三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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折角連載開始記念日なので、もう一話続けて投稿。
内容的に見て直ぐに消化してしまう方が良いとも思ったので。


第四十三話 そよ風と妖婦と、主人公と髭と…

 治療室にて、セフィーロは椅子に腰掛け、紅茶の入ったティーカップを口元で傾けつつ、先程から自身に向けられている煩わしい視線に耐え続けていた。

 その元を辿れば、其処には彼女と同じ体勢で紅茶をチビチビと飲み続けるチルッチの姿が。

 表情から読み取る限り、明らかに不機嫌丸出し。眉間には皺が寄り、その眼からは鋭い光が放たれ、全身からは近寄りがたい雰囲気が滲み出ている。

 それが原因なのか、ロカは紅茶の御代わりを注げるや否や、速攻でその場から距離を取ると、離れの作業場までそそくさと立ち去る事を繰り返していた。

 

 

「…私、そんなに睨まれる事をした心算は無いんですけど~」

 

「うっさい。大人しくお茶飲んでろ」

 

 

 やがて耐え切れなくなったセフィーロは遂に抗議するが、チルッチはそれを一蹴。頑なに態度を変えようとしない。

 明らかに不本意であるという意思が見て取れるが、何処と無く使命感も感じる。

 それはそうだ。何故チルッチが先程からこうしているのかと言うと、ノイトラの指示だからだ。

 

 その内容は護衛。だが先程から見せている態度の通り、チルッチは乗り気では無かった。

 ロカは未だしも、恋敵でもあるセフィーロを何故自分が。でもこれは他ならぬノイトラの頼みだし。

 チルッチの中ではこの二つの思いが鬩ぎ合っていた。

 

 

「ええ~? もうお腹がタプンタプンなので無理ですよ~」

 

「じゃあずっと其処で黙って座ってろ一歩も動くな淫乱女」

 

「…泣いて良いと思うんですよ私~」

 

 

 取り付く島も無いとはこの事か。セフィーロは溜息を吐いた。

 事情は理解している。だが正直、彼女としては少々都合が悪かった。

 

 計画の中では、今からノイトラが動き、幾つかの目的を果たすまで、自分達は治療室で大人しく待機する。それが現状での計画だ。

 だがセフィーロはそれを勝手に一部変更。彼女自身も独自に行動を起こす予定だった。

 

 当然危険だ。下手すれば彼女自身が取り返しの付かない事態に陥る可能性も低くは無い。

 だがセフィーロには確固たる自信があった。

 そして如何なる窮地に陥ろうが、それを一瞬で覆す強力な切り札も。

 

 

「…しょうがないですね~」

 

 

 小さくそう呟くと、セフィーロは徐に立ち上がった。

 それを見たチルッチは当然それを止める為に動く。

 

 

「おい!! てめえ何勝手に―――ッ!!?」

 

 

 制止の声を上げようとしたチルッチだったが、後の言葉が出る事は無かった。

 見れば彼女の頭部の殆どが、白色の長い布の様な物に巻き付かれていた。

 

 

「ムグ…フ…ッ…!!」

 

 

 布の発生源を辿ると、それはセフィーロの袖から伸びていた。

 ――― 一体何を。

 チルッチはそんな疑問を抱いたが、一先ず後回しにする。

 まずは先にこの布を如何にかせねばと。

 

 両手で布を掴み、そのまま引き千切らんと力を籠める。

 だが全くビクともしない。布にしては有り得ない耐久性だ。

 そして気付いた。何か感触がおかしいと。

 触れているのに触れていない。まるで布と手の間に空間があると思わせる、妙な感覚。

 例えるなら強力な磁石。それのS極とN曲を互いに押し付け、後一歩で密着させられる位置で均衡している状態か。

 

 またしてもチルッチは気付く。この布はセフィーロの帰刃形態より発生するものと同じだと。

 今迄に何度か、鍛錬時に目の当りにしていたそれ。だが直接触れた事は―――否、触れる事すら許されずに敗北していた為、皆無だった。

 だがその布の詳細は知っている。白く発光すると同時に、精神干渉系の能力が発動するのだと。

 

 

「御免ね、チルッチちゃん」

 

「ッ!!?」

 

 

 申し訳無さ気な表情で、セフィーロは言った。

 次の瞬間、布が光を放つ。

 

 チルッチは瞠目する。

 本来であれば白色だった筈のその光が、見慣れぬ青色へと変化していた事に。

 

 

「“堕落聖女(コロンピーダ)”」

 

 

 それはチルッチも初めて耳にする技名だった。

 一体の何の能力なのか、それを考える暇も無く、彼女の意識は閉ざされる。

 

 だがその身体は以前として立ち上がったまま。加えて瞼も開いており、只その瞳からは本来あるべき光は無く、虚ろであった。

 意識は無いのは確かなのだろう。にも拘わらずこれは如何いう事なのか。

 

 

「…目覚めは二分後。それまで眠っていなさい」

 

 

 聞いている者の気の抜ける様な、緊張感皆無な普段のそれとは異なり、極めて冷淡な口調で、セフィーロは命令する。

 それを受けたチルッチは静かに頷くと、突如として糸の切れた人形の如く崩れ落ちた。

 

 後方へと倒れる彼女の身体。後頭部が地面と衝突するかと思われた時、直前で止まる。

 見ればセフィーロの出している布が、その身体を下から持ち上げていた。

 幾ら頑丈と言っても、只の布では到底不可能な芸当である。

 

 チルッチはそのまま近くのベッドへと運ばれて行く。

 その布は其処へ彼女を優しく寝かせた後、セフィーロの袖の中まで戻っていった。

 

 

「―――本当に…」

 

 

 それまで一切言葉を発さず、傍観を決め込んでいたロカが口を開いた。

 セフィーロは其方へ振り向く。

 

 

「遣らねばならないのですか、セフィーロ様…」

 

「…ロカちゃん」

 

 

 正に人形そのものであった嘗てより改善されたとは言え、普段は殆ど表情を変化させる事が無いロカ。

 だが今の彼女は違う。本当に相手の身を案じ、その顔に憂色を浮かべる心優しき女性の姿が、其処には居た。

 

 

「大丈夫、心配しないで」

 

「ですが…」

 

「いざとなれば本気を出すから。だから貴方は此処を御願い」

 

 

 セフィーロは強い。長い付き合いであるロカは十分に知っていた。

 破面化によって大虚時代より弱体化したらしいが、それでもその実力は並みの数字持ちを凌駕している。

 そしてその能力は使い様によっては恐るべき効果を発揮する事も。 

 

 だが―――それでも心配なものは心配なのだ。

 ザエルアポロの拷問にも等しい実験等により、元より希薄であった感情を閉ざしてしまったのはもはや過去の話。

 今のロカは明確な意思を以て、自身に救いを与えてくれたセフィーロの身を案じていた。

 万が一の場合は、自らの命を投げ打っても良いと考える程に。

 

 

「我儘だって事は理解してる。だけど私達がこうしている間にも―――あの人は自分自身の全てを賭けて行動してる」

 

 

 セフィーロの言う人物が、一体誰の事を指しているのか。それは直接口に出すまでも無いだろう。

 過去の遺恨への決着と、自分達の生存。その計画の内の後半には、ロカの取るべき行動も組み込まれている。

 勿論、強制では無い。正規の形で協力を依頼された上で引き受けたのだ。

 

 その時の光景を、ロカは今でも明確に覚えている。

 ―――嫌なら断ってくれても構わない。

 緊張した面持ちで、此方へ深々と頭を下げて頼み込むノイトラ。

 只の雑務係の破面に対して見せる十刃の態度では無い。

 

 だが彼がこの様な行動を取った理由について、ロカ自身は心当りがあった。

 と言うか、十中八九原因は自分だろうと思っている。

 それは当時、ノイトラが治療室の常連となって間も無い頃。ロカは彼と遭遇する度、とある事情からつい反射的に冷ややかな視線と、素っ気無い対応を取ってしまっていた事だ。

 それはノイトラがザエルアポロと結託し、卑劣極まりない手口でネリエルを陥れた張本人だったからだ。

 

 ロカにとって、ネリエルはセフィーロに次ぐ恩人の一人だ。

 普段より何かと自分の事に気に掛け、暇な時間を見付けては鍛錬に付き合い、自身の持つ力の使い方を教えてくれた。

 只、セフィーロとの相性はそれ程良く無かった様で、余り二人が話している機会は少なかったが。

 

 その証拠に、ネリエルが虚夜宮から姿を消してから翌日、セフィーロが溜息を吐きながら零した一言にある。

 ―――人の忠告を聞かないから。

 如何やらセフィーロは知らぬ間に、ネリエルの現状へのアドバイスをしていたらしい。だがそれは受け入れられる事は叶わず、あの様な結果となってしまったのだろう。

 それ以降、セフィーロはネリエルの行方を調査しようとする素振りを全く見せず、普段通りに振舞っていた。

 

 既に感情を取り戻し始めていたロカは、その姿に僅かな憤りを覚えた。だが即座に消える。

 良く良く考えれば、人は自分と馬が合わない人物に対しては極力干渉を避ける傾向にあるのが普通だ。

 にも拘わらず、セフィーロは態々アドバイスをした。

 だがネリエルはそれを無下にし、失敗した。

 

 ある意味、これは彼女の自業自得だったのかもしれない。

 ロカは少し納得した。確かにネリエルは少し頑固な部分もあったし、会話の中で稀に強者としての矜持なのか―――上から目線の物言いも目立っていた。

 または自分達の事情にセフィーロを巻き込まない為、態と跳ね除けた可能性もあるが。

 

 だが理屈では理解出来ても、感情まではそうはいかない。

 ロカはセフィーロについては割り切ったが、ノイトラとザエルアポロについては無理だった。

 故に―――あの様な態度を見せてしまった。

 今思えば実に命知らずで、馬鹿な真似をしたものである。

 ロカは過去の自分を卑下した。

 

 

「セフィーロ様…」

 

 

 だがノイトラは決してロカの態度を咎める事はせず、甘んじて受けた。

 そして変わった。言動や仕草はそのままだが、問題はその中身。もはや元の性格が百八十度反転したかの様に。

 それに伴い、彼の周囲も良い方向へと変化して行った。

 同僚達は日常業務が遣り易くなったり、畏怖の象徴が一つ減った事で精神的に楽になった。

 表面上は明るく振舞っては居るが、時折全てを諦めているかの様な無気力さを見せていたセフィーロの笑顔が増えた。

 治療室には、基本理性的で平穏を求める傾向にある者達が集まり、階級も関係無い憩いの場と化した。静寂では無く喧騒に包まれる、実に退屈しない楽しげな空間となった。

 

 そんな日々を送る内、気付けばロカは無意識の内にノイトラへの態度を改めていた。

 許した訳では無い。ネリエルに対しての行いは、この程度の事で水に流せる様なレベルでは無いのだ。

 只―――見届けようと思ったのだ。

 ノイトラの変化は、恐らく贖罪。それは協力を要請された際に聞いた計画の内容から、確信へと変わった。

 

 

「些細な事でも良い。あの人の助けになりたいの」

 

 

 懇願するセフィーロ。その瞳に映る覚悟は本物だ。

 暫し間を置いた末―――ロカは折れた。

 

 

「……解り…ました…」

 

 

 そう絞り出す様にして言う彼女。その顔は俯いており、一見すれば苦悩している様に取れる。

 だがその瞳にはセフィーロと同様に、確固たる覚悟が浮かんでいた。

 

 

「有難う」

 

 

 それに気付かぬまま、セフィーロは踵を返すと、室外へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斬月の誇る巨大な刀身が、上段より振り下ろされる。その太刀筋には些かブレが見られるが、並大抵の相手であれば容易に叩き切れる威力を誇っていた。

 それに対抗するのは、その刀身に負けぬ強度と鋭さを誇る脚。真横に振るわれたそれは、鞭の様に撓りつつ、真っ向から立ち向かう。

 

 二つの刃が、十字に交差する。通常であれば、前者の方が圧勝する筈だと思うだろう。

 だが結果は真逆。弾き返されたのは斬月だった。

 それの柄を握る一護は、その顔を驚愕の色に染めながら、後方へと大きくブレた己が重心を元通りにせんと動く。

 だがそんな暇は無い。打ち勝った脚の持ち主たるドルドーニは、既に一護の間合いへと入り込んでいた。

 

 

「フッ!!」

 

「グ…ェッ…!!?」

 

「一護ぉ!!」

 

 

 腹部目掛けて真横に薙ぎ払われる右脚。

 直撃と同時に、一護の身体がくの字へと曲り、その口からは蛙が潰れる様な声が漏れ出す。

 彼の身体は再び後方へと吹き飛ばされ、壁へと叩き付けられた。

 それを目の当たりにしたネルは、離れから悲痛な声を上げる。

 

 

「…実に未熟」

 

 

 右脚を振るった体勢のまま、ドルドーニはそれを視線で追う。

 そして盛大に溜息を吐いた。

 

 

「この程度で吾輩を相手取れる等と…本当に思っているのかね、坊や?」

 

 

 太刀筋が安定しない。反応も鈍い。防御も脆いどころか、真面に取れてすらいない。

 それ等に加え、先程与えた折角の助言も活かせていないと来た。

 ドルドーニは内心で拍子抜けしていた。始解状態ではあるが、それにしても一護の実力はこの程度だったのかと。

 

 藍染が開示した情報に、破面達が経験した戦闘記録等は、基本的に虚夜宮へと保存、共有される。

 だがそれの回覧は任意であり、強制では無い。

 ドルドーニはその十刃落ちという立場から、藍染から任務を与えられる事は皆無に等しい。

 故に余り外の情報を見る必要性は無いのだが、その向上心の高さ故に頻繁に覗いていた。様々な敵の戦法や動き、能力を研究する事で、自分にも活かせる部分が見付かる筈だと。

 

 つまり当然その中で――― 一護の情報も目にしている。

 短期間で隊長格と渡り合える程に成長を遂げた天才。卍解すら習得しており、未解放とは言えグリムジョーに傷を付けるという快挙を成し遂げる。

 そして“虚化”という奥の手を持っている事も。

 

 情報に目を通しながら、ドルドーニは思った。これはまるで一種の英雄譚では無いかと。 

 そして童心に返ったかの様な感覚を覚える。

 己が業に苦悩しながらも、それでも敢えて過酷な道を歩む事を選択したノイトラとはまた異なる在り方だ。

 言うなれば、これは王道。一護が光なら、ノイトラは影か。

 後者と接するだけでも此方の心が奮い立つのだ。前者であればどれ程まで至るのか、興味が尽きない。

 

 それ故に期待していた。

 ―――未だ判断するには時期尚早。

 一護はまだ本質を見せて居ない。落胆するには早いと、ドルドーニは自身に言い聞かせる。

 

 

「く、そッ…!!」

 

 

 頭部から流れた血で顔を赤く染めながら、壁から抜け出した一護は斬月を構える。

 その内心では盛大に混乱していた。

 ―――十刃でも無いのに、幾ら何でもこれは強過ぎないか。

 一護は鈍っていた思考を巡らせ、其処でやっと気付いた。

 現世侵攻に参加していた、三桁の数字を持つ女の破面の実力の高さを。

 

 

「解せない…そう言いたげな顔だな坊や」

 

「ッ!!」

 

「十刃でも無い相手に、何故ここまで苦戦するのかと。…違うかね?」

 

 

 図星を突かれた一護。思わずその表情が強張る。

 その姿を見たドルドーニは肩を竦めると、静かに説明し始める。

 致し方無い奴だと、呆れを含んだ様子で。

 

 

「吾輩の持つ三桁の数字。それが意味するのは…剥奪の証」

 

「剥奪…だと…?」

 

「―――“十刃落ち”、そう呼ばれている」

 

「なっ!?」

 

 

 ドルドーニの口から飛び出した、十刃落ちという階級。その前半の二文字に、一護は反応を示した。

 まあ簡単に想像は付くだろう。名前からして、十刃と何かしらの関わりがあると。

 

 

「そう、即ち十刃落ちとは―――かつて十刃“だった”者を示しているのだよ」

 

 

 故に―――と、其処でドルドーニは言葉を切ると、抑えていた霊圧を解放。

 鋭い眼光で、一護を睨み付けた。

 

 

「卍解もせずに、吾輩を倒せるなどと思わぬ方が良いぞ…坊や」

 

「く…!!」

 

 

 気圧されたのか、僅かに全身が縮こまった様な感覚を、一護は感じた。

 そして同時に気付く。此方の考えを見透かされていると。

 

 確かにドルドーニの言う通り、一護はこの戦いで卍解をする気は無かった。

 と言うか、この先に待つであろう十刃達。彼等との戦いの為に自身の霊力を温存したかったのだ。

 そして切り札である虚化も尚更。

 

 だがその考えも、今となっては揺らいでいる。

 元十刃だけあって、ドルドーニの実力は相当だ。始解のままでは如何考えても勝ち目は薄い。

 しかしこんな序盤から卍解を使用して、本当に大丈夫なのか如何かも判断出来無い。

 一護の思考は完全に溝へ嵌ってしまっていた。

 

 

「戦いに於いて、自らを律するのは間違っていない。坊やの気持ちは良く解る」

 

「…そうかよ」

 

 

 対峙する側にまで伝わってくる、一護の緊張と迷い。

 ―――埒が明かない。

 このままでは何時まで経ってもダラダラと事が運ぶだけだ。

 そう考えたドルドーニは、年長者として一肌脱ぐ事にした。

 

 

「だが考えてもみたまえ。例えその始解の状態で吾輩に勝利出来たとして、坊やは如何なる」

 

「………」

 

「現状からして既にそうだが、無傷では済まないだろう。襤褸雑巾の様な有様で、この先の戦いに耐えられると本当に思うのかね?」

 

 

 人差し指を立てながら、諭す様に語り掛けるドルドーニ。

 それに対し、一護は只管に無言を貫くだけ。だがその瞳は忙しなく揺れ続けている。

 

 

「それに―――坊やの無事を願い、待っている者の気持ちも汲んでやりたまえ」

 

「ッ…ネル…!!」

 

 

 直接指した訳では無い。だがドルドーニが誰の事を言っているのか、一護には理解出来た。

 視線を動かし、遊撃の間の入口の影へと隠れている小さな影を見遣る。

 其処には今にも泣き出しそうな表情で此方を眺め続けるネルの姿があった。

 

 ―――そうだ、何を自分は此処まで意地を張っていたのだ。

 今更ながら、一護は自身の愚かさを自覚した。

 ドルドーニの言い分は御尤もであると。

 

 霊力の減少と、身体への負傷。互いに齎す影響は全くの別物。

 前者は時間の経過と共に回復するが、後者は違う。織姫や四番隊といった、治療要員が不在の今、もし腕の一本でも折れたりすれば、もはや致命的だ。

 

 それに仲間が傷付く姿というのは、見ている側からしてみれば何よりも辛く、胸が痛む光景である。

 一護は自分自身を殴り付けたい衝動に駆られた。

 自分では極力避けたがる癖に、今の姿は何だと。

 

 

「…済まねえ」

 

「何、別に構わんよ。若者を導くのは年長者の役目であり、紳士として当然の事」

 

 

 一護の謝罪を、ドルドーニは誇らしげに胸を張りながら受け取った。

 ―――如何に若人とは言え、敵に助言を与えるとは、自分も大概甘いな。

 厳しく在ろうと心掛けながらも情を捨て切れない。そんなノイトラと接する内、知らず知らずに絆されていたのかと、内心で苦笑しながら。

 

 

「こっからが…本番だ!!」

 

「フッ、是非も無し。これで吾輩も心置き無く全力を出せるというもの」

 

 

 仕切り直しだと言わんばかりに、二人は互いに構えを取った。

 一護は斬月を前方へと突き出すと、柄を握る右手に左手を添える。

 ドルドーニは先程まで一切使用していなかった斬魄刀を抜刀し、頭部よりやや高い位置へと掲げる。刀身を逆さにし、その切っ先を一護へ突き付ける形で。

 

 

「行くぜ―――“卍解”!!」

 

「“(まわ)れ―――暴風男爵(ヒラルダ)”!!」

 

 

 二人は全くの同時に解放した。

 放出される霊圧も、其々に形が異なる。

 一護は天を衝くかの如く高々と立ち上り、ドルドーニは竜巻の如く自身の周囲に渦を巻く。

 

 

「…実に良き霊圧だ」

 

 

 互いに姿を変えた様を眺める中、先に口を開いたのはドルドーニだった。

 荒々しくも、何処か此方を柔らかく包み込む様な優しさを感じる一護の霊圧に、素直な賞賛を述べる。

 量は上々。その眼に映る覚悟から、気構えも十分。

 ―――相手にとって不足無し。

 そう悟るや否や、ドルドーニは自身の脚部の煙突から発生する二つの竜巻より、其々に鳥の嘴を持つ蛇を生み出す。

 

 

「いざ、尋常に勝負!!」

 

 

 漆黒の斬魄刀を正眼に構える一護へ、ドルドーニは左脚で“単鳥嘴脚”を繰り出す。

 鋭利な嘴が、地面を抉りながら敵を貫かんと迫る。

 直後、着弾。だが手応えは無い。

 ドルドーニは直感に従い、身体の軸を回転させ、その勢いを乗せた右脚を背後へと振るう。

 

 その判断は正解。

 蛇の向かう先には、何時の間にやら斬魄刀を左腰へと振り被った体勢の一護の姿があった。

 

 ―――何と言う速さ。

 事前に知ってはいたが、実物を見るとやはり違う。

 ドルドーニは内心で驚愕しつつ、攻撃の手を緩めない。

 

 

「“―――月牙”」

 

 

 このままでは直撃は必至。だが一護は構えを解かない。

 恐らくは真正面から迎え撃つ覚悟なのだろう。

 その証拠に、刀身全体へ黒い霧の様な霊圧が渦巻いていた。

 

 

「“天衝”!!」

 

 

 次の瞬間、斬魄刀が振るわれる。

 そして放たれる黒い斬撃は、真っ向から蛇へと向かって行く。

 先程ドルドーニに容易く無効化されたそれと同じ技だが、質は明らかに異なる。

 グリムジョーを傷付けるだけあって、籠められた霊圧量は凄まじい。焦燥が消えた影響か、その密度も相当高い。

 

 案の定、黒い斬撃は蛇を豆腐の如く斬り裂いた。

 それで尚勢いを落とす事無く進み続け、攻撃直後の無防備な状態のドルドーニへ襲い掛かる。

 

 

「ぬぅッ!!?」

 

 

 体勢が体勢だけに、響転は使えない。

 ドルドーニは何とか身体を捩じる事に成功するが、完全に躱すには不十分であった。

 斬撃の端が肩口へと命中。鮮血が舞った。

 

 

「…見事!!」

 

 

 傷を負ったにも拘らず、ドルドーニは嬉々とした表情を浮かべる。

 そして全く臆する様子も無く、その場から大きく跳躍。宙に作り出した霊子の足場に立った。

 

 

「ならば吾輩も出し惜しみはせん!! 受けてみよ坊や!!」

 

 

 ―――少々早い気もするが、致し方無い。

 ドルドーニは切り札を切った。彼自身が持ち得る中でも最強の技を。

 二つの竜巻より生まれる、無数の蛇。

 だがその数は四十。ノイトラとの立ち合いの後半で見せた、正真正銘の全力だった。

 

 

「ッ!!?」

 

 

 眼前にて荒ぶる蛇達。流石にその数の多さに驚愕したのか、一護は息を吞んだ。

 だがそれも僅かな間のみ。

 一護は腰を深く落とし、如何なる攻撃にも対応出来る様に構える。

 

 そして今一度、己の卍解の強みを考える。

 その強大さ故に、形状が巨大化する事が多い卍解。

 だがこの“天鎖斬月”は違う。極限まで小型に圧縮する事で、上昇した攻撃力をそのままに、凄まじいまでの機動力を得た。

 ならば現状にて、それ等の能力を如何活かすべきかと。

 

 ドルドーニの放った蛇は強力だ。実際に受け止めた訳では無いが、それの持つ霊圧と迫り来る威圧感から、威力は十分に察せた。

 今度はそれが二十倍。一つでも直撃すれば、もはや一巻の終わり。瞬く間にその無数の嘴による追撃が掛かり、嬲り殺しとなる事だろう。

 

 だが一護には自信があった。今の自分なら、これ等全てを難無く凌げると。

 彼が思い返すのは、以前尸魂界にて死闘を繰り広げ、打ち破った因縁の相手である朽木白哉。彼の誇った、刀身を幾重にも枝分かれさせ、桜吹雪の如き刃で敵を切り刻む白哉の斬魄刀―――“千本桜(せんぼんざくら)”。

 その刃の総数は、始解状態では千、卍解である“千本桜影厳(せんぼんざくらかげよし)”を発動すれば数億にも及ぶ。

 ―――あの斬魄刀に比べれば、四十や五十程度、物の数では無い。

 一護は深呼吸した後、ドルドーニへ鋭い視線を送った。

 

 

「“双鳥脚”!!」

 

 

 蛇達は方向に速度、全てがバラバラのタイミングで以て、一護に襲い掛かる。

 言わずとも解るだろうが、ドルドーニは意図的にそうしていた。

 

 連撃に分類されるであろう技は、只単に同じ攻撃を複数重ねれば良いと言う訳では無い。

 パターンを読まれてしまえば攻略は容易。そんな技は実戦に於いて全く使い物にならないのだ。

 そう考えたドルドーニはノイトラとの鍛錬の中で、以前までは一斉に攻撃を仕掛けていた“双鳥脚”を修正。より効果的な運用法を見出した。

 スタークや雨竜の様に、その数が千を超える様であれば工夫も何も必要は無かったのだが、現状の霊力では不可能だった。

 

 

「なッ…!?」

 

 

 これには流石の一護も、卍解状態とは言え容易には攻略出来無い筈。

 ドルドーニはそう考えたが―――甘かった。

 突如として一護の姿がブレたかと思いきや、彼に向っていた全ての蛇がバラバラに斬り刻まれたのだ。

 

 それは一瞬の出来事であった。

 驚愕の余り、瞠目したまま全身を硬直させるドルドーニ。

 ―――速過ぎる。

 だが僅かに見えていた。

 一護は驚異的な速度でその場から跳ぶと、斬魄刀を縦横無尽に振るいながら蛇達の隙間を縫う様にして駆け出していたのだ。

 そして全ての蛇を無力化した後、此方へと向かって来ている事も。

 

 ドルドーニは一瞬迷った。このままでは一護に切り札を切らせる事も無く、敗北してしまう可能性がある。

 此方は既に全てを出し切っている。ならば例え自身が敗北する運命にあるとしても、せめて一護の全力が見たい。

 だが未解放時のグリムジョーを圧倒する程強力な力だ。馬鹿正直に要求しても決して頭を縦に振らないだろう。

 ならば、と―――ドルドーニは視線を一瞬だけ離れのネルへと移した。

 

 思い浮かべたのは、所謂人質という、外道に分類される手段。

 一護が全力を出さねば、あの幼子が如何なるか判らないぞと仄めかすのだ。

 

 だがドルドーニは即座にその考えを捨てた。

 その算段を考える度に、脳裏に浮かぶのだ。ノイトラとその仲間達が集まり、笑顔の絶えない和やかな空間を過ごしている光景が。

 

 

「ッ、未だ終わらんよ!!」

 

 

 ―――やはり甘さ(チョコラテ)は捨て切れていない、か。

 ドルドーニは小さく舌打ちする。

 だが決して動きは止めない。

 両手を突き出し、その人差し指と小指の先を突き合わせる形で組むと、その間に霊圧が集束されて行く。

 やがて其処から放たれたのは虚閃。咄嗟に放たれたとは思えぬ程、その威力は見事なものだった。

 

 

「…いや―――」

 

 

 赤い光線が一直線に一護へと向かう。

 だが彼は動きを止めない。

 切っ先を前方へ突き出した体勢で、臆する事無く虚閃へと飛び込んで行く。

 

 一見すれば無謀。ドルドーニは腐っても元十刃。彼の虚閃は、並みの数字持ちが放つそれを大きく上回る。

 直撃すれば少なく無いダメージを負うのは間違い無い。

 

 やがて切っ先が虚閃へと触れ―――そのまま打ち消して行く。

 天鎖斬月の持つ力に、一護の突進力が相乗しているのだ。もはやドルドーニの虚閃如きでは止められなかった。

 

 

「これで終わりだ……ドン・パニーニ!!」

 

 

 虚閃が消え去ると同時に、視界に映る黒。

 其処でドルドーニは両手の構えを解き、迎撃に移ろうとするが、全てが手遅れだった。

 

 

「グ、ウッ…!!」

 

 

 勢いをそのままに、漆黒の刀身が腹部を貫き、背中まで貫通する。鋼皮なぞ初めから無かったかの様に、容易く。

 ドルドーニは口から大量の血を吐き出しながら、己の敗北を悟った。

 

 

「……吾輩の敗け、か…」

 

 

 本来、ドルドーニ程の実力者となると、身体に刀剣の一本や二本突き立てられる程度、如何と言う事は無い。

 だが今彼を貫いているのは、卍解が持ち得る強大な破壊力を極限まで圧縮した斬魄刀だ。その刀身には常時一護の霊圧が覆っており、攻撃を加えた敵の魂魄自体にもダメージを与える代物と化している。

 つまり現状に於いて、漆黒の刀身は現在進行形で霊圧を放出し続けており、身体の内部からそれをされている側は無事では済まない。

 御蔭でドルドーニにはもはや戦闘を続行する力は残っていなかった。

 

 正直言うと、未だ闘志は十分に残っている。だがそんな意志とは裏腹に、全身からは徐々に力と感覚が消失して行っていた。

 ドルドーニは震える手を動かし、自身の腹部を貫く刀身を握り、引き抜こうと試みる。

 だが現実は非情。その手は既に握力すら失われており、刀身へ添えるだけに終わった。

 

 朦朧とする意識の中、ドルドーニは満足感を覚えると同時に、一つだけ悔いていた。

 確かに全力での立ち合いは成立した。だが厳密に言えばそれは自分だけ。

 一護は違う。何せ彼はまだ虚化という奥の手を残しており、最後までそれを出させる事は叶わなかった。

 

 ―――願わくば、それの持つ力を直接この目で確かめたかった。

 ドルドーニは成長の止まってしまった己の実力を恨んだ。

 

 

「最後に…一つだけ言って置くぞ…」

 

「…何だ」

 

 

 視界が黒く塗り潰される。終わりが近いのだろう。

 次の瞬間、ドルドーニは最後の力を振り絞ると、一護に語り掛けた。

 

 一護は真剣な表情で、それに聞き入る。

 ドルドーニの性格上、負け惜しみを言う事は無い筈だ。ならば先程と同様に、何か忠告でもしてくれるのかと。

 

 

「吾輩の名は……ドルドーニ…だ…!!!」

 

 

 ―――ドン・パニーニなどと言う、そんな美味しそうな名前では断じて無い。

 其処まで口に出す事は叶わず、ドルドーニの意識は完全に暗転した。

 

 

 




そよ風さん始動。
そしてまさかのベリたん奮闘の巻でした。

実はこのベリたんとパニーニさんの戦闘ですが、当初は逆転からの逆転からの逆転展開を組み込んだ二話半構成。互いに僅差の状態で、最後にベリたんが虚化して勝利、的な感じでした。
でも後になって気付きました。ベリたんこんなボロボロな状態で、この先どうすんねんと。
案の定プロットを再確認してみれば、見事に脱線しており、泣く泣く修正。
やっぱ勢いに任せて書くのは駄目ですわ。





捏造設定及び超展開纏め
①そよ風さんの謎の能力。
・その内先の話の中に出て来ます。
・取り敢えずtueeeです、とだけ。
②ゲスプーンもアレだけど、実はネルにも問題あり。
・例えるなら、確かに言ってる事は正論だが、それだけでは通用しない相手も居る事を考慮せずに失敗するパターン。
・ゲスプーン「理屈じゃ無えんだよ、この思いはよォォォ!!」的な。
・最近の原作の中でも、豹王さんに対する態度から少し想像。
・少なくとも、今の彼は君と互角かそれ以上だと思うで?元第3十刃さん。
③ロカえもん、覚悟完了。
・今迄は人形みたいな奴だったけど、少しづつ心を取り戻していく…みたいな展開は大好物やでぇ。
④ベリたんtueee!!
・破面篇から、何故か彼の卍解は本来の強みが目立たなくなっていたので、勿体無いと思って捏造。
・作中では多少原作より成長スピードが早い上、集中力MAX。それ等も相俟ってこんな感じに。
・多分原作仕様でも、元から油断せずに卍解して戦えば安定してパニーニさんに勝てると思います。
⑤チョコラテ・パニーニさん。
・描写の通り、主人公達のせいですっかり絆されてます。
・原作でもベリたんを葬討部隊から逃がした姿から、実は元から相当甘い性分かと。
・多分彼の司る死の形は“甘さ”か、それに連なるものだと思う。



ちなみに私の中でのルビ振りの扱いですが、以前の話の中で一回出したものは次から振らない事にしてます。かなり間が空けばもう一度振りますが。
多分皆さん脳内変換でその通りに読んでるだろうし、全部に全部振っていると文字数稼ぎしているみたいでモヤッとするんですよね。

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