三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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ベリたんがストレッチを始めた様です。


第三十八話 三日月と姫の新衣装と、毒娼と…

 ノイトラはチルッチと共に、織姫の拠点の宮へと訪れていた。

 理由はつい先程織姫専用の白装束が完成し、それの御披露目をしたいとの事で、セフィーロから呼び出されていた為だ。

 

 正直、ノイトラは一々それを確認する必要性を感じていなかった。

 それはそうだろう。何せ如何なるデザインになるのか既に知識として知っているのだから。

 なのに何故此処に居るのかと言うと―――何時もの通り、勘。

 断ると少々厄介な事になってしまうと、妙な胸騒ぎを訴えていたからだ。

 

 

「ダッ、ダダダダダダダダダ~!」

 

「…だ…だだだ…」

 

 

 眼前ではセフィーロとロカが、其々に大きな白い布の両端を持ち上げ、何かを隠している。

 効果音の代わりなのだろう。セフィーロは何処かはしゃいだ様子で声を上げる。

 何故かロカもそれに合わせているが、途切れ途切れだ。やはり恥ずかしいのだろう。その証拠に、無表情ながらその頬は仄かに赤い。

 

 ―――無理して遣らんでも。

 ノイトラは苦笑した。

 十中八九、遣る様に頼まれたのだろうが。

 

 事実、ロカはこういったものは全く慣れておらず、気乗りもしない。

 だが断れなかった。セフィ―ロには返し切れない恩がある上、彼女の為になるのならと勇気を振り絞ったのだ。

 これを踏まえると、大概ロカも御人好しだった。

 

 

「ババ~ン!!」

 

 

 セフィーロがやがて大きな声を上げると、白い布が下げられる。

 その先には―――虚夜宮の一員の証明である白装束に身を包んだ織姫が立って居た。

 

 

「あうあう…」

 

 

 だが様子がおかしい。

 何時からそうしていたのだろう。織姫は胸元と腹部を両腕で覆い隠し、上体をやや前方へ丸めた状態で、身体全体を横に向けている。

 その顔も真っ赤に染まっており、時折漏れる声も言葉に成っていない。

 

 

「…ブッ!!?」

 

 

 暫しの間首を傾げていたノイトラだったが、その原因に気付いた途端に噴き出した。

 黒いラインの走った袴に、それを止める黒い帯。膝下まで伸びる外套。

 取り敢えず全体的なデザインは史実通りだ。

 ―――両腕で隠し切れていない、その腹部と胸元の中心が大胆に開けている部分を除けばだが。

 

 色気抜群な谷間と、その完璧なプロポーションから来るへそ丸出し。

 何というか―――非常に悩ましい。

 もはや目に猛毒である。思春期の男子にとってはそれ以上。視界に入れた途端、瞬時に野獣と化してしまってもおかしく無い。

 

 制作担当であるロカの仕業で無いのは確実。彼女はあくまで指示を受けつつ作業を進めた側だ。

 となると、全ての原因はデザイン担当であるセフィーロにある。

 その当人は現在、その豊満な胸を張ってドヤ顔をしている。それは口元を中心に顔の大半がマスク状の仮面の名残に隠れていても直ぐに判る程。

 

 

「ややや~、何度見ても最高傑作ですねぇ~」

 

「いやいやいや、如何いう事だコレは!? 明らかに恥ずかしがってんだろ!!」

 

 

 むふー、とワザとらしく鼻を鳴らすセフィーロに、ノイトラは声を荒げつつ問い掛けた。

 確かにこれは確認しておいて正解だった。

 実際にこの姿のまま過ごさせてみろ。というか羞恥心の余り、織姫自身が普通にして居られるとは思えない。

 最悪なのはロリに見られる事だ。彼女の思考的に考えて、藍染を誘惑していると取られてもおかしく無い。

 淫売やビッ〇等、余り耳にしたく無い類いの罵声が飛び出しそうである。

 

 

「いえいえ、これにはちゃんとした理由がありまして~」

 

「うう~…」

 

 

 背中に向けられる織姫からの視線を無視しつつ、セフィーロは説明を始めた。

 白装束制作の件もあってか、一緒に居る時間が長い分、世間話をする程度には仲良くなった織姫とセフィーロ。

 ―――ちなみに人見知り気味なロカは余り会話をしていない為、それ程では無い。

 

 そんな中で話題に上がったのが、好きな異性についての内容。つまりは恋バナだった。

 其処で当然、セフィーロは自身の想い人たるノイトラの長所や格好良い部分を惜しみ無くぶちまけ、盛大に惚気話を開始。

 ―――実はその中には事実とは異なる内容が混じっていた様だが、それは言わぬが華だろう。

 

 織姫はそれにアテられたのか、彼女自身も想い人の事をポツポツと零し始めた。

 高校のクラス内でも良く話す間柄で、仲は良いのは間違い無い。

 尸魂界での戦いの中でも、大切に思われているのは十分に理解出来た。

 だがそれは仲間という範疇での話。異性としてでは決して無い。

 現状の関係を打破するには如何すれば良いだろう、と。

 それが如何してか―――この白装束に繋がったという訳である。

 

 

「これならその朴念仁さんも、間違いなく反応するはずですよ~?」

 

「は、反応って…」

 

「はい~、それはもうイロイロエロエロと~」

 

「い、いろ…ってエロエロ!?」

 

 

 取り敢えず織姫の言う想い人というのは一護の事だろう。

 話を聞いたノイトラは納得した。

 確かに一護は典型的な熱血タイプだ。何か大きな目的へ向かって突き進んでいる場合、それ以外の事が視界に入らなくなる部分がある。

 だが彼とて健全な若者。色事への興味は人並みにある。

 卍解習得の修行時、喜助特製の治療効果を持つ特殊な温泉に入っている際、夜一が自分も入るかと服を脱ぎ始め、盛大に動揺したり。

 つい最近では日番谷先遣隊の一員として来訪し、寝床を確保せんと目論む乱菊の色仕掛けに対し、顔を手で覆いながらも指の隙間から覗いていたり。

 思い返してみると実にらしい。

 

 ノイトラは織姫に視線を移し、その白装束をもう一度確認。そして確信する。

 ―――これで反応しなければ男では無いぞ主人公。

 絶食系男子でもあるまいし、確実に反応を示す事だろう。寧ろ過剰なまでに狼狽えたりはしそうだ。

 仲間という身近な存在が、突如女としての魅力を見せるというギャップ。下手すれば陥落するのではないだろうか。

 

 ―――まあそれはそれで面白いのだが。

 寧ろ更に修羅場まで発展してくれれば申し分無い。それだけで御飯三杯は軽く行ける。

 他人のイチャコラを目の周りに炎の縁取りが施された白いレスラーマスク被って呪詛を唱えるより、遠くからニヤニヤしつつ眺めて居たい派のノイトラはそう思った。

 

 

「の、ノイトラ君…」

 

「あん?」

 

 

 向けられる視線に気付いたのか、織姫は再び露出部分を隠しつつ身体を背ける。

 先程と変わらず、その顔を真っ赤に染めながら。

 

 

「その…あんまり見ないで…」

 

 

 織姫はその多大な羞恥心故か、消え入る様な声でそう零した。

 ―――これはあかん。

 慌てて視線を逸らしながら、何故かノイトラは内心で関西弁になる。

 

 美少女が恥じらう姿が、まさかこれ程までに破壊力を持つとは予想外だった。

 大抵の男ならば陥落は必至。瞬く間にハートを打ち抜かれていた事だろう。

 内心、ノイトラは戦々恐々だった。

 異性への耐性が付いていなければ、自分でも中々に危うかったと。

 

 実は憑依前から基本的に年上がタイプである筈なのだが、その壁を通り越してまでそう思わせる程の魅力を、織姫は持っている。

 流石はメインヒロイン。スキル欄に魅力EXとでも出ていそうだ。

 ノイトラはセフィーロに感謝した。

 此方の理性を極限まで削り取る、色仕掛け含めた過激なアプローチ。二人きりの時限定で、稀に見せる妖艶な笑み等の大人の色気に動悸が収まらなくなったり。

 御蔭でそっち関係については、肉体と精神面の両方が十分に鍛えられた。

 織姫については予想外だったが、それを除けば大抵は耐えられるし流せる。例えば眼前でハリベルが脱衣KOされても全く動じない自信がある。

 

 

「…悪ぃ」

 

 

 メインヒロインというのは、文字通り数あるヒロインの中でも特に重要な存在だ。

 主人公の成長を促す手助けをしたり、時に窮地を脱する切っ掛けとなったり、その役割は極めて大きい。

 そんな存在に此方から惚れでもしてみろ。報われる訳が無いし、下手すると無駄に物語の流れを引っ掻き回す要素に成り得る。

 例え惚れたとしても行動しなければ良いのではと思うだろうが、基本的に男というのは馬鹿だ。自身の恋心を押し殺して大人しくしているなぞ不可能。そんな事が出来るのは強靭な精神力を持つ者か、超人だけだ。

 

 つまり何が言いたいのかというと―――何事も身の程を弁えなければならないという事だ。脇役は脇役、イレギュラーはイレギュラーとして。

 それでも尚諦め切れないのであれば、それこそ覚悟を決めなければならない。

 ギンの様に、全てを敵に回したとしても最期まで貫き通す、確固たるそれを。

 

 意図的な物語の根本となる部分の改変や干渉は、謂わばその世界への反逆に等しい。

 その世界に存在する主人公へ降り掛かる筈の困難や試練、そしてその役割全てを背負い、全う出来る者であれば、例えメインヒロインに惚れたとしても何も言う事は無いのだが。

 

 

「ふむふむ、ノイトラさんも思わず目を奪われるという事は、この作戦は大成功間違い無しですねぇ~」

 

 

 セフィーロは両腕を組み、頻りに頷きながら言う。

 その横では白い布を丁寧に折り畳んでいるロカが居た。

 

 ノイトラはふと、隣のチルッチが先程から一言も発さず、静かな事に気付いた。

 視線を移すと、チルッチは顔を俯かせたまま微動だにしていない。

 

 

「……如何したよ、オマエ」

 

「………」

 

 

 一息置いて、ノイトラは静かに問い掛ける。

 だが返答は無い。

 

 ―――頭でも引っ叩いて正気に戻すか。

 そう考え、ノイトラが右手を持ち上げ掛けた時だった。

 

 

「やっぱ胸なの!?」

 

「…は?」

 

 

 突如として大声を上げるチルッチ。

 その要領を得ない発言に、思わずノイトラは呆ける。

 そんな彼を尻目に、チルッチは怒涛の勢いで言葉を繋ぐ。

 

 

「そうよね!! そこの淫乱女(セフィーロ)とか、あの露出狂(ハリベル)だって相当だし!!」

 

「おい、イキナリ何を―――」

 

「クソが!! なんでいままで気が付かなかった!!?」

 

 

 最後に悔いる様にしてそう叫ぶと、頭を抱えて座り込んだ。

 その様子に、ノイトラは何をすれば良いのか見当も付かず、混乱する。

 

 

「えええ!? も、もしかして修羅場? 修羅場なの!?」

 

「いえいえ~、織姫ちゃんは気にしないで大丈夫ですよぉ~」

 

「で、でもぉ―――」

 

 

 そんな会話を小耳に挟みつつ、ノイトラはチルッチに掛けるべき言葉を必死に考える。

 ―――織姫の声に微かな期待が含まれているのは気のせいだろう。

 彼女の事だ。さり気に人間関係ドロドロな昼ドラ等を普通に見ていそうではあるが。

 ノイトラは密かにそう思った。

 

 

「…たしかこの前見た本に、異性に揉まれるとデカくなるって書いてたような…」

 

「お、おい、少し落ち着いて…」

 

 

 しゃがみ込んだ体勢のまま、チルッチは次第に怪しげな雰囲気を醸し出し始める。

 ノイトラはそれに妙な悪寒を感じながら、何とか宥め様と優しく声を掛ける。

 だが届いている様子は全く無い。

 

 次の瞬間、状況は更に混沌としたものへと悪化する事となる。

 

 

「―――よし……ノイトラ!!」

 

「お、おう?」

 

「揉め!!!」

 

 

 何をトチ狂ったのか、チルッチのその発言に―――室内の空気が凍り付く。

 皆の表情も同様。

 あのロカでさえ、折り畳んだ布を手に持ったままその場に立ち止まり、目を見開いて固まっている。

 

 

「ほら、今すぐ!! なんなら吸おうが舐めようが―――」

 

 

 チルッチは立ち上がると、自身の胸を持ち上げる様にして両手で支えつつ、ノイトラへ向けて突き出す。

 仕舞には服を引き裂こうと手を掛ける始末。

 

 

「いきなり何を言い始めてんだテメェはぁぁぁ!!!」

 

「ぎゃふん!!!」

 

 

 大声でツッコみながら、ノイトラは反射的に手刀を繰り出した。

 それは見事にチルッチの頭頂部へと直撃。一瞬で彼女の意識を刈り取った。

 

 

「一体何だってんだ…?」

 

「―――それは此方の台詞だ」

 

 

 突如として聞こえてきた声に、ノイトラは弾かれる様にして振り向いた。

 其処には何処か呆れを含んだような雰囲気を見せるウルキオラが立って居た。

 

 

「ウルキオラ…」

 

「藍染様がその女を御呼びだ。さっさと準備しろ」

 

「ちょっ、おま…!!」

 

 

 ウルキオラはそう言うと、直ぐ様踵を返す。

 咄嗟に何の用事かを問い掛けようとしたノイトラだったが、既にウルキオラは部屋を立ち去っていた。

 

 

「だめぇぇぇ!!! あなたが犠牲になる必要はないのよアンダーソン!! きっと別の方法が…!!!」

 

「いきなり何だ!!? ってかアンダーソンって誰だよ!!!」

 

 

 直後、意味不明な事を叫び始めた織姫。

 どうやらその天然不思議花畑脳内にて、妙な妄想を存分に膨らませていたらしい。

 何せ一護の顔から連想を始め、仕舞には某闘魂の男の様な顔へ辿り着く位だ。

 男女間の修羅場から、世界の命運を握る戦いまで脳内イメージが発展していても何ら不思議では無い。

 

 

「そんな…まさかあなたが黒幕だったなんて!! 何故なのワルゲス・ヒッキョー!!?」

 

「如何にも悪そうな名前だなオイ!!?」

 

 

 未だに妄想を止めない織姫にツッコみを入れつつ、ノイトラは慌てて準備をし始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織姫の白装束の御披露目から数十分後、ノイトラとウルキオラは藍染の自室の入口付近に立って居た。

 一緒に居た筈の織姫はと言うと、先程入室したばかりだ。

 ちなみにあの過激な白装束は着ていない。それとは別に慎ましいデザインの物も用意していたらしく、それを知ったノイトラが即座に着替えさせたのだ。

 ―――会う相手が相手だ、流石に拙いだろう。

 それにはセフィーロも同意を示し、素直に従った。多少残念がっていたが。

 

 恐らく藍染は史実通り、藍染は建前として崩玉の修復を彼女に頼む魂胆なのだろう。

 ちなみにロリとメノリは移動中に合流しており、織姫に同行している。だが間も無く退室を求められる筈だ。

 

 

「…ノイトラ」

 

「何だ」

 

 

 思考に耽っていたノイトラの意識は、ウルキオラによって引き戻される。

 

 

「あの雑務係の破面―――ロリ・アイヴァーンだったか。随分とあの女に敵意を向けている様だが…何故だ?」

 

 

 その問い掛けに、ノイトラは少し驚いた。

 史実よりも心情の変化が早くなっているとは言え、まさかあのウルキオラがロリの態度を気に掛けるまでになっているとは、と。

 

 確かにロリは移動中、時折後方を振り返っては織姫を睨み付けたり、頻りに舌打ちしたりと不快感を隠してはいなかった。

 だがその程度の事、十刃クラスともなれば気にも留めない。

 例えるなら、道の端にある石。普通に歩いていれば躓く可能性すら皆無なそれに意識を向ける訳が無いだろう。

 

 ノイトラとしては、寧ろこれは丁度良いいと言えた。

 何せロリについては、以前よりウルキオラに忠告して置こうと考えていた事項だからだ。

 何時話すかタイミングを見計らっていた時にこれだ。このチャンスを逃すまいと、ノイトラは口を開いた。

 

 

「…多分、只の嫉妬だ」

 

「嫉妬、だと?」

 

 

 ウルキオラは僅かに首を傾げた。

 嫉妬という言葉の意味は知っている。だが何故それをロリが抱くのかが理解出来無いのだ。

 

 

「アイツは藍染様に御執心みたいだからな。大方、気に掛けられてるあの御姫サマが気に食わねぇんだろ」

 

「…良く解らん」

 

「解らないで良い。テメェはテメェの感じるままで行け」

 

 

 心と言う存在を感じ取る事すら出来ていないウルキオラに対し、いきなり恋愛感情を理解しろと言う方が酷だ。

 物事を理解する為には、段階を踏むというのが重要だ。

 まずは一から始まり、最終的に十に至れば良い。一気に五やら十を学び取れるのは天才だけなのだから。

 

 

「ま、取り敢えず注意しとけ。あんな奴でも御姫サマを殺す程度は容易だしな」

 

「…ああ」

 

 

 二人の会話が途切れた直後、些か乱暴に藍染の自室の扉が開かれる。

 まず真っ先に出てきたのはロリ。それを追い駆けるのはメノリ。

 案の定、ロリの表情は溢れ出んばかりの怒りに支配されていた。

 

 

「…ふんッ」

 

 

 彼女は近くに立つノイトラとウルキオラを一瞥すると、そのまま一言も無しに走り去った。

 不機嫌なのは理解できるが、それにしても失礼過ぎる。十刃を前にしているとは思えない態度だ。

 

 

「ロリ!? も、申し訳御座いません!!」

 

 

 それに気付いたメノリはその場に立ち止ると、慌てて頭を下げて謝罪した。

 ―――この前注意した筈なのに。

 流石のメノリでも、先程のロリの姿には怒りを覚えた。

 幾ら苛立っていたとは言え、流石にあれは無いと。

 

 とは言え、ウルキオラは余り気にしていなかった。

 直接的な手段さえ取られなければ一切干渉せず、如何に失礼な態度を取られ様が流せる。それが彼の性分だ。

 無論、その者に対する評価は最低ラインまで落とすのだが。

 

 だがノイトラは別だった。

 ―――少し、拙いか。

 先程の態度を見る限り、藍染への想いを拗らせるが余り、視野が狭くなっているのは確実。

 このままではメノリの制止にも耳を貸す事無く、自身の感情の赴くまま、織姫に危害を加える可能性が高い。

 だが同時にロリ自身の命も危うくなってはいる。

 まあ当然だろう。一介の雑務係の破面が、十刃等の上の立場の者に対してあの様な態度を取るのは自殺行為。

 以前忠告した通り、ヤミーやグリムジョーは確実に手を出す。他の十刃についても、遅いか早いかの違いだけで、ロリの迎える結末に大差は無いだろう。

 ハリベルやスターク辺りなら、敢えて見逃す等の寛大な措置を取る可能性はあるが、従属官達が大人しく黙って居るとは考え辛い。

 

 ロリの死と織姫への過剰暴行。どちらの未来が先に訪れるのかまでは読めない。

 だが常に最悪を想定して動くべきだ。

 ならば必然的に後者への対策が優先事項となる。

 

 

「…ったく、面倒な」

 

 

 ノイトラはそう呟くと、最後に小さく溜息を吐いた。

 ウルキオラに警戒してもらうだけでは少々足りないだろう。如何に優秀な彼でも、四六時中対応出来る訳では無いのだから。

 故にノイトラは自分で動く事を決める。

 ―――尚、この時の行動理念の根本にはロリへの気遣いも含まれていたりするのだが、やはりこの御人好しは自覚していなかった。

 

 

「ウルキオラ」

 

「…如何した」

 

「悪ぃが、少し席を外すぜ」

 

「…何?」

 

 

 ウルキオラの疑問の声に答える事無く、ノイトラはその場から移動を開始する。

 

 

「オラ、付いてこいメノリ」

 

「…へ? ちょっ、ちょっと待って下さいノイトラ様~!!」

 

 

 途中でメノリの頭をポンと叩いて体勢を戻させると、ロリが立ち去った方向を目指して歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身の拠点の宮へ向う通路の途中で、ロリは立ち止まった。

 途中で不慣れな響転を何度か使用した為、少々息が上がっている。

 通常、身体を動かせば気分が晴れるものなのだが、一向に怒りが収まらなかった。

 矛先は勿論―――織姫だ。

 

 

「ホントになんなのよ…あの女…!!」

 

 

 ロリは盛大に歯軋りした。

 畏れ多くも、あの至高の存在たる藍染が気に掛け、且つ自室で二人きりになる事を許容される存在。

 ―――侍女の様な自分ですら、未だに二人きりになった時が無いのに。

 其処に本人の意思の有無なぞ関係無い。ロリにとっては、そうなったという結果がすべてだった。

 

 ―――気に食わない。

 特殊な能力を所持しているらしいが、それ以外は只の人間に過ぎない。

 全く以て目障りな存在だ。身の程を弁えているのだろうか。

 

 それにメノリもだ。最近ではあのノイトラに引っ付いてばかりで、頭を撫でられた褒められたと、御満悦な様子で帰ってくる日が多い。

 明確に恋情を抱いているという訳では無さそうだが、あの様子を見る限りは時間の問題だろう。

 ロリは理解に苦しんだ。あんな下衆な獣の何処に好かれる要素があるのかと。

 

 しかもだ。この間は誰かの入れ知恵なのか、目上の存在に対する態度を窘めるという、今迄のメノリからは想像も付かない事をされた。

 ―――無論、聞き流したが。

 だがこの出来事により、ロリはメノリが自身から離れたのだと判断。彼女の孤独が深まるという悪い結果に終わった。

 これには事の発端であるノイトラも、流石に予想出来無かっただろう。

 織姫のみならず、ロリにとって良かれと思った事が、何もかもが裏目に出る。

 正に悪循環。想定していた最悪のパターンが現実となっていた。

 

 もはや今のロリにとって、自身の周囲を取り巻くもの全てが気に食わなかった。

 その末に―――開き直った。

 もう自分には藍染様だけだ。あの方が居れば、他は何も要らないと。

 だが如何しても織姫という邪魔な存在が居る。

 殺害という手段も思い浮かんだが、既の所で堪えた。

 何せ他ならぬ藍染が必要だとして確保したのだ。それを勝手に始末するのは流石に拙い。

 

 ならば如何するか。簡単だ。徹底的に痛め付ける事で、その身に解らせるだけだ。

 己の身の程を、そして人間風情が藍染に近付けるだけでも光栄なのだと。

 無論、殺す事はしない。精神的にトラウマを負う可能性はあるが、その能力さえ残っていれば大丈夫だろう。

 ロリは口元を吊り上げた。本来であれば可愛らしい筈のそれは、何故かこの上無い醜悪さを感じさせるものだった。

 

 

「覚悟しなさい人間。思い知らせてやるわ…」

 

「何がだコラ」

 

「っ!!?」

 

 

 ロリが呟いた次の瞬間、彼女の背後から突如として声が聞こえて来た。

 咄嗟にその正体を確認する為に動こうとするが、不要に終わる。

 その声の主は、背後からロリの頭を鷲掴みにすると、そのまま左回りに回転。強制的に背後を振り向かせたのだ。

 ―――勢いが強過ぎたのか、彼女の首元からグキリと変な音が鳴ると同時に、その表情が一瞬引き攣った様に見えたのは気のせいだろう。

 

 

「なっ…あんたは…!!」

 

「よォ」

 

 

 その並外れた長身故にロリを見下ろす形になりながら、ノイトラは短く挨拶を返した。

 後方には誰も居ない。慌てて追従し始めたメノリもだ。

 理由は単純。只単にノイトラへ追い付けなかっただけだ。途中で移動手段を早足から響転に変更したのだから。

 ノイトラの早足ですら追い付けないメノリが、響転に追い付ける訳が無い。

 ―――実はそれだけで無く、焦燥の余り途中で道を間違ったり、頻りに足を捻って転んだりしているのも原因なのだが。

 

 

「な、なんで…」

 

「取り敢えず言わせてもらうぜ。止めとけ」

 

「っ!!」

 

 

 視線を合わせながら放たれたその言葉に、ロリは思わず絶句した。

 ―――眼前の男は、自分が何をしようとしていたか全て知っている。

 てっきり先程の態度を窘めに、または報復に来るのかと思っていた。

 予想外の出来事に思考回路が硬直し、同時に背筋に悪寒が走る。

 

 

「なんの事よ…」

 

「しらばっくれんな…ってかこっち向けよオイ」

 

 

 言い逃れは許さないと、有無を言わさぬ圧力を放つその視線から逃れんと、眼球のみを外側に動かし、ノイトラを視界から外そうと試みた。

 だがその度に頭の位置を調整され、元に戻される。

 何度か繰り返した後、やがてロリは観念した。

 そして悟った。この男には、もはや言い訳も何も通用しない、逃れられないと。

 

 

「テメェだって理解してんだろ。あの御姫サマが何の為に連れてこられたのか」

 

「………」

 

 

 その問い掛けに対し、ロリは口を開かず黙り込んだまま。

 だがその目はノイトラを真っ直ぐ睨み付けている事から、恐らく理解しているのは間違い無いだろう。

 ―――何が言いたい。

 同時にそう問い掛けている事も。

 

 

「ま、これでも俺はテメェの事を認めてんだぜ?」

 

 

 ―――いきなり何を言い出すのか、この男は。

 ロリは混乱した。

 自身の目論見を暴きに掛かったと思いきや、今度は一転して褒め始める。

 全く以て理解不能だ。ロリはノイトラの意図が読めなかった。

 そんなロリを余所に、ノイトラは静かに語り始める。

 

 

「この虚夜宮で、誰かを一途に想い続けられる奴ってのは中々居ねぇ。それが藍染サマみてぇな雲の上の様な存在じゃあ余計にな」

 

「………」

 

「堂々と俺に突っ掛ったり出来る、デケェ肝っ玉を持つ奴もだ。ま、一歩間違えりゃ無謀でしか無いんだが…」

 

「…だから何が言いたいのよ!! はっきりしなさい!!」

 

 

 回りくどいその言い回しに限界を迎えたのか、声を荒げるロリ。

 当然、これも不敬に分類される。

 だが悲しいかな、彼女自身は興奮の余り気付いていない。

 

 しかしノイトラは全く動じなかった。寧ろ怒るどころか、愉快そうにその口元を吊り上げる始末。

 それにロリが更なる苛立ちを覚えたのは言うまでも無い。

 

 

「つまりは、だ―――テメェは良い女だっつってんだよ」

 

「…はぁっ!!?」

 

 

 直後、ノイトラから放たれたのは、単なる褒め言葉では無く―――口説き文句と言っても差支えないものであった。

 勿論、ロリにそんな経験は毛頭無い。寧ろ褒められた事すら殆ど無い。

 耐性が無い所へ、それ等が容赦無く放たれれば如何なるか。取り敢えず想像に難く無いだろう。

 

 初めての経験に、思考回路が盛大に混乱。凄まじい羞恥心に襲われると同時に、顔全体に熱が籠って来る。

 全身を硬直させたまま動かなくなったロリを見ながら、ノイトラは内心でガッツポーズをした。

 ―――これで良い。

 過ちを犯した者に言い聞かせる場合、只単に叱るだけでは駄目だ。否定から入り、否定に終わるのも同様。

 最も理想なのは肯定から入る事である。その後に問題点を提示した上で、改善点を指摘すれば完璧だ。

 相手が感情的になり易い者ならば尚更この手法を取るか、慎重に対処しなければならない。

 これは仕事の指導や教育等、他に対しても共通して言える事だ。

 

 要は自分に置き換えて考える事だ。そうしてみると実に解り易い。

 だからお前は駄目だ、此処が悪いと、今迄の実績を無視した否定論ばかり。そんな意見を素直に聞き入れられると思えるだろうか。

 如何考えても不可能だ。それが出来るのは余程謙虚で人間が出来た者か、聖人君子だけである。

 

 相手に対する気持ちや行動は、そのまま返って来る。

 “人は鏡”とは良く言ったものだ。

 百戦錬磨のビジネスマンでも無し、大抵の人は感情が判り易い。

 悪意を抱いて接すれば、そのまま悪意で返されるし、逆に善意でも同様の事が言えた。

 中にはそれ等全てを上手く利用して立ち回る者も居るが、一先ずそれは置いておく。

 

 ノイトラの脳裏を過るのは、恩師の言葉。

 ―――相手の欠点を責め立てるより、良い部分を見付けて褒める事が出来る。そんな器のデカい男になれ。

 

 

「だからよ、テメェの価値を下げる様な真似はすんな。折角の魅力(モン)が台無しだ」

 

「な……な……」

 

「取り敢えず、俺が言いてぇのはこれだけだ」

 

 

 怒涛の口説き文句に、ロリはまともな反応を返せない。

 相変わらず顔全体は真っ赤に沸騰したまま。金魚の様に口をパクパクと開閉させ、言葉にならない声を上げるだけ。

 

 

「信じてるぜ、ロリ」

 

 

 それを気に留める事無く、ノイトラはロリの頭をポンと軽く叩いた後、その場から踵を返す。

 五歩程歩いた後、響転で一気に駆け出す。

 当然、向かう先は藍染の自室の前だ。

 ウルキオラを待たせているのもあるし、何より藍染から任された自身の役割を放棄しては宜しく無いからだ。

 

 そうしてノイトラが立ち去ってからものの数秒後、ロリの前に見慣れた人物が現れる。

 少々服装を乱し、盛大に息を荒げたメノリだ。

 良く見るとその鼻や額が赤い。どうやら道中遣らかした転倒の中でぶつけでもしたのだろう。

 

 

「速過ぎますってノイトラ様ぁ~―――ってどうしたのロリ!!?」

 

「あ…」

 

 

 その大声に、ロリは何処か遠くに飛んでいた意識を引き戻された。

 そしてはっと気付く。先程まで自分は何をしていた。只単に醜態を晒していただけではないかと。

 しかもその相手が拙い。下手すれば今回の件で味を占めて、何れは―――といった最悪の展開が脳裏を過り、ロリの顔色が青褪める。

 だが其処でノイトラの放った口説き文句―――特に良い女というフレーズを思い出し、再び顔全体に熱がこもるのを感じる。

 

 

「だ、大丈夫…?」

 

「う、うっさい!! 先帰ってなさいメノリ!!!」

 

 

 ロリは如何しても認められなかった。

 藍染でもない、あんなケダモノの放った言葉。

 言い回しも御洒落染みたものでは決して無い。正に不器用で頭の悪そうな男が好んで使いそうな、単純で愚直な台詞。

 

 にも拘らず―――それが嬉しいと感じている自分を。

 

 

 




次回、主人公達のラストほのぼのと、ベリたんによる虚圏救出篇導入部の予定。

ちなみにヒロインは増える予定は無いのであしからず。





捏造設定及び超展開纏め
①お姫ちんNEW衣装。
・千年血戦篇で出たやつを、破面の白装束バージョンに変えたイメージ。
・寧ろ服の素材的に見て、こっちの方がエロくなると思う。
・これで足が見えていれば即死だった(確信
②お姫ちん……圧倒的ヒロイン力っ……!!
・言うまでもなかろうに(笑
・魅力と言うより魅了かな?
③毒娼さん、完全に乙女ゲーに出て来る悪役的思考。
・意中の人に近付く女は全て敵!!
・自分より劣る(立場とか人種とか)者は見下す!!
・バレなければどんな虐めやっても大丈夫!!
・…何だ、只の電波か。
④毒娼さん、実は色々耐性無し。
・言い換えるとチョロリン。
・あと恋愛経験少ない女がレベル高い男に一目惚れすると、大抵は拗らせるって、昨日姉ちゃんが言ってた。
⑤度々出て来る主人公の謎の恩師。
・元はどっかの組の頭張ってたとか、様々な理由で近所の銭湯に入れないのが悩みだとか。
・最近は夜の街を散歩感覚で出回っては、見付けた家出少年少女を連れ帰って飯食わせて説教して寝床貸すのが趣味だとか。御蔭で居候が十人近く居るらしいとか。
・尚、今後のストーリーの中では深く触れる心算無し。



余談ですが、私としてはシリアル=ありえんアホ設定等をシリアス風味に展開していく意味だと思ってます。
うむ、正にこの拙作の事だね(笑

しかし藍染様みたく、何やってもおかしく無い感が出てるボスキャラが居るとプロット作り易いですね。
どんな無茶苦茶やっても、“だって○○様だし”で済ませられますし。
まあ何事も限度があるでしょうが。

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