三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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ゴールデンウィークなんて無い。
けどそういう職種だからね、仕方ないね。


第二十六話 オカッパと清虫と、三日月の暴露

 暴走に等しい状態だったが、突如として戦場に乱入して来た真子の手によって仮面を割られ、虚化が解けると同時に意識を失った一護。

 前のめりになって倒れ伏す彼を、真子は左腕で優しく受け止めると、安堵の溜息を吐いた。

 空いた右手には、柄尻にリングが付き、一定間隔で複数の穴が開いた刀身を持つ斬魄刀―――“逆撫(さかなで)”。

 相手が認識する上下前後左右、且つ見えている方向と斬られる方向の感覚を逆にするという、鏡花水月と同系列の他人の神経に干渉する能力を持つ。

 だがその複雑さ故に扱いが非常に困難で、効果範囲を的確に把握していなければ混乱してしまう。

 かく言う真子自身も、気怠げでマイペースな普段の態度とは裏腹に、常日頃から態と上下逆様のまま過ごしたりと、逆撫の感覚を忘れない様さり気無く鍛錬に努めている。

 

 何度か一護の身体を揺さ振ると同時に、支えている腕に圧し掛かる重さから、完全に意識が飛んでいる事を確認。

 この調子だと暫くは眠ったままだろう。

 それは運動神経で支配されている錘外筋線維の筋肉の緊張が解けて弛緩状態になった死体と同じ原理。

 意識がある人は自身の身体を支えられたり持ち上げられたりする時、その動作を助け様と無意識の内にバランスを取る習性がある為に軽く感じるのだ。

 

 

「世話の焼けるやっちゃで…」

 

 

 虚化を解いた真子は、自身も膝を着きながら一護をゆっくり地面に仰向けの体勢で横たわらせると、最後に斬魄刀の始解を解除して納刀した。

 実を言えば相当危険な状況だった。

 結果的に上手く意識を奪えたから良いものの、失敗すれば洒落にならない事態に陥っていた可能性が高い。

 最悪、一護と交戦する羽目になりでもすれば、彼の実力的に考えれば互いに無傷では済まなかっただろう。

 

 一護の潜在能力の高さは想像を絶する。

 今は未だ対処可能なレベルだが、グリムジョーとの戦いを見ていれば、そうとは限らない事は明白。

 下手に追い詰めて土壇場で覚醒されても困りものだ。そうなれば流石の真子とて全力を―――卍解を使わざるを得ないだろう。

 しかも何処に藍染の眼があるとも判らないこの現状では、それだけは避けたい。

 既に始解を出してしまっているが、幸いにもこの逆撫の能力の対象は一人。傍から見ただけでは解析も出来無い筈だ。

 

 

「んで、まだ戦る気なんか? 破面」

 

「…あたり…まえだ…!!」

 

 

 視線を一護から別の方向へと移す。

 其処には蹴り飛ばされた斬魄刀を再び右手に持ち、必死に立ち上がろうとしているグリムジョーの姿があった。

 

 御世辞にも戦える状態とは言い難い。

 卍解と虚化が組み合わさった一護が放った月牙天衝を二発、そして更に数回の斬撃を受けたのだ。

 重傷も重傷。血も相当流した。意識も朦朧としているのか、その足元はおぼつかず、もはや気力で立っているに等しい。

 斬魄刀を持つ右手も、握っていると言うよりは引っ掛けていると表現した方が良い。

 だがその鋭い眼光から感じる激しい殺意は健在。例え手足が使えなくなったとしても、残った顎で喉笛を噛み千切りに来そうな勢いである。

 

 呆れたタフネスだ。その生命力の強さは霊力の高さだけが要因では無い様に思える。

 恐らくはグリムジョーも何か信念の様なものを持っているのだろう。その方向性が如何であれ、そういった者は皆総じて意志が強い。

 真子は思わず溜息を吐き、自身の不幸を嘆いた。

 傍観に徹する筈が、何故こんな猛者と相対する羽目になっているのだと。

 

 

「もう止めいや。そないなカッコでワイに勝てるとホンマに思っとんのか?」

 

「なんだと…!!」

 

 

 真子のその発言が引き金となり、グリムジョーの中でタガが外れた。

 ―――どいつもこいつも舐めやがって。

 先程まで交戦していた一護も、彼と同様の仮面を出した男もそうだ。少し優位に立ったからといって、恰も勝者の様に振舞う。

 此方の実力の底が見えたでも思っているのか。

 

 確かに失態は見せた。これについては言い訳のしようが無い。

 だがやはり気に食わなかった。グリムジョー・ジャガージャックという存在が、この程度の実力であると認識されているという事実が。

 ならば今度こそ見せてやろう。

 その認識が誤りであり、自分が一体誰を相手にしているのか。そして真の勝者は誰なのかを。

 グリムジョーは全身から霊圧が放出すると、斬魄刀を引き絞る様にして構えた。

 

 

「!!」

 

「“軋れ―――”!!」

 

 

 ―――まさかこの期に及んで尚解放する気か。

 真子はグリムジョーを見誤っていた事に気付いた。

 掛かってくるなら相手するが、逃げるなら追わない。彼はそんな態度を取った心算であった。 

 真子が想定外だったのは、グリムジョーのプライドの高さが常軌を逸していた事。

 そして破面の持つ帰刃という副次効果が、それまでに負った怪我も修復してしまうという事も、彼は知らなかったのだ。

 

 明らかに劣勢なこの場面。確かにこれが藍染に忠実な普通の破面なら後者を選択していただろう。

 何せこの任務はあくまで陽動。敵の殲滅はついででしか無い。

 余計な事をして被害を増やしでもすれば、それこそ藍染の意志に背く事となるのだから。

 

 

「っ!!」

 

 

 だがそんなグリムジョーの腕を掴んで止める者が居た。

 それは特徴的な髪形と褐色の肌をした男。

 

 

「オマエは―――!!」

 

 

 真子は驚愕すると共に、表情を怒りに染めた。

 忘れる訳が無い。百一年前のあの時、藍染と結託して仲間達を襲撃し、虚化という事象を背負わせた張本人の一人。

 

 

「東…仙…!!」

 

「ここまでだ、グリムジョー」

 

 

 涼しい表情のまま、東仙は掴んでいるグリムジョーの腕を強制的に下げさせた。

 だがグリムジョーがそれに大人しく従う訳が無く、即座に抵抗を試みた。

 

 

「止めろ。今度はその右腕も失いたいか」

 

「っ…てめえ…!!」

 

 

 どの口が、と激昂し掛けたグリムジョーだったが、何とか耐えた。

 誰よりも藍染に忠実な東仙の事だ。此処でこれ以上口答えでもすれば本当にやりかねない。

 両腕を失っては、流石のグリムジョーと言えども大幅な弱体化は免れない。ノイトラに追い付く所か、十刃へ返り咲く事すら困難になってしまう。

 

 屈辱的ではあるが、今は耐えねばならないだろう。

 そう考えたグリムジョーは渋々ながら斬魄刀を鞘に納めた。

 

 

「…えらい久しぶりやなぁ、東仙?」

 

「………」

 

無視(シカト)かいおんどれ…!」

 

 

 気を抜けば即座に斬り掛かりそうになる身体を必死に抑え、真子は顔に笑顔という名の仮面を被りながら声を掛ける。

 だが東仙は反応を示す所か、見向きもしない。

 気が短い拳西の様に、真子は思わず額に血管を浮き上がらせた。

 

 グリムジョーが渋々斬魄刀を納刀したのを確認すると、東仙は天を見上げた。

 直後、青空の一部がガラスの如く砕ける。

 その隙間から極大の光の柱が降り注ぐと、東仙とグリムジョーを包み込んだ。

 

 

「反膜か!!」

 

 

 こうなればもはや外部からの干渉は不可能。

 反膜に包まれた二人は、ゆったりとした速度で上昇を始める。

 真子は鋭い目つきでその様子を見送るだけだった。

 

 

「“精々私を退屈させない事だ、平子真子”」

 

「!!」

 

「藍染様からの言伝だ」

 

 

 無視を決め込んでいた筈の東仙から、突如として言葉が投げ掛けられた。

 真子は口を開きかけたが、軽く舌打ちをする程度で止めた。

 以降は誰も声を発する事は無く、反膜と共に中の二人の姿は消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)”。それは帰刃形態のスタークの持つ固有技であり、文字通り無数の虚閃を絶え間無く放つもの。

 元より霊圧の消費が激しい虚閃だ。それを連発するなど、正しく無尽蔵な霊力を持つ彼以外には運用は不可能だろうと断言出来る。

 

 例えばこの技を、放つものを普通の虚閃では無く黒虚閃に変更すれば如何なるか。

 そうなれば恐らくあのバラガンの老いの力すら容易に押し切れる代物と化すだろう。

 鏡花水月の能力を除けば、藍染にも十分通用する筈だ。

 

 だが史実でのスタークは最期までそういった第1十刃らしい部分も見せぬまま、その生涯を閉じた。

 今迄に何度か交流を重ね、その中で彼の立ち振る舞いや実力等を観察していたノイトラとしては、その事実に疑問しか抱けなかった。

 あの程度の実力であれば、バラガンが今の階級に甘んじている訳が無い。間違い無く下剋上を狙う筈だ。

 黒虚閃の連射も、実際にスタークがやろうと思えば可能なのだろう。そう考えれば、彼は最期まで本気を出していなかったのではと推測出来る。

 

 建前として最強を謳っているノイトラだが、最近では少しだけそれを目指してみようという気持ちも芽生えていた。

 それはスタークの生存にも拘る事柄だからだ。

 ノイトラの考察としては、彼が本気を出さなかったのは、既に己の渇望が満たされた事で全てに満足していたからではないかというのが濃厚だった。

 そして必死さも見せずに呆気無く幕を閉じたのは、倒れ行く仲間達と、部下が死んだというのに一切動じない藍染の姿を見て、此処が自分達の終焉なのだと悟ったからではないかと。

 

 強過ぎるが故に孤独となり、かつてのザエルアポロの様に魂を二つに分けても、実質は何も変わらず、虚圏の砂漠地帯を只管彷徨う日々。

 そんな時に現れた藍染。自分より遥かに強大ながら、孤独になる事無く複数の部下を率いて悠然と佇むその姿に、スタークは希望を見出し、傘下へと下った。

 結果、スタークは何より求めていたもの―――共に居ても消滅する事の無い強い仲間達が手に入り、何時死んでも良いと思える程に満たされたのだろう。

 

 そんなスタークを生存させる為には、何よりノイトラ自身が迅速に行動する事が必須だが、一番必要なのは他でも無い―――スターク自身が何をしてでも生き残りたいと願う事だ。

 ノイトラが少しだけ最強を目指してみようかと思ったのは、その為の楔を打つ為。

 ―――テメェを倒して、そして本当の十刃最強は誰なのかを証明する。だからそれまでは死ぬな。

 その様な感じで、スタークの存在が必要不可欠なのだと宣言して置けば、何か心境に変化が訪れるかと期待して。

 

 基本的に仲間の頼みであれば、殺し合い等の物騒な内容で無い限りは大体聞いてくれるスタークだ。

 その可能性は決して低くは無いだろう。

 

 

「…もう少し弾幕を厚くしても良いか」

 

 

 ノイトラは自らが放つ無数の虚弾、それの僅かな隙間を縫う様にして徐々に近付いて来ている夜一の姿を視界に捉えると、そう呟いた。

 

 その近くでは喜助が紅色の盾を形成した状態で激しく動き回り、回避と防御を両方用いて弾幕を何とか耐えている。

 途中までは回避行動のみを取っていた筈なのだが、恐らくそれだけではキツイと判断したのだろう。

 

 ノイトラの背後では、冬獅郎はその場から動けない乱菊を庇う形で、氷の翼で防御態勢を取ってその場に留まっている。

 だがその氷の翼の削られる速度から見て、そう長くは持たないだろう。

 

 この虚弾・狂葬曲という技だが、それは先程述べた無限装弾虚閃の影響を受けた末に出来上がった代物だ。

 無限装弾虚閃の様に高威力の攻撃を連射するという単純な力技は、燃費の悪さというデメリットを考慮しても、その効果は非常に魅力的だ。

 故にノイトラも何とかそれを真似出来ぬかと試行錯誤したのだが、最終的には虚閃の同時発射という形しか編み出せなかった。

 ―――それでも十分強力なのだが。

 

 ノイトラは妥協しなかった。帰刃形態からして基本的に近接戦闘タイプの彼は、一つでも多くの遠距離攻撃の手段が欲しかったからだ。

 只の虚閃や虚弾では無く、未解放の状態でも使えて、尚且つ対処されにくい技を。

 そう考えたノイトラは十刃落ちメンバーをボコリつつ、新たな技の開発に努めた。

 構え無しの体勢からどの方向へも放てる虚閃や虚弾に始まり、手足から放つ虚弾・多重奏を開発し―――やがて虚弾・狂葬曲まで行き着いた。

 

 現在は射程方向がノイトラの腰の付近から上―――半球の範囲のみを向いているが、本来なら上下前後左右関係無く全方位に向けて虚弾を放つ味方殺しな技だ。

 敵味方の区別無しに、容赦無く打ち滅ぼす。故に、全滅(アニキラシオン)

 藍染がこの技の存在を知れば、間違い無く虚夜宮内での使用を禁じるだろう。

 とは言っても、ノイトラ自身も危険性は十分理解しているので、そうなったとしても特に問題は無いのだが。

 

 

「ぐ…ああああぁぁぁ!!!」

 

「隊長!!!」

 

 

 遂に耐え切れなくなったのか、突如として冬獅郎が叫び声を上げた。

 見れば防御に使用されていた氷の翼は殆ど砕け散っており、先程のチルッチの奇襲に対処した時と同様、翼の内側に潜り込ませていた斬魄刀にて何とか急所等の部分を守っている状態。カバーし切れない肩や脇腹へは容赦無く直撃を受けていた。

 何せ数え切れぬ程の虚弾が隙間無く打ち込まれているのだ。こうなるのは必然と言えた。

 

 冬獅郎はもはや満身創痍。その最後の防御は崩れ掛けている。

 しかも無数の虚弾の衝撃に負けて後方へと押し遣られて行っており、彼に庇われている形の乱菊は霊子の足場を踏み締め、それを止めようと奮闘していた。

 

 彼女とて既に打てる手は打っている。

 それは鬼道の中でも、防御・束縛・伝達等を中心とする縛道。

 円形の盾を形成して攻撃を防御する―――縛道の三十九、“円閘扇(えんこうせん)”も試したが、ものの数秒で破壊されてしまった。

 ―――ならばせめてこの程度は。

 乱菊は己の無力さに歯噛みしつつ、冬獅郎の背中に手を当て、鬼道を用いた霊圧と怪我の回復を行い続ける。

 それが一時凌ぎにしかならないと理解していながら。

 

 

「これが、真の実力ッスか…!!!」

 

 

 引き攣った笑みを浮かべる喜助は、額より大量の汗を流しながら瞬歩で動き回りつつ、無数の虚弾を防いでいる紅色の盾―――血霞の盾(ちがすみのたて)を維持し続ける。

 かつて一護との修行の中で、彼が放った月牙天衝を防ぐ為に咄嗟に形成したものとは全く異なる。

 込められた霊圧も、技の霊子構成も、全てが全力。並大抵の虚閃であれば容易く防げる代物だ。

 そしてその形状も異なり、前方がやや尖らせる事で攻撃の一部を外部に受け流し、盾の受けるダメージを少しでも減らすという工夫が凝らされている。

 

 だがそれでも喜助は一瞬たりとも気が抜けなかった。

 それ程に、ノイトラの攻撃は想像以上に強力だった。ふとした拍子で盾に送り込む霊圧や霊子構成を緩めたりすれば、瞬く間に盾が崩壊してしまう程に。

 幸いと言うべきか、この技は弾幕の部分部分が薄かったりと、些かムラが見て取れる。

 だが喜助には夜一の様に紙一重で躱しながら動き回れる速度も技量も無かった。

 故に弾幕の薄い場所を把握しては其処に移動し、盾で受けるといった形で何とか凌ぎ続けていた。

 

 ―――何とデタラメな。

 喜助は内心で舌打ちした。

 虚弾というこの技。威力は虚閃には及ばないと言っていたが、十分に主力足り得る殺傷能力を持っている上、何よりその速度が凶悪だった。

 つい数分前に相手していた少年の破面については、確りと構えを取った上で使用していた為に攻略出来たのだ。

 発射までに至る挙動、筋肉の動き、その癖等を精密に分析した結果、初動から封殺するまでに至ったのである。

 

 だがノイトラは違う。一切構えもせず、自然体から無拍子に放つのだ。挙動も何も読む所の話では無い。

 それに加えて意図が悪辣。先程までの武人一辺倒な戦法とは打って変わって、手段を選ばなくなっているときた。

 何せノイトラの立ち位置を考慮すると、彼が僅かでも下部へ狙いを定めれば間違い無く空座町に虚弾が着弾してしまうのだ。

 喜助達が先程からノイトラの居る高度より下に移動しようとしないのはその為だ。

 

 更にノイトラの真下に移動してしまうと拙い理由もある。

 それは序盤で敗北した一角に、先程の氷の玉の直撃により意識を失って落下していった弓親だ。

 この二人は現在、下の森林地帯の何処かに居る。そんな状態でノイトラの狙いを下に向けてみろ。特に一角に直撃しようものなら、完全に止めを刺す事になってしまうだろう。

 

 

「あの時気付くべきだったッスね…!!」

 

 

 チルッチ達が飛翔して行った方向を見ながら、喜助は自身の判断ミスを悔いた。

 だが次の瞬間、更に無慈悲な展開が待っていた。

 

 

「…ってウソでしょう!?」

 

 

 何と虚弾の弾幕が更に厚くなったのだ。

 盾より響いて来る衝撃が強まり、思わず足の動きが鈍る。

 だが一ヵ所に留まってしまっては詰むのも時間の問題だ。

 確かに弾幕は厚くなったが、未だムラは残っている。

 長年実戦より離れていた影響で鈍った身体を酷使し、多少無理をして瞬歩を使用。先程までと同様に、弾幕の薄い場所を探っては移動を繰り返す。

 

 ふと視線をノイトラの背後に移すと、其処には冬獅郎と乱菊の姿は無かった。

 それと同時に、二人の方向には弾幕が放たれていない事に気付く。

 直後に下から聞こえて来る、何かが落下した様な音が二つ。

 霊圧探知を行うと、やはりその音の方向には冬獅郎と乱菊の霊圧の名残があった。

 

 喜助は悟った。ノイトラは初めから本気では無かったのだと。

 これこそが彼本来の戦い方。如何なる技も能力も、その圧倒的な力で捻じ伏せるという単純明快なもの。

 武人としての夜一との尋常な立ち合いも、恐らく此方の戦力の分析の為なのだろう。

 そして攻撃を食らったのも、敢えてそうしただけ。

 正しく余裕の表れ。その傲慢な立ち振る舞いは、正しく十刃のトップに相応しい。

 全く以て手が付けられない強さである。

 

 

「使うしかないんスかね…!!」

 

 

 喜助の脳裏に己の持つ卍解の事が過る。

 ―――やはり駄目だ。

 あれは人目に付く様な場所で使える代物では無い。

 だがそれは決して一角や弓親の様な矜持から来る理由では無い。それこそ山本総隊長の斬魄刀と同様に、周囲への被害が大き過ぎるのだ。

 しかも今は何処に藍染の目があるかも判らない状況である。もしも使う時があるとすれば、自身の生命の危機か、その藍染と相対した時か。

 

 恐らくだが、今回は例え敗れても死ぬ事は無いだろうというのが、喜助の推測だ。

 証拠はノイトラの行動にある。

 彼が本気で此方を仕留めに掛かっているのであれば、冬獅郎と乱菊が力尽きた時点で、その方向への虚弾の発射を止めずに追い討ちを仕掛けている筈だ。

 序盤に対峙して圧勝した一角に対しても同様の事が言える。

 

 理由としては二つ。ノイトラが敗者の命を奪うまではしないという信念を持っているのか。はたまた今回の侵攻自体が、現世への援軍として尸魂界より派遣された死神達についての情報収集のみである為か。

 どちらにせよ、それはあくまで推測の域であり、確定的では無い。

 卍解は使えない。だがこのままでは敗北まで一直線だ。

 

 

「夜一サン!! 今から隙を作りますんで、一気に攻め込んで下さい!!!」

 

 

 喜助は覚悟を決めた。

 弾幕が厚くなった事で近寄る事が困難となり、回避に集中していた夜一へ叫ぶ。

 当然、その声はノイトラにも届いた。

 それに対する反応は、喜助へ向かう弾幕の更なる増加という形で現れる。

 

 

「“―――雷鳴の馬車、糸車の間隙、光もて(これ)(むつ)に別つ”」

 

 

 だがそれは予測の範囲内。

 自身の霊圧を別な部分にも回した影響か、罅が入り始める血霞の盾。

 喜助はそれに怯む事無く、言霊の詠唱を開始する。

 しかも一つだけに終わらず、喜助は更に詠唱を重ねて唱える。

 

 二種類の鬼道の詠唱を並行して行う事で連発を可能とする“二重詠唱”という技術があるが、彼のはそれ以上。

 その名も“多重詠唱”。前者ですら超難関な技術にも拘らず、それを超えるものを行使するその凄まじさは推して知るべし。

 やがて盾が限界まで罅割れ、崩壊した瞬間、喜助は溜めに溜めたそれ等を一斉に放った。

 

 

「“六杖光牢(りくじょうこうろう)”、“鎖条鎖縛(さじょうさばく)”、“九曜縛(きようしばり)”ッ……カ…ハッ…!!!」

 

 

 無数の虚弾の直撃をその身に受けながら、喜助は見事成し遂げた。

 多重詠唱の行使には多大な集中力が求められる為、それ以外に何か行動する余裕は無かったのだろう。

 

 

「ッ!!?」

 

 

 ノイトラの胴に六つの帯状の光が突き刺さり、太い鎖が身体中へ幾重にも巻き付き、彼の周囲縦方向に八つ、胸に一つの黒い鬼道の玉が浮かぶ。

 その縛道による拘束が、ノイトラの全身を覆っている霊圧の膜の流れの大部分を断った為か、虚弾・狂葬曲は途端に鳴りを潜め、前のめりになって落下して行く。

 

 

「…後は任せました…よ…」

 

 

 ノイトラの拘束が成功したのを確認した喜助は、遣り切った表情を浮かべながら意識を失った―――かと思われた。

 ワンダーワイスとの戦闘時と同様に、喜助のその身体が大きく膨張して破裂。

 その破片が跡形も無く消え失せた直後、本物が落下途中のノイトラの真正面に現れたのだ。

 

 

「―――なーんてね」

 

 

 それを目の当たりにしたノイトラは息を呑んだ。

 ―――何のトリックだこれは。

 先程の夜一など目では無い程の携帯用義骸の活用振りだ。

 何時の間に入れ替わったのか、全く以て解析不能。

 

 流石は喜助と言うべきか。

 あの状況下に於いて、多重詠唱と同時進行で携帯用義骸との入れ替わりを行ったその技量。

 つくづくとんでもない男である。

 

 

「おおオオオオオッ!!!」

 

 

 喜助の策の成功に続く様にして、夜一は動いた。

 女性とは思えぬ程の雄々しい咆哮を上げながら、ノイトラの後頭部目掛け、烈火の如き勢いで真上から左踵を振り下ろす。

 ノイトラの繰り出した斬魄刀の本気の一振りすら弾いた、瞬閧状態での特製手甲による一撃。

 如何に自身の鎖を外したノイトラと言えど、今の状態でそれの直撃を食らえば只では済まないだろう。

 

 喜助も斬魄刀の刀身に紅色の霊圧を纏わせながら、大きく横に振り被っており、今にも薙ぎ払わんとしている。

 前回の任務時に、剃刀紅姫をいとも容易く無力化された事を理解しているのだろう。

 その霊圧の密度は尋常では無い。

 

 

「………」

 

 

 だがノイトラの顔には焦燥の欠片も無かった。複数の縛道で雁字搦めにされ、完全に抵抗不可能な状態にも拘らずだ。

 寧ろ何時もより落ち着き払っている。

 それに喜助は引っ掛かりを覚えたが、気に留める事無く斬魄刀を薙ぎ払った。

 

 

「…逃げた方が良いぜ」

 

「―――ッ!! 夜一サン!!!」

 

 

 それに反応出来たのは奇跡と言って良い。

 夜一の踵の直撃寸前にノイトラが零した言葉。

 それを耳にした喜助は声を上げると、瞬時にその場から離脱。

 夜一も無理矢理身体を動かして攻撃をキャンセルすると、真横に跳んだ。

 

 次の瞬間、空を割って現れた光の柱が真下へ降り注ぐと、ノイトラを覆った。

 

 

「チッ…!!」

 

「反膜…まさか―――ッ!!」

 

「時間切れっつー事だ。惜しかったな」

 

 

 反膜の効果により、全身を拘束している縛道が解かれて行く中、ノイトラは口元を吊り上げながらそう言った。

 此方の努力を嘲笑う様なその姿に、夜一は苛立ちを覚えたらしく、大きく舌打ちをした。

 彼女の横に立つ喜助は何かに気付いた様で、弾かれる様にして背後を振り返っている。

 どうやらこの戦いの目的が陽動であり、本命は織姫の身柄の確保にあると今更ながらに悟ったのだろう。

 

 一見余裕そうに見えるノイトラだが、実はその本音は全く別物だったりする。

 浮かべている笑みは只のフェイク。その証拠に、彼の心臓は凄まじい勢いで躍動していた。

 ―――正直、危なかった。

 ノイトラはギリギリのタイミングで反膜での回収が間に合った事に安堵した。

 中級以上の縛道は相手の動きだけでなく、霊圧操作までもを縛る効果を持つ。

 かつて虚化して暴走状態にあった拳西が、鉢玄の放った鎖条鎖縛に拘束された際、空中の霊子の足場に立っていたにも拘らず地面に落下したのが良い例だ。

 御蔭でノイトラは虚弾の射出元である全身に張った霊圧の膜が解除された上、身動き一つ取れなくなった。

 所謂絶体絶命の危機だった訳である。無拍子で帰刃するという最後の手段もあったのだが、それよりも早く反膜が展開されたのを確認した為、大人しくしていたのである。

 

 そして虚弾・狂葬曲のデメリットは、展開中は響転での移動が出来無いという事だ。ステップ等の多少の動きは可能だが、緊急退避には足りない。

 だが初めはそれでも問題は無いと思っていた。

 ―――圧倒的物量の前では如何なる小細工も通用しない。

 策には策で対抗すると言える程頭の出来が良くないノイトラはそう考え、兎に角数を増やす事を重視してこの技の開発を進めた。

 そしてやがて到達した。此方を攻める暇など与えない、弾幕の豪雨まで。

 相手が藍染でも無い限りはそう易々と破られる代物では無い。

 流石に完璧とまでは言えないが、そう考えられる程に十分な出来だった。

 

 だが想定外だったのは喜助の行動だ。

 まさかあの彼がフェイクとは言え、捨て身の覚悟で縛道を放つとは誰が想像するか。

 世界の運命を左右する藍染との決戦でも無い、この戦いの中でだ。

 喜助の事を知る者であれば間違い無く動揺する。

 その結果がこれだ。もしも反膜の展開が遅れていれば、攻撃の直撃と同時に帰刃せざるを得なかっただろう。

 そうなれば今迄必死に耐えてきた意味が無くなっていた。

 ノイトラは内心で反膜の手配をした者と、任務を終えたであろうウルキオラに感謝した。

 

 

「―――四楓院夜一じゃ!!」

 

「…何だいきなり」

 

 

 突如として投げ掛けられた声に、ノイトラは思わず首を傾げた。

 ゆっくりと上昇して行く、完全に自由の身となった彼目掛け、夜一が名乗りを上げたのである。

 そんな彼女の眼からは凄まじいまでの敵意と殺意が感じ取れた。

 

 

「随分と久し振りじゃて、ここまで腹が立ったのはのう…!」

 

 

 どうやら先程の笑みが予想以上に癪に触ったらしい。

 それ以外にも、この戦いが不本意な形で終わったのもあるのだろう。

 何せ秘密兵器でもある未完成の特製手甲まで持ち出し、剰え切り札である瞬閧まで出したのだ。

 本気で仕留める気だったにも拘らず、それが叶わなかったのだ。

 もし自分が同じ立場だったならば―――そう考えたノイトラは納得した。これは居た堪れない。

 

 

「おぬしも名乗るがよい破面―――いや、十刃!! 次こそは必ず決着を付けてくれる!!」

 

 

 その台詞に、思わずノイトラは胸が熱くなった。

 完全に敵視された事による面倒臭さもあったが、この世界でも屈指の猛者であるあの四楓院夜一に此処まで言わせたのだ。

 ある意味今迄の努力が―――そして自分が一介の戦士であるのだと、認められた様な気がした。

 

 極力自分の情報を相手に与えるべきでは無いと言って置いて何だが、此処で名乗り返さなければ漢では無いだろう。

 良く良く考えれば、ノイトラが十刃の中堅だと判明したとしても余り影響らしい影響は無い。精々尸魂界陣営の警戒心が上がる程度だ。

 空座町決戦までそう遠く無い今、例え死神達が修行内容を濃くしたとしても、この短期間では付け焼刃にしかならない。

 逆に藍染側の陣営も、この任務内でのノイトラの立ち回りが、少なくとも発破を掛ける切っ掛けにもなるかもしれない。

 特に上位十刃。第5十刃がこれだけ奮闘したのだから、自分達ならもっと出来る筈、寧ろしなければ立場が無いとして。

 

 つまりは総じてプラスマイナスゼロとなる訳だ。

 そう結論付けたノイトラは、徐にその長い舌を限界まで覗かせた。

 

 

「ッ…なん……じゃと……!!」

 

「いやー、笑えない冗談ッスねぇ…!!」

 

 

 その舌に刻まれた5の数字を見た夜一と喜助は驚愕を隠せなかった。

 それはそうだろう。二人はてっきりノイトラが十刃でもトップかそれの近くに位置する破面であると想定していたのだから。

 

 

「第5十刃、ノイトラ・ジルガだ」

 

 

 二人を見下ろしながら、ノイトラは堂々と名乗りを上げた。

 

 

「以後御見知り置きを…ってか?」

 

 

 不敵な笑みを浮かべた彼は、空の裂け目に消えて行った。

 

 

 




逆転からの逆転。んでもって更に逆転からのry
これ、BLEACHのテンプレなり。

んでもって今度こそ俺tueee(笑)終了。
これからはほのぼのターンだ!!
…時期的に考えて、そんなに長くは続かないんですがね。





捏造設定及び超展開纏め
①オカッパさん、実は努力家説。
・逆撫の能力的に考えて、文字を逆さに書いたり、空中でも逆さで過ごしたりしてるのは何でかな~、と吉〇家の牛丼食べながら考えた結果ピンときた推測。
・嵌れば強いけど、使いこなすには相当な訓練が必要かと。
・逆さにする部分を好きに切り替え出来る様になれば相当えげつない代物になると思う。けど脳味噌ショートしそう。
・玄人タイプな能力が好きな人には堪らんでぇ…。私だったら格ゲーのキャラでこんなの居たら絶対使う。
②藍染様が見てる。
・何時も通り。
③孤狼さんの可能性は無限装弾。
・あのカリスマMAXな大帝さんの上に居るんだから、それぐらい出来んとおかしいんじゃね?と思って捏造。
・黒虚閃連発なら、流石に老いの力も追い付かないかと。
④孤狼さんが想像以上にあっさり死んだ理由。
・今回のはあくまで主人公の考察であり、真実が明らかになるのは未だ先ですので注意。
・一応これ等も理由の一つかと推測はしてます。
・ぶっちゃけその真実とやらは殆ど捏造してません。
⑤店長の卍解はとっても危険。
・窮地に陥っても使わない辺り、多分山じいと同じなのかと推測。それか師匠が考えてないだけかも。
・あと肌の乾燥気にする徹っちゃんが可愛いと思うのは私だけ?
⑥縛道の効果。
・本文の通り。
・霊力が大きければ跳ね除けられる。
⑦店長強過ぎね?
・だって最近マユリ様が万能過ぎるから、それより目立たせたかったんだもん。
・鬼道の中に更に別のものを仕込む事が出来るなら、複数の鬼道を同時発動程度なら可能かと。
⑧主人公強いんだか弱いんだか判らない。
・大技の後に隙だらけになってフルボッコされるのは良くある事。DMC3の鬼ぃちゃん的な。
・詰めが甘いのは良くある事。だって凡人だもん。
・重ねて言うけど、彼はまだ変身を残しておるんじゃよ?



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