼女よりも反応や動きが鈍くなっている弓親も同様に、呆気無く捕われて無力化された。

 

 

「ふーん」

 

 

 ルピはその二人を自身の前に並べる様な形で移動すると、まじまじと観察し始める。

 特に視線が向いているのは、その豊満なバストを持つ乱菊の方だ。

 下衆な男が舐め回す様に―――とはまた違ったその眼に、乱菊は妙な悪寒を感じた。

 

 

「おねーさんさァ、やーらしい身体してるよねぇ」

 

「…何よ、そんな顔しながら、そういった趣味もちゃんとあるのね」

 

 

 ルピの意思一つで運命が左右されるこの状況下で、乱菊のこの発言。

 明らかな強がりだ。しかもこの状態では柄を振るう事が出来無い為、彼女の折角の始解も意味を成さない。

 それを読んでいたルピは余裕の笑みを浮かべたまま、軽い調子で返答した。

 

 

「いーなあ。セクシぃだなあ…だから思わず―――」

 

 

 乱菊を捉えていた触手の先端が持ち上げられる。

 それの向く先は当然彼女だ。

 

 

「穴だらけにしちゃいたいなあ~」

 

「ッ!!」

 

 

 ルピがそう零した直後、触手の先端部に変化が現れた。

 これは触手の先端に無数の棘を生やし、相手を串刺しにする技―――鉄の処女(イエロ・ビルヘン)

 その棘の一本一本が人一人軽く貫通出来る程の長さを誇っており、例え攻撃対象が乱菊以外でも直撃を食らえば即死は免れないだろう。

 

 相手の恐怖を煽る様にして、その棘塗れな触手が左右にユラユラと揺らされる。

 戦場に踏み込んだ時点で覚悟はしていたとは言え、流石に何も感じない訳では無い。

 乱菊は血と汗が混じったものが頬を伝うのを感じながら、震えそうになる身体を必死に抑え、ルピを睨み付ける。

 だがその視線を向けられている当人には逆効果でしかなく、加虐的な歪んだ笑みを深めるだけだった。

 

 

「ばいば~い」

 

「乱菊さんッ!!」

 

 

 ルピは乱菊に対して手を振り始めると同時に、触手が動いた。

 より勢いを付ける為か、やや後方へと引き絞られると、瞬く間にそれは放たれた。

 

 弓親は焦燥に駆られた表情で声を荒げた。

 同時に触手から抜け出さんともがいている様だが、一向に拘束が解ける様子は無い。

 例え今更抜け出せたとしても、乱菊の救助には間に合わないだろう。

 ―――これまで、か。

 乱菊は顔に悔恨の色を浮かべながら、迫り来る死を眺めた。

 

 

「なっ…!」

 

 

 だがその死は寸前で断ち切られた。乱菊を拘束していた触手と共に。

 弧を描いた形の紅色の斬撃が、そのまま空へと向かって飛んで行き、やがて拡散した。

 

 

「いや~~~、間に合った間に合った。危なかったッスね~」

 

 

 ルピは一瞬だけ瞠目したが、 瞬く間に露骨に不快な表情を浮かべた。

 驚愕よりも自分の行動を横から邪魔されるという、彼自身が最も気に食わない事をされた怒りが余程大きかったらしい。

 

 

「―――…誰さ、キミ」

 

 

 離れた位置から響く、聞き慣れぬ音。

 そのカランカランとした特有の音は、下駄。

 やや顔を顰めたまま、ルピはその方向を向きながら問い掛けた。

 

 

「どーもどーも、アタシは浦原喜助。浦原商店て、しがない駄菓子屋の店主やってます」

 

 

 左手で帽子を押さえながら、戦場に似つかわしく無い飄々とした態度でその男は答える。

 

 

「よろしければ以後、お見知り置きを」

 

 

 その軽い声質とは裏腹に、帽子の影から一瞬だけ除いた眼は、相手を射抜くかの様な鋭利な眼光を灯していた。

 全身から霊圧を滾らせつつ、喜助は己の斬魄刀を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乱菊と弓親がルピの触手に捕まった付近から、ノイトラは中断していた探査神経を発動していた。

 正確さには掛けるが、半径十数キロ程度という範囲まで広げる事に成功した序盤のそれとは別。

 広範囲型より十分の一程まで範囲が狭まる分、小動物の持つ微弱な霊圧でも一つ残らず探知出来るタイプだ。

 ―――やはり、来た。

 引っ掛かった反応は一つ。間違い無く喜助のものだ。

 その移動速度から計算するに、此処に到着するのにそう時間は掛からないだろう。

 

 ノイトラは安堵すると同時に気を引き締め、探査神経を再び広範囲型へと切り替える。

 先程は探知出来無かったが、泰虎と恋次の周辺にはまた三つの反応が在った。恐らく元鬼道衆総帥、大鬼道長―――握菱 鉄裁(つかびし テッサイ)含めた浦原商店の住人だろう。

 更に遠くには、現世来訪直後に飛び出したグリムジョー。彼と激しくぶつかり合っているらしい一護。それに近付く一人の死神―――十中八九ルキアのものだろう。

 

 そしてたった今追加された新たな反応。何も無い筈の場所から突如として現れたのは、死神とも虚とも取れない謎の霊圧。

 恐らくそれは仮面の軍勢の一人―――平子真子。直接対峙していない為に確信は無いが、元隊長に相応しい膨大なその霊力量から判断するに、ほぼ間違い無い。

 

 

「さぁて、と」

 

「…何よいきなり?」

 

 

 ノイトラは両腕を上に持ち上げ、そのまま背筋を伸ばす。

 突拍子も無く柔軟体操(ストレッチ)を始めた彼に、チルッチから疑問の声が上がる。

 ワンダーワイスも首を傾げている。

 

 

「探査神経を発動させてみろ。そうすりゃ判る」

 

「…これ、って―――!!」

 

 

 他の破面達は常日頃から探査神経を多用している訳では無い。只ノイトラが過剰なだけだ。

 発動の際にはそれなりの集中力が必要となる為、基本的に気が短い者達で占められる破面達にとって、必要に駆られでもしない限り、通常の霊圧探知しか用いる事は無い。

 

 指摘されたチルッチは直ぐ様探査神経で周囲を探り始める。

 それから間も無くして、息を吞んだかの様な態度を見せた。

 

 ノイトラは自身の従属官二名に対し、今迄の経験や知識等の情報をある程度伝達している。

 それは前回の任務内容についても同様だ。

 故にチルッチは喜助や夜一の強さや脅威のレベルを十分理解しており、焦燥感を見せると同時に冷や汗を流し始めた。

 

 

「安心しろ、浦原喜助(アイツ)には俺が対応する。オマエはソイツを連れてどっかに避難してろ」

 

「…ウ?」

 

「…りょーかい」

 

 

 此方を気に掛けているかの様な視線を向けて来るチルッチを無視しつつ、ノイトラは身体を動かし続ける。

 全身を隈なく解し終え、次は斬魄刀を軽く数十回程度振ろうかと柄に手を掛けた瞬間、ノイトラは違和感に気が付いた。

 それは先程の探査神経の反応だ。

 数が増えたのは特に問題は無い。気になったのは一つだけだ。

 

 

「おいおい…」

 

 

 ―――黒猫さん何処行った。

 そう、初めは探知した筈の夜一の反応が皆無なのだ。

 浦原商店の住人達の様に隠れていたとも考えられるが、それにしても何故彼女だけがその様な行動をとったのか疑問だ。相棒たる喜助が出撃したにも関わらずだ。

 そこでノイトラはとある一つの可能性―――何かしらの方法で霊圧探知を潜り抜け、喜助に続いて此方に増援として登場するという事も考えた。

 だが即座に有り得ないとして頭を振った。

 夜一は左脚を負傷している。それも結構重度なレベルの、だ。

 織姫の治療を受けていたとすれば既に完治しているだろうが、ノイトラの考察が正しければ、恐らく夜一はそれをしていない筈だ。

 

 元々疑問だった。何故彼女はヤミーとの戦闘で負った手足の負傷を治すのに、自然治癒という手段を選んだのか。

 やや辻褄が合っている様で合っていなそうだが、武術家としての観点から見て、自身の迂闊な行動に対する戒めとして残していたのではないか、とノイトラは考えた。

 

 確かに相手の情報もロクに持っていない状況下で、容易に只の素手による打撃を仕掛けるという行為は失策だ。

 それは夜一にとって、自身の沽券に係わる程に大きかったのだろう。

 例え死ぬ事になろうとも、世界の命運を握る決戦の中でも、頑なに自らの意地を通そうとする者が居るこの世界だ。ならばある程度は納得出来る。

 

 だがその遣り方は決して褒められたものでは無い。

 その者が実力者であればある程、周囲に齎す影響は大きい。つまり意地を通す為とは言え、力を抑えたり身を引いたりすれば必然的に味方陣営の不利となる要素に繋がる。

 仲間達が何時死ぬかも不明な戦場で戦っている中で、その当人が足を引っ張る―――または安全地帯にて一人で引っ込んでいるという状態が出来上がる可能性も有る。

 

 ノイトラは思った。これは並大抵の精神では貫き通せない意志だ。豆腐メンタルの自分には到底不可能だと。

 確かにプライド、意地、誇り等は大切だ。だがそのせいで仲間が苦しみ、最悪は死に至ったり、自分達の陣営が全滅する要素が発生するのなら、そんなものは不必要でしかない。自分ならば速攻で捨てている。

 元々憑依前からそういったものに縁が無かったノイトラだからこそ、そう言えるのかもしれないが。

 

 

「…やっぱさっきの無しだ」

 

「なによいきなり?」

 

「最悪は帰刃しても構わねぇ。それでも対処し切れなけりゃ…兎に角逃げる事だけを考えろ」

 

 

 この身体の本来の持ち主より引き継いだ獣の本能。

 先程からそれが執拗に訴え続ける胸騒ぎから、ノイトラはチルッチにそう忠告した。

 

 

 




何かこう、書きたい内容は決まっているのに、いざ書くとなると上手く表現出来ない部分が段々と多くなってきた気が…。
万人受けする様な作品を目指している訳でも無いんですが、出来る限り書き手の意図が伝わる様にしたいとは思ってます。

別に趣味で書いているだけなので、考え過ぎるのは良くないとは思ってるんですが、元来こういった性分なもので。
所詮は素人……頭痛い…うごご…。

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