三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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ベリたんはまだおねむです。


第三十一話 三日月と胃痛その2と姫と

 ノイトラは無言のまま、グリムジョーの右腕を掴み続ける。

 抵抗を試みたのか、グリムジョーは一瞬身動ぎするが、その腕は微動だにしない。

 

 

「ッ、何のつもりだって聞いてんだろうが!!!」

 

 

 力では敵わないと悟ったのだろう。グリムジョーは声を荒げると、ノイトラを睨み付けた。

 その目は何時にもまして鋭く、濃密な殺意と膨大な霊圧が含まれている。

 有象無象の破面であれば、それだけで気絶してしまいそうなレベルだ。

 

 にも拘らず、ノイトラは全く表情を変えない。

 至って冷静に、グリムジョーを見詰め続けているだけだ。

 

 ノイトラが行ったのは、至って単純。

 虚閃が放たれる直前にグリムジョーの腕を掴み、自身の霊圧を流し込む事で、それまでに集束されていた霊圧を破裂させたのだ。

 普通の虚閃であれば直接握り潰す事も出来たのだが、掴み虚閃では如何し様も無かった為、咄嗟に機転を利かせた形だ。

 吹き飛ばされたルピを見る限り、完全にダメージを無くすまでは出来無かった様だが、虚閃よりはマシだろう。

 

 ―――自分は一体何をしているのだ。

 止める気は無いと言いつつ、結局手を出してしまったノイトラ。

 その内心は盛大に焦っていた。

 

 目的の中にある、生き残らせる仲間達の絞り込みは既に済んでおり、それ以上は追加する余地も無い。

 後に必要だと判明すれば追加する可能性はあるが、限り無く低い。

 にも拘らず―――この様だ。

 行動したノイトラ自身も戸惑っていた。

 

 ルピを生き残らせるメリットは何か。

 慢心していたとは言え、任務内での立ち回りを見ても、戦力としては期待出来無い。

 助けた見返りに協力を求めたとしても、あの性格だ。今迄自己中心的に生きて来た者に、協調性があるか如何かすら怪しい。

 つまるところ―――余り無いのが現実であった。

 

 本来であれば損得等の打算で相手を選定するなど傲慢に尽きる。全く以て愚かしい最低な行為だ。

 だがノイトラの置かれた現状としてはそうせざるを得ない。

 彼自身もそれを覚悟の上で行動していた心算だったのだが―――どうやら違ったらしい。

 ワンダーワイスと同様に、如何なる形だったとしても、交流を持ってしまった時点で既に情が湧いてしまっていたのだろう。

 そしてルピの命が失われんとした直前―――気付けば半ば無意識の内に身体が動いていたという訳だ。

 手の届く範囲で起きたというのも大きいのだろう。

 

 ―――自分の気持ちだけには嘘を付くな。

 これもまた恩師の言葉だ。

 言わばノイトラはこれを体現してしまっていた。

 それはそうだ。例えそれが他人であろうとも無用な犠牲は望まず、助けられる範囲に居る者であれば極力助けたいというのが、ノイトラの偽らざる本心である。

 ヤミーやザエルアポロ等、他者との共存が不可能であろう特定の人物を除いて、という条件付きだが、多少一癖二癖ある者でも大抵は受け入れられる。

 

 事実、現状に於いても、藍染さえ関わってさえいなければ、ノイトラの行動方針はまるっきり変わっていた。

 力を求めるのは変わらない。だが鈍い頭を総動員して対策等を考える事は無くなる分、只純粋に自分自身と仲間達の生存のみを目的として奔走していた事だろう。

 

 だが所詮はもしもの話。今は今の事を考えなければ意味が無い。

 ―――御人好しにも程があるだろう。

 同時に堪え性の無い自分に対し、ノイトラは内心で頭を抱えた。

 

 だが何時までもそうしている訳にはいかない。

 如何にかしてこの状況を乗り切らねば、色々と面倒な事態に陥ってしまう。

 もはや何度目になるかも判らないが、咄嗟に思考回路をフル稼働させたノイトラは、それらしい言い訳を即席で考え出す。

 

 

「…オマエ、今虚閃出そうとしたろ」

 

「それが何だ!!」

 

「此処が何処だか解ってんのか?」

 

 

 主導権を握られているにも拘らず、今も尚喚き立てるグリムジョーに対し、ノイトラは静かに問い掛けた。

 この玉座の間は文字通り、天命により人民を治める者である天子―――王の腰掛ける椅子が存在している神聖な場所だ。

 当然、他の宮とは造りも段違い。現十刃が普通の虚閃を何発放とうが、そう易々とは壊れない頗る頑丈な仕様となっている。

 ―――黒虚閃の場合は如何なるか不明だが。

 

 だが幾ら壊れないからと言えど、虚閃を放って良い理由にはならない。

 グリムジョーの行動を例えるなら、マフィアのボスの前で、下っ端が許可も得ずに銃を撃つ様なものだ。

 失礼というか無礼というか、組織の一員としては完全に失格だ。

 ノイトラはそれを止めたのだ。結果的にルピを助ける形にはなったが、傍から見れば何処もおかしな部分は無い。

 

 即席で考え出したにしては上出来の言い訳だろう。

 ノイトラの言わんとする事を理解出来たのか、グリムジョーは大きく舌打ちをすると、一先ず殺気を収めた。

 

 

「十刃に戻りたかったら、然るべき形でやれ」

 

「…チッ」

 

 

 舌打ちの直後、グリムジョーの右腕から力が抜ける。

 多少ごねるかと思ったが、意外にもアッサリ引き下がった彼の姿に、ノイトラは一瞬虚を突かれた。

 どちらにしても、自分の勝利は揺るがないという確固たる自信があるのだろう。

 

 ノイトラは手を放すと、吹き飛ばされた先で右頭部を右腕の袖で押さえながら立っているルピへと視線を移した。

 途中で阻止したとは言え、多少強引過ぎる方法であった為か、その部分からは少なくない血が流れている。

 

 

「テメェもそれで良いか」

 

「…ッ!!」

 

 

 返答は無いが、明らかに不服だと訴えるその目が全てを語っていた。

 同時に歯を食い縛り、ギリギリと音を鳴らしている。

 

 気持ちは解る。何せ先に仕掛けたのはグリムジョーだ。その彼が何の咎めも無しで済むなど、被害者側であるルピから言わせてもらえば納得出来様筈が無い。

 だが忘れてはいけない。此処は虚夜宮、そして住人は虚と何ら変らぬ性質を持つ破面だ。

 何時、如何なる時も、強い者だけが生き残る事が出来る弱肉強食の世界。

 それは不意討ちだろうと何だろうと関係無いのだ。

 

 

「そうだね…そうしよう」

 

「!?」

 

 

 これは説得するのに一苦労必要かと思いきや、突如として助け舟を出された。

 先程から終始傍観に徹していた藍染から。

 

 

「グリムジョー、ルピ」

 

「………」

 

「…はい」

 

 

 藍染の呼び掛けに答えたのはルピのみ。

 グリムジョーは口は閉じたまま、視線のみを藍染へと向けた。

 

 

「第6十刃の階級争奪戦を許可する。詳細については追って伝えよう。良いね?」

 

 

 その問い掛けに、二人は静かに頷いた。

 藍染は満足気な笑みを浮かべると、今度はノイトラにも声を掛けた。

 

 

「それと有難うノイトラ。二人を止めてくれて」

 

「いえ…」

 

 

 ―――欠片も思ってもいない事を口に出すな。

 ノイトラは内心で毒づいた。

 グリムジョーの奇襲が成功していようがしていまいが、藍染としてはどちらに転んでも構わなかっただろう。

 

 というか、如何にも違和感が拭えない。

 ノイトラは不審に思った。

 以前より稀に感じていたこの感覚だが、最近では更に顕著だ。

 この一連の流れさえも、誰かの掌の上の出来事なのではと。

 

 

「さて、話を戻そう」

 

 

 藍染はそう言うと、視線を織姫へと戻す。

 グリムジョーの暴挙に巻き込まない為だろう。彼女は何時の間にやらウルキオラの手によって場所を移動していた。

 

 

「彼女は既に我々への協力要請に応じている、そうだね?」

 

「は…はい…」

 

「つまりそれは我々の同志となった事を意味している」

 

 

 藍染は静かに周囲を見渡す。

 その意味は言わずとも理解出来った。

 

 一概に言えば手を出すなという事だ。

 だが普通の感性を持つ破面であれば、間違ってもそんな愚かな真似はしない。

 何せ織姫は藍染が直々に確保する様、態々陽動作戦まで組んだ上、上位十刃の一人に直接確保させる程の特別枠。

 ある意味では十刃よりも重要な立場とも言える。

 織姫自身が反逆を企てた場合等、緊急時については別だろうが、滅多な事ではちょっかいを掛ける事すら忌避するだろう。

 

 

「彼女には個人的にも協力してもらいたい事もあるのでね。出来る限り丁重に持て成してくれると有難い」

 

 

 だがそれも一護達が虚夜宮に侵入するまでの間までの話だ。

 藍染の言葉を聞きながら、ノイトラは思った。

 対外的には織姫の能力を必要としていると語っているが、真実は全くの真逆。

 藍染はそんなものは一切必要としていない。希少な能力故に一研究者としての興味は抱いているのかもしれないが、それだけだ。

 

 考え事をしていたその時、ノイトラはふと扉の外から感じる刺々しい霊圧に気が付いた。

 ―――ロリか。

 案の定、以前の様に聞き耳を立てていたらしい。

 織姫を特別扱いする様に語る藍染の言葉を耳にし、誤解すると同時に嫉妬心でも抱いたのだろう。

 十刃からして見れば、ロリの霊力や帰刃形態は鼻で笑う程度の代物でしかない。

 だが只の人間に過ぎない織姫にとっては十分過ぎる脅威だ。

 

 ―――これは早目にウルキオラへ進言して置くべきか。

 少々危機感を覚えたノイトラは、そう考えて伝えるタイミングを何時にするのか考え始める。

 その直後だった。

 

 

「彼女の世話役はウルキオラに頼みたい―――と考えていたのだが…」

 

 

 藍染からの視線を感じると同時に、ノイトラは嫌な予感がした。

 

 

「彼は最近何かと多忙でね。だから他にもう一人、同じ役割を担ってもらおうと思う」

 

 

 ―――まさか、ここでもなのか。

 そう思ったのも束の間、藍染からとんでもない発言が飛び出した。

 

 

「頼めるかい、ノイトラ」

 

「っ!!?」

 

「ウルキオラと協力しながら、どうか上手くやってほしい。駄目かな?」

 

 

 嫌な予感程当たるとは良く聞くが、正にその通り。

 ―――何故に自分なのだ。

 一瞬だけ硬直したノイトラだったが、ある程度耐性が出来ていたらしい。早々に正気に戻ると、即座に内心でツッコんだ。

 どうせ頼むなら、別の種族とは言え同性であるハリベル辺りでも良いと思うのだが。

 

 

「了解…しました」

 

 

 無論、頼みを断れる筈も無い。

 前にも同じ事があった様な―――等と考えつつ、ノイトラは絞り出す様にして了承を返した。

 急激に痛みを訴え始めた自身の胃。それに必死に耐えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイトラを先頭に、次に織姫、そして一番後方はチルッチといった配置で、通路を進む。

 ちなみにウルキオラは用事があるらしく、玉座の間に残ったままだ。

 ―――やはり共同というのは建前でしかないのか。

 藍染の事だ。もしかすると、自分を積極的に織姫と関わらせて反応を見たいと目論んでいるのかもしれない。

 これは今迄以上に迂闊な行動は出来無いと、ノイトラは改めて思った。

 

 現在、三人が向かっているのは、以前新たに建設された宮のある場所だ。

 これは藍染からの指示である。

 やはりノイトラの予想は当たっていた様だ。

 

 

「…もう直ぐ着く」

 

 

 僅かに後ろを振り向きながら、ノイトラはそう呟いた。

 実はこの時まで、三人の間で交わされた会話は一切無い。玉座の間から出てから終始こうだ。

 別に気拙さからくる沈黙では無い。

 ノイトラ個人としては、話そうと思えば何でも話せる。

 ならば何故そうしないのかというと、それは織姫の生まれ持った才能―――初対面の人でも、少し会話を重ねるだけで仲良くなれるという部分にある。

 

 ぶっちゃけ言うと、打ち解ける分には構わないのだが、その中で余計な事を口走りそうで恐ろしいのだ。

 それに織姫は女―――能力を除けば非常にか弱い美少女である。余り無いとは思うが、そんな彼女が落ち込んだ様子を見せたりすればどうなるか。

 男ならば紳士であるべきだと心掛けているノイトラだ。まず間違い無く声を掛け、励ますか何かするだろう。

 同時に彼は、意気消沈している者に対し、浅い考えで薄っぺらな言葉を投げ掛けるのは御法度だという考えも持っている。少しでも心に響かせようと、今後に起こるであろう展開―――特に一護に関しての内容を漏らしてしまう可能性もある。

 

 考え過ぎかもしれないが、ルピを助けた件もある。今のノイトラは自分自身を信用出来無くなっていた。

 思考とは裏腹に、身体が勝手に行動してしまうというのは非常に厄介だ。

 ―――それにしても引っ掛かる。

 ノイトラは疑問に思った。

 幾ら御人好しとは言え、こんなにも自分は突拍子も無い行動に出る様な者だっただろうかと。

 まるで別の意志の力によって強制的に動かされていると考えた方が納得出来るぐらいだ。

 

 

「…此処が、オマエの過ごす事になる宮だ」

 

「わあ…」

 

 

 ノイトラは目的地に着くと、その扉を開いて室内の光景を織姫へ見せる。

 新築だけあり、汚れや染みなど一切無い、窓が一つだけある白一色で統一された室内。

 入口から見て左側の壁際には、見るからにフカフカとした快適そうな大きなソファーが。

 中心にあるカーペットの外周部分のみ、金と赤の配色がされており、まるで豪邸に敷かれている様な高級感溢れるデザインとなっている。

 

 環境だけ見れば、現十刃と殆ど差が無い程に恵まれた待遇である。

 他の有象無象の破面達とは比較にならない。

 実質的には捕虜に等しいとは言え、藍染が目に掛ける程に重要視されている織姫だ。この扱いも妥当だろう。

 

 

「トイレに浴室は完備してる。キッチンは無ぇ」

 

 

 てっきり牢屋の様な部屋を宛がわれるのかと想像していたのだろう。

 織姫は何度も確認する様にして、頻りに室内を見回している。

 そんな彼女に、ノイトラはビエホから予め伝えられていた、この宮の設備情報を淡々と伝えてゆく。

 

 

「それと食事は決まった時間に運ばれる手筈になってる。他にも何か必要なモンがあれば雑務係の破面に言え。悪い様にはしねぇ筈だ」

 

「えっ…と…」

 

「…何だ」

 

 

 説明を終えると、何を思ったのか織姫はノイトラに対し、チラチラと視線を送り始めた。

 此方の顔色を窺いながらも、何か言いたげなその表情に、ノイトラは内心で首を傾げた。

 設備に何処か不足、または不満でもあったのだろうかと。

 

 如何に似通っているとは言え、確かに破面と人間の生活習慣には多少なりともズレはある。

 ビエホ曰く、宮の建築の命令は出たが、中身についての細かい指示は無かったという。

 出来る限り不自由しない様な形にしてくれと言われた為、可能な範囲で力は尽くしたそうだ。

 ―――御蔭で藍染様から御褒めを頂きましたわい。

 嬉々とした表情でそう語るビエホの姿が思い出される。

 

 この宮だが、位置付けとしては第4十刃と第5十刃の拠点の宮の間にあるが、極めて高所に建てられている。

 窓から覗く三日月が、虚夜宮の外である事を証明している。

 つまり天蓋を超える程の高さなのだ。

 内装に建築場所を考慮すると、確かに見事なものである。藍染が褒めるのも納得だ。

 

 これだけの部屋を宛がわれていながら他にも何か要求するのは―――といった風に、織姫の性格上、言い出しにくいのかもしれない。

 例え敵だろうと関係無しに気を遣うその優しさに、何処か微笑ましい感情を抱きながら、ノイトラは何が悪いのかを考え始める。

 

 憑依前の自身の生活環境と、一から史実を遡る事ほんの数秒。得心が行った。

 確か織姫はこの女性が理想とするであろうプロポーションを持っているが、実は結構な大食であったと。

 少しあやふやだが、確か昼食に食パン一斤に餡子の缶詰一缶を軽く平らげる程だった筈だ。

 つまり織姫は食事関係について何か物申したいのだろう。

 そう考えたノイトラは、思い付いた内容を続けて述べた。

 

 

「食いモンの御代わりは自由だぞ」

 

「へっ? ええと、そうじゃない…こともないのかな…?」

 

「御菓子が必要なら手配しとくぞ」

 

「あ、じゃあ御願いします…じゃなくてぇ!!」

 

 

 ―――では一体何だと言うのか。

 残る意見は一つ。これが正解でないのなら、食べ物関連以外だという事になる。

 両手を大きく振りながら否定の声を上げる織姫を余所に、顎に手を当てながらノイトラは考える。

 

 織姫の本心については知らないが、その考えが根本的に間違っているのだけは理解しているのだろう。

 悩み続けているノイトラの後ろでは、チルッチが呆れた様に溜息を吐いていた。

 

 

「…ああ、安心しろ。食いモンに食用霊蟲は出ねぇ。ちゃんと現世のを調達してやる」

 

「だから―――って、ええっ!? 虚夜宮(ここ)の食べ物って虫!!? イナゴ!? それともハチの子みたいなの!?」

 

 

 結局思い付かなかったノイトラは、致し方無く最後まで残して置いた意見を口に出した。

 織姫は何かを言い掛けた様だったが、突如として声を荒げた。

 ノイトラの言う霊蟲という部分に反応したのだろう。

 確かに単語だけ聞けば虫の一種なのかと思っても不自然では無い。

 だが忌避感を示したにしては、織姫の見せるその瞳は輝き過ぎていた。

 

 ノイトラは思い出す。

 織姫の作る料理は、味は良いが見た目はアレと乱菊が評していたと。

 その事実から連想するに、恐らく織姫は見た目で食物を選ぶ様な感性は持っていない。寧ろそういったものに興味を抱く性分の可能性も高い。

 だとすれば今の織姫が見せているのは好奇心。

 もし食用霊蟲がそれなりに食べられる代物だと知れば、食べてみたいと言い出しそうだ。

 

 

「…何を想像したのか判らねぇが、食用霊蟲ってのは、オマエ達で言う家畜みたいなもんだ。俺達破面は基本的にそれか、現世の果実を食って過ごしてる」

 

「人の魂じゃないんだ…」

 

「それもあるけどな…簡単に言えば効率が悪ぃんだよ。一々それの調達の為に現世に行くのは手間が掛かり過ぎる」

 

 

 実を言えばそれだけではない。

 人間の魂魄というのは、尸魂界か現世のみにしか存在していない。

 そんな場所へ定期的に訪れる様な真似をしていれば、まず間違い無く死神達に気付かれてしまう。

 特に尸魂界はある意味彼等の庭だ。故に破面達が魂魄の調達を行うとすれば、必然的に現世が中心となる。

 

 例え気付かれたとしても完全に捕捉さえされなければ良いのでは、と思うかもしれないが、そう簡単な話ではない。

 破面達が上手く事を運べば、それに比例して死神達の警戒心も上昇して行く。

 空座町の様に、其処に存在している魂魄の平均霊力が高く霊的要素が強い町―――所謂重霊地に分類される場所は勿論。他の街にも監視や警戒範囲をより広く、精密なものへと変えるだろう。

 そうなれば時間の経過と共に、破面達が安心して行動出来る範囲が急激に狭まっていってしまう。

 

 元より虚は濃い魂―――霊力の高いものを好む。味が良いのもあるが、何よりそちらの方が腹が満たされるのだ。

 破面もそれは変わらない。

 しかも一般的な魂魄は霊力など殆ど無く、味も悪い。加えて百や二百の数を喰らったところで大した腹の足しにもならない。

 だからと言って一度に千以上万単位での魂魄の調達を繰り返せば、次々に町が滅んで行き、やがて世界の霊力バランスが大いに崩れてしまう。

 

 其処まで追い詰めたりすれば、死神達も已むを得ず最後の手段に出るかもしれない。

 例えば瀞霊廷の持てる全戦力を引き連れて虚圏へ直接乗り込み、元凶の破面達が住まう虚夜宮へ殲滅戦を仕掛けるぐらいはしそうだ。

 それにかの尸魂界の王である霊王を守護する―――王属特務、零番隊が参加したりすれば洒落にならない。

 とは言え、ノイトラは零番隊についての詳細は全く知らないのだが、少なくとも現隊長レベルを凌駕する実力者の集いだろうと予測はしていた。

 

 

「言っとくけどな、食用霊蟲は美味くも無く不味くも無ぇ。腹が満たされれば良いって奴以外、大抵は果実の方を選んでる」

 

「そうなんだ…じゃなくてそうなんですね…」

 

 

 ノイトラの説明に、織姫は感心した様にそう零した。

 

 

「つー訳で、オススメはしねぇ。それでも食いたいってんなら手配するけどな」

 

「えっと…やっぱり結構です…」

 

 

 声のトーンを下げながら、織姫はそう答えた。

 どうやら残念がっているらしい。やはり内容によっては挑戦したい気持ちがあったのだろう。

 

 ノイトラはふと気付いた。玉座の間から出て以降も暫く続いていた筈の胃痛、それが消え失せている事に。

 ―――どういう事だこれは。

 織姫の世話役を任命された直後は相当参っていたにも拘らずだ。

 

 世話役を任された瞬間より、ノイトラはある事を考えていた。

 まず始めに言った、織姫に心を開き過ぎて余計な事を口走らない様に気を付ける事。

 この想定外の事態による、立てていた計画の修正や変更と、今後の展開の予測。

 ウルキオラの最近のスケジュールの確認に、ロリが今後起こすであろう愚行への対策立て。

 

 だがこの世話役としての役割。実を言うと有効期間はそう長くは無い。

 元々織姫誘拐の新の目的は、一護含めた尸魂界の戦力を誘き寄せる餌とする為だ。

 一護達が虚夜宮へ侵入して来るのはほんの数日後。そして藍染と副官二名、第1から3までの上位十刃が参戦するの空座町決戦も。

 となれば、ノイトラが気を張るのも僅かな間だけだ。

 

 しかしその内容が濃い。それにノイトラが最も心配しているのは、一護達の侵入後、織姫がグリムジョーに連れられて宮を飛び出すまでの前後だ。

 前については、人気が無いのを良い事にロリが織姫の居る部屋へ忍び込み、暴行を加える展開だ。

 ノイトラが間接的な原因でもあるのだが、史実よりも精神状態が荒んでいると思われるロリ。殴る蹴るだけで済めば良いが、もっと惨い事をする可能性も浮上している為、如何にか対策を練らねばならない。

 後についても同様に不安要素はある。イレギュラーな要素がちらほら見られる現状に於いて、本当に史実通りの展開に行くか如何かが怪しい部分だ。

 傷を癒されているグリムジョーは、しっかり織姫に借りが出来たと思っている筈なので、それは良い。窮地に陥っていたとしても、必ず助けてくれる筈だ。

 

 問題なのは一護だ。

 史実よりも早い、虚化の完全習得。それが何の影響を齎すか想像も付かない。

 ドルドーニに勝利した後、次戦にてウルキオラに敗北し、死の淵にまで陥る事が出来れば全て元通りになるのだが、果たしてそう上手く行くだろうか。

 想像以上に強くなった一護に対し、ウルキオラが帰刃を選択してしまえば―――といった部分まで考えたところで胃が痛み始めたノイトラは、止むを得ず其処で思考を打ち切った。

 

 

「むむむ…」

 

 

 貰った情報を元に色々と想像を膨らませているらしい織姫を眺めながら、ノイトラは思った。

 胃の痛みが治まったのは彼女の御蔭なのかもしれないと。

 別に双天帰盾で胃の痛みを拒絶してもらった訳では無い。

 単にこれも織姫が生まれ持ったもう一つの才能―――触れ合った相手の精神に多大な影響力を持つだけに限らず、癒しや安らぎを与える不思議な力だろう。

 成る程。一護に続き、ウルキオラの心情に大きな変化を齎した要因となったのも納得だ。

 

 

「後で藍染様から呼び出しをくらう筈だ。それまで寝るなりなんなりしてるこった」

 

「あ、待って!! ……ください」

 

 

 一先ず役目を終えたノイトラは、織姫にそう言うと、踵を返して部屋を出て行こうとする。

 だがその直後、正気に戻ったらしい織姫がその背中を呼び止めた。

 

 

「…その口調」

 

「え?」

 

「さっきから鬱陶しくて仕方が無ぇ。慣れてねぇなら初めから使うな、タメ口で話せ」

 

「う、うん…」

 

「で…用件は何だ」

 

 

 ノイトラは首だけ振り返ると、余りにもぎこちない敬語口調に対する指摘をした後、視線で続きを催促する。

 だが織姫は口をモゴモゴと動かすだけで、中々用件を話そうとしない。

 

 否、実を言えば言い出しにくいのだ。

 何せ声を掛けた理由も大したものでは無い。寧ろ何時でも済ませられる程度の内容だ。

 ちなみに先程ノイトラが食べ物関係についての注文かと勘違いした部分でもある。

 

 しかも相手は心から信頼している仲間でも無く、寧ろ限り無く敵寄り。

 ―――立場的には仲間となってしまってはいる現状だが、本質は今迄通りのまま変わっていない。

 加えて自分を一息で殺せる様なレベルの実力者。そんな相手と普通に会話が出来ているだけで十分異常だ。

 普通なら極度の恐怖と緊張の余り、口を開く事すら困難だろう。

 

 なのに何故織姫は終始リラックスした状態を保ちながら会話をし、最後にノイトラを呼び止めるという行動に走ったのか。

 理由は至極単純―――話し掛け易かったのだ。

 些細な内容であっても、気軽に話せて、笑い合える、まるで気心の知れた友人の様に。

 

 実際、ノイトラと会話を始めて十分も経過していないが、織姫は彼の性格を大体把握していた。

 業務的内容は勿論だが、補足まで付けて丁寧に説明してくれる上、此方の抱いた疑問を先読みして教えてくれようとする親切さ。

 基本的にぶっきらぼうな態度だが、自分の拙い敬語を窘めた上で通常の言葉使いを許可するなど、細かな部分にも気を配っているのが判る。

 ―――何処から如何見ても、多少不器用なだけで普通に良い人である。

 御蔭で織姫は殆ど緊張感を抱く事も無く、平常心を保っていられたという訳だ。

 

 とは言え、彼女自身は困惑を隠せなかった。

 それはそうだ。事前情報として喜助から聞いていた破面という存在の正体。

 虚が死神の力を得て進化したそれ。つまりは元が虚なだけに、てっきり本質もそれ寄りだろうと思っていた中で―――このギャップだ。

 想定外も良いところである。

 

 だがそんな織姫の内心など知る由も無いノイトラは、煮え切らない彼女の態度に対し、次第に右目を細めていく。

 何せ今後も遣る事が山積みとなっている。それ等の対策立ての為にも、一分一秒でも時間が惜しいのだ。

 

 それを見た織姫は、はっ、とした様な表情を浮かべると、次の瞬間にはその顔を引き締めた。

 大きく息を吸うと、部屋を出た通路の先にまで響く程の声量で、ノイトラに問い掛けた。

 

 

「あなたの名前を教えて! あと後ろの人も!!」

 

『…は?』

 

 

 その予想外な質問に、ノイトラとチルッチは同時にそう漏らしていた。

 内容から察するに、自己紹介がしたいという意味だろうか。

 

 ―――幾ら世話になると言っても、敵なのは変わらないだろうに。

 見た目に反して豪胆というか何というか、実に肝が据わっている。

 ノイトラはやや呆れを含みながらも、感心していた。

 史実でも仲間に対して心無い発言をしたウルキオラに対し、躊躇無く平手打ちを繰り出せるだけはあると言うべきか。

 

 二人は一瞬だけ互いにアイコンタクトで相談すると、やがて諦めた様にして、順に口を開いた。

 

 

「ノイトラ・ジルガ。オマエの世話役だ」

 

「…従属官のチルッチ・サンダーウィッチよ。言っとくけど、べつに人間如きに宜しくする気なんてないから」

 

 

 ノイトラはぶっきら棒に、チルッチはつっけんどんな態度で名乗る。

 それを聞いた織姫は突如として横を向くと、ブツブツと何かを呟き始めた。

 チルッチは判らなかった様だが、案の定、地獄耳のノイトラには十分聞き取れた。

 恐らく覚えようとしているのだろう。彼女は自分達の名前を繰り返し復唱していると。

 

 

「―――よしっ……じゃあこれからお世話になります!」

 

 

 深々と頭を下げながら、織姫は明るい声で言った。

 

 

「宜しくね!! ノイトラくんにチルッチちゃん!!」

 

 

 直後、ノイトラとチルッチの時間が停止した。

 今彼女は自分達の事を何と呼んだのかと。

 あれ程の声量で、且つ聞き取り易いハキハキとした発音だ。聞き間違える訳が無い。

 全く以て想定外な不意討ちに、二人は硬直するばかりだった。

 

 

「くん付け……だと……?」

 

「ちゃん付け……だと……?」

 

「…あれ?」

 

 

 瞠目したまま動かなくなった二人を前に、織姫は可愛らしく首を傾げた。

 

 

 




蔦嬢さん、死亡フラグ確立。でも不意討ちじゃないよ、やったね!!
お姫ちん、ほんわかオーラ全開。





捏造設定及び超展開纏め
①虚閃等、霊圧を収束する系の破面の技は発射前に干渉すれば潰せる。
・虚無さんの虚閃を鷲掴みにして潰した豹王さんとか、全開虚無さんの槍を握り潰した完全虚化ベリたんとかを少し参考にしました。
・虚閃とかの技の原理は、集めた霊圧に方向性や属性を持たせて変換した上で発射して、初めて攻撃として成り立つものかと私は考えているので、その変換前に干渉出来れば大した攻撃力も無い内に潰せるかと思って捏造。
・…ちと無理矢理過ぎたかもしれませんが、許してちょ。
②虚無さんは多忙。
・ロリ達によるお姫ちん襲撃、豹王さんによる救出(物理)と誘拐とかをまんまと許したりしてるので、色々忙しいのかと。
・まあベリたん迎撃に出ていたからしょうがないのかもしれませんが。
③お姫ちんは色々と癒し系。
・他者の心に多大な影響力を持つ…これぞヒロイン力の真骨頂よ…(悟り顔
・囚われのヒロインが敵の心を揺れ動かすとか、王道やね。
④お姫ちんVIP待遇。
・正に根拠も無い勝手な捏造。とりあえずこれぐらいは無いとダメでしょ、と思った部分は入れてます。
・ソファーとかクッションまみれで快適そうな孤狼さんの部屋を、まず破面の中でも上位の待遇として仮定。
・多分一番豪華なのは大帝さんの宮だと思う。
⑤破面が人の魂魄を喰わない理由。
・流石にゴリラさん並みとはいかないまでも、並みの破面でも相当な数が必要になるかと。
・んでもって普通に腹が満ちるまで食事をすれば、町の一つや二つ軽く滅ぶと思います。
・同じイメージとしては、シラスを食ってる感じ?
⑥天然お姫ちん。
・どちらかと言うと天真爛漫?
・敵だろうとも、それなりに良い奴だったらこんな感じに振舞いそう。





休みの日が安定しなくなってきた…(泣

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