三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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ベリたん「ZZZzz」


第三十二話 三日月と蔦嬢と、そよ風と…

 織姫の衝撃的呼称事件の後、ノイトラは直ぐに治療室へと向かい、セフィーロの自室にて今後の相談を行った。

 とはいっても、内容としては特に目立った変化は無い。 

 言うなればノイトラがふと考えていた新たな対策を間に挟み込む程度で、後半は殆どが織姫の世話役として遣るべき事についての打ち合わせとなっていた。

 

 結論として、基本的に織姫の生活関係についての世話はセフィーロとロカが。そして藍染からの呼び出しの際の付き添いや護衛等、業務的な部分についてはノイトラが行う事となった。

 何せ相手は女性。男であるノイトラでは理解が及ばない部分も多々あるだろうし、プライベートに干渉する様な部分は同じ同性であるセフィーロに一任した方が確実だろう。

 ついでに彼女も少し遣りたい事があるとの話なので、色々と都合が良かった。

 ―――根回しとか仕込みとか、NTRが如何とか、何やら怪しい呟きが聞こえて来た気がしたが、ノイトラは敢えて無視した。

 変な事はするなと釘は刺して置いたので、大丈夫だろう、多分。そう自分に言い聞かせながら。

 

 

「…眠ぃ」

 

 

 呟きながら、ノイトラは重みを増した自身の瞼を右手で擦る。

 それはそうだ。何せ今の時間帯は一時を回った付近。

 憑依前は仕事の他にも家事やら食糧調達やらが含まれた過密な毎日を送っていた為、夜更し寝不足は慣れっこだった。

 現在も中々ストイックな生活を送ってはいるが、衣食住が安定している分、睡眠時間は十分に取れている。

 その生活リズムに慣れてしまった今、こうなってしまうのも致し方無いだろう。

 

 だが本来、虚という存在は基本的に睡眠を必要としない。

 厳密に言えば眠れないとでも言うべきか。

 殺し殺され、喰らい喰らわれが日常の彼等だ。

 幾ら隠れていても、並の虚は大抵持ち合わせている霊圧知覚によって直ぐに居場所を特定されてしまう。

 そんな環境下で眠ってしまえば、どうぞ襲って下さいとアピールしているのと同義。自殺行為にしかならないのだ。

 

 しかも人ならざる故か如何かは不明だが、体構造的にも睡眠が必須な訳でも無い。

 だが破面化した後は別。

 霊力等が持つ事などを除けば人間と何ら変わらない死神。それに近付いた影響なのか如何かは不明だが、普通に睡眠を取る様になったのだ。

 虚夜宮内の破面達は皆、特に疑問を抱く事も無く普通に過ごしている為、余り気にする内容でも無いのだろうが。

 

 特に顕著なのはスタークだ。

 破面達の中で唯一、崩玉も用いずに自力で破面化した彼。先に述べた破面化による変化を考慮すると、虚圏を彷徨っていた頃は一体如何していたのか甚だ疑問である。

 日々睡魔に耐えていた―――または元々並外れた霊力の持ち主故に普通に眠っていても何の問題も無かったかもしれない。

 

 だが全ては本人のみぞ知る事だ。

 藍染の陣営に加入してからというもの、何時も自らの拠点の宮に引き籠って昼寝ばかりで、自堕落な生活を送っている。

 余り宜しく無い事だとは思うが、今迄の反動なのかもしれない。ノイトラはある程度理解を示していた。

 

 

「帰って寝るか…」

 

 

 チルッチとは治療室に向かう途中で別れている。外に行くと言っていたので、恐らく寝る前に軽く自主鍛錬でも行う心算なのだろう。

 ノイトラの影響なのか、彼女も中々ストイック思考になってきている気がする。

 理由は不明だが、任務の後からその表情にやや焦りが見えている様にも見える為、度が過ぎる様であれば少し対策を考えなければならないだろう。

 

 ノイトラは大きく欠伸をしながら、自らの拠点の宮へ歩を進め始める。

 通路の突き当りを右に曲がった瞬間、ふとその先に存在する見慣れた霊圧を感じた。

 

 ノイトラはその場に立ち止まると、視線を向ける。

 其処には通路の壁に背中を預けながら、顔を俯かせ続けるルピが居た。

 

 

「あ…」

 

 

 視線を感じて初めて気付いたのか、ルピは顔を持ち上げると同時に声を漏らす。

 心なしか、その表情はやや暗い。

 ―――何時もヘラヘラしている彼にしては珍しい。

 ノイトラは不審に思った。

 

 

「…如何した?」

 

「べ、べつに…」

 

 

 ノイトラの問い掛けに、ルピは視線を左右に泳がせた。

 言いたい様な言いたく無い様な、そんな煮え切らない態度。

 何処からどう見ても、自分は悩んでますと訴えている様にしか見えない。

 そんな態度を見て御人好しが何もしない訳も無く―――。

 

 

「それで誤魔化せるとでも思ってんのかテメェ」

 

「へ?」

 

「折角だ、話ぐらいは聞いてやる」

 

 

 言葉の表面上だけを取れば、自分が相談に乗ろうかと提案しているだけ。

 だがその声には何処か有無を言わせない命令的な何かを感じる。

 特筆すべきはその眼力。

 ―――だからさっさと話せ。

 そう訴えるノイトラに対し、ルピは一瞬呆けた様な表情を浮かべた。

 

 そして続け様に苦笑した。

 傍若無人な態度ではあるが、言っている内容は只の御節介。

 以前の姿を知る者からすれば、想像も付かないだろう。

 良くもまあこれ程までに変われたものである。

 

 ルピは感心すると同時に、内心で密かに感謝した。

 この虚夜宮にて、困っている者に気を配れる破面が何人居るか。

 思い悩んでいるところに付け込んで―――と何かしら目論んでいる可能性も考えられるが、今のノイトラを見る限りは無いだろう。

 根拠は無いのだが、何故かそう思えた。

 

 実のところ、善意で相談に乗ってやろうとしている部分は本当だが、眼力については別の理由があったりする。

 ぶっちゃけ言えば―――只単に眠いから手早く済ませろという事だ。

 

 

「今から、六時間後―――」

 

「ん?」

 

「第6の、遊撃の間で…」

 

 

 先程通達された内容を、ルピはゆっくりと零して行く。

 断片的ではあるが、ノイトラにとっては十分理解出来る範囲であった。

 

 

「…決まったのか」

 

「う、ん…」

 

 

 ルピが言っているのは第6十刃の階級争奪戦の事だろう。

 ノイトラはそう考え、問い掛ける。

 案の定、返答は肯定。

 

 ―――妙に早いな。

 ノイトラは不審に思った。

 六時間後という事は、即ち朝七時にそれが開かれる訳だ。

 基本的にこういったイベントや任務等については、藍染の気紛れ―――とは言い切れないのが恐ろしい部分だが、彼の一存で日程が決められる。

 

 だが今回に限っては少々違いがあった。

 何時もはもっと余裕がある筈なのだ。

 判り易い例を挙げるとすれば、初の空座町侵攻。これの三週間前、藍染はウルキオラへ事前に任務内容を伝えている。

 つまり重要度と規模に比例して、与えられる準備期間が延びるという訳だ。

 個人個人の召集なら未だしも、現十刃が入れ替わるかもしれない可能性を孕んだ催しである。少なくとも、些細な出来事では決して無い。

 ノイトラはそこに引っ掛かりを覚えたのだ。

 だが所詮、藍染にとっては全てが平等に些細な出来事に過ぎないのだろう。前述の任務に関しても同様の事が言える。

 

 今迄に幾度と無く行われてきた階級争奪戦だが、破面達にとっては大きなイベントだ。

 虚夜宮内にて無数に存在している破面達。その中でも頂に等しい場所へ立つ十つの刃を冠する者達。

 畏怖の象徴でもあり、憧れでもある彼等が、一桁の数字を賭けて衝突する。場合によっては全力で殺し合う。

 有象無象の数字持ちの小競り合いなど遊戯に等しい、次元を超えた戦い。興味を抱かない訳が無い。

 

 言うなれば、スポーツや格闘技等の頂上決戦を観戦する気分に近いのかもしれない。

 ―――実際は古代ローマ帝国のコロッセオだが。

 藍染という王が、破面という剣闘士を戦わせる。正にそんなイメージ。

 元より娯楽が少ない虚夜宮だ。現世の料理や酒という、食という分野に嵌ったドルドーニ達と同様、他にも現世の文化を持ち込めば流行る可能性は高いのではないか。

 実行に移す気は無いが、ノイトラはふとそう思った。

 

 

「それが如何かしたか」

 

「…あの、さ」

 

 

 ルピは其処で一旦口を閉ざし、先程の様に顔を俯かせる。

 その様子に、ノイトラは思わず首を傾げた。

 ―――全く以て彼らしくない。

 その小柄な身体から漂う雰囲気は、只管に重い。

 他人を小馬鹿にする御調子者のものは欠片も無い。

 

 

「ボク、グリムジョーに勝てると思う…?」

 

「!!」

 

 

 不意に呟かれたその言葉に、ノイトラは合点がいった。

 如何いう訳か、ルピは自信を喪失しているのだと。

 

 

「…らしくねぇな」

 

「ノイトラだって気付いてるだろ…」

 

 

 ―――あんな、無様な。

 視線を合わせぬまま、ルピは自嘲する様にしてそう零した。

 

 最後まで言わずとも理解出来る。任務の報告と織姫の紹介を行ったあの召集での出来事だろう。

 不意討ちとは言え、グリムジョーによって絶体絶命の危機まで陥ったルピ。

 史実とは異なり、初撃の貫手は何とか躱したが、追撃には全く反応出来無かった。

 

 恐らくそれで悟ったのだろう。

 本来の力を取り戻したグリムジョーに、自分は及ばないと。

 ある意味、実質的には敗北しているとも取れる。

 加えてそれが初めての挫折とくれば、それはそれは落ち込むだろう。

 

 事実、その認識は正しい。

 グリムジョーは近接戦闘に長け、野性的で優れた反応速度と、型に囚われない荒々しい戦闘スタイルを持つ。帰刃形態には飛び道具も付属する為、更に隙が無くなる。

 史実に於いて、自分より数字二つ分格上の筈のウルキオラと衝突した際、発射前の虚閃を鷲掴みにして潰すという、誰も予想だにしない方法で阻止したばかりか、意表を突いて一時的にウルキオラを退場させるという快挙を成し遂げている。

 

 それに対し、ルピは如何か。

 帰刃形態を見れば判るが、中距離から遠距離戦闘がメインで、後は八本の触手による手数と刺突の突進力が売り。

 “鉄の処女”という殺傷能力を上げる技も存在するが、他ならぬ触手自体が脆い為、喜助が行った様に棘の生えた先端部分を切り落としてしまえば簡単に無効化されてしまう。

 一応他にも使い様はあるとは思うが、あの性格だ。相手を見下し、侮るのが癖になっていそうだし、強い向上心を持ち合わせている訳でも無い。

 

 この通り、相性に加えて能力差もあるが、最たる違いは別にある。

 それは―――強い信念。

 大虚時代より自身に付き従っていた部下達を失っても尚、王としての矜持を持ち続けるグリムジョーに対し、ルピにはそういったものは欠片も無い。

 内容の善悪は兎も角として、如何なる状況に於いても揺らぐ事無い信念を持つ者は総じて強いものなのだ。

 

 ノイトラはつい先程セフィーロから聞いた話の内容を思い出す。

 それは第6十刃になるより前の、只の数字持ちだった頃のルピについて。

 彼は日頃から弱い破面達に絡んでは、馬鹿にしたり嘲笑ったりを繰り返しており、酷い時は暴力を用いたりもしていたらしい。

 雑務係の破面に対しては更に顕著。仕事中にちょっかいを掛けては邪魔をしたりと、それはそれは非常にタチが悪かったそうだ。

 

 当然、破面達は力の差がある為に逆らう訳にもいかず、泣き寝入りするばかり。

 実はロカもその内の被害者の一人だったりする。

 理由は虐め易そうな顔をしているから、といった下らないもの。

 ―――復讐は済んだので、スッキリしました。

 満足気にそう言うセフィーロに対し、あの仕打ちはそれが切っ掛けだったのかと、ノイトラは納得した。

 

 十刃に昇格してからは減少した様だが、実はそのまま続けていればルピの身が危うかった。

 何故ならあの藍染が絡まなければ仏に等しい懐の広さを誇るビエホが、その重い腰を上げんとしていたからだ。

 ちなみに彼のその御説教を受けた前例はある。ヤミーだ。

 刑罰の内容は単純。当初から十刃であった彼に対し、ビエホは臆する事無く真っ向から対立。完膚無きまでヤミーをボコボコにして反省させたらしい。

 その時に負った怪我が原因で大幅に弱体化してしまった為、もはや同じ事は出来無いそうだが、それにしてもヤミーに勝利したというのは驚異的な戦果である。

 

 これ等については結構前にビエホ本人から聞いた話だ。見栄を張って嘘を付く様な性格で無いのは確実なので、恐らく真実だろう。

 ヤミーに聞けば十中八九、否定か見苦しい言い訳か何かを叫び出すに決まっている。

 当時の彼は一介の数字持ちであり、その階級で十刃に勝利したという事は、ヤミーとの入れ替わりが起きていても何ら不自然では無い。

 だが弱体化の件があった為、十刃としての役目を果たせないとして断ったらしい。

 

 初期の頃のヤミーは非常に荒れており、通路を擦違っただけでも、目障りだと言って雑務係の破面達を虐殺していたそうだ。

 ―――あれでも大分改善したのですぞ。

 溜息を吐きながらそう零すビエホに、ノイトラは労りの言葉を投げ掛けたのを覚えている。

 確かに、現在のヤミーは他の破面が視界に入っても舌打ち程度で済ませる程度だ。

 この功績を考えれば、ビエホが力の弱い破面達に慕われるのも納得だった。

 

 

「………」

 

 

 タイプは違えど、一時はそのヤミーと同列になり掛ける程度のルピだ。

 当然、グリムジョーとは比較するまでも無い。

 生き方の時点で既に負けている。

 

 とは言え、ノイトラにはその本心を直接口に出す気は無い。

 相手は心底落ち込んでいるのだ。相談を持ち掛けた手前、解決策を提示するのでは無く追い討ちを仕掛けるというのは余りに不義理。

 そんな事を考えながら、ノイトラは口を開いた。

 

 

「まあ、無理だろ」

 

「っ…」

 

 

 激励でもするのかと思いきや、まさかの真逆。

 澄まし顔で、ノイトラはルピが密かに抱いていたであろう希望を打ち砕いた。

 それが想定外だったのか、ルピは一瞬息を吞んだ。

 

 

「普通に戦えば、の話だけどな」

 

「!?」

 

 

 だが続け様に放たれたその言葉に、ルピは思わず顔を持ち上げた。

 何か考え事をしているのか、右手の人差し指を蟀谷に当てながら、ノイトラは問い掛ける。

 

 

「聞くぞ、テメェの帰刃の強みは何だ」

 

「へ? …えっと、長いリーチと手数?」

 

「じゃあ次、グリムジョーは如何だ」

 

「知らないからわかんないケド…多分近接戦に特化してる、と思う」

 

 

 その問いの意図が読めず、戸惑いながらも、ルピは回答してゆく。

 

 

「その逆は」

 

「え~と、ボクの触手は先端以外が脆くて……グリムジョーは…」

 

 

 其処まで答えた途端、言葉に詰まった。考えてみると、グリムジョーには弱点らしい弱点が無いと。

 近接戦を得意とする者に対する対策といえば、適度な距離を保つという選択が最も無難。

 だがそれを選んだとしても、あの速度だ。生半可な遠距離攻撃は躱されるだろうし、下手すれば一気に間合いを詰められてしまう。

 

 事前に罠を仕掛けてば如何か―――とも考えたが、直ぐに改めた。

 十刃クラスに通用する罠なぞ、一体どれ程のレベルが求められるか判ったものでは無い。しかもあのザエルアポロ並みの頭脳も科学力も無い為、前提からして間違っている。

 戦法の中に罠を組み込むにしても、野性的本能か何かで察して直ぐに対応してしまいそうにも思える。

 

 つまりグリムジョーと戦うには、純粋に真正面からぶつかり合い、実力で打倒するしか術は無いのだ。

 今更ながらその事実に気付いたルピは、焦燥に駆られた。

 自分では如何足掻こうが不可能ではないかと。

 

 血の気が失せ、顔色が青褪めていくのが判る。

 同時に背中を大量の冷や汗が流れ始めた。

 そんなルピを尻目に、ノイトラはきっぱりと言い放った。

 

 

「油断してる内が勝負どころだな」

 

「え…?」

 

「要するに、グリムジョーの奴がキレる前に仕留めりゃ良いってこった」

 

 

 ―――それなら十分勝機はある。

 そう断言するノイトラに、ルピは開いた口が塞がらなかった。

 

 確かにグリムジョーは敵に対して情け容赦は無いが、格下だと判断した相手には油断―――または調子に乗る傾向にある。

 先の任務内で満身創痍となった一護に対し、殺さずに甚振り続けていたのが良い例だ。

 

 それはルピも同様。付け加えるならば、グリムジョーよりもやや顕著だ。

 帰刃の際に発生した霊圧の余波によって隙が出来た冬獅郎を一時的に退場させたまでは良いが、探査神経で確かめもせずに死んだと判断。

 結果、技の仕込みの時間を与えてしまい、まんまと反撃を許したりと、大ポカを遣らかしている。

 

 

「ワザと調子付かせて隙を突くって手もアリかもな」

 

 

 正しく慢心が過ぎたが故に、本来の実力も出さぬまま敗北するという、物語に登場する敵キャラのテンプレ。

 弱い主人公が、強い敵を土壇場の閃きや覚醒によって打倒する展開と比肩する程に使われている。

 ノイトラはそれを利用しろと言っているのだ。

 と言うか、今のルピにはそれしか無い。

 

 

「それに触手の脆さ云々は兎も角、手数が多いのは強みになる」

 

「………」

 

 

 ルピは感じた。その言葉には妙に実感が籠っていると。

 それはそうだろう。ノイトラの帰刃形態は鋼皮の硬度に膂力が上昇する件を除けば、腕が増えると言う至極単純なもの。

 手数を生かした戦法の有効性について理解しているのは当然と言えた。

 

 本来、複数の武器を持てば持つ程、比例して運用する難易度が上がってゆく。

 史実のノイトラも、“剣道”による一閃を繰り出されるまでは剣八を圧倒していたが、三対の腕を巧みに使いこなしていたとは言い難い。

 六本の内二本の腕を出し惜しみして、やや追い詰められたかと思われた瞬間、不意討ちに使ったり。建物の残骸を利用して隙を作ったりと、戦法自体は少しばかり考えていた様には見受けられる。

 だが基本的に増幅した攻撃力にモノを言わせた単純な力押しの戦法しか取っていなかったのに変わりは無い。

 ―――こんなに便利なのに、勿体無い。

 その時は六本の腕を使い、小石でジャグリングをしていたノイトラは、そう思った。

 無論、それを目の当りにしたテスラがドン引きしていたのは言うまでも無い。

 

 二刀流の基本は無論一刀流。この様に、通常よりも確実に基本を押さえておかねば到底扱い切れる筈が無い。

 だが今のノイトラは何年も基本に忠実な鍛錬を重ねて来ている。帰刃についても同様に手を抜いておらず、常に試行錯誤しつつ腕を磨いていた。

 その結果―――其々の役割毎に腕を振り分けた状態での戦いを可能とした、正しく攻防一体といった現在の帰刃形態の戦闘スタイルを確立。

 未だ実戦で用いた事は無いが、同様に確立させていた未解放時のそれが通用した事実から、恐らく使えないという事は決して無いだろう。

 

 ちなみにルピはグリムジョーのものと同様に、ノイトラの帰刃形態を知らない。

 バラガンやビエホといった古参の破面は別だ。

 十刃クラスともなれば、余程の事が無い限りは滅多に帰刃しようとしない為、大抵はルピと同様に把握していない者が殆どだ。

 

 

「それにテメェの帰刃は、突進とか鞭打以外にも使い道はあんだろ」

 

 

 ―――例えば地面に何本か潜らせといて、死角から奇襲を仕掛けるとかな。

 ノイトラは小さく呟いたが、ルピにはしっかり聞こえていた。

 その意見は驚く程に、ストンと腑に落ちた。

 

 確かにこの虚圏一帯は全て砂漠であり、地面は細かい粒子の砂で統一されている。

 虚夜宮に於いても、宮の外は全てそうだ。

 力を持たない小さな虚達も、その砂の中に潜るなどして身を守ったりする事は多々ある。

 ならば触手を潜り込ませる程度は容易だった。

 

 ルピは気付いた。

 少し考えれば直ぐに思い浮かぶ有り触れた意見である。

 にも拘らず、今迄一度たりとも想像した事が無かったと。

 

 

「そっ…か、考えたこともなかったや」

 

「ハッ、向上心が足りねぇだけだ」

 

 

 その呟きを、ノイトラは鼻で笑う。

 だがその態度には不思議と、相手を馬鹿にする感じは無かった。

 ―――少しは自信付いたか。

 まるでそう語っている様に見えた。

 

 

「…うん、なんかスッキリしたよ」

 

「解ったらさっさと宮に帰って寝ろ。戦いに備えてな」

 

「ははっ、似合わないセリフだなァ」

 

「ウルセェよ女男」

 

 

 一段落着くと、二人は互いに軽口を叩き始めた。

 ルピの雰囲気に表情も一転、明るいものへと改善されていた。

 

 

「…じゃあな」

 

「うん、また」

 

 

 まるで仲の良い職場の同僚同士の様に別れる二人。

 ルピは駆け足で自身の拠点の宮がある方向へと。ノイトラも途中までは同じ方向に向かう筈なのだが、何故か逆の方向へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルピとの距離が、探査神経を用いねば互いに認識不可能な域まで至った瞬間―――突如としてノイトラが声を上げた。

 

 

「―――クソッタレが!!!」

 

 

 固く握りしめられた右拳を、真横の壁に打ち付ける。

 響き渡る轟音。みれば直撃を受けた通路の壁には、人一人軽く超える程の巨大なクレーターが出来上がっていた。

 罅も考慮すると、その損傷範囲は倍近くになる。

 

 

「何が…勝負どころだ……!!」

 

 

 ノイトラは絞り出す様にして、吐き捨てた。

 盛大に歪めがられているその表情は、何かを必死に耐えている様に見えた。

 

 それもその筈。今のノイトラが抱いているのは、後悔、怒り、焦燥が複雑に入り混じった上で激情と化している感情だ。

 以前も似た様な事はあったが、今回に限っては別格。しかも前の二つの感情が異常に大きい。

 忍耐強いノイトラも、流石に限界だったのだろう。

 

 

「どの口で…偉そうに語ってやがる…!!!」

 

 

 ―――この偽善者め。

 ノイトラは内心で己を罵倒した。

 

 ルピが落ち込んでいるのも、元を辿ればノイトラが原因だ。

 あの時、グリムジョーを止めずに放置していれば、ルピもこんな状況に陥る事も無く一瞬で全てが終わっていた筈だ。

 にも拘らず、条件反射で助けに入った挙句、勝負が見え切っている癖に階級争奪戦という形を提示。藍染がそれを決定付ける切っ掛けを作った。

 

 そして先程の相談である。

 変に希望を持たせる様なアドバイスをして、一体何の意味があるというのか。

 確かにルピはあの慢心さえ取り除けばそれなりの実力は発揮出来ると、ノイトラは考えている。

 だがグリムジョーを降す程では無い。

 余りに地力が違い過ぎるのだ。

 史実に於いて、未解放時とは言え素手で、鋼皮をものともせずにルピの腹部をぶち抜いた時点で御察しだ。

 

 

「…この御人好し(バカヤロウ)が」

 

 

 それ程親しい間柄でも無いルピに対し、ノイトラが此処まで悩む必要自体が皆無の筈である。

 結局のところ、この状況に陥ったのも全て自業自得。

 見捨てれば良かったのだ。あの時、動き出した身体を無理矢理抑え込んででも。

 

 例えそれが出来無かったとしても、最後に至って簡単な方法で全てを解決に導く事が出来る。

 それは―――自らの手でルピを殺す事だ。

 そうすれば全てが丸く収まる。多少不満はあるだろうが、グリムジョーは第6十刃に返り咲くだろうし、こうしてノイトラが悩む要素も無くなる。

 殺した理由については―――喧嘩を売られたとか、後で適当に付ければ良い。

 

 だが端からそういった冷徹な思考と行動力が出来れば苦労してはいない。

 御人好しというのは理屈で成り立っている訳では無いのだ。

 相手が誰だろうが、怪我をしていれば心配するし、困っていればつい手を貸して遣りたくなる。

 つまり生まれ持ってしまった時点で、如何し様も無い性分なのである。

 

 

「…クソッ!!」

 

 

 ノイトラは逃げる様にして、響転でその場を立ち去る。

 次にその表情に浮かんでいるのは―――焦燥。

 場所も弁えずに感情を剥き出しにして八つ当たりするという、愚行を犯した事に対しての。

 

 何処に藍染の監視の目があるかも不明な環境下、この行動は余りに迂闊だったと言わざるを得ない。

 だが今のノイトラは精神的に追い詰められ過ぎていた。

 それこそ、抑えが利かない程に。

 

 このまま拠点の宮に帰還して眠りに着いたとしても、不安定の極みにある精神はそう易々と改善されない。

 下手すれば同様の事を繰り返す可能性が高い。

 

 脳裏を過るのは、先程帰り様にルピが小さく零した言葉。

 ―――ありがとう。

 それがノイトラの罪悪感を如何し様も無く増幅させる。

 礼を言われる資格なぞ、自分には無いのに。

 

 あらん限りの力で、歯を食い縛る。

 正しく限界。何時ぞやに考えていた最悪の想定。凡人のキャパシティを超えたのだ。

 今の精神状態に比べれば、胃痛如き痒みに等しい。

 

 一切合財全て投げ捨てて、本能のままに暴れ回りたいという衝動がノイトラを襲う。

 だがそれを行う訳にはいかない。

 だからと言って自分の力だけで耐え切れる自信も無い。

 

 故に止むを得ず―――ノイトラは縋る事にした。

 男の癖に情けないと言われるかもしれない。だが他に方法が無いのだ。

 

 響転の速度を緩めず、超高速で向かった先は治療室。

 ノックも無しに速攻で扉を開き、中へ侵入する。

 

 

「ノイトラ…様…?」

 

 

 何か道具の準備をしていたらしい、驚愕の面持ちで固まるロカを擦り抜け、セフィーロの自室へとこれまた無断で侵入する。

 何時の間にやら壁紙全体が水玉模様と化した室内。その中心には、寝間着に着替える途中だった思われる、白衣を肌蹴させた体勢で固まっているセフィ―ロの姿があった。

 マスク状の仮面の名残も顎下まで下げられており、その美しい素顔が丸見えとなっている。

 

 

「…ふぇっ? の、ノイトラさん…?」

 

 

 流石の彼女も想定外だったのか、何度も瞬きを繰り返しなから、そう呟いた。

 だがノイトラは無言のまま、セフィーロへ近付いて行く。

 

 

「え、え、えええ? もももも、もしかして遂にその気になってくれたんです―――わぷっ!!」

 

 

 頬を赤く染めて、何やら期待し始めたセフィーロだったが、それは裏切られる結果となった。

 ノイトラは距離を詰めた瞬間、セフィーロを正面から抱き締めたのだ。

 左手は背中に、右手は頭部に。誤って潰してしまわぬ様、優しく包み込む形で。

 

 セフィ―ロの身長は百と八十。さり気にハリベルより高い。

 だがそれに対してノイトラは二百と十五。その差は歴然。

 そんな彼に抱き締められれば、必然的にセフィーロの顔は胸元よりやや下に埋まる事となる。

 

 

「ぷはっ…ノイトラさん?」

 

「………」

 

 

 埋もれた状態から抜け出したセフィーロは、何とかノイトラの顔を確認しようと試みる。

 頭部を右手でやや固定されている為、見えたのは口元だけ。

 だがそれだけで十分だった。

 ノイトラが今、どんな表情を浮かべているのか。

 

 

「…少しの間だけで良い」

 

「え…?」

 

「このままで、居させてくれ…」

 

 

 その力無い声を聴いた直後、先程まであった筈の浮かれた感情が一気に抜け出すのを感じた。

 同時に言い様も無い感覚が、胸が締め付ける。

 

 セフィーロは恐る恐る、自身の両手をノイトラの背中に回す。

 細身に見えて、実は相当な筋肉質。高身長なのもあるだろうが、傍から見れば普段は大きく、力強さを放っているそれ。

 だが、今は如何だ。

 感触は間違い無く一緒。にも拘わらず、この上無く小さく感じるのは何故だろう。

 

 

「…はい」

 

 

 セフィーロは慈愛の笑みを浮かべながら、それを了承。

 やがて優しい手付きで、ノイトラの背中を撫で始めた。

 

 今迄にも何度か弱っていると思わしき場面を見た事はあるが、これ程のものは未だ嘗て無かった。

 基本的に人は自身の弱みを見せる相手は、信頼している者に限られる。

 ノイトラは現在交流のある親しい者達の中でも、セフィーロを選んだ。つまりそれは彼女の事を最も信頼しているという証明に他ならない。

 

 ―――やはり彼にとって、自分こそが一番なのだ。

 そんな優越感を抱きつつ、仄かに石鹸の香りが漂うノイトラの身体に密着し続けた。

 自室のドアの隙間から、熱心に此方を覗いているロカに見て見ぬフリをしながら。

 

 

 




主人公、弱るの巻。
抱え込むきらいのある御人好しの精神なんて脆いものです。
…決して露骨な凡人アピールじゃないんですよー(棒

ちなみに書き溜めミスの内容は、ベリたん侵入前後のイベントが入り混じっていた事。
侵入者居るのに呑気にほのぼのしてる主人公達って、流石にアカンでしょう…。そういうのも好きだけどね!!





超展開及び捏造設定纏め。
①虚は睡眠の必要無し。
・夜の概念しかない世界で、弱肉強食で、大抵が霊圧探知持ちとか、これ等の要素を考えてみると、如何考えても眠ってる余裕無いでしょこれ。と思って捏造。
・メノスの森とかなら隠れる場所ありそうだけど、やっぱり霊圧探知がネック。
・多分破面もその気になれば寝なくても良いのかも。
②ネガティブ蔦嬢さん。
・ちょっと無理があったかと思ってます。
・小物的思考で考えてみると、逆に「よくもやったなてめえ!!」って勢いで無謀にも戦意を燃やす可能性が高いかも。
③ビエホ(オリキャラ)強し。ちなみに未解放時ヤミーが相手。
・二次創作でのオリキャラが強いのは良くある事。
・尚、今後も余り絡みません。所詮は脇役なので、描写の中に出て来る程度でキープ。
・完結後に番外編とかで少し書くかも。
④蔦嬢さんの触手について。
・シロちゃんの氷の翼突いた時、先端部が潰れてなかったので、それなりに硬いのかなと。
・または硬度変化可能なのかもしれませんが…。
⑤豹王さん、色々と優秀なキャラ。
・明確な弱点が無いので、単純にレベルを上げて戦って勝たなきゃならないという、地味に手強い中堅ボスキャラのテンプレ。
・ゲスプーンさんも似た様なものかと。
・あと最近再登場した豹王さん、なんかパワーアップしてない?未解放なのに出してる謎の爪とか。…まあ周囲がインフレしてるし、良いのか。
⑥主人公、ヘタレ過ぎじゃね?
・中の人の性格を把握してる人なら解ると思いますが、基本的に普段の態度は強がり、またはフェイクに過ぎません。
・自分を偽って、強さを求めて鍛錬して、今後の事について色々考えて、仲間達との付き合いも考えて、藍染様等の要注意人物を警戒しつつ過ごして……普通に胃に穴が開くブラック職場じゃないですかやだー!!
・ちなみにこの主人公、御人好しレベルはまだ中の上です。一切関わりさえ無ければ他者を見捨てられる性格なので。



出張ヤダヨー(´;ω;`)

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