三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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仕事が多過ぎて涙が出るぜぇ!!


第三十話 三日月と黒幕と姫と蔦嬢と…

 あわや遅刻寸前のタイミングで玉座の間への滑り込みに成功したノイトラとチルッチは、安堵の溜息を吐いた。

 急を要する事態に陥った訳でも無し、明らかな私用で遅刻などしようものなら、組織の一員として目も当てられない。

 

 

「フゥ…危ねぇ危ねぇ」

 

 

 今から藍染と対面する為、気が張り詰めていても何らおかしくは無いのだが、その精神状態は意外と良好だ。

 恐らくそれは先程の仲間達との遣り取りの御蔭だろう。そして一番はスターク弄りにあるのは間違い無い。

 

 内心で感謝しつつ、ノイトラは室内を見渡した。

 チルッチ、ワンダーワイス、ルピ、グリムジョー。任務に参加した破面達全員が集結しているが、皆は先程から一言も発していない。

 沈黙に耐え切れずに何かしら喋り始めていそうなルピも、落ち着かない様子で身体を左右に揺らし続けているだけだ。

 

 気付けば既に集合時間は過ぎている。だが藍染は未だ現れていない。

 此処にバラガンが居れば、以前の様に臆する事無く文句の一つや二つ零していた事だろう。

 

 

「…チッ」

 

 

 静寂の中に響き渡る舌打ち。その方向を見遣れば、其処には史実よりも重傷を負い、全身包帯塗れとなったグリムジョーが居た。

 その首は真横の壁を向いており、ノイトラの方向からはその後頭部しか見えず、顔は確認出来無い。

 全身からは殺意に似た、何処か近寄り難い空気を発している。

 

 時間を守らない藍染に対して怒りを覚えている―――という訳では無いだろう。

 確かにグリムジョーは自分より階級が上の十刃に対しても一切態度を変えずに接するし、気に食わない事があれば即座に反応を示す。

 だが藍染は別だ。舌打ち程度であれば普通にするが、それ以上はしない。

 第0十刃という真の階級を持つあのヤミーですら、藍染の前では畏まった態度を取るのだ。

 当然、グリムジョーもその辺りは弁えている。

 

 つまり此処まであからさまな態度を取るという事は、その怒りの発端は別にある。

 良く見るとその下げられた右腕の先には、あらん限りの力で握り締められた拳が。

 ノイトラは得心が行った。

 ―――成る程、一護の事か。

 実際に戦闘風景を見た訳では無い為に詳細は不明だが、グリムジョーの態度から大凡は予測出来る。

 

 恐らく一護は虚化を完全習得、またはそれに近い領域まで至ったのだろう。

 普通に考えて、現在の彼の実力は卍解状態でも未解放のグリムジョーに劣る。

 その中であれ程の傷を負わせられる可能性があるとすれば、虚化以外には無い。

 そしてそれは僅か十一秒という制限時間の中では絶対に成し遂げられないだろう。

 

 結果、グリムジョーはギリギリまで追い詰められ、そのまま時間切れとなって撤退。現状に至る訳だ。

 ―――彼もまた、イレギュラーによる被害を被った一人という訳か。

 原因の一環―――というか発生地点であるノイトラは、申し訳無い様なそうで無い様な、微妙な気持ちになった。

 

 ここまでこっ酷くやられた上、解放も出来ず、反撃する機会すら得られなかったグリムジョー。

 不完全燃焼とか、そういった領域を超えている。

 その内に秘めた怒りは想像を絶する程に膨れ上がっている事だろう。

 

 

「…ん?」

 

 

 ノイトラはグリムジョーとは逆の方向から此方に近寄ってくる気配を感じる。

 この距離なら探査神経を発動するまでも無く、その正体が判った。

 

 

「ねえねえ、ノイトラ」

 

「何だ」

 

 

 小声で話し掛けられたノイトラは、その方向を振り向く。

 其処には自身の口元に手を当て、秘密の話をしようと態度でアピールをしているルピが居た。

 その目は未だに充血している。

 それはそうだ。何せ消毒液の原液がモロに直撃したのだ。

 人間だったら失明する可能性も高かった事も踏まえれば、寧ろこの程度で済んで良かったというべきだろう。

 

 

「ホントはもっと前に聞きたかったんだけどさ……この任務って、いったいなにが目的だったワケ?」

 

 

 ルピは声量を絞ったまま問い掛ける。この会話が周囲に聞こえない様に気を配っているのか、先程から視線が左右に激しく動き回っている。

 彼とて馬鹿では無い。この召集がそれについての説明だとは理解している筈だ。

 だが予定していた時間が過ぎても一向に始まらない会合に、遂に我慢の限界を超えたのだろう。

 

 この任務での役割が、陽動であるとしか知らないルピからしてみれば当然の疑問。

 ノイトラは一瞬迷ったが、正直に答える事にした。

 事前に詳細を、そしてついでに織姫の重要性もある程度説明すれば、彼女に対して騒ぎ立てる可能性も低くなるだろう。

 そうすればルピが醜態を晒す事も無くなるだろうし、展開もスムーズに進むと考えて。

 

 

「…俺達とは別に、ウルキオラが単独で動いてただろ」

 

「うん」

 

「それは死神達が俺達に釘付けになっている隙に、とある人物の身柄を確保する為でな…」

 

「とある人物?」

 

 

 別にこの後死ぬ事が確定しているルピに対し、そんな手回しをする必要性など皆無であり無意味な筈だ。

 だがノイトラはその事を全く自覚していなかった。

 ―――真の御人好しというものは、理屈では無く自然とそう行動してしまうものなのである。

 

 

「人間の女だ」

 

「はぁ!? それってどーいう―――ッ!!」

 

 

 大声を上げ掛けたルピの口を、ノイトラは咄嗟に自身の右手で塞いだ。

 ―――静かにしろ。

 同時にそう視線で脅すのも忘れずに。

 

 

「種族は関係無ぇ。だからまず落ち着け」

 

「んむ…」

 

「そもそもこの任務は藍染サマが考えたもんだぞ。あの人が無駄な事すると思うか?」

 

 

 ノイトラは窘める様な口調でそう語る。

 次第にルピの興奮が収まったのを確認すると、その手をゆっくりと放した。

 

 

「後で説明される筈だ。だから冷静になれ」

 

「ぷはっ…わ、わかったよ」

 

 

 渋々といった感じで、ルピは引き下がった。

 この時、彼がやけに素直に従った理由は言うまでもない。

 ―――やはりこの、力で強制的に押さえ付けられる感じが一番良い。

 他ならなぬルピのこの内心が、それを証明していた。

 

 

「アウー」

 

「…何だよ」

 

 

 ノイトラは不意に服の裾を引っ張られるのを感じた。

 今度は何だ、と振り向けば、其処にはワンダーワイスが此方を見上げていた。

 

 頭部に巻かれた包帯や、顔中に張られた絆創膏が痛々しい。

 だがそれは外見だけの話であり、本人は至って元気そうだ。

 セフィーロの話によると、多分明日には全て完治していてもおかしくないとの事なので、実際そうなのだろう。

 

 

「マー…」

 

「…だから何だっての」

 

 

 ワンダーワイスは相変わらず言葉にならない声を発し続けるのみ。

 顔は無表情だが、その瞳は何か物欲しそうに訴えている様に見えた。

 ―――成る程、飴か。

 ノイトラは納得した。

 やはり中身が色々と幼い分、甘味系が好みだったのかもしれない。

 

 だが残念ながら、今は持ち合わせていない。

 というか、ノイトラは基本的に重要な会議等に参加する場合、所持品は最低限に収める様心掛けている。

 憑依前の職場の癖が抜けていない為か、必須となるメモ帳とペンを用意しようとする事も良くある。

 斬魄刀は体内に収納しているので、所持しているとも言えなくも無いが。

 

 

「…後で幾らでも食わせてやる。だから今は大人しくしてろ」

 

「ウー…」

 

 

 直後、瞳の輝きがやや失われるワンダーワイス。

 如何やら落ち込んでいるらしい。

 

 罪悪感が湧いたノイトラは内心で密かに謝った。

 後で御詫びとして飴の他にも色々と振舞ってやろうかと、そう考えながら。

 

 だが其処でふと気付く。

 何故自分はワンダーワイスと仲良くなる様な真似しようとしているのかと。

 任務内で決めたではないか。彼の事までは手に負えない、故に救わないと。

 にも拘らず、これ以上仲を深めようとするなど、自分は馬鹿か。

 ノイトラは無意識の内に行動してしまう御人好しな性分に嫌になる。

 平和な日常を生きる分には良いのだろうが、今の状況に於いては邪魔以外の何物でも無い。

 

 憑依前からそうだった。

 自分に好意を向けて来る相手には尽く態度が甘くなる。向こうから話し掛けられれば、忙しかろうとも構わず相手をし、親交を深める事を優先。

 相手が自業自得ともいえる失敗をして落ち込んでいる時も、自分で解決しろと切り捨てる様な事はしない。必ず相談に乗り、状況の打開方法を一緒に考えてやる。

 これだけ見ると、詐欺を生業とする者にとっては絶好のカモでしかないだろう。

 だがそれは第二の父親的存在でもあった恩師の影響力の御蔭で、そのような輩が近付いて来る事は一切無かった。

 ―――昔は結構やんちゃだったとは聞いているが、本当に恩師の正体が何者だったのかは不明のままだ。

 

 更に困った部分もある。

 勘当された身ではあったが、家族。そして数少ない友人等の身内を害される等、余程酷い事をされない限り、時間の経過と共にその下手人を許してしまう。許せてしまう。

 下手人が反省を示していれば尚顕著だ。寧ろ自分から率先して贖罪活動に協力してしまう程に。

 罪を追及し、責める事は簡単だ。でもそれでは相手も自分も前に進めない。

 ならば出来る限り建設的な方を選ぶべきだろうと、そう考えて。

 

 ―――もう、これっきりだ。

 ノイトラはそう自分に言い聞かせる。

 ワンダーワイスに御菓子等を振舞って、それで今後一切の交流を切る。それで全て解決だと。

 

 史実でドルドーニが一護に放った台詞を思い出す。

 ―――甘さを捨て、鬼になれ。

 正にその通りだ。そうでもしなければ、この先限られた仲間達を生かす事も、自分自身が生き残る事も出来無い。

 

 

「アウー?」

 

「…何でも無ぇよ。そろそろ前向いとけ。」

 

 

 その雰囲気の変化に気付いたのか、ワンダーワイスは下からノイトラの顔を覗き込む。

 視線から逃れる様に、ノイトラは顔を逸らしながら、静かに窘めた。

 

 直後、玉座の間全体に膨大な霊圧が圧し掛かった。

 それは間違い無く藍染とその副官二人のもの。

 そしてそれに少し遅れる様にして、ウルキオラの霊圧も現れる。

 ―――傍らに小さな別の霊圧を引き連れて。

 

 

「皆集まっていた様だね。では始めよう」

 

 

 高台の後方から現れた藍染はそのまま玉座に腰掛けると、言った。

 

 

「入りたまえ、ウルキオラ」

 

 

 ノイトラ達の背後にある扉が開き始める。

 在室する者達全ての視線が、其処に集中する。

 

 

「失礼致します」

 

 

 その先には二つの人影。

 袴の側面に両手を突っ込んだ、もはや御決まりな自然体のウルキオラ。

 そして―――高校の制服を来た少女、井上織姫。

 

 二人は元から開けられていたノイトラ達の中間のスペースまで移動し、其処で止まった。

 

 

「ようこそ、我らの城、虚夜宮へ」

 

 

 藍染は手摺に肘を着きながら、何時も通りの笑みを浮かべながら言う。

 頬に一筋の冷や汗を流し、非常に緊張した面持ちで、織姫は藍染を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織姫はこの場に於ける自分の脆弱さを実感していた。

 背中は既に汗だく。握り締められた両手も、先程からずっと震えている。

 入室した直後から感じていたが、この場に居る全員が凄まじい霊圧を放っている。

 隣に立つウルキオラは言わずもがな。そして以前現世に侵攻した際、ルキアの右腕を捥ぎ取り、一護が良い様にあしらわれたと零したグリムジョーを筆頭に、織姫は恐怖心を抱いていた。

 

 そんな中でも一際存在感を放っているのは―――ノイトラだった。

 織姫は断界の中で接触してきたウルキオラが見せてきた映像を思い出す。

 仲間達が苦戦し、傷つけられてゆく複数の映像の中で、唯一顔が映っていた破面であったからだ。

 

 ノイトラは対峙していた一角を、得物も用いずに素手で瞬殺した。

 ルキア救出の為に尸魂界へ侵入した際に一護が交戦し、苦戦した相手。そんな一角を事も無げに叩き潰すその姿に、織姫は驚愕した。

 後で知ったことだが、ノイトラは夜一の攻撃を容易く防いだだけでなく、逆にその脚を負傷させ、驚異的な頭脳を持つ喜助でも警戒する程に底知れない実力を持っているらしい。

 

 残る他の数人の破面達も、相当な実力を持っているのは間違い無い。

 自分など小虫の様に潰せる事だろう。そう考えた織姫は背筋に悪寒が走った。

 そんな存在に囲まれているのだ。何も感じない方がおかしい。

 

 

「―――そして君達が敵の注意を逸らしている間、ウルキオラに身柄を確保してもらったのが彼女という訳だ。理解出来たかな?」

 

 

 藍染は織姫に歓迎の声を掛けた後、ウルキオラを除いた五人の破面に対し、今回の任務の本来の目的について説明を始めていた。

 やがて説明を終えると、最後に確認する様にして問い掛けると、周囲を見渡した。

 

 ノイトラは言わずもがな。初めから承知の上で任務に参加していたのだから、意見も何もある訳が無い。

 多少暈した内容でだが、チルッチも彼から事前に説明を受けていた為、その表情には特に変化は無い。

 内心では多少気に食わないと思う部分はあったが、堪えた。

 他ならぬノイトラが何も言わないのだ。にも拘らず自分が意見するのは有り得ないとして。

 

 グリムジョーは一切興味無しといった感じで、ソッポを向いている。

 まあ当然だろう。彼の目的は一護と決着を付ける事のみに占められている。それを邪魔さえされなければ、特に不満は無いのだろう。

 

 ワンダーワイスについては―――説明不要。

 取り敢えず話の内容など一割も理解出来ていないのは確実。

 何せ先程からずっと上の空で、天井を眺め続けているのだから。

 

 最後にルピだが、説明を聞き終えた後に浮かべたその表情は険しい。

 事前にノイトラから内容を聞いていたにも拘らずだ。

 ―――たかが人間一人を攫う為、自分が囮として使われた。

 冗談だと思いたかったその事実は今、藍染本人の言葉によって確定した。

 つまりそれは破面の中でも十刃という上位に位置する階級の自分よりも、下等種族の筈の人間が優先されたという事に他ならない。

 ルピは酷くプライドが傷付けられたと同時に、激しい怒りを感じていた。

 

 

「“井上織姫”…といったね?」

 

 

 特に意見も何も出なかった事から、五人の破面は納得したと判断したのか、藍染は話の矛先を織姫へと変えた。

 自らが腰掛けている玉座の右側の肘掛に体重を預けた楽な体勢を取ると、そう問い掛けた。

 

 

「っ…はい」

 

 

 臨戦態勢でも無い、自然体であるその藍染の姿にも、織姫本人は底知れぬ恐怖を感じていた。

 ―――正に別格。

 周囲の破面達など話にならない、まるで別次元の存在が其処に居る様な、そんな錯覚を覚える程に。

 

 

「早速で悪いが、織姫。君の力を見せてくれ」

 

 

 次の瞬間、藍染の視線が合わされる。

 刹那―――織姫は全身から力が抜ける様な感覚を覚えた。

 抵抗する術から意志までの全てが外部へ吸い出され、自己意識の無い廃人と化すのではと錯覚する程に。

 

 

「…は……い…」

 

 

 ―――逆らえない。

 そう思ったのも束の間、気付けば無意識の内に返答していた。

 本人の意志とは無関係に動く自身の身体に、織姫は困惑を隠せない。

 

 恐怖故に従った訳ではない。

 これはカリスマだ。

 まるで彼に従う事が当たり前だという、理屈では絶対に理解不能な感覚。

 正しくそれは神の御前に立って居る様な。

 

 

「…どうやら納得出来無い者もいる様だね」

 

 

 藍染は不意にそう零した。

 その視線の先には、変わらず不機嫌な表情を浮かべ続けるルピが居た。

 

 

「そうだろう? ルピ」

 

「………」

 

 

 だが当人は何も答えない。

 良く見ればその口は閉じられてはいるが、モゴモゴと頻りに蠢いている。

 何かしら喋りたいのだが、何等かの理由でそれを必死に抑えているといった感じだ。

 

 ルピは横に居るノイトラを見遣った。

 ノイトラは依然として静かにその場に佇んでいるだけで、その表情も平静を保ち続けている。

 この人間の女を攫う為だけに、尸魂界陣営の実力者達と相当な激戦を繰り広げる羽目となったにも拘らずだ。

 

 それはチルッチも同様だ。

 彼女も事前に任務の目的を知らされていたか如何かは不明だが、特に文句も無さそうだ。

 厳密に言えば内心では不服に思う部分は少なからずあるだろう。

 だが主であるノイトラが何も言わないのだ。

 彼の判断を信用しているのだろう。そして一介の従属官に過ぎない自分が物申す資格など無いと弁えて。

 

 ルピは、段々と昂り掛けた感情が収まってくるのを感じた。

 これでは怒りを覚えている自分が何だが馬鹿らしいではないかと。

 

 

「…いえ、特にはなにも」

 

「ふむ、そうかい? なら良いのだが…」

 

 

 その返答に、藍染はさも意外だと言いたげな表情を浮かべる。

 確かにルピの性格上、この場面で文句を漏らしていても何ら不思議では無い。

 すると藍染はふと視線をノイトラに向けた。

 

 

「…何か?」

 

 

 それに対し、ノイトラは一切態度を崩さずに問い掛ける。

 何かまた余計な事を言われるのではと、内心では結構ビクついていたが。

 

 

「いや…何でもないよ。では織姫、君には取り敢えず―――」

 

 

 意味深に笑みを深めた藍染は、ノイトラの次にグリムジョー―――その失われた左腕に視線を移した。

 

 

「そうだね…グリムジョーの左腕を治してもらおうか」

 

「なっ!?」

 

 

 思わずルピは声を漏らしていた。

 唐突に話題に上がったグリムジョーも、藍染のその言葉に瞠目している。

 

 二人のその反応も致し方無いだろう。

 通常、腕や脚といった肉体の完全な欠損は修復不可能だ。

 大虚やウルキオラの様な超速再生を保持しているならば容易なのだが、持たぬ者にとっては関係無い。

 ほんの一部分の欠損だけなら、治療室でも大抵は何とかなる。

 だが丸々復元しなければならないとなると、それこそ神でも無い限りは如何しようも無いのが現実だった。

 

 ―――喜助や技術開発局ならば、その内何とかしてしまいそうではあるが。

 ノイトラは何でもありな反則的な技術力を持つ彼等の事を思い返した。

 

 グリムジョーの左腕は東仙の手によって消炭にされ、完全に消失した。

 藍染はそれを治療しろと言った。しかもこんな、僅かな霊力を持つだけの人間の女に。

 ―――正気なのか。

 それがルピの素直な感想だった。

 だがそんな極めて失礼に当たる内容を藍染に言える筈が無い。

 

 落ち着きの無い様子で、ルピは視線を左右に泳がせる。

 やがてそれは再びノイトラの居る方向を向いた途端、停止した。

 

 まるで助けを求める様なそれに気付いたのだろう。ノイトラはゆっくり振り向くと、ルピに視線を合わせる。

 ―――黙って見てろ。

 ノイトラとそれ程親交が深い訳でも無いルピでも判った。

 あの目はそう訴えていると。

 

 

「…は、はい」

 

 

 織姫は藍染の言葉に従い、恐る恐るその場を移動し始める。

 その向かう先に立つグリムジョーは、疑念を含んだ目を彼女に向けるのみで、特に身構える様な仕草は一切見られない。

 所詮は人間。警戒するに値しないとでも思っているのか。

 はたまた本当に左腕が治るのかと、仄かに興味を抱いているのか。

 

 

「“―――双天帰盾”」

 

 

 織姫はグリムジョーの直ぐ傍まで辿り着くと、直ぐ様その左腕があった筈の場所へ両手を翳す。

 呼び出された妖精は、舜桜(しゅんおう)、あやめ。

 二人は互いの間に対象を囲う楕円形の盾を形成。グリムジョーの左肩の周辺一体を覆った。

 

 

「“私は…拒絶する”」

 

 

 相変わらず緊張した面持ちで、織姫は術を行使する。

 周囲はその様子を静かに観察していた。

 

 双天帰盾による治療。攻撃も防御も苦手な織姫だが、こればかりは確固たる自信があった。

 それは今迄の実績と、ルキアの励ましによる効果が大きい。

 術の行使時に於ける精神状態によっては、回復速度にズレが生じる事はある。

 だがどちらにせよ失敗は無い。それは確実だった。

 

 

「ん…な…」

 

 

 骨格、腱、筋肉、皮膚と、瞬く間に復元されてゆくグリムジョーの左腕。

 治るのでは無く、まるで初めから其処に存在していたものが根元から可視化していく様な、そんなイメージであった。

 

 ルピは暫し唖然としていたが、やがて正気に戻ると、気付く。

 これは如何考えても普通の治癒術等のレベルでは無いと。

 史実よりも大分精神が落ち着いていた御蔭か、物事を見極める能力が残っていたらしい。

 

 ルピは思考を巡らせ、織姫の能力に大凡の当たりを付ける。

 恐らくこれは空間か時間は不明だが、回帰に類いする高等術だろうと。

 本来ならそれ等は人間如きが扱える様なレベルでは無い。だがそれ以外に考えられないのも事実。

 これならノイトラが文句も何も言わないのも、藍染が欲するのも納得だった。

 

 やがて織姫は術を解除し、呼び出した妖精二人を六花へと帰属させる。

 グリムジョーの左腕は完全に元通りとなっていた。

 

 

「―――!!」

 

「これが、私が彼女を欲した理由だ」

 

 

 グリムジョーは自身の左腕を眼前まで持ち上げ、正に信じられないものを見る様な目で凝視する。

 同時に手を何度も握って開いてを繰り返し、この左腕が本物なのか否かを確認している。

 

 

「さて、この力が一体何なのか、理解出来た者は居るかな?」

 

 

 藍染は試すような口調でそう問うと、周囲を見渡した。

 だが破面達は特定の三名を除き、皆織姫の力に驚愕するばかりで、思考もままならない状態だった。

 

 

「ウルキオラは空間回帰や時間回帰に属するものだと推測したね」

 

「はい」

 

「その意見は今も変わらずかい?」

 

「…恐らくはそうかと」

 

 

 藍染はその特定の内の一人であるウルキオラに問い掛けた。

 実物を見て何処か引っ掛かりでも覚えたのか、一瞬間を置いたウルキオラだったが、結局は肯定を返した。

 

 藍染はそれに対して満足気な笑みを浮かべると、今度は別の方向へと視線を向ける。

 それはウルキオラと同じく、織姫の能力を目の当りにしても平静を保っていたノイトラだ。

 ちなみに残る一人はワンダーワイスだが―――何故取り乱さなかったのかは大凡想像が付くだろう。

 

 

「君はどう思う? ノイトラ」

 

「ッ…」

 

「大まかな予測で構わない。意見を聞かせてくれ」

 

 

 想定外なその質問に、案の定ノイトラは内心で盛大に焦り始めた。

 ―――そのまま流れで普通に説明すれば良いものを。

 何故この場面で此方に振るのか理解出来無い。勘弁してほしい。

 そう思いつつ、ノイトラは脳をフル回転させ、この場に於いて最も無難とも言える返答を導き出さんとする。

 

 その結果は―――自らもウルキオラと同じ意見であると便乗する事だ。

 此処で罷り間違って、織姫の能力は事象の拒絶だと正直に答えてしまえば、より藍染の注目を浴びる羽目になるのは確実。

 というか、もし本気でそう言ったりする奴が居れば、そいつは只の馬鹿だ。

 藍染にしか解らなかったものを、ピンポイントで当てる。それが如何なる意味を持つのか。

 その者が喜助並みの頭脳を持っていない限り、何処から如何見ても不自然でしかないだろう。

 ノイトラは意を決して口を開こうとした―――その直後だった。

 

 

「…ああ、出来ればウルキオラとは別の内容であれば助かる」

 

「は…?」

 

「例え外れていたとしても文句は言わない。さあ、どうかな?」

 

 

 口元を僅かに吊り上げながら、藍染はそう付け加えた。

 出鼻を挫かれるとは正にこの事である。

 ものの見事に言おうとしていた内容を潰さたノイトラは、内心で盛大に舌打ちした。

 

 表面上だけ見ると、まるで口数の少ない生徒に発言を促そうとする教師か。

 だがノイトラからしてみれば、そんな生易しいものではなかった。

 

 社内会議で上げる議題を決める場にて、初歩的な内容でも構わないと言う上司が、いざその通りにされた途端、これは初歩的では無く幼稚と言うんだと盛大に怒り始め、盛大に揉めた。

 憑依前、同僚が以前の勤めていた職場で経験した事のある内容だ。

 ノイトラは何故か急にそれが思い浮かんだ。

 藍染の事だ。その上司の様に怒るなどという小物的な反応は示さないとは思うが―――余りに期待外れな返答を返した場合、彼は何を思うだろうかと。

 

 ノイトラは妙に不安になってきた。

 別に無能認定されても問題無いのでは、と思うかもしれないが、実はそうとも言えない。

 前々から立てている作戦の最終段階に関する部分だが、それを成すには藍染からある程度の信用を得る必要があったのである。

 

 厳密に言えば藍染は誰一人として、信用どころか心を開く事は皆無だ。

 それは金輪際変わる事は無いだろう。

 だがノイトラが言う信用というのは、言葉通りの意味では無い。藍染側の視点からの、効率面から見た部下としての有能性の事を示している。

 使える部下と無能な部下。振り分けられる仕事に対し、その両名が自主的に挙手した場合、どちらを選択するだろうか。

 

 ―――止むを得ない、か。

 ノイトラは覚悟を決めた。

 流石に完全までとはいかないが、やや正解寄りの意見を返す事に。

 

 

「法則か事象か…」

 

「ん?」

 

「定かでは無いですが―――それに何かしら干渉し、捻じ曲げている…といった印象を受けました」

 

「…成る程」

 

「何にせよ、人間が持つには過ぎた力だとしか思えません」

 

 

 良く考えてみると、回帰系統の能力と織姫の能力を比較してみると、幾分かの違いがある事が判る。

 前者は行使する対象全体を確実に指定せねばならないのだが、後者にはそれが無い。

 グリムジョーの左肩周辺のみを楕円形の盾で覆ったのが良い例だ。

 

 

「ふむ…良い観点だ。概ね正解に近い」

 

 

 藍染は満足気にそう呟いた。

 如何やらそれ以上何か要求する様子はなさそうだ。

 先程から胃が発する僅かな痛みに耐えつつ、ノイトラは一先ず安堵する。

 もっと具体的に、等と追及されていれば、間違い無く詰んでいた事だろう。

 

 

「これは―――事象の拒絶だよ」

 

「!!?」

 

 

 藍染は周囲全体に向けて言葉を繋いだ。

 その言葉の意味に、ルピは絶句した。

 彼の様に声を漏らしてはいないが、大半が同様の反応を見せている。

 

 そんな彼等を余所に、藍染は説明を続ける。

 これは対象に起こったあらゆる事象を限定し、拒絶し、否定する。何事も起こる前の状態まで帰す事が出来る能力である事。

 空間回帰や時間回帰よりも更に上位に位置する力だという事。

 

 

「神の定めた事象の地平を易々と踏み越える―――神の領域を侵す力だよ」

 

 

 確かにそうだ。ノイトラは納得する。

 とは言っても、場合によっては拒絶に手間取る事もあるので、決して万能ではないのだろうが。

 

 ノイトラは依然として自身の左腕を眺め続けているグリムジョーを見て、思う。

 ―――そろそろ、だな。

 間も無くグリムジョーは織姫に命令し、自身の背中の数字が刻まれていた部分を復元させる。

 そしてルピを手に掛け、再び第6十刃へと返り咲く。

 

 言うまでも無いだろうが、ノイトラにそれを止める気は無いし、必要も無いと考えている。

 ルピには申し訳ないとは思うが、割り切らねばならない部分なのだから。

 

 

「…おい、女」

 

 

 確認を終えたのだろう。グリムジョーは左腕を下ろすと、織姫に声を掛けた。

 

 

「もう一ヵ所、治せ」

 

 

 グリムジョーは右手の親指で、自身の右腰背面を指差した。

 其処は第6十刃という階級を証明する、6の数字が刻まれていた筈の場所だった。

 

 十刃の持つ数字は、鋼皮に直接刻まれる為、洗剤等では決して落とせない。

 グリムジョーは十刃落ちが決定してより直ぐに、治療室にて背中の数字を鋼皮ごと削ぎ落とす処置を行った。

 

 案の定、処置の前後は盛大に殺気立っていたらしいが、その最中は大人しくしていたらしい。

 何せその指示を出したのは藍染。加えて処置を担当したのはセフィーロにロカだ。

 前者については、流石に逆らう気は起きなかったのだろう。

 そして後者の内一人はノイトラの従属官だし、残る一人も彼と交流のある破面だ。八つ当たりでもすれば、間違い無く主が飛んで来る。

 ノイトラとの実力差を身を以て理解していたグリムジョーとしては、未だ対立する事は避けたかったのだろう。

 

 基本的には己の道のみを突き進むが、弁える部分は弁える。

 恨みや怒りは勿論だが、受けた恩も忘れない。

 そういった部分が、同じ不良タイプであるヤミーとの大きな違いだろう。

 その為、ノイトラはどうにもグリムジョーの事をどうにも嫌いになれなかった。

 

 

「ッ…何のつもりだよ…」

 

 

 ややビクつきながら、指定された部分へ双天帰盾を行使し始める織姫。

 治療範囲が表面上だけである為か、ものの数秒で元通りとなった6の数字。

 それを目の当りにした現第6十刃ルピは、怒気を孕んだ声で問い掛けた。

 

 

「グリムジョー…!!」

 

「…あァ?」

 

 

 グリムジョーは暫しの間背中を向けたままだったが、やがてルピの方向へ振り向き、声を漏らした。

 その顔は凶暴性を感じさせる笑みが浮かんでおり、まるで水を得た魚というか、獲物を見付けた猛獣の様に殺気に溢れていた。

 

 次の瞬間、グリムジョーの姿が消える。

 理由は一つ。響転しかない。

 終始気を配っていたノイトラは、その動きの挙動から何から全てを捉えていた。

 グリムジョーは真っ直ぐルピ目掛けて突き進んでおり、その復元されたばかりの左腕は、後方へと引き絞られていた。

 

 

「!!」

 

 

 そのままルピは呆気無く腹部を貫かれる―――かと思われたが、想定外の結果に終わる。

 何とグリムジョーの左腕が腹部に触れる直前、ルピは咄嗟に上体を横に逸らしてそれを躱したのだ。

 だが僅かに掠ったらしく、白装束の一部が破け、その破片が宙を舞った。

 

 

「グリムジョー、てめッ…!!?」

 

「つまり―――」

 

 

 応戦しようとしたのか、ルピが右腕で鞭打を繰り出そうとするが―――それよりも早く、彼の右頭部が何かに覆われた。

 それはグリムジョーの右手だった。

 左腕での貫手が躱わされるや否や、間髪入れずに今度は空いた右手でルピを鷲掴みにしたのだ。

 ルピの反応速度も大したものだったが、グリムジョーのそれは更に上を行っていた。

 

 

「こういうことだ。じゃあな“元”6番」

 

 

 グリムジョーはルピを掴んだままの右手に、霊圧を収束してゆく。

 “掴み虚閃(アガラール・セロ)”。文字通り、相手の身体の一部を掴んだ状態のまま、零距離で虚閃を放つ荒技。

 殆どの破面は、虚閃を放つ際は霊圧をやや外部に集束し、且つ攻撃対象との距離がある程度離れている時に放つのが普通だ。

 他の破面がそんな真似をすれば、ほぼ確実に自身の手を傷付けてしまう上、下手すれば制御し切れず暴発を引き起こし、自分ごと巻き込んでしまう危険性があるからだ。

 

 

「ッ!!」

 

 

 ルピはその丁度掴まれている部分に、焼け付く様な激痛を感じた。

 グリムジョーの掌に収束されている霊圧が、鋼皮を通り越したその内側を焼き始めているのだ。

 

 ルピは咄嗟にそれを阻止する為に動いた。

 頭部を固定している右手から感じる尋常では無い握力から、引き剥がすには自分では力不足と即座に判断。

 ならば―――と自身の斬魄刀を抜こうと、左腋まで右手を持って行く。

 だがその手が空を切ると同時に、思い出す。そういえば自身の斬魄刀は修復の為にロカに預けたままだったと。

 

 その判断ミスの為に費やされた僅かな時間は、ルピにとってはもはや致命的だった。

 虚閃を放つ際に発生する、特徴的な霊圧の集束音。それは止み始めていた。

 ―――もう間に合わない。

 ルピは己の死期を悟った。

 納得出来る訳では無いが、半ば諦めていた。

 この、如何あっても覆る事はないであろう現実に。

 

 

「く…そ…!!」

 

 

 ルピはせめてもの抵抗として、グリムジョーを睨み付けた。

 勝ち誇った笑みを浮かべるその顔を、深く脳裏に刻み込みながら。

 

 次の瞬間―――凄まじい破裂音と衝撃が響き渡る。

 同時にルピのその小柄な身体が、グリムジョーとは反対の方向へと吹き飛んでいった。

 

 

「なっ!!?」

 

 

 驚愕の声を漏らしたのはグリムジョーだった。

 視線の先にある彼の右腕は、肘から先が上を向いている。

 その先端の右手からは煙が立ち上っており、虚閃が不発に終わった事を証明していた。

 

 

「なんの真似だ……ノイトラァ!!!」

 

 

 グリムジョーは弾かれる様にして横を向くと、叫んだ。

 其処には虚閃が不発となった原因である―――横合いから彼の右下腕を掴んだまま静かに佇むノイトラが居た。

 

 

 




重ねて言います。ホモ展開とか絶対ねぇから!!!





捏造設定及び超展開纏め
①ベリたん、さり気に成長速度上昇中。
・単なるパニーニさん強化に伴う主人公補正です。
・でも苦戦してボロボロになるのは決定事項。だってベリたんだもの。
②藍染様は時間にルーズ。
・これも一応意図があっての事です。原作では別ですのであしからず。
・全てが判明するのは最終章にて。
・ぶっちゃけそんなに深い意味はありませんがね。
③何で主人公だけ映像に映っとるん?というか藍染様主人公の事気にし過ぎじゃね?
・映像撮った藍染様に聞いて下さい。でもやっぱりそんな深い意味は無いです。
・それと気になる子にちょっかい掛けたくなるのは男心です(笑
④回帰系統の能力と、織姫の能力の違い。
・正しく捏造。私の勝手な想像です。
・時間回帰については、体構造と欠損部分の年齢差とか、対象全体を指定する必要があるとか無いとか、そんな頭悪い内容を考えてたり。
・空間回帰については知らんです(笑
⑤蔦嬢さん強過ぎね?
・ある程度平常心を保った状態で、慢心無くせばこれぐらい出来るんじゃね?と思って捏造。
・彼も伊達に第6十刃背負ってる訳じゃないと、私はそう考えてます。
・十刃最速(笑)さんが繰り上げ昇格しなかったという事は、少なくとも彼よりは優れた部分がある筈。そう願いつつ、後の話も書いてあります。
⑥豹王さんの掴み虚閃のデメリット。
・固有技っぽさを出そうと思って捏造。
・敵に超至近距離で大砲ブチかます光景をイメージ。
・自分が傷付こうが何だろうが一切動じない度胸とか、型にとらわれない思考回路とかが必要になる技かと。正に豹王さん専用。





まだ書き溜めはある。大丈夫大丈夫…

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