三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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大凡書き直し作業が六回目になった辺りでしょうか。
書いていて全く楽しくなくなってきたので、これはアカンと思い、結局元のプロットに近い形に戻して修正を加える事にしました。

新しい展開を期待していた方々には申し訳ありません。
代わりと言っては何ですが、少し先に予定していた一場面を前倒しで追加しましたので、どうかこれで御許しを…(泣



にゃも様、誤字報告有難う御座いました。


第五十一話 魔人と邪淫と、剣鬼と剣八とか孤狼とか…

 自身の左胸部。丁度その内部にある心臓を貫かんと迫る手刀。

 恐らく到達するまでは一秒も掛からないだろう。

 そんな僅かな時間を、泰虎は途轍も無く長く感じていた。

 

 何をするまでも無く、只管に、霞掛かった視界でその手刀を眺め続ける。

 否、今の泰虎にはそうする事しか出来無いのだ。

 

 現世に居た頃は人類最強に等しかった鋼の肉体は、もはや見る影も無い。

 高所から落下して来た鉄骨を受け止めても衝撃で額を浅く切る程度で済み、オートバイと正面衝突しても複数の擦り傷しか負わない。

 だが所詮はその程度。人知を超えた存在たる破面という存在。それの更に上位に位置する十刃の前では何の意味も無かった。

 

 骨折は無いのだから、十分驚異的な耐久力ではと思うかもしれない。

 だが実を言うとそれはザエルアポロが敢えてそうしただけ。目的は自身に傷を負わせた泰虎への報復のみ。自身に歯向かった事を心底後悔させた上で、極限の恐怖と絶望を植え付ける為に。

 負傷によって泰虎が動きに支障を来たさぬ様、態々攻撃の威力を落とし、その顔に笑みを浮かべながら何度も何度も触手の羽を叩き付け続ける様は正しく蹂躙。弱者を玩具にする、強者として有るまじき所業である。

 

 当然、力を持つ者としての矜持を持つ泰虎は怒りを覚えた。

 恐らく奴は今迄に何度も同じ様な事をして来たのだろう。

 絶対に許せない。認める訳にはいかないと。

 

 だからと言って感情のままに立ち向かう様な愚行は犯さない。

 心は熱く、頭は冷静に。決して逸らず、確実さを追求する。

 その決意は泰虎を後押しした。攻撃の精度、威力は更に増加。それは離れで泰虎の動きを眺めて居た恋次が思わず冷や汗を流す程。

 

 だが―――それでも届かなかった。

 攻撃は十分でも、それ以外の要素が劣っていたのだ。何よりザエルアポロが相手の観察と解析に長けていた事が一番の要因である。

 どんなに強力な一撃でも、初動を見切られてしまえば御仕舞。

 これが一護であれば、戦闘中に目まぐるしい程の成長を遂げ、ザエルアポロを凌駕していた事だろう。

 だが泰虎は一護程の才能を持っている訳では無い。何とか戦況を覆さんと思考を巡らせ、付け焼刃で工夫を凝らしてはみたが、尽くが無駄に終わる。

 地面に叩き付けられる度、泰虎は己の無力を嘆いた。

 

 強大な敵を打ち破り、仲間を護る為の力は得た。だから後は何も心配は要らない。

 ガンテンバインとの戦いで完全に自身の力をモノにした後の泰虎は、完全にそう考えていた。

 泰虎は後悔した。

 何と言う思い上がり。慢心とほぼ相違無いではないかと。

 

 恋次と雨竜の二人掛かりでも苦戦、劣勢になる程の相手が、只の破面である筈が無い。

 にも拘らず、ああして反撃を許したばかりか、帰刃によって一気に戦況を引っ繰り返されてしまった。

 全ての原因は序盤。不意討ちを成功させただけで容易に勝利を確信し、追撃を妥協してしまった事だろう。

 あの状況に於いては“巨人の一撃”では無く、より確実に威力のある“魔人の一撃”での止めを選択すべきだった。

 

 だがそんな泰虎の葛藤も、間も無く全てが消え失せる。死と言う結果によって。

 何も見えず、聞こえず、感じない。そんな世界に、泰虎は向かおうとしていた。

 

 ―――そんなのは御免だ。

 泰虎は嫌忌した。己の死に対してでは無い。その後の事に対し。

 自身を仕留めた後、ザエルアポロが次に向かうのは何処か。無論、傷付き倒れた仲間達だ。

 泰虎は一護と同様に、仲間の事を何より大切に思っている。

 下衆な輩の手で、為す術も無く彼等の命が失われる事なぞ、到底許せる筈も無い。

 

 ―――何でも良い、頼む。

 心の奥底から、泰虎は渇望する。

 この状況を打破出来る力に手段を。

 自身では如何あっても不可能。ならば願う他に無い。

 例えその相手が悪魔であったとしても。

 

 

「…え?」

 

 

 次の瞬間、泰虎は異変に気付いた。

 極めてスローではあったものの、確かに動いていた筈の世界が―――完全に停止している事に。

 ザエルアポロの突き出した手刀も、胸部から既の所まで進んだ時点で微動だにしていない。

 

 同時に消え掛けていた筈の意識がクリアになる。

 視界は晴れ、曇り一つ無い鮮明な光景が映る。

 触手の羽の締め付けによる咽喉の圧迫感も、息苦しさも感じない。声が出せているのが何よりの証拠である。

 

 だが身体は微動だにしない。感覚すら皆無。

 まさか手刀の直撃を食らう前に息絶えたのでは―――と推測したが、即座に捨てる。

 理由は眼前で狂気と陰湿さを感じる笑みを浮かべるザエルアポロ。そんな彼を通り過ぎた先に現れた存在によって。

 

 

「じい…ちゃん…」

 

 

 何時も通りのニヒルな笑みを浮かべながら、祖父―――オスカー・ホアキン・デ・ラ・ロサはゆったりとした足取りで此方へと近付いて来る。

 完全停止した世界の中で、そんなの関係あるかと言わんばかりに。

 

 まるで幻影の様にザエルアポロを擦り抜け、触手の羽で吊り上げられた状態の泰虎の眼前へと立った。

 

 

「こっぴどくやられたな、ヤストラ」

 

「…ああ」

 

「このままだと死ぬな」

 

「……ああ…」

 

 

 特に焦った様子も無く、落ち着いている。

 そんなオスカーの語り掛けに、泰虎は相槌を打つ。

 

 

「それで…どうする?」

 

 

 最後に放たれた問いに、思わず口を噤んだ。

 祖父は自身が何も出来無い事なぞ解り切っている筈。

 にも拘わらず、何故問うのかと。

 

 戸惑う泰虎に対し、オスカーは小さな笑い声を零した。

 

 

「なあ、ヤストラ。今のお前は大事な事を忘れておらんか」

 

「…なん……だって…?」

 

 

 泰虎はその言葉の意図が解らなかった。

 忘れているとは如何いう事だと。

 

 

「その力は何の為に在る? 何の為に使うべきだ?」

 

「俺の…力…」

 

 

 その問い掛けに対し、泰虎は過去を思い返す。

 初めてこの能力を発現させた時、自身は何を考えていたのかを。

 

 幼い頃に師匠であり祖父の宗弦(そうげん)を失った事件を経て、死神と言う存在を嫌悪する様になった雨竜。そんな彼が死神代行である一護と出会い、周囲を巻き込もうとも御構い無しに、無謀な勝負を挑んだ時の事だ。

 雨竜が使用した撒餌に誘われ、現世へ現れた無数の虚達。その内の一体に襲われていた、一護の下の双子の姉妹の内の妹である夏梨(かりん)

 そんな彼女を偶然見掛けた泰虎は、その只ならぬ様子から大凡の事情を察し、助けに入る。

 だが逆に窮地へと陥り、その隙に虚は夏梨とその友人達へ手を掛けんとした。

 

 刹那、咄嗟に虚と子供達の間へと身体を潜り込ませながら、泰虎は思った。

 ―――この子達を護りたい。

 生まれつき持っていた浅黒い肌、日本人離れした容姿に体格。それ等を齎したメスティーソの血。

 それが原因で色々と面倒な目に遭って来た。一時はこの身体に流れる血を憎んだ事すらあった。

 

 だがそんな血に誇りを持たせてくれたのは、他ならぬオスカーの言葉だった。

 それからというもの。泰虎の中に蔓延っていた負の感情は鳴りを潜め、それに伴って暴力を振るう事も無くなった。

 あの言葉が無ければ、恐らく自身は目も当てられぬ程に荒んだ人生を歩んでいただろう。

 泰虎は今は亡きオスカーに対して改めて感謝すると同時に、自身の背後に隠れた子供達を護る為に力を貸してくれと心の内で願った。

 能力が発現したのはその直後である。 

 

 今度はザエルアポロとの戦いを振り返ってみる。

 序盤までは、その止めが浅かった件を除けば何の問題も無い。

 だが泰虎は気付いた。

 気にすべきは後半。帰刃によって復活したザエルアポロが登場して以降にあると。

 

 攻撃を尽く見切られ、カウンターの直撃を受ける事数十回。

 途中で一度は奮起したものの、実らず。逆に力の差を此れでもかと見せ付けられる結果に終わった。

 次第に焦燥が大きくなると同時に、思考が狭まって行ったのを覚えている。

 

 そんな極限状態の中で、泰虎は何を考えていたのか。

 ―――何としてもこの破面を倒さねばならない。

 即ちこの時の泰虎の思考は敵の打倒一色に染まり、仲間を護る為という信念は一切無かったのである。

 あの状況を考えれば、そうなるのも致し方無いと言えなくも無いのだが。

 

 

「そうだ、ヤストラ」

 

 

 答えに辿り着いた事を悟ったのだろう。オスカーは満足気に頷いた。

 

 

「お前は立ちはだかる壁を打ち破る為の矛であり―――それ以上に仲間を護る為の盾でもある」

 

「―――ッ!!」

 

 

 ―――前者は兎も角、後者は如何あっても忘れてはならない。

 直接言われずとも、そう諭されている事は理解出来た。

 泰虎の表情に影が差す。

 そんな彼へ、オスカーは優しく語り掛ける。

 

 

「そう気に病むな。人は誰しも過ちを犯す。それが若者なら余計にな」

 

「だが…!!」

 

「そしてそんな若者を導くのが―――儂等年寄りの役目だ」

 

 

 そう言うと、オスカーは前回と同様、徐にその右手を持ち上げ、今度は泰虎の胸部の中心部へと触れた。

 直後、泰虎はその武骨な掌から流れ込む何かを感じていた。

 

 

「これで最後だ、ヤストラ」

 

「え…?」

 

「自分を信じろ。今のお前ならやれる」

 

 

 不意に放たれた、まるで今生の別れの様な物言いに、泰虎は一瞬呆けた様な声を漏らす。

 厳密に言うと既に現実世界では死別しているのだから、少々語弊があるかもしれないが。

 

 

「お前は強い。お前は(おお)きい。お前は美しい」

 

 

 静かに語るオスカーの身体が、次第に細かな粒子となって消え始める。

 泰虎は一息遅れでその異変に気付いた。

 

 

「だから…優しくなりなさい。誰よりもな」

 

「じいちゃん…」

 

 

 満足気な笑みを浮かべるオスカーへ向けて、泰虎は手を伸ばそうとする。

 だが身体は言う事を聞かない。

 

 

「儂の全てを、お前に託す」

 

「ッ、ま…―――!!」

 

 

 オスカーの全身は既にその六割程が消え失せていた。

 ―――待ってくれ。逝かないでくれ。

 喉元を通って口から飛び出し掛けたその言葉を、泰虎は既の所で止める。

 オスカーの様子からして、もはや何を言おうが無駄である事は解り切っている。

 そして何より、彼は自身に全てを託すと言った。

 その覚悟は無駄にしてはならない。

 

 ならば如何するべきか。

 オスカーが心置き無く旅立てる様、此方も相応の覚悟を見せるだけ。

 

 

「任せてくれ、じいちゃん」

 

「…ふっ」

 

 

 ―――お前ならそう言うと信じていた。

 小さく鼻で笑ったオスカーの態度からは、そう読み取れた。

 

 やがて穏やかで優しい笑みを浮かべるオスカーの姿が、完全に消滅する。

 その直後、世界が再び時間を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謎の圧力を持つ笑顔に敗けた剣八は、肩にやちるを乗せたまま、素直に先頭を進む卯ノ花へ追従していた。

 その更に後方では、相変わらず気絶したままの花太郎を担いだ勇音が続く。

 

 

「…なんだよ、いきなり止まりやがって」

 

 

 だが次の瞬間、彼等の歩みは一斉に停止する。

 理由は先頭を歩いていた卯ノ花が真っ先にその足を止めたからだ。

 

 剣八は彼女の様子を不審に思い、その背中へ問い掛けた。

 だが卯ノ花はそれに答えず、顔を左右に動かして周囲を見渡すばかり。

 

 案の定、気の短い剣八が痺れを切らすかと思われたその時、やっと卯ノ花が口を開いた。

 

 

「…謀られた様ですね」

 

「あァ? そいつはどういう意味―――ッ!?」

 

 

 卯ノ花の発言の意味を問い掛けんとした剣八だったが、突如として異変が起こる。

 それは二人が立つ丁度真上。無数の光の帯が通路の天井を貫通し、卯ノ花と剣八、そしてやちるを含めて三名を纏めて取り囲んだのだ。

 

 

「卯ノ花隊長!?」

 

「迂闊に近寄ってはなりません。じっとしていなさい勇音」

 

 

 想定外の事態に慌てたのか、勇音が声を上げる。

 卯ノ花の事を誰よりも尊敬し、憧れている彼女だ。当然の反応と言える。

 必要とあらば、今にも担いでいる花太郎をその場に放り投げてでも動く事だろう。

 

 だが卯ノ花は冷静だった。

 此方へ駆け寄らんばかりの勢いを見せる勇音を静かに窘めると、自分達を取り囲む光の帯の正体を探りに掛かる。

 異変の真っ只中という状況にも拘らず、一切揺らがぬ胆力は流石と言うべきか。

 

 

「…なんだこりゃあ? 邪魔すんじゃねえよ」

 

 

 剣八は眉を顰めると、右手で左腰の鞘から斬魄刀を抜刀。

 自分達を取り囲む光の帯を斬り飛ばさんと、迷わず上段から振り下ろした。

 

 

「な…!?」

 

 

 だがその刀身は光の帯を断ち切る事は無かった。

 逆に弾き返され、その勢いで剣八は体勢を崩しながら数歩後退する。

 

 硬いという訳では無い。寧ろ手応えが全く感じられない。

 なのに何故自身の放った斬撃が弾き返されたのか。全く以て理解不能。

 柄を握る右自身の手を眼前まで持ち上げて観察しながら、剣八は戸惑った。

 

 

「私の失態です。気付くのが遅過ぎました」

 

『いえいえ~、そんな事はありませんよぉ~。ってかヒントも無しに直前で気付くとか、一体どんな勘してるんですか貴女?』

 

 

 卯ノ花が自戒するかの様に零したその時、突如として周囲へ間延びした声が響き渡った。

 聞いている側の気が抜けそうになるそれは、瞠目する卯ノ花を余所に語り始める。

 

 

『もう少し先に進んでくれれば楽だったんですけど~、そう易々とはいかないものですねぇ~。御蔭で余分に力を使う羽目になってしまいましたよ~』

 

「…何者です」

 

『それは秘密です~。あと天井とか床を破壊して抜け出そうとしても無駄ですから~』

 

「チッ…」

 

 

 警戒心を露にしながら卯ノ花が問い掛けるが、さらりと流される。

 そして続け様に忠告。自身が目論んで事を当てられた剣八は、思わず舌打ちした。

 

 

『暫くは其処で大人しくしていてもらいますよぉ~? 今貴女達に動かれたら困りますから~』

 

「随分と警戒されたものですね」

 

『謙遜も過ぎれば嫌味でしかありませんよ~? …ねぇ“初代剣八”さん?』

 

「ッ!!!」

 

 

 卯ノ花の耳元へ囁く様にして、その声は最後にそう付け加えた。

 ―――何故その事を。

 卯ノ花は驚愕した。瀞霊廷の中でも限られた者しか知らない己の過去を言い当てられた事を。

 しかも敵地であるこの虚夜宮でだ。

 

 だが良く考えてみれば妥当とも言える。

 何せ此処を築き上げたのはあの藍染だ。彼であれば卯ノ花の過去を知っていても何ら不自然では無い。

 そしてその情報を部下である破面達に周知させていたとすれば―――成る程、この状況にも得心が行く。

 考えが纏った卯ノ花は、一先ず落ち着きを取り戻した。

 

 

『まあ、警戒すべきは其方の眼帯さんも一緒ですけどね~。なので~…―――』

 

 

 声は一旦言葉を切ると、直後に光の帯の色が、白色から青色へと変化し始める。

 その変化に言い様も無い悪寒を感じた卯ノ花は、咄嗟にこの場に居る全員に向けて声を上げた。

 

 

『貴方については、少しの間だけ眠ってもらいます~』

 

「ッ、全員目を閉じなさい!!」

 

「!!」

 

 

 危険を察知したのは卯ノ花だけでは無かったらしい。

 先程斬撃を弾かれた直後より、光の帯に対する警戒レベルを上げていた剣八の反応は早かった。

 やちるを自身の死覇装の中へと仕舞い込んで避難させるのに合わせ、眼帯に隠れた方とは逆の左目の瞼を閉じ、青い光を視界に入れぬ様に構える。序に右手を瞼の上に被せながら。

 

 

『ざ~んねん。一足遅かったですね~…“―――傀儡遊戯(マネハール)”』

 

「ッ!?」

 

『邪魔なものを退かして光を見なさい』

 

 

 声は何をトチ狂ったのか、突如として剣八に命令する。

 敵の命令を素直に聞く奴が何処に居る―――と思われたが、実際は違った。

 何と剣八はその声に従うかの様に、右手を退かして閉じていた筈の瞼を開くと、光の帯から発せられる青い光を凝視し始めたのだ。

 だが身体の動きと本人の意志は別にあるらしく、その顔には驚愕の色が浮かんでいた。

 

 

「なん…だ…こりゃ…!?」

 

『良い子良い子~。じゃあ次はオネンネしましょうね~…“―――堕落聖女”』

 

 

 次の瞬間、光の帯がより一層強く発光する。

 それから間も無くして、剣八は力無く全身から崩れ落ち、地面へ倒れ伏した。

 

 

『はい完了。やっぱり搦め手には弱いんですねぇ~』

 

「ぷはっ……剣ちゃん…? 剣ちゃん!!」

 

 

 異変を感じたやちるは、死覇装の中から顔を出す。

 俯せの体勢のまま微動だにしない剣八を必死に呼び掛けながら、その小さな両手で身体を揺する。

 

 

「草鹿副隊長!! 更木隊長に何が!?」

 

「わかんない! わかんないけど…急に剣ちゃんが倒れちゃって…呼んでもぜんぜん起きてくれなくてっ…!!」

 

 

 青い光を警戒しているのだろう。目を閉じたまま、卯ノ花は焦燥を含んだ声で叫んだ。

 剣八に起こった異変に動揺しているのか、やちるは瞳を潤ませながら、途切れ途切れな口調で説明する。

 だがそんな二人を余所に、謎の声は変わらぬ様子で答えた。

 

 

『安心して下さ~い。単に眠ってもらっただけですから~』

 

「それを信じるとでも?」

 

『信じて大丈夫ですよ~……人によっては廃人になる可能性があるだけで…』

 

 

 その声はとんでもない事をサラリと付け加える。

 ―――結局信用ならないではないか。

 普段温厚な卯ノ花も、流石にここまでおちょくられて何も感じない訳が無く、全身から霊圧と同時に怒りのオーラを滾らせ始める。

 

 

『まあ大丈夫でしょ~。何せ色々ぶっ飛んでますしねこの人~』

 

「知った風な口を…」

 

『では取り敢えず目的は果たしたので~、この辺で失礼します~』

 

「ッ、待ちなさい!!」

 

 

 其処で初めて瞼を開くと、卯ノ花は抜刀。初代剣八に相応しい、凄まじい斬撃を光の帯へ放つ。

 

 

『時間になったら解除しますんで~、それまで我慢してて下さいねぇ~』

 

 

 だが非情にも、それは先程の剣八の二の舞となる。

 手の内に伝わる謎の感触と共にその刀身は後方へ弾き返され、卯ノ花自身も蹈鞴を踏んだ。

 

 

「…成る程」

 

 

 斬魄刀を鞘へ戻しながら、卯ノ花は呟いた。

 その眼は嘗て尸魂界史上空前絶後の大悪人と呼ばれた程の大罪人であり、只管に戦いへと明け暮れる戦闘狂だった頃―――“卯ノ花 八千流(やちる)”の姿を彷彿とさせた。

 ちなみに八千流という名は、“天下無数にあるあらゆる流派、そしてあらゆる刃の流れは我が手にあり”という意味を込めて自ら付けたものだ。

 それ程までに、卯ノ花は戦いの才に溢れ、相応の実力を持っていたのである。

 

 元柳斎に力を買われ、初代護廷十三隊の十一番隊隊長へなって以降も、彼女は只管に斬ってきた。

 只の虚は当然として、死神や他の魂魄、建物から余す事無く。

 その中でも、卯ノ花自身が強者と認識した者といった、特に印象的だったものは明確に記憶している。

 当然、その時に感じた手応え等も例外では無い。

 

 それ等の記憶の中から、卯ノ花は先程斬り付けた感触と同種のもの探り当て―――光の帯の正体を悟った。

 同時に浮かび上がる苦々しい思い出。

 あれは確か、尸魂界へ下級大虚が現れた時の話だ。

 暇を持て余していた卯ノ花は即座に現場へ直行。出会い頭に一太刀で重傷を与えたまでは良かった。だが直後に他の下級大虚が傷付いた同族を回収しに現れたのである。

 

 

「―――“反膜”…ですか」

 

 

 その際に使用された、未だに卯ノ花も斬れた試しが無い光の柱。

 声の主は、それをこの様に小型に圧縮して操り、そして謎の力で剣八を瞬く間に無力化した。

 ―――何たる規格外。

 幾ら考えても攻略法の見出せぬその反則的な能力を持つ者の強大さに歯噛みしつつも、何処か心躍らせている自分を、卯ノ花は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山の様に積まれたクッション。その上に大の字に寝転がりながら、スタークは心此処に在らずといった様子で、自室の天井を眺め続けていた。

 傍から見ればいつも通りに見えるが、そうでは無い。

 その内心では先程済んだばかりの、藍染の召集。

 その時に伝えられた件について、只管に悩んでいた。

 

 

「―――ク! スタークってば!!」

 

「………」

 

 

 らしくない事をしているスタークの横から聞こえる声。

 言うまでも無くリリネットだ。

 先程から大声で何度もスタークを呼び続けている彼女だったが、肝心の当人からは未だに返事が返って来ていない。

 

 基本的に堪え性の無いリリネットである。

 案の定、遂にその堪忍袋の緒が切れた。

 

 蟀谷の血管を浮き上がらせながら、リリネットはクッションの山を駆け上がる。

 頂上へ辿り着くと、右足を後方へと大きく振り被り―――隙だらけな股間目掛けて勢いよく蹴り出した。

 

 

「いつまで無視してんだこのバカっ!!!」

 

「おうふッ!!?」

 

 

 当然、リリネットの存在にすら気付いていないスタークにその一撃を躱せる筈が無い。

 男ならば誰しも恐れ戦き、何としても回避したいであろう致命的な一打が、その局部へ容赦無く直撃した。

 

 如何に急所であれど、その部分もある程度は鋼皮の効果範囲に含まれており、大したダメージは受けない筈である。

 だがスタークは少々例外だった。

 過去の経験からか、彼は日常的に自身の力を抑える様に心掛けていたのだ。

 即ち必然的に鋼皮の霊圧硬度も下がっており、力の弱いリリネットの攻撃でも、急所にさえ当てられれば十分通る様になっていた。

 

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!!?」

 

 

 バラエティ番組でありがちな、キーンという効果音が鳴り響いたかと錯覚する程の、それはそれは見事な金的。

 スタークは突如として自身の股間に走った凄まじい激痛に、反射的に全身を跳び上がらせた。

 勢い余ってクッションの山から転がり落ち、両手で股間を押さえながら床をのた打ち回る。

 その口からは言葉にならぬ悲鳴が漏れていた。

 

 

「…な…に…しやがる…」

 

「無視すんのが悪い!!」

 

 

 真っ青に染まった顔から滝の如く冷や汗を流し、全身をガクガクと痙攣させながら、スタークは掠れ声で下手人へ抗議した。

 単なる悪戯だったとしても、明らかにこれは遣り過ぎである。

 だがリリネットは悪びれる様子も無く、これは当然の報いだと言わんばかりに返した。

 

 十分程床で唸り続けた末、やっと股間の痛みが治まったスタークは安堵の溜息を吐いた。

 期を見計らっていたのか、それまで大人しく待っていたリリネットが遂に口を開く。

 

 

「…で、なに考えてたのさ」

 

「………」

 

「じゃあもう一回―――」

 

「わかったわかった!! 言うからその足を降ろせ!!」

 

 

 内容が内容だけに、スタークは思わずだんまりを決め込もうとする。

 だが再び足を持ち上げて左右に揺らし始めたリリネットを見て止めた。

 

 

「さっきの呼び出しの事だよ」

 

「…なんか言われたの?」

 

 

 リリネットは首を傾げた。

 この様子から判る通り、彼女は先程の召集には行っていない。

 あくまで指名されたのはスタークとウルキオラだけだからだ。

 

 

「実は、な―――」

 

 

 床に寝転がったまま、スタークは藍染との遣り取りの内容を語り始める。その表情からは何処か鬱屈としたものを感じ取れた。

 恐らく尸魂界陣営との最終決戦となるであろう、次の現世侵攻時の事。

 そしてウルキオラを退室させた後―――スターク自身も思わず瞠目した、衝撃的な指示を。

 

 

「…はぁっ!!?」

 

「やっぱそういう反応するよな…」

 

 

 中盤までは静かに耳を傾けていたリリネットだったが、最後の部分を聞いた瞬間、驚愕の声を上げた。

 その反応は当然だろう。スタークは思った。

 そして続け様に深い溜息を吐く。本当に如何してこうなったのかと。

 

 

「だって…おかしいじゃん!! 藍染さまは、なんのつもりで…!?」

 

「俺だって解んねぇよ。あの人の考えてる事なんて」

 

「ッ、どうして―――!!」

 

 

 額に右手を当てながら、スタークは投げ遣りに返す。

 その態度に余計に苛立ったのか、リリネットは捲し立てる。

 

 

「スタークはそれで良いの!?」

 

「………」

 

「アーロニーロとゾマリはわかるよ!? だってあれは戦いの結果だからしょうがないって…!!」

 

 

 でも―――と、リリネットは其処で言葉を切る。

 彼女の顔は俯き、その両肩は震えていた。

 

 

「リリネット…」

 

 

 リリネットの抱いているであろうその気持ちは、スタークには痛い程解った。

 元々一つだった自身の片割れだ。性格に多少の違いはあれど、本質は同じ。

 

 藍染の言葉を鵜呑みにするなら、このままだと他の仲間達の身が危ういという事。

 ならばスタークは必然的に藍染の指示通りに動かねばならなくなる。

 だが―――それは絶対に有り得ない筈なのだ。

 スタークは困惑した。

 

 今迄の付き合いから、何か重大な秘密を抱えているのは大凡察していた。

 だが仲間を危険に晒すだけでなく、危害を加えるとは到底思えない。

 

 思い返してみると、あれ程まで自身と波長が合う者と接したのは初めての経験だった。

 昔は正にアレとしか言い様の無い在り方だったが、まさかあんな気の良い性分にまで変わるとは誰が想像しただろう。

 

 だがそんな“彼”に対し、自身は秘密裏に謀略を仕掛けようとしている。

 あくまで藍染の指示ではあるが、結果的に責任が発生するのは実行した自分自身。

 恐らくそれは高確率で成功するだろう。此方の事は仲間として完全に信用しているだろうし、想定外のタイミングで現れたとしても警戒心を見せるとは思えない。

 

 それは正しく騙し討ちであり、裏切り。

 罷り間違っても仲間にして良い行為では無い。

 

 だがそれでも、スタークに残された選択は藍染に従う他に無かった。

 確かに初めは断ろうとした。無礼を承知で、直接本人にその真意を問い質せば済むのではないかと進言する覚悟も。

 しかし藍染はそれを想定していたのか如何かは不明だが、何処か含みがある言葉を放ったのである。

 別に断っても構わない。だがその場合、仲間達がどの様な結果になろうが、此方は一切関知しないと。

 

 

「お前だって理解してんだろ。俺達に選択肢は無ぇって」

 

「だからって…こんな…」

 

 

 リリネットは体育座りの要領で床に座り込むと、自身の膝に顔を埋める。

 その声の震え具合からして、今にも泣き出しそうな勢いだ。

 

 スタークは気付く。

 そう言えばリリネットは“彼”と結構仲が良かったなと。

 何やらスターク弄り同盟とやらを組む程に。

 納得いかない筈だし、辛いに決まっている。

 

 ―――此処で本音を言えれば何も問題は無いのだが。

 スタークは思わず口から飛び出しそうになった言葉を飲み込みながら、内心でリリネットへ謝罪した。

 

 確かにこの謀略は成功はするだろう。

 だがそれだけだ。

 スタークは確信していた。あの“彼”がこの程度の謀略で終わるとは到底思えないと。

 

 進む道の先が障害物等で塞がれていたとしても、強引に真正面から力技で押し退けて行きそうな奴だ。傍から見れば不可能だろうと思える事でも、何とかしてしまいそうに思える。

 その為の実力も、当人にはある。

 今迄に何度も顔を合わせているスタークでも未だ完全には測り切れていない。だがあの驚異的な霊力の高さに加え、最近の戦闘記録から判断するに、多種多様な独自の技も隠し持っている事だろう。

 少なくとも“彼”と戦って勝つには、此方も正真正銘の全力を出さねば危ないだろう。スタークはそう推測していた。

 

 

「…んな辛気臭ぇ顔すんなよ。こっちまで滅入っちまう」

 

 

 ―――信じろ。あいつなら大丈夫だって。

 これこそがスタークの本心であり、リリネットに投げ掛けたかった言葉だ。

 だがそれは藍染の意に反するものに他ならない。罷り間違って彼の耳に入りでもすれば、最悪は謀反の疑いを向けられてしまう可能性も考えられる。

 そして行く末は無期限の投獄か、はたまた処刑か。

 故にスタークは耐える。如何に自室とは言え、何処に藍染の監視の目があるか判らない状況下だ。余り迂闊な事は口に出すべきでは無い。

 

 だが正直言うと、スタークとしては別に死んでも構わないという思いもあった。

 言うなれば彼は現状に満足していたのだ。

 藍染の傘下に下った御蔭で得られた、共に居ても消滅する事の無い強い仲間達。中には癖が強かったり、相性が頗る悪い者も居るが、スタークにとっては十分過ぎた。

 彼等と共に過ごす事で、長らく自身の中で欠けていたものが満たされて行く感覚。それは幸福以外の何物でもなかった。

 それこそ、何時死んでも構わないと思う程に。

 

 だが結局、スタークは大人しく藍染の指示に従う事にした。

 その幸福を与えてくれた多大な恩義故に。

 無論―――その裏には“彼”に対する信頼もあるのも言うまでも無い。

 

 

「…めんどくせぇな、ホント」

 

 

 スタークは再び大の字に寝転がると、深い溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中で阻まれる事無く突き進む己の手刀を見て、ザエルアポロは己の勝利を確信していた。

 出来る事ならもう少し恐怖を植え付けてやりたかったが、今は時間が押している。

 この人間を始末した後は、早急に残りを片付けるべきだだろう。そう考えていた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 だがザエルアポロの目論見は初っ端から破綻する。

 泰虎の心臓を貫く筈だった右手は、横合いから延ばされた巨大な黒い鎧を纏った手に掴まれ、止められていたのだから。

 

 

「…しぶといね。放してくれないかな?」

 

 

 元を辿って見れば、案の定、それは泰虎の右腕に繋がっていた。

 朦朧としているであろう意識の中で、直撃寸前の手刀を止めた事は驚愕の一言。

 だが所詮は最後の悪足掻き。如何あっても此方の勝利は揺るがない。

 ザエルアポロはその拘束を振り解かんと、掴まれた右手に力を籠める。

 

 

「っ、こいつ…!! 無駄だと言うのが解らないのか!?」

 

 

 だがその右手は、まるで万力に固定されているが如くビクともしない。

 ――― 一体何処からこんな力が湧き出て来ていると言うのか。

 ザエルアポロの中で焦燥が生まれる。

 

 しかも徐々にその握る力が増して来ている。

 先程より圧迫感が増している右手が証拠だ。

 ほんの一瞬だけ、ザエルアポロは恐怖心を抱いた。下手すればこのまま握り潰されてしまうのではと。

 

 

「ならこのまま首を圧し折ってやろう…!!」

 

 

 即座にそれを振り払いながら、ザエルアポロは泰虎の首に巻き付けている触手の羽へ意識を向ける。

 そして神経を通して動きを命じる。全力を以て此奴を締め上げろと。

 

 間も無くしてギチギチと音が周囲に聞こえ始める。

 だが―――其処から変化が無い。

 泰虎の首は一向に折れる様子も見せない。 

 寧ろ羽の方が先に千切れてしまうのではないだろうか。

 

 その直後であった。ボキリ、という不快な音が響き渡ったのは。

 当然、ザエルアポロはそれが泰虎の首が折れた音だと思った。

 恐らく第三者がこの光景を見てもそう取っていただろう。

 

 

「…ふう」

 

 

 色々と溜まった不満が一気に解消された為か、一旦下を向きながらザエルアポロが安堵の溜息を吐いた瞬間だった。

 ―――何かがおかしい。

 ザエルアポロは言い様も無い程に大きな違和感を感じた。

 

 確かに骨が折れたのは確実だろう。

 だが何故、触手の羽から感じる感触に変化が無いのか。

 そして何故、自身の右手の感覚が無いのか。

 

 

「あ…ああァ…?」

 

 

 ザエルアポロは顔を持ち上げ、今一度自身の状況を確認する。

 眼前には未だに触手の羽に締め上げられたままの泰虎。先程確認した感触の通り、彼の首に変化は無い。

 そして次に視界に映ったのは―――大きな手に握られた自身の右手が、その手の内で大量の血を滴り落としながら、五本の指全てをあらぬ方向へと曲げている惨状だった。

 

 

「があああああぁぁぁッ!!!」

 

 

 即座に走る激痛に、ザエルアポロは悲鳴を上げた。

 そして思わず拘束に使用していた羽を解いてしまう。

 

 泰虎の身体が落下する。

 だがそのまま地面に倒れ込む様な事にはならなかった。

 バランスを崩す事無く、確りと両足で着地。しかもその際、衝撃を緩和する為に一瞬膝を曲げている。

 明らかに意識がある事が丸判りだ。

 

 着地と同時に、泰虎はザエルアポロの手を握り潰していた右手を開く。

 解放された事に気付いたザエルアポロは、迷わずその場から響転で全力後退する。

 

 

「くそっ、くそっ、くそッ…!!」

 

 

 右手首を左手で押さえながら、ザエルアポロはその表情を歪めた。それが痛みから来るものなのか、それとも怒りなのか如何かは定かでは無い。

 やがて全身から溢れ出す濃密な殺意。

 知的で冷静な研究者としての自身を取り繕う事なぞ忘れ、衝動に身を任せる様は正に獣。

 それはザエルアポロ自身が嫌って已まない姿そのものであった。

 

 

「よくも僕の右手を…!! 絶対に殺して―――ッ!?」

 

 

 そう言って触手の羽全てを構えたザエルアポロだったが、攻撃に移る事は叶わなかった。

 突如として足元が崩れたかと思うと、其処から巨大な骨の蛇―――“狒狒王蛇尾丸”が、その顎を大きく開いた状態で襲い掛かって来たのだから。

 

 咄嗟に構えた羽の内、右側の二本を防御に回す。

 骨の蛇は顎でそれ等を纏めて捉えると、そのまま龍の如く上へ上へと登り始めた。

 それを拙いと考えたザエルアポロは、咄嗟に羽を引き抜こうとするも、顎の中に存在する無数の牙がそれを阻む。

 

 

「な…に…!!?」

 

 

 するとその隙に骨の蛇は頭部を勢い良く振るい始めたかと思いきや―――何と咥えていた二本の羽を全くの同時に引き千切ってみせた。

 余りの想定外な出来事に、ザエルアポロは驚愕の余りその思考回路を停止させる。

 

 

「ふぇっ! どんらもんらクホヤロー!!」

 

 

 直後に響き渡るくぐもった声。

 如何やら“どんなもんだクソ野郎”と言っているらしい。

 

 声の出所を探ると、其処には地面に倒れ伏しながら、“狒狒王蛇尾丸”の末端の尾に当たる部分である骨の柄を咥えている恋次が居た。

 その姿から判る通り、彼は何と腱を切られて動かせない状態の手足以外を用いて卍解を操ってみせたのだ。

 ―――手が使えないなら口を使えば良いじゃない。

 つまりはそういう事である。

 単純な発想ではあるが、そう易々と出来る様な芸当では無い。そのチャレンジャー精神の高さは流石と言うべきだろう。

 

 

「死にぞこない風情が粋がりやがって!!」

 

 

 ザエルアポロは苛立ちを露にしながら、懐に手を伸ばす。

 やがて其処から取り出したのは、先程使用した“人形芝居”で作成した二つの人形だった。

 

 その内の一つである恋次に似通ったデザインの人形を二つに折り、上半身と下半身に別けた。

 そして下半身側の内部に入っているパーツを指で探り、どの部分を破壊すべきか考え始める。

 

 

「んな…!!?」

 

 

 だがその行動が命取りだった。

 周囲への警戒が散漫になっていたのか、ザエルアポロは真上から降り注ぐ謎の液体の存在に気付く事が出来無かった。

 案の定、彼は間抜けにもそれを全身に被ってしまう。

 

 

「何だ、これは…? ヌメヌメして気持ち悪―――うわっ!!?」

 

 

 次の瞬間、ザエルアポロはその謎の液体によって足を滑らせ、後方へと盛大に転んでしまう。

 そのままの勢いで後頭部を強打。衝撃で口から声が漏れる。

 

 

「く、そっ…!! 本当に何…が…?」

 

 

 悪態を吐こうとしたザエルアポロだったが、直前に気付いた。

 自身の両手が空になっている事を。

 

 

「よっしゃ取ったァーーー!!!」

 

 

 背後から何かが地面を擦る音と、嬉々とした感情を感じる声が響き渡る。

 全身に浴びた液体の御蔭で、何度も手足を滑らせながら、ザエルアポロは背後を振り向いた。

 

 真っ先に視界に入ったのは、ヘッドスライディングの様な体勢で地面に転がっているペッシェ。

 前方へと伸ばされたその両手は、何かを抱える様に上を向いている。

 だがザエルアポロは察した。其処には先程まで自身が所持していた筈の二つの人形が乗っている事に。

 

 

「見たか!! これぞ我が秘技、“無限の滑走(インフィナイト・スリック)”!! この液体は無限に放出される上、その高い滑性はありとあらゆる攻撃を無効化する!!!」

 

 

 立ち上がりながら、ペッシェは何処か得意気な雰囲気を醸し出しながら、謎の液体について大声で説明する。

 だがその内容には決定的な誤りがあった。

 まず無限と謳いつつも放出量は有限。そして攻撃の無効化は出来るには出来るが、これにも限度がある。

 完全に名前負けであった。

 

 

「これで手札の一つは封じた! もはや貴様の思い通りにはいかんぞ!!」

 

 

 一通り説明して満足したのか、ペッシェは仮面の内側からでも判る程に大きく鼻を鳴らした。

 徐に両手を横に移動させる。するとやはりザエルアポロの予想通り、その手の内には二つの人形が乗せられていた。

 

 

「さあ、存分に反撃しろ恋次!!」

 

「―――人任せの癖に、随分と態度が大きいね…」

 

 

 ペッシェはそれ等を纏めて、何時の間にやら隣に立って居た人物へと渡す。

 溜息を吐きながら、隣の人物―――雨竜は受け取った人形を、懐から取り出した布の様な物で包み込んだ。

 

 

「それと僕の名前は雨竜だ。仲間の名前を間違えるのは失礼だぞ、ペッシェ・ガティーシェ」

 

「むぅっ!? 一度しか名乗っていない筈の私の名を―――まさか貴様っ…私の事が好きなのだな!!!」

 

「一体何の事を言っているんだ!! 単に僕は普通より記憶力が良いんだよ!!」

 

「いきなりのナルシスト発言とは恐れ入る…!」

 

「おちょくっているのか君は!!!」

 

 

 緊迫した状況下にも拘らず、二人は漫才を展開し始める。

 別にペッシェのボケを流せば如何とでもなるのだろうが、根っからのツッコみ体質である雨竜には不可能だったらしい。

 

 苦労しながら何とか立ち上がったザエルアポロは、その内の雨竜に対して呟いた。

 

 

「莫迦な…お前の手足の腱は全て切った筈だ!!」

 

 

 ―――なのに何故平然と動けている。

 ザエルアポロはその天才的頭脳をフル稼働させるが、一向に納得が行く答えに辿り着けない。

 

 遠目には判らないが、良く見ると雨竜の手足を中心に紐の様な物が結びつけられているのが確認出来る。

 これは滅却師の超高等技術―――“乱装天傀(らんそうてんがい)”。無数の糸状に縒り合せた霊子の束を動かない箇所に接続し、自分の霊力で自分の身体を操り人形のように強制的に動かす術だ。

 身体中が麻痺し、肉や腱が切れ、骨が砕けても関係無い。術者の霊力が続く限り、文字通り身体が塵になるまで戦い続ける。

 

 己の身を顧みず、敵を倒す為だけに全てを投げ打つ。

 傍から見ると、その者を最期まで兵器として扱う為の狂気の術でしか無い。

 少なくとも、これを行使する者の正気を疑う。

 

 だが滅却師の理念を考慮してみれば、何ら不自然でも無かったりする。

 彼等の目的は、人間を襲う虚を尸魂界へ送ることを良しとせず、あくまで虚を完全に消滅させる事にある。

 その意志は固く、例えそれで尸魂界と現世にある魂魄の量を乱し、世界の崩壊を引き起こす要因だとしても、一切曲げる事は無かった。

 それ故に調整者たる死神と対立し―――滅ぼされる結果となった。

 

 

「世界には君の知らないものもあるって事さ」

 

「ちっ!」

 

 

 とは言え、“乱装天傀”の効果範囲は基本的に肉体のみで、内臓等はそれから外れている。

 その為、雨竜はこれまた父から拝借してきた薬を使用し、ある程度まで治療を施す事で何とか誤魔化していた。

 

 雨竜は一先ず先程からボケ倒し続けているペッシェを無視して、驚愕するザエルアポロに冷たく言い放った。

 雨竜自身としては特に含みも無かったのだが、相手は挑発として受け取ったらしい。

 ザエルアポロは舌打ちすると、残った二本の羽を広げて臨戦態勢を取る。

 ペッシェは動揺した様だが、雨竜は動じなかった。

 

 

「さて、この状況で一方にばかり注目していて良いのかな?」

 

「な、に…!!?」

 

 

 雨竜は口元に笑みを浮かべながら問い掛ける。

 まるで忠告している様にも取れるそれに、理解が及ばなかったザエルアポロだったが、即座に理解した。

 知らぬ間に自身の後方で膨れ上がっていた霊圧の存在に気付くと同時に。

 

 

「お前―――ッ!!?」

 

 

 其処に立って居るのは確かに泰虎だ。

 だがその姿が先程までとは明らかに異なっていた。

 

 大きな変化は上半身。“巨人の右腕”に“悪魔の左腕”だ。

 二本の腕の鎧が更にその範囲を広げ、結果、その上半身は中心部から左右其々に白と黒に分かれた鎧に覆われている。それのデザインも先程までの無骨なものとは打って変わり、まるで人の骨格を基調にした禍々しいものへと変貌を遂げていた。

 鎧は口元にも広がっており、勿論それも同様の変化が及んでいる。

 

 今の泰虎の姿を言い表すのであれば―――正に魔人。

 鎧が口元のみならず顔全体へと広がっていれば、虚と見間違えていたかもしれない。

 だが落ち着いて観察してみると、その可能性は皆無だと判断出来た。

 根拠はその眼。確固たる理性と強い意志を感じるそれは、本能に任せて暴れまわる化物とは一線を画すものだと。

 

 ―――まさかこの期に及んでパワーアップを遂げたとでも言うのか。

 一体何処の御伽噺の主人公だと、ザエルアポロは内心でツッコみを入れた。

 ならば此方は次の場面には必ず倒される運命にある悪役か。

 冗談では無い。ザエルアポロはその流れを打ち砕くべく、先程恋次の手で引き千切られた二本の羽の先を胸元まで移動する。

 

 盛大に出血を続けるその傷口の下に、掌を上に向けた両手を置く。

 当然、その両手には瞬く間に血液が溜まって行く。

 やがて許容量を超え、掌から溢れ始めた時、ザエルアポロは動いた。

 その血を惜しみ無く使い、両手で宙に大きな円を描く。

 

 この時点で既に判るだろう。

 そう、ザエルアポロは“王虚の閃光”を放たんとしているのだと。

 

 

「させるか…!!」

 

 

 現時点で使える手札の中では最高クラスの威力を誇り、加えて発動までの時間も最も短い。

 泰虎がどれ程のパワーアップを遂げたのか不明だが、彼が動く前に先手を打つのに最適な技はこれ以外に無い。

 ザエルアポロはそう判断した。

 

 同系統であり更に上の威力を持つ“黒虚閃”でも良いのでは、と思うかもしれないが、急を要するこの場面では不適切だった。

 何故なら此方は発動までに必要となる霊圧量が極めて多い。難無く放てる十刃は上位のみで、それ以下では相応に長い溜めが必要となるのである。

 

 

「消炭になれ人間!!」

 

 

 ザエルアポロの顔に笑みが浮かぶ。

 だが彼は失念していた。

 先程の雨竜の忠告を。

 

 

「“王虚の―――”…グァッ!!?」

 

 

 宙に描かれた赤い輪を媒介に霊圧を集束させ、いざ放たんとした直後。

 ザエルアポロの口から苦痛の声が漏れる。

 見れば彼の両肩の付け根付近からは、青い刃が生えていた。

 邪魔が入った御蔭か、集束していた筈の霊圧は拡散。技は不発に終わった。

 

 

「―――やれやれ、ついさっき言ったばかりじゃないか」

 

「おのれ…!!」

 

「その有様で天才を名乗るなんて、実に滑稽だ」

 

 

 両肩を貫いているのは、青い光の刃を持つ剣―――“魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)”。滅却師唯一の刃を持った武器だ。

 父である“石田 竜弦(りゅうげん)”が院長を務める空座総合病院。その院内にある隠し倉庫から、雨竜が勝手に拝借して来た物でもある。

 本人の了承を得ていない時点で窃盗以外の何ものでも無いのだが、本人は頑なに借りただけだと否定の意を示していた。

 

 ザエルアポロは首だけを振り返らせると、雨竜を睨み付けた。

 そして先程よりも警戒レベルを上げていた御蔭か、ザエルアポロは気付いた。雨竜の隣に立って居た筈の者が居ない事に。

 

 

「―――気付いたか…だが遅い!! やるぞドンドチャッカ!!!」

 

「了解でヤンス!!!」

 

 

 突如として響き渡る二つの声。内一つは探していた当人のものだ。

 ザエルアポロは弾かれる様にして左側へと振り向く。

 其処には大口を開けるドンドチャッカの上に乗り、“究極”を構えるペッシェの姿があった。

 

 前者は口から飛び出した砲台の様な物へ、後者は剣の切っ先へと霊圧を集束させる。

 球体状へと変化したその二つの霊圧は、細い稲妻の様な線で繋がっていた。

 これはペッシェとドンドチャッカの協力技。虚夜宮より離れた後、人知れず鍛錬に鍛錬を重ねた末に編み出した切り札。

 

 

「滅べザエルアポロ!! “融合虚閃(セロ・シンクレティコ)”!!!」

 

 

 放たれた二つの虚閃が、やがて同一軌道上で合流。

 その威力と大きさを何倍にも増幅させながら、ザエルアポロを飲み込んだ。

 

 ―――これで決まれば御の字。

 技を放った二人はそう思いつつ、全く同時のタイミングでその場に崩れ落ちた。

 元から限界寸前だった二人だ。雨竜の隠し持っていた治療用具で幾分か回復したとは言え、全力で技を放てば意識も失うだろう。

 

 

「くそがああああああぁぁぁッ!!!」

 

 

 光線が通り過ぎた後、辺り一面に煙が巻き起こる。

 その中から叫び声が上がったかと思うと、何かが煙を掻き分けながら飛び出して来た。

 腰回り以外の白装束が燃え尽き、その恰好はほぼ全裸。露になった皮膚は焼け爛れ、致命傷とは行かずとも、重傷に等しい状態のザエルアポロだった。

 

 これはある意味納得の結果とも言える。

 幾ら倍増しているとは言え、ザエルアポロは腐っても十刃。

 遊撃要員上位クラスの破面が放つ虚閃、それの数倍程度では彼を仕留めるには足りない。

 

 息を荒げながら、ザエルアポロは内心で己の判断ミスを悔いていた。

 本来であれば、この“融合虚閃”は無傷で済ませられた筈である。

 序盤の恋次との交戦の様子を見ていれば自ずと理解出来るだろうが、ザエルアポロは今迄に解析した霊圧を好きなタイミングで拡散させる装置を開発している。

 それは小型化にも成功しており、常に白装束の中に携帯していた。

 ペッシェとドンドチャッカの霊圧は何年も前に解析済みだ。そしてそのデータは装置の中に入力されている。

 

 だがザエルアポロはその装置を起動していなかった。

 不意討ちを仕掛けて来たペッシェ達を瞬く間に叩きのめした時点で、これは必要無いなと判断して。

 加えて帰刃が齎す万能感から来る慢心と、泰虎への報復のみに絞られた思考回路。長時間に亘って自身に圧倒的有利な状況が続いていたのも、その考えに至る要因となっていた。

 

 

「どいつもこいつも僕を虚仮にしやがって!!!」

 

「…流石に頑丈だね」

 

 

 尚も戦意と殺意を失わないザエルアポロに、雨竜は呆れた様な声を漏らした。

 だが焦燥は無い。

 何せ“融合虚閃”が直撃した時点で、自分達の勝利は確定しているのだから。

 

 

「でも…これで詰みだ。今だ茶渡君!!」

 

「決めろ茶渡ォ!!」

 

「ッ!!?」

 

 

 雨竜に続き、遠方の恋次も声を上げる。

 この時を待っていたと言わんばかりに、嬉々とした表情を浮かべながら。

 

 ザエルアポロも今更ながらに気付いた。

 つい先程までの猛攻は、自身の意識を完全に外部へと逸らす為。

 そして本命は一体何なのかは―――言うまでも無い。

 

 

「終わりだ」

 

「くっ―――!!!」

 

 

 既に泰虎はザエルアポロの懐へと入り込んでいた。

 後方へと引き絞られたその白色の鎧に包まれた左腕は、既に凄まじい量の霊圧に覆われている。

 

 

「“真・魔人の一撃(ゴルペ・モルタル)”」

 

 

 誇りと信念の宿った魔人の左拳が振り抜かれる。

 見た目の力強さとは裏腹に、その拳撃は極めて静かだった。

 周囲の空間を置き去りにした拳は、真っ直ぐにザエルアポロの胸部へと捻じ込まれ―――その部分に特大の大穴を開けた。

 それだけに終わらず、突き抜けた拳撃の余波は、ザエルアポロの後方へ点在している宮を次々に破壊しながら突き進み、やがて虚夜宮の壁に罅を入れた末に収まった。

 

 破面の身体構造は、人間のそれとほぼ相違無い。当然、心臓や肺といった人体に於いて最も重要な器官が消失した状態で生命活動を維持出来る筈も無い。

 次第に彼の瞳から光が失われて行く。

 拳撃の衝撃の名残か、指示系統に咥えて支えを失った身体がぐらりと後方へと傾く。

 

 ―――ふざけるな。

 脳が無事だった影響か、僅かに残った意識の中で、ザエルアポロは叫んだ。

 何だこの結末は。完全に御都合主義の物語通りではないかと。

 この場合、言うなれば彼の役回りは噛ませ役、踏み台といった辺りだろうか。

 気に食わないのも当然だ。

 

 しかしこの状況は如何にもならない。

 流石のザエルアポロでも、心臓等を瞬時に修復出来る手段は持ち合わせていないのだから。

 ―――忘れるものか、この屈辱。

 意識が消える最後の瞬間まで悪態を吐きながら、ザエルアポロ・グランツは完全にその生命を終えた。

 

 泰虎は左腕を引き戻すと、その顔を雨竜と恋次が居る方向へと向けた。

 徐にその左腕を胸元まで持ち上げる。

 そして左手を握ると―――それの親指を上に立てた。

 

 

「ム…!」

 

 

 これは泰虎が良く用いるグッドポーズ。

 彼の友人も良くそれを目にしており、実は結構ダサいと思われていたりするものだ。

 

 

「…ぷっ」

 

「ぶふっ!」

 

 

 二人は暫しの間それを眺めて居たが、やがて我慢し切れずに噴き出した。

 彼等の様子に満足気な笑みを浮かべると、泰虎はそのまま体を後方へと傾け始め―――大の字に地面へ寝転がる。

 

 

「…ありがとう、じいちゃん」

 

 

 泰虎は小さく呟く。

 色々と限界だったのか、次第に瞼が落ち始める。

 上半身を覆っていた鎧も、周囲に溶け込む様にして消えて行く。

 

 ―――達者でな、ヤストラ。

 意識を失う直前、泰虎は何処からそんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなザエルアポロが倒されるまでの一連の流れを、別の地点から観察している者達が居た。

 人数は二人。一人は何かモニターらしき物を地面に設置し、それを食い入る様に眺めて居る。残る一人はその後方にて、何か大きな荷物を積んだリアカーの様な物を引いている。

 

 護廷十三隊の隊長である事を証明する羽織を身に纏い、首元はクッション状の襟で囲われている。

 頭部にはまるで山羊をモチーフにしているかの様な飾りを持ち、白い肌に面妖な黒い化粧をした異相を持つ男―――マユリ。

 その後方では、これまた特異なミニスカート丈の死覇装を身に纏う、無表情で黒髪の女性―――マユリが己の義骸技術と義魂技術の粋を集めて作った最高傑作の人造死神にして娘であるネムが、静かに佇んで居た。

 

 

「…生きた状態で採取する予定だったのだが。全く、御蔭で貴重なサンプルが台無しだヨ」

 

「肉体の大半は無事なのが救いでしょうか」

 

「極めて不本意だがネ…」

 

 

 マユリの呟きに、ネムが相槌を打つ。

 

 ―――これだから野蛮人は。

 マユリは内心で、ザエルアポロを倒す事に関わった者達全員へ毒づいた。

 御蔭で自身の目的の一つが阻まれてしまったではないかと。

 

 この思考回路から判断出来る通り、マユリはマッドサイエンティストに分類される人物であった。

 常日頃から研究やら実験に打ち込み、中でも人体実験が得意。

 そして敵として戦う相手を主に実験材料として認識しており、初見の相手や能力を見ると研究意欲を刺激されるのか、サンプルとして回収せんと躍起になる部分がある。

 正確も冷酷及び残虐で、非倫理的な行動が目立つが、本質はやや異なる。隊長としての才能と使命感を併せ持ち、瀞霊廷を護る為として彼なりに最善の行動を取っているに過ぎない。

 ―――それに巻き込まれる者にとっては堪ったものでは無いのだが。

 

 一見ザエルアポロと同類かと思われるが、これも異なる。

 今迄存在した何物よりも素晴しく在れ。だが、決して完璧であるなかれ。科学者とは常にその二律背反に苦しみ続け、更に其処に快楽を見出す生物でなければならない。

 この理念の元、マユリは己が道を突き進んでいるのだ。

 

 完全な生命を求め、それに至ったと自負するザエルアポロとは一線を画する。

 同じ科学者としての格はマユリの方が遥かに上であった。

 

 

「だがまあ―――良しとするヨ。新たな発見もあった事だしネ」

 

 

 そう言うと、マユリは先程までの不機嫌そうな表情を一転、狂気漂う笑みを浮かべた。

 その視線はモニター―――以前雨竜に仕込んだ監視用の菌を通して映る人物の一人に向けられていた。

 

 

「死神や滅却師のそれとは異なる、まるで虚を思わせる謎の力…。しかも十刃を仕留める程とは―――」

 

「マユリ様…」

 

「あの鎧は自らの肌を媒介にしている様にも見えたが……はて、一体どういった原理なのか…。クククっ、実に興味深いヨ人間!!」

 

 

 黒崎一護の仲間に手を出すのは流石に拙いのでは、と考えたネムは口を出そうとしたが、直前で止める。

 頭脳明晰なマユリだ。その程度は理解しているだろうし、ある程度は自重してくれるだろうと信じ。

 

 

「行くぞネム。グズグズしていては検体の鮮度が落ちる上に、奴等の傷も改造(なお)してやらねばならんからネ」

 

「はい」

 

「おお、何と慈悲深い事か。まるで優しさに脊髄が付いて動いている私らしい考えだヨ」

 

 

 ―――んな訳あるか。

 この場に他の死神が要れば、百人中全員がツッコんでいたであろう。

 

 案の定、あわよくばその治療の際に泰虎の血液等のサンプルを回収出来れば―――といった下心を持ちながら、マユリはネムを引き連れてその場を後にした。

 

 

 




ネタや捏造設定等について、正直言えば私はどの辺までが許容範囲なのか明確には理解出来てはいません。
ガチガチに練り込んだ作品を作る技量も時間もありません。つーか出来ません。
ですが私も一介のBLEACHファンの一人です。原作を貶める様な考えは欠片も持って居ませんし、今後も抱く事は無いです。
それだけは言わせていただきます。





捏造設定及び超展開纏め
①チャド、世界が止まって見える(達人感
・ぶっちゃけベリたんと剣ちゃんの戦いの場面のパクリです。
・心象世界みたいな場所に行かせても良かったかもしれませんが、修正前とは別の形にしたかったので…。
②じいちゃんの霊圧が…消えた…?
・弟子に力を託して去る師匠的なテンプレ展開。尚、意思が消えただけで、その魂はしっかり残っている的な感じです。
・じいちゃん消える必要なくね?と思うかもですが、親的な観点で“こいつはもう一人前だ”と判断して身を引いた感じに取っていただければ。
・じいちゃん消えたら同時に能力消えるかもしれませんが、チャドの能力って浅黒い肌を媒介とした完現術って扱いなので、結局は残るんじゃないかなとも思ってたり。それか宿っている右腕の能力だけが消えるとか。
③剣ちゃん一時退場。卯ノ花さん隔離。
・謎の声…一体何フィーロなんだ…。
④孤狼さん「本当は俺、鋼の股間を持ってるんだぜ」
・それっぽく捏造。鋼皮って便利だね(笑
・でも彼のみならず、格下の人に蹴られたり殴られたりしてもダメージ受けたりしてるキャラが何人か居るのは何故なんでしょうね。
・実は単なるギャグ補正でした、とかだったらもう御手上げ(汗
⑤弧狼さんの受けた指示の内容とは!?そして“彼”の正体とは!?
・想定外のタイミングで誰かにちょっかい掛けるのは藍染様の日常です(笑
・そして“彼”とは一体誰なんだー(棒
⑥狒狒王蛇尾丸は口で操作可能。
・刺青眉毛さんならやれそうだなと。
・どっかの筆頭さんだって、刀を指の隙間に挟んで合計六本使ってるし、これぐらいは許されるっしょ(ハナホジ
⑦奮闘する元第3十刃従属官二名。
・流石に一発KOのままじゃあ可哀相だと思い、少し活躍させてみました。
・でもやっぱりキャラ的に見てギャクを挟まずにはいられない。
⑧融合虚閃でダメージ食らう邪淫さん。
・設定資料調べても、対策によって無傷だったとしか書いてなかったので、装置等の辺りを捏造。
・対策を忘れてれば、それなりに効果はあるかなと。
・一応ペッシェ達、並みの破面より実力あるし。
⑨チャド覚醒。
・修正前の完全虚化から、単純なパワーアップに変更。
・普通暴走するだろアホ、ってツッコみありましたけど、覚醒補正及びじいちゃんの奮闘でその場限りは理性ありで行動出来たって感じで考えてました。
・んでもって強いのは今話限りで、後は続かない的な感じで。
・ちなみに今回覚醒した能力の詳細は考えてますが、説明が出て来るのは先になります。
⑩覚醒後のチャドの格好。
・前のは完全な妄想でしたけど、今回のやつはGoogle先生で、“BLEACH チャド 弱い”で何となく画像検索してたら、とある画像見付けて思わず「~~~ッッッッッ!!!」ってなったので、それを参考にしました。
・あと何で鎧が顔全体じゃなくて口元まで広がった程度に収めたのかと言うと、その時私がテレビで映画『CASSHERN』を見ていたから。
・だってあのマスク状の装甲格好いいじゃん。こう、シャキンって開閉する感じとか。
⑪マユえもん舌なめずり。
・平常運行です。
・チャド逃げて(真顔



中途半端に手を付けたせいで、書き溜めが滅茶苦茶…(泣
致命的なミス等が無い限り、もう書き直しなんて絶対するものか!!

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