三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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只今絶賛スランプ中で、何度やっても思い通りの文章が書けない謎の状態に陥っています。
なので今回は元からレベルの低い文章が更に劣化している可能性が高いです。

本来であれば時間を掛けて納得のいく形まで仕上げれば良いのかもしれませんが、これ以上更新間隔を空けるのは拙いと考え、今回は更新優先という判断を取らせていただきました。
修正は自分のペースで行っていきますので、どうか御了承下さい。



マジで苦しい…


第五十二話 主人公と豹王と、三日月と金鮫と…

 宮の壁を突き破り、其処から二つの影が飛び出す。

 突出している方は一護。織姫の治療を受けたのだろう。その身体には傷一つ無く、それ程消耗していなかった為か、霊力もほぼ全快に等しい。

 正に戦いに臨む前としては理想の状態だ。

 

 しかし当人の顔に浮かぶ表情は硬い。

 何せ相手が相手である。致し方無いだろう。

 一護は依然として緊張した面持ちのまま、天鎖斬月を構えた。

 

 そんな彼の眼前に躍り出たのは、殺意を剥き出しにした凶悪極まりない笑みを浮かべるグリムジョー。

 左腰の斬魄刀は既に抜かれており、その時点で油断は無い事が窺える。如何やら今回ばかりは本気で一護を仕留めに掛かっているらしい。

 

 

「はっ、ハァッ!!!」

 

 

 先に仕掛けたのは勿論グリムジョーだった。

 型に縛られない、野性味溢れる荒々しい太刀筋で一護に襲い掛かる。

 そして今迄経験して来た戦いの中で学んだのか、何処を狙えば最も効果的か、敵を仕留められるかといった部分を理解しているのだろう。一太刀一太刀が決して受ける訳にはいかない必殺の攻撃となっていた。

 

 だが一護とてそれは同じ事が言えた。

 その類まれなる天才的センスを以て、斬撃の嵐の尽くを見切っては捌き、御返しとばかりに反撃に転じる。刃を交える度、その精度は増していった。

 今の一護は既に卍解を解放している。加えてドルドーニとの戦いを経て、それの強みを活かす事を理解していた。

 もはや一時の感情に振り回され、刀を振るう腕を鈍らせる様な真似はしない。

 精神を研ぎ澄まし、相手の太刀筋を見極めながら、確実に攻撃を直撃させる事を重視しながら、一護は刀を振るう。

 

 次第にグリムジョーの身体に刻まれる太刀傷が一つ二つと増えて行く。とは言え、全てが掠った程度で、戦闘には何ら支障は無い。

 だが逆に一護は未だに無傷。それがグリムジョーの焦燥を煽った。

 虚化無しでは鋼皮に阻まれて傷一つ付けられなかった以前とはまるで異なる。

 安定した精神状態と丁寧に練り込まれた霊圧は、漆黒の刀身の持つ切れ味を増加。結果、一護の放つ斬撃はグリムジョーの鋼皮の強度を上回る事に成功したのだ。

 

 

「チィッ!!」

 

 

 斬撃の一つが右頬を掠め、僅かに数滴の血が宙を舞う。

 気付けば戦況は一護へと傾き始めていた。

 このまま斬り合っていては分が悪いと判断したのか、グリムジョーは舌打ちすると、一旦間合いを取る為に動く。

 だが一護はそれすらも読んでいた。

 驚異的な速度で死角である背後へと回り込むと、すかさず刀を振り被る。

 

 

「逃がすかよ」

 

「ッ!?」

 

 

 ―――何だこの強さは。

 弾かれる様にして顔を背後へ振り向かせながら、グリムジョーは混乱していた。

 確かに虚閃による不意討ちを躱した時点で、幾分か腕を上げていたのは把握していた。

 だが現状は如何だ。後手に回っているのは自身の方。しかも時間の経過と共に、一護は更にその勢いを増して行っている。

 

 グリムジョーは無理矢理上半身を捻ると、一護の繰り出した斬撃の軌道上に自身の斬魄刀を滑り込ませる。

 だが極めて不安定なその体勢で、真面に攻撃を受け切れる筈も無く―――刀身同士が交差した直後、グリムジョーは身体ごと吹き飛ばされていた。

 

 

「ご、ハッ…!!」

 

 

 全身に襲い掛かった凄まじい衝撃に、肺の空気が気管を通って口から強制排出される。

 歯を食縛りながら、グリムジョーは何とか体勢を立て直すと、上空に居るであろう一護へ視線を向けた。

 

 

「てめえよくも―――ッ!!?」

 

 

 だが其処に一護は居なかった。

 同時に背筋に走る悪寒。

 確証は一切無い。だがグリムジョーは幾多の戦場を駆け抜ける中で磨かれた己の勘を信じ、真下目掛けて斬魄刀を振り下ろした。

 

 刹那、自身の立つ位置よりもやや下で、刀を下段に振り被った一護の姿が視界の端に映る。

 そしてその刀身を包んでいる黒い霊圧も。

 

 グリムジョーの脳裏を過る、第一戦にて自身に小さく無い傷を残した、対象へ向かって飛来する黒の斬撃―――月牙天衝。

 それの持つ威力を身を以て理解していた彼は驚愕すると同時に、その顔に焦燥の色を浮かべた。

 しかし幾ら何でもこの至近距離であの技を打てば、一護自身も巻き込まれる可能性が高い。

 勝ち急ぐ余り判断を誤ったか。そう考えたグリムジョーだったが、直後にその刀身に纏う霊圧の僅かな違いに気付いた。

 以前見た限りでは、あの黒い霊圧は刀身から外部へ噴き出す様にして放出されていた筈ではなかったかと。

 

 本来、月牙天衝は遠距離攻撃に分類される技だ。それは破面で言う自身の霊圧を固めて射出する虚閃や虚弾等の原理と似通ったものがある。

 だが今のこれは違う。明らかに霊圧が刀身から離れる様子が見られない。

 つまり一護は黒い霊圧を射出するのでは無く、纏わせた状態で維持する事で、通常の斬撃に月牙天衝の威力を乗せて振るわんとしていたのだ。

 

 ―――この斬撃は拙い。

 グリムジョーはその事を正確には理解出来無かったものの、本能的に悟った。今の状態では確実に打ち負けてしまうと。

 だが今更攻撃を中断出来る筈も無く、グリムジョーの振るった刀身は一護のそれと接触し―――いとも容易く弾き飛ばされた。

 

 柄が手の内から離れ、激しく回転しながら遥か上空へと飛んで行く斬魄刀。

 この瞬間、グリムジョーは普通で見れば無手という圧倒的不利な状態へと陥ってしまった。

 

 

「な…!!」

 

「うおおおおおッ!!!」

 

 

 此れで決まりだと宣言しているかの様に、一護は咆哮を上げる。

 刀を振り上げた体勢から、即座に突きの構えに切り替えると、その切っ先をがら空きな腹部目掛けて突き出した。

 

 

「ッ!!?」

 

 

 本来であれば確かに決まっていただろう。

 あの第二戦以降、グリムジョー自身に何の変化も無かったのならば。

 

 

「―――ナメてんじゃねえぞ…」

 

「嘘、だろ…!!?」

 

「この程度で俺が()られると思ったかよ、あァ?」

 

 

 天鎖斬月の切っ先は何を貫くでも無く、途中で止められていた。 

 その刀身と同様に漆黒に染まった、野獣の鉤爪を持つ右手によって。

 

 

微温(ぬり)ぃぞ黒崎ィッ!!!」

 

「ぐ、あッ!!?」

 

 

 一護の逃走を阻む為、グリムジョーは漆黒の刀身を握り締める右手に更に力を籠める。

 空いた左手にも同様の黒い霊圧を纏わせると、間髪入れずにその鋭い鉤爪を振るった。

 一護は咄嗟に柄を握る右手を放すと、上体を思い切り捻って回避行動を取る。

 だが躱し切るには僅かに足らず、右の肩口を浅く斬られてしまう。

 

 一矢報いた事で気を良くしたのか、グリムジョーの口元が吊上がる。

 直後、僅かに彼の右手が緩んだ事を、一護は見逃さなかった。

 脚部へ力を籠め、全力で霊子の足場を蹴る。

 すると刀身は右手の拘束からスルリと抜け出し、同時に一護は後方へと距離を取る事に成功した。

 

 

「相変わらず、すばしっこい奴だぜ」 

 

「く…!」

 

 

 一護は困惑していた。

 正直言えばあの時、仕留めるまでとは行かずとも、決定打は与えられると思っていた。

 それが如何だ。阻んだのは、グリムジョーの両手に突如として具現化した、謎の黒い鉤爪。

 咄嗟の思い付きだが、黒い霊圧を纏わせた刀身から繰り出した斬撃の持つ威力は、元となる月牙天衝に匹敵する。

 それを掴んで止めるとは、脅威としか言い様が無い。

 

 一護は自身の右肩に刻まれた五つの切傷を見遣った。

 ほんの少し掠っただけでもこの威力だ。斬魄刀から繰り出される斬撃を明らかに上回っている。

 思い返してみても、あの鉤爪は以前の戦いの中では一切使われていない。

 切り札の一つとして隠していた―――否、その時よりも強くなっていると見るべきか。

 一護はグリムジョーへの警戒レベルを更に上げた。

 腕を上げたのは自身だけでは無い。油断は禁物だと。

 

 とは言え、一護の思い付いた技もまだまだ荒削りの域を出ない未完成なもの。

 しかしこの天性の才を持つこの男は、一度使用しただけで大凡の感覚を掴んでいた。

 ―――次は止めさせない。

 一護は表情を引き締めた。

 

 

「…良い顔になったじゃねえか」

 

 

 グリムジョーは一旦言葉を区切ると、ふと自身の右手へ視線を移す。

 するとそれの黒い霊圧の一部が剥がれ落ちており、剥き出しになった掌には一筋の傷が刻み込まれていた。

 丁度その部分は天鎖斬月の刀身を掴んで止めた部分に当たる。如何にあの鉤爪が強力とは言え、一護のそれには及ばなかったらしい。

 

 だがグリムジョーの表情には、悔しさや怒りといったものは微塵も感じられない。

 寧ろ逆に笑みが浮かべ、更なる戦意を滾らせている事が理解出来る。

 グリムジョーは愉しさを見出していたのだ。多少誤差はあるが、この拮抗した戦いを。

 

 彼にとって、これは初めての感覚だった。

 今迄は例え弱者であろうと容赦せず、敵と定めた相手を徹底的に破壊し尽くす。そんな事を繰り返し、爽快感を得ていた。自身は絶対の王であり、その道を阻む者は許されないのだと。

 しかしその真逆、現在の様に出し惜しみ無くぶつかり合う中で生まれた充実感。加えて両者共に切り札を残しており、まだまだ勝敗は判らない。

 それが何とも新鮮で、心踊るものだとは思いもしなかった。

 

 ―――だがそれでも、最終的に勝つのはこの自分だ。

 内心でそう断言すると、グリムジョーは上体を前屈みにし、両手を開いて鉤爪を構える。

 その姿は正しく狙いを定めた獲物へ襲い掛からんとする獣。

 一護はそれに対抗するべく、刀を中段に―――牽制と攻防どちらにも対応出来る、極めて基本に忠実な正眼の構えを取る。

 

 

「俺が戦いてえのは、今のてめえじゃねえ」

 

 

 一護はその言葉が何の意味を指しているのか、十分に理解出来た。

 グリムジョーが望んているのは、此方が現状で出せる全力であり切り札である虚化。それをした自身と戦い、決着を付けたいのだと。

 

 だが一護としては、虚化は暴走というリスクの高さ故に、本当に最後の手段として温存して置きたいのが本音であった。

 結局のところ、グリムジョーの帰刃の能力次第ではあるが、ほぼ確実に使用せねばならない状況にはなるだろうと予想しつつ。

 

 

「無理矢理にでも出させてやるぜ―――てめえの本気をな!!」

 

「…やってみやがれ!!!」

 

 

 先に踏み込んだのはグリムジョー。すかさず一護も刀身へ霊圧を纏わせると、真正面から立ち向かう。

 こうして両者は再び激闘を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な二つの霊圧がぶつかり合う光景を、宮の屋上に立って眺める。

 戦況としては、今のところほぼ互角。つい先程までは一方が押していた様だが、如何やら劣勢だった側が奮起したらしい。

 放たれる霊圧量は両者共にほぼ差は無いが、後者の方に勢いがある様に見受けられる。

 

 流れとすれば、序盤を終えて中盤に差し掛かった辺りか。

 勝敗が決するには未だ時間が掛かりそうである。

 

 

「何か強くなってねぇか、グリムジョーの奴…」

 

 

 腕を組みながら、ノイトラは首を傾げた。

 一護なら兎も角として、グリムジョーに何時そんな切っ掛けがあったというのか。

 懸命に過去から現在までの記憶を辿ってはみるものの、彼があの黒い鉤爪の様な技を使用している場面は全く無い。

 

 考えられるとすれば、自身が居合わせる事が無かった出来事の中だろう。ノイトラは推測する。

 まず二度目の現世侵攻時は無い。何故ならグリムジョーと一護の戦いの様子を記録した映像データは既に確認済みだからだ。

 当人が秘密裏に鍛錬を重ねていた可能性も低い。従属官達も居らず一人で、殆ど拠点の宮から動かずに、一体何が出来るというのか。

 

 ならば考えられるのは一つ。

 六の数字を賭けた、ルピとの階級争奪戦しか無い。

 

 

「…頑張ったんだな、ルピの奴」

 

 

 新たな技を閃いたり、己の秘めたる力を覚醒させるには、相応の死線を越える必要がある。

 解り易い例を挙げるとすれば、絶体絶命の窮地か。

 かく言うノイトラ自身も、それを潜り抜けた末に帰刃の能力を進化させている。

 つまりグリムジョーもルピとの戦いの中で追い詰められ、あの鉤爪を具現化させるまでに至ったのだろう。

 

 ルピの奮闘を嬉しく思う反面、僅かにあの時感じた罪悪感も再び込み上げて来る。

 だがノイトラは自身に喝を入れ、即座にそれを振り払う。

 気を取り直し、再び視線を一護とグリムジョーの戦いへと移して、推移を見守ると同時にタイミングを見計らう。

 そんな時、ノイトラの隣へ一つの影が降り立った。

 

 

「―――加勢しないのか?」

 

「…解ってて言ってんだろ」

 

 

 金色の髪を靡かせながら、ハリベルは軽い口調でノイトラへと問い掛けた。

 彼女の到着より数秒遅れで、従属官四人が後方より現れる。

 ノイトラは背中越しにそれを確認しつつ、ハリベルとの会話を続行する。

 

 

「これはグリムジョー(アイツ)の戦いだ。それに土足で踏み込める程、俺は馬鹿じゃねぇ」

 

 

 そうは言うが、勿論その本音は別にある。

 ノイトラにはグリムジョーの加勢に向かう心算なぞ一切無い。寧ろ自身の目的を果たす為には、史実通りに一護に敗北してもらわねば困ると考えていた。

 でなければ今迄の積み重ねの全てが水泡に帰す可能性が高い。

 

 現状で二人の戦いに介入する様な真似をすれば、必然的に一護を仕留めねばならない事態へと陥ってしまう。

 まあ当然だろう。自分達の拠点に無断で侵入して来た時点で、その者は排除すべき敵。それと対峙して何も行動を起こさなければ、もはや十刃の一人としての義務を放棄するという事であり、藍染とこの組織に対する裏切り行為に他ならない。

 

 ノイトラが目的を達成する為には、黒崎一護という存在は必要不可欠。故に現状は傍観に徹しているのである。

 それに例え加勢したとしても、他ならぬグリムジョーがそれを受け入れるとは考え難い。

 彼の事だ。自身の戦いに横槍を入れたとして、ほぼ確実にその逆鱗に触れる。下手すればそのまま標的が此方に移る可能性も高い。

 そうなればもはや泥沼だ。

 

 

「そう、か…」

 

「…ンだよ、意外か?」

 

「いや、お前らしいと思っただけだ」

 

 

 何故か納得を示す様にして、ハリベルはそう零す。

 不審に思ったノイトラは、顔を横に向けながら問う。

 明確な返答は無し。だがハリベルは何か微笑ましいものを見ている様な眼で、ノイトラを眺めて居た。

 

 ―――どうせグリムジョーが絶体絶命の窮地に陥れば、素知らぬ顔で助けに入るに決まっている。

 ハリベルはそう確信していたのだ。

 何故かというと、原因はテスラにある。

 時間に余裕がある時、ハリベルは彼から良くノイトラの話を聞いていたからだ。

 

 最も付き合いが長い理解者であるだけあり、テスラはノイトラの事はほぼ熟知している。

 荒れていた過去の姿と、変わった現在の姿。物事の考え方や好き嫌いに始まり、私生活での問題点。

 剰えほんの数秒間のアイコンタクトさえ出来れば、大抵の意思疎通は可能という、通常では考えられない事実も判明していた。

 

 正しく以心伝心。その関係の深さは、まるで長年連れ添った熟年夫婦を連想させる。

 上司と部下という括りでは断じて無い。力量差はあれど、互いの立場は対等。無駄に気を遣い合う事も無く、心の内を曝け出せる理想の関係。

 所謂親友、または心友というやつかと、ハリベルは納得すると同時に感心していた。

 

 だがアパッチにミラ・ローズ、スンスンは違う反応を示した。

 まあ簡単に言うと、もしかしてあの二人は周囲に薔薇が咲く様な―――所謂モーホーな関係なのでは、と勘繰ったのだ。

 ノイトラがこの様な言動を取る時は、大抵真逆の意味で取る事が正解。身嗜みを重視しているのか、普段から結構清潔感を出す為に気を配っている。だが私生活では結構ズボラで、自室で服を脱ぎ捨てる場所が何時も決まっている。

 常日頃から給仕の如く身の回りの世話をしていたテスラとすれば、知っていて当然という認識なのだが、他人からして見れば必ずしもそうは取れないという事だ。

 

 

「…そいつァ如何いう意味だ」

 

「ククッ、さあな」

 

「笑ってねぇで答えろやコラ」

 

 

 僅かに眉を寄せながら、ノイトラは問い掛けた。

 だがハリベルは笑いながらそれを軽く流す。

 ―――何処か見透かされている様で気に食わない。

 子供っぽいとは自覚しつつも、ノイトラは逃げる様にしてハリベルから顔を逸らした。

 

 

「ちっ、あの野郎調子に乗りやがって…!」

 

「ハリベル様も何でワザワザ話しかけんだよ…!」

 

「ふふふ…」

 

 

 そんな和やかな雰囲気を漂わせている二人の後ろでは、従属官達全員が何処か重々しく黒いオーラを全身から放出していた。

 アパッチにミラ・ローズは露骨に顔を顰め、一見普通に見えるスンスンもその眼を細めながら、ノイトラの背中を睨んでいた。

 だがそれも直ぐに収まる。三人の後方より放たれた、霊圧とは異なる謎の圧力によって。

 

 

『ッ!!?』

 

 

 先程までの態度を一転、三人は恐る恐るといった様子で、後方へと振り返る。

 其処には両腕を後ろに組んだ何時も通りの体勢でテスラが佇んでいるだけ。

 だが一つだけ気になる点がある。その端正な顔立ちに、何時に無い優しい笑みが浮かんでいる事だ。

 

 

「…ん? どうかしたか?」

 

 

 テスラは僅かに首を傾げながら、此方の顔色を窺う様に眺めていた三人に問う。

 依然としてその表情に変化は無い。

 だが心成しか、その全身から放たれる圧力が次第に膨れ上がっている様な気がする。

 

 

『なんでもありません!!』

 

 

 三人は全くの同時に姿勢を正すと、声を揃えて即答した。

 ―――今のこいつはヤバい。 

 内心でそう断言して。

 

 テスラの雰囲気の原因。それは勿論嫉妬である。

 自身の意中の相手が、これまた自身が最も親しい友人と楽しげに会話しているのだ。何も感じない訳が無い。

 だがその反面、ノイトラに対する信頼もあった。

 彼なら大丈夫。例えハリベルと親しくなったとしても、友人以上にはならないし、本人がさせないだろうと。

 この二つの思いが鬩ぎ合った結果、周囲に居る者を巻き込む謎の圧力となって放出されたのである。

 

 実はこのテスラの圧力だが、以前にも一度だけ出した事がある。

 それは日課である鍛錬終了時に起こった。

 基礎練習の他、総当たりの形で模擬戦を行ったのだが、アパッチとミラ・ローズがそれの結果について言い合いを始めたのだ。

 切っ掛けは黒星が最も多かった前者を後者が煽った為。それに悪い笑みを浮かべたスンスンも参戦するものだから、益々ヒートアップする始末。

 

 ハリベルが冷静に窘めるも、耳に入らず。

 彼女が思わず溜息を吐いた次の瞬間―――テスラがキレた。

 只でさえ鍛錬の指導等で少なからず疲れを覚えている筈のハリベルに対し、これ以上無駄な苦労を掛けるのかと。

 

 案の定、その時のテスラが浮かべていた表情は優しい笑み。そして全身からは放たれる謎の圧力。

 普段怒らない者が怒ると恐いと聞くが、正にその通り。

 御蔭で三人は骨の髄まで恐怖を植え付けられる事となった。

 先程大人しくなったのもその経験から来ている。

 ―――実は恐怖すると同時に、密かに快感に等しい何かを感じていたとか、そんな事は決して無いのである。うん。

 

 

「ンな事より、何でアンタは此処に…―――ッ!?」

 

 

 後方にてそんな遣り取りが行われているとはいざ知らず、ノイトラは如何にかハリベルに主導権を握られた現状を変えんと思考を巡らせながら口を開く。

 だがそんな時、思わぬ方向から助け舟が出された。

 突如として戦場の中心部より放たれた極大の閃光。それとほぼ同時に一護が、そしてその約十秒遅れで膨れ上がったグリムジョーの霊圧によって。

 

 如何やら互いに切り札を切ったらしい。

 先程の光線は十中八九、グリムジョーの放った“王虚の閃光(グランレイ。セロ)”だろう。それを一護が虚化して防ぎ、続けてグリムジョーが帰刃した。

 となれば現状は大凡史実通りに事が運んでいると見るべきか。

 想定外続きで精神状態が右往左往していたノイトラは、無意識の内にその口から安堵の溜息を漏らした。

 

 霊圧の上昇から間も無くして、二人は再び戦闘を再開した。

 互いに力をぶつけ合う度、結構な霊圧の余波が此方にまで伝わって来る。

 

 

「…なに、簡単な事だ」

 

「あァ?」

 

「強者同士の戦闘というものを、部下達に見せてやりたかっただけだ」

 

 

 ノイトラの言わんとしていた事を察していたらしい。

 首を横へと動かし、背後に視線を移しながら、ハリベルは答えた。

 

 

「…おい、膝震えてんぞアパッチ」

 

「は、はぁ!? てめえこそその肩は何だってんだよミラ・ローズ!!」

 

「う、うるせえ! あたしは肩が凝り易いんだよ! てめえと違ってな!!」

 

「そりゃどういう意味だコラァ!?」

 

 

 その先では、如何やら一護とグリムジョーの霊圧にアテられたらしいアパッチとミラ・ロースの姿があった。

 前者は腕を前に組み、やや踏ん反り返る様にして立って居るが、その両膝がまるで生まれたての小鹿の様になっている。

 後者は腰に手を当て、これまたその豊満な胸を張りながら堂々と佇んで居る様に見えるが、両肩が小刻みに上下に動いている。

 

 恐らくハリベルに情けない姿を見せまいと必死に取り繕っているのだろう。

 しかし悲しいかな、全く隠し切れていない。

 まあそんな状態にも拘らず、小声ながら互いに煽り始める辺り、結構余裕はありそうだか。

 

 

「なあスンスン」

 

「はい、何ですかテスラさん?」

 

「…近くないか?」

 

 

 そんな二人を余所に、どさくさに紛れて何かを目論んでいる者が居た。

 何時の間にかテスラの直ぐ後ろに移動していたスンスンである。

 

 

「気のせいですわ」

 

「そうか…?」

 

「そうです。では折角なので、もっと前で観戦しませんこと?」

 

「…別に構わないが、態々腕を組む必要はあるのか?」

 

 

 前方で口喧嘩を始める二人とは違い、テスラは特に堪えた様子も見られない。

 これは過去のノイトラとの鍛錬の御蔭である。戦闘スイッチに切り替えた状態の彼の霊圧も凄まじいが、帰刃形態は更に別格。

 それを何度も間近で見ているのだ。グリムジョーと一護の放つ霊圧に耐えられたのも納得である。

 

 そんなテスラに近寄るのは、何時も通りその長い袖で口元を隠したスンスン。

 何故か彼女も特に霊圧の余波による影響は見られない。如何やら咄嗟にテスラを盾にしたらしい。

 

 スンスンは隠れた口元を吊上げながら、テスラの腕を取ると、騒がしい二人を避ける様にして移動し始める。

 つい先程まではノイトラに嫉妬していた癖に、実に切り替えの早い事である。

 

 

「…後で指導が必要だな」

 

 

 緊張感の無い四人に、ハリベルは肩を竦めながらそう零した。

 

 

「……マジか…?」

 

 

 その隣にて、ノイトラは口を半開きにしながら驚愕していた。

 ―――何時の間にフラグ立てたんだコイツ。

 同時に内心でツッコむ。お前が恋慕の情を抱いているのはハリベルに対してだろう。なのにその状況は何だと。

 

 テスラの腕を引くスンスンの表情―――頬を赤く染め、口元が隠れていても判る程の笑みを浮かべている様子からして、好意を抱いているのは明確。

 しかも如何やらその感情を抱いているのは彼女一人では無いらしい。

 見れば途中で喧嘩を止めたアパッチとミラ・ローズが、その拳をテスラの腹部へ捻じ込ませながら、怒りの形相でスンスンへ詰め寄っている。

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てている為に全ては聞き取れないが、その発言内容からして大凡判断出来た。

 何イチャイチャしてんだ、鼻の下伸ばすな、抜け駆けすんな。

 前二つは兎も角として、最後の発言についてはあからさま過ぎた。

 

 結論として、テスラは三人の女性から好意を向けられている事になる。

 否、言ってしまえば確かにテスラはイケメンだ。彼と最も親しいノイトラだからこそ断言出来た。

 容姿は勿論、細かな気配りが出来る上に家庭的といった部分を考慮しても、何処に嫁に出しても恥ずかしくは無いレベルだ。

 しかも元の素質に加えて今迄散々ノイトラに扱かれた御蔭か、その実力も相当高い。十刃以外で自身の背中を預けるに最も相応しい者は誰かと問われれば、ノイトラは迷わずテスラの名を上げる。

 

 思い返してみると、意外に惚れる要素は多い。

 もしかすると単にアパッチ達の異性への耐性が低く、惚れっぽいだけだったのかもしれないが。

 

 

「…ま、良いか」

 

 

 傍から見ればハーレムであるが、特に問題は無い。

 何せあのテスラだ。例えアパッチ達の想いに気付いたとしても、それを受け入れる事は皆無。

 自身はハリベル一筋である事を堂々と宣言して振る、そんな漢義を見せてくれる筈だと、ノイトラは信じていた。

 しかもあの反応を見る限り、現状では自力でアパッチ達の気持ちに気付く可能性は低いだろう。

 

 だがノイトラは密かに期待していた。いっその事、最終的にハリベルまで含めた修羅場にでも発展してくれないだろうかと。

 そうなれば実にメシウマな状態だ。実に面白い光景が出来上がる事だろう。

 無論、流血沙汰にまで発展しそうであれば迷わず止めに入るが。

 

 ―――何処の恋愛系ゲームの主人公なんだか。

 内心でツッコみつつ、やがてノイトラはその場から移動し始めた。

 

 

「何処へ行く?」

 

「ちょっくらグリムジョーの奴のフォローにな」

 

 

 その返答に、ハリベルは首を傾げる。

 ノイトラは初め、グリムジョーの戦いに手出しはしないと言ってなかったかと。

 

 

「さっきの見りゃ判んだろ。あの野郎、戦いに夢中になって御姫サマの存在を忘れてやがる」

 

「…“崩姫(プリンセッサ)”の事か」

 

「おう。罷り間違って殺しちまえばシャレにならねぇ」

 

 

 ―――世話の焼ける奴だ。

 そう愚痴っている様に見えるノイトラの背中に、ハリベルは苦笑を浮かべた。

 

 

「…ああ、そうだ。一つだけ我儘を聞いちゃくれねぇか?」

 

「内容によるな。何だ?」

 

 

 ノイトラは足を止めて振り返ると、申し訳無さげに問い掛けた。

 珍しいなと思いつつ、ハリベルは続きを催促する。

 

 

「もしグリムジョーが敗けたら……その先は見ねぇでくれねぇか…?」

 

「…それは―――」

 

「頼む、ハリベル」

 

 

 グリムジョーの勝敗によって、一体何の行動を取ると言うのか。ハリベルは暫しの間考えた。

 だが思いの外、彼女は直ぐに答えへ至る。

 単純な事だ。順当に考えると、グリムジョーが敗れた後、次に一護と戦う事になるのはノイトラだ。

 そしてその結果は明らかである。態々自身の眼で確認するまでも無い。

 

 戦況を見る限り、現状ではほぼ互角。

 例えここから一護が巻き返し、グリムジョーから勝利を捥ぎ取ったとしても、流石に無傷でとはいかない。相当に消耗している事だろう。

 そんな彼と全開状態のノイトラが戦えば―――もはや一方的な蹂躙劇にしかならない。

 

 恐らくノイトラとしてもそれは本意では無いのだろう。

 しかし彼の立場上、如何しても遣らねばならない。

 ―――雑魚の命には興味も価値も無い。

 何時ぞやのノイトラが言っていた事だが、これに全てが集約されている。

 今の彼の性分を知っている今だからこそ、ハリべルは察せた。

 ノイトラは徒に弱者の命を奪う様な真似をしたく無いのだ。自身より格下の者達と対等に、気兼ね無く付き合っている姿を見れば自ずと理解出来る。

 即ちそれは、過去の己の姿を彷彿とさせる行為が故に。

 

 

「…良いだろう」

 

 

 確かにハリベルの推測は正解であった。

 だが実を言うと、もう一つ理由がある。

 このまま予定通りに事が運んだ場合、途中でノイトラは絶対に邪魔される訳に行かない状況へと移る上、非常に情けない姿を晒す必要が出て来る為だ。

 受け取る側によってはまた別の意味合いで取るかもしれないが、出来る限り部外者は少ない方が良い。

 

 

「済まねぇ、恩に着る」

 

「なに、気にするな」

 

 

 ハリベルの了承の返事に対して小さく礼を返すと、ノイトラはその場から響転で消えた。

 ちなみにこの選択が色々と最良の結果を齎していた事実に当人が気付くのは、相当後の話である。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸の前に持ち上げた両手を握り締め、何かに耐えているかの様な面持ちで、織姫は一護とグリムジョーの戦いを見守っていた。

 序盤から既にそうだったが、本気を出した二人はもはや彼女の眼では追い切れない程の速度で動き回っており、一体どちらが優勢なのか全く判断が付けられない状況であった。

 

 

「黒崎くん…!」

 

 

 先に虚化という切り札を切ったのは一護。

 切っ掛けはグリムジョーの暴挙であった。

 万全の一護と戦う為に織姫を利用し、ネルを人質に取る真似をした時点で予想は付く。

 

 グリムジョーが新たに編み出した技により一護へ反撃し、互いに痛み分けの状況へと持ち込んでから直ぐの事だ。

 間も無くして再び激突する両名。

 得物が両手に纏った黒い鉤爪へと変わった分、手数や速度に加え、応用性が著しく上昇したグリムジョーに対し、一護は苦戦を強いられた。

 

 だがそれも僅かな間のみ。

 一護は戦いの中で己の集中力を研ぎ澄まし続け、その末に対処法を見出したのだ。

 如何に手数や速度が増えようが、所詮は徒手空拳の範囲。それに振らせさえしなければ、単にリーチが短くなった二刀流を相手にしているに過ぎないと。

 

 斬魄刀とその鞘を用いた二刀流を操る一角との経験が活きた。

 威力や速度は遥かに劣るが、一護にとっては誤差の範囲内であった。

 

 次第に慣れ、攻撃を捌ける回数が増えて行く。そうなれば当然、返し技を捻じ込む余裕も生まれてくる。

 ―――この戦いの中で成長しているとでもいうのか。

 だがグリムジョーは危機感を覚えるどころか、逆に喜びを感じていた。

 それでこそ自身が仕留めるべき獲物に相応しいと。

 

 黒崎一護という存在を再認識すると共に、グリムジョーの中で欲が出た。

 これの更に上の領域を見てみたい。そしてその状態の一護と、此方も全力を以て戦い、打ち破りたいと。

 

 もはやグリムジョーは手段を選ばなかった。

 一旦距離を取ると、自身に刻まれた太刀傷から流れ出す血を利用し、“王虚の閃光”を放つ。

 傍から見れば普通に一護へ向けて放たれた形にしか見えない。

 だがグリムジョーの狙いは別にあった。その時一護が背を向けていた後方―――織姫の居る宮だ。

 

 戦いに集中していた一護は、躱した直後にそれに気付いた。

 だが既に放たれた極大の光線は織姫の間近に迫っており、瞬歩を使用しても到底間に合わないタイミングであった。

 しかし一つだけ有効な手段があった。虚化である。

 未だ不安も多く、消耗も激しい力だが、それの恩恵は凄まじい。一度発動させれば、攻撃に耐久、速度に反応、それ等の基本能力を飛躍的に上昇させる。

 つまり比例して瞬歩もそれ相応に強化されるのだ。

 

 一護は即座に仮面を具現化し、装着。その身に虚特有の禍々しい霊圧を纏いながら、極大の光線の軌道線上に割り込んだ。

 天鎖斬月の刀身に黒い霊圧―――月牙を纏い、受け止める。通常状態の十刃が放てる最強の虚閃だけあり、多少の時間が掛かったものの、無事に切り払う事に成功する。

 

 自身の思惑通りに虚化した一護を目の当りにした為だろう。グリムジョーが嬉々とした表情を浮かべると、響転を用いて先程弾き飛ばされた斬魄刀を回収し、即座に帰刃。膨大な霊圧と共に、その身を豹王の名に相応しい本来の姿へ戻した。

 そして間髪入れずに一護へ襲い掛かる。

 その姿はまるで極上の餌を前に待機を命じられていた空腹状態の犬が、それを食す許可を得た瞬間を連想させた。

 

 其処から更に激化する二人の戦闘。

 戦況は意外にも互角。現在進行形で成長し続ける一護が優勢かと思われたが、グリムジョーの負傷を恐れぬ攻めに特化した戦法がその想定を覆していたのだ。

 相討ちを恐れるが余り、無暗矢鱈に斬り込めず。片やその天性の勘と戦闘センスの高さ故に、有効打を与えられない。

 だがほんの僅かな切っ掛けがあれば、その拮抗した状況は崩れる。

 それ程までに、戦況は緊迫の度を高めていた。

 

 何度希望を抱いただろう。背筋が凍っただろう。織姫はもはやそれの正確な数は覚えていない。

 それは彼女の隣にへたり込んでいる少女―――ネルも同じだった。

 

 

「い、いちごぉ…」

 

 

 先程まで柱の影に隠れていた筈のネルだが、現在はその眼に大量の涙を浮かばせながら、織姫と同じ方向を眺めて居る。

 ちなみに二人は簡単な自己紹介は終えている。

 互いに人間と破面という別種族の為、初めは戸惑ったものの、一護を大切に思う者同士という事が判明するや否や、即座に打ち解けた。

 

 

「大丈夫だよネルちゃん。信じよう、黒崎くんならきっと…!!」

 

「う、うん!! がんばれ一護ぉ!!」

 

 

 織姫に励まされ、気を取り直したネルは精一杯の声援を送る。

 それを背中に受けた一護は、思わず仮面の下で口元に笑みを浮かべた。

 だが剣筋を乱す事はせず、声援によって向上した戦意を以て眼前の強敵へと立ち向かう。

 

 グリムジョーは一瞬疑問を抱いた。両腕の装甲で受け止めた斬撃が僅かに威力を増している事に。

 だが直ぐに振り払うと、御返しだと言わんばかりに反撃へと移った。

 肘を曲げ、その先を一護へと向ける。

 すると突如として、その装甲の隙間に棘の様な物が飛び出し、弾丸として発射された。

 

 

「ッ!!」

 

 

 これは“豹鉤(ガラ・デ・ラ・パンテラ)”。肘の装甲の隙間から棘状の弾丸を発射するグリムジョーの技だ。

 数は五。想定外の攻撃に瞠目する一護だったが、即座に正気に戻ると、反射的に天鎖斬月を下段から振り上げた。

 ―――この程度、纏めて弾き返してやる。

 だがその内一つに刀身が接触した瞬間、その判断が誤りであったと悟る。 

 刀身を通じて、その棘の弾丸の一つ一つが凄まじい威力を持っている事に気付いたのだ。

 確証も無い癖に、牽制目的の攻撃だと甘く見たツケか。油断せずに月牙を纏わせるべきだったと、一護は後悔した。

 

 

「う、おおおオオオオオォッ!!!」

 

 

 だが今更である。如何なる対処も間に合わない。

 ならば―――と、一護は虚化によって上昇した膂力に任せ、強引に刀身を振るう。

 それが功を奏したのか、計四つもの弾丸を弾き返す事に成功する。

 残る一つはやや不規則な軌道を描きながら、斬撃を放った直後である隙だらけな状態の一護。彼の腹部へと直撃した。

 

 

「ガッ、フ…!」

 

 

 その弾丸は溢れ出る霊圧により強度を増した筈の皮膚を容易に貫き、凄まじい衝撃を体内へと伝えた。

 激痛の余り呻き声が漏れ出し、呼吸と共に身体の動きが一時的に止まる。

 それは致命的な隙。

 危機感を抱いた一護は、何とか己を奮い立たせると、瞬歩でその場から距離を取った。

 

 

「…まだだ」

 

 

 グリムジョーは右掌を前に突出し、その先に自身の霊圧を集束し始める。

 手首には左手が添えられている。

 その構えだけを見れば、先程放った“王虚の閃光”のそれと同様だ。

 しかし今回は自身の血を媒介にしていない。

 一体如何いう事なのか。一護は困惑した。

 

 

「見せてやるぜ黒崎…」

 

 

 その理由は集束されている霊圧の色を確認すれば解る。

 球体上に固められているそれは、グリムジョー本来の持つ青色とは異なり―――黒く染まっていた。

 

 

「こいつは解放状態の十刃だけが放てる虚閃―――」

 

「なっ…!?」

 

 

 ―――まさか“王虚の閃光(アレ)”より上があるとでも言うのか。

 背筋に尋常ならざる悪寒を感じた一護は、咄嗟に天鎖斬月を天に突き出すと、その刀身へ全力で月牙を纏わせ始める。

 

 

「凌げるもんなら凌いでみやがれ!! “黒虚閃(セロ・オスキュラス)”!!!」

 

 

 そう叫ぶグリムジョーの掌から放たれた漆黒の光線。

 今迄に見た虚閃の中で最も霊圧密度が高く、速い。一護は一目見ただけでそれの脅威レベルを看破した。

 だが此方とて負けてはいない。

 現状で制御可能な限度一杯の霊圧を籠めている。これであれば十分対抗出来る筈だ。

 そう信じ、一護は持ち上げた刀身を一気に振り下ろした。

 

 

「“月牙―――天衝”!!!」

 

 

 刀身より放たれた漆黒の斬撃は、黒虚閃に対抗すべく突き進む。

 だがこの時、一護は一つの過ちを犯していた。

 刀身に限界まで霊圧を籠めたまでは良い。

 問題はその次―――霊圧の密度だ。

 一護は霊圧量ばかりにかまけて、肝心なそれを失念していたのだ。

 

 漆黒の斬撃と光線が真正面から衝突する。

 その余波により、周囲に点在している宮が次々に破壊されてゆく。

 ちなみに織姫とネルの居る宮は離れにある為、多少の影響はあるものの無事だ。

 

 始めこそ拮抗していたが、次第にその勢いを落としていたのは月牙天衝だった。

 考えてみれば当然だ。放ってしまえばそれ以上の変化は無い月牙天衝に対し、虚閃は霊圧にさえ余裕があれば放射時間を延長する事も強化する事も可能としている。長期戦になればどちらが不利なのかは分かり切っていた。

 

 とは言え黒虚閃は本来、長時間の放射は不可能な筈である。

 理由は使用する桁違いな霊圧量にある。

 通常虚閃の放射時間が大凡五秒と仮定すると、倍の十秒にしたい場合はそれに比例して使用する霊圧量を増やさねばならない。

 黒虚閃でそれを成すとなると、並大抵の霊圧制御能力では如何あっても不可能。

 出来るとすれば、虚閃を極限まで極めた者か、上位十刃しか考えられない。

 

 だがグリムジョーは極めて強引な手法で放射時間を延ばしていた。

 発射元である右掌の球体上の霊圧。それに放射と同時進行で霊圧を集束させ続けていたのである。

 通常、そんな真似をすれば高確率で霊圧が暴発し、自爆という運命を辿ってしまう。問題無く行うには想像を遥かに超える霊圧の制御力が求められる。

 しかしグリムジョーは完全な勘でそれを成していた。

 一歩どころか半歩でも間違えれば死に直結するにも拘らず、それを一切恐れぬ胆力は流石と言うべきだろう。

 

 

「俺の、月牙天衝が…!!?」

 

 

 依然として放射の止まらぬ黒虚閃を前に、月牙天衝は完全に勢いを失い、その形が消え始める。

 だがグリムジョーも相応の代償を払っている。

 その顔に勝ち誇った笑みを浮かべてはいるが、良く見れば激しい息切れを起こしており、全身からは大量の汗を流していた。

 霊力の枯渇までは未だ余裕はある。しかし短時間に大量の霊圧を消費するのは、思った以上に身体への負担が大きいのだ。

 

 

「しまっ―――!!」

 

 

 自身の必殺技が押し負けた。その事実に悔しさを滲ませつつ、一護は回避行動の為に真横へと跳ぶ。

 その直後、彼が元居た場所を、月牙天衝を打ち消した黒虚閃が通り抜けた。

 そしてあろう事か、その光線は織姫とネルの居る宮へと直進して行く。

 

 ―――二人が危ない。

 焦燥に駆られた一護は、声を荒げた。

 

 

「井上!!! ネル!!!」

 

 

 これは黒虚閃を放った当人も意図していない事態であった。

 一護が叫んだ瞬間に事態に気付いたらしく、グリムジョーは盛大に舌打ちすると、途端に放射を止める。

 流石に彼とて、織姫を殺す事が何を意味するかは理解していた。

 だが既に放たれたものは如何し様も無かった。

 

 一護は必死に駆け出すも、一向に光線に追い付けない。

 このままでは織姫とネルの死は必至。

 ―――止まってくれ。

 無駄だとは思いつつ、一護はそう願う事しか出来無かった。

 

 

「―――え?」

 

「っ、ネルちゃん!!」

 

 

 自分達の居る場所へ迫る光線に気付いたネルは、呆けた様な声を漏らす。

 織姫はそんな彼女を庇う様にして胸元へ抱き寄せる。

 

 

「“三天結盾(さんてんけっしゅん)”!!!」

 

 

 “盾舜六花”を起動すると、火無菊、梅厳、リリィの三人を呼び出し、逆三角形の盾を形成する。

 織姫はこれが気休めにもならないと理解していた。

 あの漆黒の光線は明らかに強力だ。何せ一護の必殺技を打ち消す威力である。自身の力では到底防ぎ切れる筈も無いと。

 

 

「“私は―――拒絶する”!!!」

 

 

 少しでも盾の効力を上げんと、織姫は己の意思を乗せた―――鬼道で言う言霊と同類の声を上げる。

 ネルに覆い被さり、黒虚閃へ背を向けながら瞼を閉じる。

 この窮地も、一護がきっと如何にかしてくれると信じて。

 

 だがそんな織姫達の危機は別の形で、しかも全く別の人物によって脱する事となる。

 

 

「―――“虚閃・多重奏(ソブレポネール・セロ)”」

 

 

 迫り来る黒虚閃を止めたのは、織姫の丁度頭上付近より放たれた黄色の光線。

 しかもその大きさが尋常では無い。良く見れば軽く数えただけでも十は下らない数の光線が束になっているのが判る。

 そうこうしている内にもその数は増えて行き―――その数が倍近くなった瞬間、黒虚閃は掻き消された。

 

 やがて三天結盾の前に何かが降り立つ。

 一護とグリムジョーはその姿を目の当たりにした途端、全くの同時にその身体を硬直させた。

 

 

「オイオイ…ちょっと興奮し過ぎなんじゃねぇか?」

 

 

 辺り一帯が静寂に包まれる。

 その変化に、織姫は恐る恐る閉じていた瞼を開くと、背後を振り向いた。

 其処には見覚えしか無い、特異過ぎる形状をした斬魄刀を背負った長身の男が、此方に背を向けたまま佇んで居た。

 

 

「少し頭を冷やせって、グリムジョーよォ?」

 

 

 ノイトラは口元を三日月の如く吊り上げながら、そう言った。

 

 

 




ベリたんが強い……だと…!?
忠犬、ハーレムルート確定。
主人公、遂に介入開始。

的な話でした。





捏造設定及び超展開纏め(今回少し妥協)
①ベリたんtueee!?
・主人公だもの。別に強くたって良いじゃん。
・彼だって落ち着いて戦えば、虚化無しでもこれ位は出来る子だと思います。
②豹王さん、何故か剣ちゃん風な思考に。
・ルールも何も知らない素人が、ファン全員が面白いと絶賛するレベルの試合を観戦してド嵌りした様な感覚。
・または今迄の価値観がふとした切っ掛けで一変した感じ。
・どちらも良いものだよ(ニッコリ
③下乳さん、忠犬のせいで主人公の行動をプラスに解釈する様に。
・こいつツンデレだな、的な。
・理想の上司と部下の関係を体現している一人として、少し尊敬の念も抱いてたり。
④忠犬、ハーレム構築中。
・気が強い女性は尽くすタイプの男性に弱いって、昨日姉ちゃんが言ってた。
・今のとこリードしてるのは白蛇さん。
・それと私的な世間話する程度には、下乳さんとの関係も順調に進んでる。
⑤豹王さんも黒虚閃放てる。
・設定上は出来る筈…だと思う。
⑥黒虚閃は王虚の閃光より強い?
・以前から作中ではそれ寄りに描写してましたけど、実際は如何なのでしょうね。
・後者は通常状態の十刃でも放てる最強の虚閃。前者は帰刃しないと放てない虚閃。
・虚無さんとベリたんの戦いのインパクトも相俟って、個人的には黒虚閃の方が強いイメージかと。
・けど実際、帰刃形態で王虚の虚閃を放てばそっちの方が強いかなとも思ってたり。
・使い勝手だけを考えれば、王虚の閃光より黒虚閃の方が上なのは明らかでしょうが。
⑦黒虚閃のあれこれ。
・適当です(笑
・ガバガバなのは自覚してる。あんまりツッコまないでくれ…。

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