三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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書いていく度に時系列が狂ってる感じがして仕方が無い…(汗
キャラブック買おうかな…

※前回に引き続き、ご都合キャラが登場しますので注意。苦手な人はブラウザバry



第四話 三日月とそよ風と孤狼と

 ノイトラを正気に戻した60(セセンタ)の数字を持つ破面、セフィーロ・テレサは自慢の黒の長髪を靡かせながら、テキパキとした動きでガンテンバインの治療を進める。

 これだけ言えば治療室での普通の光景に思えるだろうが、今はそうではない。

 原因はセフィーロの傍で助手の様な事をしているノイトラだ。彼は両手にガーゼらしき布や薬の瓶を持ち、先程から彼女の指示を受けながら道具の受け渡し等を行っていた。

 

 ―――ちなみに先程自ら傷を付けた掌はセフィーロの手によって密かに治療済みである。

 

 

「ノイトラさ~ん、消毒液と布切れを下さい~」

 

「おう」

 

「次は塗り薬を~」

 

「…おう」

 

「では最後に包帯を~」

 

「…おう……ってちょっと待てやコラ」

 

 

 流石にノイトラも我慢の限界だったのか、眉間に皺を寄せながらセフィーロに抗議する。

 何でしょう、と疑問符を浮かべながら頭を傾げる彼女に、ノイトラは更に皺を二つ程追加した。

 

 ちなみにガンテンバインは治療を受けながらも、顔を手で覆い隠して声を上げずに大爆笑していたりする。

 

 

「何で俺が治療を手伝う事になってんだ!? こういったのはお前等の仕事だろが!!」

 

「え~? 怪我をさせた張本人に責任は無いとでもおっしゃるのですか~?」

 

「…いや、まあ……そういう訳じゃ…」

 

 

 至って普通にツッコんでくるセフィーロに、ノイトラは思わず言葉を濁らせる。

 良く良く考えればその意見は問題しか無い筈なのだが、彼女は一切動じる様子を見せない。

 十刃を只の数字持ちがパシリに使う、例えるなら猛獣が小鳥に使われている感じか。それがどれ程異常な光景か解るだろう。

 というか他の十刃であれば普通に殺されている。

 

 

「それに他の雑務係の方々は誰かさんを怖がって近寄れないですし~…」

 

「ぬぐっ…」

 

 

 セフィーロはそんな事など関係無しに、ノイトラの精神の弱点を的確に攻撃し続ける。

 見れば確かに遠くにある物陰に破面達が集まり、こちらの様子を覗き込んでいる。

 彼等の視線には恐怖、好奇、戸惑い―――そして何故か熱いものが含まれていた。

 

 

「私一人じゃ体格の良いガンテンバイン様に包帯を巻くのに苦労しますし~」

 

「だあああぁぁ!! わかったわかった! やりゃ良いんだろやりゃあ!!」

 

「は~い。では前の方をお願いします~」

 

 

 最後の熱い部分に関しては知らないフリをしつつ、ノイトラは棚から渋々包帯を取り出すと、ガンテンバインの正面へと回った。

 さり気無く自分以外の男に正面から抱き付く形になるのを回避したいというセフィーロの意図を何となく察しつつ、慣れた手付きで包帯を巻いて行く。

 

 この遣り取りの間、ガンテンバインは笑い過ぎによって傷が痛み、悶え苦しんでいた。

 

 

「オラ、もっと肘上げろ…ってテメェは何時まで笑ってんだ。自爆してんじゃねぇか」

 

「…グ……ブフゥッ!!」

 

「そのアフロ毟んぞコノヤロウ…!」

 

 

 ノイトラのその顔に似合わぬ丁寧な動きがツボに嵌ったのか、ガンテンバインは噴き出す。

 しかもノイトラが正面に居るにも拘らずだ。結果として何が起こるのかは想像に難くないだろう。

 

 野郎の唾を顔に浴びたノイトラは蟀谷に血管を浮き上がらせ、ギリギリと歯軋りする。

 普段抑えている膨大な霊圧も溢れ出し、それが湯気の様に立ち上る姿は正に怒髪天を衝くを体現するかの様。

 マズイとは思いつつも、ガンテンバインは笑いが止められない。

 

 

「すっ…スマン……ワザとでは…プッ!!」

 

「そうか分かった、そんなに壁に埋め込まれてぇらしいな…!!」

 

 

 ノイトラは包帯を投げ捨てると、斬魄刀を取り出して肩に担いだ。

 同時に室内の破面達から悲鳴が上がる。

 このまま彼を放って置けば瞬く間に治療室が瓦礫の山になってしまうだろう。

 

 ―――だが生憎と、此処には対ノイトラ用の絶対的抑止力が存在していた。

 

 

「ノイトラさ~ん?」

 

「何…をっつ!?」

 

 

 妙なリアクションを取るノイトラ。

 何せセフィーロの声を聴いて振り向いた瞬間、互いの顔の距離がつい数分前の出来事よりも近い位置で向き合う結果となったのだから。

 その距離、何と一センチ以下。一体どんな距離感覚を持っているのか激しく疑問である。

 

 先程までガンテンバインの背後に居た筈なのに、何時の間に背後へ回ったのか。

 ノイトラは眼前で冷たい笑みを浮かべるセフィーロに対し、底知れない恐怖を覚えた。

 

 

「此処では戦闘行為などは厳禁です、と…前に言いましたよね~?」

 

「…はい」

 

「もう治療してあげませんよ~?」

 

「それは御勘弁下さいセフィーロ様」

 

 

 恥も何も度外視して、ノイトラは速攻で頭を下げた。

 この虚夜宮で傷を癒す手段など、定期的に支給される薬か、治癒系統の能力を持った破面に頼むか、治療室かのどれかに限られている。

 毎回ノイトラの負う怪我と消耗具合を見ると、支給品ではどう考えても足りない。かといって治癒系統の能力を持つ破面など数自体が少なく、例え運良く見付けてノイトラが従属官に誘ったとしても拒絶されるのが目に見えている。

 

 とすれば残る最後の手段は治療室の一択のみ。それを追い出されでもしたらノイトラはもう絶望するしかない。

 怪我等を含め、消耗しない事が前提条件となれば思う様な鍛錬も出来無い。

 結果、思い通りに力を付けられずに原作とほぼ同じ経緯を辿り、後は死亡フラグへ向かって直進する羽目になってしまう。

 それだけに、ノイトラは必死だった。

 

 

「んん~、どうしましょうかね~…」

 

「…何でもしますのでどうか」

 

「何でもですかぁ~?」

 

「……出来る限りの事は…」

 

 

 一見、セフィーロは穏やかで包容力がある美女に見えるが、中身は基本的に筋金入りのSだ。それもSの前にドが付く程の。

 こうして一つでも弱みを握られれば主導権は常に彼女にあると言って良い。

 ノイトラが秘密裏にチルッチの治療の協力を頼んだ時、彼女に対価として色々要求されたのを彼は今も鮮明に覚えている。

 治療用の道具の点検に整理など、仕事に関するものから始まり、私生活の部分に踏み込んで執事的に奉仕したり、風呂で背中を流したり、添い寝したり―――可笑しなものも多々含まれていたが、ノイトラは精神的にズタボロになりながらも見事遣り遂げた。

 

 

「では早速やってもらいたい事がありまして~」

 

「オイコラ待て、ガンテンバイン(アイツ)の治療はどうすんだ」

 

「ロカちゃん、後はお願~い」

 

「はい」

 

「丸投げか! それで良いのか治療長!?」

 

 

 ノイトラの発言を聞いた途端、良い笑顔を浮かべたセフィーロは彼の腕を取ると奥へと引き摺り始めた。

 一見すれば、抵抗も虚しく一方的にやられている様に見えるが、そうでは無い。

 ノイトラ自身、抵抗すれば抜け出すのも容易なのだが、少々手荒になってしまうので避けているだけだ。

 

 ―――女性に対しては常に紳士たれ。

 憑依前から引き継いでいる教えであり、元ネタは同職場の尊敬すべき恩師からの受け売りである。

 だがセフィーロはそれを理解した上でこうしてやや強引な手段を取っているのだから非常にタチが悪かった。

 

 ドナドナされて行くノイトラを尻目に、作業を丸投げされたロカは文句一つ言わずに黙々とガンテンバインの胸部に包帯を巻いていた。

 

 

「なあ…」

 

「何でしょうか?」

 

「…アンタって、実は結構イイ性格してるよな」

 

 

 そう言うガンテンバインの顔は引き攣っていた。

 ロカは作業の手を止めずにこう返す。

 

 

「…他人の不幸は蜜の味、ですから…」

 

 

 彼女の顔は変わらず無表情であったが、その口元は確かに吊上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――酷い目に遭った。

 内心でそう零し、ノイトラは疲労困憊といった表情を浮かべながら、廊下を一人で歩いていた。

 

 あの後セフィーロに自室へと連れ込まれた後、ノイトラは何の突拍子も無い内容の要求をされた。

 マッサージである。正直言ってどんな無理難題が来るのかと身構えていたノイトラは拍子抜けした。

 この程度なら楽勝―――と思った矢先、それが間違いだったと後悔する事となる。

 

 サッサと終わらせて帰ろうと、袖を捲って準備万端の状態で待機していると、自室に入ったと同時に一旦席を外したセフィーロが戻って来た。

 だが彼女の恰好が問題だった。

 ―――全裸である。マッパである。大事な事なので二度言った。

 ノイトラは何処ぞのギャルゲーに出てくる難聴系主人公では無い。彼は以前からセフィーロが自分に好意を抱いている事など、それに至った理由以外は十二分に理解していた。

 しかし今回の様なケースは前例が無い。露骨なアピールは今迄にも何度もあったのだが、今回の様に真正面から大胆な真似をするのは初めてであった。

 

 そしてノイトラは確信していた。その誘惑には他にも意図があるのだと。

 セフィーロは自分が色恋に現を抜かしている余裕は無いと知りながらこの行動を取っているのだ。

 本能と理性の間で葛藤し、悶え苦しむ様を眺めて内心で愉悦に浸っているに違いない。

 徹底したサディズム。しかもノイトラがどちらに転んでも自分に損は無いところ、実に用意周到な事である。

 

 唖然とするノイトラに対し、セフィーロは平然とした様子で少々遅れた事に対して謝罪すると、そのまま近くのベッドに俯せになった。 

 母性の象徴たる双丘がムニュンと潰れて隠れ、今度は腰の下の肉感溢れながらも無駄なく適度に引き締まった桃神様が上を向くのが目に入る。

 セフィーロはノイトラの方を振り向くと、言った。何処からでもどうぞ、と。

 

 ―――そこから先は記憶が曖昧だ。

 随分とおぼろげだが、唯一記憶に残っているのは両手に残った吸い付く様な柔らかな感触と、セフィーロの艶やかな声。

 だが確実にそれ以上の事はしていない。つい先程までガチガチに膨張して斜め上を向いていた自慢の倅が何よりの証拠だ。

 

 ノイトラとてセフィーロを好ましいとは思っている。

 両想いで、しかも相手からアクションを起こされているなら、別に襲い掛かるなり何なりしても問題無いのではと普通思うだろう。だがそうもいかない理由があった。

 

 下剋上を狙う破面達の中には以前のノイトラも可愛く見える程の外道な思考を持つ者も存在する。

 そんな奴等が蔓延る中で友人以上の親しい者や恋人など作ってみろ。十刃の弱みとも取れる様な存在が知られればどうなるか考えるまでも無い。

 

 そして現状でノイトラが最も警戒すべき者が居る。同じ十刃であり、第8の数字を背負う破面、ザエルアポロ・グランツ。

 仮面の名残である眼鏡を掛けたピンク色の髪の男で、破面の中でも最高の技術力を誇る狂気の科学者。

 そして他でも無い、憑依前のノイトラと結託してネリエルを陥れ、当時十刃落ちであった自分自身をその十刃の空いたスペースに割り込ませる形で第8十刃の地位へ就いた策士でもある。

 それだけに限らず何か別の意図も持っていた様だが、ノイトラには其処まで読み取る事は出来なかった。

 

 そのザエルアポロは日頃から虚を独自に改造し、後で崩玉によって破面化させるという実験を行っており、実は治療室に居るロカ・パラミアもその改造虚から生まれた破面であった。

 詳細については例の小説版にて描かれているのだが、未読な上に断片的な情報しか持っていないノイトラはその事について知らない。

 

 

「あの陰険眼鏡め…」

 

 

 ―――さっさとマユリ様に研究者としての格の違いを見せ付けられた上で殺されてしまえってんだ。

 内心でそう吐き捨てると、未だに残るムラムラとした気分を理性で抑え込みながら、ノイトラは溜息を吐いた。

 

 何故ノイトラがザエルアポロを警戒しているのかというと、特にそれといった明確な理由は無かったりする。

 只単に彼が何の思惑で動き、何をしでかすか全く読めないという点からきているだけだ。

 自らの知的好奇心を満たす事を優先し、その目的の為に兄すら利用し、死んだとしても気にも留める事も無い。挙句の果てには藍染すら欺こうとする胆力も持っている。

 こんな危険人物、警戒するなという方が無理だ。

 しかもザエルアポロは頭脳のみならず、情報収集能力、そして解析力が十刃達の中でもずば抜けている。虚夜宮内での破面達の行動全てが彼にはほぼ筒抜けと言って良いだろう。

 そんな状態でセフィーロと関係を持ってみればどうなるか。少なくともザエルアポロの興味を引く事になるのは確実。

 

 恋仲かどうかは別として、破面同士で肉体関係を持った例は片手で数える程度にはある。

 だがそれで子を成したという結果は無い。その破面達は大抵、破面同士の抗争か任務の中で死亡しているからだ。

 破面同士で生殖行為を行い、新たな命を成す。自らの研究の目的の一つに完璧な生命へ至る事を掲げているザエルアポロが、生命に関する話題に興味を示さない訳が無い。

 

 ノイトラは簡単に想像した。破面同士、それも片方が十刃ならば一体どんな生命が生まれるのか、と。

 生まれた直後は人型なのか、霊力は受け継がれるのか、能力はどうなるのか。

 素人の観点からでもこれだけ疑問が浮かぶのだ。ザエルアポロであればその十倍以上の数は出るだろう。

 

 例え子供が出来なかったとしても、それはそれで他の可能性も浮上してくる。

 中でも一番あり得そうで、尚且つ最悪のパターンこそ、セフィーロがザエルアポロに人質として押さえられる事である。

 もしそんな状況に陥った場合、もはや今のノイトラではザエルアポロに一切逆らえなくなる。

 彼女に手を出さない対価として様々な事を要求したり、剰えノイトラ自身に実験材料になる事を強要してくる可能性だってある。

 十刃が弱みらしい弱みを持つ事というは、所謂カモがネギを背負っていると言っても差し支えない。手を出して下さいとアピールしているのと同等だ。

 仲間意識など欠片も無いザエルアポロにとって、例え同族である十刃も魅力的な研究材料でしか無いのだから。

 

 

「頭イテェ…」

 

 

 只でさえ、何故かあの日以降性格が真逆の方向へ一変した興味深い存在として、時折全身を隈なく覗かれている様な不快な視線を向けられているのだ。これ以上自ら墓穴を掘る様な真似は出来無い。

 

 ノイトラは色々悩み過ぎて頭痛がしてきた。

 ―――この後ドルドーニでもサンドバッグにして気分転換するか。

 そんな理不尽で物騒な事を考え始める程に。

 

 

「だからスターク、この程度なら大丈夫だって―――ってウワァッ!? ノイトラぁ!?」

 

「…おいリリネット。流石にそりゃ失礼だ」

 

「っ!?」

 

 

 その時だった。思考の渦に溺れる余り、周囲の警戒すら忘れていたノイトラは声を上げられた後で初めて他者の接近を許した事に気付いた。

 本日二回目の失態に内心で自分自身を罵倒する。

 ―――この馬鹿野郎、ついさっき反省した直後にこれか、と。

 

 

「うおっ? その…なんだ、随分と怠そうな面してんじゃねえか」

 

「…アンタが言うかスターク」

 

 

 だが今回は命拾いしたとも言えた。

 疲弊しているノイトラを超える気怠そうな表情を浮かべている、下顎骨のような仮面の名残を首飾りの様に着けた黒髪の男―――第1(プリメーラ)十刃、コヨーテ・スタークはノイトラにそう返されると、バツが悪そうに後頭部を掻き毟った。

 

 命拾いしたというのは、彼が十刃の中でも一番温厚且つ戦闘にも消極的で、そして面倒臭がりの為だ。

 これが第10(ディエス)のヤミー・リヤルゴや第7(セプティマ)のゾマリ・ルルー、第6(セスタ)のグリムジョー・ジャガージャックと鉢合わせしようものなら必ず一悶着あった事だろう。

 ノイトラは遭遇した相手がスタークであると理解した途端、小さく安堵の溜息を吐いた。

 

 ヤミーは見た目も中身も脳筋ゴリラで、黒崎一護に切り落とされた腕の治療をしてやったロカに対し、確認と評して彼女の頭部を潰して殺害する様な最低な男。

 ゾマリは現十刃の中でも生粋の藍染教狂信者で、発動と同時にその部位を支配するやらしい自分の能力を(アモーレ)と謳って敵に押し付ける変態。

 グリムジョーは自分自身がある程度認めた相手に対しては九割のツンに一割のデレを見せる希少なツンデレ要員だが、普段は基本的にプライドが高過ぎる好戦的な獣。

 

 普段から雑務係の破面達の働きに感謝して気遣っている上、ロカとは知り合いなのでヤミーは普通に嫌い。

 藍染には感謝の念はあるが、余り忠誠心は無い。その時点で既にゾマリからは粛清の対象にされているし、彼の性格自体が苦手。

 憑依後に行動を改め、日々身を削って努力している間、何処かで鉢合わせする度に何度も噛み付いて邪魔してくる事が多かったグリムジョー。しかもそれを尽くスルーしていたのを強者の余裕と取ったのか、最近では遠目からも一々殺気を飛ばして来る様になっているので極力関わりたくないのが本音だ。

 中には擦れ違いが原因なのもあるのだが、結局はどれも相性が悪いのに変わりは無かった。

 

 

「…今日は引き籠っていないのな」

 

「ん?そういやそうだな。実はコイツがヘマしてよ…」

 

 

 ちなみにノイトラに対し、初めに悲鳴に近いリアクションを取ったのは、スタークの従属官であり、彼自身の身体の一部でもあり、斬魄刀でもあるリリネット・ジンジャーバックだ。

 奔放でボーイッシュな性格の、頭部と顔の左半分を覆うように仮面の名残がある少女。そして虚夜宮唯一の癒し要員でもある―――等とノイトラは一方的に思っていたりする。

 

 リリネットはスタークの背中に隠れ、まるで余所者を警戒する犬の様に唸ってノイトラに威嚇していた。

 だがそんな態度も今のノイトラにとっては癒される要因にしかなっておらず、彼女に小動物を愛でる様な視線を向けていた。

 

 精神的な余裕が出来たノイトラは久々にスタークと雑談に興じてみる事にした。

 彼は何時ぞやノイトラの挙げた友人になりたい人物の中の一人でもあるし、他の邪魔が一切無い現在の状況ぐらいしか真面に話せないレアキャラでもあるからだ。

 今迄も機会があればポツポツと会話を重ねてはいたのだが、スターク自体が余り出歩かない上、ノイトラ自体も余裕が無かった事もあり、余り長話は出来ていなかった。

 

 

「…ああ、成る程な」

 

「まさかコイツだけを狙うなんてな…困ったもんだ」

 

 

 スタークの視線を辿ってリリネットの右頬を見ると、浅い切傷が付いてるのが判る。

 どうやらもしかしなくとも、何処かの馬鹿破面にちょっかいを掛けられた様だ。

 十刃のトップの従属官ともなればそうそう干渉出来る筈が無いのだが、恐らく今回のケースは特殊だったのだろうとノイトラは当たりを付ける。

 

 

「んで治療室へ移動中って訳か…下手人は?」

 

「眠らせて葬討部隊(エクセキアス)に引き渡したよ」

 

「相変わらず御優しい事で…」

 

 

 第2(セグンダ)十刃、バラガン・ルイゼンバーン。第3十刃、ティア・ハリベル。虚夜宮内ではこの二名に対して、裏では熱狂的な信者達が存在していたりする。

 十刃達の大半が藍染に心酔している様に、破面達は基本的に力のある者に惹かれる傾向が強い。

 バラガンとハリベル、両名共に目に見えるカリスマと実力を持っており、彼等の為なら何をしても、死んでも構わないと豪語する破面達は少なく無い。

 

 反面、その上に立つスタークにはそれが無い。怠情で、面倒くさがりで、引き籠りで、一見すればカリスマなど一切縁が無いあり方だ。

 故に信者達に敵意を向けられ易かった。何故こんな奴がバラガン様やハリベル様を差し置いて第1十刃なのだ、と。藍染が正式に認めた序列であるにも拘らずだ。

 

 今回の下手人は間違い無くその二人への信仰を変に拗らせた連中だ。でなければ第1十刃やその従属官に手を出すリスクを無視してまで行動出来るものか。

 見たいものしか見なくなるまで至った信仰はもはや信仰では無い、盲信だ。

 ―――その程度の事に気付けないとは実に哀れな連中だ。

 ノイトラはそんな見る目の無い奴等に付き纏われるスタークに同情した。

 

 

「結局ソイツ等が辿る運命は同じだろ。毎回そんな対応してっと舐められんぞ」

 

「…仲間に手を掛けんのは御免なんだよ」

 

 

 そう警告染みた事を言いつつも、ノイトラは特に問題無いだろうとは思っている。

 スタークは過去に最上級大虚だった頃、その異常なまでの霊圧の強さから、何度も仲間の虚達が自身を残して消滅し最後に自分しか生き残らなかったという経験をしている。

 その為か、孤独を何よりも恐れ、仲間に対する情は誰よりも厚い。対応が甘くなるのは致し方無いだろう。

 

 だが今回の様にリリネットが怪我を負ったのは初めてだ。 

 如何に仲間を大事にするスタークとて、己が半身たるリリネットを害されるのは相当な衝撃を受けた筈だ。

 もう二度と起こさせはしないだろう。

 

 

「…甘ぇな。まるでチョコラテだ」

 

「懐かしい言い回しだな。ドルドーニ(アイツ)は元気か?」

 

「………」

 

「…いや、その顔でだいたい想像ついたよ」

 

 

 スタークの強さは見た目では全く判断つかないが、底が無い。

 憑依後から暫くして漸く見えた部分ではあるが、霊圧だけに限らず、技量、戦略眼、勘、その全てに於いてスタークは読めなかったのだ。他の十刃は読めたにも拘らず、だ。

 

 第2十刃であるバラガンには“老い”という能力がある。あらゆる事象や物体の劣化を促進させて動きをスロー化し、意志を持って触れた物体を老化・崩壊させるというものだ。

 本気を出せば一瞬で触れたものを朽ち果てさせる事も可能な、絶対的な力。

 だが藍染はそれを把握していながらも、スタークを第1十刃としている。

 それはつまり、スタークはバラガンの“老い”すら上回る力を持っているという事に他ならない。

 有り得ないとは思うが、もしバラガンやそれに追従する破面達が藍染に反旗を翻したとしても、スタークが本気を出せば瞬く間に鎮圧させられるだろう。

 

 

「懐かしいといやぁ、チルッチの奴の霊圧をお前の拠点の辺りで感じたな」

 

「あんの馬鹿女…」

 

「この前も居たし、アイツが執着心見せるなんて相当だぜ。一体なにしたってんだ?」

 

「ンなもん知るか。貸しはあっても借りは無ぇ筈だ」

 

「…アイツも苦労してんのな」

 

 

 一通り話してみると案外相性は悪くないらしい。ノイトラはそう思った。

 それはスタークも同じ様で、気怠いだけだった表情に僅かな笑みが浮かんでいる。

 互いに面倒事を嫌い、仲間を思い遣る部分が共鳴したのかどうかは定かで無い。

 だが二人はこの時確かに互いを信頼出来る仲間だと認識していた。

 

 だがリリネットは気に食わないらしく、さっさと行けと言わんばかりの視線を変わらずノイトラに向けていた。

 ―――当人はそれにすら癒されているといざ知らず。

 

 

「しっかし、お前も昔と比べて随分丸くなったなぁ」

 

「…昔の事は触れんな」

 

「あれか、現世で言う黒歴史ってやつか? 若さってのは面倒臭ぇこった」

 

「ウルセェよ元スーパーボッチ」

 

「ちょっ!? おま…」

 

「ああ、悪ぃ。今は変態ロリコン野郎だったわ」

 

「前者はまだしもそれは止めろ! ってかお前もいくら変わったって言っても変わり過ぎじゃねぇか!?」

 

「え゛!? スターク変態なの!?」

 

「信じたのかよ!? つーかお前俺の一部なのにわかんねぇのか!?」

 

 

 スタークは特に十刃の立場についてどうこう言う事は無い。単に面倒だという理由からなのだろうが、ノイトラにとっては有難かった。

 御蔭でこうして気さくに馬鹿話が出来る相手が増えるのは助かる。精神的にも楽で、モチベーションの向上にも繋がるで良い事尽くめだ。

 

 そしてノイトラはスタークを弄ってみて悟った。

 ―――ドルドーニ並みに面白い。

 この瞬間、スタークはノイトラの弄りリストの中へ即座に追加された。

 

 

「いやいや、本当は違うから安心しろ。このスタークは紳士だ」

 

「そうなの!? 良かったぁ~」

 

「変態という名の紳士な」

 

「やっぱり変態だったぁ~!!」

 

「お前さんはどうしても俺を陥れたいのか!? おい泣くなリリネット…ってソコは止めゴフゥッ!!」

 

 

 泣きながら股間を蹴り出すリリネットを青い顔で必死に宥めるスターク。ノイトラはそれを傍からニヤニヤしながら眺めていた。

 

 この役者三人のみの新喜劇は三十分程続いた後に解散した。

 数日後、味を占めたノイトラと、後に彼と意気投合したリリネットによるスターク弄り連合が結成されたのだが、スターク本人は知る由も無い。

 以降も弄りを定期的に開催する事がスタークを除く二人の間での決定事項となった。

 

 ―――ちなみにこの出来事の後、スタークはノイトラと擦れ違う度に渋い顔を見せる様になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と賑やかな事だね」

 

 

 モニターの画面越しにノイトラとスターク達の遣り取りを眺めながら、男は呟いた。

 此処は管制室。虚夜宮の全ての壁面に仕掛けられた監視カメラの映像がリアルタイムで転送されてくる部屋だ。

 そしてこの部屋にはもう一つ、建物内の廊下全てを自由に組み換える事が可能という機能がある。

 

 侵入者を監視しつつ、重要な場所への到達を阻む事も出来る便利な部屋。

 欠点を指摘するとすれば、監視カメラにマイクが付属しておらず、音声を映像から推測する以外の手段が無い事か。

 だがあくまで此処はそれ程重要視される程のものでは無い。

 全てはこの男の気まぐれ、または道楽とも言って良い理由から作られた部屋なのだから。

 

 

「そうは思わないかい、ウルキオラ」

 

「………」

 

 

 死神特有の死覇装と呼ばれる黒い着物に身を包み、柔和な風貌の眼鏡を掛けた茶髪の男の正体こそ、藍染 惣右介(あいぜん そうすけ)その人。

 普段は虚夜宮の中心部の玉座に腰掛けている筈の彼だが、今は珍しくお供一人だけを連れて此処を訪れていた。

 本来の御付きである副官二人は居ない。それもそうだ、彼等は今、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の中の死神達の拠点である瀞霊廷(せいれいてい)にてスパイ活動をしているのだから。

 

 

「どうかしたかい?」

 

「―――いえ、何も」

 

 

 藍染のお供の一人である、角が生えた仮面の名残を左頭部に被った、痩身で病的にまで真っ白な肌をした黒髪の男―――第4(クアトロ)十刃、ウルキオラ・シファーは藍染からの問い掛けの後にやや間を置くと、そう返した。

 無表情ではあるが、その目は画面に釘付けとなっている事から、興味の持ち様が見て取れる。

 

 

「正直に言って御覧。気になるんだろう、彼が」

 

「……はい…」

 

 

 藍染は薄く微笑みながら、教え子の成長を眺める教師の様にしてウルキオラに優しく語り掛ける。

 だがその反面、彼の瞳には優しさなど欠片も存在しておらず、底知れぬ闇が渦巻いていた。

 

 

「以前言ったね。私は彼が興味深いと」

 

「…何故?」

 

「そうだね、強いて言うなら―――目だよ」

 

 

 ウルキオラはモニターから視線を外し、藍染の方を向いた。

 藍染は何か面白い事を思い出した様で、静かに声を漏らしながら笑い始める。

 

 ウルキオラは変わらず無表情のままじっと藍染を見詰めながら、更に問い掛けた。

 

 

「以前から著しいその成長率では無く、ですか?」

 

「まあそれもあるにはあるね。本人は隠している心算だろうが、何せここ数年で、霊力の総量だけを見ても第5十刃でありながら今ではバラガンを超えてスタークに匹敵し始めている。成る程、確かに異常だ」

 

「ならば…」

 

「だが―――所詮はそれだけだ。彼自身のソレには及ばない」

 

 

 その直後、ウルキオラは戦慄した。

 魂が押し潰されるかの様な錯覚を覚える霊圧に、全身から力が抜ける。少しでも気を抜けば今直ぐにでも膝が地面に付いてしまいそうだ。

 何度も瞬きを行い、改めて藍染を見遣る。

 如何なる手段を用いようが、力を得ようが成す術も無い、絶対的な存在が其処には居た。

 

 確かにノイトラの成長度合は第4以下の十刃達にとって十二分に脅威とも言えるだろう。

 だが藍染にとっては取るに足らない事象に過ぎない。

 何せ彼は絶対者。故に恐れの対象を持たないのだから。

 

 

「何なのか…聞いても?」

 

「それはね―――」

 

 

 ―――既知、だよ。

 狭く、静かなその部屋に、その声は妙に響き渡っていた。

 

 

 




捏造設定纏め
①虚夜宮内の雰囲気は基本殺伐としてる。
・虚の生きる世界は弱肉強食。基本的に中級大虚とそれ以下の出身の破面達は理性よりも本能の方が強い様に見えるので、少なくとも彼等にはその虚としての本能が残っていると仮定。
・知的で理性的で人格的にも完成している最上級大虚出身の破面は数が少ないので、虚夜宮内は基本的に殺伐としていると設定しました。
※ちなみに私の中での(ある程度調査もしました)現十刃内での出身大虚ランク設定。
 第1~4・8は最上級大虚。
 第5~7、10は中級大虚。
 第9は言わずもがな最下級大虚。
②治療室には複数の雑務係の破面達が居る。
・ロカが筋肉ゴリラの腕の治療した後にペッチャンコされて終わりな、一度きりしか治療室らしき場所での遣り取りは無いので、好き放題に設定しました(笑
・虚無さん以外の破面は破面化する際に超速再生の大半を失っている。つまり少なくとも外部からの治療は必要だと思います。この時点で既に、ロカ一人で虚夜宮内の破面達を治療するのは不可能。
・筋肉ゴリラがロカを殺して何も御咎めも無い。この事から、彼女が死んでも代わりが居る為に問題無かったからだと判断しました。

③破面同士でも生殖行為が可能。
・織姫が攫われ、虚無さんの預かりになった頃、擦違ったゲスプーンさんのどの辺まで躾けた等の下衆い発言。織姫に暴行していたロリだかペドだかの女破面が、後で豹王さんにボコられた際、見逃してくれたら今度内緒で云々と意味深な発言。これで大体察しました。
・そういえば下乳さんは虚の孔が子宮に位置する場所にあるんだけど…これは(汗
④大帝さん、下乳さん人気者。孤狼さん不人気説。
・前者二人は滲み出るカリスマと実力で周囲から注目されてそうで、孤狼さんはその気にならないと判らない昼行燈タイプという勝手なイメージ。それに弧狼さんのポジはかませキャラに絡まれ易いタイプだと私の中で訴えがあったので…。
・貴様の居座っている座は我等が○○様にこそ相応しい、だから死ね!とか言いそうな狂信者系キャラに絡まれてそう。初っ端に霊圧の違いで圧倒されるのでは?という疑問については…多分狂ってるから気付いてないんだよ(笑
⑤孤狼さん最強説。
・後の話でも触れる予定ですが、多分彼は本気出したくとも本気出せずに終わったタイプ。プロットでは最終章付近でその様子を書く予定です。
⑥虚無さん登場の時系列。
・調べた限り、アニメ版では離反後の藍染様の手で破面化した様ですが、ここではハッキリさせない事にしました。敢えて謎のままにしておけば、彼のお気に入りで特別という感じが強くなると思ったので。
ヨン様「突然だが紹介しよう、今日から彼が第4十刃だ」
周囲「なん…だと…!?」
的な感じで。





今後の展開予定
とある原作キャラをかませっぽく書いてしまったので…批判されそうで怖いです。
どうかお手柔らかにお願いします。

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