三日月は流離う   作:がんめんきょうき

35 / 66
今回は蔦嬢さんVS豹王さんの決着です。
それと序盤に少し無理矢理過ぎる展開があるので、念の為御注意を…。


第三十四話 三日月と虚無と、蔦嬢と豹王と…

 ルピとグリムジョーが激戦を繰り広げている最中、ノイトラとウルキオラは治療室の隅の壁際に並んで立って居た。

 理由は織姫に関する事だ。

 

 今の彼女は高校の制服を身に付けている。

 虚夜宮の一員となった今、そのままの格好では相応しく無い。

 その為、織姫専用に白装束を手配する事となったのだが、とある問題が浮上した。

 

 身長や肩幅といった、基本的な部分が適合する物は在庫にも幾つかある。

 だがどれを試着させてみても合わなかったのだ。

 理由は―――その豊満なバストである。

 

 如何せん、虚夜宮には女の破面が少ない。

 故に現存する在庫の種類にも限りがあり、加えて織姫並のバストを持つ者もほぼ居ないとすれば言わずもがな。

 

 厳密に言えば、匹敵する者は二人だけ居る。

 セフィーロにハリベルだ。

 ならばこの二人の白装束を転用、加工調整すれば良いのでは、と思うだろう。

 だが其処にも問題があった。

 

 まずセフィーロ。彼女の白装束の場合、医者等が着用する白衣の様なデザインで全て統一されている。

 織姫が正式に治療室に配属されたとなればそれでも良いのだろうが、生憎とそうでは無い。

 藍染の傘下に下ったばかりの初期の頃であれば、通常のタイプも使用していたのだが。

 

 次にハリベルだが、ある意味彼女の場合が一番ネックだったりする。

 取り敢えず一言で言えば―――露出が過ぎるのだ。

 ハリベルとしては、服と言うのは所詮飾りに過ぎないという認識だ。破面には鋼皮という鎧があるのだから、幾ら肌を晒そうが如何という事は無いと。

 他にも彼女自身が所有している能力の特性上、水に濡れても大丈夫な様に―――という事情もあったりする。

 確かに十分に水を吸った衣服というのは、思った以上に装着者の動き等を阻害、邪魔をする。

 そう考えると、寧ろ理由としては後者の方が主なのだろう。

 

 例え周囲から卑猥な眼で見られ様とも一切気に留めず、常に毅然とした佇まいを崩さない彼女らしい思考だ。

 だが織姫までもそれが出来るかと聞かれれば―――首を横に振らざるを得ない。

 

 代用として考えれば、セフィーロの物でも大丈夫だろう。

 だが今後も着用が義務付けられるとなると、そうもいかないのが現実。

 どちらも修正を加えれば改善されるのだが、其処までするならば初めからオーダーメイドで作った方が良いだろうという結論へ至った。

 

 織姫は現在、治療室の隅にある作業場に居る。要尺計算に必要なボディサイズの計測の為だ。

 彼女と共に居るのは、チルッチ、セフィーロ、ロカの三人。

 チルッチは強制的に補助としてメモ係を、任せた当人であるセフィーロは計測を、ロカは設計に制作を担当している形だ。

 当然周囲には囲いがあり、外からは見えない様になっている。

 

 

「ひゃわぁ!? ど、どこ触ってるのセフィーロさぁん!!?」

 

「何処って…一番重要なおっぱいですよぉ~? サイズの他にも弾力とかその他諸々ナニやらかにやら測らないと、ちゃんとした物が作れないですからね~」

 

 

 作業場の奥から響き渡る、織姫の悲鳴。

 実は測定が始まってからずっとこうなのだ。

 会話の内容を聞けば大体解るだろう。只単にセフィーロがちょっかいを出しているだけだ。

 

 だが騒がしさの反面、その雰囲気は非常に和やか。

 織姫もそれ程嫌がっている訳でも無さそうだ。

 何せ彼女のクラスメートには同じ様なノリを持つ―――“万年発情猫”と呼ばれる生粋のレズビアンたる本匠 千鶴(ほんしょう ちづる)という者が居り、常日頃から性的なスキンシップを受けていたりする。

 その影響なのか、セフィーロの行う悪戯程度は慣れっこなのだろう。

 

 

「は~い、次はお尻ですよぉ~。 おパンツ脱ぎましょうね~」

 

「えええ!! それぐらい自分で脱げる……ってひゃあああぁ!! 鷲掴みにしないでぇ~!!!」

 

「うぇへへへ、ええモン持ってますなぁ~」

 

「…いい加減にしろこの淫乱女!! 作業が進まねえんだよ!!」

 

 

 終いには怪しい笑い声を漏らし始めるセフィーロ。台詞だけ見れば完全にエロ親父である。

 悪戯の内容も段々悪化している様だし、如何やら悪乗りしているらしい。

 流石にチルッチも拙いと感じたのか、怒声を上げて止めに入っている。

 

 

「…何やってんだアイツは」

 

 

 ノイトラは額に右手を当てながらツッコんだ。

 まさかこんな状況になるとは、と。

 

 女三人寄れば姦しいとは良く聞くが、実際に騒がしくしているのは二人のみ。

 というか、その内一人であるセフィーロが大人しくなれば全て収まるのが現状である。

 

 だがノイトラとしては、織姫を好き放題弄繰り回す彼女の心情は解らなくも無かった。

 セフィーロ・テレサというのは色々と秘密の多い破面だ。

 それこそ、付き合いの長いロカや、好意を向けているノイトラにさえ、全てを曝け出している訳では無い。

 本人の事情としてはそうせざるを得ないのだろう。事実、セフィーロは以前その二人に対し、自身の抱える事情を話せない事を神妙な面持ちで謝罪している。

 

 だがそれは即ち、セフィーロは親しい仲間内にすら常に気を遣いつつ接しているという事に他ならない。

 実はこれ、人によっては結構な精神的負担となる。

 憑依前は明らかに訳ありな背景を持つ自分に対し、色々と良くしてくれる恩師や職場の同僚達に負い目を感じながら生活していたノイトラには、その辛さが痛い程良く解った。

 真面目に学校を卒業した上でこの職場に就職し、毎日汗水垂らして仕事をしている彼等と比べ、自分は如何だ。御情けに近い形で拾って貰った上に、仕事のみならずプライベートでも面倒を掛けるとは、何と情けない事かと。

 

 他にも手段はあった筈なのに、良く考えずに一人で暴走し、半ば自業自得の形で高校を退学。目的である“彼女”は救えたものの、逆にその精神へ罪悪感を植え付けたまま去る事となってしまった。

 ある意味、悪い結果となった感じが否めない終わり方である。

 この結末から、大凡は理解出来るだろう。これ等一連の行動は、正義という崇高な思いが切っ掛けとなっている訳では決して無いと。

 

 それは周囲の事など考慮しない、極めて傍迷惑な感情―――自己満足。

 助けられた相手の気持ちなど知った事か。トラウマにさえならなければ問題無い。自分の事など気にせず、黙って助けられていれば良いのだと。

 実際、今のノイトラは後悔の念を持っておらず、それどころか自己犠牲の齎す甘美な感覚が忘れられずに残っている。

 正しくそれは陶酔。史実のノイトラも、最強や死に様云々の願望の他、上位の戦いによって齎されるそれを欲していたが、憑依後の彼はある意味それ以上にタチが悪いと言えた。

 

 こんな考えや感性を持つ馬鹿野郎を気に掛け、普通に接してくれる存在。それを有難く思うと同時に、申し訳無いと感じていたのを、ノイトラは覚えている。

 他の部分では目を見張る程の切り替えの早さを持つ癖に、人付き合いに関しては何故かこうなってしまうのだ。

 ―――所詮は御人好し特有の考え過ぎの一種。

 そう気にせず割り切れば良い部分なのだろうが、それが出来無いのが性分であった。

 

 ノイトラは考える。

 きっとセフィーロも過去の自分に近い辛さを抱えている事だろう。

 心労が溜まる一方、その事情故に発散も出来無いジレンマ。

 

 そんな時に現れた織姫。

 一護と同様に敵であろうとも非情になれず、救いの手を差し伸べたりする甘さも目立つが、自分が戦いに向かないと理解していても、何とかして戦いたいと願う勇気を併せ持つ強い心の持ち主。

 包容力も高く、誰であろうとも分け隔て無く接し、自然と心を開かせてしまう不思議な魅力も持っている。

 そしてこれも重要なのだが―――少々天然の入った弄られキャラであり、女性であるという事。

 

 セフィーロの事だ。取り敢えず真っ先に弄りという形で絡むだろう。もし自分が彼女であれば確実にそうしていると、ノイトラは断言する。

 実質、自分のストレス解消に利用するという身勝手な行動ではある。だが一応織姫自身にも緊張を解すという効果もある為、片方だけが得する訳では無い。

 

 

「ま、別に良いか」

 

 

 ―――今回は見逃してやるとしよう。

 騒がしいだけで、実害は無い様だし。

 内心でそう考えたノイトラは、其処で思考を止めた。

 

 

「…止めないのか?」

 

 

 何処か吹っ切れた様にして顔を上げるノイトラに対し、隣のウルキオラが不意に問い掛ける。

 

 

セフィーロ(アイツ)も馬鹿じゃねぇ。限度は弁えてるさ」

 

「…そうか」

 

「あの御姫サマも内心楽しんでるみてぇだしな」

 

 

 そう言うと、ノイトラは背後の壁に背中を預けた。

 後頭部に両手を回し、完全にリラックスした体勢へと移行する。

 

 

「つーかコレ、俺達要らなかったんじゃねぇか?」

 

「…必要性を感じなくとも、それが俺達の義務だろう」

 

「やっぱそうだよなぁ…」

 

 

 良く考えてみると、この織姫専用の白装束作成は特に重要性が高い用件では無い。

 だが一応彼女は藍染が気に掛ける程の重要人物である。

 故に案内と護衛の意味も含め、世話役であるウルキオラとノイトラは治療室まで付き添ったのだが―――こうして待ち惚けを食らう羽目になっている訳だ。

 

 

「…一つ聞かせろ、ノイトラ」

 

「あ?」

 

 

 暫しの間会話が途切れるが、またしてもウルキオラが口を開く。

 先程から意識の半分が別方向へ向いていたノイトラは、顔を反射的に振り向かせた。

 

 だがその直後、彼の意識は完全に元通りになる事となる。

 

 

「“心”とは―――何だ?」

 

「っ!?」

 

 

 想定外過ぎるその問い掛けの内容に、ノイトラは瞠目した。

 ―――何故に今のタイミングでそれを聞く。

 しかもその相手を間違えているのではないかと、即座に内心でツッコみを入れる。

 

 本来、ウルキオラが人の持つ心に興味を抱くのはもっと先の筈だ。

 織姫との交流、そして一護との戦いを通し、それの在り方に疑問を抱き始め、やがてそれは関心から興味へと変化する。

 にも拘らず、こうして既に変化の兆しが見えているというのは如何いう訳か。

 ノイトラは混乱する。

 

 ウルキオラとしては特に含みも無い、純粋な疑問を問い掛けた心算だった。

 以前までの自分自身の在り方を根本的に改善してみせただけで無く、直接確認せずとも井上織姫の心情を察せるのだ。

 ノイトラならこれの意味が解っているのではないかと。

 

 

「…藍染様には?」

 

「過去に伺った事もあるが、明確には答えて下さらなかった」

 

「だからって俺に聞くかよ…」

 

 

 ノイトラは溜息を吐く。

 もしかしなくとも、この面倒事の切っ掛けを作ったのは藍染らしい。

 ―――あの爽やか成分ゼロの胡散臭さマックス腹黒ヨ〇様め。

 さり気に内心で罵倒しつつ、ノイトラは質問に対して如何返すべきかを考える。

 

 ―――その答えは他ならぬ君の中にあるんだぜ。

 却下。こんな歯が浮く様な台詞、想像しただけでも寒気がする。

 ―――心とは、この掌にある。

 これも却下。ウルキオラが散り際に零した、尋常ならざる重さを持った言葉だ。言ったら言ったで、間違い無く自分が許せなくなる。

 

 今迄以上の最高速度で思考を巡らせ続けるノイトラ。

 だが結局これだと言える答えは見付からず―――最終的に自分の持論を展開する事に決めた。

 

 

「ウルキオラ」

 

「?」

 

「テメェは自分が中身が無ぇ空っぽな存在だと思ってるだろ」

 

 

 不意にノイトラは質問を質問で返した。

 ウルキオラはそれに首を傾げながら、無言でそれを肯定する。

 

 

「“虚無”…か。見てくれは確かにそうだ」

 

「…?」

 

「けど俺から言わせてみりゃ、今のテメェはそうは見えねぇんだよな…」

 

 

 横目で視線を送りながら、ノイトラは意味深にそう呟いた。

 しかも一向に質問の答えを返そうとしない。

 

 ―――解せない。

 痺れを切らしたウルキオラは、続きを催促する。

 

 

「…どういう意味だ」

 

「要するに、本質が欠けた存在である筈の虚無(テメェ)が、何で心ってモンを知りたがって―――否、求めてんのかって事だ」

 

「!!」

 

 

 ウルキオラは瞠目した。

 言われてみれば確かにそうだと、今更ながらに気付く。

 無駄であり不要と切り捨てた筈のものを、何故自分は知りたがっているのか。

 

 喜怒哀楽等の感情は、一応理屈では理解している。

 プラス方向のそれを持っていれば本人のモチベーションは上がるだろうし、逆であれば下がる。そしてそれは結果にも繋がるだろう。

 

 だがウルキオラは今迄そういったものを明確に感じた事が無い。

 藍染の命令に従わず、自分勝手に行動するヤミーやグリムジョーに対して愚かだと思っても、苛立ちまでは覚えなかったのが良い例だ。

 

 

「俺だって確かな答えは持っちゃいねぇ。けどな」

 

「………」

 

「そうやって何かを追い求めて悩んでるっつー事は、テメェにも心があるっていう証明なんじゃねぇかと俺は思う」

 

 

 心を持たないのなら、それを知りたがる筈が無い。

 僅かな疑問も興味も抱く事無く、そんなものは無駄であり不要だと切り捨てて終わり。

 

 言わばウルキオラは生まれながらに欠陥を抱えているに等しい状態なのだ。

 故に欠如したそれを自覚した今、無自覚ながら補わんと行動しているのだろう。

 それがノイトラの考えだった。

 

 

「心ってのは見て触れる代物じゃ無ぇ。感じるモンだ。テメェにも似た様な経験があったんじゃねぇか?」

 

「………」

 

 

 その言葉でウルキオラが思い出したのは、一匹の大虚だった頃の自分。

 僅かな光も差さぬ漆黒の闇の世界を当ても無く彷徨い続け、やがて辿り着いた白色の木々が生い茂る森の中。

 一人孤独にその場へ身を沈めながら感じた、自我さえ周囲の霊子へ溶け込んで消えてゆく様な不思議な感覚。

 ―――それを幸福と感じていた自分を。

 

 

「俺にも…あるのか?」

 

「あくまで俺個人としての意見だ。あんま真に受けねぇで参考程度にしとけ」

 

 

 人間が持ち得るものとは色々異なる部分があれど、それも一つの心の在り方だとでも言うのだろうか。

 ウルキオラは思考する。

 

 何時もは人形の如き無機質な瞳。それに戸惑いらしきものが浮かんでいたのを、ノイトラは見逃さなかった。

 

 

「それに無駄か如何かってのは、理解してから初めて判断しろ。今はそれしか言えねぇ」

 

「…そうか」

 

 

 其処まで言ったところで、ノイトラは口を閉じた。

 これ以上は説明すべきでは無いとして。

 

 別に此処で心の在り方を説明しても良かった。

 だがそれは同時に今後に余計な変化を齎してしまう可能性がある。

 それだけは避けたかった。

 

 ―――いい加減に自重せねば。

 既に手遅れとも思えるのだが、ノイトラは改めてそう誓った。

 

 

「ノイトラ」

 

「ん?」

 

 

 二人の会話が済んだ直後、ノイトラへ声が掛かった。

 セフィーロの助手をしていた筈のチルッチだ。

 その手にはメモ用紙等も何も無い手ぶらな状態。如何やら計測については完了したらしい。

 織姫の悲鳴も止んでいる事から、それは確かな様だ。

 

 

「あの淫乱女からの伝言よ。“私達の事は気にせず、様子を見に行って良いですよ~”だって」

 

「っ!!」

 

 

 伝言に対し、思わず息を呑んだ様子を見せるノイトラに、チルッチは頭を傾げた。

 

 実を言うとノイトラは織姫の付き添いの開始より、別のものへと意識を向けている部分があった。

 それこそ、ウルキオラの問い掛けの直前の様に。

 

 それはルピとグリムジョーの戦いだ。

 しかも気に掛けるレベルも相当。その証拠に、治療室に入って以降、絶えず探査神経を発動させていたりする。

 だが何故か戦いの様子を観測している者達以外の霊圧は感知出来無かった。

 恐らく観覧席の保護の為、戦場全体を覆う様にして結界か何かを張ってでもいるのだろう。

 

 それ故に戦況が全く読み取れず、ノイトラは内心では少々焦っていた。

 何せ彼は戦いの前夜、変に期待を持たせる様なアドバイスを与え、ルピを焚き付けている。

 結果は見え切っているとは言え、バタフライ効果というものもある。ふとした拍子で番狂わせが起こる可能性も完全には否定出来無い。

 

 もしもルピがグリムジョーを降し、第6十刃の階級が変化しなかった場合、如何なるのか。

 取り敢えず物語が完全に崩壊してしまうのは確実。

 予測も対策も不可能。ノイトラ達の行動内容も済し崩し的に行き当たりばったりにせざるを得なくなり、掲げた目的達成がほぼ困難という詰みに等しい状態となってしまう。

 

 だが敗れたとしても、グリムジョーが生きてさえいれば、まだ可能性はある。

 取り敢えず彼の性格上、階級が十刃落ちのままであろうとも、史実通りに必ず一護に戦いを挑むだろう。その程度の予測は容易だ。

 十刃と十刃落ち、どちらが行動の自由度が高いかと言えば後者である。

 あのグリムジョーの事だ。下手に縛りを無くしてしまえば、それはもう好き放題に暴れ回る可能性が高い。

 

 一護達が虚圏へ侵入した直後に藍染が開催した、御茶会という名の対策会議への参加義務も無い為、下手すれば霊圧を感知したと同時に出撃し、ドルドーニとの初戦すらぶっ飛ばして交戦に入りそうだ。

 流石の一護も、グリムジョーが相手となれば力の出し渋りなどはせず、虚化も解禁するだろう。

 

 問題は其処からだ。

 既に虚化の完全習得が済んでいる彼であれば、現状での勝敗の割合は恐らく五分。

 だが不安要素がある。それは織姫という勝利の女神の存在の有無だ。

 史実でも、中盤まではグリムジョーと互角の戦いを繰り広げ、やがて劣勢へと陥った瞬間、彼女の声援により奮起。繰り出された攻撃を視認せぬまま受け止めると、そのまま見事な反撃を見せる。

 その後も熱く燃え滾った心を胸に、グリムジョーの放つ最強の技を打ち砕き、勝利した。

 だがその勝利の切っ掛けとなった織姫が不在となれば、勝利がどちらに転ぶか判らない。

 

 そしてもう一つ問題なのが、一護の仲間達だ。

 一護がグリムジョーと交戦に入った直後、援護に入ろうとするのか、それともこの場は任せて其々個別に行動するのか。

 彼等の行動によっては未来ががらりと変わってしまう。

 

 グリムジョーはその戦闘スタイルや帰刃形態から勘違いされがちだが、一対一のみならず一対多の戦いにも慣れている。

 大虚時代、シャウロン達と出会う前まではずっと一人で行動していたのもあるだろう。

 しかもグリムジョーは常にコソコソと逃げ隠れする弱者の様な真似を嫌う。

 それ故に堂々と表を歩き彷徨っていれば、他の大虚と出会う確率も跳ね上がるというもの。

 大抵は単体だが、稀に集団で襲い掛かってくる大虚も居た。

 それを尽く打倒して喰らい、その数に比例して強さも上がり続けた結果―――今のグリムジョーがある。

 

 例え数人掛かりで戦いを挑んだとしても、寧ろ消耗する者が増えるだけで終わりそうだ。

 一応彼等も史実では他の十刃とも対峙し、ボロボロになりながらも何とか打倒する。

 だがグリムジョーはその中でも更に上。やはり相手は一護以外には務まらないだろう。

 

 そういった考えもあって、ノイトラは探査神経が効かない今、何とか早目に抜け出して直接戦況を確認したいとうウズウズしていたのだ。

 それを察してくれたセフィーロの厚意に対し、ノイトラは驚愕すると同時に内心で感謝した。

 

 

「…ウルキオラ」

 

「何だ」

 

「後は任せても良いか」

 

「…別に構わん」

 

 

 楽な姿勢を崩し、視線を何処か明後日の方向へ向けながら、ノイトラはウルキオラへ問い掛ける。

 了承の返答を聞くや否や、即座にその場から踵を返した。

 

 

「悪ぃな」

 

 

 そう呟きつつ向かった先は、治療室の出入り口。

 早足だった御蔭か、瞬く間に其処まで到着したノイトラは、扉に手を掛ける。

 通路に出て、扉を閉めた途端―――響転で即座に移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直撃の直後、触手の先に感じた手応えに、ルピは安堵した。

 ―――これで、本当に終わりだ。

 と言うか、そうであってくれなければ困る。

 何せ此方にはもう打つ手が無いのだから。

 

 先程使用したルピの奥の手―――“串刺貴公子”。

 “触檻”に“鉄の処女”を合わせただけの単純な内容の技ではあるが、その威力は必殺技と言っても申し分無い。

 だが余りのデメリットの大きさ故に、今迄一度も使用した事が無かった。

 

 拳同士をぶつけ合うのとは訳が違う。言わばその手の内に爆弾を握った状態を想像してみれば解り易いか。

 当然、衝突と同時に爆発。両手は木端微塵になるだろう。

 “串刺貴公子”もそれと同義だ。

 

 “鉄の処女”の際に生える棘は、触手の先端よりも硬度が高い。

 棘同士が衝突しても相討ちになるが、棘と触手であれば結果を見るまでも無い。

 今回の場合、触手の一本をグリムジョーの拘束に使用していた為、それについては確実に駄目になる。

 一点に集中して突き出した残り七本についても、棘は殆どが折れるか砕けるかするだろうし、全ての触手も同士討ちによって蜂の巣か襤褸雑巾と化している筈だ。

 

 一応、攻撃手段は残ってはいる。とは言っても、薙ぎ払いやその程度だが。

 やはりそれだけでは余りに心許無い。

 基本的にルピの攻撃は鞭打であり、総じて打撃系に分類される。

 他の斬撃や銃撃といった系統と比較すれば、やはり根本的に殺傷力が劣るのだ。

 それを補っていたのが鉄の処女であったのだが―――つい先程、それを失ってしまった。

 つまり今のルピは相手を追い詰める事は出来ても、仕留める事は出来無い状態に等しい。

 

 

「さて、と」

 

 

 七本の触手の先の光景は、砂煙によって覆い隠されている。

 だが視認可能な範囲に飛び散った血痕から、直撃したのは確実。

 

 グリムジョーが本気を出す前に終わらせてしまった事に、やや申し訳無い気もするが、これも戦いだ。

 油断慢心していた方が悪いと諦めて貰おう。

 

 視認は不可能と判断したルピは、其処で初めて探査神経を発動。

 グリムジョーの霊圧を探った―――その時だった。

 

 

「なっ!!?」

 

 

 砂煙の中から何か巨大なものが、ルピを目掛けて飛び出して来たのだ。

 咄嗟に右手を横に振るい、それを叩き落とす。

 だがその叩き落としたものを見て驚愕した。

 

 見間違える訳が無い。それはルピの触手の一部―――先端から三・四メートル程度が切断されたものだった。

 しかもそれはグリムジョーの拘束に使用していたもの。棘の生えていない先端部が何よりの証拠だ。

 

 だが着目すべき点は―――切断された触手に損傷が少なかった事だ。

 通常、グリムジョーをあのまま拘束していれば、彼毎七本の触手の刺突を受けている筈である。

 にも拘らずこの現状。つまり導き出される結論は一つ。

 ―――グリムジョーは直前に拘束から抜け出し、“串刺貴公子”の直撃を避けている。

 

 

「う…そ…」

 

 

 ルピは震える声でそう零す。

 慌てて触手を全て引き戻すと、血の気が引いた。

 確かにグリムジョーのものらしき血痕は付いている。

 七本中“一本のみ”に。

 他は触手自身の損傷による出血だけだ。

 

 

「やってくれたな、てめえ…!!!」

 

 

 砂煙が晴れると同時に聞こえて来る、激しい怒気を孕んだ声。

 全身を真っ赤に染め上げ、特に両腕に無数の深い裂傷を負ったグリムジョーは、凄絶な殺気を放っていた。

 

 虚化状態の一護と対峙した時と大差無い、その血塗れの外見。明らかな満身創痍だ。

 だが所詮は見た目の話。恐らくそれは判断材料にすらになり得ない。

 手負いの獣が恐れられる所以は、追い詰められたが故に見せるその決死の覚悟にある。謂わば殺られる前に殺ってやるというやつだ。

 グリムジョーの場合、手負いの獣とは少々異なるのだが、どちらにせよ想像を遥かに超える動きをしても何らおかしく無い。

 

 

「なんだよ…それ…」

 

「あァ…“コレ”か?」

 

 

 ルピの視線を辿ったグリムジョーは、得心が行った様で徐に右手を持ち上げる。

 その手は黒色の霊圧に覆われ、まるで猛獣の如き鋭利な爪を模っていた。

 

 

「なんだか知らねえが、急に出来るようになってなァ…」

 

 

 ―――結構便利だぜ。

 グリムジョーはそう言うと、横の地面へ向けてその右手を振るう。

 次の瞬間、その地面に刻まれる、巨大な五つの爪痕。

 まるで巨大な龍が引っ掻いたのかと錯覚を覚える程に、その威力は凄まじい。

 

 

「それでボクの触手を…!!」

 

「そのとーり」

 

 

 獰猛な笑みを浮かべながら、グリムジョーは肯定する。

 

 あの時、グリムジョーはその右手の爪で触手を切断し、一旦拘束から逃れた。

 其処までは良かったものの、周囲は既に触手へ取り囲まれており、直撃寸前。

 避けるのはもはや不可能。右手の爪で乗り切るにしても、振り被っている内に直撃を受けてしまう。

 かと言って防御しても、未解放の状態では防ぎ切れる訳が無い。そして帰刃するにしても解号の為の時間が足りない。

 

 そしてグリムジョーが取った手段は―――七本の触手の内一本に突っ込む事だった。

 直撃は確定している。だがその数を減らす事は出来る。それがこの選択だった。

 当然、そのまま突っ込んでは致命傷は必至。故に地面を蹴ると同時に、触手目掛けて右手を小さく振るい、急所に直撃し得るであろう棘を予めに破壊。

 両腕の負傷が特に酷いのは、その際に盾にしたからだ。

 

 

「ついでに(コレ)を色々試そうかと思ったが…止めだ」

 

 

 グリムジョーは右手の爪を解除すると、斬魄刀の柄に手を添えた。

 

 

「てめえは帰刃(コッチ)で殺してやる」

 

「っ!!」

 

 

 ルピは咄嗟にそれを阻止せんと飛び出すが、既に手遅れ。

 グリムジョーは抜刀し、その刀身に爪を立てていた。

 

 

「“軋れ―――豹王(パンテラ)”!!!」

 

 

 刀身を引っ掻くようにして、解号を唱える。

 霊圧が倍以上に膨れ上がり、直後に爆散。

 それは余波となってルピに襲い掛かる。

 

 

「く…そッ!!」

 

 

 余波に弾き返され、空中で体勢を整えながら着地したルピは思った。

 ―――最悪の状況だ。

 仕留め切れなかった上に、帰刃まで許す。しかも新技を編み出しているときた。

 冗談にしても笑えない。

 

 あれだけの事をしたのだ。もはや油断や慢心など欠片も持ち合わせていないだろう。

 今のグリムジョーにあるのは、相手を完全に仕留める意志のみ。

 新技の試しより、帰刃を選択したのが何よりの証明だ。

 

 

「―――諦め切れるかっての…!!!」

 

 

 ルピは両手を前に突き出し、その周囲を囲む様に触手を移動させる。

 当然、そのボロボロの先端からは夥しい血が流れ出る。

 だが寧ろそれが目的だ。

 その血液を掬って自身の霊圧を籠め、それをインクに見立てて宙に円を描く。

 

 視界の先には、帰刃形態と化したグリムジョーが、体勢を低くして此方を睨み付けていた。

 並みの破面の鋼皮すら容易く食千切るであろう鋭い牙。猛獣の鬣を思わせる、何処か風格を感じる長髪。獣人を思わせるその尖った耳。

 全身を覆う鎧に、両腕に反り立つ複数の刃。脚部も豹のそれに酷似しており、背後では長い尻尾が揺れ動いている。

 

 ―――まさかこれ程とは。

 ルピは思わず膝が震えた。

 だが引く訳にはいかない。でなければ自分を応援してくれたノイトラに顔向けも出来ない上、御礼も言えないではないかと。

 そう奮い立たせ、あらん限りの力で地面を踏み締める。

 

 

「へェ…まだ足掻くかよ」

 

 

 ルピが何かしようとしているのを見たグリムジョーは、口元を吊り上げた。

 恐らく次に放たれるであろう一手はルピの全身全霊が籠められたもの。

 ならばそれを完膚無きにまで打ち砕けば、格の違いを解らせるには十分だろう。

 ―――グリムジョー・ジャガージャックは、ルピ・アンテノールよりも強いと。

 

 

「いいぜ、受けて立ってやる…!!!」

 

 

 グリムジョーは両手を下に向けると、その漆黒の爪に青色の霊圧を籠める。

 折角だ。相手が全力を出すのなら、此方も最強の技を見せてやると意気込んで。

 

 そうとは知らないルピは、文字通りこの一撃に全てを賭ける覚悟で、全身から霊圧を絞り出す。

 血液を使用している時点で直ぐに気付くだろう。

 ルピが放とうとしているのは、十刃のみに許された最強の虚閃。

 本来であればその桁違いな威力故に、虚夜宮の天蓋の下では使用が禁じられている筈なのだが、戦いの様子を眺めている藍染は一言も発さず、何時も通りの笑みを浮かべているだけだ。

 

 

「くた…ばれ……グリムジョー!!!」

 

 

 顔に大量の汗を流しながら、ルピは叫んだ。

 正真正銘の全力。これを放てば、もはや普通に立っている事もままならないだろう。

 だがそれでも関係無い。どちらにせよ後が無いのだから。

 

 接近戦は不可能。触手の件もあるが、何より帰刃形態のグリムジョーと渡り合える訳が無い。

 序盤の様な堅実な戦いも、恐らく許さないだろう。寧ろそれをする暇も無く潰される未来しか見えない。

 何をしても無駄なら、一撃に全てを籠めてぶつける方がマシだ。グリムジョーもそれを選択した様だし、丁度良い。

 

 

「“王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”ォォォ!!!!」

 

 

 通常の虚閃とは比較にならない程の極大の光線が、ルピの両手より放たれた。

 十刃であれば未解放時にも使用出来るが、帰刃形態で放つそれは更に上を行く。

 

 光線はそのままグリムジョー目掛けて直進する。

 だが彼は一切動じない。

 下げていた両手の爪に、更に霊圧を籠める。

 次の瞬間、爪全体を覆う青色の霊圧が大きく膨張したかと思うと、其々に五本の巨大な青の刃が浮かび上がった。

 

 

「“豹王の爪(デスガロン)”」

 

 

 迫り来る光線目掛け、グリムジョーの左腕が振るわれる。

 それに引っ張られる様にして、五本の青の刃も同時に。

 

 衝突する白と青。

 勝ったのは―――後者。

 

 

「なっ!!?」

 

 

 極大の光線を容易に斬り裂き、青色の刃は勢いを殺さぬまま直進。

 その先に居るルピへ襲い掛かった。

 

 ルピは咄嗟に回避動作を取らんとするが―――動けなかった。

 まあ当然だろう。後の事など一切考えず、全力を籠めた一撃を放ったのだ。寧ろ立って居るだけで上出来と言えた。

 

 辛うじて全ての触手と両腕を防御に回す程度は出来たが、無意味。青色の刃は容易くそれを通過した。

 小柄な分、ルピへの直撃範囲にある刃は二つのみ。

 一つはルピの両脚を通過。残りは両腕に守られた胴目掛けて直進する。

 

 

「あ…」

 

 

 気付けばルピの身体は宙を舞っていた。

 彼の膝から下は無く、両腕も上腕から途中が何処にも見当たらない。

 

 地面へ落下しながら、ルピはふと視界を観覧席の入口へと向けた。

 其処には目を見開いたまま扉の前で硬直しているノイトラの姿があった。

 

 

「…来て……くれたんだァ…」

 

 

 息も絶え絶えながら、喜色を含んだ声でそう零すルピ。

 そんな彼に覆い被さる影。

 その上空には、残る青色の刃を持つ右腕を大きく振り被ったグリムジョー。

 

 

「あばよ元6番!!!」

 

 

 振り下ろされる死の刃。

 迫り来るそれを余所に、ルピはノイトラへ視線を向けたまま、小さく呟く。

 

 

「あり…がと…」

 

 

 視界を埋め尽くす青。

 次の瞬間、ルピの意識は永久に閉ざされた。

 

 

 




蔦嬢さん「豹王なんかに絶対負けない!!」
         ↓
蔦嬢さん「豹王には勝てなかったよ…」



実は初期のプロットでは五百字程度の死亡描写予定だった蔦嬢さん。
大分昇格したねぇ…(笑





捏造設定及び超展開纏め
①虚夜宮は巨乳が少ない。
・下乳さんは別格ですが、それ以外の女性の破面キャラを見る限り、お姫ちんには及ばないと判断。
・WIKIにもお姫ちんのバストサイズ載ってないんですよね…。
・ちなみに私としては、お姫ちんはFかそれ以上だと思ってます。
②虚無さんの心情の変化早くね?
・みんな藍染様が悪い。
③豹王さんはオールラウンダー。
・正に手強い中ボスタイプのテンプレ。
④豹王さんさり気にボス補正発動。
・初めは自分ごと虚閃で吹き飛ばして触手の拘束から逃れた後―――といった展開で考えてましたけど、気分的にちと変更。
・今更だけど、そっちの方が良かったかと少し後悔。
⑤おーい、虚夜宮の中で王虚の閃光撃ってますけどー!!
・藍染様「ここで止めたらKYになっちゃうじゃん」
・つまるところ、こまけえこたぁいいんだよ(開き直り



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。